婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第116章 Value of life●

 リオン・フォウ・バルトファルト子爵、伯爵位への陞爵と同時にホルファート王国軍の軍事顧問を拝命。

 この部屋にいる全員がとても嬉しそうに俺を見つめてた。

 バカ王ですら腹の底から楽しくて仕方ない顔で拍手してやがる。

 コイツ、絶対に面倒事を俺に押し付けたのが嬉しくて堪らないんだろうな。

 どう育ったらここまで性根が捻くれて育つんだか、やっぱ王族って世代を重ねると血が淀んで暴君や暗君が生まれやすくなるのか?

 

「バルトファルト伯爵は今後もホルファート王国の為に尽力してくれ。其方のような優れた若人こそ国の宝だ」

 

 仰々しい態度だけどこれっぽちも心が籠ってないのが丸分かりだぞオッサン。

 前の酒場みたくぶん殴ったらこの出世を取り消しにしてくれないかな?

 たけど国防に関しては現時点でラーシェル神聖王国やヴォルデノワ神聖魔法帝国が暗躍してる。

 王国軍の建て直しを急がなくちゃマズいのは確かだ。

 兵の育成や王国軍の運営にいろいろ口出したり訓練に付き合う報酬に。兵役の免除と給金がもらえるなら良い取り引きだと思う事にしよう。

 そうしなきゃやってらんないぞ、こんな仕事。

 

 どうして俺が軍務顧問なんかに就任するんだよ?

 俺が上手くやれるのは戦術規模で戦略規模なんて碌に出来ないのに。

 どうして王妃様と公爵は俺に期待を寄せてるのか理解に苦しむね。

 

『率直に聞きます、今のホルファート王国がラーシェル神聖王国かヴォルデノワ神聖魔法帝国と争って勝てますか』

『無理ですね、あまりに無謀だからさっさと逃げるか降伏するのをお薦めします』

 

『王国が滅びるのは面倒が多過ぎます。ただでさえ弱ってるこの国に致命傷を与えかねませんよ。責任は全て陛下に押し付けて、閣下が政務を執り仕切る。面倒事の負担は少ない方が良いでしょ』

『バルトファルト卿、私は君を高く評価している。今を以って過小評価していた事実を詫びよう。アンジェを娶るには足りない物が些か多過ぎると思っていた。しかし、才能に関しては申し分が無いらしい』

 

 半年以上前に王妃様と会ってこの国の現状について意見を率直に言ったのは誰だっけ?

 俺だ。

 少し前に脅迫紛いなやり方で公爵にホルファート王家とレッドグレイブ公爵家の和解を勧めたのは?

 それも俺だった。

 必死に思い返すと俺は公国・神聖王国・帝国の脅威を王妃様や公爵に説いてる。

 外に敵を作って仲の悪い連中の団結を促すってのは、戦場で部隊を纏める為によく使われてる人心掌握術の一つ。

 そのノリで『王家と領主貴族が手を組まないと他の国が攻めて来てヤバいですよ』とここ半年ぐらい出会う王族や貴族にずっと言い続けてた。

 王妃様も公爵も共倒れになってまで地位に固執するような事はしない頭の良い人達だ。

 だからちょっと脅せば国益の為に和解してくれると信じてた。

 

 その結果がコレかよ、過去の俺の大バカ野郎。

 流石にやり過ぎた、危機感を持ち過ぎて俺みたいな奴まで使おうと必死じゃねえか。

 も~、何でこうなるんだよ!

 命を賭けた戦場の作戦は上手くいくのに政治だと何一つ思い通りにならねぇ!

 普通は率直な意見を言う部下は鬱陶しいだろ!

 義父を脅すような婿なんて息の根を止めたくなるだろ!

 何で気に入ってんだよアンタら!?

 

「余も有能な部下を持って幸せだ、これから軍務に勤しんでくれたまえ」

 

 ニヤニヤ笑うバカ王が心底ムカつく。

 地獄に墜ちろこの野郎。

 

「陛下、どうして他人事のように仰っているのでしょうか?」

「うん?」

「今のホルファート王家は危機的状況です、特に王家の求心力は目に見えて失墜しています。領主貴族は勿論、平民でさえ国王より聖女オリヴィアを崇敬し統治者として据えようと考える者も少なからず居るとか」

「いや、内乱の可能性は低くなっただろう…」

「混迷を窮めたい現状に於いて、国主たる陛下が何もしない訳にはいかないでしょう」

「…………」

 

 王妃様から途轍もない圧力を感じる。

 顔だけは優雅に微笑んでるけど腹の中身は煮えくり返ってそうだ。

 やっぱ怖いよこの人、美人さんだけどあんまりお近づきになりたくない。

 公爵と宰相ににこやかな表情なのに目が笑ってない、大臣のアトリー伯爵は我関せずといった態度を崩さない。

 息子のユリウス殿下さえ眉を顰めて父親のバカ王を眺めてた。

 俺? 庇う気なんて一切無いから。

 

「バルトファルト伯爵」

「はい、妃殿下」

「まずは兵の養成案についての意見と領地に於ける訓練法を提出なさい」

「承知仕りました」

「王国軍に所属している兵を鍛え直しましょう、これから軍に所属する者達が国防を担えるように綿密な計画を立てる必要があります」

「仰る通りかと」

「陛下の御身を以ってこの問題に取り組んでいただきましょう。捻じ曲がった性根が矯正できるように苛烈・過酷・峻烈な訓練法でお願いします」

「おいッ!?」

 

 王妃様の言葉にバカ王が悲鳴を上げた。

 無駄に整った顔が崩れると元から平凡な面の俺より見れたもんじゃない。

 周囲の連中に縋るような視線を送ってるが助けてくれるようなお偉いさんは一人も居なかった。

 自業自得だなバカ王。

 王族に生まれていろいろと苦労も多いんだろうけど、成り上がり者の俺より責任感を持ってない王様は流石に同情の余地は無いぞ。

 

「俺に新兵に混じって訓練しろと言うのか!?」

「何もしないまま後宮に居座られるより数百倍ホルファート王国の為になります」

「わざわざ王がそんな事できるか!!」

「人々から崇敬される聖女オリヴィアは自ら各地に赴いて窮民対策に奔走しています」

「王が不在で政が滞るぞ!!」

「執り仕切っているのは私です、現状を碌に把握していない陛下が出張る方が差し支えますので」

「この年増ァ!!」

「黙りなさい不良中年!!」

 

 な、何か国王夫妻が聞くに堪えない罵り合いを始めたぞ。

 田舎の中年夫婦の言い争いと大差ない罵声が飛び交う、ちょっとコレは流石の俺も若干ひく。

 この場に居て良いのか俺?

 

 ぼんやりそんな事を思ってたら疲れた顔の殿下が目に入った。

 ……うん、俺も結婚して父親になったからさ。

 やっぱ自分の両親が仲悪いのはつらいよな。

 殿下の肩を叩いて扉を指差すと黙って頷いてくれた。 

 初めて殿下と心が通じた気がする。

 軽く一礼して逃げるように部屋を出た。

 大丈夫か、ホルファート王国? 俺に心配されるとかどん詰まりじゃねえか。

 嫌な予感を振り払うように首を振る、こんな時は家族団欒に限るな。

 帰って子供達と遊んでアンジェとイチャつこう。

 俺は逃げるように急いで王宮を後にした。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 不貞腐れて退室した王宮の主の背を見送りながら王妃は嘆息する。

 政務を真面目に取り組めば名君と讃えられずとも愚王と謗られずに済むだろうに。

 他者より秀でた才を持って生まれ最高の環境で育てられて完成したのは、享楽に耽り貴族からも民からも軽侮される国主だ。

 祖がどれだけ秀でていようが裔も優秀であるとは限らない、その典型例がローランド・ラファ・ホルファートという男だ。

 いや、どれだけ才能に恵まれていようとその力をひたすら己の為のみに使う者は人の上に立つ資格は持つべきではない。

 それでも一縷の望みを抱いてしまうのは相手が子を成した夫という愛情か、それとも政務に携わる王妃としての義務感か本人でさえ分からなかった。

 

「よろしいのですか?」

「いい機会よ、失墜した王家を立て直す為には王族が率先して動く必要があります。このままではホルファート王国の命脈は数十年で潰えてしまうわ」

「いっそ華々しく散りゆくのも悪くはない結末では」

「匹夫の立場ならそれも構わないでしょう、しかし王族は国と民の為に最期の時まで足掻く務めがあります」

「それを陛下が果たされていると」

「思わないから叩き直します、そうでなくては歴代の王や民に示しがつきません」

 

 公爵の言葉はいつになく辛辣だが無理もない。

 ここまで王家と領主貴族達の対立を深めた大きな原因の一つは国王と王子のあまりに利己的な行動だ。

 法律とは国を運営する為に欲望を抑え社会的な調和を目指す為に権力者が創り出した物。

 その法律を創り出した権力者が裁きを受けじ私欲のまま行動するのであれば、自ら進んで法に従う者が何処にいるのか。

 戦後の混迷から回復する為には軍規のみならず様々な法律や部署を早急に刷新する必要がある。

 其処まで考えてから思い直す。

 これは王と王子だけの責任ではない、ホルファート王家が代々積み重ねてきた罪業の歴史その物だ。

 王家を護る名目を盾に領主貴族との信頼を築く事を怠った。

 叛乱を防ぐ為に様々な制限を設け、兵役と政略結婚を強制し、過剰なまでに追い詰めてきた。

 回復すべき信頼など無い、何故なら王家は最初から領主貴族達を敵と見做してきたのだから。

 

 ホルファート王家が嘗ての栄光を取り戻すのは最早不可能だろう。

 領主貴族達は今の王家が衰退を感じ取り上手く立ち回ろうとする筈だ。

 下位貴族や平民は自分達に国を護れる事実に気付いている。

 王家から取るに足らない羽虫と断じられて来た存在によって王国は護られた。

 平民の聖女、下位貴族出身の軍事顧問。

 彼らに比べて王族と宮廷貴族の何と頼りない事だろうか。

 

「ユリウスの失敗はアンジェリカを手放した事ね。あれだけの娘なんて国内にそうそう居ないのに」

「母鳥に餌を口に運ばれるだけの雛鳥は狩りの苦労も巣の安全に対する感謝も知らず肥え太り飛べなくなります。時に世界の厳しさを教えるのも愛情かと」

「バルトファルト伯爵が若いのに老成してるのは苦労ばかりの人生を送っていたなのかしら?あの年齢で出世に興味が無いなんて恐ろしく自己評価が低いのか、それとも欲が無いのか分からないわ」

「独学であれだけの知見を得られたのは彼自身に才能があるのは事実でしょう。彼を鍛えたミセス・バルトファルトも慧眼ですが」

「だからこそ次代の王妃になるようユリウスと婚約させたのに。どうしてこうも、私の息子なのに見る目も政治的手腕も欠けているのよ」

 

 確かにユリウスは同年代の貴族令息や異母弟の王子達と比べても優秀な男子だったのは事実。

 だが将来の王はそれなりに優秀では駄目なのだ。

 特に夫である国王があの有様、そうした負の財産を払拭する為にもレッドグレイブ公爵家の後援と英明な王妃が必要だった。

 まさかそれを当の本人が破談にするとは。

 私も人並みに我が子を見る目が愛情で曇っていたのかと王妃は何度目になるか分からない嘆息をする。

 

「苦労しないように優れた令息達を傍に置いたのも失敗ね。次期国王に必要なのは阿る部下ではなく諫める忠臣だった。その点を省みるとバルトファルト伯爵が辺境の下位貴族に生まれてた事が悔やまれるわ」

 

 軍事的な見識や政治的な判断に優れた辺境の下位貴族。

 今まで王家や宮廷貴族達に蔑まれ軽んじられた取るに足らない存在。

 だが其処にこそ王国を立て直す手がかりが存在している。

 艦橋が整えられた花壇で咲く小さな花が枯れ始める横で手入れもされていない草原で逞しく咲き誇り種を残す花がある。

 ホルファート王国を支配していた者達は視野狭窄に陥っていたのかもしれない。

 これから激動の時代を王国が生き抜く為にも根本から換骨奪胎しなくては。

 

「物怖じせず私達へ意見を述べるバルトファルト伯爵は見込みがあるわ。これからも彼には積極的に働いてもらいましょう」

「それはどうでしょうかな?」

 

 王国の未来に微かな希望を見出した王家と宮廷貴族に対し、異を唱えたのは領主貴族筆頭であるレッドグレイブ公爵家当主ヴィンス・ラファ・レッドグレイブ。

 おかしな言葉を呟くものだ。

 バルトファルト伯爵は他ならぬ公爵の娘であるアンジェリカを妻にした娘婿ではないか。

 

「あらあら、おかしな発言ですこと。流石のレッドグレイブ公爵も彼の躍進に嫉妬を隠せないのかしら」

「バルトファルト伯爵をただの有望な若者だと軽く見ては手酷く痛めつけられますぞ」

 

 大業に首を竦める公爵だが表情は何処か硬く沈んでいる。

 確かに一ヶ月ほど前までは己も同じように考えていた。

 大貴族が故の驕り、その結果が招いたのは自分の娘と同い歳の若者に対する拭いきれない畏怖。

 

「あの男は我々と王家を和解させる為に脅迫紛いな行動を仕掛けました。銃を突きつけ私と息子を殺して孫をレッドグレイブ家の当主に据えると言い張った」

「……貴方と伯爵が揉めたとユリウスから聞いてるわ。まさか本気で可能だと思ってたの?」

 

 貴族の代替わりは容易く行われる物ではない。

 厳正な審査を行い嫡子の素行や経歴まで詳しく調べられた上で爵位の継承が認められる。

 殺して地位を奪う男など認められる筈がない。

 認めてしまえば親子相剋や兄弟間の争いに発展し、大貴族は代替わりの度に血で血を洗う抗争で没落する家が後を絶たなくなってしまう。

 

「私と息子の命を手土産にすれば王家も認めざる得ないだろうと嘯いていましたぞ。我々を殺さなかったのは単に奴自身が出世を望んでいなかった、そしてアンジェを悲しませたくないからだそうです」

「彼は私が叛乱を起こす前に食い止めた功績を認めると本気で思っていたの?」

「思っていないでしょうな。奴は相手が最も嫌がる方法を冷静に見抜く。狂気と狡猾さを以って公爵どころか王にさえ危害を加える。餌で飼い馴らせると思わない方が身の為ですぞ」

 

 人が悪い、公爵を除いた全ての者が心中で呟く。

 少しでも王国の未来に展望を持った瞬間に叩き落す所業である。

 そう思いつつも何処か規格外の若者に希望を抱かざるを得ない。

 リオン・フォウ・バルトファルトとは実に奇妙な男だった。

 

「治世の能臣とは言えない男だ、寧ろ一つ選択を間違えば王を弑し奉り玉座を狙いかねない危うさがある」

「それは忠告かしら」

「眠れる獅子も迂闊に刺激せねば他国への牽制になるでしょうな、その切っ掛けが私の娘というだけです」

「伯爵の手綱を握ってるのがアンジェだと誇りたいの?私には彼を育て上げたのは彼女に見えるけど」

「娘一人で内乱の種を潰せるなら安い取り引きです」

 

 バルトファルト家に纏わる真実を知る者の心中は複雑だった。

 伯爵に強大な力が在れば王座に就く事も可能かもしれない。

 或いは公爵令嬢が夫を唆せば国を揺らす騒乱を起こしえたやもしれない。

 しかしその未来は半ば潰えている。

 他でもない夫婦がそれを望んでいないからだ。

 王に為れた筈の男と妃に為れた筈の女はそんな世界を覗きながら別の未来を選んでいる。

 それを知らぬ者は辺境で暮らす夫婦が平和な世を乱さない事を強く願った。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ちくしょう!!嵌められたッ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 王宮から戻ってからリオンは私の太腿に顔を埋め、ずっと王家や父上に対する呪詛めいた文句を吐き出し続けていた。

 公爵邸にリオンが滞在してからほぼ一ヶ月、領地に帰る事もなく只管に私と子供達を愛で続けた姿と同一人物とは思えない荒れようだ。

 それでも子供達に八つ当たりしないだけ父親としての理性が勝ったのだろう。

 最近は生まれたばかりのリーアから離れず、双子と取り合うように子守に勤しんでる有様だ。

 流石に領主の振る舞いではないとそろそろ叱りたいが、我が子を慈しむ夫の姿を目の当たりにして叱り飛ばせるほどの気力が私には無かった。

 

 そんなリオンが王宮で行われた論功行賞から帰って以来、私を抱き締めて愚痴を垂れ流し続けてる。

 ライオネルとアリエルは別室のリーアに夢中で父の醜態に興味を示さない。

 これが子供達の前なら流石に咎めていたが、必死に私を求めて来る夫がどうにも可愛らしくて堪らない。

 思えば出産以来、二人きりの場所や時間がろくに無かった。

 生まれたばかりの赤子は眠りも食事も不規則で目が離せない。

 公爵家ならば乳母や子守り専門の使用人を確保するのも容易だが、どうしても休息が必要な場合を除いて私の傍には常に子供達が居る。

 

「あ゛ぁ~ッ!もうやだぁ~。隠居してやるぅ~。兄さんかコリンかライオネルに家督譲りて~」

 

 折角の夫婦水入らずの時間でありながら子供達に見せられない醜態である。

 父親としての威厳など欠片も無く、誰が見ても軍務に秀でた高位貴族とは思わないだろう。

 流石のリオンも人前では最低限は弁えた応対をする、こうした姿を見せるのは私の前だけだ。

 知られざる一面を渡しだけが知っている、その事実が何とも面映ゆい。

 

「気が済んだか?そろそろ私もいい加減に聞き飽きた」

「もう少し優しくしてくれよ、王都には森も温泉も畑も無いんだぞ。バルトファルト領に帰りたい。帰ってゆっくりしたい」

「あと数日で迎えが来るからそれまで我慢しろ」

「ちくしょう、王都に来る度に面倒事に巻き込まれる。暫くの間は用がない限り来ないからな」

「お前の好きにすれば良い、あとリオン」

「何?」

「私の尻を撫で回すのは止めろ」

「いいじゃん、減るもんじゃないし」

「私の心労が増える」

「ちぇ」

 

 とりあえず満足したらしい、私の臀部を撫で回した手は漸く離れた。

 何で貴様はそんな部分だけ如才ないのか。

 手間のかかる旦那様だ、揃うと制御が難しい双子や生まれたばかりで行動が不規則なリーアよりも手が掛かる。

 私が生んだのは三人だけなのに、もっと厄介な子供を引き取った気分だ。

 

「それで、今後はどうする気だバルトファルト伯爵様?」

「やめてくれよ、そんな地位に慣れたくない」

「ではバルトファルト軍事顧問殿」

「や~め~ろ~」

 

 私の膝の上で身悶え始めるリオンは中々に可愛らしかった。

 どうにも私はこうしてリオンに迫られると弱い。

 同時に調子に乗っていた彼への反撃とばかりに爵位や役職名で責め立てると更に嫌な顔をして不貞腐れた。

 好きな相手へついつい意地悪をする童の気持ちがよく分かる。

 私がどれだけ責めてもリオンは私に縋るしかない、その光景を見る度に心が充足していくのを感じた。

 

「それだけ皆がリオンを認めた証拠だ。並みの貴族が百年をかけても叶わぬ栄光を掴んだと自覚した方が良い」

「義務ばっか増えて割に合わない報酬じゃん。もっとこう、俺の身の丈に合った生き方をしたいんだよ」

「お前は世が世なら王にさえ為れる、自分の血と才覚を自覚しろ」

「欲しくないもん、俺は田舎の農民が性に合ってんだよ」

「つくづく欲が無いな」

「俺の望みはその程度だよ、他の奴の望みは知らない」

 

 優れた才能を持つ事は本人の幸せとは別問題だ。

 貴き血を受け継ぐ事は義務と責任が付いて回る。

 リオンにとって爵位も役職も重荷でしかない、放置すればいずれは潰れてしまう。

 ならば彼の傍らで支え続ける者が必要だ。

 不思議な事であるがリオン本人が望まずとも、彼の周囲には慕う者が自然と集まる。

 そうした者達の力を借りれば、政変や他国からの侵攻でも起きない限りは務めを果たせるだろう。

 

「役職に就いたらアンジェの負担だって増えるんだぞ。子供を産んだばかりでそれはキツいでしょ」

「寧ろ私は嬉しいぞ、リオンが日の目を見るようになれば自ずと人が集まり力も得られる。それは領地の発展にとって好機となる」

「ずっとアンジェに頼りっぱなしだな俺。情けない旦那に愛想が尽きないの?」

「私はこう見えて夫を支える立場に憧れていてな。これはこれでやりがいがある」

「いっそ王妃にでもなればこの国を好き放題にやれたんじゃ」

「それにはリオンが王に為る必要がある、今から王家に反旗を翻しても遅くはないぞ」

「アンジェがやりたいなら悪くないな。今でも王妃になりたいか?」

「それにはお前が王座に就く必要がある。逆にリオンが国王と為っても不幸なら価値は無い」

「国王なんて絶対に嫌だ」

「ならば私も王妃など願い下げだ」

 

 いつでも王国を滅ぼせる、そんな冗談を交わしながら私達は笑い合う。

 或いは、本心から公爵家に与すれば王に為れずとも公爵位を賜る事は出来たのかもしれない。

 幼少期の王妃教育で見たローランド陛下とミレーヌ様は傍目にも幸せそうには見えなかった。

 いや、よくよく考えればミレーヌ様は夫と子供達を救うべく奔走していた。

 陛下の方も息子に丸投げしたが妻子を他国へ逃がそうと企ててはいる。

 夫婦の形は千差万別だ、私達とは違う表現方法だからと言って否定しきれるものではないだろう。

 私達を結び付けたのは戦乱だった、しかし強く求めているのは安寧。

 国の存続よりも目先の欲に動かされている私は既に王妃に相応しい女ではなくなっている。

 こうして夫の愚痴を聞き流しつつ、子供達の世話をする程度で満足してしまう愚かな女でしかない。

 

 しかし、流石にこうもベタベタされては母親として最低限の務めさえ滞ってしまう。

 ただでさえ今はリーアの世話で忙しいのだ。

 何しろ新生児は数時間の感覚で食事を求めて泣き始める。

 公爵邸に居れば他の者に世話をさせれば事足りる、王族や高位貴族なら子を産めばさっさと乳母に任せて仕事に戻ろうとする者も多い。

 それが貴族として当たり前の筈なのだが、生まれたばかりのリーアを手ずから育てたいと思っている時点で私も公爵家に居た頃と相当変わってしまっている。

 既に公爵邸は私が生まれた場所ではあっても、私が生きていく場所ではなくなったのかもしれない。

 

「リオン、そろそろ離れろ」

「嫌だ、離れたくない」

「そろそろリーアに授乳させる時間だ。今の私はお前の妻よりも子供達の母を優先させる」

「忙しないな、ろくにイチャつけないのかよ」

 

 私の腰に手を回して話そうとしないリオンが若干鬱陶しい。

 子を産んだ動物の雌が雄に対して辛辣になるのがよく分かった。

 母性とは抗い難い本能だ、生命を遺すという原初の行動は夫婦間の愛情に匹敵する。

 せめてリーアの首が据わる時期まで我慢しろ。

 

「じゃあ俺にもオッパイくれよ」

 

 一生の恋さえも冷めてしまいそうなリオンの言葉に呆れかえる。

 流石にこれを看過しては子供達の教育に悪い、どれだけ辛い事があったとしても許される範疇を超えていた。

 

「……何故そんな真似をしなくてはいけない?」

「癒しが欲しいんです。これから軍事顧問として頑張る俺には新たな活力が必要なのです」

「それで?」

「子供を産んで更に大きくなったアンジェのオッパイを触ったら俺のやる気が出ます」

「ふむ」

「やる気を出した俺が仕事を頑張る、ホルファート王国の軍備が早く整う」

「で?」

「軍備が整えば子供達が護れるし、俺達がイチャイチャする時間が長くなる」

「つまり?」

「この国の未来の為にアンジェの柔らかいオッパイを差し出して欲しい」

「……」

「納得した?」

「するか馬鹿!!」

 

 真剣な表情であまりに馬鹿馬鹿しい答えを告げるリオン。

 ホルファート王家もレッドグレイブ公爵家も人事に関して早まった真似をしたのではないだろうか?

 此処まで阿保な行動する男が伯爵位では国内貴族の品位に関わる。

 流石にリオンを甘やかし過ぎたか。

 

「いっそ妾でも囲え、伯爵位ともなれば側室や愛人がいる貴族も少なくない。ただでさえ現状では貴族の女が余っている。お前なら選び放題だ」

「そんなのヤだよ、アンジェは俺が他の女に手を出すのに腹が立たないのか?」

「……正直、私の炎で灰にしてやりたい」

「納得してないなら言うなって、アンジェって自分で思ってるほど冷静沈着じゃないぞ」

「リオンにだけは言われたくない」

 

 これ以上は言い争っても結論は出ないだろう。

 何よりそろそろリーアが腹を空かせている頃合いだ。

 今から授乳すると考えると自然に胸が張ってくるのは生物としての本能に違いあるまい。

 

「これ以上の問答は不要だ、付き合っていられん」

「待てってば、リーアに会うなら俺も行く」

「また不必要に纏わりついて泣かせる気か?」

「仕方ないだろ、自分の子供は目に入れても居たくないぐらいに可愛いんだぞ」

 

 リオンは生まれたばかりのリーアを長時間に渡って眺め続け、抱き上げ頬擦りしては泣かせ、率先しておむつを替えたがる。

 幼い頃からフィンリーやコリンの子守りをしていた経験故か、私の何倍も上手いのが腹立たしかった。

 何より我が子をあやすリオンの姿に今まで軽んじるか恐れていた公爵邸の使用人達の警戒心が薄れるのを如実に感じる。

 リオンは確かに王の素質がるのかもしれない。

 そんな男が心の底から望んでいるのは辺境の領地で穏やかな隠居生活なのは才能の持ち腐れだ。

 だが不思議と悪い気はしない。

 

「リーアを泣かせるなよ」

「泣かせてないぞ、赤ん坊のリーアがいつも不機嫌なだけだ」

「だからアリエルに邪険にされていると分からんのか」

 

 落ち込むリオンを伴って子供達が待つ部屋に向かう。

 結局リオンはまたリーアを泣かせて私に叱られる事となった。

 数日後、リオンと私達はバルトファルト領へ帰還し伯爵位への陞爵と第三子の誕生が盛大に祝われる。

 私達の人生で幸福の絶頂を感じられた瞬間の一つだった。




マリエルート4巻を読みつつ今章を書いてます。(ダイマ
原作モブせかはおつらい描写が多いので自分の心を癒すようにリオンとアンジェをイチャイチャさせました。
ぼちぼち後日談というか子供世代の設定も固まって来てます。
次章は成人向け回と同時掲載の予定です。

追記:依頼主様のリクエストにより今章の挿絵イラストをぽぬ様、成長した子供達のイラストをふぇnao様に描いていただきました。
ありがとうございます。

ぽぬ様 https://www.pixiv.net/artworks/122619369
ふぇnao様 https://www.pixiv.net/artworks/122886120

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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