婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
化粧台の上には口紅、眉墨、白粉、頬紅と色取り取りの化粧品が並べられている。
既に洗顔を済ませ化粧下地は終えているのだが、いざ最後の仕上げとなると何歳になっても思案してしまうのが女という生き物が持つ悲しき習性だろう。
普段なら自分で手早く済ませるか、傍に控えさせた侍女に任せるのだが今日に限っては念入りに吟味してしまう。
高価な化粧品を使えば美しさに磨きがかかると錯覚する者も多いが、古来より化粧とは顔を画布に見立て薬品を糊塗する行為に他ならない。
方法や組み合わせによっては施す者の魅力を引き立てる事もあれば醜悪に変えてしまう事も珍しくないのだ。
美しさに固執し各地から様々な化粧品を取り寄せ身代を身代を持ち崩した貴族夫人、最新の美容方法を己の身で試し副作用で寵愛を失った美姫、老いを認められず若い娘達の生き血を啜り討伐された王妃等々。
女とは愚かだと分かっていても自分の美しさに執着してしまう、それは男が肉体の強さに固執するのと同じように半ば本能に根差した行動なのかもしれない。
散々に迷った挙句、結局は普段から施している化粧をやや強調した範囲に落ち着いたのは我ながら愚かしいのは理解している。
帰宅する夫を派手な格好で出迎えるよりも落ち着いた格好で出迎えた方が心証が良いと判断した結果だ。
こうした苦悩など私の夫は碌に気が付かない。
いつも『そこまでしなくてもアンジェはいつも綺麗だ』と惚気た口説き文句でを約十七年も聞いてきたが、あの態度は私の微妙な変化に気付ず誤魔化していたのかもしれない。
長年に渡ってそんな彼の真意に気付かないまま一喜一憂しながら過ごしていたのは愚かの極みだが。
ともあれ、領主の妻として体面に気を付けねばならないのは私に課せられた責務に他ならない。
統治者とはいつ何時も隙を窺う者達の視線を意識せねば忽ち地位を脅かされてしまう。
自らの武力や財力を誇示して周囲から恐れられる方が侮られて争いを起こされるよりも血を流さずに済むものだ。
化粧費や衣装代を無駄な出費を批判する者も多いが、無駄な争いを回避し消費した費用が巡り巡って経済を活性化させるなら寧ろ王侯貴族の行動として正しいと理解すべきと言えよう。
ぼんやりとそんな事を考えながら軽く頭を撫でた、どうせなら髪を解いて別の結い方を試すべきか?
いや、髪型はそれこそ化粧法と同様に奥深い世界だ、拘り始めたらそれこそ時間が幾ら在っても足りない。
溜め息を吐きつつクローゼットの中から数着のドレスを取り出して並べる。
そのどれも着慣れた物だが、私に出来る最善を尽くして選んでから事に臨みたい。
ふと気になってきている普段着を脱ぎ始めて数秒後、鏡には下着姿の破廉恥な音が映っていた。
『いっそ下着の時点から考え直すべきか?』と逡巡した結果、其処までする必要は無いと結論付ける。
自分でも気が逸っているのは十分に理解している、だからこそ侍女達を部屋から退かせて自らの手で着替えを行うという領主の妻にあるまじき振る舞いを行う己の愚行に呆れてしまう。
失敗するなら自分の過失が原因の方が良い、他者の過失になればどうしてもその相手に恨みがましく追及してしまうのが人の性というものだ。
或いは単純に私が狭量な女なだけかもしれない。
彼と結婚して既に数十年が経過している、幾人もの子を成しても私の性格がどのように変化したのかは当人に知覚できない。
散々悩み抜いて到達した結論が普段外出する際の服装に少しだけ変更点を加えた程度に落ち着いてしまった。
夫の気を引く為に失敗する可能性が僅かでもある装いを拒み、着慣れてる服装を選んでしまう己の臆病さを軽く呪う。
それも仕方ない事だ、彼と二人きりで再開ならまだしも子供達も同席する場で十代の小娘のように振る舞う事は許されない。
呼び鈴で待機していた侍女に着付けを手伝ってもらい衣装部屋へ出ると扉のすぐ横に小さな影を見つける。
バルトファルト伯爵家に於いて誰の血縁か一目瞭然で分かる金色の髪を揺らしながら私に近づく影を優しく撫でた。
幼児特有の柔らかく滑らかな手触りが実に心地良い、対する相手も私に撫でられるのが嬉しいのか私の指を握り返し掌に頬擦りを始める。
「ディラン、突然どうしました?」
「母上をまつのあきた」
やや舌足らずの声で返答する男子の名はディラン・フォウ・バルトファルト。
私が六度目に産んだリオン・フォウ・バルトファルトの子、伯爵家の三男にあたる。
幼少期のリオンを思わせる容貌だが最大の違いは黒みががった金髪。
ディランの瞳色はリオンと同じ黒曜石を思わせる黒、しかし髪色は私とリオンの中間という加減で両親の私達の特徴を程好く受け継ぐ息子だった。
そんな愛しい我が子は撫でられる感触を堪能しつつも何処か不服そうな表情を湛えている。
私が衣裳部屋で着替えている僅かな時間にディランの世話は他の子供達に任せていた。
甘え盛りの年頃とは言え、ディランが私の許へ一人で訪れている事実に戸惑う。
「ディラン、家族とはいえ女性が着替えを大人しく待つのも令息の務めですよ」
「だって兄上も姉上たちもあそんでくれないもん」
「……三人は何を?」
「わかんない」
リオンは王都に務めを果たしに、長男ライオネルと長女アリエルも王立学園に入学して屋敷に不在。
私と共に領地に残る子供は次男リーア、次女ロクサーナ、三女メラニー、そして三男のディランのみ。
高位貴族でありながら側室を持たない夫婦にしては些か子沢山に見えるが、バルトファルト家がそもそも多産の家系だ。
子供が一人増えると親の負担は激増する、息子と娘が合計六人ともなれば尚更だろう。
大人しいライオネルはともかく騒がしいアリエルが入学すれば屋敷も多少は静かになると思っていたのだが、兄弟姉妹の力関係に変化が生じ双子が王立学園に入学する前と大差なかったのは誤算と言える。
我の強いアリエルが居なくなる事で大人しくしていた弟妹達は無意識の内に『今なら思い通りに行動できる』と察知して私の手を焼かせていた。
今日も私が着替えている間に末弟のディランを世話するように命じていたのに役目を放棄したらしい。
些か憤りの感情が湧き上がるも務めて平静を装う、あと数時間もすれば王都から三人が帰還する刻限だ。
数カ月ぶりに会う長男と長女、更に一月離れて暮らした夫を迎える時に些細な瑕疵で作りたくない。
優しくディランの手を握り居間へ向かった、弟の面倒を放棄して三人の子供達は一体何をしているのか?
「はい、私の勝ち!それじゃあ一万ディア払いなさい!」
「待ってよ!そんなお金無い!」
「なら私からお金借りたら良いわ、利息は出目で決まるからさっさと振って」
「振らない!だって最悪六割でしょ!そんなの無理に決まってるもん!」
「メラニーに拒否権は無いから、もう私の勝ちは決まってるけどあがるまでお金を払い続けなさい」
「私とロクサーヌしか遊んでないじゃん!だったら私の負けで終わりでしょ!?」
「それじゃあ退屈じゃん、メラニーが終着点につくまで悔しがるのを私は眺めたいの」
「ロクサーヌのいじわる!」
「メラニーのおばかさん!」
居間の扉を開けて目に映ったのは言い争いから喧嘩を始めた金髪の少女と黒髪の少女。
せっかく整えた髪を振り乱して互いの手を握りしめ力づくで相手を屈服させようと組み合う二人の姿に軽く頭痛がした。
落ち着け、私は冷静だ。
私はアンジェリカ・フォウ・バルトファルト、リオン・フォウ・バルトファルト伯爵の妻にして領主代行。
これまで如何なる難題も夫と共に乗り越えてきたではないか。
たとえリオンが傍らに居ない時であろうとも、目の前で醜い争いを始めた娘達が腹を痛めて産んだ実子だとしても。
居間で争う二人のうち金髪赤眼の少女はバルトファルト伯爵家次女ロクサーヌ・フォウ・バルトファルト、もう片方の黒髪黒眼の少女が三女メラニー・フォウ・バルトファルト。
三回目の妊娠で私が産んだ双子の姉妹である。
「二人とも、お止めなさい」
「あがが…」
「ぐぎぃ…」
「……もう一度だけ忠告します。二人とも、お止めなさい」
「うぐぁ……」
「げおぅ……」
私の言葉も耳に入らないのか、相も変わらずロクサーヌとメラニーはお互いの手を掴んで離さない。
そんな状況でもお互いに髪を整えたばかり頭やドレスを身に纏った胴を狙わないのは令嬢として残った最後の理性か?
まず淑女として喧嘩をしないという思考には至らないようだ。
それでも娘同士の争いを止めるという母の務めを果たさなくてはならないのだから、私が完璧な親に為るのはまだまだ遠い道のりらしい。
両手を握り締めて拳骨の形を作ると争いに気を取られる二人の娘の頭上から振り下ろす。
ゴッ!!
注意を払っていない方向からの打撃を受けて二人は手を離して頭を抱える。
私とて我が子に折檻などしたくはない、しかし欲のまま行動する社会規範を備えていない奔放な子供を躾ける為に時に暴力が必要な時は存在するのだ。
私自身は物心が付いた頃から公爵家の淑女教育と王家から次期王妃としての指南を反発する事無く受けていたと思うが、何しろ主観的な物であり幼少期の私が親から見てどんな娘だったかは自信が無い。
性格は生まれ持った各々の性分が大半であり、子を何人も産み育てると親から身体的特徴は遺伝しても性格的な特徴を受け継ぐとは限らないと薄々ながら理解しつつあった。
それでも我が子が道を誤らぬよう要所要所で指導し躾けるのも親としての愛であり務めであろう。
折檻を肯定する気が毛頭ないが、然りとて言葉だけで子供を根気よく説得しても理解してもらえるとは限らないのだから。
「ロクサーヌ、メラニー。私は貴女達に何と命じましたか?」
「…お母様の準備が終わるまで大人しく待つようにと」
「それだけではありませんね?」
「……ディランの面倒も見ろと命じました」
「宜しい、では貴女達は今まで何をしていたのでしょう?」
居間のテーブルに散乱しているのは様々な記述が書き込まれた遊戯紙、賽子、人を模した駒、玩具の紙幣や硬貨等々。
私を待つ時間を持て余した二人が末弟を放置して賽子遊びに興じていたのは明白だった。
幼い子供は落ち着きが無いものである、退屈を凌ぐ為に読書や遊戯で凌ぐ事を咎めるほど私は狭量ではない。
問題なのはディランを放置したまま二人だけで遊戯に没頭し、あまつさえ口論から喧嘩を始めるという事態に対してだ。
「……リーアは何処に?」
「お母様を待ってるのが嫌になって出て行きました」
「先に空港に行ったと思います」
「まったく、あの子は」
そもそも子守りを命じたのはロクサーヌとメラニーだけではない。
現在バルトファルト領に残ってる領主の子で一番年長者なリーアにも同じ事を命じている。
よりにもよって私からの支持を真っ先に破ったのが次兄であり、次女と三女は『それなら自分達も好きにして良い』と考えて末弟を放置したようだ。
まったく、どうして私とリオンの子供達は奔放な性格を備えやすいのだろう?
「ロクサーヌ、メラニー、私は今とても怒っています。どうして母が怒っているのか、その理由は分かりますよね?」
「…えっと、大人しくお母様を待たなかったから」
「そうですね、淑女にそぐわぬ行動と言ってよいでしょう」
「あとディランと除け者にしていました」
「確かに、自分の楽しみを優先して幼い弟を放置するのは年長者としていけない事です。以後気を付けましょう」
「……お母様の前で喧嘩をするのは良くなかったと思います」
「反省したなら最初に謝るべき相手は私ではありません」
「…ディラン、ごめんなさい。メラニー、私も悪かったわ」
「…ディラン、許して。ロクサーヌ、次は気を付けるから」
心中の蟠りはあるだろうが、とりあえずは娘二人の仲直りに成功する。
私が二人を教え諭している間もディランは私の手を握ったままだが姉二人を咎める気はなさそうに見えた。
諍いは人口が増えれば増えるほどに発生する確率が飛躍的に上がる、共同体の最小単位である家族でさえ例外ではない。
これでも単純な遊戯の争いや菓子の取り分で揉めるにはまだ可愛いものだ。
高位貴族ともなれば家督争いや結婚相手の家格自慢などで血で血を洗う兄弟姉妹など珍しくない揉め事である。
子供同士の些細な喧嘩と侮って放置した結果が将来の禍根になりかねない、我が子の言動に関して見定める必要があった。
「二人が喧嘩をした理由はどのような物ですか?」
「最初は私とメラニーとディランで賽子遊びしてました」
「お父様が王都で買ってきたやつ」
思わず舌打ちしたくなるのを懸命に堪える、子供を叱った直後に私自身が淑女にそぐわぬ振る舞いをしては娘達に示しがつかない。
テーブルに置かれている遊戯紙はリオンが以前に王都の土産として買って来た盤上遊戯の一種。
まず遊戯者達の身分や保有資産を予め決め、その後に賽子を振り出目に応じて駒を進めて行く。
到達したマスに書かれた指示に従って様々な行動を選ぶ。
例えば『戦争で功績を挙げたので貴族になる』と書かれていれば遊戯者の身分が変わり、『出世したので他の遊戯者から税を取り立てる』と書いてあれば玩具の紙幣や硬貨を他の遊戯者に払わなければならない。
遊戯の勝敗は終着点に到達した際の身分、保有資産、子供の人数等のあらゆる要因を考慮して決められる。
出発点では裕福な貴族だった遊戯者が終着点では没落し借金漬けになる場合があれば、貧しい生まれの冒険者が王族に為る場合さえあるのがこの遊戯が流行した理由だ。
以前のホルファート王国であれば身分は不動に近く、出世の道は限定的な物だったが現状は違う。
旧ファンオース公国との戦争後、王国には叙爵された新興貴族や国を裏切り貴族籍を剥奪された没落貴族。
果ては平民出身の聖女と身分は流動的な物に為りつつある。
そんな世相を反映したこの遊戯は子供は勿論、買った親さえ熱中するほど流行していた。
リオンは単純に王都の流行り物と考えてして子供達に買い与えた、私も知育玩具としてよく出来た遊戯だと思い最初は容認していたが今は軽く後悔している。
この遊戯では競う合う他の遊戯者に対しての妨害行為が容認されているのだ。
つまり相手を経済的に困窮させ、金を貸し与えて行動を制限し勝利する方法さえ認められている。
そうした戦法を好んで行う者は愉しいだろうがやられた者が怒るのも無理のない話。
今ではマスの内容が制限された新装版の遊戯紙が売られていると聞いた。
バルトファルト伯爵家でこの遊戯に秀でている者は次女のロクサーヌと私だった。
幼少期からの教育や領地経営により鍛えられた私、子供達の中で最も算術を得意とするロクサーヌにとって相手の資産を奪う戦法は他の者に対し実に有効だ。
だが遊びとは言え金銭を毟り取られて良い気分がする者など極々僅か。
加減が利く私と違ってロクサーヌは容赦なく他の競技者から嫌われる戦法を採るのだ。
リオンがこの遊戯を買い与えてから兄弟姉妹の喧嘩が増えたので今では私の監視下でのみ遊ぶ事を許されている。
おそらくロクサーヌは私が居ない間の暇潰しとしてこの遊戯を選んだ。
勝てないと分かっているリーアは早々に逃げ出し、ルールを理解できないディランは飽きて私の所を訪ねた。
残るメラニーはロクサーヌと競い続け、その結果が姉妹喧嘩になったと推察できる。
「私が居ない間にこの遊戯を行う事は禁じた筈です、どれだけ退屈でも言い付けはきちんと守りなさい」
「だってお母様、私達は何時間もずっとお待ちしていたんですよ」
「それ程の時間は経っていないでしょう」
「時計を見てくださいお母様」
メラニーが指差す壁掛け時計の時刻を確認する。
……私の体感よりも長針が二回転程も進んでいた。
どうやら思った以上にドレス選びや化粧に時間を取られていたらしい、これでは子供達を叱る事すら覚束ない。
そもそもの話、早く屋敷を出ないとリオン達が到着に間に合わなくなってしまう。
「……おほんッ、これについては私の失態です。急いで準備をして出掛けますよ。リーアは先に空港に向かったのでしょうか?」
「そうだと思います」
「ならば片付けと準備が済み次第に私達も出発しましょう、早くしないとお父様が到着してしまいます」
「はい」
「分かりました」
二人にテーブルに置かれた玩具の片付けを命じ、私はディランの装いを再確認する。
本来ならば片付けなど使用人に任せれば良いかもしれないが、自分の不始末を処理する事を教えるのも躾の一環だ。
何より屋敷の使用人達にはリオン達の帰還に合わせて屋敷の手入れや出迎えの用意を最優先に命じてある。
領主代行の私自身が命じておきながら負担を増やすのは些か道義に欠けた振る舞いだ。
「お母様は何をしていらしたんですか?」
「……お父様の出迎えの準備に忙しかっただけです。領主の妻ともなれば使用人達への指示も増えますから」
「この数日のお母様は様子が変でした、こんなに失敗が続くなんて珍しい」
「…………」
私の変調を口にしたのはメラニーだった。
理論を重んじるロクサーヌに対し、メラニーは自身の直感や観察を重んじる。
確かにこの数日の間に些細な失敗を繰り返していたが、それを娘に悟られていたとは思わなかった。
母の私が思っている以上に子供達は優れた資質と成長を遂げているのかもしれない。
「止めなさいメラニー。お母様はお父様が帰って来るのを心待ちにしてるのよ」
「それはみんなが知ってるでしょ」
「わざわざ指摘しなくても良いって言ってるの。どうして観察力はあるのに頭は悪いのかしら?」
「でもお父様はお母様が着飾らなくても好きなままだと思う」
「夫に愛し続けてもらう為には隠れた努力は必要なの。よくご覧なさい、いつもより念い入りにお化粧してるのが分からないの」
「ドレスはいつも通りじゃない」
「だからお母様は変化を加えようととしておめかしに時間をかけたんでしょう、そうですよねお母様?」
やれやれと言わんばかりに頭を振るロクサーヌと不服そうなメラニーは双子ながら対照的だ。
私の方は十歳を越えたばかりの娘達に心中を言い当てられた同様に口元が歪むのを必死に抑える事しか出来ない。
ロクサーヌの商才はこうした他者への人間観察力から来るものなのか、或いは算術に優れるからこそ他者の僅かな変化を察する事が可能なのか。
何れにしても会話をこれ以上続けてはどんな恥を曝されるか分かった物ではなかった。
「片付けが終わったなら出掛けますよ、急がねば私達が到着する前にお父様達が乗った飛行船が帰還してしまいます」
「それならお父様を屋敷で待ってた方が良いんじゃ?」
「だから言ってるでしょメラニー、お母様は一刻も早くお父様に会いたいのよ」
「今ッ! すぐッ! 出発しますッ! さっさと準備なさいッ!」
これ以上ロクサーヌに口を開かせては何を言われるか分かった物ではない。
大声で誤魔化しながら片付けを促し話題を逸らす。
二人の片付けが終わったのを確認を終えた後、ディランを抱えて足早にエントランスへ向かう。
既に使用人達は私と子供達が空港に向かう準備を整えていた。
その事実がで自分がどれほどリオンの帰還を待ち焦がれ浮かれていたかを再認識して羞恥で頬が熱くなる。
御者に馬車の扉を開かせると子供達を乗せ急ぎ出発させる、使用人達の視線を生温かく感じるのは私の気のせいだと信じたい。
「お父様はどんなお土産を買ってくるかな?私は冒険者の本が読みたいんだけど」
「僕は新しいおもちゃがいい」
「……メラニー、ディラン。貴女達はお父様の帰還が嬉しく思わないのでしょうか」
「お父様
「うん」
「それはお父様の前で口にしないよう心掛けなさい」
我が子全員に愛されたいリオンからすれば自分より土産の本や玩具を熱望されていると知れば数日間は拗ねて職務に支障が出かねない。
この事実を知る者は限られた方が良いだろう。
「メラニーもディランもダメねぇ」
「じゃあロクサーヌはどうなのよ?」
「取り敢えず『お父様の御帰りが一番うれしい』と言っておきなさい。お世辞でも言われたらうれしいでしょ」
「ロクサーヌ、貴女もです。本音とは家族に対しても秘する物だと心掛けなさい」
「は~い」
無邪気過ぎるのは問題だが計算高いのも同程度に騒動の火種となり得る。
面従腹背は当然な社交界に於いて感情を率直に出してはいけないが己を過信して他者を見下す者はやがて皆から排斥されてしまう。
バルトファルト伯爵家は新興貴族の中で最も出世した家柄でありホルファート王家とレッドグレイブ公爵家からも覚えめでたい。
羨む者と同じ数だけ妬む者も多く、気を引き締める必要がある。
慣れない王都の生活に疲れたリオンを癒すには一刻早くも出迎えて労う必要がある。
だから私は何も間違っていない。
決して、夫の帰還を待ち望んで、今か今かと待ち望む愚妻ではない。
そう結論を出し騒がしく話し合う子供達の会話を聞きながら王都の方角の空に視線を向けた。
アンジェと子供達の日常+説明回になります。
子供達の大まかな説明は第七部の自分紹介を参照してください。
今章登場の双子の外見はianzky様のイラストにて。(https://www.pixiv.net/artworks/124251654)
七部では子供達もちょくちょく活躍する予定です。
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。