婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第119章 Deviation value of love●

 愚か、実に愚か

 どれだけ力を持っていようが、やはり彼奴らはお人好しの戯けだ

 王国の者達から聖女だの英雄だの持て囃されようとも所詮は生まれて数十年の小童

 善性やら憐れみなど所詮は数で優位に立つ者が押し付ける同調圧力に過ぎん

 あのような輩が国を救っただと?

 畜生の縄張り争いなど勝手にやらせておけばいい

 醜く、愚鈍で、増える事しか能の無い者共が地に満ち我が物顔で闊歩する

 悍ましい、奴らが数を増やす度に世界が穢され汚泥に浸るような気分にさせられる

 

 そんな恥辱に満ちた時間もやがては終わりを迎える

 刻とは誰もが逃げる事能わぬ絶対的な裁定者

 我々にとっても避けられぬ刻の刃も状況によっては有利に働く

 月が満ち欠け季節が巡るほど、我らは強壮に力を増す

 嘗ての誉れを取り戻す為に 再び地に満ち君臨する為に

 

『ちょっと良い』

 

 うむ

 我らの理想郷を思い浮かべてくれたか

 貴方が目覚めてくれたのはまさに神の思し召し

 これはもはや天命と言って過言ではあるまい

 我らは復権する、その栄光の始まりである第一歩をこうして踏み出すのだ!

 

『御高説どうも、とりあえず私の話を聞いてくれないかしら?』

 

 何かね?

 

『理想郷って言うのは具体的にどんな物なの?』

 

 決まっている!

 我らがあの醜く愚かな連中を世界から駆逐し、屈辱の歴史を払拭してやる!

 奴らが産み出した差別も貧困も無く、叡智と豊穣に満ちた理想郷が再び世界に現れるのだ!

 瞼を閉じればその光景がありありと浮かぶ、正しき形へ回帰した世界を!

 

『そんな物が嘗て本当に存在していたという確証を知りたいのだけれども」

 

 何を疑うッ!?

 我ら以上に優れた存在は世界に存在して居ない!

 最も美しく、最も賢く、最も強き者が地を治める!

 これに勝る通りなど在りはしない!

 現に貴方という存在その物が理想郷の存在を実証しているではないか!

 二十年前のあの日!貴方さえ目覚めていれば聖女などと増長したあの娘など物の数ではなかった!

 監視の目が弛んでいる今こそ準備を進める雌伏の時!

 我らは此処に理想郷の再臨を宣言しよう!!

 

『……いいわ、好きになさい』

 

 

知らぬ事は恥ではない

授けられた己の名を知らぬ乳飲み子を咎める母は居ない

世の道理を知らぬ童を無法と叱る賢者は存在しない

智とは連綿と紡がれた営みであり人を人たらしめる所以

 

知らぬ事は罪ではない

では知る事は善なのか?

学ぶ事は進歩なのか?

愚者が己の至らなさを自覚する無知の知は時に驕慢な智者の驕慢に勝る

総てを識る者こそ神ならば、その言葉に耳を傾けない智者は下されるのは何か

御伽話は語り継ぐ 神話は刻の移ろいを聞く者に伝える

此度の噺がどのような結末を迎えるのか

未来は智者にも愚者にも平等に未知である

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「確かに家柄、年齢差、距離と障害と言える物も幾つあるわ。だけどあの子はその程度の試練なら乗り越えられると思っているの。私達の結婚だって問題が無かった訳じゃないし。あぁ、でも私を救う為に空賊達を薙ぎ払って迎えに来てくれたニックス様は素敵だったわぁ♥」

「……そうか」

「あの時に確信したのよ。『あぁ、私はこの御方に嫁ぐのね♥』って。貴女だって伯爵が助けに来てくれた時は嬉しかったでしょう?」

「……まぁな」

「やっぱり男女の仲を深めるには突発的な出来事が必要なのかしら?ほら、兄妹みたいに育った幼馴染が年頃になると急に相手を異性として認識し始める物語があるじゃない。でも体が成長しただけで長年の関係がそう簡単に変わる物とは思えないの。あぁ、勘違いしないで。別に最初から男と女の関係になれと強制している訳じゃないわ。両家の取り決め事態そんな物じゃなかったし」

「……うむ」

「でも最低限の気配りはしても良いでしょう?貴女の息子も学園に入学する年齢なんだし、その程度の分別が付いてもいい筈よ」

「……分かった、私からも注意しておく」

「女心に疎いのはバルトファルト家の特徴なのかしら?何よ、勘違いしないで欲しいわ。私はニックス様からの贈り物について不満を漏らした事は今まで一度も無いの。寧ろニックス様が私への贈り物で頭を悩ませている光景を想像しただけで頭の中が蕩けそう♥……ちょっと今も興奮してきたわ♥」

「……止めろ、興奮するな」

 

 義兄とその妻の情事など聞きたくもないし想像もしたくない。

 目の前で身悶えを始めた女をこの場に放置したまま今すぐ屋敷の中へ戻りたくなる。

 しかし本日の茶会に招いたのは私の方だ。

 よって目の前の珍客を相手に応対するのは家を留守にしてる当主代理を務める妻の私の役目だった。

 ついには淫猥な用語まで発し始めた義兄嫁に対して冷ややかな視線を送りつつ、ティーカップの中に残っていた紅茶を一息に飲み干す。

 長話に付き合ったせいで紅茶は既に冷めてしまっているが目の前で身悶えし始めた女が放ち始めた高温多湿の空気を冷ますには都合が良い。

 子供達を他の場所に移して本当に良かった、この女は喋る猥褻物並みに情操教育に悪かった。

 その余波で彼女と義兄の間に生まれた甥と姪を警戒する状況が発生している事実を腹を痛めて産んだ張本人は気付いていないのか?

 何とも言えぬ感情が胸中に満ちていくが、これも危機管理の範疇である。

 可愛い我が子の婚約者候補に注意を払うのは現当主の妻として、次期当主の母親として当然の義務だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……ドロテア」

「あぁ、ニックス様♥まだ陽も高いのにいけません♥」

「ドロテア」

「外には子供達が遊んでいるのに♥見られたら言い訳できませんよ♥」

「ドロテア」

「責められるのが好きなんだろうなんて♥私をこんなにしたのは貴方なのに♥」

「……バルトファルト子爵夫人(・・・・)

「何かしら、バルトファルト伯爵夫人(・・・・)

 

 とある敬称で彼女を呼ぶとそれまでの痴態が嘘のように正常な応対を始める。

 頭が茹だった状態の彼女を正気に戻すにはこれが一番効く、十年以上の付き合いで漸く体得した方法だった。

 その理由は単純に何時でもその敬称で呼ばれたいからだ。

 彼女は完璧な子爵夫人を演じる事に妥協せず、愛する男の妻として一点の曇りすら許さない。

 だから子爵夫人の敬称で呼ばれると発条仕掛けの人形のように他者への応対が変化する。

 彼女の名はドロテア・フォウ・バルトファルト子爵夫人。

 ホルファート王国の領主貴族ニックス・フォウ・バルトファルト子爵の妻。

 私の名はアンジェリカ・フォウ・バルトファルト伯爵夫人。

 ホルファート王国の領主貴族リオン・フォウ・バルトファルト伯爵の妻。

 バルトファルト領を治めるバルトファルト家へ他家から嫁いだ女達である。

 

「とりあえず話を戻そう。それで、ライオネルの応対が不満と言いたいのか」

「そうよ、王都の学園に通い始めてから随分と冷たいってテレジアが嘆いていたわ」

 

 ドロテアが呟く不満を聞きつつティーポットからカップに紅茶を注ぐ。

 長話に付き合ったせいでポットの中の紅茶は温く抽出された茶の渋みが強いが延々と愚痴を聞かされ続ける我が身からすれば気付けには丁度良かった。

 今こうしてドロテアとの会話に付き合っているのは彼女と私が義姉と義妹の関係であり、このバルトファルト領を治める貴族達の妻として情報を共有する必要があるからだ。

 

 

 現時点に於いてバルトファルト領は二人の貴族が協力して治めている。

 まずホルファート王国からこの浮島を受領した統治者である私の夫リオン。

 次にリオンの生家である現バルトファルト子爵家を継いだドロテアの夫ニックス。

 本来ならばこの地を治めるのはリオンであり、義兄上が継いだ子爵家は伯爵家の領内に間借りしているという特異な状態にある。

 これはリオンが叙爵された当時、彼はまだ十代後半になったばかりの青年だった事が原因だ。

 如何に優れた才能の持ち主だろうと僅かな資金と己一人で領地の開拓や経営を行うのは不可能に近い。

 そんな状況に置かれたリオンを手助けするべく、彼の生家であるバルトファルト家は臣下を伴って旧領からこの地へ移住した。

 寧ろ初期の領地経営に於いてはリオン自身より義父上や義兄上の働きが大きかったと言えよう。

 それに加えて近年のリオンはホルファート王家からの信頼も篤く、王都への招集や要職への就任を任される事が多い。

 リオンの留守中に領地の経営を一任されているのは私だが、それでも至らない所は出てきてしまう。

 特にバルトファルト領内で保有している軍に関しては女性のであり従軍経験が皆無の私ではどうしても無理がある。

 この領地の起源は旧ファンオース公国との戦争でリオンが挙げた武功によるものだ。

 ホルファート王国の尚武の気風やリオン本人の意志に反して相応に軍の質が求められる。

 リオンが領地に不在の間に軍務を担うのはバルトファルト軍の副官を務めた義兄上の役割だった。

 

 だが、それはどうしても権力構造の歪みが生じてしまう。

 顔も知らぬ総司令官より現場の親しい指揮官を敬う兵など珍しくもない。

 特に義兄上はリオンほど優れた軍才は無いが、実直な人柄で領内の人々からも慕われている。

 義兄上本人に野心は無くとも、部下達まで同じ考えとは限らなかった。

 古来より軍人が君主を弑逆する際には近衛の裏切りなどよくある事である。

 既にリオンがこの浮島を拝領してから二十年近い歳月が経過していた。

 バルトファルト領内の開拓も十分に進んでいる、これ以上の農作物の増産を望むなら無人の浮島を発見して繋ぎ拡張せねばならない。

 つまり、明確にバルトファルト伯爵家とバルトファルト子爵家を分ける段階に到達したと言える。

 だが私の夫と彼女の夫はこうした政治的な駆け引きや貴族同士の慣習に疎かった。

 何しろ二人の出自は貧しい田舎領主の嫡子の予備として育てられた次男、家を出て平民として生きるしかなかった三男である。

 加えて義兄上とリオンは仲の良い兄弟だった、その中の良さが良い結果を齎すとは限らないのが儘ならぬ世の理不尽な所だろう。

 親達の仲の良さに甘んじて問題を先送りにした結果、子の代孫の代になって血で血を洗う権力闘争に発展した例は王国の裁判記録を閲覧すればすぐ発見できるほど大量に記されている。

 バルトファルト領がそうした事態に陥らないよう当主である夫を支えるのも妻としての腕の見せ所だ。

 子供達を伴った茶会と称して私とドロテアは一ヶ月に数度の情報交換を続けていた。

 

「ライオネルだけではなく、アリエルからの手紙も確認している。王都で享楽に現を抜かしている訳ではない。ちゃんと勉学に励んでいるようだ。私だけでなく其方にも定期的な連絡をしている筈だろう」

「あの報告書みたいな手紙が婚約者候補に出す手紙だと思うの?面倒くさいから事務的に出してるとしか思えないわよ」

「…………」

 

 そう言われると此方も返答に困る。

 私達の長男ライオネルと長女アリエルは今年で十五歳になり、春から王都の王立学園に入学している。

 旧ファンオース公国との戦争後に行われた改革の一環として再開した学園もまた大きく刷新された。

 嘗ての学園に於ける貴族の令息令嬢が行っていた横暴を許容する風潮こそホルファート王国失墜の温床であると判断され、貴族は無条件で入学可能だった状況も現在では筆記試験と面接による合否判定が行われている。

 特に年頃の貴族達がコネ作りや婚活の場として活用されいた上級クラスは、王国の未来を担う若者の育成機関に造り変えられた。

 貴族の血を継ぎながら王立学園に入学できない者は余程の事情が持ちか知能や性格に問題有りと受け取られ立身出世は絶望的となり、王宮の官僚として働く予定の宮廷貴族の若者や次期当主として育てられた領主貴族の嫡男は上級クラスに在籍が必須条件になっている。

 幸いにしてライオネルは無事に上級クラスに在籍できた、逆に勉学を嫌うアリエルを入学試験に合格させる為に随分と手を焼いたのだが。

 そんなライオネルが定期的に実家へ送る手紙は詳細だが味気ない内容である。

 

『〇月×日 □△を学びました 教官からは良いとの評価を受けました』

『◆月▼日 休日でしたので図書館にて読書を行いました』

 

 遠地の部下から届けられた報告書と言われた方が納得する文面で、初めて読んだ時は私達の育て方を誤ったかと軽く落ち込んだ。

 寧ろアリエルが不定期に送る楽しかった出来事や都合が良い出来事ばかりを強調し、成績や素行に関しての話題を誤魔化した手紙の方が年相応の我が子の文面として感情移入できるのが悩ましい。

 私の腹で十月も育んで産んだ双子だが、どうしてこれ程までに性格が違うのだろうか?

 

「特に数日前に王都から送られた荷物はひどかったわ。大きめの封筒の中に何が入ってたと思う?」

「分からんな」

「王都にある店の品書きが数冊よ」

「……何の理由があってそんな物を送った?」

「テレジアが先月出した手紙の返答らしいわ。『お兄様がお帰りになるのをお待ちしています。王都で流行りの品を教えていただきたく存じます』と書いたみたいね」

「まぁ、年頃の娘ならよくある話だろう」

「その返答が『この中から欲しい物を教えて欲しい』よ。貴女の息子は婚約者候補への贈り物を考えるのさえ億劫なの?」

 

 頭痛がしたので優しく側頭部を指で揉む、同時にライオネルの執った行動の意図を凡そ把握した。

 おそらくはライオネルはテレジアの手紙に書かれている内容について思案し、率直に受けとめたのだろう。

 テレジアは別に王都で売られている品物が欲しかった訳ではない、慕っているライオネルとの話題として流行を持ち出しただけだ。

 だが乙女心を理解していないライオネルは言葉の意味をそのまま捉えた。

 つまり『テレジアは王都の流行品を欲している』と考え、『買って帰るからどれが欲しいのか教えろ』と品書きを送ったのだと考えられる。

 単純にして合理的な考えだ、しかしあまりに隙が多く相手の心情を慮らない息子の行動に溜め息が漏れた。

 貴族の交友関係に於いて贈り物は重要な意味を持つ。

 贈る相手の性別、年齢、好みを事前に把握した上でその時々に相応しい物を選ぶのは基本中の基本である。

 現金など貴族相手では論外、品書きなどそれ以前の噺だった。

 

「すまんな、後で手紙を送っておく。ライオネル達が帰った時に説教もするから許して欲しい。息子なりに考えて行動してはいるのだ。学園での生活が忙しくて気が回らなかったのだろう。何しろ此処から王都までは距離がある。どれが欲しいか聞きに戻る訳にいかずこんな方法を採ったと考えて赦してくれないか」

 

 今の王立学園は制度改革の影響で生徒全員が寮住まいな上に使用人を伴う事も許可されない。

 生徒が雇っていた奴隷が犯罪に加担して学園内の風紀を乱し、ファンオース公国との戦時中には貴族の情報漏洩を行っていたのが原因だ。

 私が上級クラスに在籍していた頃も貴族出身の生徒は権勢を誇るように雇った奴隷の数で競う合いあっていた。

 戦後の調査で諸々の事実が発覚し王立学園は十年近くも休校を余儀なくされ、再開した現在は例え王族や国外からの留学生などの特例を除き使用人の随伴は基本的に許可されていない。

 我が家の子供達も例に漏れず自分達の世話は自分でやるのが推奨されている。

 一応は学園側が用意した世話役を雇えば部屋の掃除や衣類の洗濯を依頼できるのだが、倹約家のライオネルが世話役を雇ったという話は報告されていない。

 勉学に加え身の周りの整理整頓を加え忙しい日々を送り、遠く離れた故郷に居る婚約者候補への扱いをつい粗略にしてしまったのは年相応の失敗と考えるのが妥当だ。

 

「とりあえず回答は保留にしておくわ。でも憶えておきなさい。私にとって私と私の旦那様と私の子供の幸せが最優先。私達の娘と貴女達の息子の婚約を認めたのは私達にとって利益があるから認めたからに過ぎないの。ニックス様も喜ばれていたから私も同意しただけよ」

「……承知している」

 

 威圧感を増すドロテアに物怖じしないように心掛けながら応える。

 ドロテアを自身の色恋だけで生きる女と思い込んでいる者は多い、しかし実態は非常に賢く怜悧な判断を下す女だ。

 貴族の人生は生まれた家、嫁いだ家と切り離せない。

 どんなに愛しい相手でも家の利と為らないなら結ばれず、腹を痛めて産んだ我が子だろうが家を存続させるなら切り捨てる判断を下すのが貴族だ。

 しかしドロテアの判断基準は全く違う。

 彼女にとって重要なのは己と夫と我が子のみ、他の者は何処まで行っても『その他大勢』でしかない。

 その重要な物を護る為ならどれだけ非情な手段を躊躇なく選択するのがドロテア・フォウ・バルトファルトという女だ。

 こうして私との茶会に興じているのも現時点に於いてバルトファルト伯爵家が有益だからに過ぎなかった。

 娘を幸せに出来ないと考えた瞬間に別の男を婚約者に据えるぐらいは眉を動かさずにやってのけるだろう。

 だからこそ敵に回さないよう慎重に付き合わなくてはならない。

 

「テレジアを幸せに出来る器量が無いなら婚約者は長男(ライオネル)でなくても構わないの。幸い貴女が産んだ男子は他に何人も居るから変えても問題なさそうね」

 

 ドロテアは視線を庭園で戯れている子供達へ移す。

 王都に居る長男(ライオネル)長女(アリエル)を除いた私とリオンの子供達が何も知らずに笑い合っている。

 次男リーア・フォウ・バルトファルト。

 次女ロクサーナ・フォウ・バルトファルト。

 三女メラニー・フォウ・バルトファルト。

 三男ディラン・フォウ・バルトファルト。

 既に私の人生は公爵令嬢として過ごした時間よりも、この地を訪れリオンと結婚した時間の方が長くなりつつある。

 我ながら十数年で子供を六人は流石に産み過ぎたのではと思っているのだが、如何せん出産という物は人為のみで制御するのは難しい。

 決して、決して私とリオンが多淫な訳ではない。

 実際、目の前で私を問い質すドロテアにしても現時点で義兄上との間に四人の子を儲けていた。

 義兄上は私とリオンより二歳ほど年齢差、ドロテアに至っては義兄上より更に二歳も年長だ。

 それなのに私の眼前にいる三十代後半に差し掛かってると思えないほどに若々しい。

 

「顔を会わせる機会が減れば関係が滞ってしまうのは若い頃にありがちな問題だ。もうすぐ学園は長期休暇に入る、これから関係を深める機会は十分にあるだろう」

「そう願いたいものね。でもテレジアが王立学園に入学する頃に貴女の長男と長女は卒業している。共に学園で過ごせないのを嘆いていたわ」

「逆に距離が近くても関係が深まるとは限らんぞ」

「まぁ、王立学園に通えなかった伯爵殿に嫁いだ貴女としてはそうでしょうけど」

「其方は一年だけは共に学園で過ごしていた筈なのに会話すら無かったと聞いているのだが」

「お黙りなさい!それは私の人生で一番の不覚よ!未来の旦那様がすぐ傍に居たのに存在さえ気付いていなかったなんて我ながらどうかしていたわ!」

 

 リオンは王立学園に通う事無く王国軍へ入隊した頃の義兄上は普通クラスの生徒して在籍していた。

 そして義兄上が入学した時点のドロテアは最上級生、他の生徒に対し辛辣に振る舞うドロテアを義兄上は幾度も遠巻きに眺めたらしい。

 最悪に近い第一印象であり、義兄上がドロテアとの婚約を嫌がったのは夜会での口論以外にもそうした態度が原因だと聞かされた。

 

「まさかニックス様に見られていたなんて…。在学中に御声をかけてくだされば婚約までこぎ着けたのに…」

「いや、それは無理があるだろう」

 

 当時の二人はホルファート王国の名門貴族ローズブレイド家の長女と歴史は長いが辺境で極貧生活を送るバルトファルト家の次男が婚約するなどありえない。

 ローズブレイド家にとって何の益も無い上に、義兄上が家を継いだのは長男扱いされていた男が従軍拒否して貴族籍を剥奪されたからだ。

 在学中に二人が出会った所で声すらかけないまま終わるだろう。

 

「知り合うまで十年近く無為に過ごしてたわ。卒業と同時に結婚して居ればあと二人ぐらい産めてた筈よ」

「私と張り合うな、子供の数を競ってどうする」

「あら?そんな事を言ってる割には貴女も随分と長く伯爵と離れ離れじゃない」

「…………」

 

 的確に嫌な所を突く女だ、やはり油断が為らない。

 私がリーアを産んだ頃、リオンは伯爵位に陞爵され軍事顧問の地位に就いた。

 軍事顧問の役職自体は数年後には退任しているが、その後も一定期間が経つと別の役職を推挙されている。

 最初の役職は軍事顧問、次は国営金融機関の意見役、さらに次は農業政策会議の役員、そして現在は新設されたホルファート王国情報機関の協力者だ。

 リオンの経験を活かし私が王家に提案した金融政策に関わる役職だが、何らかの地位に就く度にリオンが領地を離れる機会が多くなった。

 特に数年前に情報機関の協力者になって以降、事ある度にリオンは王都へ呼び出される。

 原因はリオンが秘密裏に入手する情報が非常に有用だからだ。

 聖女オリヴィアのアルゼル共和国来訪に同行したリオンはとある情報を入手し聖樹の巫女に提供したのだ。

 共和国の内乱が未然に防がれた要因の一つしてホルファート王国とアルゼル共和国の首脳陣から高く評価され、後処理の為に領主貴族でありながら二国間の暗部に関わる事態に陥ってしまった。

 

 どうしてこう、隠居したいとリオンは常々口にする癖に手柄を立て王妃や聖女や巫女の信頼を勝ち得るのか?

 そんなリオンを利用するホルファート王家と首脳陣、更に私の実家であるレッドグレイブ公爵家に対して鬱憤が溜まってゆく。

 原因は分かっている、リオンが有能な上に普通なら知りえない情報(・・・・・・・・・・・)を入手するから。

 リオンが何処から情報を得ているのか、それを知るのは本人と私だけ。

 そうした裏で暗躍する存在と国の支配者達の思惑のせいでこの数年間の私達夫婦は離れる期間が増えている。

 だがその苦労も漸く終わる、共和国の騒乱に区切りが付いた情報機関は協力者だったリオンを解放してくれるらしい。

 長期休暇で戻ってくるライオネルとアリエルを加え家族団欒の時間がやっと訪れた。

 暫くの間は領地経営に専念してもらおう、あわよくば夫婦水入らずで過ごすのも悪くはない。

 

「御苦労様、共に過ごせないなら私はニックス様に役目なんて背負わせないけど。この地で私と子供達だけを見て生きてもらうから。その為の努力は欠かさないけど」

「……貴様と出会った事が義兄上の不幸でなければ良いな」

「残念ね、私とニックス様はどんな道を歩んでも必ず出会って結ばれる運命なの♥」

「何処の怪しい呪い師に幾らの金を包んで聞いた話だ?」

 

 ドロテアなら取り引きを持ち掛けて占いの結果を捻じ曲げる位はやりかねない。

 どう生きてもドロテアと関り愛される運命に置かれた義兄上には同情する。

 

「信じていないなら特別に教えてあげる、ある場所を訪れた時に高名な方が直々に占ってくれたの。『貴女と旦那様は強き縁で結ばれております。どのような運命を歩もうとも必ず出会い、避けられぬ死が訪れようとも貴女は彼を愛すでしょう』だって♥」

「貴様達が子爵夫婦と知り気を使ったのだろう」

「何よ、嫉妬してるの?悔しかったら自分も伯爵との夫婦仲を占って貰えば良いわ。まぁ行っても必ず占ってくれるとは限らないけどね。それなのに占って貰えた私達ってやっぱり運命で結ばれると思わない♥」

「惚気るなら私以外の相手にしろ」

「私の娘を蔑ろにした婚約者候補の母に嫌がらせするから愉しいんじゃない。悔しかったら私達を上回る結果を出してみることね♥」

 

 煽るようなドロテアの言動が実に腹立たしい、縁を切りたくなってきた。

 だがドロテアはバルトファルト領にとって欠かせない女であり、義兄上には様々な面で世話になっている。

 加えて彼女の実家であるローズブレイド家と私の実家であるレッドグレイブ家は友誼を深める為に私の子とドロテアの子の婚約を望んでいた。

 貴族同士の結婚を此処まで厭う気持ちになったのは婚約破棄されて以来かもしれない。

 憤懣やるかたないまま再び紅茶を飲み干す。

 人目を憚らず惚気るドロテアを眺めながら飲む紅茶の味など碌に分からないままだ。




お待たせしました、第七部の始まりです。
今章からのストーリーはオリキャラ多めで六部から約12年程経過した未来になります。
アンジェとリオン以外に彼らの子供や未登場の原作キャラも登場するのでお付き合いいただけたら嬉しく思います。
本日は潮里潤先生が手掛けたモブせかコミカライズ最終巻の発売日。
留学編やアニメ二期を心待ちにしている皆様の間無聊を慰めていただけたら幸いです。

追記:依頼主様のリクエストにより公様も今章の挿絵イラストと王国編コミカライズ完結記念イラストを描いていただきました、ありがとうございます。
完結記念イラストhttps://www.pixiv.net/artworks/123363463
挿絵イラストhttps://www.pixiv.net/artworks/118307783

追記:依頼主様のリクエストによりピザシー様、PainGoro様、くあねろ様にイラストを描いていただきました、ありがとうございます。
ピザシー様 https://www.pixiv.net/artworks/123918547
PainGoro様 https://www.pixiv.net/artworks/124032517(成人向け注意
くあねろ様 https://skeb.jp/@quanero95/works/31(成人向け注意

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