婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
飛行船の窓から浮島を見下ろすと大きさの違う飛行船が十数隻ほどが浮島に接岸していた。
個人で操縦が可能な小型飛行船から大量の荷物を運搬する輸送船まで種類は様々だ。
何処の領地もそうだが浮島の空港は基本的に二種類が作られる。
一つは大量の荷物を運搬する輸送船、大量の人々を運ぶ定期船、王族や高位貴族が所有してる大型飛行船が停泊する大きな空港。
もう一つは個人所有の小型飛行船が停泊する小さな空港である。
正式な使者として訪れるならともかく、何日宿泊するかも分からない観光客の飛行船を停泊させて貨物の積み下ろしを滞らせる事はまずありえない。
黒い蟻程度の大きさに見える誘導員の指示に従い、指定された別の場所へ私達が乗った飛行船がゆっくり移動を開始する。
エルフの里がある浮島の来賓用空港は一角の森を乱雑に切り拓いて作られたのだろう、ろくに整地されておらず舗装も無い地面は所々に雑草が生い茂り空港とは名ばかりの代物だ。
おそらくは増加した観光客用として新たに作られたばかりの空港なのだろうが、これ比べたら私が初めて訪れた頃のバルトファルト領に空港の方が整備が行き届いてた。
そもそも亜人達の専属使用人が法によって禁止され、人間の来訪を必要最小限に留めていたエルフの里が本格的な観光地に変わってからまだ十年未満である。
内心では人間を軽侮しているエルフが飛行船関連の設備に注力して建設するかは疑問だ。
貨物用の空港もそうだが働いている者達の殆どは人間ばかり、エルフや亜人は見渡しても片手で数えられる数だけしか見られない。
彼らが金で雇われた人間なのは明白であり、観光地という外聞に反してどこか人を拒む異質な雰囲気に満ちていた。
我々の飛行船が着陸すると入領審査官らしき男達が近づいて来たのが見える。
審査官との交渉はリオンに任せていたので私は子供達に準備を急かす。
こうした場では部下に取り次がせるよりも最も地位が高い者が応対した方が此方側の要求が通りやすくなる。
金で雇われている審査官なら間違いなく平民か、或いは法に通じた下位貴族出身者だろう。
観光地で金を落とす高位貴族が相手ともなれば強気には出られまい。
いかにも『成り上がり貴族が家族総出で観光地を訪れた』という偽装の為に子供達を同行させ、念の為に空賊避けと称して鎧まで持ち込んだ。
此処まで大量の武器を所持しても賄賂を握らされてたら法を順守する審査官は少ない、領内への持ち込み制限を口頭で注意勧告するのが精々であろう。
予めリオンとの打ち合わせを綿密に行っていたが問題なく事が進むか不安だった。
しかし私達の要求は呆気ないほどすんなりと通ってしまい、あまりの肩透かしに此方が戸惑ってしまう程だ。
手続きを経て入領を認められたのは私達夫婦、子供六人、護衛三人の計十一人。
飛行船に残る三人は有事に備え、リオンから船内での待機を命じられていた。
審査が終わった後、私達は飛行船を降りて徒歩でエルフの里へ向かう。
普通の領地なら十人を超える集団の移動に馬車を使うのが通例だが此処には馬車が存在しない、そもそも馬事態が飼育されていなかった。
仮に馬車があっても整地も舗装もされていない荒れ道は最悪の乗り心地であろうから、逆に徒歩の方が効率的なのかもしれない。
気位が高い貴族ならこの状況に憤慨してもおかしくないのだが、伯爵家の子供達は辺境で育った影響なのか悪路に不満の声を挙げない逞しさだ。
まだ幼く私やリオンに手を繋がれたディランはともかく、令嬢然としたロクサーヌや室内で過ごしがちなメラニーすら黙々と歩き続けている。
アリエルとリーアに関しては歩くと言い難い速度で駆け抜け視界から消えていた。
護衛に荷物を預けさせず、本人に持ち運ばせるべきだったか?
私達一家に同行させた三人は使用人兼護衛と申請したが実際は領軍の中でリオンに見込まれた兵士達だ。
その三人が私達から一定の距離を保ちつつ背後に控えているのは否応なしに圧迫感を感じる。
「……いつも通りに行動してくれ」
リオンが私に顔を動かさぬまま語り掛けてきた。
間に入ったディランは父の言葉に気付いてもいない、視線を向ける事もなく口の動きを最小限にして会話を行うリオンからは既に平常時の緩みが消えている。
「空港の辺りから視線を感じる、たぶん誰かが俺達を尾行してるな」
「……まさか私達の目的を勘付かれているのか?」
何気ない夫婦の会話を装いつつ周囲を見渡す。
目に映るのは生い茂った木々と草むらのみ、私には人どころか獣の気配さえ察知できない。
だが幼い頃から家族の食料を確保する為に狩猟や釣りを行い、歩兵としての従軍した経験を持つリオンの勘は私など到底及ばないほど鋭いものだ。
そんな彼が何者かの気配を感じている、来訪者である私達に興味を持ったのか監視目的なのかは不明だが置かれた状況は決して良い物ではない。
「それは無いだろう、少なくても俺がエルフの里に行くのを知ってるのは聖女様とジルク、あとは御付きの奴らだけだ。俺を邪魔して得するような奴は一人も居ない」
「ならば余所者を警戒した里の者だと?」
「俺達を狙ってるならもっと上手く隠れるか、逆に敵意を剥き出しにする。どうも妙な感じだな」
「……同行したのは失敗だったな」
上手くやれるつもりだったがリオンの斥候としての能力は非常に優れている。
殆ど戦闘経験が無い私やまだ身体の未熟な子供達など逆にリオンの重荷になりかねない、気持ちが逸って逆に迷惑をかけてしまったな。
「いつも通り行動してくれたら良い、単なる家族旅行と思われるのが一番だ。調査に関しては俺と部下達で何とかするから安心しろ」
「……分かった」
「なんの話?」
「パパとママだけの秘密だ」
「ふ~ん?」
訝しむディランの問いかけを流しつつ暫く歩み続けると森の中に漸く集落らしき場所が見えてきた、森と峡谷に挟まれた場所に木造の住宅が幾つも建ち並んでいる。
先に到着した子供達は目を輝かせて初めて見るエルフを注視していたが、反対に私は何処か冷めた気持ちで里のエルフ達を眺めていた。
まだ公爵令嬢と王都で暮らしていた頃、貴族達がエルフや亜人を専属使用人として侍らせていた光景をどうしても想起してしまう。
見目麗しい専属使用人を我先と求める貴族達の振る舞いに顔を顰めた者は居ても口に出して咎める者は殆ど居なかった。
人材派遣という名目で奴隷売買や中間搾取を犯す斡旋業者、内心では人間を見下しながらも金銭で男娼も厭わない専属使用人、自身が恥を晒してるとも思わず専属使用人と肉体関係を持った貴族。
そんな連中の殆どが王国を蝕む腐敗貴族であり、戦後に行われた綱紀粛正によって一掃された。
思い返せばレッドグレイブ公爵家は専属使用人を雇っていない。忠誠心ではない金銭による主従関係を恐れ、妊娠の可能性が皆無だからと淫らな行為に耽る可能性を、徹底的に排除したのだろう。
子供の教育としてエルフの里は不適切かもしれないが、人が生来持っている闇を忌避し過ぎて危機管理能力が全く育たないのも考え物だ。
貴族に必要なのは物事を把握する眼、豊富な知識と正確な判断が出来る頭脳、誘惑に屈さず不正に立ち向かえる心。
敢えて毒を飲ませて免疫を付けさせるのも親の愛情だと、自分に言い聞かせつつ里の中を進み続けた。
里の中心からやや外れた場所に来るとエルフよりも人間の数が徐々に増えてくる。
服装を見れば高価な装飾を施した服を纏う者達と簡素だが丈夫な服を纏う者達の二極化が顕著だ。
本来ならばエルフや観光を目的とする富裕層、ダンジョン探索で収入を企む冒険者が同じ場所に居るのは好ましくない。
観光客同士の諍いが起きる可能性は増える上に、富裕層を狙った窃盗や強盗が起きかねないからだ。
私とリオンも領地にある温泉を観光資源化した際には一般客向けの宿泊施設と貴族や富裕層向けの宿を分けて建てる程度に観光地の治安維持は難しい。
こうした場所に於いて統治者がどれだけ訪れる者に心を砕いているのか、それはやがて人から人へ伝わり領地全体の評判となって現れる。
周囲を見渡しても人間が多くなるほど反比例したようにエルフの姿が減っていく。
治安維持の為に雇われたらしき官吏達も見受けられるが里全体の安全を保つには数が足りないように見受けられる。
エルフの里は賑やかさに比例して安全とは言い難い場所、それが私の第一印象だ。
辿り着いた富裕層向けの宿泊施設は建造されてそれほど年月が経っていないのだろう。
建物全体が新築に近い輝きを放ち、鉄と混凝土を材料として建てられた建造物は木造住宅が多いエルフの里の中で異質さが一際目立っている。
中に入ると出迎えるのはまたしても人間、部下達から手荷物を受け取って部屋に案内する使用人さえ人間だった。
礼服を優雅に着こなし貴族への対応として申し分ない仕草を見せられるとこの場所が本当にエルフの里なのか分からなくなってしまう。
宿泊する部屋はリオンを中心とした男性部屋と私を中心とした女性部屋に部下達が泊まる部屋の合計三室。
案内された部屋は宿泊施設の上層階で窓からこの浮島と里を見渡せ少し心が弾む、どうせならリオンの任務など関係無く家族全員でこの場を訪れたかった。
「良い部屋じゃないか」
「公爵邸に比べたら質素だがな」
「領主貴族筆頭で王位継承権持ちなレッドグレイブ家と比べられても困るんだけど」
「それを言うなら私達の屋敷は狭苦しい物置になってしまうぞ」
「奥様、戻ったら屋敷の改築が必要ですか?」
「そうだな、お前が私にこれ以上の子供を産ませるつもりなら必要だな」
「……ごめんなさい、調子に乗りました」
リオンの冗談を受け流すと備え付けの椅子に座ってゆっくり体を伸ばし全身の凝りを解す。
部屋に到着してからというもの、子供達は互いの部屋を行き来したり窓から里の景色を眺めて興奮するなど忙しない。
最年長のライオネルですら非日常の体験に何処か忙しなく体を揺すり続けている。
もっと早くから家族団欒の機会を増やすべきだったか?
思い返せば仕事で他領や王都に出掛けるリオンだけではなく、領地経営や貴族としての作法や基礎教育に厳しかった私も子供達からすれば恐ろしい母だったかもしれない。
幼少期の頃から公爵令嬢と次期王妃としての教育を受け続けた影響で無自覚に私自身と同じ水準を我が子に求めていた。
私の教育に耐えられる子供なら問題は無いが、資質に欠けた子の将来を案じるあまり、自分が思い描く幸せを子供達に押し付けていたのでは?
振り返ると一番騒いでるのは末子のディランと長女のアリエルだった。
……前言撤回しよう、少なくとも淑女として家の恥と為らない範囲で礼儀作法を躾けなければ嫁ぎ先どころか個人の幸せすら覚束なくなってしまう。
室内に響く程度の強さで両手を叩く、騒いでいた子供達は音に気付くと私の周りに集まって口を閉じる。
何故か子供達に混じってリオンも居たがこのまま話を進めよう。
「静かになりましたね。貴方達はバルトファルト伯爵家の血を継ぐ子供です、常に周囲の目を意識して行動するように心掛けなさい」
「「「はぁ~~い」」」
「よろしい、まず里に於ける貴方達の行動について教えます。基本的には宿泊施設を中心に行動してもらいます。施設内でも互いの部屋を行き来するのは認めますが、他の階や外に行く際は必ず誰かと行動を共にするように」
「それは必須ですか?」
「勿論です、最年長のライオネルとアリエルは弟と妹の世話をしっかり見なさい」
「分かりました」
「え~、面倒臭いなぁ」
「年長者の務めです。外出する場合は必ず護衛を同行させる事、旅行先で貴族の子供を拐す悪人は何時何処に潜んでいるかわかりません。旅先でも決して油断せずに気を張りなさい」
「「「はい」」」
「少し経ったら私とお父様は出掛けます。戻るまで人に迷惑をかける行いは慎むように」
「「「はい」」」
不断に比べて随分と子供達の聞き分けが良い。
旅行先ではしゃぎ、今も部屋から飛び出して行きそうな子供達に一抹の不安を感じるものの、やはり母親としての愛しさが勝る。
何かつけて文句を口にする事も多いが親に対しては素直に従ってくれる子供達だ、旅行先での浪費も多少はお目こぼししてあげよう。
「お母様は一緒に出掛けないのですか?」
「先程も言った通り私とお父様はこれから二人で出掛ける予定があります」
「どこに行くの?」
「それは、」
「ダメよメラニー、お母様がお父様と一緒に出掛ける予定なんて逢引きに決まってるじゃない」
……私の娘は何処からこうした知識を仕入れてくるのだろう?
長女のアリエルは覇気が強過ぎ、三女のメラニーは好奇心旺盛だが貴族の嗜みに興味が薄く、そして次女のロクサーヌは姉妹の中で最も貴族令嬢としての資質に富むが要らぬ知識まで吸収していた。
貴族の婚姻は家同士の利害関係による政略の一つと嘯きながらも道ならぬ恋や色事に対し年齢以上に耳年増である。
「姉上、『あいびき』って何?」
「ディラン、お前はまだ知らなくていい」
「あら、お姉様。知識はちゃんと幼い頃から学んだ方がよろしいのでは」
「……不潔」
「二人とも止めろ、いくら何でも配慮に欠ける」
「無駄だよ兄上。ロクサーヌと姉上は反りが合わないし」
ロクサーヌの発言によって子供達が騒ぎ始めた、池に投げ込まれた小石が波紋を産み池全体を波立たせるように子供達の甲高い声が広がっていく。
ライオネルは弟妹を必死に宥め、アリエルは末子に要らぬ知識を仕込むと憤り、リーアは事態の収拾を諦め、ロクサーヌは姉を揶揄し、メラニーは我関せずを決め込み、ディアンは純真無垢に尋ねる。
こうも騒がれては事態の収拾は困難だ、一人一人に詳しい説明をすれば分かってもらえるだろうがあまり時間はかけなれない。
「その通り!俺とアンジェはこれから出掛けてイチャイチャするッ!!」
「リオンっ!?」
「なのでちゃんと留守番してるように!ライオネル、長男のお前が指揮しろ!」
「は、はい」
「他の皆もちゃんとライオネルに従って良い子で待ってなさい!」
「「「はい」」」
「それじゃあ、行くかアンジェ」
「…………」
強引に押し切られてしまった、リオンは私の手を取ると足早に廊下を駆け抜けた。
まだ伝えきっていない事もあるのに、幾ら何でも無理やりが過ぎる。
ついに受付へ辿り着くと外出の旨を伝え宿泊施設の外に飛び出す、先程の発言から外出まで二百秒も経っていない。
リオンのこうした機微は指令が僅かな時間遅れるだけで甚大な被害を出す戦場で培われた物だろう。
要約した目的を手短に伝え、責任者を指名し、全体に命を下して即座に行動に移す。
私には出来ない見事な手際だった、問題は子供達に対するリオンと私の威厳が根こそぎ消失するような事である。
「どうしたアンジェ、何か不満か?」
「大有りだ、戻ったらあの子達にどんな顔で接したら良いと思っている」
「俺とアンジェがイチャついてる所なんて全員見てるだろ」
「我が子達を放置したまま逢引きするような親と思われるのが問題なんだ!」
「大丈夫だって。父さんと母さんも昔から俺達をそっちのけでイチャイチャしてたけど、家族仲は良かったし」
「夫婦が仲睦まじいのは喜ばしい事だと認めてはいる。だが一族間で常態化するのはおかしいだろう」
「俺の嫁になったのが運の尽きだと思って諦めな」
にこやかに受け流すリオンの尻を思いきり蹴り飛ばしたいのを必死に我慢する。
やり方としては強引だが確かに時間の短縮になったのは事実。
これから里の調査に入る上では私達の顔が知られていない内に行動を開始した方が良い。
諜報や戦闘に関して私はリオンの足元にさえ及ばない女である、此処からは彼が指揮官だ。
「それにさ、二人っきりで旅行先を散歩するってのも悪くないだろ」
「……これは王都と聖女からお前が指名された任務の筈だが」
「だからってずっと気を張ってれば集中力も切れる、適度に力を抜きつつ最低限の注意を払うのが上手くやるコツさ」
「いつまで経ってもリオンは領主や父親になりきれない男だな」
「そんな俺が夫なのは不満か?」
「……お前を夫に選んだのは私の意思だ。己が選択した結果であるなら受け入れるしかない」
先程の仕返しとばかりな私の辛辣な返答に対してリオンは不満げに睨んでくる。
その顔が何処か可笑しくて自然に口元が綻ぶ。
やはり子沢山な家庭ともなれば自然と妻より母として振舞う機会が否応なしに増えて所帯じみてしまうようだ。
私は母となり子供達へ注ぎ注がれる愛情が年年増えてきたが、リオンから注ぎ注がれる愛情もまたより多く求めている。
目的地に向かうまでの僅かな夫婦水入らずの時間を愉しんでも罰は当たるまい。
何処か浮かれた足取りのまま、私達は結婚して子供達が生まれる以前の初々しい気持ちで手を繋ぎ見知らぬ土地を満喫した。
エルフ達が多い地域のやや外れた行き交う者も疎らな里の端、私達の目的地は其処にあるらしい。
あるらしい、私が其処を詳しく知らないのは場所を知っているのがリオンのみだからだ。
そのリオンも手書きと思しき地図と正確に測量された地図を何度も比較しながら目的地を探っている。
何やら宝探しのようで少し楽しかったのだが、苦労の末に漸く終着点が見えたようだ。
「ここだと思う、自信無いけど」
「せめて胸を張って断言できないのか」」
とはいえリオンが不安になる気持ちも分かった。
目的地らしき木製の住居は他の住居から離れた場所に建てられ森の中の一軒家に近い。
建物自体も何処か古びてエルフが多い地域の華やかさや観光客で活気に満ちた地域とはまるで違う。
まるで猟師が狩猟の為に立てた山小屋のような簡素な作りの古惚けた家は明らかに今まで見てきた里の光景から浮いていた。
とはいえ眺めているだけでは状況が変わりはしない。
意を決したリオンが扉を数回強く叩く、家の中から返事は無かった。
時間を空けてもう一度だけ叩いてみるがやはり反応は無い。
「留守か?」
「かもしれない。時間を改めるか、それとも別の日に回すか」
諦めて来た道を戻ろうとしていた矢先に何かが私達に近づいて来る。
森の緑と勘違いしたせいで反応が一瞬遅れた、特徴的な耳の形状から目の前の相手がエルフと察した。
深緑の長髪、黄色がかった瞳、美しいよりも可愛らしいという形容が似つかわしい外見だ。
年齢は十代後半から二十代の前半に見えるが長命種のエルフが外見で年齢を察するのは難しい。
自分の子供と同年代に見えるエルフが親より歳上だった事例など珍しくもなかった。
「……あの、うちに何か御用ですか?」
どうやらこの家の住人らしい、待ち人来れりだ。
だが私達夫婦を見つめる彼女の瞳には明らかに怯えの色がある。
無理もない、如何に魔力に富んだエルフとはいえ見覚えの無い成人した男女が家の前に佇んでいれば警戒するのは当然だ。
更にリオンは鍛え上げられた肉体に加えて顔に大きな傷跡がある、生まれた時からリオンの顔に慣れ親しんだ家族はともかく初対面の者から誤解されやすい外見だった。
「ユメリアさんですか?」
「……はい、そうです」
「俺はリオン、こっちは妻のアンジェ。貴女に渡す物があって此処へ来ました」
リオンはユメリアに警戒されないよう顔を努めて笑顔を作る。しかし熊や狼が獲物に舌なめずりするようで、逆効果だ。
ふと違和感に気付きリオンの視線を追う。その先にあるのはユメリアの豊満な乳房だった。
可愛らしい外見に不釣り合いなほどにユメリアの胸部は豊満で、質素な服の上からでさえ存在を強調している。
瞼と口元がピクピクと痙攣し感情が徐々に沈んでいく、気が付くと私の肘がリオンの脇腹にめり込んでいた。
「うぐぁ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「お、おかまいなく……」
「…………」
呻き声を上げ蹲ったリオンを冷ややかに見下ろす。
浮気者め、飛行船で里を訪れる途中に私の胸を触っていたくせに。
自業自得の行いで苦しむリオンはどうにか痛みを堪えて立ち上がり懐から封筒を取り出した。
封筒の柄からそれが神殿が連絡に用いる物であり、さらに蝋封に施された印章は送り主が神殿に於けて地位が高い者である事実を示している。
こうした神殿が用いる数々の道具を偽造する事は法で禁止されている。もし発覚すれば極めて重い刑罰に処される為、割りに合わず、偽造する者は殆ど居ない。
封筒に記入された送り主の名を読んだユメリアの表情が若干緩む、どうやら私達が害意ある相手ではないと理解したようだ。
「カイルのお友達ですか?」
「友達というか、仕事の付き合いがある感じです。今回はエルフの里に用があったんで、そのついでに」
「私は王立学園に通っていた頃に何度も見かけました、聖女オリヴィア様の使用人をしていた頃も存じています」
「それじゃあ、貴族の方なんですね?」
「まぁ一応は貴族の端くれかな」
「な、なら立ち話も何ですから家の中に!あぁっ、でもこんな汚い家に御二人をお迎えしたら無礼ですよねっ!里のお店にご案内した方がよろしいですか!?」
「こちらで構いませんよ。聞きたい話もありますから」
慌てふためくユメリアはころころと表情を変えながら小動物のように慌てふためく、そんな彼女をどうにか宥めて家の中に誘導する。
先に家に入ったユメリアは室内の片づけを行うからと家の外で待たされた。
それを無礼だと苛立つほど私は狭量な女ではない。今も腹の奥にある憤りは別の理由だ。
「アンジェ」
「何だ」
「痛かった、めっちゃ痛かった、すごくすっごく痛かった」
「自分の行いを省みろ。胸が大きい女が相手なら見境ないのか貴様」
「そんな事ないって、つい目で追っただけだから」
「以前から言っているが、お前が目で追うのは私の胸だけにしろ。妾が欲しいのならば私に話を通せ」
「俺も前から言ってるだろ、妾は要らないってば。あとアンジェのオッパイは世界一」
「全く誉め言葉になってない」
まだ憤りは残っていたがこの場は話を切り上げておこう。
そもそもリオンが私以外の女への目移りや私の胸に触れたのは知らぬ間に彼が欲求不満に陥っているのかもしれない。
リオンが領地に戻ってから半月程の時間が経過しているが、私達の閨はその間も途絶えたままだ。
いや、王都に滞在している期間も含めれば数ヵ月になってしまう。
結婚してから六人もの子が生まれた夫婦の閨が突然途絶えたなど異常事態と言って良い。
リオン本人すら気付かぬ間に私への不満を抱えても何ら不思議ではなかった。
ドロテアも『色衰えて愛弛む』と言っていたではないか。
知らず知らずの内に正妻という地位と己の才覚を過大評価してリオンの気持ちを蔑ろにしていた。
そんな思考が頭の中を巡り、リオンに対して申し訳ない気持ちになってしまう。
この任務が終わり次第、私の方から閨の誘いをするべきだ。
ならば一刻も早くリオンの重荷を減らしてやろう。
「お待たせしました、どうぞ中へ」
慌てて室内を片付け、息を切らせているユメリアの言葉を聞き流しながら、私達は家の中へ足を踏み入れた。
今章の挿絵はAPple T様にリクエストしたイラストを使用させていただきました、ありがとうございます。(https://www.pixiv.net/artworks/119218526
ユメリア登場回、同時にやや旅先でどこか浮かれてるアンジェ回になります。
今作に於けるユメリア・カイル親子の詳しい説明は次章になりますが、基本的には原作で語れている『6人目の攻略対象』成分が多めです。
他の原作エルフキャラも登場予定。
追記:依頼主様によりちくでん様、ほげお様、白董様にリクエストのイラストを描いていただきました。
ありがとうございます。
ちくでん様 https://www.pixiv.net/artworks/126606248(成人向け注意
ほげお様 https://www.pixiv.net/artworks/126692911(成人向け注意
白董様 https://www.pixiv.net/artworks/126716596(成人向け注意
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。