婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第129章 Dress●

 ホルファート王国には『亜人』と呼ばれる者達が存在している。

 人にして人に非ず、と呼称され侮蔑と畏怖の対象だった種族がいつから存在していたのか知る者は居ない。

 何しろホルファート王国を興した国祖の時代でさえ亜人の集落が確認され複数の史書にも記されており、亜人の歴史は王国よりも長いという統治者にとって認めがたい事実を有していた。

 亜人は基本的に人間と手足が二本ずつ、目と耳が二つ、鼻と口が一つなどほぼ同じ形状の身体を備えている。

 だが細かい部分を見れば獣に似た感覚器官や人間には無い尻尾を生やしている者等もおり膂力や魔力も訓練を受けていない常人を遥かに凌いでいた。

 僅かな機関でも亜人と共に過ごせば否応なしに彼らが人間とは明らかに異なる種族である事に気付かされる。

 

 国祖達よりも早くからこの大陸に住みつき人間より秀でた亜人達がどうして国の統治者になれなかったのか?

 それは彼らの生態に根差している問題だった。

 亜人達は圧倒的に数が少ない、現在のホルファート王国に於ける亜人達の総人口は人間達と比べて百分の一以下である。

 どれだけ身体能力や魔力という個の力に秀でても、数という集の力の前には屈服する以外に道は無い。

 加えて秀でた亜人達は基本的に道具を軽視し文化や技術に頼らない生活を送っていた。

 まだ武器の鋳造技術が低く戦術も練られていない太鼓の時代に於いてなら亜人達は人間にとって凄まじい脅威だった筈だ。

 しかし牙も爪も無く寒さを凌ぐ体毛さえ持たない人間は知恵という万能の武器を備え、言語と文字の情報伝達手段を編み出した。

 人間達の技術が進歩し洗練された戦術の前に亜人達は撤退を余儀なくされ、捕虜となった多くの亜人達が奴隷の身分に堕とされたと聞いている。

 

 だが、その当時に王国を治めていた為政者達はある事を思いつく。

 膂力と魔力に秀で見目麗しい亜人達に高貴な自分達を護らせつつ慰み者にしよう、そんな下劣な思考によって亜人達は根絶の歴史を免れたのだ。

 政争で常に命を狙われる為政者にとって優れた護衛は必要であり、美男美女が多い亜人達は貴族の傍らに侍らしても文句を言われる事が少なかった。

 加えて亜人は同族間でのみ繁殖可能という生態だった、生物学者によればこの事実こそ人間と亜人が根本的に別種の生物である証明らしいが真偽は不明だ。

 いずれにせよ美しい同性異性を常日頃から侍らせていれば確実に間違いが起こるのは当然の帰結だった。

 結果としてホルファート王国貴族の多くが亜人を自分達の使用人や専属奴隷として囲うようになる。

 雇用主である貴族と肉体関係を持った専属使用人の中には家裁を執り行い主従関係が逆転した事例すら確認されている。

 この悪習は私が学園に通っていた頃、約二十年ほど前まで平然と行われていた。

 

 制度が見直される転機となったのはホルファート王国と旧ファンオース公国の戦争の勃発である。

 当時の王国は大量の腐敗貴族と敵国と内通したフランプトン侯爵派の暗躍によって崩壊の危機に瀕していた。

 腐敗していたのは貴族だけではなく、そんな貴族に仕えていた専属使用人も同じだった。

 内心では主君を見下していた専属使用人は率先して主君を裏切り対立派閥や敵国と通じ、機密情報は筒抜けにされ王国は嘗てないほど追い込まれる事となる。

 下位貴族の奮戦や平民出身の聖女が活躍しなければホルファート王国とファンオース公国の立場は逆転していただろう。

 最初の戦争では休戦協定、二度目の戦争にて辛くも勝利を収めたホルファート王国は抜本的な制度改革を余儀なくされた。

 後に改革として『専属使用人の廃止』、『亜人奴隷の撤廃』などが施行され現在に至る。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「以上がホルファート王国に於ける亜人との関係になります。これから向かうエルフの里はそうした亜人の集落では広く知られている物の一つです」

 

 説明を終え室内を見渡す、十二の瞳が全て私の体に注がれていた。

 子供達のは反応はライオネルとロクサーヌとメラニーは興味深そうに私を見ている、アリエルとリーアは何処か退屈な反応だ。

 まだ五歳のディランは内容の理解が及ばないのか周囲の兄姉を窺っている。

 全員が私とリオンの血を受け継いだ子供だがその反応はあまりにも極端過ぎた。

 知的好奇心が旺盛な長男と次女と三女は私の話を聞き入り、体を動かす事を好む長女と次男は興味が薄い。

 家督を継がない令息や他家に嫁ぐ可能性が高い令嬢であっても貴族に生まれたなら一定の知識が必要不可欠とされる。

 平時では知識を、有事には武勇を求められるのが貴族の宿命である。

 例え戦場に赴かず家政を執らない令嬢であろうとも、それは怠慢の理由にはならないのだ。

 勇猛果敢は大いに結構、だが武勇のみで生きられるほど権謀術数が渦巻く伏魔殿は甘くはない。

 特に私達夫婦の長女であるアリエルは嫁ぎ先の家格を求められるし、次男リーアはもしも当主のリオンと嫡男のライオネルを喪った場合にバルトファルト伯爵を継がなくてはならない。

 私は次男三男を嫡子の予備とは考えておらず、貴族の令嬢には最低限に知識だけあれば良いと考える楽観主義でもなかった。

 子供達全員をバルトファルト家隆盛の道具としてではなく一己の人間として扱っている。

 やや押しつけがましいかもしれないが我が子には幸せになって欲しい親心だ。

 その親心に反発し自らの幸せを模索するのもまた有史以来から続く親子の争いであろう。

 

「でも、どうしてエルフの里に行くの?」

「何でもお母様がドロテア伯母様に旅行先として勧められたらしいわ」

「あと休暇中の課題にダンジョン探索を命じられたせいよ、観光地でダンジョンがある場所なんてそんなに多くないから」

「別に僕はダンジョン探索しなくても良かったんだ、課題は選択制だからわざわざ危険なダンジョンに向かう必要なんてない」

「ま~たそうやって面倒事を避ける、だからライオネルはお父様に似てないって皆から言われるのよ」

「……アリエルには関係ないだろ」

 

 まったく、どうして性別も性格も全く異なる双子達はすぐに言い争いを始めるのか?

 憎み合うほど仲が悪い訳ではない、本人達としては軽口を叩いているだけだ。

 それでも王立学園に入学して以来ライオネルは何処か悩んでいる様子が隠し切れないし、アリエルは縁談や淑女教育を嫌がって屋敷を抜け出す事が増えた。

 思春期や反抗期と一言で表現するのは簡単だが実際に接する親の立場からすれば子供の個性は千差万別、辛うじて期待通りの反応を示してくれて安堵する時の何と多い事か。

 同時に親の望んだ反応を繰り返し続ける子供もそれはそれで危惧しなければならない。

 親が予想する範囲内で行動するのを是とすれば、やがて子供は親が教えた事を繰り返すだけの傀儡と為り果ててしまう。

 戦争で処罰された腐敗貴族の中には罪の意識すら持たないまま法を犯した者も数多くいた。

 彼は口を揃えてこう言った、『我々は罪人ではない!』『父母も祖父母も同じ事をして繰り返してきた!』『そうするようにと言われ従っただけだ!』と。

 どんなに優れた者でも過ちを犯さない者は居ない、時に大切な物を護る為に法を無視する事もあるだろう。

 だが、法を犯し自らを特例とするのは国や社会を根底から揺るがす。

 貴き者で在り続けるのならば常に他者を慈しみ自らを律する克己心を持ち続けるべきだ。

 きっと親と子の概念が生まれた瞬間から親は我が子をどのように育てるか頭を悩ませてきた筈、そのように思えばやりきれない気持ちも少しは和らぐ。

 

「でもエルフの里って一体何があるの?聞いた限りではダンジョンがあるぐらいに思えるけど」

「知らないの?エルフは美男美女しか居ないんだよ。エルフを見たい人が国中から集まってるの」

「じゃあ私が里へ行ったら求婚されてしまうかしら?」

「あ~、それは無理かも」

「どうして?」

「エルフは魔力で人を判断するんだって。どれだけ綺麗な顔をしていても魔力が少なかったり属性がおかしいとエルフにとって不細工らしい」

「えぇ?綺麗な見た目なのに顔はどうでも良いの?」

「そうみたい、目も耳も鼻も人間より凄いのに不思議だよね」

「でもエルフが魔力で判断してるなら人間は魔力が少ないじゃない。人間をバカにしてるエルフがどうして特産物扱いされている事を受け入れるのはおかしいわ」

「綺麗なエルフを遠くからじっと眺められる宿から観察するのを好きな人が何日も泊まるんだって」

「それ何が楽しいの?」

「知らない」

「貴女達にはまだ早い話です、詳しい事は大人になった後で学びましょう」

 

 流石に一部の好事家達について詳しい事実を子供達に教えるのは気が引ける。

 エルフ、いや亜人達を専属使用人という態で愛妾や男娼にする事は戦争後に定められた法令で禁止された。

 代わりに『亜人は人間ではない、即ちホルファート王国の国民ではない』という認識を打破する為にエルフを含めた亜人全員に戸籍が与える法案が可決された。

 可決されたのは良い、問題は直ぐに顕現化してしまう。

 亜人達は人間より能力に秀でているが人間ではない、故に法の及ばない職業に就いていた者達が数多く居たのだ。

 見目麗しい者達は性産業に従事し体躯が秀でた者達は荒事を任される、裏社会の人間や貴族にとってこれほど都合が良い存在は居なかった。

 違法な職場で働いている人権を度外視した者達が突然戸籍を与えられ国民として扱われる、そして王国の臣民にはことごとく納税や労役が課される物である。

 それまでやりたい放題だった裏家業に対し王国の介入を始め、待遇や脱法行為に対し口喧しく指導する上で税を求めるのだ。

 或いは戦後の治安改善と税収の増加こそ王国上層部の目的だったのかもしれない、途中までそれは上手く施行されていたと言える。

 だが亜人達は人間より優れた部分が多い、そうなると多くの報酬を求めるのは自然の流れだった。

 安く済んでいた人件費がある時から高騰し、加えて手荒に扱っても文句を言われなかったのに今では庇護と税を求められる。

 亜人達が排斥されるのは時間の問題だった、特に専属使用人は亜人にとって最も稼げる職種だったのも痛かった。

 結果として亜人達の行動は大まかに二つに分かれる、一つは違法な裏家業に従事して王国に捕縛される。

 もう一つは同族同士で集団を作り生きるか、エルフの里は古来より彼らが居住している閉鎖的な浮島だったが今では遺跡とエルフ自身を売りにした観光地として生き延びる事を選択した。

 

「でもさ、そんなにエルフが強いのにどうして人間に負けたのかな」

「さっきもお母様が言ったでしょ、数で人間が上回って発展した技術に負けたって」

「だったら数を増やせば良いじゃん。武器や弾薬も別に王国だけが持ってる訳じゃないだろ」

「それは…」

 

 リーアの質問はなかなか良い着眼点だった、普段から体を動かす訓練だけではなくこうした知的好奇心を発揮してくれるなら私も満足なのだが。

 人類が天空に浮かぶ島々を開拓して社会を構築し国の存在が生まれ始めると国同士の争いが始まる。

 まだ技術水準が低い時代に於いてエルフは途方もない脅威だっただろう。

 エルフが王族として人間を支配する世界となってもおかしくはない。

 しかし現実はエルフを含め亜人達は少数部族扱いされ、表面上だけでも国民として扱われるようになったのが子供達が生まれた頃である。

 どうしてエルフは人間を支配できなかったのか?

 戦争は身体能力の優劣だけで決まる物ではないからだ。

 

「土地が無かったからだよリーア」

「……兄さん、意味が分からないんだけど」

「僕達にとって一番重要なのは何と思う?」

「そりゃ貴族にとって大事なのは家でしょ」

「そういう意味じゃないよ。僕達にとって重要なのは働いて資産を産み出してくれる領民、もっと言えば生活基盤である浮島さ」

「領地が重要なの?」

「鳥だって休める場所が無くちゃ疲れて墜落するんだよ。翼の無い僕達にとって領地の浮島は一番大事にしなきゃいけない物なんだ」

 

 ライオネルは淡々とリーアに説明を続けているその光景を見て何処か安堵している私が其処にいた。

 妹弟達に教え諭すような口調は機知に富み弁舌も滑らかである。

 やはりライオネルを王立学園の上級クラスに編入させるようと幼少の頃から私自ら指導を続けた苦労は無駄ではなかったらしい。

 嫡子としての教育に反抗する事も無く従順で、他の子供達と比べ些か気弱で自主性に欠ける所があると危うんでいたのだがどうやら気にし過ぎたようだ。

 

「浮島は面積に限界があるんだ。住人を増やし過ぎれば食料が不足して全員が飢えてしまうんだ」

「じゃあ限界まで畑を開拓しすれば解決できるんじゃ」

「そうしたら人が住む所が減ってしまうね、人口と食料の供給が上手くいかないと叛乱が起きたり全滅する事だってある」

「お兄様、別の浮島を見つけたらどうですか?」

「昔の人もそう思って飛行船で未知の浮島を探したんだ。でも見つけた浮島に先住民が居たらどうなったと思う」

「争いが起きますね」

「そうやって昔からいろんな人達が新しい浮島を見つけたりして国が出来たり、土地を争って戦争が起きたり、欲しい物を交換してたら貿易が始まったんだよ」

「……どうして私達は浮島に住んでるのかな?」

「分からないな、古い書物でもその辺は謎のままだよ」

 

 史書にすら記されない太古の真実、その断片を私は知っているが子供達に伝える気は無い。

 知った所で世界を揺るがす事など無い、今日を必死に生きる者達にとっては旧き人類と新しい人類の相剋など目先の食糧以下の価値だ。

 しかし、やや陰気な性格と思っていたライオネルが此処まで多弁になるとは予想外だった。

 これは王立学園に入学したから培えた本人の素養なのか、それとも私の前で見せる事の無かった息子の一面なのか判別が難しい。

 何れにしてもライオネルはリオンよりも領主としての才覚がありそうに見える。

 

「昔からエルフは閉鎖的で人間達と交易する事も少なかったんだ。おまけに長寿だけど人間と結婚しても子供が生まれなくて数が増えない。数が増えなければ開拓も出来ないし兵も足りなくて軍は作れないんだよ。交易が少なければ技術だって発展しないままだ。土地を開拓して、人口を増やし、他の土地と交易を始めるのはすごく大変な事なんだよ」

「じゃあお父様って凄い人?」

「そりゃ当然さ!だって俺達の父上だぜ!」

「レッドグレイブ公爵家にご支援をいただいたとは言え、未開拓の浮島で温泉を掘り当てて他領に輸出できるぐらい作物を作れるようになったのは父上と母上が成し遂げた功績さ」

「だから今でも休暇に菜園を弄ってたの?」

「御自分でいろんな作物をお試しになられてるんだよ」

 

 子供達からリオンに対する尊敬の念を感じる、感じるのだがリオンの姿勢を肯定するのは母親としては賛同したいが妻としては受け入れがたい。

 私と出会った頃のリオンは心身が傷付き独りで別宅に閉じ籠もっていた。

 周囲の畑を耕していたは領地で育成が可能な作物を調べていたのも理由の一つだが、大部分は精神的苦痛に対して行ったある種の逃避行動だ。

 戦場に行く前の貧しく畑仕事をしなければならなかった頃と同じ生活をする事で無意識に己の心を癒そうとしていたと考えられる。

 貴族として奇矯な振る舞いを止めないリオンを利用して私を軽侮した連中への復讐を企んでいたのに絆され、遂には目の前の子供達を産む事になるとは人生とは何が起きるか分からないものだ。

 

「ねぇ、話題のお父様はどこ?」

「あれ?」

 

 子供達が父に対して意識を改めようとしている最中、当事者のリオンはこの部屋に居なかった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

『宜しいのですか?』

「何がだよ」

『単独でこのような場所に隠れ休息している事についてです』

「一人じゃねぇ、お前が居るだろ」

『このボディはあくまで宇宙戦艦に搭載された人工知能の端末に過ぎません。そもそも私を一己の生命体と認識し人類と同じ枠組みで換算するのは個体識別に於いて些か問題が生じるかと』

「お前の話は長ったらしくて分かりにくい」

『省略すれば「機械を人間扱いするのはおかしい』となります』

「だったら最初からそう言えよ」

 

 球っころ(ルクシオン)の話は知らない単語がやたら多くて堅苦しい、一行で終わる話を三行ぐらい膨らませて語り掛けてきやがる。

 しかも俺を揶揄う意図がありありと分かるからムカつく、性格悪過ぎるだろコイツ。

 

「子供六人を相手にするのは疲れるんだよ、戦闘や机仕事と子育てに使う体力は違うときてる。しかも上二人は気難しい年頃だ。俺よりアンジェの方が上手く扱えるから任せても大丈夫だろ」

『そのアンジェリカは貴方を探して船内を歩き回っています。このまま隠れ続けるか、それとも彼女に接触するか早急に判断した方が賢明です』

「相変わらずお前は訳の分からない性能してるな」

 

 しかし、どうしたもんかね?

 飛行船の甲板でぼんやり物思いに耽るのも限界か、すぐにアンジェに会いに行けば怒られる可能性は減るけど誰だって一人になりたい時があるもんだ。

 人と関わるのは嫌いじゃないけど、子供の体力は無尽蔵だ。

 何であいつら俺より身体能力が低いにいつまでも騒げるのかな?

 しかも疲れて眠り込んでも次の朝にはケロっとしてる、俺は三十代になった頃から体のあちこちにガタが来てるのに。

 

「アンジェに見つかるまで此処に居る。疲れた時は他人に煩わしい想いをされたくないもんだ」

『私が側に居ます』

「お前は人じゃないんだろ、さっき自分で言ってたじゃんか」

 

 自分の発言を言い返されて怒ったのか球っころ(ルクシオン)は黙り込んだ。

 そのまま暫くの間、甲板から空を流れていく雲をぼんやり見続ける。

 どんな雲も形がそれぞれ違って同じ物は一つも無い、おまけに時間が経つとだんだん違う形に変わっていく。

 金も物も無くて時間だけあった子供時代、家の手伝いをしながら空を見上げて雲を眺めるのが楽しかった。

 今は金と物はある程度は手に入れたけど時間が無い、ひたすら働いて家族を養って領地を護る日々。

 これが他人の羨む成功みたいだけど、休む暇さえ無くて疲れが抜けない忙しい日々を送ってみたら同じ事を言えるのか誰か試してくんないかね。

 

『しかしエルフとは興味深い種族のようです。アンジェリカの説明を盗聴しましたが私が待機状態(スリープモード)の間に旧人類とも新人類とも異なる種族が現れた。是非とも綿密な調査を行いましょう』

「俺の目的は怪しい動きをしてるエルフの確認だ、そっちは俺が居ない時に勝手にやれ」

『リオン・フォウ・バルトファルト、貴方はエルフについて何の疑問も抱かないのですか?』

「抱くも何も、エルフってのはそういう種族なんだ。仕事で関わってるエルフも居るし、逆にエルフが居ない世界ってのは想像が難しい」

 

 今回の件で関りが深いのはオリヴィア様の従者をしている男性エルフのカイルだ。

 エルフの里出身のカイルから詳しい情報を貰い、どれだけ上手く調査して何事も無く帰るか。

 それが今回の件で俺がやるべき任務でエルフの存在がどうとか歴史の探求なんて興味を持ってる学者様にお任せする。

 

『エルフ、亜人。その何れもが旧人類と新人類の抗争が激化した時代では確認されていません。僅か数千年の間に新たな種族が世界に誕生する可能性は限りなく低く何らかの意図を感じます』

「数千年もありゃ人間も耳がデカくなって尻尾ぐらい生えそうだけどな」

『特殊環境下に於ける適応進化と考えるならば説明がつきます。しかしアンジェリカは亜人が人類との交配が不可能だと説明しています。つまり生物として別種でありながら人類と同レベルの知能を有し、骨格等では大きな差が見られない。このような種族が自然発生する事はまずありえません』

「止めろ、嫌な予感がするから其処までにしておけ」

 

 球っころ(ルクシオン)と関わってから知りたくもない情報が俺の所に舞い込むようになった。

 旧人類と新人類? ホルファート王国の真実? 聖樹が生えた本当の理由?

 知るか、公表したら命が幾つあっても足りない秘密を抱えて生きる気は無ぇぞ。

 

『私は隠密機能(ステルスモード)を起動します。後は御自分で対処してください』

「何かあったのか?」

『此処にアンジェリカが訪れます』

「もっと早く言え!」

 

 球っころ(ルクシオン)が透明になって消えたと同時に甲板と船内を繋ぐ扉が開いてアンジェが姿を現す。

 あの野郎、本当に言いたい事だけ言って逃げやがった。

 恐る恐るアンジェの様子を窺う、確かに不機嫌そうだけど怒り狂ってる訳じゃなさそうだ。

 とりあえずノロノロと体を動かして立ち上がる、アンジェは俺がやる気を出さないと怒るけど体調が悪いと心配して小言を控えてくれる。

 嫌な事をしたくないから仮病を使うガキみたいだけど仕方ない、俺はアンジェに頭が上がらないからな。

 

「どうしたアンジェ?」

「姿を消した当主殿を迎えに来た、供を付けずに独りで物思いに耽るとは大層な御身分だな伯爵様」

「悪かったって、でも六人の子守りするのは流石に無理だろ」

「ならば私の手を借りれば良かろう、変な所で遠慮するな」

「見栄だよ、子供の前で情けない父親を見せたら幻滅されるじゃん」

「私の前なら良いのか」

「アンジェはとっくの昔に俺の情けない所を知ってるからな」

「せっかく子供達がお前を見直す機会が出来たのに本人が居なければ話にならんぞ」

「すまない、どうしても一人になりたかったんだ」

「何があった?」

「良い夫、良い父親、良い領主をやってんのも疲れるって話」

 

 自分で選んだ道とは言っても疲れて立ち止まってしまう時がある。

 そんな時は家族を思い出して頑張るんだけど、その家族の存在さえ重荷に感じるぐらい凄く落ち込む時が何度もあった。

 俺は口が達者で悪賢い成功者と思われてるが、本当はかなり陰気で面倒臭がりなんだよ。

 しかも今回は上の連中からの任務、球っころ(ルクシオン)の遺跡調査、加えて嫁と子供達まで同行するときたもんだ。

 念には念を入れて準備したせいで出発前から疲れてる、屋敷を留守にしがちなんで子供達との触れ合う必要もあるんだけど必要な体力が残ってない。

 

「……すまん」

「うん?」

「感情に任せてつい無理を言ってしまった、反省している」

「別に良いよ、普段は俺がアンジェに迷惑をかけてるし」

「リオンに無理をさせるつもりは本当に無かった、信じて欲しい」

「だから構わないって言ってるじゃん」

「大言を吐いておきながら私の準備で一日の遅れが出てしまった。次からはもっと上手くやれる筈だ」

「あぁ、冒険服を仕立て直したんだっけ」

 

 確かアンジェが実家から持ってきた冒険服に不備が見つかったらしい。

 それなら新しい冒険服を用意した方が早いのかもしれないがアンジェはレッドグレイブ公爵家当主の妹だ、万が一の場合があったらいけない。

 アンジェが今着ている冒険服はドレスみたいな薄さで材料やら魔法処理やらで新品なら家が買える値段だ。

 新調するより修繕した方が安く済む。

 いや、それにしても……

 

「アンジェ」

「どうした?」

「太っ…」

「太っていない」

 

 言葉を途中で遮られた。

 殺気を孕んだ視線と声で空気が凍る。

 だって仕方ねぇじゃん!何だよその冒険服!?

 胸元が開いてるし!腕は肩の辺りまで露出してるし!脚も膝ぐらいまで隠れてねぇぞ!

 レッドグレイブ公爵家は何を考えてこんな服を生まれた娘に代々着せてんだよ!?

 あれか!?冒険中そっち目的に支障が出ないようにこんな形にしてんの!?

 嫁の実家が変態過ぎて仕事に集中できねぇ!!

 

「いや、だってさ。自分が凄い恰好してるって分からない?」

「何度も説明しただろう、これはレッドグレイブ公爵家に代々伝わる由緒正しい冒険用装備だ」

「アンジェ、顔を下ろしてみろ。今にもオッパイが転び出そうだもん」

「そんな訳あるか」

「だからさ、ちゃんと自覚しろって…」

 

ムニュゥッ♥

 

 ……指差そうとして失敗した。

 俺の右人差し指と右中指はアンジェの冒険服の開いた胸元から見える谷間に吸い込まれてる。

 ヤバい、何がヤバいって柔らかくて温かくて指を抜き出したくない。

 おまけに指を動かすとアンジェは顔を赤らめて色っぽい声を出す。

 

「こらリオン、止めないか」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 もっと激しく拒絶してくださいアンジェリカ様。

 これじゃ目的地に到着する前に俺の精魂が尽き果てます。

 王都から戻ってから今日まで十日以上経ってるけど夫婦の営みは途絶えたままだ。

 流石に子供同伴の時に事を及ぶほど俺もアホじゃないぞ。

 何で俺の嫁さんはこうも俺を滾らせるのが上手いのか?

 必死に理性を総動員して指を抜く、人差し指と中指に残った感触と温かさが名残惜しい。

 

「……私は船内に戻る」

 

 ちくしょう、また仲直りの切っ掛けを失った!!

 アンジェが扉に消えたのを確認した後、思いっきり叫びをあげる。

 

『リオン・フォウ・バルトファルト、貴方は凄まじく愚かです』

 

 黙れ金玉、好きでバカやってる訳じゃねぇ。




今回の挿絵イラストは酩酊ろっぱ様に書いていただいた物になります。(https://www.pixiv.net/artworks/113740025
エルフに関しては原作設定準拠、政策については原作小説8巻以降のホルファート王国の性情を参考にしました。
奴隷や賤民に権利を与えても表面上は平等でもいろいろな問題が噴出するのは現実も同じです。
次章からはいよいよエルフの里に到着、原作キャラも登場予定です。

追記:依頼主様によりやむっ様にリクエストのイラストを描いていただきました。
ありがとうございます。

やむっ様 https://www.pixiv.net/artworks/126554304(成人向け注意
 
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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