婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第12章 愛する人と何処までも●

 バルトファルト領に於ける宿泊施設はニ種類に分かれる。

 傷病者向けの湯治施設は医療目的として王国から補助金を受けて運営される。

 観光客向けの宿泊施設は外貨の獲得を目的にバルトファルト家が中心となって運営する。

 その宿泊施設も大衆向けの一般的な宿と富裕層向けの高級宿の二種類がある。

 観光客向けの宿泊施設もリーズナブルな大衆向けは現状に於いて稼働率が高いが富裕層向けの稼働率はそれ程高くない。

 現状は湯治施設に注力し、いずれ観光客向けの歓楽街を設立する・何らかの特産品を開発し集客を行う等の構想が存在する。

 リオンは勿論、王妃教育で経営学や政治学を学んだ私自身も実際に運営するのは初めてなのであらゆる事が手探りだ。

 

 そんな高級宿の一部屋をバルトファルト家は常にキープしている。

 主な目的は稼働率の底上げと賓客が突然来訪した場合に備えての対応策だ。

 ただキープして使わないのも勿体ないのでバルトファルト家の皆が無料で宿泊できるようにしてある。

 男爵夫妻やリオンの姉妹は既に幾度か泊まったらしい。

 だからリオンと私が宿泊しても問題は無い。

 そう、問題無いはずだ。

 なのに従業員達からの視線が妙に気になる。

い や、これまで視察としてリオンと共に幾度も訪れたのだから変化は無いだろう。

 高級宿の従業員は高位貴族や富豪をもてなす場合に備え徹底的に吟味し、レッドグレイブ家の推薦で身元が確かで口が堅く優秀な者を雇用した。

 

 それは何故?と考えた結果ある事実に気が付く。

 私とリオンの関係性の違いだ。

 当時の私はあくまでもリオンをビジネスパートナーと考えていた。

 領地経営を円滑に行う為に必要だから世話をしていると自分では思っていた。

 しかし、それを傍から見た者はどう考えるか?

 婚約者である病身の領主に甲斐甲斐しく付き添う令嬢と思われなかったと断言できるか?

 もしもそうなら一緒に宿泊施設を訪れた所で今更だ。

 変わったのは私、変わってしまったのは私。

 私は自覚するずっと前からリオンに惹かれていた事になる。

 その事実がひどく恥ずかしかった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 宿の受付で借りた入浴に必要な品々を収めた籠を携え宿の廊下をリオンと共に歩く。

 新築された建造物の香りから温泉特有の匂いへ湯殿に近づくに連れて移り変わる。

 「男性浴室」「女性浴室」と大きく書かれた扉が見えてきた。

 

「それでは入るか、終わったら部屋で待ってて欲しい」

 

 リオンにそう告げて女性浴室に入ろうとするが背後の気配が消えない。

 振り返るとリオンが扉の向こう側に備えられた女性脱衣所に入ろうとしている。

 

「男性浴室はそっちだぞ。忘れたのか?」

「いや、一緒に入ろうかなと思ってさ」

「……はぁ?」

 

 口から思わず奇妙な嘆声が漏れる。

 突然何を言いたすんだこの男?

 

「他の客がいるだろう。変質者として爵位を剥奪されたくないなら男性浴室に入れ」

 

 そう言って男性浴室の扉を指を差す。

 

「俺達以外に宿泊客はいないってさ。今日は俺達の貸し切り」

「…………」

 

 そういえば外履きを借りる為に先に宿へ向かっていたな。

 受付で宿泊客の情報を仕入れたか。

 いや、旨い話がそう都合よくあるか?

 そう思い始めると急速に頭が働き始める。

 そもそも温泉に誘ったのはリオンだ。

 私が逃げられないように靴を履かせずお姫様だっこで運んだのもリオン。

 全てリオンが仕込んだと思えば辻褄が合う。

 

「嵌めたなリオン!」

「さぁ?一体なんの事?」

 

 口元がニヤついてるのを隠しきれてない。

 何でそういう所だけは異常に智慧が回るんだ貴様。

 最初から私に逃げ道など存在しなかった。

 このままリオンの為すがままにされる運命なのか。

 それは別に構わない、リオンが私を求めるのなら受け入れる覚悟はある。

 だが搦手を用いて私の逃げ道を塞ぎ陥れるような性根が腹立たしい。

 なので少しばかし揶揄っても罰は当たるまい。

 

「そうか、リオンは私を籠の中の鳥のように囲いたいのだな…」

「そんなつもりはないって」

「いい、分かってる。リオンが体を求めるのなら私に拒否権は無い。甘んじて受け入れよう」

「違うって、話を聞いてくれ」

「殿下との婚約を破棄された私と結婚しようとわざわざ思うのは色狂いの好色貴族ぐらいなものだ。純潔でなくなった私ならリオンに嫁ぐしか生きる道は残されていない」

「ちょっと待て!」

「心が通じあったと思っていたのは私だけだったのか。手籠めにされてもうレッドグレイブ家を頼れずリオン以外に縋れる者が存在しないのに…」

「違うから!!」

 

 そう言うとリオンは頭を下げ始めた。

 

「ごめん、アンジェを驚かせたかっただけ。疚しい気持ちは誓ってない。ちょっとしたお祝いのつもりなんだ。傷付いたなら謝るよ」

 

 リオンの慌てる姿に笑いを堪えて体が震えるのが泣いてるように見えたらしい。

 少々やり過ぎたかもしれない。

 我ながら底意地が悪いが元はと言えばリオンの行動が発端だ。

 これに懲りて今後は控えて欲しい。

 

「………プっ」

「アンジェ?」

「くふふふふふ」

「なんだ、嘘泣きかよ…」

 

 漸く気付いたらしきオンは安心すると同時に拗ね始めた。

 

「すまない。だがリオンで裏でコソコソと謀をするも悪いんだぞ」

「だって直接言ったらアンジェは嫌がるだろ」

「そんな事はない。リオンの要求なら受け入れる度量はあるつもりだ」

「本当に?」

「本当だ。だが女には相応の準備が必要だ。特に私は見栄っ張りだからリオンが他の女に目移りしないように一番綺麗な姿で私だけを見て欲し…」

 

 ……何を言い始めているんだ私は?

 リオンを揶揄うのに夢中でとんでもない惚気を口走っている。

 

「あの、だからな、私はリオンが他の女に目移りする事に耐えられない」

「あぁ、うん」

「その、リオンが私だけをずっと見てくれるよう常に綺麗でいたい」

「大丈夫だから、分かってるから」

「せめて、何かする時は心の準備が出来るように事前に教えてくれるとありがたい」

「これからは気を付けるよ」

「決してリオンに求められるのが嫌ではないんだ。ただ、どうして良いか分からなくて」

「なんか、ごめん…」

「いや、私の方もすまない…」

 

 自分の言葉が照れくさい。

 好きな男児へ独占欲丸出しの女児か私は。

 リオンの方も若干顔を赤らめて私から視線を逸らす。

 なんとも居たたまれない空気が周囲に満ちる。

 

「温泉、入るか…」

「うん…」

 

 先程までと打って変わり、何とも気恥ずかしさを抱えたまま私達は同じ脱衣所へ入った。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 温泉を満喫した私は再びリオンにお姫様だっこされ別宅に運ばれる事になった。

 リオンは泊まっていこうと提案したがどうしてもその気になれなかった。

 宿泊施設に泊まれば確かに至れり尽くせりで過ごせただろう。

 しかし、今の私は誰かに傅かれ世話してもらうよりも不自由でも愛する人と共に苦労する方を好ましく思っていた。

 お姫様だっこされるのも行きと違い恥ずかしさを感じない。

 誰にも見られていない事もあるが、私自身の意識が変わったのが大きな変化だ。

 バルトファルト領でリオンと共に生きる。

 その覚悟を漸く固められた。

 

 結果的にレッドグレイブ家からの融資だけではなく、私を妻として迎え入れるリオンに更なる苦労をかけるだろう。

 もしレッドグレイブ家とバルトファルト家が対立する事になればどうなるか?

 想像したくもないが最悪の事態を想像するのが統治者の務めだ。

 

「どうしたアンジェ?」

 

 唐突にリオンから声をかけられる。どうやら些か表情が強張っていたようだ。

 

「何でもない」

「寒いだろ、もう少しくっつけ」

 

 そう言って私を抱える腕に力を込める。

 きっとリオンは私がどんな事を考えてるか分からないだろう。

 でも分からなくて良い。

 きっと私の内心を知れば彼は一緒に悩もうとする。

 そんな彼が愛しいから、だから敢えて私は心を隠す。

 もしバレて怒られたら、素直に謝って力を併せて頑張ろう。

 未来は見通せないけれど、きっと私達は上手くやれる。

 そんな事を考えつつ揺れに身を任せるといつしか私は眠りに落ちた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「アンジェ、着いたぞ」

 

 目元を擦ると既に別宅の玄関に到着していた。

 ゆっくりと足を降ろし邸内へ入る。

 素足に感じる床の冷たさが心地良い。

 灯りを点けずとも別宅の構造は把握してる。

 此処での暮らしは私にとって馴染み深い物となった。

 逆に公爵令嬢、王子の婚約者として王都で生きてきた生活を遠い昔のように感じてしまう。

 それが良い事なのか悪い事なのか私自身には判別できない。

 婚約破棄された時の絶望、王家への不信は今もなお私の心の片隅で燻っている。

 

 それでも、今の私にとってもっと重要で大切な物が出来た。

 怨みや不満を抱え世を呪いながら生きるより、愛する人と共にささやかな幸せを噛みしめて生きる。

 その方がよほど建設的で幸せだ。

 そんな思考をしているとすぐ部屋の前に来てしまう。

 自分の部屋に帰ろうとするリオンの背を見て思わず手を握る。

 訝しげに私を見つめるリオン。

 どうして彼を止めたのか自分でも分からない。

 ただ、片時でも彼と離れ離れになるのが嫌だった。

 

「一緒に寝よう」

 

 短い言葉で願いを口にする。

 リオンは何も言わない。

 言う必要が無いから。

 そうして私の部屋に彼を招き入れる。

 窓から見える月と星々が放つ光だけが室内を灯す。

 肌寒さを感じベッドの上に座る。

 同時にリオンも腰掛ける。

 既に幾度も肌を重ね合わせたのにこうして二人きりになると何を口にすれば良いか分からない。

 それで良かった。

 言葉にしたらこの幸せが霧散してしまいそうで怖かった。

 

「じゃあ寝るか」

「うん」

 

 そうして私達は同じベッドに横たわる。

 まだ新築の真新しさが残る天井の木目を見る。

 思えば昨夜からいろいろな事があった。

 恋の辛さに泣いて枕を濡らしていた事が嘘のように感じられる。

 今の私は満たされていた。

 ふと手に何かが触れる感触に気付く。リオンの手だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「もっとくっ付け」

 

 有無を言わせない口調だった。

 ゆっくりと布団の上を這って近づく。

 もし、また求められたらどうしよう。

 流石に体は疲れているが愛を確かめ合う行為を拒むつもりは毛頭なかった。

 

「昨日みたいに私を抱くのか?」

「抱かないよ、でもアンジェを感じていたい」

 

 そう言われて引き寄せられるとリオンの胸板に顔を埋める形になった。

 彼の鼓動を感じる。

 規則正しいリズムで鳴るその音を聞いていると安心感からかまた睡魔が襲ってくる。

 

「なぁ、リオン。お願いがあるんだ」

「何?」

「腕枕して欲しい」

 

 体勢を入れ替えリオンが左腕を伸ばす。

 その腕に頭を乗せると折り畳まれた左腕が再び私を引き寄せた。

 

「重くない?」

「大丈夫」

「…見つめられると寝れない」

「俺しか見てないから平気」

「ふふっ」

 

 そう言って私も彼の顔を見つめる。

 初めて会った時は憔悴していたリオンが今では優しく微笑んでる。

 私の隣に居てくれる。

 それだけで嬉しかった。

 どれほど時が流れただろう。

 規則正しい息遣いを感じ、顔を上げるとリオンは既に眠りに落ちていた。

 私を見守るつもりが先に眠ってしまったらしい。

 何とも微笑ましくて顔が綻んでしまう。

 

 

 窓から見える夜空に想いを馳せる。

 きっと私の人生はこれからも艱難辛苦に見舞われるだろう。

 上手くいかない事も多く訪れ、時に無力感に苛まれる。

 それでも人生に絶望はしない。

 私の隣に彼がいる。

 それだけで私は満ち足りるのだ。

 

 私の伴侶 私の番い 私の片翼

 

 彼が足を挫いたなら私が杖となろう。

 彼が盲いたなら私が瞳となろう。

 彼が闇で迷うなら道を照らす灯となろう。

 

 そうありたいと願う。

 きっと私は間違いを犯す。

 でも、その時は彼が私を導いてくれる。

 だから私は人生に絶望しない。

 世界はいつも残酷で情け容赦なく人々に厳しい。

 

 それでも私は屈しない。

 私の隣に彼がいる。

 だから安心して眠りに落ちよう。

 希望と共に朝を迎え精一杯生きてゆこう。

 世界がどれだけ厳しくても私達は共に生きてゆく。

 

 

 そして私は眠りに落ちる。

 世界に屈しない愛を抱いて。




混浴シーンはR指定なので大幅カットになりました。(涙
両想いになった後の甘酸っぱい雰囲気はイチャイチャと別の良さがありますね。
二人のイチャイチャばかりだと物語に奥行きが無くなってしまうのはひとえに私の未熟さです。
次章から改善するつもりです。
今章のファンアートをギョーザさんに描いてくださいました。ありがとうございます。
https://skeb.jp/@Gyouza_anime/works/16
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