婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
「アぁぁッ!……ウ゛ぅ゛ぅ゛!」
口から洩れるのは人語ではなく獣の威嚇にも聞こえてしまう唸り声。
動く事も儘ならず、苦痛だけが思考を染め上げる。
『一瞬でも早くこの時が過ぎ去って欲しい』、思うのはその一点のみ。
今この瞬間だけは親も、夫も、我が子もすらも忘れてうなり続けるしかない。
出産は既に最終段階へ移行、後は腹の子が無事に外に出るのを待つだけだ。
股間からの痛みは最高潮に達し、許容できる範囲を超えた激痛に涙を流して息み続ける。
どうして出産では麻酔が推奨されないのか?
それは時と場合に応じて力を籠める必要があるからだ。
分娩で何らかの処置を施す異常が見受けられない限り、なるべく麻酔をかけない方が産後の母胎にも良いとされている。
だからと言ってこの激痛は絶対に慣れる範疇を超えた痛みだ。
そもそも問題が見当たらない方が痛みに苦しむのはどう考えてもおかしい。
私にこんな痛みを八回も味わえと宣うリオンは外道だ。
この子が産まれたら数年は閨を控えさせてやる。
「ウぅッ…! ふぅぅ…!」
産医や助手が何かを呟いているが言葉の意味を理解できない。
意識が朦朧として五感の殆どは痛みと熱に支配された状態では当然だ。
規則正しく呼吸を行い、全身の力を込めて自分の胎内に在る者を
「――――、―――」
誰かが私に向けて言葉を放っている。
辛うじて理解できるのはそれだけ。
ライオネルとアリエルの出産で痛みは胎児が産まれる直前が最も激しいと体が記憶していた。
今の痛みはそれに匹敵している。
つまり、もう少しで産まれる筈だ。
そんなか細い希望に縋りながら何度目になるか分からない息みを繰り返す。
『――――――ぁ』
微かな声が聞こえた気がした。
徐々に全身の感覚が戻って周囲の状況を意識が処理し始める。
「ぁあぁぁぁ ああぁぁ」
確かに聞こえた。
それは新しい命が世界に現れた証明。
湧き上がる嬉しさは今も感じている筈の激痛すら跳ね除けて私の意識を染め上げる。
「大丈夫ですか?頭が出て来たのでもう少しの辛抱です」
人間の胎児は尤も大きな頭部から胎外へ分娩される。
あとは大過なく赤子の全身が出て来るまで慎重に耐え忍べば一年近くの妊娠期間が漸く終わりを迎える。
数時間前まで我が子と繋がっていた腹部が軽くなった事に何とも言えない寂寥感を感じてしまう。
自分の一部だった者が自分と違う他者になってしまう感覚は子を産んだ母親にしか分からない。
己の存在を必死に私へ告げるような産声を聞きながら、大任を果たした充実感に浸りつつ力を抜いた。
赤子を分娩すれば即時終了、とはならないのが出産の特徴だ。
臍帯を切除し胎盤が体外排出されて一段落、陰部の裂傷や出血があった場合はそれらの処置も必要となる。
産後の処置を怠れば生理不順や不妊の原因になったり、最悪の場合は産褥期に病を発して死に至る場合も多い。
幸いにして今回の出産に於ける私の身体的損傷は少なく、無理をしなければ体調の回復は早いと産医は告げた。
私が処置を受けている間に赤子は産湯に浸かり清められた後に様々な検査を受ける事となる。
貴族の子供の取り換え子を防ぐ為に公爵家の使用人が立ち合い身体的な異常が無いか詳しく調べられた。
取り敢えず問題は無い、そう診断されてやっと私達は初めての対面を果たす。
清潔な布に包まれた赤子は父親であるリオンと同じ黒い髪をだった。
他にもリオンと似ている個所が幾つか存在しているが、こうした親の欲目は判断を鈍らせて騒動の元となってしまう。
懸命に冷静であれと自分へ言い聞かせて理性で抑えつけなければ抱き潰してしまうのではと躊躇うほど、胸の奥から愛おしさが湧き上がる。
目の前の赤子は私の胎内に宿って十月以上も思い煩わせ、この数時間では人生最大の苦痛を味合わせた元凶だ。
なのに憎む気が一切起きないのは何故なのか?
それは生命が種を保存する為に根差した本能による物なのか、それとも冷静に理性で判断した結果なのかは分からない。
ただ、瞼を閉じて微かに息をしているか弱い存在を何より愛しく感じてた。
彼が無事に産まれてくれた事に対して世界のあらゆる物に感謝を捧げたい。
これほど深い母性の感情を抱いたのは数年前、ライオネルとアリエルが産まれて以来だ。
今この時に命を喪っても構わないと思えるほど至福の時を心ゆくまで堪能していた。
母子の邂逅を心ゆくまで堪能した後、私は赤子と共に母子専用の個室へ運ばれる。
私個人としては子供の頃から使っている私室でも構わないのだが、何しろ私物が多い上に赤子の世話に必要な道具や人員を常備するには手狭だ。
父上はいざという時に備えて部屋の一つを改修する程の手の込みようだ。
ただ純粋に孫の誕生を祝う祖父としての愛情か、政治目的でバルトファルトの血を受け継いだ子を庇護する目的かで大分意味合いが変わりそうだが。
赤子の誕生を祝う色とりどりの花は私の心を和ませてくれる。
清潔なベッドに横たわると滑車付きの乳児専用ベッドで慎重に赤子が運ばれて来た。
たった数百秒だけ私と離れただけなのにどうしても気が逸って落ち着かない。
何しろ乳児という存在は世界で最も繊細な生き物の一つだ。
体調調整が上手く行かず熱を出したり、乳を飲むだけで噎せるなど些末な問題でしかなく、寝返りをするだけで窒息を起こしかねないので親の生活を逆に支配する恐怖の生き物なのだから。
そんな赤子を優しく受け取ると何かを探すように小さな手を動かし始めた、
出産してそろそろ一時間以上は経過している、そろそろ母乳を与えても良い頃合いだろう。
ゆったりとした服の胸元を開き乳房を近づけるとゆっくりと赤子が弄ってきた。
妊娠前に比べやや色が濃くなった乳首を口に含むと勢い良く吸いつく。
吸いつくよりも噛みしめるの表現が相応しいほど赤子は強烈な勢いで母乳を飲み始めた。
生きる為に必死で私の乳房を離すまいと本能のまま母乳を吸う我が子に頼もしさすら感じてしまう。
前の出産は双子だった影響で、私が母乳の多い体質でもかなり苦慮したものだ。
最初に苦労した分、三人目の対応が楽になるとは皮肉な話である。
心ゆくまで母乳を飲み干し満足したらしい、赤子は規則正しい寝息を立て始めた。
さて、これからどうしたものか?
正直な所、気が緩むと睡魔が間断無く襲ってくるほど眠くて堪らない。
出産によって体力を著しく消耗した上に腹の中が蠕動して疼痛を感じている。
何しろ先程まで腹の腹の中に赤子が収まっていたのだ。
子宮が萎びた風船のように収縮し、今まで圧迫されていた臓器が目まぐるしく動く影響で腹部が音を立てながら配置を変えていた。
つくづく人体という物は不可思議である。
これからに備えて体力回復の為に食事でも摂りたいが、如何せん体がこの状況では危険だ。
ぼんやり今後について考えていたら部屋の扉が開く。
入って来たのは私の夫と子供達だった。
そういえば彼らが居たな。
些か薄情にも思えるが何しろ出産は自分と赤子だけの重労働。
頭の中から他者の存在が抜け落ちるほど気力と体力を消耗し、今まで傍に居なかった彼らの存在を失念していた。
「ははうえ」
「ははうえ」
「……あぁ、来たか」
出産前に母の醜態を取り繕うと何か口に出そうとするも零れたのは掠れた声だ。
せめて優しく声をかけようとするも思った以上に体力の消耗が激しいらしい。
一方の子供達は私が抱いている赤子に興味津々だった。
「アンジェ、お疲れ様」
「……うむ」
「体調はどうだ?」
「悪くはない」
「そっか」
リオンが声を掛けてくれたが、返答するがかなり億劫だった。
公爵邸に戻ってからの数日は顔も合わせず今日に至っては陣痛のせいで思慮に欠けた言葉を投げかけている。
どんな言葉を口にしても言い訳にしか為らず、お互いにどうやって歩み寄るべきか考えあぐねてるのは明白だ。
ここは意地を張らずに私の方から歩み寄るべきだろう。
そう考えて抱いていた赤子をゆっくりリオン達の方向からよく見えるように動かす。
「わぁ…」
「おぉ…」
「どうだ、可愛い男の子だろう?お前たちの弟だぞ」
「………………」
ライオネルとアリエルは目を輝かせながら寝息を立てている赤子の挙動を見つめている。
一方のリオンはと言えばどこか浮かない表情だ。
余所余所しいというか、感情の処理が追い付いていないらしい。
「リオン?」
「……なんだ」
「この子の名前なんだが」
「あぁ、そっか。そうだな……」
やはりおかしい。
ライオネルとアリエルが産まれる前は暇さえ在れば名前を考えていたリオンがどうにも歯切れが悪い言葉しか口にしない。
ただ赤子に興味が無い訳ではないようだ、自分から触れるのを躊躇うように距離を置こうとしている。
「いろいろ考えてはいたんだけど。悪い、良い名前が思い付かなかった」
「ふむ、なら取り敢えず抱いてやれ」
「いいよ、俺が触れたら壊れちゃいそうで怖い」
「まったく、今のお前はどうかしているぞ」
「ごめん」
普段の私ならリオンを咎めるのだが、何しろ出産で体力と精神力を使い果たして怒る気力すら湧いてこない。
何処かぎこちない雰囲気のまま部屋の扉が開くと父上と兄上が入室して来た。
「入るぞ、アンジェ」
「具合は良いか?何かあれば遠慮無く言え」
「お気遣いありがとうございます。ですが、今は特に問題はありません」
「抱いているのが産まれた子か?」
「えぇ、私の夫に似た男の子です」
「確かに、父に似てさぞ勇猛に育つであろうな」
「……お褒めの言葉、誠にありがとうございます」
父上からすれば褒めたつもりだろうが、リオンは争いを好む性格ではない。
寧ろ我が子が戦場に赴くのを身を賭して止め、自身が代わりに戦うような男だ。
この場に居る誰もが赤子に夢中でリオンの態度に気付いていなかった。
……仕方あるまい、ここは私が解決するしかないだろう。
「リオン、体勢を変えたいから手を貸して欲しい。この子をベッドに寝かせてくれ」
「……分かった」
恐る恐る赤子を抱えての乳児専用ベッドに移し替えるリオンは随分と可愛らしい。
父上と兄上、ライオネルとアリエルの視線は私から赤子へ移った。
こうも皆が近付いていればリオンも話し難いだろうな。
「父上、一つお願いがあります」
「どうした?」
「その子の名前を考えていただけませんか」
「ふむ」
私の提案を聞いた父上が眉を上げ表情が喜びに満ちる。
貴族社会に於いて名付け親になるという事はその子の後見人を任されるのと同義だ。
バルトファルト家はレッドグレイブ公爵家の寄り子扱いだが、今回の王家との和解工作やリオンが公爵邸で起こした騒動で関係が微妙になっている。
関係改善の為に父上に赤子の名付け親となってもらう事でこれ以上の関係悪化を避ける狙いがあった。
父上としても実の娘から孫の名付け親を頼まれては決して悪い気はしないだろう。
出産直後でありながら自身が産んだばかりの息子を利用する己に嫌悪感を催すが、出産で血色が悪い顔が私の本心を覆い隠してくれた。
私の寝ているベッドからやや離れた距離に移動した赤子に皆が集中する。
今、私の傍に居るのは浮かない顔をしているリオンだけだ。
「それで、これからアンジェはどうしたい?」
「どうしたいとは何だ」
「いや、これからも俺と一緒に居てくれるの?」
「私が共に居るのは嫌か」
リオンは慌てて首を左右に振る。
そんなに嫌なら聞かなければ良いのに。
戦闘や悪巧みに関しては大胆不敵と称されるリオンが私の言葉に委縮する姿は可愛らしくて私の嗜虐心を唆る。
「アンジェがこのまま公爵邸に残りたいなら俺は止められない」
「なら必死に止めたらどうなんだ」
「俺の望みはアンジェと子供達の幸せだよ、俺と一緒が嫌なら我慢する」
「我慢できるのか?」
「無理っぽい。でも夫婦が別れて暮らしてる貴族も多いだろ」
王国の貴族が夫婦別居している家が多いのは事実だ。
単純に夫婦仲が悪いだけではない。
国境に近い領地の貴族が安全を図って妻子を王都や妻の実家に住まわせる場合、或いは重職に就いたので夫だけが王都で暮らし妻が領地を経営する場合もある。
そうして離れて暮らす内に夫が愛人を囲い、相続争いに発展するのもよくある話だ。
貴族同士の結婚は様々な事情が絡む為に一概に論ずる事は出来ない。
たが、私とリオンが離れて暮らしても大した利点は無い。
仮に私が王都の公爵邸に住もうが、広大なレッドグレイブ領で暮らした所で不便なだけ。
そうまでしてリオンと離れて暮らす理由など私には無い。
「バルトファルト領の報告書は読んだぞ。義兄上が頑張ってくれているらしいな」
「ドロテアさんが随分と協力してくれてるみたいだ。あの人、結婚前から
「よく纏まって分かりやすく書かれていた、それに比べて私宛ての手紙の出来は酷かったぞ」
「……そんなにダメか?」
「女々しい、夫婦の問題に子供を引き合いに出すな、表現が稚拙で直接的過ぎる」
「面目も御座いません」
「だが気持ちは十分に伝わってきたから許す」
女慣れした文章よりも誠意を感じる文章の方が随分と気分を慰めてくれた。
尤も私の苛立たせたのはリオンの行動なのでとんだ茶番劇だが。
「父さんや兄さんが協力してくれるから今は大丈夫だけど、やっぱりアンジェが居ないとダメは部分が多くて」
「何だ、私に戻って欲しいのは領地経営が心配だからか?」
「それだけじゃないって分かってるくせに」
「ならばきちんと言葉に出せ。領地の為に私が必要か?それとも子供達の母としての私を求めているのか?、或いは妻としての私を欲してるだけか?」
「う~ん……、取り敢えずその全部かなぁ」
「其処は『私を一番愛してるから戻ってくれ』と言うべきだ」
「だって言ったら騙したみたいじゃん」
「それでも言って欲しい言葉がある。やはりリオンは女心が分かっていないな」
私に対し誠実であろうとリオンなりに考えた結果なのだろう。
何処までも不器用な男だ。
周辺国だけでなく王国の貴族からも要注意人物と警戒される外道騎士の真の姿がこれである。
そんなリオンを可愛らしいと思った時点で私の負けだ。
「ちゃんと戻るから安心しろ」
「本当か?」
「流石に今すぐは無理だ、産褥期が終わって体調が戻るまでは公爵邸で過ごさねばならん」
「分かってるよ」
「肝心な時にお前が及び腰になるのがいけない、リオンのヘタレ」
「面目ない」
出産後の多幸感も併せて今の私は非常に心穏やかだ。
嘗て国や王族の慶事の際に恩赦が施されたのかよく分かる。
こうも幸福感に包まれては自分に無礼を働いた罪人を赦免する王や王妃の気持ちも無理からぬ。
どうやら赤子を産むと同時に体内で燻っていた憤懣を放出してしまったらしい。
リオンが私の手を取ってゆっくりと握ってきたので優しく握り返す。
訓練や農作業で貴族に不釣り合いな節くれ立った掌と指。
久々に触れるその感触が愛おしい。
ポッ……
何かが私の手の甲に触れた。
私の手を伝いベッドに落ちて染みとなった
リオンが泣いていた。
それも両目から滂沱の涙を流している、あまりに異様な光景を目にして顔が引き攣ってしまう。
「何故泣く?」
「ごめん……、気が抜けたら泣けてきた……」
「そんなに私と別れたくなかったのか」
「当たり前だろ」
「しょうがない旦那様だ。ほら、いい加減に泣くな」
私と別れないと知り泣き出したリオンの頭を優しく撫でてやる。
我ながら単純だなと呆れつつも泣き続けるリオンが可愛らしくて堪らない。
痴れ者め、出産の嬉しさで感極まって泣くのは私の役目の筈だ。
そんな態度をされたらお前が何をしても無条件で許してしまうだろう。
結局の所、私はリオンから離れられない宿命らしい。
仕方ないのでリオンの頭を軽く抱いた。
どうしようもないなぁ、本当に。
普通なら出産を終えた妻を労って優しい言葉をかけるのが夫の役目だろうに。
こうも頼りないと最期まで私が見守ってやらなくては。
「落ち着いたみたいだな」
「うん、何か安心した」
「いずれ義父上や義母上も王都に招こう、随分と心配をおかけしてしまった」
「……俺が泣いたのはバラすなよ」
「それはリオンの態度次第だ」
気まずそうなリオンを弄るのはそろそろ勘弁してやるか。
貴族は産後に必要な手続きも多いのが疲れた頭で思考が鈍る。
今暫くは一家団欒の時間を満喫しても罰は当たるまい。
そもそも王国の混乱を鎮める為に尽力してきたのは私達だ。
馬鹿げた騒動で私達夫婦の時間が削られた事か。
経済的・時間的な損失は計り知れないぞ。
「何だ、結局は元通りか」
「仕方ありませんよ、アンジェは散々『別れる気はありません』と言っていましたし」
「……父上も兄上も余計な事を仰らないでください」
私とリオンの会話に父上と兄上が介入して来る。
双子は相変わらずベッドで寝ている赤子に夢中のようだ。
「落ち着け、お前や孫がバルトファルト領に戻るのを止めるつもりは無い」
「何をされるか分からんからな。屋敷をこれ以上破壊されては政務に差し支える」
「リオンを敵に回した父上と兄上の責任です。私の夫を従えられるという増長がこの結果を招きました。その事実を今後は留意していただきましょうか」
「やれやれ、仲直りした途端に婿殿の味方か。ギルバートよ、娘を持つ親とは損だぞ。どれだけ愛情を注いでも娘が最後に選ぶのは夫の孫だ」
「我々が薦めた縁談です、アンジェを責めるのは酷でしょう」
「まったく…、女とは実に恐ろしいな。可愛い娘が知らぬ間に雌獅子になっていたぞ」
「どうぞお好きなように仰って構いません。こう見えて私は幼い頃から良妻賢母に憧れていました。リオンと子供達が望むなら王都を焔で灼くのも吝かではないので」
「物騒な冗談は止めろよ、聞こえたら子供の教育に悪い」
「私は本気だぞ」
呆れたように父上が天を仰いだ、どうやら完全に教育を私の失敗したと思ったらしい。
だが、そもそも私はレッドグレイブ公爵家やホルファート王家の都合で育てられてきた。
本来の私を圧し殺して国を存続させる為の装置でしかなかった。
そんな機械じみた女に情愛を注げば齟齬が発生するのも致し方あるまい。
私を育てた者と私を変えたリオンの責だ、文句を言われても困る。
「まぁいい、とりあえず名前は考えた。満足するかはお前達の自由にしろ」
「分かりました」
「リーア・フォウ・バルトファルト、この名はどうだ?」
「それは……」
他の誰が効いても然したる特徴も無い名前だ。
父であるリオンの名を捩って命名したと貴族なら考えるだろう。
しかし『リーア』という名前はバルトファルト家にとって重大な意味を持つ。
リーア・バルトファルト。
バルトファルト家の祖にして本来はこの国の初代国王となる筈だった冒険者。
それを王家に対する叛乱を企てた公爵が孫に命名するなど剣呑な話だ。
下手をすればまだ父上は王位を諦めていないと捉えかねない。
そんな諧謔を含めた人名を孫に名付けようとする父上の行動に眉を顰めた。
「気に入らんか?」
「気に入るも何も、私達が分かってその名を選んだのでしょう」
「有能な先祖の名を受け継ぐ事が不服か?」
「痛くもない腹を探られかねません」
「ならば堂々と胸を張っておれ。叛意など抱いていないと証明してみせろ」
私達を諭す父上の顔は威厳に溢れる為政者としての顔に変わっていた。
王家や私達に対する嫌がらせではないらしい。
寧ろこれからの未来を案じる強い意志を感じる。
生半可な態度では父上の想いに応えられない、消耗したした体を何とか背筋を伸ばして応対する。
「この名は自戒と心得よ。この先、本当にホルファート王家を残すのが最良の選択か、レッドグレイブが王位を奪った方がマシだったのか。生涯に渡って考え続けよ。一時の安寧の為に我が子を王に就かせる機会を喪った。そう為らぬように励み続けよ」
「……分かりました」
「私とて悪意を以って孫に諱を名付けるほど愚劣ではない。祖先の負けぬよう精進し、リーア・バルトファルトの名が恐れられぬよう鍛え上げて国の柱石と為るよう祈っておる」
「ありがとうございます」
「うむ」
父上に後ろ暗い心が事に一安心する、祝いの場で血生臭い話は避けたかった。
産まれたばかりのリーアの未来に幸多からん事を切に願う。
「だがなぁ、私の子も孫も王には為れんか。父として、男としては無念だな」
「父上の御気持ちだけで十分ですよ」
「息子には覇気が足らず、娘は夫の愛情が深すぎて覇道を阻む。何処でしくじったのやら」
「いっそ私をレッドグレイブ家の女当主に据えるべきでしたね」
「馬鹿を言うな、お前は苛烈過ぎて家を滅ぼしかねん」
久々の、いや私がリオンに嫁いでから初めての父娘の安息かもしれない。
この日を以って、ホルファート王家とレッドグレイブ公爵家。
並びにレッドグレイブ公爵家とバルトファルト子爵家の和解が成立する。
安息の日に生まれた私とリオンの第三子はリーア・フォウ・バルトファルトと名付けられ皆に祝福された。
第三子リーア・フォウ・バルトファルト誕生。
シリーズ化してずっと存在してたのに名前さえ無かった子。(ごめんよ
容姿は兄姉よりも父親のリオンに似てる設定です。
後日談ではその辺りも含めていろいろ問題が起きる予定。
次章は論功行賞、有能な奴が簡単に隠居できる訳ないよなぁ?(ローランド風
追記:依頼主様のリクエストにより今章の挿絵イラストをDanZr様、ぽぬ様にイラストを描いていただきました。
ありがとうございます。
DanZr様 https://www.pixiv.net/artworks/118806514
ぽぬ様 https://www.pixiv.net/artworks/122619369
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。