婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第126章 母娘

 時計の針が動く音がやたらうるさくて耳障り。

 部屋の中が静か過ぎてせいでちょっとした物音でも響き渡るのが原因かもしれない。

 テーブルの上には温かい紅茶が注がれたティーカップとお茶請けのクッキーが置かれてる。

 ちなみにクッキーはお母様のお手製、紅茶もわざわざ目の前で淹れてくれた。

 貴族のお嬢様は自分で料理なんかしない、お茶も使用人に淹れさせる。

 元公爵令嬢のお母様の生まれと育ちを考えたらそれが普通のはず。

 なのに今こうしてお母様が調理した料理を他人へ振る舞う事自体が高位貴族の妻としておかしいと気付いたのは何時からだろう?

 ダメだ、気を紛らせようとして記憶を掘り起こしても緊張で思い出せない。

 

「……どうしました?貴女の好きなクッキーですよ、遠慮せずに召し上がりなさい」

 

 大量のナッツを生地に混ぜて焼き上げたクッキーは昔からの好物だ。

 王立学園に入学してからは都会の有名菓子店で売られてるケーキやパイをたくさん味わったけど、昔から慣れ親しんだ味が一番落ち着く美味しさだと気付いた。

 ちなみにあたしが一番好きなお菓子はリュースおばあちゃんが作ったお菓子全般。

 騎士の家柄出身だけどほぼ平民同然に育ったおばあちゃんは、バルドファルト家がまだ貧しい頃から作った料理をお父様達に食べさせてた経験でかなり料理上手。

 そんなリュースおばあちゃんからお母様は料理を習ったけど上達したのはお菓子作りだけ。

 普通の料理ならお父様の方が上手に作れるのは身内以外はほとんど知らない秘密だった。

 

「……そんなに怯えなくても良いでしょう、毒など仕込んでいません」

「……分かっています」

 

 お母様が作ったクッキーが嫌いな訳でも、毒を盛られたと警戒してる訳じゃない。

 単純にクッキーを食べたり紅茶を飲んだ時に失敗を犯してお母様の機嫌を悪くしたくないだけ。

 王都から戻った次の日にお母様と二人きりなんてお説教されるに決まってるじゃない、それなら怒られる理由を一つでも減らしておきたかった。

 お父様は外出中、ライオネルは勉強、弟達と妹達は頼りにならない状況に追い込まれて怯えない方がおかしいと思うわ。

 意を決してクッキーを一つだけ抓み上げ、もう片方の手を沿えてゆっくりと口元へ運ぶ。

 そのまま口元を見せず食べ滓が落ちないように注意しつつクッキーを噛みしめた。

 香ばしナッツの匂いが口と鼻を擽るみたいで頬が緩みそうになるのを懸命に堪える。

 やっぱり焼き菓子は出来たてをすぐに食べるのが一番ね。

 砂糖やクリームをたっぷり使った軟らかい王都のお菓子も良いけど、素朴なお菓子の作りたて焼きたての味わいもなかなかの贅沢だと思う。

 次にティーカップを取っ手を抓んで口元へ運ぶ、姿勢を維持したままカップを傾けて音を立てないようにゆっくりと啜る。

 味と匂いからあたしの好きな銘柄の紅茶だと分かる。

 普段なら好きな食べ物を頬張ったら心が緩むけど厳しいお母様の前じゃ美味しさも二割減かな。

 一方のお母様はあたしとは対照的、優雅な立ち振る舞いで紅茶とクッキーを堪能していた。

 これでも小さな頃からお母様に厳しく教えられてきたから見苦しくない程度には貴族令嬢として上手く振る舞える自信がある。

 だけどお母様と比べたら雲泥の差だった。

 一つ一つの動作に気品というか、優雅さというか。

 とにかく外見はよく似た母娘と周りから言われいても育ちや才能の違いが分かってしまう。

 

「アリエル、私がこうして貴女と二人きりで話そうとしている理由が分かりますか?」

「……()が昨日、お母様との話し合いを逃げ出したからです」

「貴方がどうして逃げたのか、その理由を答えなさい」

 

 有無を言わせないお母様の口調があたしの心と体を圧迫する。

 分かってる、お母様に改めて言われるまでもなく私の行動が全部悪いって事ぐらい自覚してるわよ。

 逃げ出しても結果は変わらない、逆に苦しい時間を長引かせるだけなら正直に告白した方が賢い判断だと理解してる。

 心の中でそう結論を出して半ば自棄になりつつも王立学園に入学してから今日までのあたし自身を振り返った。

 

「……中間考査と期末考査の成績が思わしくなかったからですか?」

「確かに上級クラスに在籍しているライオネルと比べれば芳しい成績とは言えませんね。それでも進級を危ぶまれるほどではありません。思わしくないと自覚しているなら日々の精進を心掛けなさい」

「じゃあ友達付き合いで金遣いが荒い事?」

「倹約家のライオネルに足りない金額を借りるのは止めなさい。学生の内に他の令嬢や令息から金銭の貸し借りを行うのは言語同断ですが、身内から無尽蔵に借りるのも由々しき事だと心得なさい。必要な分の費えならば経費として認めます。しかし過剰な付き合いや浪費は家の没落を招きます。今後は必ず私に相談しなさい、それが嫌なら節制を心掛けましょう」

「あ~…、気に食わない生徒や先輩と口論した所かな?」

「私も貴女に対してとやかく言えるほど綺麗な過去ではありません。誤った発言で自身や他人を幾度も傷付けてきたと自覚しています。私から舌禍は恐ろしい物だと忠告しておきます、正論も言い方を誤れば我が身を苛む刃と心得えなさい」

「分かりました、あとは実習で学園の備品を壊したぐらいです」

「待て、それは聞いてないぞ」

 

 しまった、言わなきゃ良かったな。

 驚きのあまりお母様も素の口調に戻ってるし。

 本来お母様はかなり荒っぽくて男勝りな性格をしている、だけど子供や領民の前ではマズいと考えて普段は自粛して淑女らしい丁寧な言葉使いをしている。

 そんなお母様が驚いて口調が戻ったのは備品を壊したのをライオネルがお母様に黙ってくれてたか、或いは本当に知らなかったのかどっちかしら。

 全くの予想外過ぎて荒々しい部分を隠せないお母様、あたしは昔からこっちのお母様の方が好きなんだけど。

 淑女として完璧なお母様はどうしても隔たりを感じてしまうし、本来のお母様に怒られたり失望されるのも心の別部分が痛くなる。

 だけど怒られないように性根を直そうとしても自分じゃ難しいのよ、やりたくもない口調で男に媚びるようなお嬢様の真似事なんて願い下げだわ。

 

「その件については後で話合いましょう、今日は別件で貴女を呼びました。アリエル、王立学園に於ける生活の感想を聞きましょう」

「楽しいよ。友達は居るし、食べ物は美味しいし、授業も実習はいろんな事がやれるから。でも勉強は苦手、特にマナー講義は退屈。担任が学園長で必修科目じゃなきゃ絶対に受けてない」

「……逃げ出さずにきちんと受講していますか?」

「欠伸を我慢するのがつらいかな」

「まったく、貴女という娘は」

 

 あたしの回答にお母様が呆れ返ってるけど正直に答えてるんだから勘弁して欲しい。

 令嬢としての振る舞いは入学前に嫌って位に仕込まれたのに、改めてお茶会でのマナーやら男の機嫌を損ねない女らしさなんて学びたくないのよ。

 

「あたしはお茶会とかパーティーが嫌いなのよ。ドレスやアクセサリーでやたら着飾って作り笑顔で『何処其処の誰かが何々をした』って自分の手柄みたいに自慢するか、他人の不幸を嘲笑ってる性悪達の顔は醜いったらありゃしない。情報交換なら分かるけど、中には成功した人のおこぼれを貰いたい連中が多過ぎるのよ。ライオネルは無駄遣いが多いって文句を言ってるけどね、アイツと付き合いたいから友達になりましょうって擦り寄る女子も多くて嫌になるわ」

「……待ちなさい、ライオネル本人はその事実に気付いていないのですか?」

「一応は『婚約者が居る』って断ってるみたいだけど、それで諦める物分かりが良い女だけじゃないから。バルトファルト家と懇意になりたがってる家があんなに多いなんて知らなかったわ。実家の爵位や規模とか先輩後輩の立場を出されると私も付き合いを断れないの」

「分かりました、小遣いの増額に関しては考慮しておきましょう」

 

 やった、上手くいったわ。

 話を少し盛ったけど嘘は言ってないから良いよね。

 ライオネルと付き合いたいって女の子が主催するお茶会に招かれて奢ってもらったけど義理は果たしてるし。

 むしろ『年下の婚約者が居る』と断ってる男に迫る女の方が常識外れよ、そんな奴らからお菓子を巻き上げる程度の役得が有っても私は悪くないでしょ。

 逆にライオネルと両親から感謝されたい位だわ。

 

「貴女はどうなのですか」

「どうって、何が?」

「懇意の殿方を見つけた、そんな年頃の女生徒らしい出来事が無かったのかと聞いています」

「あたしより弱い男の家に嫁ぐ気は無いって断ってます」

「……アリエル」

「だって事実だもん!偉そうに家の自慢をするくせに本人はヘッポコな令息が『僕と付き合えるのを名誉を与えよう、感謝したまえ』って感じで迫ってくんのよ!『ナメんなこの野郎!』ってやり返しても良いじゃない!しつこ過ぎるから訓練で叩きのめしてやったわ!……そのせいで学園の備品が壊れたけど」

「先程言ってた原因はそれですか」

「お母様、あたしに甘酸っぱい恋バナを期待しても無理よ」

「……それでも貴女はこの家の長女です」

 

 またその話か、うんざりするから止めて欲しい。

 十歳を過ぎた頃ぐらいかな、貴族同士の催しに出席させられる機会が増えた。

 催しの会場にはあたしと同じ歳ぐらいの貴族令息がいた事が多いけど、要するにあたしのお婿さん候補が居ないかとお母様はそれとなく探していたみたい。

 そんな思惑に気付かないまま出される食べ物に夢中なるか、退屈になってこっそり抜け出し帰った後で叱られてばかりだけど。

 特に王立学園に入学する前の半年ぐらいはお父様も加わって近隣の催しに連れ回されたっけ。

 見ての通り私にその気が無かったからひどい結果で終わるのは当然だった。

 

「貴女が着ている衣服、貴女が口にする食べ物。それらは全て領民が納めている税金を基にして成り立っています。私達の生活はホルファート王国がお父様の功績によって賜った領地、そして移住してきた領民の働きによるものだと忘れてはいけません」

「……は~い」

「領主とその家族には領地を豊かにする責任と義務が存在してます、それらを全うするからこそ飢えと苦労から離れ穏やかな生活を送っているのです。故に男は戦乱が起きれば命を賭して領地を護り、女は他家との繋がりを以って領地に益を齎す事が貴族の務めと心得なさい」

「分かっているつもりです」

「アリエル、だけど私とリオンはバルトファルト領を繁栄させる為に貴女の意思を軽んじて無理な縁談を押し付ける気はないのです」

 

 やや厳しかったお母様の口調が優しい声色に変わっていく。

 ゆっくり顔を上げるとあたしを見つめるお母様の視線はとても温かかった。

 聞き分けが無い子供を教え諭すような態度に従いたい気持ちと自分の人生を決められそうな話の流れに対する反発心があたしの心に芽生え始める。

 

「入学してから気になる殿方本当に居なかったのですか?」

「近寄って来た男はほとんどバルトファルト家、もっと言えばお父様とお近付きになりたいって下心見え見えな連中よ。好きになる筈ないじゃない」

「それは残念です。恋した相手と必ず結ばれるとは限りませんが、貴女に気になる相手が居たなら私もお父様も出来うる限りは考慮するつもりです」

「貴族同士の結婚が本人同士の恋愛感情を無視して行われる事ぐらい耳が痛くなるぐらい聞かされてきたから納得はしてます」

「ならば私達の方からが縁談を持ち込んだら素直に聞くつもりでしょうか?」

「相手によるとしか」

「実際にお見合いしてみれば意外に相手と懇意になる事もあります。私とお父様もそうでした」

「今朝も喧嘩してたのに?」

「……夫婦喧嘩などしていません」

「嘘だぁ。朝食の間、ずっっっとお父様と口を聞かなかったじゃん」

「してません!」

 

 お母様が強い口調で否定する、だけど無駄だ。

 普段なら朝食の最中にお互いの予定について話し合うのに今朝は二人とも黙ったままだった。

 お父様とお母様は喧嘩するとしばらくの間こうやって会話が減る。

 逆に仲直りした直後だと普段より会話が増える、本人達は隠してるつもりでも一家全員の共通認識だ。

 だから今朝の二人を見て喧嘩してるのは使用人達だって察したから巻き込まれないように距離を置いて行動してる。

 

「お母様とお父様って夫婦喧嘩がかなり多いよね、それなのに何であたしに見合い結婚を薦めるのか理解に苦しむんだけど」

「だから夫婦喧嘩ではありません、今後のバルドファルト領の運営に関し私と彼に意見の相違が在っただけに過ぎません」

「いや、それが夫婦喧嘩でしょ?」

「全然違います、確かに今の私はリオンの意見に対して腹を立てています。ですが個人を嫌った事は結婚してから彼一度としてありません」

「……まぁ、子供が六人も居るなら仲良しよね」

 

 お母様の頬が薄っすら紅く染まった、子供達の前惚気るのは控えて欲しいんだけど。

 おじいちゃんとおばあちゃん、伯父様と伯母様みたいにバルドファルト(うち)の血を引く夫婦はどうして人前でイチャイチャする人達ばかりなんだろう?

 あたしもいつか結婚したらこんな色惚け夫婦になるの?

 こんな色惚けになりたくないから勘弁して欲しいんだけど。

 

「お母様、とりあえず良さそう縁談があれば前向きに検討しても良い位には考えてます」

「安心しました、では話を進めますか」

 

 そう呟いたお母様は席を立って近くの机に向かう。

 置かれているのはいろんな封筒やら冊子の束、しかもやたら凝った装飾が施されてるときた。

 あ、マズいなコレ。

 お母様はあたしの答えを聞いてからお茶会やらパーティーに強制参加させるつもりだ。

 せっかくの長期休暇を面倒な貴族の付き合いに潰されちゃ堪らない。

 やっぱり今日も逃げさせてもらおうっと。

 手紙を整理してるお母様に気付かれないようにそっとスカートの裾を抓んで布擦れの音が出さずに席を立つ。

 そのまま爪先から足を落とす感じの大股開きで部屋の外へ向かう、こんな淑女に相応しくない姿を見られたらまたお説教されるから注意を払いつつドアノブを回して扉を開いた。

 だけど部屋の外には出ない、急いで元の位置に戻り這い蹲ってテーブルの下に隠れる。

 厚くて大きなテーブルクロスのお陰であたしの姿はすっぽりと覆われて見えなくなった。

 僅かな隙間から部屋の様子を窺うとお母様の白い足首と室内靴がゆっくと動く。

 

ぐしゃっ…

 

 何かが破れるような音と同時に捻じ曲がった手紙が床に落ちた。

 たぶん、あたしが部屋から姿を消した事に怒ったお母様が握り潰したんだろう。

 実際は部屋に隠れたままなんだけどね。

 

「…………アリエル!! 待ちなさいッ!!」

 

 部屋どころか屋敷に響き渡りそうなおっかない声に身を竦ませる。

 そのままお母様の足が見えなくなると同時に衝撃音がも聞こえてきた、たぶん思いっきり扉が開いて部屋から出て行ったらしい。

 領軍の訓練で何度もお父様から『戦場で敵を見失うと大半の奴が動揺してその場から動こうとする』と聞かされてる。

 そうしてお父様は戦場で体得した技を惜しみなく使い、怒ったお母様から逃げきる方法を体得した。

 バルトファルト家(うち)でお母様に怒られた子供第一位がその方法を使えるようになるのも当然の成り行きだ。

 完全にお母様の気配が部屋から消えたのを確認、テーブルに置かれたままのクッキーをハンカチで包むと扉からそっと首を出して左右を確認、そのまま部屋の外へ飛び出した。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 大きな足音を立てて廊下を歩くお母様から少し離れた距離を保ちながら後を追う。

 あたしを探す相手から見つからない手段の一つに『逆に相手を追いかける』って方法がある。

 追う側の人間は対象を追い回す事に夢中になって背後が疎かにしがち、小さな頃のかくれんぼでこの戦法を使ったら上手くいき過ぎて次から禁止された。

 その後もお母様から隠れる時にもよく使ってる、普段のお母様は冷静沈着の淑女だけど頭に血が上ると注意力がガタガタになってしまう。

 後はお母様の怒りが治まるまで逃げ続ければ良い、忙しいお母様はあたしを追い回して仕事を疎かにしないから。

 使用人にあたしの居場所を尋ねたり屋敷中の部屋を調べるお母様の後ろを付かず離れず、あたしに気付いた使用人には唇を指で塞ぐ仕草をして黙ってるように指示して尾行を続行。

 ついにお母様はロクサーヌやメラニーの部屋に入ってあたしが何処へ行ったか尋ねる大声が廊下にまで聞こえてきた。

 お母様がメラニーの部屋から出て数秒後、今度はあたしがメラニーの部屋へ入った。

 自分が一度調べた場所をすぐに確認する奴は少ない、お母様が諦めるかまた調べ始めるまで妹に匿ってもらおう。

 

「メラニー、ちょっと匿って~」

「あら、お姉様。姉妹だとしても主の許可無いまま入室するのは如何なものでしょうか」

「……ロクサーヌ、何であんたも居るのよ?」

「メラニーが所蔵している図鑑を読みたかったので、もちろん私は既にメラニー本人の許可を得ております」

 

 可愛くない妹ね、ロクサーヌは才能だけならお母様に一番よく似ていた。

 経済観念や令嬢としてのマナーに関しては姉のあたしより上手い。

 代わりに本当に子供かと疑われるほどお金に関して喧しくて、性格の違いから嫌われてはいないみたいだけど姉のあたしとの相性はいまいち。

 

「どうしたのアリエル姉さん?お母様が探してたよ」

「ちょっとしつこく追い回されるから暫くの間だけ部屋に匿って」

「やだ、お母様が知ったら私まで怒られちゃう」

「タダで助けろなんて言わないわ」

 

 懐から丸まったハンカチを取り出して広げる、中身はさっきまでお母様と食べ合ってたクッキーが十個近く。

 お母様が作ったクッキーがお母様から隠れる代金になるのが奇妙な感覚だけど対価としては悪くないはず。

 メラニーは少ししだけ考え込んでたけどやがて恐る恐るクッキーを一つ頬張った、これでメラニーは共犯になった。

 

「焼き色にむらがありますね、調理した方はお母様かしら」

「ロクサーヌ、何であんたもクッキーを食べてんのよ?」

「メラニーだけが贔屓されたら腹が立ちますから」

「あんたは何もしてないでしょ」

「メラニーに口止め料を払うなら私にも払うのが筋です。断ったらお母様にお姉様の居場所を白状します」

「悪徳商人の才能ある、捕まらないように気を付けなさい」

「お褒めの言葉、ありがとうございます」

 

 幼い頃から知ってるけどロクサーヌは本当に抜け目の無い、将来は今より更に怖い女に育ちそうだから儲け話や保証人の話を持ち掛けられたら丁重にお断りしよう。

 逆にメラニーは小動物みたいにクッキーを頬張ってる、こっちはこっちで年相応の女の子だけどやや呑気な所があるから不安になる。

 あたしとライオネルの場合といい、バルトファルト家(うち)の双子は才能や性格の偏りがひど過ぎると思うわ。

 

「また姉さんはお母様を怒らせるような事をしたの?」

「だって久々に実家へ戻ったと安心したらいろんなパーティーに参加させられそうになったわ。しかも縁談の可能性まであったら逃げの一択よ」

「仕方ありません、お姉様はバルトファルト伯爵家の長女です。お姉様の縁談が進まないければ私やメラニーの時に影響が出ますから。諦めて早く御相手を見つけてください」

「ロクサーヌはそれで良いの!?あたしが変な男と結婚させられたらそいつが義理の兄になるのよ!?」

「それはお姉様と旦那様で解決すべき問題です。私に良い縁談を回していただく為、お姉様は早く御相手を見つけてください」

「腹立つわねぇ!!」

「止めなよロクサーヌ、姉さんが可哀そう」

「……ならメラニーはどんな男性と結婚したいのよ」

「え?あ、う~ん」

 

 首を傾げて考え込むメラニー。

 この子はお母様の頭の良さを受け継いで記憶力が抜群で、家に居る時は図鑑や専門書を読み漁ってる事が多い。

 双子の姉ロクサーヌと比べると算術や流暢な会話は苦手だけど、学者や作家に向いていると思う。

 ただ独特の感性を持っててあたしと違った意味で普通のお嬢様から外れてる。

 そんな妹がどんな相手と結婚したいのか、姉として興味は尽きなかった。

 

「……私と同じ物に興味を持って、おじいちゃんや伯父様みたいな体の人が良いな」

「意外ね、知的な部分だけじゃなくて逞しい相手を選ぶなんて」

「だって逞しい人なら危ない冒険先でも護ってくれるでしょ」

「…………素で結婚相手を盾にしようと考えてない?」

「…………メラニー、恐ろしい娘ッ!」

「じゃあロクサーヌはどんな人が好みなの」

「そんなの決まってるじゃない、経済力よ」

 

 ロクサーヌの回答を聞いた途端に頭が痛くなった。

 よりにもよって学園であたしやライオネルとお近づきになりたがる令嬢や令息はそんな奴ばっかなのに。

 バルトファルト家の子供と結婚すればお父様が自分や実家の出世を手助けしてくれる思ってるんだろうか?

 生憎だけどお父様は確かに新興貴族の中で一番出世してるけど政治に興味なんてない、むしろ領地で畑を耕すのが好きな農民みたいな性格だからコネなんて持ってないのに。

 お母様の実家は領主貴族筆頭のレッドグレイブ公爵家、でも実家とは一定の距離を保ってる上にバルトファルト一族はレッドグレイブ家の寄子扱いだからお祖父様に直談判した方が良いに決まってる。

 お父様がやたら王都と関わる役職を任されてるから勘違いされがちだけどバルトファルト家の実情は自分の派閥を持てるほど強固じゃない。

 そんな連中と付き合って、更に無理やり結婚なんて絶対に受け入れられない。

 あたしの人生はあたしの判断で選ばせてもらうから。

 

「別に爵位は高くなくていいわ、経済力があるなら平民でもかまわない。私は家業を発展させたり新しく商会を立ち上げたりしたいの」

「まぁ、ロクサーヌが満足なら政略結婚でも良いけどさ。相手はちゃんと選びなさいよ」

「それぐらい分かっています」

「王立学園にはあんたと似たようなお嬢様がうじゃうじゃ居るわよ。下手したらとんでもない性悪爺さんの後妻にされる令嬢も一定数いるらしいから」

「……べ、別に成功の為に危ない橋を渡らなくてはいけない時もあるでしょうし」

「結婚は賽子遊びみたいに上手くいくとは限らないわ」

「それなら姉さんの理想の相手はどんな人?」

 

 あたしの忠告に怖気づいたロクサーヌに代わってメラニーが質問してきた。

 理想の結婚相手?

 ……そう言われると真剣に考えた事は一度も無かったな。

 弱いのに威張ってるとか、実家の権力を自分の実力と勘違いしてるみたいに嫌い男なら思い浮かぶけど好きな男の理想像なんて思いつかない。

 第一あたしは初恋さえまだなのに。

 

「分かんないなぁ」

「何ですかその答え、私達にばかり答えさせて卑怯です」

「姉さんズル~い!」

「うっさいわね、あんたらは大人しくクッキーでも食ってろ」

「じゃあさ、ジェナおばさんやフィンリーおばさんみたいに行儀見習いするの?」

「或いはレッドグレイブ家に嫁ぐ、など如何ですか」

「あたしに王宮侍女や公爵家の妻が務まると本気で思ってるの?」

「…………無理ですね」

「そうだね、無理」

「ちょっとは自分の姉に気遣いなさいって」

「姉さんは結婚したくないの?」

「確かに、そもそも逃げてばかりで真剣に取り組んでいません。断る理由が無ければお母様は納得しません」

 

 理由ならある。

 なりたい自分の姿なら思い浮かぶ。

 憧れてる人達も居る。

 だけど、それが認められる事はほぼありえない。

 着飾ったお嬢様達が言い放つ。

『あの方々は特別』だと。

 小賢しい訳知り顔の大人が決めつける。

『そもそも才能が足りない』と。

 

 諦める口実ばかり探して努力を放棄した連中はそうやって自分を誤魔化してばかりだ。

 親鳥から餌を貰う雛鳥みたいに、何時か誰かが自分を助けて素敵な場所に連れてってくれる。

 そんな幻想を拗らせてより良い条件の男を選ぶ人生に自分の意思なんてあるの?

 屋敷とパーティー会場と領地内の会議場を往復する人生は本当に生きてると胸を張れるの?

 ずっと前からあたしの苛立ちは続いていた。

 王立学園に入学してから更にひどくなって八つ当たりじみた行動をしてしまう。

 憧れの存在が近くに居るのに、今の私は行儀の良いお嬢様を演じてる滑稽な子供だ。

 

「……いざとなったら神殿に駆け込むつもりよ」

「王宮侍女も出来なさそうなお姉様に神殿の女官はもっと無理です」

「姉さん、諦めようよ」

「本当に腹立つ事しか言わないわねあんた達!」

「姉さんが結婚して良いと思える相手なら居るじゃない」

「誰よそれ?」

「子爵家のアンドレです」

「はぁ~~ッ?」

 

 思いがけない相手に口から間延びした声が漏れた。

 アンドレはバルドファルト子爵家の長男、ニックス伯父様とドロテア伯母様の子で五歳ぐらい年下の従弟。

 あたし達の伯爵家と伯父様達の子爵家は同じバルトファルト一族として家族ぐるみの付き合いがある。

 伯爵家の嫡男なライオネルと子爵家の長女なテレジアの婚約はドロテア伯母様が妊娠していた頃から決められていた。

 お父様の留守中はお母様と伯父様が協力して領地を護ってるし、アンドレの後見人はお父様でいろいろな便宜を図っている。

 だからってあたしがアンドレの妻に? 一体どう考えたらそうなるのよ? 

 

「どうしてあたしが洟垂れアンドレと結婚する訳?」

「だって姉さんはよくリーア兄さんとアンドレを連れ回してたでしょ」

「あんた達があたしと遊ぶのを嫌がったからよ。ライオネルは嫡子教育を受けてたし、外で一緒に遊ぶのはリーアとアンドレしか居なかったじゃない」

「でもアンドレを可愛がっていましたよね」

「笑わせた回数の十倍は泣かせたわ。あたしが木登りしてたら登れなくて泣く、あたしが泉で泳いでたら何も考えずに飛び込んで溺れかけて泣く、あたしの後を追って迷子になって泣く。アンドレも何度も泣かされた女を好きになる物好きじゃないでしょ」

 

 そんな事が続いたせいでアンドレはあたしと遊ぶのをドロテア伯母様に禁じられた事もある。

 落ち込むアンドレを心配したニックス伯父様とお父様が説得したお陰でドロテア伯母様も渋々ながら認めたけど。

 ドロテア伯母様としては嫡男のアンドレを泣かせ続けたあたしを嫁に向かえる可能性は無に等しい。

 

「アンドレはおじいちゃんや伯父さんに背を伸ばす方法を聞いてるんだよ」

「何でまた?」

「憶えてないですかお姉様?」

「だから何を」

「学園に入学する前に『あたしより背の低い男と結婚する気は無い』って言ったでしょ」

 

 そう言えばそんな事を言ったかもしれない。

 あたしとライオネルが王立学園に通う事になって寂しがるアンドレが『いつかアリエル姉様に相応しくなります』とか言ってきたんだ。

 変な事を突然言われたせいでどんな返事をしたのか記憶に無い。

 まさか本気にして特別な訓練でもやり始めたの?

 

「可哀想なアンドレ、お姉様が恋心を分からないせいで……」

「さすがにひどいと思うよ姉さん」

「うっさい!あんた達こそアンドレの相手をしてあげなさいよ!」

「他人の恋を邪魔するなんて出来ないよ」

「全面的にお姉様が悪いと思います」

「他人事だと思って楽しむんじゃない!」

「ほう、何が楽しいのだ?」

 

 重苦しい声が扉の方向から聞こえて体が硬直する、ロクサーヌとメラニーも顔を青くして震えていた。

 恐る恐る視線を向けると腕組みしてあたしを睨むお母様が扉に背を預けて微笑んでる。

 表情は笑ってる、でも明らかに感情が怒ってるのが伝わってきた。

 長居して会話に夢中になったせいで隠れていた事をすっかり忘れてしまったあたしの不注意だ。

 

「面白そうな話ではないか、是非私も交ぜてもらおう」

「……お母様が聞いて楽しい話題とは限らないかと」

「それを判断するのは私だ、貴様ではない」

「…お母様、口調が怖くなってますよ」

「それはそうだ、何しろ躾が行き届いていない娘のせいで今の私は大層機嫌が悪い」

「もしかして、これからお説教ですか?」

「勿論、何時間続くか私にも分からん」

「お忙しいお母様の時間を浪費するのはよろしくないと思います」

「なに、今回で性根を叩き直して後顧の憂いを立てば寧ろ効率的と言って良い」

「ッ、失礼します!」

 

 会話でお母様の気を逸らしつつ窓の方向へ全力疾走、そのまま窓を押し広げて飛び降りる。

 メラニーの部屋が二階で良かった、流石に三階以上から飛び降りたら着地で足の骨が折れた。

 足首と膝の関節を使って衝撃を緩和、そのまま転がるように体勢を整えて衝撃を殺す。

 振り返ると窓辺でお母様があたしを睨んでた、悪夢に見そうなぐらいおっかない。

 恐怖のあまり考える前に体が反応する、室内用のドレスと靴のまま駆け出し庭を横切って屋敷の外へ走り出す。

 

「待ちなさいアリエル!!」

 

 お母様の声を振り切るように声が聞こえない範囲に向かって全力疾走していた。




あけましておめでとうございます。
新年初の投稿はバルトファルト家女性陣の話になります。
アリエルの目指す物が何かについては徐々に明らかになる予定。
次章はバルトファルト家男性陣のお話です。

追記:依頼主様のリクエストによりanygatsby様にイラストを描いていただきました。
ありがとうございます。

anygatsby様 https://www.pixiv.net/artworks/125719497
 
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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