婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
「俺を伝説の勇者扱いするのは構いませんけど問題を解決できるとは限りませんよ」
「まず里長の占いがどんな物かお教えください。先程は里を災厄が襲うと言われましたが」
「どのような災厄かは私も詳しい事は知りません。未来を占えるのは里長のみですから」
「…………」
正直、訳が分からなさ過ぎて文句を言いたい。
歴史の闇を知った三十代の大人になれば世界には聖女様や聖樹の巫女様みたいに俺の想像もつかない不可思議な力を持った奴らが本当に居るのは知ってる。
だけど一度も会った事が無いエルフが口走ったよく分からないな占いに命を賭けるほどガキじゃないぞ。
そもそも占い否定派なんだよ俺は。
「埒が明きません、里長に御目通りを願いたいのですが」
「難しい話です。近頃の里長は高齢に加え心労で床に臥す時間が多く、面会してもきちんと受け答え出来るか不安があります」
「無礼を承知で訊ねますが、里長はご病気で?」
「……里長はこの里で最も長く生きている御方です、高齢に加えて里のエルフや観光客との軋轢によって衰弱が激しいのです」
「それは知りませんでした」
「ここ最近、約二十年程は気鬱の症状に悩む事が多くなりました」
二十年がここ最近ですか。
人間だったら生まれたばかりの赤ん坊が成長して大人になるぐらいの時間ですけど。
エルフの時間感覚に人間の俺は慣れそうにないや、隣のアンジェも戸惑ってるし。
占いについて問い質したいけど里で一番偉い年寄りに無理を言って面会するのは難しそうだな。
周囲の目もあるから下手に接触すれば今後の行動にも支障が出かねない。
ここは大人しく補佐役さんから情報を得た方が良さそうだ。
「確か里長の占いは『冠無き王が里を災厄から護る』でしたっけ?」
「要約すればそうです。正確には『背負いし原罪により我ら危機に瀕す、古の魔王と同盟を結びし黒き甲冑を纏う冠無き王、里を襲いし災厄を打ち払い安寧を齎すものなり』と仰られました」
「原罪ってのは?」
「里を襲いし災厄も何かの暗喩でしょうか?」
「私には分かりません。里長の占いは里長のみ窺い知れる物です」
その災厄ってのが一番重要なんですけどね。
突然の天災なのか、未知の疫病なのか、空賊の襲来なのか、戦争の勃発なのか。
具体的に何が里に起きるか分からないと俺にはどう対処したら良いか判断できない。
幾らでも解釈が出来そうな占いだから選択肢が多過ぎて困るし、俺が里に持ち込んだのは数人と護衛とそこそこの銃火器に専用の鎧が一つ。
これで対処しろってのもかなり苦しいぞ。
「そもそもの話、どうして俺がその『黒き甲冑を纏う冠無き王』だと思ったんですか?」
この辺りを突き詰めないと話を進める気にどうしてもならない。
波乱に満ちた人生を三十年も送ってりゃ世の中には理解できない不可思議な出来事とか、権力者に不都合だから抹消された歴史の真実みたいな物が存在してると嫌でも気付く。
戦場で仲間だって思ってた奴に裏切られて窮地に陥ったり、相手を罠に嵌めたと思ったら逆に罠に嵌められてた状況で死にかけた経験も五度や十度ぐらいは経験してんだ。
優しいけどおっかない聖女様が俺の命を狙うとは考え難いけど、側近にはエルフの里出身のカイルが長年仕えてる。
エルフの里に起きた問題が大事になる前に俺を使って事態の収拾を図ったり、マズい状況になって神殿や聖女の権威が落ちる前に俺を切り捨てる可能性は考慮しなきゃいけない。
王宮勤めで国家機密を掌握しようとしてるジルクにとっちゃ領主貴族のくせに王家に気に入られてホルファート王国の裏事情に詳しい俺は目障りのはずだ。
しかも俺は今回の件が終わったら暫くは領地に引っ込むつもりだったけど、王家の監視が届かない場所で何か起こすと疑われるのは納得できる。
ただでさえレッドグレイブ公爵家からアンジェを嫁に貰ってるし、領主貴族を警戒する宮廷貴族は俺を失態を望んでる奴が居るのはこっちも把握済みだ。
まず最初に向こうから接触して来た補佐役の女エルフが誰かの支持で罠に嵌めようとしてないか確かめる必要があった。
「先程も申し上げた通り、里長の占いによって導かれた『黒き甲冑を纏う冠無き王』が貴方だと推察しました」
「ですから何故?失礼ですが占いで日時や名前まで指定された訳じゃないでしょ」
そこまで正確な占いが可能なら俺の手なんか借りずに状況をどうにか出来ただろう。
詳しい事情は分からないけど、余所者な俺の力を頼ろうとしてる時点で里長達が追い込まれてるのは確実だ。
俺個人に恨みやら妬みやらを持ってる連中に協力して罠に嵌め、後でそいつらから力を借りるような密約があってもおかしくない。
相手からの信頼は大事だけど、同じぐらい相手を疑う事も貴族が家を護る為には必要な技能だ。
そもそも旅先で綺麗なお姉さんに口説かれて賭け事や酒盛りで尻の毛まで毟り取られるぐらい金を巻き上げられるなんて珍しくないからな!
「……この里を訪れる為に用いた飛行船の規模、貴方の奥方から感じる気品、必要書類に記入された身分と名前。そして何より貴方自身が放つ存在感から判断しました」
「渡された書類の滞在目的には『観光』と記入したはずですよ。子供達を連れた俺がわざわざ騒動を起こしに来たと思ってるなら誤解もいい所だ」
「本当に観光に来たのなら飛行船を降りて里に向かう途中で潜んでいた私の気配に気付く筈はありません」
どうやら見張ってると感じた気配の正体はこの補佐役さんらしい。
まさかこの里で二番目に偉いと思われるエルフが直々に俺達を見てたとは思わなかった。
そうなるとアンジェに注意を促した所も見られてる可能性が高い、下手に誤魔化そうとすれば逆に付け入る隙を与えかねない。
「貴方が無理に抑えようとしている存在感、隠しきれない身のこなし、衣服の上からでも見て取れる戦闘の傷。この里に滞在している者で最も強く最も身分が高い人間が貴方だと判断しました」
「俺は元軍人な領主貴族に過ぎませんよ、とてもそこまで過大評価されるような人間じゃない」
「ご謙遜を。貴方の御力は私がこれまで見て来た人間の中でも最上級に近い物です」
「最上級、ですか?」
「えぇ、ここ最近で見た人間なら聖女殿とその一行に次ぐ実力だと感じました」
そういう評価が一番困るんだよ。
どうもホルファート王国の奴らは戦争で国を護った聖女様と五人の英雄を絶対視し過ぎて、会話どころか声をかけるのさえ恐れ多いと考えてやがる。
神殿の象徴な聖女、旧ファンオース公国領を治める新公爵、諜報機関の切れ者、武勇轟く冒険者、剣聖の称号を継ぐ者、辺境領の守護者。
他の国から武に秀でて粗暴な冒険者の末裔と陰口を叩かれる王国の中でも最上級の強さだ。
年寄りにも若造にも同年代にも実力が拮抗した奴がほぼ居ない、精々が剣聖と呼ばれてるクリスの親父さんぐらいだろう。
そんな英雄達をこき使うのが後ろめたいのか、実力が一段劣る俺にばっか面倒事が押し付けられる。
俺は使い勝手の良い廉価品じゃないんだよ、自分の不始末ぐらいは自分で解決してくんないか。
「俺の実力を見込んで協力を申し込んでも解決の糸口にはなりませんよ。俺はあくまで王家から与えられた領地の統治権を与えられた新興領主です」
「私達は貴女に何をどうすれば良いか助言する事は出来ます。しかし里の問題について干渉できる権限はありません。問題を解決するのはこの里のエルフ達本人であり、それが無理なら王都に直訴された方が宜しいかと」
少しだけ嘘を吐く、俺は情報機関の協力者として今回の件に関してはある程度の権限を与えられていた。
銃火器の使用許可、鎧の使用許可、住居への強制立ち入り捜査許可、関係者に対する尋問許可。
お偉方が直々に調査するような事件を任された捜査官が与えられる凡その権利は承認済みだ。
極端な話、目の前にいる補佐役さんを拘束した後に拷問を加えて事情聴取しても国が認めるなら俺の行為は正当化される。
それにアンジェの実家は準王族で領主貴族筆頭のレッドグレイブ公爵家。
俺の捜査方法を咎めれば娘婿に汚れ仕事をさせてる上層部を批判する格好の材料になるし、後でエルフの里にそれなりの便宜を図れるはずだ。
そこまでやっても俺にエルフの里がこの先どうなるかまでは責任を持てなかった。
最終的な判断を下すのはこの場に来ず王都の会議室で資料を読み上げて法律や貴族間の利害関係を配慮するお偉方。
どこまで行っても俺は誰かに使われる猟犬で、飼い主の投げた球を加えて持ち帰るしか出来ないし万人を救えるだけ力なんて無い凡人だ。
何より俺は他力本願な奴らが大嫌いなんだよ。
自分の弱さを言い訳にして自力で解決する気が無い奴はいつも面倒事を強い奴に押し付けやがる。
失敗すれば頼った相手が悪いと批判しやがるし、成功すれば何かがある度にまた強い奴を頼ってどこまでも厚顔無恥に堕ちていく。
困ってる奴を見捨てるほど薄情じゃないが、得にならない善行を自分から進んでやるほど俺は善人じゃない。
「御二人のご意見は尤もだと私達も思います。本来はこの里に生きるエルフの問題、我々の手で解決するのが正しい道だと理解はしているのです」
「ならエルフで解決すれば良いんじゃ?」
「ですが出来ない事情があるのです。今の里では里長の言葉に耳を貸すエルフは少数しか居ません」
言ってる言葉の意味が分からない、里長ってのは里で一番偉いはずだろ。
それなのに里に住んでるエルフはほとんど耳を貸さないようだ、それじゃとても里長と言えないぞ。
自分を里長と勘違いしてる占いが上手いお年寄りエルフじゃねぇか。
「事の発端は聖女殿が里を訪れた時です。当時この里は閉鎖的で最長老の里長と実務を行う村長が協力して村を治めていました。当時の村長が専属使用人を務めた経験と資産に我々も随分と助けられていたのです」
「……正直、私はあの方を好きになれません。カイルが売られた切っ掛けの一部は私とあの子が村長に敵視されていたからですし」
どこかのんびりとしているユメリアさんの顔に明らかな嫌悪感が滲み出てる、どうやら当時の村長って奴は同族から見てもいけ好かない奴だったらしい。
まぁ、俺も専属使用人のエルフに関しちゃあんまり良い感情を持ってないのが本音だ。
子供の頃はゾラやメルセに従って俺と家族を愉しそうに苛める亜人連中を好きになれる方がおかしいからな。
そんな専属使用人は戦争が始まったら主人だった人間を捨てて逃げる恩知らずばっかで、アンジェ達を襲ったゾラの仲間に亜人は居なかった辺りあいつらが互いを信用してないクズの集まりだったと後の調査で知った。
「聖女殿が英雄達を伴い里を訪れたのはカイルをユメリアに会わせる他に里の遺跡を調査する目的でした。篤実な御方でしたので里長は遺跡の調査を御認めになったのです」
「当時の里は遺跡を開放してなかったんですか?」
「里長は人間を差別せず交流を忌避しません。ですが人間と関わりを持ったエルフが昔ながらの生活を捨て欲に溺れ奴隷に身をやつす事態を憂いていました。『王国が生まれてからエルフは変わってしまった』と嘆く姿をよく見たものです」
俺も一応は領主の端くれだからその辺の気持ちはよく分かった。
領民を飢えさせず領地を発展させる為には産業を興して金を稼ぐ必要がある。
稼いだ金で領地を豊かにすると今度は金の匂いを嗅ぎつけたガラの悪い連中が押し寄せて治安が悪化するのは避けられない。
治安を維持するには人員が必要、その人員を確保するにはさらに多くの金が必要になる。
そうやって領主はずっと金稼ぎに勤しむ道しか残されていない、領地で一番偉い領主でも自分の思い通りに支配できた奴なんてろくに聞いた憶えが無かった。
「話を戻します、聖女殿は調査の過程で村長と一部のエルフが王国に対して不正を行い反逆を企んでいる証拠を発見しました。彼女達の迅速な行動によって計画は事前に阻止されたのです」
「あの人達なら可能でしょうね」
「当時は戦争中に多くのエルフが公国に寝返り処罰されていたのです。事件が公になればエルフに対する偏見と弾圧は更に厳しい物となる、そうならないように聖女殿は証拠の大部分を処分しました。私達に伝えられたのも断片的な情報に限られます」
聖女様が俺にエルフの里の調査を依頼する時の歯切れの悪さはそこが原因か。
過激派エルフだった村長達の企てがどんな物か分からないけど、あの聖女様が眉を顰めるのはよっぽどひどいもんだったと反応で分かる。
それこそ人命が失われるような事態だったんだろう、自然に囲まれて美しいエルフが住むこの里がひどく歪んで醜い物に見えてきた。
「新しく村長に就任したエルフも嘗ては専属使用人でした。彼は他のエルフと比べて人間に対する偏見も少なく、王国の官吏との交渉も巧みでしたから自然な成り行きで村長に就任したのです」
「話を聞くだけでは特に問題があるよう見えませんが」
「彼が就任した当時はエルフに関して複雑な事情が起きたのです。人間の貴族に雇われた専属使用人の多くが内心では主を蔑視し、更には敵国へ情報を流す裏切り行為にさえ加担しました。事態を重く見た王国は専属使用人を法で禁止しました」
「当時の王国はファンオース公国の侵略は退けましたが大量の人員を失い国庫も空に近い情勢でした。裏切り者への粛清も苛烈で、その中にはエルフも多く含まれていたと記憶しています」
「処罰されたエルフもいましたが刑罰を免れたエルフも多くいました。しかし罰金や減刑の為に賄賂を行ったせいで財産をほぼ失った者が後を絶たなかったのです。エルフは貴族達に雇われましたが王国の民として扱われていない。身を護る術は金銭しかありません」
どれだけ外見の美しくても自分を裏切った奴を赦す奴は稀だ、むしろ美しさが騙しの手段に見え始めて癇に障る事だってあるだろう。
今まで高い金を払い挙ってエルフや亜人を専属使用人にしていた貴族達の狂乱は簡単に想像できる。
腐った貴族は非を認めない、忠誠心が欠片も無い奴を雇った自分の判断を棚に上げて専属使用人に全ての責任を押し付けた。
当時の俺は貴族になったばかりで領地の開拓に必要な人手がとにかく足りなかった。
だからエルフや亜人でもちゃんと働くならそれなりの賃金を払って雇った上に、領民になるつもりなら入植すら認めたもんだ。
結局そいつらの大部分は領地に残る事はほぼ無かったけどな。
相手が人間なら上司や貴族相手でもあからさまに見下していたし、専属使用人だった頃の贅沢が忘れられず金遣いも荒かった。
仕事場に来なくなって家を訪ねたら家が空になってた事は一度や二度じゃなかった。
善良な亜人も居るには居たけど態度が悪い同族のせいで居場所を無くし、結局は周囲との軋轢を回避する為に多めの退職金を払って辞めてもらったりしてる。
こういう種族間の差別は人間同士の諍いより根深いと分かったのが領主として手痛い教訓になった。
「行き場を無くしたエルフの多くが里に戻ってきました。ですが急激に増えたエルフ全員を飢えさせない程の蓄えは当時の里には存在しません。加えて王国は今まで国民として扱っていなかったエルフや亜人に戸籍を与える代わりに税や労役を課したのです。里は更に困窮し暴動さえ起きかねない状況に陥りました」
「実情を知らないお偉方は『新しく畑を作れば良い』と無責任に呟くもんですよ。樹木を切り倒し土を耕した後に種を蒔き安定して作物を収穫できるまで数年、下手すりゃ十年はかかる。その時まで何人が飢え死にするかさえ思い至らない坊ちゃん嬢ちゃんばかりで嫌になる」
「……随分とお詳しいのですね」
「よく勘違いされますが俺の専門はむしろそっちの方なんで」
補佐役さんが意外そうな顔で俺を見つめてくる。
このやり取りを爵位を貰ってから二十年近く繰り返してきたから嫌でも慣れるけどうんざりだ。
顔の傷のせいか初対面の奴らのほぼ全員が俺を戦好きの成り上がり者だと思い込みやがる。
俺は争いが嫌いだしのんびり畑を耕して悠々自適な隠居生活を送りたいんだよ。
期待させて悪いけど俺の実態はそんな程度さ。
だから里長から聞いてる『冠無き王』ってのが俺だと決めつけるのはかなり危ないだと思うんだけどな。
「困窮する里を救ったのは今の村長の提案でした。彼は解決の方法を外に見出したのです。この里をさらに開放して観光客を招く事で金銭を稼ぎ、そうして得た資金で食料を買い付け王国へ納める税に宛がいました。提案は成功し里は救われ彼は村長に就任したのです」
「そりゃ良かった、問題解決じゃありませんか」
「しかし里の開放は新村長と里長の軋轢を生みました。特に聖域である遺跡への立ち入りを新村長が認めた事で里のエルフ達は二つに分かれてしまったのです」
「遺跡とは観光名所とされているダンジョンでしょうか?」
「あそこは長年に渡りエルフの聖域として扱われてきたのです。この地に住まうエルフが訪れる事はありましたが、宝探しの名目で多くの人間が訪れ遺跡は荒らされました」
ばつの悪そうな顔をしたアンジェが視線を逸らす、まぁ仕方ないよな。
ホルファート王国は冒険者が興した国だから冒険者の地位を護る為にギルドが作られて王族でも手出しが出来ないし、冒険に必要な力を養ってたせいで他の国より屈強な奴らが増えた。
他の国じゃ冒険者は流れ者や墓荒らし扱いで嫌われる存在だし、ホルファート王国の人間を『蛮族の末裔』として忌み嫌う国も多い。
エルフの里みたいに宝物狙いの連中に聖地を荒らされたらそりゃムカつくのは無理もない話だ。
「遺跡の開放を止めるって意見は出なかったんですか?」
「里長を筆頭に遺跡の立ち入りを禁じていたエルフも居ました。ですが里の困窮した状況を打破した新村長に『また貧しい暮らしに戻りたいのか?』と言われたなら多くのエルフは従わざるえないでしょう。里長を支持する者達は立ち入りを妨害したが多勢に無勢、逆に古い掟に縛られる里長こそエルフを衰退させた元凶と言われてしまえば黙秘するしか道はありません」
「……そりゃキツいっすね」
「里長はお優しい方なのです。長年に渡って里の平穏を保つ為に尽力してきました。エルフの里に王や領主などの身分制度が無いのは、エルフの総数が人間と比べて少ないので、争いを興さず互いに手を取り合って暮らそうという考えに基づく物です。新村長は有能ですが人間を雇って運営に従事させ里を繁栄させています。古き掟に囚われる私達こそ里に相応しくないのかもしれませんね」
難しい問題だな。
新村長の政策にしても飢えたエルフを救おうと行動した結果が聖域を観光地にする合理的な判断だ。
里長にしても補佐役さんの慕い方から頭の硬い性格じゃなさそうに見える。
だけどこれは住民の問題であって他所の領主が口出しするような問題じゃないし、そもそも里には方針を決める領主も土地を護る軍も無い。
問題解決する手っ取り早い方法は王国のお偉方に直訴する方法だ。
俺の調査結果をジルクかオリヴィア様に伝えて何とか解決案を出してもらうぐらいしか思いつかない。
「それに加えて新たな問題が起きました」
「まだあるんですか?お腹いっぱいだから勘弁してくださいよ」
「かつて聖女殿が捕まえた前村長とその一派が刑期を終えて里に戻りました」
「脱走した訳ではなく満期釈放されたなら問題ないでしょう。長命種であるエルフを数十年、いや数百年も服役させるのは人間社会にとっては現実的ではありません」
「僅か十数年の服役です。人間の皆さんにとっては長い月日かもしれませんがエルフにとっては十年二十年は最近の扱いです」
ダメだ、エルフと会話してると時間の感覚がおかしくなってきて目眩がしてきた。
だけど十数年がついこの間と感じるならいろいろ面倒な事が起きそうだ。
犯罪者ってのは数ヵ月で改心する奴も居るし終身刑や死刑になっても最期まで改心しない奴だっている。
あの優しい聖女様が捕まえたってんならかなりヤバい事を仕出かした奴の可能性が高い。
ろくに反省しない過激派エルフが釈放されて故郷に戻ったら観光地化して人間がたくさん。
これじゃ騒動の種にならない方がおかしいに決まってる。
「里のエルフはそもそも人間を毛嫌いしていた、専属使用人として人間に仕えて嫌悪し始めた、窮地を脱した後に遺跡を踏みにじる人間に怒りを覚えたと理由は様々ですが内心で人間を嫌っている者が多く居ます。閉鎖的な里の暮らしで人間と関わる機会が少なかったエルフが人間の冒険者と触れ合う機会が増え、諍いを起こす事も珍しくなくなったのです」
「嫌な流れだ、下手すりゃ住民と観光客の争いじゃなくて人間とエルフの全面対決になりかねない」
「そんな時に前村長が里に戻りました。ずっと里長を支持していた者や新村長に同調していたエルフが前村長を支持して浮島の中に新たな村を築きあげたのです」
「御言葉ですが、今の状況なら王都へ報告が伝わっている筈です」
アンジェの言葉に補佐役さんが首を振った、どうやら事情があるらしい。
同時にジルクの奴が、いや聖女様と五人が里の問題に一歩引いてるか理解した。
エルフにとっちゃ二十年は最近だ、前村長を捕まえた六人は過激派エルフにしっかりと顔を憶えられて可能性が高い。
加えてここに住んでるのは人間じゃなくてエルフ、異種族が混じったら目立つに決まってる。
魔力の扱いに長けたエルフを相手するのは骨が折れる仕事だ。
そうなるとこの任務に適任な奴は自ずと限られてくる。
くそっ、しくじった。
こうなる事が分かってたらアンジェ達を同行させなかったのに。
下手に観光客を装ったせいで家族を巻き込んじまうなんて。
今からでも遅くない、さっさと皆を帰らせるべきか?
「情報を握り潰しているのは新村長でしょう。観光で潤っている里の評判が落ちれば里が再び飢えるのを恐れているのです」
「気持ちは分かります、でも抗議した方が良いでしょうに」
「聖地である遺跡を護る為に前村長に付いた者達も新しい村へ向かいました。ちょうどその頃からです、遺跡を訪れた人間が何者かに襲われるようになったのです。遺跡に赴いて行方不明になった冒険者も出てきました」
「……その情報も握り潰された、そういう訳ですね」
「はい、状況を食い止めようとした里長はついに心労で倒れてしました。今の我々にはこの状況を齎したのが前村長なのか新村長なのか、それとも両者が協力して引き起こしてるのかすら判断できません」
思った以上に酷い状況だ。
ジルクやグレッグはこの情報を知ってたのか?
いや、あいつらも把握しきれてないと考えた方が妥当だ。
聖女様達は紛れもなく天才なんだけど自分と他人の力量差をいまいち把握してない。
自分が出張ればすぐに問題解決するせいでやたら前に出たがる、だけど今回みたいな隠密任務に関しちゃまるで向いてない。
美男美女で目立つ上に顔を把握されてる、この里を訪れた瞬間から絶え間なく監視されるだろう。
「お願いします『冠無き王』、どうか我々に協力していただけませんか?」
その呼び方、止めてくれませんか。
外道騎士といい、どうして俺の呼称はひどいもんばっかなの?
きっと前世でよっぽどひどい事したんだろう、泣きたい。
今回の挿絵は鈴原シオン様に描いていただきました、ありがとうございます。(https://www.pixiv.net/artworks/122100889
ようやく騒動の発端まで来ました。(長かった
原作で語られたエルフの里の設定からかなりオリ設定を加えているので原作未読の方はご注意ください。(今更
モブせかのエルフは一部を除いて役職や外見で語られ実名が不明なせいで書いてて判別できなるから難しい。
追記:依頼主様により埋理郷様、毛蟹様、ピザシー様にリクエストのイラストを描いていただきました、ありがとうございます。
埋理郷様 https://www.pixiv.net/artworks/127145811(成人向け注意
毛蟹様 https://www.pixiv.net/artworks/127161334(成人向け注意
ピザシー様 https://www.pixiv.net/artworks/127197772
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。