婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第122章 未成年の主張

 バルトファルト領へ向かう飛行船が王都を出発して数時間、天候を考慮すれば夕方までには到着するだろう。

 船長、というよりもこの飛行船の所有者用の個室には俺と子供達の三人が集っていた。

 二人が学園に入学してから数ヶ月、こんなに離れて暮らしていたのはファンオース公国との戦争以来だ。

 やりたくもない役職を無理やり押し付けられても休暇になると領地へ直行していた俺にとって我が子に会えない状況はかなり辛かった。

 何しろ王立学園は在籍している学生の実家同士の権力争いから遠ざける意味で王家や事情持ちの生徒を除いて家族との面会が禁じられてる。

 長期休暇になって久々に長男と長女に会えるのを楽しみにしてた。

 それなのに長男は持って来た本の頁を捲りながら無言、長女の方は明らかに不機嫌で俺を睨んでくる。

 どうしてこうも俺の子供達は父親の俺に対して辛辣なんだ?

 確かに良い父親だとは自分でも思ってないけど、もう少しだけ俺に優しくしても良いと思うぞ。

 

「アリエル、そろそろ機嫌を直しちゃくんないか?」

「…………」

「どんなにあっちが口じゃ『いつでも気軽に来て良い』とは言ってもバルトファルト家は伯爵家だ。いくら娘の嫁ぎ先だからって公爵家のレッドグレイブ家を訪ねるには面会の手続きが必要なんだよ」

「……それぐらい分かってます。でもご挨拶の手紙をお渡しするぐらい許してくださっても良いではありませんか」

「長期休暇中にアンジェを連れて公爵家を訪ねる機会もある。だからもう怒るな、数ヶ月ぶりに領主と子供達が帰郷するのに本人が不機嫌じゃ不安に思う」

 

 王立学園の学期終了日にライオネルとアリエルを俺自ら迎えに行ったらうちのお嬢様はずっと不機嫌なまま。

 長期休暇で帰省する我が子の為に使用人を送る親は多いが、わざわざ当主が子供達を迎えに来るなんてありえないと怒られてしまった。

 二人が出て来るまで校門の近くをうろうろしていたのもマズかった、何しろ俺は男爵家の出身だけど学園に通えなかったせいでこの手の施設にやたら興味が湧いて仕方ない。

 何処の誰だか知らない男の血を引いてたけどゾラが産んだから長女と長男扱いされてたメルセとルトアート。

 そして奴らに何かあった場合に備えてバルトファルト家の相続に不都合が生じない為の保険としてに兄さんと姉貴も王立学園に通わせてもらっていた。

 だけど貧乏貴族だったバルトファルト家に三男坊だった俺を入学させるだけの余裕は無い。

 その上、どっかのぶくぶく太った貴族のババァと結婚させられそうになって俺は家を飛び出した。

 俺の学歴は父さんと兄さんから習った読み書き計算、軍に入ってからの教練と自習、貴族になってからは独学とアンジェからの指導。

 なので貴族として必要な教育を受けてないし、領地経営に欠かせない知識すら持っていなかった。

 嫁いでくれたのがアンジェだったから領地を何とか統治できたけど、本来ならすぐに限界を迎えて破綻していたはずだ。

 だからこそ教育の大切さってのを身に染みて感じてる、性根の腐った貴族との付き合いや面倒な因習を抜きにしても領主にはある程度の箔付けがどうしても必要だ。

 子供がきちんと勉強できる環境ってのは世の中が平和じゃなきゃ成り立たない貴重なのに、在籍してる当人達は面倒だと思ってるのがやるせないけどな。

 

「あまり信用しない方が良いですよ」

 

 黙々と本を読み続けていたライオネルが面倒くさそうに口を開く。

 同時にアリエルの眉間に皺が寄って、敵意が俺じゃなくてライオネルに向いた。

 頼むから喧嘩するなお前ら、昔から兄妹喧嘩してたのを見てるけど成長した我が子が醜く争うのはかなり精神に悪いんだぞ。

 

「アリエルはレッドグレイブ家のお祖父様に母上への執り成しを頼むつもりですよ。期末試験の成績が今一つだったので」

「だ~ま~れ~!!」

 

 そういう事か。

 執拗に公爵家を訪ねたがっている理由をバラしたライオネルはアリエルに叩かれても意に介していない。

 元公爵令嬢で王子の婚約者だったアンジェは子供達に求める学力や礼儀作法の水準が全体的に高く、ライオネルとアリエルの両方を上級クラスに進学させようとしていた。

 ライオネルは無事に上級クラスに在籍できたけど、アリエルは入学試験は合格したが上級クラスは不合格。

 その結果を知ったアリエル本人がかなり落ち込んでたから優しい言葉をかけたけど、アンジェの方は『王立学園ではバルトファルト伯爵家の名に恥じぬよう努めろ』としつこく叱責してる。

 アンジェにとっちゃ自分がやれたんだから娘もやれるだろうという判断だ。

 でも貴族なら簡単に上級クラスに在籍できた昔と違い、今は相応の才能さえあれば平民でも上級クラスに在籍が出来るように制度が変わってる。

 血統主義だった王立学園を平民でも努力と才能次第で成り上がれる実力主義へと変えたのは平民出身の聖女様と学園長を務める宰相だ。

 アリエルはオリヴィア様に憧れてるけど、自分が上級クラスに在籍できなかった難関試験を生み出したのが尊敬してる相手なのは皮肉としか言いようがない。

 それでも不貞腐れる事無く入学した娘を父親としちゃ応援したくなる、嫁の尻に敷かれてる父親よりも孫に甘い祖父を頼られたのは悲しいが。

 

「お祖父様は孫娘達で母上に一番似ているアリエルを殊の外可愛がっておいでです。バルトファルト領に幾度も融通してくれる公爵家に庇われたら母上も強く出れないでしょうし」

「何でバラすの!?」

「僕が暴露しなくても母上は絶対に誤魔化せない、正直に話した方がまだ母上の怒りも和らぐと思うな。足りない頭でいちいち策を労するよりも、ちゃんと反省して謝った方が君の為だよ」

「本当に腹立つわねぇ!!」

 

 レッドグレイブ公爵、いや前公爵か。

 前公爵のヴィンスさんは厳つい見た目に反し孫達に対してかなり甘い。

 辺境に嫁いだアンジェが産んだ子供達を連れて里帰りするのを楽しみにして事ある度に贈り物をしてくるもんだからこっちも気を使う。

 そして俺達の子供の中で特にアンジェに似ているのがアリエル。

 一緒に暮らしてる俺から見れば母娘の性格は大分違う。

 俺と出会った頃のアンジェと比較するとアリエルは気性が荒くアンジェが放つ品の良さは感じられないが、それでも年寄りの自分に甘えて来るアリエルはヴィンスさんにとって可愛くてしかたないらしい。

 アリエルがお願いすれば金と権力で大抵の事は叶えてしまう。

 バルトファルト伯爵家の序列で頂点に君臨してるアンジェにアリエルが対抗するには公爵家の祖父ちゃんを味方に付けるしかない訳だ。

 まぁ、隠居してる父親に対してアンジェは全く遠慮なんかしないんだけど。

 

「部屋に戻ってるから!到着するまで近寄らないでよッ!」

「待てアリエル」

「ライオネルだけじゃなくてお父様もだからねッ!」

「おい、さすがにそれは酷いだろ」

「放置して大丈夫です、どうせアリエルはバルトファルト領に到着するまでの短い時間で母上への言い訳を考えなきゃいけないからそのうち静かになりますし」

「口が減らないわねぇ!!」

「屋敷に帰ったら僕が貸してあげたお金を返してよ。ちゃんと利息も忘れずにね」

「ふんッ!!」

 

 怒ったアリエルが大股歩きで部屋を出て行く

 昔はアリエルの暴力で一方的に泣かされていたライオネルが今じゃ口先でアリエルを圧倒している。

 これも一つの成長なのかね、二人を見てるパパはお前達兄妹の仲が悪いと悲しいんだけど。

 

「……もう少し兄妹仲が良くなんない?」

「むしろ学園の中でも屋敷と同じようにアリエルの方が僕を振り回しています。たまに仕返しするぐらいは許してくれても罰はあたりません」

「……そうか」

 

 答えるライオネルはさっきから俺に視線も送らずに本を読み漁ってる、泣きたくなってきた。

 思春期や反抗期の子供ってこんなに気難しい生き物なの?

 ガキの頃は家の手伝いばっかで父さんに逆らう暇も金も無かったし、王国軍に所属してた時は上官の命令は絶対で口答えは認められなかった。

 おまけに十代半ば叙爵されて公爵令嬢と婚約、俺の人生は浮き沈みが激し過ぎて真っ当なもんじゃない。

 世間一般で言われてる青春時代を俺自身が経験してないせいで難しい年頃の若い連中の扱いは苦手だ。

 仕方ない、俺の方から歩み寄るか。

 

「何を読んでんだ?」

「学術書です、休暇中の課題に加えて新学期から学ぶ範囲の予習もしておきたいので」

「随分と真面目だな、せっかくの休暇なんだから少しぐらい気を緩めても良いだろ」

「怠れば怠った分だけ同級生に後れを取ります、順位を維持するには励み続けないと」

「それでも王立学園の上級クラスだろ、王国の貴族全体から見てもお前は上澄み中の上澄みだ」

 

 俺自身は学園に通わなかったせいで、学園の雰囲気がどんな物かいまいち想像がつかない。

 おまけに在籍してたアンジェが話すのは戦前の上位貴族の令息や令嬢が亜人の専属使用人を引き連れて下位貴族や平民の生徒に横暴を繰り返す腐りきった状況だ。

 王国の未来を担う貴族の若い連中がそんなだからファンオース公国に攻め込まれた時に苦戦しまくったんじゃないんですかね?

 アンジェが王妃様や宰相から聞いた話だといろんな王家の思惑が絡んでたらしいけど、バカで我が儘で家柄だけは良い奴らを増やしてもろくな事になんねぇのは分かりきってんだろ。

 その反動で今の学園は学力や素行に重点を置いてた。

 学力が足りない奴は入試で弾かれるし、上級クラスに在籍する為には追加試験に加えて実家や素行まで徹底的に調べ上げられる。

 その難関試験を通ったライオネルは優秀なのは間違いない、王国内で同い歳な子供の中じゃ上位数十人に入るほど優秀、父親としては嬉しくなって当然だ。

 なのに本人としちゃ随分と不満なご様子、一体何が不満なんだよ。

 

「僕は父上と違って天才じゃありませんから」

「天才ありませんって、俺の何処が天才に見えるのか教えてくれ」

「…………」

 

 今度はライオネルが俺に冷たい視線を向けてきた。

 もうヤだ、うちの長男と長女の扱いが難しい。

 領地に戻ったらすぐアンジェに相談しよう、アンジェのオッパイの間に顔を埋めて頭を撫でて慰めてもらうぞ。

 話し終わったら艦橋の奴らに飛行船の速度を上げるように命じるか、このままじゃ到着するまで俺の心が死ぬ。

 

「僕は今年で十五歳です」

「知ってる、息子の年齢を忘れるほど薄情じゃないぞ」

「その頃の父上は何をなさっていましたか?」

「王国軍に入って兵士やってたな」

 

 ゾラの企みから逃げる為に家出同然に逃げ出して、数ヶ月かけて遠方の駐屯地に向かったっけ。

 軍に入ればとりあえず衣食住は確保できる、恩給が貰える頃まで働いたら退役して畑を耕すか商売を始めるつもりだった。

 そしたらファンオース公国が攻めて来て最前線送り、何度も怪我して死にかけて気が付いたら終戦。

 あの頃を思い出すと顔や体の古傷が疼く、正直もう二度と軍には入りたくない。

 

「父上は僕と同じ年頃には隊伍を率いて旧公国軍と戦っていたとお聞きしてます」

「好きでそうなった訳じゃねぇ、上官が戦死しまくって指揮官役が俺に回ってきただけだぞ」

「戦功を挙げられて叙爵されたではありませんか、十代半ばの子爵など前代未聞と領兵の皆が讃えているのをご存知ですか」

「話半分に聞いとけ、俺以外に叙爵された奴もたくさん居ただろ」

 

 ゾラ達みたいな腐った連中は裏切って逃げ出し、真っ当な貴族や兵士が死にまくった。

 空いた穴を塞ぐ為には使えそうな奴に褒美を与えて埋めるしかない、生き残った兵士や下位貴族で一番の功績を挙げたと評価されたのがたまたま俺だった。

 顔も知らない誰かに褒められた所で自覚は無い、何しろ最後の作戦じゃ本当に死にかけて記憶があちこち飛んでる。

 欲しくもない爵位と領地を無理やり与えられて途方に暮れたぐらいだ、体も心もガタガタでとてもじゃないが子爵で領主なんかやれる筈なかった。

 

「父上の功績を認めたからこそ、お祖父様は母上との縁談を取り決めたはずです」

「別に俺個人を認めた訳じゃないんだぞ」

「それでも全くの無能なら縁談の相手に選ばないでしょう」

「あの頃の公爵家はいろいろ事情があったんだよ」

「どんな事情ですか?」

「……機会があったらいずれ話す、お前に爵位を譲った頃にな」

 

 口を濁した俺の返事を聞いたライオネルが睨んでくる、どうやら俺が適当に返事を誤魔化そうとしてると受け取ったみたいだ。

 実はバルトファルト家のご先祖が国祖達の指導者だったとか、レッドグレイブ公爵家がホルファート王家に叛逆を企てたとか、その一環でアンジェと俺の縁談が持ち上がったなんて話せる訳ない。

 真実を知ってるのは王国の上層部でも限られた奴らだけだ、十五歳になったばかりのライオネルに教えられる内容じゃない。

 本当に子供へ聞かせるような話じゃないのに、どうして信用してくれないの?

 

「同じ十五歳なのに僕は未だに何の功績も挙げてません」

「いや、それが普通だろ」

 

 平民の生まれなら十五歳ぐらいから家業を継ぐ為に仕事に慣れ始める時期だけど、貴族ってのは経営とか作法とか歴史とかとにかく学ぶべき物が多過ぎる。

 その辺に関して俺は散々苦労してきた、何しろ貧乏貴族の三男坊で良い家のお坊ちゃんお嬢ちゃんなら済ませてる貴族教育なんか受けてなかった。

 俺が叙爵された途端に媚び諂ってくる連中は領主として未熟な俺からいろんな物を毟り取る気満々だったし。

 もう全てが嫌になって一人で引き籠ってたら王都のレッドグレイブ家からアンジェ訪ねて来た。

 アンジェが居なかったら今頃バルトファルト家はどうなっていたか見当がつかない。

 

「時代が違う、ファンオース公国との戦争で貴族が死にまくったせいで知能や品性が足りなくても使えそうな奴を叙爵する必要があった。逆に戦争が起きなけりゃ絶対に貴族になれなかったぞ」

「でもお祖父様を飛び越えて最初から子爵ですよ。その後も伯爵位に陞爵されて宮廷階位は三位下、要職に就いてます」

「それもたまたまだ。レッドグレイブ公爵家から嫁をもらって、ホルファート王家に気に入られたせいでいつもやりたくない仕事を任される。やっと面白そうな所に来たら汚職や賄賂が蔓延ってやがったんで上司に報告したら大事になったし」

 

 貴族になってから面倒事に巻き込まれて実に人生が楽しくない。

 嫁と子供達に癒しを求めても厄介な仕事を押し付けられてばかりで気が滅入る。

 俺が欲しいのは家族を養えるだけの作物を収穫できるだけの畑と家畜だ。

 王国の行く末を話し合う会議なんてどう考えても俺には荷が重い。

 出世したい奴からは妬まれるし、要らんちょっかいをされたのも一度や二度じゃなかった。

 まぁ、陰口や嫌がらせぐらいなら我慢してやるがうちの家族に手を出そうとする奴らは容赦しないけどな!

 そんな風に生きてたら何故か周りから恐れられたり評価されたりと反応は十人十色。

 俺の本心を完全に理解してるのはアンジェぐらいじゃないか?

 

「失礼ですが父上は世間知らずなんですか?偶然の一言で片付けられるほど世の中は甘くありません」

「と言っても事実だしなぁ」

「……その言葉、他の貴族の前で言わないでくださいよ。嫌われるどころか殺意を向けられます」

「安心しろ、とっくの昔から嫌われてるから手遅れだ」

 

 ちょっとばかし先祖が特殊な家に生まれて、 

 死ぬような戦場で運良く生き延びて、

 情勢のせいで欲しくもない爵位を貰い、

 ホルファート王家と仲違いしていたレッドグレイブ公爵家が俺の存在を知り、

 優秀なアンジェが嫁になってくれた。

 

 確かに偶然と呼ぶには出来過ぎだ、だけど俺自身は自分が特殊な才能を持ってるとも天才だと思ってない。

 幸運と良縁と誰かの助けのお陰で今もこうして生きている。

 賽子を何十個も適当に投げたら出目が全部揃っていたような奇妙な感覚、目に見えない誰かが裏で糸を引いてるとすら思えた。

 身の丈に合わない幸せに包まれて時々不安になるぐらいだ。

 或いは、今の俺は戦場で死にかけてる俺が見た死に際の夢かもしれないな。

 

 

「俺は別に大した奴じゃないんだぞ。ちゃんと領主としてやっていける教育を受けてるお前の方が優秀だよ」

「父上がそう思っていても説得力がありません。並みの貴族は宮廷階位を上げるのに数代かかるのに父上は一代で成し遂げました。王国の創成期や動乱期を含めても異常な速さです」

「だからさ、そんな時代だったんだよ、難しく考えるな。俺自身だって今も伯爵の地位に慣れてないんだし」

 

 爵位や宮廷階位を上げられても全然嬉しくない、ありがた迷惑だ。

 これでも官吏の癒着や賄賂を暴いたりアルゼル共和国の騒動のせいでまた陞爵されかねなかったから先手を打って辞退してんだ。

 貴族になって二十年も経ってないのに伯爵位、この上に残ってるのは王族以外の臣民がなれる最高位の侯爵だけ。

 そりゃ準王族のレッドグレイブ家から嫁を貰うのに相応しい地位だけどその数は王国貴族全体の極々一部、大臣やら重職を務めてる多くの伯爵家を新参の俺が上回っちまう。

 バルトファルト領の開拓もやっと終着点が見え始め、作物の収穫量や温泉を訪れる観光客も安定してきたのにこれ以上出世したら歳入より支出の方が多くなる。

 あんまり出世しても良くないのは承知してる、生き残るコツはとにかく目立たない事だ。

 別世界の俺はきっと他の貴族を力で押しのけて出世するような傲岸不遜な英雄だろう、凡人の俺にはどうやっても真似できない。

 俺にやれる事なんて地盤をある程度整えて後継者に譲るぐらいだ。

 家を出て軍に入ってから約二十年、俺もそろそろ隠居を考えても罰は当たらないよね。

 

「……帰省せずに学園に残りたかった、バルトファルト領に戻りたくありません」

「おいおいおい、いくら何でもそりゃないだろ」

 

 アンジェに怒られるのが怖いアリエルならともかく、どうしてライオネルが帰省を嫌がるんだ。

 

「あそこに住む領民の全員が次期領主を僕だと思ってます、誰かに会う度に期待されるか父上と比べられる。それが堪らなく嫌だ」

「……そんなに嫌か?」

「僕は父上ほど優秀じゃありません、上級クラスでも下から数えた方が早い程度の力量です」

「同い歳の奴ら全体から見れば上澄みだろ、どこから見ても優秀じゃないか」

「上級クラスは平民出身でも在籍を認められた天才やバルトファルト家より爵位が低くても僕より賢い秀才の集まりです。そんな連中より劣ってる僕が家柄だけで彼らの上に立つ、あまりに不平等だと思います」

「それが生まれ持った地位って奴だ。試験の点数は実家の爵位だけで採点を甘くしてもらってるのか?」

「……違うと思います」

「なら気にしなくて良いだろ」

 

 アンジェの証言だと王立学園に在籍していた頃は実技に関しては採点が緩かったけど学業に関しては不正が無かったと聞いてる。

 公爵令嬢だったアンジェを上回る成績を修めたオリヴィア様が首席になったぐらいだし。

 尤も『平民のくせに生意気だ』と陰湿なイジメが横行していたらしく、アンジェはそうした貴族のガキ共の扱いに悩んでたみたいだ。

 ライオネルの潔癖な部分はアンジェに似たのかもしれない、逆にそれが悩みの種らしい。

 

「僕は才能ある父上にも優秀な母上にも劣っています、上級クラスの中でも決して優秀とは言えない。それなのに伯爵位を継いで良いと納得できません」

「あんまり悩むなよ、人生なんて思い通りになる事の方が少ない」

「父上と母上に用意してもらった爵位と領地、生まれる前から結婚相手を決められてる婚約者。僕が自分で選んだ物なんて一つも無い。実力で身を立てようにも家を出た所で父上には絶対に敵わないのはよく分かっています」

「…………」

 

 マズいな、ライオネルの口調が熱を帯びて荒くなってきた。

 どうやら王都の王立学園に入学してから見識が広がったみたいだけど、その代わり妙な劣等感を拗らせてる。

 昔からアリエルに比べると大人しくて素直なライオネルがこうして意見を口にするのは珍しい。

 父親として助言できれば良いんだけど、今のライオネルと同じ年頃の俺はあまりに血生臭い人生を送ってる。

 真っ当な青春を送っていない俺の答えを言ったた所で何の参考にもなりゃしない、敏いライオネルを誤魔化すのはいくら考えても無理だ。

 

「……疲れてるんだよ、バルトファルト家(うち)で暫くはゆっくり休め。皆が会いたがってるから」

「放ってくれた方が気が楽です」

「せめて兄さんの所に顔だしはしておけ。婚約者が寂しがってるぞ」

「……テレジアですか、あの子も産まれる前に僕なんかと婚約を強制されて可哀想だ」

「テレジアが嫌いなのか?」

「彼女は皆に『次期バルトファルト伯爵家の当主に嫁ぐ』と言われたから従っているに過ぎません」

「その言い方だと兄さんや俺がテレジアに無理強いしてるように聞こえるぞ」

「違うんですか?彼女はまだ十一歳です、自分で物事を判断するには早いでしょう」

「お前もまだ十五歳だ、俺から見ればまだ半人前だよ」

「えぇ、そうでしょう。優秀な父上と比べて僕は才能に乏しいですから」

 

 ダメだ、上手く言おうとする度にライオネルの機嫌が悪くなる。

 そもそも俺は口が達者じゃない、敵を挑発したり交渉相手を煙に巻くのは得意だけど根気良く教え諭すのは昔から失敗してばかり。

 父さんや兄さんは気遣いが出来るしアンジェは教え上手で俺の足りない部分を補ってくれるから、その手の助言ってのはどうにも苦手なままだ。

 それでも父親として息子に何か言わないといけない、本当に年頃の若者は気難しくて扱いづらい。

 

「政略結婚は嫌か?」

「本人の気持ちを無視して強制するのがいただけません」

「テレジアはかなり乗り気だぞ、兄さんやドロテアさんからも聞いてるし」

「それは幼い頃から『政略結婚すれば幸せ』と刷り込んだ結果でしょう」

「結論を出すのは早いぞ、俺とアンジェだって政略結婚だ。婚約してから、結婚してから愛を育む事だった可能だぞ」

「僕にはそんな未来は想像できません。お祖父様とお祖母様、父上と母上、伯父上と伯母上。どうしてバルトファルト家の血を継ぐ夫婦は人前であんなにイチャイチャ出来るんですか?」

「……人前でそんなにイチャついてたか?」

「むしろ父上に自覚が無い事に驚いています、昔から僕達の前でベタベタしてましたよ」

「すまん、悪かった、これから控えよう」

 

 まぁ俺や兄さんも両親がイチャついてるのを見るのは昔から苦痛だったからライオネルの気持ちは分かる。

 自分はあんな親にならないぞと思っていても無自覚にそうなっていたとは軽く落ち込む。

 とりあえず帰ったらアンジェとイチャつくのは誰も見てない所でしよう。

 イチャつくのは絶対に止めないけど、止めたら俺の心が死ぬから。

 

「夫婦仲が良いのは結構です。だけど本人の意思確認をしないまま婚約を決めるやり方は大嫌いです。貴族令嬢だからって妹達や従妹が政略結婚の駒扱いされる光景は見たくありません」

「俺も兄さんも子供達を政略に使おうとは思ってない」

「ならどうして子沢山なんですか。側室が居ないのに四人も五人も六人も産ませるのは酷い仕打ちと思います」

「…………結果としてそうなっただけです」

「……獣なんですか、バルトファルト家の男は?」

 

 否定できない質問は止めてくれないか、迂闊に答えられないだろ。

 貴族なら後継者問題は付いて回るもんだけど、俺もアンジェも考えてそうなった訳じゃないぞ。

 夫婦で愛し合った結果として子沢山になったんだ、たぶん父さんも兄さんも同じだ。

 この話題はさっさと切り上げたい、思春期の我が子と下半身の話とか拷問過ぎる。

 

「屋敷に帰ったら暫くのんびり過ごせ、息抜きも大事だ」

「……承諾できません、何しろ浅学非才の身ですから」

 

 俺と話し合っても無駄と思ったんだろう、今度はライオネルが部屋を出た。

 さっき出てったアリエルの歩き方に似た部分があるのは性別が違っても双子らしい。

 結局は我が子に的確な助言が出来ないまま終わった、此処に来て自分の人生経験の少なさを呪う。

 早く帰ってアンジェに慰めて欲しいけど、さっき注意されたのを思い出して気が引ける。

 おまけにやりたくない仕事まで押し付けられて俺の人生は上手くいかない事だらけだ。

 寝よう、ふて寝して嫌な事は忘れよう。

 調理場に保管してある安酒を呑みに俺も部屋を後にした。




お父さんはつらいよ、そんなリオンと子供達の交流会。
原作では子供達を国に残して単身赴任するリオン王ですが、王様じゃなくても子育てに苦労は絶えないものです。
将来を決められた貴族令息令嬢の閉塞感はつらい物だと考えてこんな内容になりました。
親が優秀だとつらいのは万国共通、なので子供達の成長もテーマになります。

追記:依頼主様のリクエストによりeffort_star様、SH339様、Drone様、みゃーもとけーすけ様にイラストを描いていただきました、ありがとうございます。

effort_star様 https://www.pixiv.net/artworks/124653953(ちょいエロ注意
SH339様 https://www.pixiv.net/artworks/124755156(成人向け注意
Drone様 https://www.pixiv.net/artworks/124770838
みゃーもとけーすけ様 https://skeb.jp/@1cNrl4vy8d0EEbw/works/12

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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