婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第120章 陰気な僕と陽気な妹●

 王立学園内に幾つも設置されているベンチ、その中で最も日当たりが悪く人気が少ない場所に座って懐に入れた封筒を取り出す。

 考え事をするなら学生寮の割り当てられた個室でも良いけど、僕には生まれた直後からずっと警戒し続けなきゃいけない相手が付き纏っている。

 寮の個室だと逃げ場が無いし、校舎内の図書室や屋上には人目が多い。

 故郷から遠く離れた王立学園の寮生活で辛い事の一つは孤独に考え事を出来る場所が少ない事だ。

 こうなると学園内で思索に耽られる場所は教職員や使用人達にさえ忘れられたような場所ぐらいしかない。

 周囲を見渡して誰も居ない事を確認する、観光客で活気づいている空港と温泉宿以外は畑ばかりの長閑なバルトファルト領が懐かしかった。

 いや、うちの屋敷も弟達と妹達がうるさくて僕の心が休まる場所は屋敷から少し離れた場所にある父上の別宅ぐらいしかないな。

 父上が仕事で領地に居ない間はこっそり別宅に入り浸り、屋敷から持ち込んだお菓子を齧りながら蔵書を読み漁るのが娯楽が少ない故郷での楽しみだった。

 本音を言えば王都や学園はあんまり好きじゃない。

 他人の視線がいつも纏わり付くし、実家の血筋や親の役職に応じた振る舞いを常に求められる。

 ただでさえ『バルトファルトの血統』や『外道騎士の息子」と嫌な意味で周りから注目されてるのに、面倒事ばかり起こす身内がいつもすぐ隣に居るせいだ。

 学園で僕の心が休まる場所は暗くて湿って人気が少ない場所しかなかった。

 どうして同じ学年の生徒達はいつも楽し気に笑って人生を堪能してるように見えるんだろう?

 世の中には嫌な事、辛い事、面倒な事ばかりなのに。

 まぁ、仕方ないか。

 僕は僕なりにせせこましく頑張るしか出来ないし。

 気を取り直して封筒の中身を読み進めよう。

 

『お兄様は私の事をお嫌いなのでしょうか?』

 

 手紙の最後に書かれている文字の内容を理解するのに少し時間がかかった。

 縦読み、横読み、斜め読み。

 どの読み方をしても意味が通じる読み方は一つだけだった。

 やや丸みのある筆跡は生まれた時から知ってる従妹が持っている特徴の一つ。

 歴史が長い家に生まれた貴族令嬢は厳しい何年も淑女教育を受け社交界にデビューする。

 母親や教育が~理に立派な淑女と認められた令嬢はいろいろな所を矯正されて誰も彼も似たような髪型と仕草で、似たような綴りで似たような文章を書くようなってしまうと母上は語っていた。

 貴族の子供達は王立学園に入学する前にある程度の礼儀作法が出来るように躾けられる。

 母上が学園に通ってた頃に比べて平民の地位が向上した現在でも、貴族の子供は平民の子供よりも覚えなきゃいけない物が沢山ある。

 淑女教育が始まれば彼女の可愛い書き文字は二度と見れないかもしれない。

 そんな感傷に浸りつつ落ち着きを取り戻し、もう一度だけ手紙に視線を向けた。

 

『お兄様は私の事をお嫌いなのでしょうか?』

 

 

【挿絵表示】

 

 

 うん、何も変わっていない。

 どうやら幻覚じゃなくてちゃんとした現実みたいだ。

 それはそれとして手紙の内容に首を捻る。

 何で僕が詰られるような物言いで一方的に彼女を嫌っていると思われてるんだろう?

 全く以って分からない、女心は複雑怪奇で理解不能だ。

 これから先も貴族の集まりやパーティーでの付き合いでいちいちご婦人方の機嫌を取らなきゃいけなくなると考えるだけ気が滅入ってきそうだ。

 

「な~にやってんのよぉ?」

「…………」

 

 よりにもよって今一番会いたくない相手が声をかけて来た。

 いつもこうだ。

 僕が手を借りたくなった時に限って傍に居ないくせに、僕が独りにして欲しい時には勝手に近寄る。

 昔から問題を起こすのは向こうなのに、でも巻き込まれて一緒に叱られるのは僕。

 人は自分の生まれを変える事が出来ない、生まれ持った不運は一生付き纏ってくる。

 その実例がベンチの隣に座って来た、僕の許可を得てから座ろうなんて気遣いは彼女には無いんだ。

 

「……何しに来たの」

「可愛い妹に随分と冷たい言い方ね、何か嫌な事でもあった?」

「とりあえず現時点でアリエルが僕の目の前に現れたのが一番の災難だな」

「何よそれ、あたしがライオネルに近付くのが悪いって言うの」

「アリエルと一緒に王立学園に入学して、君が今学期の間に僕に声を掛けた内容は『勉強教えて』『お金貸して』『ちょっと用事に付き合いなさい』が七割ぐらいだったと記憶してるんだけど」

「ぐっ……」

「都合が悪くなるとすぐに僕を頼るのはアリエルの悪い癖だよ。それじゃ母上は認めてくれないと思う」

「うっさいッ!」

 

 口を尖らせて顔を逸らすアリエルの顔は歪んでいるけど可愛らしさはあまり損なっていない。

 実兄の僕にとっては物心ついた頃から長年見慣れた妹の顔だけど、アリエルと付き合いがほぼ無い学園の男子生徒からは綺麗なお嬢様のように見えるのかな。

 バルトファルト伯爵家の子供は六人、その中で母上に一番似ているのは長女のアリエルだ。

 前に見せてもらった公爵令嬢時代の母上と現在のアリエルの写真を並べて双子と言い張れば大体の人は事実だと信じるだろう。

 なので昔の母上を知る人ほど騙される、アリエルは母上と外見はそっくりでも中身は似ても似つかない。

 

「上級クラスに在籍できなかったのはアリエルの入試試験の成績が悪かったのが原因、いつも課題の提出に苦しむのは友人と遊んでるせい、小遣いが無くなって僕から借金をしたのは無駄遣いするから。全部アリエルの行動が発端だ。僕や他の人が介入する余地なんて何処にも無いと思う」

「正論ばっか言わないで!」

「僕が言わなくても母上か父上が言うでしょ。親に怒られるのが嫌なら普段から怒られないように気を付けて行動した方が良いよ」

「だから優等生って生意気で嫌い」

「別に僕は優等生じゃない」

 

 これでもバルトファルト領にいた頃は天才までは言わなくてもかなり優秀な方だと自分じゃ思ってたんだ。

 だけど僕のちっぽけな誇りは王立学園に入学したらあっさりへし折られてごみ箱行き。

 王立学園はその名前の通りホルファート王国が設立した教育機関だ。

 広い王国の各地から貴族や富豪の子供達に加えて優れた才能を持った平民の子供が集まって来る。

 母上が学園に在籍してた頃は貴族の出身なら学力や素行を審査されないままに無条件で上級クラス、平民なら多額の寄付をしなきゃどれだけ優秀でも普通クラスに在籍させられていたらしい。

 

 そんな風潮が無くなったのは今から二十年近く前に平民出身の聖女様が特待生として上級クラスに在籍してからと母上は話していた。

 聖女様は高位貴族出身の令嬢達をあっという間に抜き去り、公爵令嬢として破格の教育を受けてた母上すら敵わないぐらい学科でも実技でも優秀な人だったと聞いている。

 その後で現在は王国に併合された旧ファンオース公国との戦争で活躍、アルゼル共和国との同盟や旧公国領の併合に加えて亜人政策など多くの功績を挙げた。

 一時は存続が危ぶまれてた王立学園も戦後に行われた改革で大幅に変わり、今は王国の身分を問わず人材育成に力を注ぐ教育機関だ。

 なので貴族の子供なのに学園に入学できないのは知能か性格がよっぽど悪くて将来を期待できない一族の恥晒し者と見做されるし、一族の嫡子なら上級クラスに在籍できるように受験者全員が頑張っている。

 僕も母上に施された厳しい教育のお陰でどうにか上級クラスに在籍できた、でもホルファート王国の秀才が集められた上級クラスは僕よりもっと優秀な生徒ばかりの巣窟だった。

 今はどうにか授業に遅れないように必死に学科や実技に精を出すだけの日々、アリエルみたいに学生生活を謳歌する時間なんて何処にも無い。

 どうして僕は王都まで来てこんな辛い生活を送っているんだろう?

 

「それよりアンタ、明日のパーティーは参加する予定なの?」

「いや、面倒臭いから行かないよ。明日は部屋で気楽に過ごすつもり」

「何でアンタはそう人付き合いがド下手なの!!この根暗ッ!!」

 

パンッ!

 

 アリエルに思いっきり頭を叩かれる。

 大して痛くないけど少しムカつく、昔からアリエルは僕に対して暴力を振るう事に全く躊躇が無い。

 物心ついた時から喧嘩をすると先に手を出すのは妹だった、僕を泣かせた事を母上に問い詰められそうになると逃げ出すか逆に泣き始めるのが僕達の日常風景だった。

 流石にこの数年は僕の成長がアリエルの体を追い越したから人前では滅多に兄妹喧嘩はやらないけど。

 何とかアリエルをお淑やかなお嬢様にさせられないかと父上に相談したら『姉とか妹はそういう生き物だ、大人しく諦めろ』と情けない言葉が帰ってきた。

 

「パーティーってあれでしょ、学期末に生徒が主催する合同企画のやつ」

「そうよ、生徒が身分関係なく集まって飲み食いやダンスをするの。初参加の一年生は参加費を払うだけでお客様扱いらしいからこれは楽しむっきゃないでしょ」

「参加するんだったらアリエルが一人だけ行けば良いだろ。貴族の集まりでもないのに僕を巻き込まないでよ」

「友達が少ない可哀想な兄貴を助ける妹の気遣いに感謝しなさい」

「気遣うなら放っておいてくれ」

 

 ただでさえ時間制限付きの難問を抱えてるのに、参加したくもないパーティーにまで気を回せる余裕は今はの僕には無いんだ。

 今日で学期の授業は終わり、明日は終業式、明後日は父上が迎えに来てバルトファルト領に戻る。

 少なくても明日までには解決しなきゃいけないのに、気が進まない催しでこれ以上は疲れたくない。

 

「……さっきから手に持ってるそれ、いったい何?」

「アリエルには関係無い」

「私に『強引に奪われる』、それとも『素直に教える』か。良いと思う方を十秒以内に選びなさい」

「…………テレジアからの手紙だよ」

 

 くそぅ、子供の頃に骨の髄まで叩き込まれた悲しい習性だ。

 ここで反発してもアリエルなら強引に手紙を奪って皆の前で読み上げるぐらいはやりかねなかった。

 きっと僕達は母上のお腹の中にいた頃から喧嘩してたに決まってる。

 そうじゃなきゃこんなにも性格が違って争う事態なんて事は起きない筈だ。

 

「あら、素敵ね。愛しい婚約者への恋文なんてあの子もそういう年頃なったの」

「婚約者じゃない、婚約者候補(・・・・・)さ」

「似たようなもんでしょ。どうせ成長したら結婚するんだし」

「必ずそうなるとは限らないと思うよ」

「ま~た、そんな事を言っちゃって」

 

 アリエルが揶揄うように僕の体を小突くのが実に鬱陶しい。

 どうして女性は身分や年齢を問わずに他人の恋愛や婚約に熱心なんだろう?

 時にそれが国の諜報機関が出した分析結果を凌ぐ事もあると前に父上が呟いていた。

 だからって自分の婚約者候補について口を出されるのは相手が身内でも面白くも何ともない。

 揶揄ってくる相手が双子の妹ならそれはより一層不愉快だ。

 

 僕達の故郷であるバルトファルト領にはテレジア・フォウ・バルトファルトという子爵令嬢がいる。

 父上の実兄である伯父ニックス・フォウ・バルトファルト子爵の長女で、伯母上に似た顔立ちと伯父上譲りの黒髪が綺麗な少し臆病な性格の四歳ほど歳が離れた従妹だ。

 伯母上のお腹に居た頃から彼女を知ってるし、幼い頃はよく屋敷の庭で一緒に遊び弟や妹達と同じ位に可愛がっていた。

 家族同然の従妹だったけど、僕らの伯爵家と伯父上の子爵家ではある取り決めがある。

 両家の友好の証として生まれた子供達を結婚させよう、それも出来るなら伯爵家の跡取りに子爵家の娘を嫁がせるのが良いという内容の物だ。

 現時点でバルトファルト伯爵家の嫡子は僕、そしてバルトファルト子爵家の娘で僕と最も歳が近いのはテレジア。

 そうなると僕の婚約者候補はテレジアになるのが自然な流れだった。

 

 両家の取り決めを聞かされたのはバルトファルト伯爵家の嫡子教育と学園入試に備えた勉強が始まる十歳を越えた辺り。

 当時の僕はとりあえず『ふ~ん』と聞き流しながら目の前の勉強を必死に熟す生活を送った。

 

 ホルファート王国の領主貴族筆頭なレッドグレイブ公爵家の元令嬢の母上からは跡継ぎとしての責任や領地経営の基礎。

 旧ファンオース公国との戦争の功績で叙爵された有名人の父上からは戦場で生き抜く為の訓練と戦術学をひたすら学ぶ日々。

 訓練や勉強で心が挫けそうになった僕を見たアリエルは何度も脱走を計画しては失敗を重ねて、二人揃って叱られた日々は思い出したくない。

 今思い返すとアリエルなりに双子の兄である僕を助けようとしてくれたのかもしれない、選んだ方法は滅茶苦茶で僕まで叱られたけど。

 

 そうして勉強や訓練にある程度は慣れ始めた頃、周囲の皆から視線がどうにも気になるようになっていた。

 バルトファルト領の誰もが伯爵位を継ぐのは僕だと信じてる。

 同年代の知り合い達はどこか他人行儀になったし、年上の騎士や従者もいちいち畏まって挨拶してきた。

 特に顕著なのはテレジアだった、それまで僕達の関係は仲の良い従兄妹だったのにいつの間にか婚約者として付き合うように強制されていく。

 その頃になってやっと婚約という関係の重さに気が付いた。

 自分やテレジアの将来が生まれる前から家に決められていた事実に目の前が闇に覆われるような錯覚が襲って来る。

 特に一番恐ろしいのは僕自身が親に決められた将来に戸惑っているのに、テレジアは何の疑いも無く僕と結婚すると思い込んでいる事実。

 そして僕はある人の秘密を知ってしまい、この婚約に対して疑問と躊躇いが生まれていた。

 

「どうやら彼女は僕が嫌ってると考えたみたいだよ、仕方ないからご機嫌取りしないと」

「仕方ないってどういう意味?そもそもあの子がアンタを嫌うなんて珍しいわね」

「前に『王都の土産に欲しい物は?』って聞いたら『何でも良いです』って返答が来たからさ、とりあえず王都の店で売ってる品が載ってる冊子を送ったんだ。欲しい物を答えて欲しかったのに何か怒ってるんだ」

 

 テレジアは今年で十一歳、流石に甘いお菓子を欲しがったり高価な玩具を喜ぶ年頃じゃない。

 年頃の貴族令嬢には装飾品を贈れば良いのかもしれないけど、生憎と僕にはどんな物を贈ったら良いか判別がつかなかった。

 そもそも貴族の男性が婚約者に宝石や装飾品を贈るなら専門の職人に発注して作らせるのが普通だ。

 祖父様の公爵家みたいな大貴族や並みの貴族を上回る資産を持った富豪なら出来るかもしれないが、今の僕は伯爵家の長男で学生。

 特注の贈り物を職人に依頼できるだけのコネも資産も持っていない、なら既製品を贈れば良いだろうと考えたけど悲しい事に僕は宝石の審美眼なんて持っていない。

 贈り物は難しい、下手すると逆に相手の機嫌を損ねて人間関係が拗れてしまう。

 テレジアの父親の伯父上は子供達を可愛がってるし、伯母上は綺麗だけどちょっと怖い女性だ。

 下手に選んで機嫌を損ねるより前もって何が欲しいか聞いておいた方が失敗は少ない。

 そう結論付けて各店の冊子を送り欲しい物をテレジアへ伺ったのにこうして手紙で詰られてる。

 いったい僕が何をしたって言うんだよ?

 

「歯ぁ喰いしばれェ!!」

「ぎゃッ!?」

 

バゴォ!!

 

 アリエルの拳が正確に僕の顎を捉え命中、危うく意識が跳びかけた。

 この暴力妹、僕に歯を喰いしばれと言ったくせにその暇を与えなかったぞ。

 ベンチに座ってなかったら地面に這い蹲っていたと思う。

 どうしてうちの妹は口と手を出すのが早いんだろう、性格の恐ろしさは母上譲りで格闘技量は絶対に父上の血のせいだ。

 父上と母上が若い頃の王国貴族の女性は性格が悪く傲慢な連中が多かったと聞いてるだけど、アリエルは当時の気風を受け継いでるんじゃないか?

 王家の外戚であるレッドグレイブ公爵家の血を引く伯爵令嬢なのにアリエルが僕と違って未だに婚約者が居ないのは絶対この性格のせいだ。

 入学してから何人もの男子生徒が交際しようと近付いたのに性格が知れ渡った途端に近付かなくなった。

 反対に女子生徒の間では人気者で『雌獅子』なんて徒名を付けられてるけど、アリエル本人は寧ろ楽しそうだ。

 やっぱりこの妹はどこかおかしい。

 

「何だよ急に!僕が何をしたって言うんだ!?」

「アンタって本当に、本ッ当に女心が分かんない?」

「贈り物するから欲しい物を教えくれないか、って尋ねて何処がいけない!」

「まず相手に直接尋ねるのが悪いって理解しなさいよ!」

「はぁ!?訳が分かんないって!」

 

 一回本気でアリエルと喧嘩した方が良いかもしれないな、こうもやられっぱなしじゃ僕の身が危ない。

 僕の冷たい視線を無視してアリエルは話を進めようと脚を組んで座り直す。

 

「いい?まず贈り物をしようという心掛けは良いわ。自分の存在を忘れず大切にされるってのは気分が良いから」

「そうでしょ、そう思って当然だろ」

「でも相手が欲しい物を直接聞くのは駄目ね、駄目駄目ね。女心って物を理解してない」

「下手に好みじゃない物を贈ってテレジアの機嫌を損ねるより、予め欲しい物を聞いておいた方が良いに決まってるだろ」

 

 他にも予算の都合やテレジアの成長が分からないという不確定要素もある。

 指輪やブレスレットを贈ってもこれから体の成長を考慮すれば大きさが合わずに収納箱の肥やしになる可能性が高かった。

 あと貴族の贈り物にはいろんな意味が込められてるから、その時に合わせた贈り物をしないと相手の機嫌を損なう。

 そこまで考えた上でテレジアが強請る物を買って帰る僕の行動は合理的だ、ここまでアリエルに貶される失敗は何処にも無い。

 

「あのねぇ、大抵の女の子は好きな相手からの贈り物なら何を贈られても嬉しいのよ。例えそれが見栄え悪かったり無理して買った物だとしても、自分の為に時間とお金を費やしてくれたと考えれば文句は出ないの」

「だったらテレジアが確実に喜ぶ物を贈ろうとして何が悪いんだよ」

「アンタが自分への贈り物を必死に考えてるってのが一番重要なの。『愛しのお兄様に愛されてるぅ~』って実感が在ればあの子だって不安にならないわ」

「……やっぱりよく分からない」

 

 そもそもバルトファルト一族(うち)はやたらと夫婦仲が良くて子沢山の家系だ。

 祖父上と祖母上は幼馴染だけどいろいろな事情で長年貧しい男爵と妾の関係が続いていた。

 苦しい状況でも別れずに五人の父上や伯父上を含めて五人の子供が生まれて、父上が貴族になった頃にやっと正式な夫婦になった話は領内じゃ美談として語られている。

 伯父上と伯母上の御夫婦の場合、伯父上が祖父上から爵位を継いだ頃に伯母上の熱烈な求婚で身分差を物ともせず強引に結婚したらしい。

 子供も四人居て周囲の目も気にせず惚気るから目のやり場に困る。

 そして我が伯爵家は一夫一妻なのに子供が六人だ。

 どこから見ても明らかに政略結婚だけど、父上は公爵家が母上と離婚を勧めた時に公爵邸を襲うぐらい惚れこんでる。

 

 愛情が深いのは良い事だとは思ってる。

 裕福でも夫婦仲が冷え込んで不倫や愛人を囲ってる高位貴族の家より、貧しくても家族が温かい家の方が何百倍も幸せだろう。

 でも僕とテレジアがそんな夫婦になれそうか?

 テレジアについては従妹として親愛の情は確かに持ってる、でもそれが男女の愛情と同じと聞かれたら絶対に違うと答えるしかない。

 僕がテレジアと結婚して三十年、四十年経っても祖父上と祖母上みたいな仲睦まじい夫婦になれると言い切れるほど楽天的なら気が楽だったろうな。

 そもそもテレジアは本当に僕を愛してるのかな?

 単に一番付き合いが長い親戚で親に命じられて婚約者候補になったから僕を愛してると勘違いしてるだけじゃ?

 もしそうなら我が家の婚約は幸せになれない。

 僕とレテレジアの将来を考えればきちんと考えて本人が納得した婚約をした方が良いに決まってる。

 そんな悩みが故郷に居るテレジアへの態度に出たんだろう。

 やだなぁ、学園での勉強に遅れたくないから長期休暇の間も学生寮で過ごしたい。

 バルトファルト領に帰りたくなくなったよ。

 

「しょうがないわね。頼りにならない兄に代わってあたしが一肌脱いであげるわ」

「別に僕は頼んでないから。大人しく自分の部屋に戻りなよ」

「良いから!大人しく従いなさい!」

「……また何か面倒を押し付けるつもり?」

 

 僕の返答に冷や汗を流しながら視線を逸らすアリエル、どうやら図星みたいだな。

 なるほどね、つまり僕とテレジアの仲を取り持って恩を着せる。

 後でそれは自分の手柄だからと皆に色々と融通させるつもりのようだ。

 まぁ、アリエルが欲しがる物なんて面倒事の後始末か金銭だけなんだけど。

 

「それで、何が欲しいの」

「お金貸してください、出来るなら今日中に、百ディアでいいから」

「……いや別に良いけどさ、月末になると僕からお金借りるのそろそろ止めてくんない?」

「仕方ないでしょ!王都ってやたら物価が高いし!しかも料理も菓子も美味しいしクラスの皆と付き合いがあるの!」

「そろそろ僕からの借金の元金と利子が三百ディアになるよ、屋敷に戻ったらきっちり払ってもらうからね」

「ライオネルの鬼! 悪魔! 外道騎士の息子!」

「君だって父上の娘だろ」

「これじゃあお母様に小遣いの値上げを頼まないとやっていけないわ!」

「まぁ、それは僕も感じてる」

 

 王都は辺境のバルトファルト領に比べて物価が高い、単純に比較しても数倍の値段がする。

 特に貴族が日常的に用いるような物になると十倍近くて買うのを躊躇った事は一度や二度じゃない。

 その代わり品質や味は凄く良い、消耗品でさえかなり長持ちするから審美眼を磨かないと大損してしまう。

 バルトファルト領と王都の価格差はどうにかしないと輸出してる農産物が商人に安く買い叩かれないな。

 バルトファルト領の歳入や領民の生活向上の為に単価を上げた方が良いかもしれない。

 あぁ、でも宿泊費が安いから観光地が潤ってる部分もあるのか。

 新興貴族のうちが下手に物価を上げたら逆に訪れる人が減る可能性を考えないと。

 

 ……そこまで考えて頭を振る。

 どうかしてる、まだ学生の分際で領内の経営について考えるなんて。

 僕でも気付く事に優秀な母上が気付かないなんてありえない話だ。

 下手に父上と母上に上申して不興を買うよりも今は学業を最優先にしないと。

 

「もうバルトファルト領(うち)に帰るのに、どうして僕から百ディアも借りる訳?」

「仕方ないでしょ、学期末パーティーの参加費用がその値段なんだから」

「そういう事か、まぁ友達付き合いもあるだろうし百ディアぐらいなら貸すよ。後で利子をつけるけど」

「うわぁ、絶対にありがとうって言いたくないわぁ」

「お金の貸し借りはちゃんとしろって父上と母上も言ってるじゃん」

「でもありがたく借りるわ、じゃあ二百ディア寄越しなさい」

「何で二倍になるんだよ」

「だってアンタも参加するに決まってるじゃない」

「はぁッ!?」

 

 何でそうなるんだよ。

 学期末パーティーは強制参加じゃないだろ、だから出席しないつもりだったのに。

 どうしていつも面倒事に僕を巻き込むんだよ!

 

「普通クラスの女友達がアンタと顔見知りになりたいから誘うように頼まれたから。連れて行かないと私の面子が潰れちゃうし」

「僕の気持ちが一切考慮されてないだろ!あとテレジアとの仲を取り持つみたいな事を言っておいてその行動はなんなんだ!?」

「別に交際しろって言ってる訳じゃないわ。そんな事を考えてる子には『婚約者が居る』って断りなさい。あと今の内から顔を広めておいた方が得でしょ」

「……何で誰も彼も僕をリオン・フォウ・バルトファルトの息子として扱うんだ」

「仕方ないでしょ、私だって公爵の孫娘ってだけで口説かれるんだから。ムカついたから思いっきり殴ってやったけど」

「だから縁談が碌に来ないんだよ」

 

 アリエルを辺境育ちのお嬢様だと外見で判断して痛い目に遭った男子生徒は知ってるだけで数人いる。

 本性を知ってたら僕だって近付こうとは思わない、伯爵家の子供達で父上と母上の恐ろしい性格を最も受け継いで生まれたのがアリエルだ。

 その気性の荒い所を少しぐらい僕に分けて欲しい、卑屈で小心な性格に僕自身が嫌気が辟易してた。

 

「お願いよ、アンタが一緒じゃないとあたしはパーティーに参加できないの」

「自業自得さ、反省しなさい」

「私の評判だけじゃないわ、お母様も関わってるみたい」

「母上が?」

 

 確かに母上は恐ろしい人だけど問題行動を起こすような人には思えなかった。

 

「学期末のパーティーが学園主催じゃなくなったのはお母様が原因だって聞いたの」

「まさか。アリエルじゃあるまいし、そんな馬鹿げた行動を母上がする訳ないじゃないか」

「だってレッドグレイブ家の血を引いてる私の参加を知った教師全員が妙な顔をしたの!」

「いや、絶対アリエルの素行が悪いせいだよ」

 

 生真面目な母上がマナーに疎い令嬢を叱責した話が大げさに伝わってるんだろう。

 学園の催しを滅茶苦茶にするような行動を母上が?

 ないない、ありえませんね。

 

「だからライオネルはパーティーに参加すること、代わりに私がテレジアへの贈り物に助言してあげる」

「僕に一切の得が無いように見えるのは気のせいかな?」

「気のせいね。じゃあ時間も無いし今から行くわよ!」

「今から?部屋に戻って準備してきて良い?」

「却下、どうせ逃げ出すつもりでしょ」

 

 勘が鋭いな、或いは双子故の以心伝心だろうか。

 必死に抵抗する僕を引き摺りながらアリエルは校門へ向かって行く。

 どうやら外出許可も既に提出済みらしい。

 この分だと故郷に戻っても落ち着いた休暇を過ごせなさそうだ。

 僕の悲鳴は王都の空に虚しく吸い込まれていった。




バルトファルト伯爵家長男の苦悩 その1。
今章は次世代の子供達視点となります。
自分の将来について悩むのは古今東西共通の話題、ライオネル君はそんな七部の中心人物。
原作だと国王リオンと王妃アンジェの子が二代目国王になりそうだから、まだ負担は軽いぞ!
学期末パーティーが仕様変更になったのはアンジェとリビア+五人の婚約破棄騒動が原因です。
いやいや、20年近く前に王子の婚約者だった公爵令嬢が決闘を申し込むなんて与太話を信じる方がおかしいでしょ?(目を逸らす
次回はリオン視点の御話、他の原作キャラもちょくちょく登場予定です。

追記:依頼主様のリクエストによりianzky様に人物紹介と今章の挿絵イラスト、鈴原シオン様にアンジェのイラストを描いていただきました。
ありがとうございます。
ianzky様
挿絵イラスト https://www.pixiv.net/artworks/120944132
人物紹介イラスト https://www.pixiv.net/artworks/124251654
鈴原シオン様 https://www.pixiv.net/artworks/124286656

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