婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
『来ましたか、リオン・フォウ・バルトファルト。前回から7256798秒経過しています』
「秒単位で細かく数えんな、いちいち記念日を作る少女かお前」
『私に明確な性別は存在しません。しかし、音声の変更が可能ですから貴方との面会時にサンプルの中から選んだ声で会話を行えば会話が円滑になる可能性があります。考慮すべき提案かと』
「止めろ、気色悪い」
廃墟に現れて女の声で話す浮く赤い眼球とかどんなモンスターだ、
夢に出たら絶対に魘されて飛び起きるぐらい怖いぞ。
子供達が泣くからお前は絶対に人前に出るなよ。
『貴方が此処へ来る度に次の面会までの経過時間が延びています。待遇の改善を求めます』
「仕方ねぇだろ、領主の仕事も王都の仕事も忙しいんだから」
何しろこっちは陞爵と同時に軍事顧問就任と来てる。
バルトファルト領の経営以外にも王都で軍の仕事までしてるんだ。
それに加えて廃墟で引き籠ってる
俺の負担は増える一方だ、家族の助けが無けりゃあっという間に潰れている。
「ほら、土産だぞ」
『確認を開始します。此方に置かせてください』
俺の後ろで待機していた人型が土産の木箱やら袋を球っころの傍に置いたから、紐を緩めたり蓋を開ける。
中に詰まってるのは本やら新聞やら写真やら。
これは俺が王都で買い漁った古書やら古紙回収の連中から貰い受けた代物だ。
数ヶ月に一回、俺はダンジョンじみた廃墟を訪れて
この世界を知りたい球っころは俺を使い走りにしていろんな情報を取り込んでいく。
子供ぐらい小さな人型にページを捲らせながら本を読み、分からない部分は俺に質問するの繰り返しだ。
球っころに最初教えたのは文字と簡単な単語だった、辞書を数冊持って訪ねたその日の内にホルファート王国の公用語と文章をほぼ理解し終えた。
次は図鑑や地図に学術書、そして今回は他の国の翻訳辞典だ。
球っころの学習能力は恐ろしいほど高く、コイツが人間じゃないのを実感する。
とっくに俺を追い越して、いつかこの世界を滅ぼそうとするかもしれない。
その手助けをしている俺自身に嫌気が差しつつ、暇を見つけては廃墟を訪ねていた。
「……よく初めて見た辞書を理解できるな」
『文章には一定の法則が存在します。名詞・動詞・形容詞を理解し組み合わせから大まかな意味を推察、修正を随時行いつつ規則性を発見すれば理解は容易です』
「あんまり早く読むな、次に来るのは何時か分かんねぇぞ」
『その間に現在の世界に対する情報を精査します。現時点に於いて情報があまりに不足していますので』
球っころは細かい質問をする以外、ずっと読書に夢中だ。
教え過ぎると世界滅亡の時間が早まりそうだけど、俺より賢いコイツに誤魔化しは不可能だ。
敵だった奴に信用してもらう為には誠心誠意の対応が良い時もある。
やってる事は自分達が殺される順番を後回しにしてもらう命乞いとほぼ同じだから情けないけど。
『しかし理解できませんね』
「何がだよ?」
『貴方の非合理性についてです。私は無から有を創造できませんが、物質の変換や置換は現状でも十分に可能な状態にあります。それこそ僅かな情報の報酬として莫大な希少金属を受け取る事も可能、ですが貴方は率先して私に情報提供を行っている。社会的な立場を放棄せず利敵行為とも捉えかねない行動を選択するのはあまりに不可解です』
「はっきり言過ぎだ、お前」
『初対面の際、私は貴方の殺害を試みました。これ程の敵対行動をしておきながら、貴方は私に対して奉仕とも言えるレベルの協力を続けています。其処までする理由を私は推測できません』
「そんなの俺だってよく分かってないぞ、お前は最短最速で最適解を考え過ぎだ」
球っころの口調から俺の行動に戸惑ってるのが何となく伝わってくる。
ぶっちゃけると俺自身もどうしてコイツの世話を続けてるか、よく分かっていなかった。
まず、球っころを放置すればどんな問題が起きるか予測不能だ。
空にはコイツを阻むデカい垣根も感情な壁も存在しない。
飛行船の動力や乗組員の食い物や水を考えなきゃ世界は空で繋がっている。
何処に逃げてもコイツが伸ばす手から逃げるのは不可能だ、目の前の球っころや本体らしい飛行船に手が無いけど。
放置して変に偏った情報を知ったら即座にホルファート王国へ攻撃を仕掛けかねない。
だから今もこうして与える情報を精査しつつ、今の世界についてゆっくりと教え込んでる。
でもここまで球っころの世話を焼く本当に必要があるのか?
小出しに情報を与えて多額の報酬を受け取った方が割りの良い仕事だ。
そうしないのは心の中で何かが引っ掛かってるからだ。
夢で見た別世界で王様になってる俺を知ったせいなのか?
それとも死者の世界でコイツの事を
今まで何度も考えたけど答えは今も出ていない。
『物事は効率を重視すべきです。不確定要素を排除すれば貴方の肉体的・精神的疲弊が減らせるのは明白かと』
「人間ってのは非合理的な生き物なんだよ。分からない事なんか山のようにあるし、効率ばかり重視してたら逆に行き詰まったりする」
『具体的には?』
球っころは真っ赤な瞳みたいな部分を本に向けたまま質問してくる。
片手間に相手される感じでムカつくが、コイツの方がより強いから文句を言えないのが腹立たしい。
気を紛らわせるようと近く置いてある本を手に取って開くと古紙独特の匂いが漂ってきた。
「戦争中の話になるけど、俺が部隊を率いて敵軍に手酷い被害を出した事がある。命令系統をずたずたにされて敵は大混乱だ、そんな時にお前ならどうする?」
『追撃を提案します。潰走した敵軍を叩くのは戦闘に於ける基本戦術です』
「その通りだ、だけど完全に潰しちゃマズい。逃げ道を残して生き残る奴が出るようにした方が良い」
『逃がした敵兵が別動隊と合流する可能性を考慮し、徹底的に壊滅させるべきです』
「別動隊と連戦して勝てるならそれで良いかもな。でも、どんな戦闘でも被害を出さないなんて不可能だ。敵兵を一人も逃さないなんてまず無理だし、逆に誰も残らないぐらい徹底的に攻撃されると思った奴らが死を覚悟して猛反撃してくる可能性だってある。死兵は怖いんだぜ、何しろ自分が生きて帰れると思わないから自分の命なんて考えず攻撃に集中する。こうなると相手の倍ぐらいの兵力差で遠距離から仕留める手段が無いと止めらない」
俺がまだ王国軍に所属してた頃、ファンオース公国軍への奇襲がそうだった。
上官は逃げ出して公国軍が攻めて来る、何もしなきゃ嬲り殺されるし後で何をされるかわかったもんじゃない。
半分以上自棄で実行した作戦が大当たりした功績で俺は貴族になった。
あの作戦を褒め讃える奴も多いけど俺にとっちゃ悔いが残る作戦だ。
戦友や部下の殆どは死んじまったし、俺自身だって重傷を負い何カ月も生死の境を彷徨った末に何年も後遺症に悩んでる。
何で今も生きてるか自分でも分からない。
だから何となくだ、敵対してる奴らや嫌いな連中でも命を奪うのに抵抗がある。
ゾラ達みたいな生かしている限りずっと俺の命と財産を狙い続ける輩は別だけど、命令に従ってる兵隊や愛国心や忠義で戦う連中を殺すのは忍びない。
立場が違えば俺自身がそうなってた可能性が高いと考えると何処か戦意が萎えていく。
何よりアンジェと結婚して子供達が生まれてからその傾向が自分でもよく分かる。
こんなに穏やかで優しい俺が外道騎士と呼ばれるとか、世界はどうしてこんなにも俺を苦しめるのか?
「でも生き残れる可能性が僅かでも残ってるなら話は別だ。誰だって敵陣特攻より生き延びたいからな。敵が逃がしてくれたと分かれば話し合いや交渉の余地が生まれたりもする。敵を一人残らず滅ぼすってのは、案外効率が悪いんだよ」
『圧倒的優位な戦力を保有すれば十分に可能かと』
「それで自分が間違ってた時にいったい誰が止めるんだ?球っころ、確かお前この世界を滅ぼそうと考えてただろ。自分の御主人様だった旧人類の血を継いだ子孫が生き残ってた可能性を考えてもいなかった。御主人様を捜そうともせずに死んだと決めつけて世界を滅ぼそうとする。作った奴らもガッカリする役立たずの不良品だなお前」
『…………』
球っころは無言だけど明らかに機嫌を損ねた気配が伝わってくる。
コイツにとっちゃ俺は圧倒的な力の差があったのに知恵と根性でデカい人型機械を倒した変人だろう。
新人類をナメたらどうなるか、追い詰められた奴が兵力差を覆した実例に言われたら黙るしかない。
夢の中で出会った
その辺を考えて世界を滅ぼそうとする傾向を何とか誘導する必要があった。
「俺とお前は敵だったけど、今はこうして殺し合わずに情報交換や暇つぶしの相手になってる。意外と世界ってのは上手く出来てて、他人に優しくしたら偶にそれが自分に帰ってくるんだよ。見逃した敵が交渉相手になったり、ムカついて殴ったお偉いさんが便宜を図ってくれたり、対立してたけど助けたら出世させてもらえたりといろいろだ。世界は敵と味方で単純に分けられるもんじゃないし、他人を傷つけるだけの奴はいつまでも一人で皆から攻撃されて終わっちまう」
『だから私と関わり合いを持つと?』
「夢の中でお告げを聞いたから未確認のロストアイテムを探しに来ました、こんなの非合理の塊みたいな話だろ。俺がバカ正直に従ったお陰で今こうしてお前と知り合えたんだ。ちゃんと為になる話だからきちんと聞いておけ」
俺に出来るのはコイツが世界を滅ぼそうとする考え方を少しだけ躊躇わせる切っ掛けを与えるしか出来ない。
見逃された人間の中に俺の子孫が一人でも居るなら目的は達成だ。
五年十年の未来はある程度予測出来ても百年後の未来なんて予想できない。
家族を幸せにする為に禍を取り除く、せめて俺が生きてる間ぐらいは家族が無難に生きていけるようにする。
俺の手が届く範囲はあまりに短くて狭かった。
「だからお前も、安易に世界を滅ぼすとか言うんじゃねぇぞ」
『考慮します』
「素っ気ない答えだな。まぁ、眠り続けて錆びた頭ならそれが限界か」
『その言葉に異議を申し立てます。私の本体は
「ほとんど眠ってるならやっぱポンコツだろ」
『違います』
コイツは俺の手に余る、だからと言って放置も出来ない。
問を先送りにしてるだけと他の奴らに咎められるかもしれないが、最善最速のやり方が出来るほど俺は優秀じゃなかった。
せめて聖女様達ぐらいの才能が在れば何とか出来る可能性は僅かだけど残ってる。
もしも俺に何か起きた時の為に手紙でも書き遺して備えよう。
『
「俺より賢くて強い奴の面倒を見るってのも変な気分だな」
『他者との関係を構築せよ、貴方が発言した内容ですが言動不一致が激しいのでは?』
「いちいちムカつく野郎だ」
「私は明確な性別は存在しません、先程そのように告げた筈です。貴方の記憶容量は軍事活動に不適格だと進言します』
「俺が荒事に向いてないのは良く知ってるよ、黙れお喋り」
減らず口を叩きながら球っころに講釈を垂れる。
逆らえない運命って奴を感じながら流される事しか出来ない自分が恨めしい。
世界には俺の理解が及ばない神様や悪魔みたいな奴が存在して、蟻の巣に水を注ぎ込むガキのように右往左往する俺を嘲笑ってるように感じた。
出来るのは丸い魔王が世界を滅ぼさないようにいろいろ教えるだけ。
徒労感を感じながら球っころのお喋りの相手をする俺は人類の英雄なのか、魔王に魂を売った裏切者なのか分かんなくて変な笑いが込み上げる。
あのバカ王を殴った俺に怖いもんは無い、神様が存在するなら一発殴ってやりたかった。
頭の中を空っぽにしてベッドの上に寝転んで、ボーっとしたまま手足の力を徐々に抜いていく。
だらしなく寝転んでアホ丸出しな顔を曝す俺は何処から見ても伯爵位の貴族で、新興の領主貴族で、ホルファート王国の軍事顧問には見えないだろうな。
こんな俺に重要な仕事を任せられないって奴は立候補してくれ、喜んで譲り渡すから。
「リオン、流石に気を緩め過ぎだ。もう少し威厳を持て」
「……あ~……」
「まったく、だらしない父上に似てはいかんぞリーア」
「ぅん?」
アンジェの言葉にリーアが反応する。
生まれてから半年も経つと赤ん坊でも理性や性格みたいなもんが何となく分かってくるもんだ。
母親が話す言葉の意味は理解できなくても感情は伝わってんだろう。
リーアはあやしてるアンジェの表情を読み取っていろんな反応をしていた。
産まれた直後は夜泣きして数時間ごとに乳を飲ませなきゃいけないが、生後半年になれば首も座って生活もある程度は規則正しくなる。
同じ部屋で暮らしても寝不足にならないぐらいには面倒が減っていた。
「それ程までに嫌だったのか?」
「嫌って言うか、よく分からないってのが正確かな」
「貴族にとって家を護る事は最重要の課題だ。我が子に良い縁組を用意するのは愛情の発露として受け止めろ」
「だからって物心がついてない子供と産まれてもいない赤ん坊の婚約ってのもどうかと思うぞ」
リーアが生まれて俺達がバルトファルト領に戻って二ヶ月ほど経った頃、兄さんとドロテアさんは正式な夫婦になった。
流石にバルトファルト男爵家の当主が弟の家族と同居は出来ないんで、二人は予め用意してあった新居で暮らし始めている。
姉貴とフィンリーは行儀見習いの名目で王都に行った。
あんな奴らでも血の繋がった俺の姉妹だ、本性が知られる前に良い縁談が持ち込まれてくれるのを祈った。
コリンは俺達の手伝いをしつつ職探し、騎士になるにしろどっかの家に養子縁組するにしろある程度の実務経験が無いと相手にされないと今も頑張ってる。
世話焼きの兄とうるさい姉妹が屋敷から居なくなって寂しさを感じて暫くすると、子供ができたと兄さんから連絡が入った。
まぁ、結婚してヤる事をすれば当然そうなる。
父さんと母さんを連れて新居を訪れたら幸せそうなドロテアさんにベッタリな兄さんが居た。
婚約前はあれだけ渋ってたのに、今じゃ熱愛夫婦になるから人生ってのは先が見えない。
挨拶を終えて今後の事について話し合ってたら、いきなりアンジェとドロテアさんが子供達の縁談について話し合い始めた。
どうも結婚前から予め話し合っていたようだ。
俺の子供の誰かとこれから生まれる兄さんの子供を結婚させてバルトファルト一族の関係を強固にするのが狙いらしい。
どっちにしてもこの手の話題に疎い俺と兄さんはろくに話に混じれないまま、口約束だけどうちの子供の婚約が大まかに決められてしまった。
ここまで見事にやられると俺としても反論の余地が無い、特に最近は陞爵やら軍事顧問の仕事で領地の事はアンジェを信頼して任せた俺の負けだ。
「バルトファルト領の開拓がある程度完了すれば男爵家に領地や資産を割譲する必要がある。爵位は私達が上だがリオンが家祖の新興貴族、大して歴史が長いのは兄上が継いでいる男爵家だ。こうした部分が後の世で禍根となり御家騒動に発展するのは珍しくない」
「だから早いうちに男爵家と仲良くしろって言うんだろ。分かってるよそのぐらい」
「口では納得していると言ってはいるが、顔は不満を隠せていないままだな」
「当たり前だろ、自分の子供の幸せに関わってんだぞ」
結婚は重要だ、貴族になってその意味がよ~く分かった。
家同士の繋がりで金の貸し借りをすれば自然に主従関係が生まれるし、領地経営の後押しの有無がそのまま家の発展や衰退に直結してしまう。
今のバルトファルト領の発展は俺がアンジェと婚約してレッドグレイブ公爵家に融資を貰えたからなのは紛れもない事実だ。
娘を俺と婚約させた公爵家はいろんな裏事情があったけど、バルトファルト家の方だって清廉潔白な訳じゃなかった。
貴族同士の政略結婚ってのはそんなもんだ、結婚する本人の気持ちより家の事情が優先される。
でも親になると自分の子には幸せになって欲しいんだよ。
うちの子供と婚約する相手側の子も同じ気持ちだ。
特に俺とアンジェの子と結婚するのは兄さんとドロテアさんの子で、俺にとっちゃ甥か姪になる。
いろいろ助けてもらった兄さんの子供を不幸にして関係が悪くなるのは避けたい。
あとまだ産まれてもいないのに結婚相手を決められた兄さんの子が可哀想になった。
「……幸せって何だろうな?」
「どうした急に」
アンジェに抱かれていたリーアはいつの間にか気持ち良さそうに寝息を立てて、そのまま乳児用のベッドに優しく移された。
首を動かすのも億劫で、近寄って来るアンジェに顔を向けずに視線だけで応対する。
態度の悪さにアンジェが怒っても仕方ないけど、特に何も言われないまま時間だけが過ぎていく。
「実家の都合で勝手に自分の結婚相手を決められて、それで子供は幸せになれるのかなぁって考えてる」
「そうか」
「別に自由恋愛が良いとは思ってないよ。父さんと母さんは苦労したけど今は幸せそうだし、アンジェは聖女様に恋した殿下に婚約破棄されて苦しんだ。恋した相手と付き合っても幸せになれるとは限らない事ぐらいは俺も分かってる」
「下位貴族や平民は家の束縛が少ない代わりに苦労も多いからな」
「だからって、子供達の意思を無視して婚約者を親が決めるのは本当に幸せなのかって悩むんだ」
出世したらいろんな奴らとの付き合いが増えたし、要望が通りやすくなるように事前に裏で話を通す必要が出て来たりする。
あれほど嫌っていたコソコソと裏取引をする貴族と同じ行動をしてる自分に凹む。
そのうち悪事に手を染めて家が潰れるんじゃないかって不安が襲ってくる。
未来に対する不安や疲れは溜まり続けてるのに、仕事が忙しくて家族と付き合う時間も減った。
アンジェは俺が居ない間の領地経営や子育て任せられる、だけど有能過ぎて俺が居なくても割と大丈夫なせいで領地や家庭で疎外されてる気分になっちまう。
「親が仲の良い兄弟でも子の世代では親戚、孫の世代ともなれば赤の他人だ。今から義兄上達とある程度の友誼を深めておけば後顧の憂いが一つ減り、いざという時の保険にもなるだろう。序列や契約は上手く用いれば安心に繋がってくれる」
「いやさ、何ていうか仲が良い兄弟が損得勘定で付き合い始めるって事にどうしても納得いかなくて……」
「慣れるしかあるまい。権力と関わり続ける為には保険が必要だ、その保険も完全ではないのが世の無情と言うべきか」
「世知辛いな、出世するんじゃなかった」
偉くなったら安全かと思ったら他の貴族から妬まれたり、対立してる国から命を狙われる可能性が増える。
おまけに爵位や貴族って重荷は子供達に引き継がれていく、これじゃいったい何の為に出世したか分からない。
貧乏でも気楽なガキの頃が懐かしい、最近は戦争中の悪夢に魘される回数は減ったけど逆に未来の不安に圧し潰されそうだ。
何の為に出世して、何が幸せなのか分からなくなってる。
収入が増えて権力を手にしても特に嬉しさは感じない、家族の為と言っておきながら家族を蔑ろにしてる気がして仕方ない。
「さっさと隠居したい。畑を耕して、収穫した食い物を料理して、子供や孫に囲まれて眠るように息を引き取りたい」
「今から自分の葬式を考えるな、死ぬなら私と一緒に身辺整理を終えてから息を引き取ってもらおうか」
「俺が先に死ぬのが前提なのかよ」
「当然だ、私は喪主を務め爵位や財産の引き継ぎを見届けてから亡くなるから安心して冥界で待っていろ」
「うちの嫁さんは頼りになるなぁ」
当主の俺が死んでもアンジェさえ居ればバルトファルト領は大丈夫そうだ。
ますます俺の立場が無くなった、どうして生きてんだろ俺?
公爵令嬢を嫁にしても文句を言われない程度には出世した、他人から見れば羨ましい人生なのは分かってる。
なのに苦労ばっか増えて幸せの実感が足りない、嫁と子供達を幸せにしてるのかどうにも自信が無かった。
「政略結婚とはいえ本人達の合意が無ければ成立はしない。不幸に為るなら取り止めれば良いだけの話だ」
「それで済む話かよ、アンジェはバルトファルト家の未来が気掛かりじゃないのか?」
「家の存続と本人の幸せは別問題と考えろ。政略結婚で不幸になればやがて未来の禍根に為る。母親なら我が子の幸せを願うのは当然だろう」
「俺はアンジェと子供達を幸せにしてる実感が無いなぁ」
「自信を持つべきだリオン、私はお前の妻になれて幸せだぞ」
……そう言い切られるとこっちも困るな。
公爵家のお嬢様が辺境の新興貴族に嫁ぐなんて普通なら悲劇みたいに語られるはずだ。
なのにアンジェは俺の嫁になって苦労ばかりしてるのに幸せって本心から言い張る。
何か特別な事をした訳じゃない、いつも俺はアンジェに与えて貰ってばかりで損得勘定なら損の方が多い。
「人間は存外に強かな生き物だ。他人から見て不遇でも本人は幸せを感じて生きている場合もある」
「俺みたいな頼りない旦那と結婚させられて不満は無いのか?」
「私が成長したのは間違いなくリオンが隣に居たからだ。父上や兄上も私が本気でお前に惚れるとは思っていなかったと驚いていたぞ」
「まぁ
「私がリオンに惚れたせいでレッドグレイブ家の王位簒奪は水泡に帰した。今の私なら公爵家を乗っ取るのもホルファート王国を滅ぼすのも可能と思えるほど充実してる」
「アンジェがおっかねぇ」
「リオンが望むなら王座に就く道を詳細に指し示せるぞ」
「そんなの俺が嫌がるって分かってるだろ」
「だから実行しない、お前がこのまま望まない限りに於いてはな」
「現実にならないように祈るよ」
「ならば私を幸せにしろ、王妃の座など要らないと思うぐらいに愛し尽くせ」
気を抜いてたらアンジェに抱き締められてキスされた。
無抵抗のまま唇を重ねて続けてると満足したのか解放される。
どうやら俺はこのおっかない嫁さんを宥める為に満足するまで一生愛し続けなきゃいけないみたいだ。
まぁ、それはそれでやりがいのある人生かもしれない。
「ところで、王都を訪ねる度に書物を買い漁っているらしいな?だが屋敷の蔵書は一定のままだ。何処で、誰と、何をしているか説明してもらおうか?」
「……黙秘する権利は」
「あると思うのか?」
「使った金は軍事顧問の必要経費と申告しています」
「詳細な用途を説明しろ」
言い逃れ出来そうになかった。
そもそも口が達者な俺だけど口喧嘩は一度もアンジェに勝てた事が無い。
下手に嘘をついてもすぐにバレる。
だけど球っころの事情を正直に説明して巻き込むのだけは避けたい。
「ごめん、詳しい説明は出来ない」
「危険な事はしてないか?」
「むしろ未来の危険を回避する為に頑張ってます」
「……分かった、信用してやろう」
どうやら納得してくれるみたいだ、騙したみたいで罪悪感が凄い。
いつか球っころの話をアンジェや子供達にしなきゃいけない時が来るかもしれないな。
せめて俺が生きている間ぐらいは平和な世の中になって欲しい。
「代わりに私が満足するまで接吻しろ」
「……欲望だけじゃねぇか」
「私を心配させるリオンの不手際だ」
「いや、ほら、リーアが居るし」
「近頃のリーアはよく眠るようになった、音を出さなければまず起きないだろう」
どうやら仕事で放置した分、アンジェも不満が溜まっていたらしい。
いつになく積極的なアンジェを満足させる為、心の中で愚痴りつつ今度は俺から唇を重ねる。
家にも外にも俺の気が休まる場所は無いのか。
俺が楽隠居できる日はいったい何年後になるのやら。
第六部エピローグ、その前半です。
短編から始まってぼんやりと考えてた妄想から今章に到達するまで1年半以上もかかりました。(汗
おかしい、本当はスローライフ構想だったのにバトルや政争し始めるなんて…。
今章は王国編コミカライズ完結+今作第六部終了のおまけとして成人向けシーンをご用意しました。
挿絵付きなので楽しんでいただけたら幸いです。
https://syosetu.org/novel/312750/21.html(成人向け注意
詳しい後書きは一時間ほど後に投稿されるエピローグ後半にて。
成人向けで予め投稿していたラストエピソードを修正した文章になります。
追記:依頼主様のリクエストによって詣 創様にイラストを描いていただきました。
ありがとうございます。
詣 創様 https://www.pixiv.net/artworks/123248503(成人向け注意
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。