婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第134章 砦

 空港が建設された浮島の端、観光客や冒険者を迎え入れる為の歓楽街、昔と変わらぬ生活を営み続ける村。

 各々の集落から離れた場所に存在してるソレは周囲と比較して明らかに異様な雰囲気を醸し出している。

 種族的に自然を尊ぶ傾向のエルフであるが、ホルファート王国の発展と共に何時しか経済的な観念を優先するようになった。

 辺鄙な浮島で木と土と布を組み合わせた家で清貧な生活を続けるより、貴族の下で稼いだ金銭を惜しみなく使って鉄と石材を用いた王国風の住居を求める。

 だがソレは穏やかな日常生活を営む為に建設された住居とは違っていた。

 周囲に森林が無いのは飲み水を確保する為の川が近くにあるだけではない。

 周囲に生い茂った森を切り拓き木々を建材として用い、土を掘り返し川の水を流し込む事で飲み水の確保と同時に防壁を形成している。

 加えて木々を組み合わせて作られた物見櫓さえ遠目ではっきりと視認可能。

 ソレは明らかに集落や村ではない、砦や要塞という呼称が似つかわしい建造物であった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 若いエルフの頭の中を占めている思考は『早くこの退屈な仕事が終わらないか』、それのみである。

 隣で同じように門番に見つからないようにこっそりと欠伸を噛み殺しながらひたすらに時間が過ぎ去るのを待つ。

 若いとは言っても種族間の相対的な物であり、人間なら孫の孫の孫に世代が変わるほどの実年齢だ。

 如何にエルフが長命種だろうと無為に過ごす時間は拷問に近い、然りとて職務放棄すれば待っているのは村長からの苛烈な叱責なのだから我慢する他に無い。

 

 こんな筈ではなかった。

 

 そう思いながら今度は溜め息を呑み込む。

 少し前に人間の国同士で戦争があった、その頃の里は人間の貴族共にしばらく仕える出稼ぎで随分と潤っていた。

 人間などたった数十年で老いて死ぬ生き物だ、適当に相手をすれば上手い具合に暫く食うに困らない金を持ち帰り気ままな生活を送れたもんだ。

 そんな良い時代はいきなり終わった、人間達が英雄などと崇めてる連中と戦争が原因らしいが詳しい事情は分からない。

 まず最初に村長と数人のエルフが王国の兵に捕まって投獄された。

 どうやら聖女とか言う人間の調査で村長が何か悪巧みをしていたのが露見したらしい。

 まさかという驚き、やっぱりなという納得、これから里は一体どうなるんだという困惑。

 さらに凶事は続く、里のエルフ全員が三つの感情が入り混じる不安になった直後に起きた戦争。

 

「エルフや亜人の専属使用人を嫌ってる外国が勝てばエルフの出稼ぎが減るな」

 

 大半のエルフ達はその程度の気持ちで戦争を対岸の火事としか考えていなかった。

 率先して王国を護るつもりも戦場に赴く主人への忠義すら持ち合わせず、むしろ狡猾な商人のように率先して外国へ情報を漏らし最後の荒稼ぎを行う者さえ居た程だ。

 だが王国はエルフや亜人の予想に反して滅亡の危機を脱した、詳しい話を聞くと村長を捕らえた者達こそ救国の聖女と英雄らしい。

 それほど優れた者達だから村長達の企てを見抜けたのだろう、そこに憎悪は無く現状を受け入れる道しか残されていない諦観があった。

 

 戦争から暫く経った頃、エルフや亜人は一気に苦しい立場に追い込まれる。

 王国では戦争の際に敵前逃亡した貴族や主君を裏切った騎士の多くが裁かれる事となった。

 地位と名誉を剥奪され追放か投獄、最悪の場合は民衆の前で見せしめとして無慈悲に処刑される。

 貴族でさえ例外無く苛烈に裁かれたのだ、王国に於いて異種族のエルフや亜人への慈悲など期待できる物ではない。

 見た目の美しさや魔力の多寡など裏切られた怒りの前では薄紙のように儚く千切られる。

 エルフや亜人達をある程度の権利が保障された専属使用人ではなく、全員を捕らえて牛馬のように扱うべきという意見が王国上層部の会議でさえ議論された。

 

 そんな窮状を救ったのはまたしても人間の聖女だった。

 聖女も幼いエルフの少年を専属使用人として雇用していたらしい、しかもその少年とは里の中で侮蔑されていたハーフエルフ。

 薄汚い混じり者と関わりを持った聖女の説得によってエルフは総奴隷化を免れた、逆に王国の民として戸籍を与えられ形の上ではエルフは王国を構成する部族として扱われるようになる。

 

 問題はすぐに表面化した。

 それまでエルフは王国と付かず離れずの関係であり、国民ではないからこそ納税や労役を免除されていたのだ。

 しかし王国に迎え入れられた影響でそうした特別待遇は無くなってしまう。

 新たに発生した問題を解決しようとしてもどうにもならない。

 エルフが一番稼げる専属使用人は法によって禁止され、人身売買で繋がっていた闇商人の多くは戦後に行われた逮捕劇で摘発済み。

 何より今まで人間社会に寄生する形で生きていたエルフ達は勤労意欲や奉仕精神など持ち合わせていない。

 税金によって大した稼ぎにならない仕事、体力ばかり消耗する労働、何より軽蔑している人間に使われるという屈辱感。

 かと言って高齢のエルフ達のようにありのままに生きていくほど清廉潔白な性根ではない、あの欲望渦巻く煌びやかな王都での生活は田舎暮らしでは一生味わえない刺激に満ちていた。

 

 やがて里の中に閉塞感が満ちた頃、あるエルフ達が里の改革を掲げて行動を開始する。

 彼らは専属使用人として人間に仕えたが、愛人としてではなく能力を見出され執事や家令として長年に渡り仕え続けた者達だった。

 人間に仕えた頃に付き合いがあった貴族を頼りに里の発展を計画し、王国が新たに作った金融機関から多額の金を借り入れてエルフやダンジョンを資源とした観光地化に成功する。

 王国の貴族や冒険者が数多く訪れるようになった里は賑わいを見せ、エルフの歴史に於いて前人未到の発展をしたように周囲からは見えただろう。

 

 だが争いの火種とは文化が発展し新しい道具が開発される度に生み落とされる物だ。

 人間の赤子が少年に成長する時間などエルフにとっては季節の変化程度の些細な時間に過ぎない。

 急激な変化に順応できない里長を中心としたエルフが保守派となり、改革を断行し新村長に就任したエルフと意見の相違により諍いが増え始めた。

 里を訪れる人間の冒険者は気が荒い者達ばかりで、見目麗しいエルフを見ればまるで男娼や売春婦のように扱われる。

 対策として歓楽街を設けたが、それでも里を訪れる人間によってエルフの生活は脅かされた。

 さらにエルフ達の中に明確な身分や資産による格差が生まれ、富める者はさらに富めるが貧しき者はいつまでも貧しいまま。

 閉塞感が憎悪や憤怒に変わるまで時間は然程かからなかった。

 

 一触即発の雰囲気が里中に漂い始めた頃、意外な者が里を訪れ状況に変化を与える。

 聖女に企てを見破られ二十年近くも投獄されていた前村長とその一派だった。

 どうやら戦争からある程度の期間が経ち投獄者の家族や関係者から恩赦を求める声が王国のあちこちで起きているようだ。

 前村長もそうした例に漏れず恩赦が与えられたようだ、或いは親エルフ派の貴族や新村長の働きかけによるものかもしれない。

 舞い戻った前村長達はすぐに里のエルフ達を説得する為に奔走し始めた。

 

『今こそ我々はエルフの誇りを取り戻すべきだ』

『人間に媚び諂い施しを受ける生き方を恥じないのか』

『優れたエルフこそがこの地を治める正しき権利を持つ』

 

 日に日に里が人間達に侵食される事へ苛立ちを感じていたエルフ達にとって前村長の発言は麻薬のように魅力的だった。

 あの時、確かに前村長は皆にこう告げていたのだ。

 

『世界をひっくり返す方法を知っている』

 

 それが何か知る事も無いまま多くのエルフ達が村を出奔して前村長の側に付いた。

 保守派のエルフも改革派のエルフも同じように自分達の将来に不安を抱えていたに違いない。

 戦争から僅か二十年足らずでここまで王国は変化している。

 これからエルフはどうなってしまうのか?

 王国の方針によってエルフという種族その物が消え去る可能性さえ十分にあり得る。

 だからこそ前村長の言葉に従って村を出たはずなのに。

 

 村や歓楽街から離れた場所に集まったエルフ達は前村長に従って新たな村を作り始めた。

 だが、それは昔ながらの生活以上に過酷な強制労働の始まりに過ぎない。

 そもそも前村長の性格がどのような物か、長年の付き合いで里のエルフ達は知っていたはずなのに僅か十数年程度の投獄と里の急激な変化で忘れるとは。

 あの男は専属使用人として稼いだ金を元手に狡猾な手段を用いて村長の座に就いた。

 表面上は王国の貴族と懇意である態度を取り繕っていたが、人間の目が届かない場所やエルフの前ではあからさまに侮蔑している言動を里の者なら誰でも知っている。

 聡い人間は前村長の性格を見抜いて距離を置き、付き合いがあるのは後ろ暗い事に手を染めた貴族だけ。

 かと言って同胞たるエルフに対して親身な指導者かと言えばそれも違う。

 身分の低いエルフ、能力が劣るエルフ、貧しいエルフに対して侮蔑と嫌悪を隠そうともしない。

 要は己とその側近だけを特別視して他の者全てを隷属させなければ気が済まない男なのだ。

 そんな男が本当にエルフの将来を憂いているのか、甘い言葉に惑わされる前に気付くべきだった。

 

 斧と鋸を使って森を切り拓き、鍬や鋤を用いて土を掘る。

 そうした作業の全てが人力で行われた。

 昔ながらの住居ならまだしも、王都の生活に慣れたエルフは人間の家に準じた住居を建てる際には王国の職人を雇っていたがそれすらしない。

 

『人間は信用ならない』

 

 その言葉の下にあらゆる作業をエルフ自身の手で行わなければならなかった。 

 どれだけエルフという種族が長寿で魔法に優れていようと技術に於いては人間に劣る。

 今まで建築作業に携わった事など一度も無い男衆は勿論、力で劣る女衆すらも作業に駆り出されるか世話役を任じられた。

 さらに作業の遅延は一切認められず、前村長達に報告する度に怒号と罵声が飛び交う有様だ。

 慣れない作業による疲労が齎した不満や苛立ちは蓄積され、やがて前村長達への反抗心に変わっていく。

 これでは里の状況と何ら変わらない、いや扱いに関しては此方の方が劣悪だ。

 現状を憂いたエルフ数名が待遇に前村長達に詰め寄った、それが彼らの最期となってしまう。

 或いはそんな状況が訪れる事を前村長達は織り込み済みだったのか。

 次の朝、変わり果てたエルフ数名の遺体が作業中の現場から発見された。

 前村長達は不幸な事故死と主張したが誰の目にも犯人は明らかだ。

 遺体には暴力による傷が多数発見され、中には拷問痕や弾痕すら存在している。

 

 もはや抵抗の意思は完全に挫かれてしまった。

 前村長達の見せしめは十分な効果を発揮し、生き残った者達は戦々恐々としながら従う道しか残されていない。

 土を掘り返し土嚢を作り、伐採した木々を加工して丸太にする。

 抉れた大地に川の水が流され堀となり、垂直に埋め込まれた丸太は塀と化す。

 出来上がったのは不格好な砦だった、こんな物を築く為の作業と見せしめで何人ものエルフが命を落とした。

 徒労感に苛まれても喪われた命は戻らない、自分もそうして骸になっていたのかもしれないのだから。

 

 砦が完成してからも前村長達はエルフ達を解放しなかった。

 むしろ秘密が発覚する事を極力避けるように監視を続けている。

 今では櫓まで築かれて砦の外はおろか内にまで監視の目が途切れる事は無い。

 自分の安全の為に仲間を密告する事さえも推奨された状況で前村長達が何を企んでいるのか此処に来たエルフの殆どは知らないままだ。

 前村長達はしばしば砦の外へ赴き、日が沈む頃になると戻ってくるの繰り返し。

 時間から浮島の外へ行くのは考えにくいが、人間が増えたこの里で一体何をしているのか?

 しばらく考え込んだが答えは出ない、その辺りで思索を打ち切った。

 横目で自分と同じように門番の任に就いた年若いエルフを見る。

 疑心暗鬼に満ちた砦で少しでも怪しい行動を行えばたちまち密告されてしまう。

 お互いがお互いを信じられない状況では今を生きる為に心を殺す事しか出来ない。

 このまま時間が過ぎ去るのを待つのが最善だ。

 

カンッ カンッ カンッ カンッ

 

 突如、頭上から金属音がけたたましく鳴り響いた。

 櫓で周囲を見張っているエルフが何らかの異常を周囲に知らせている。

 一瞬だけ自分の思考が無意識に漏れてしまったかと慌てたが、よくよく考えて頭を振って迷いを払う。

 そんな訳が無い、鳴らされた金属音の感覚からして何者かが砦に近付いているのだろう。

 腰にぶら下げている棍棒を掴み不測の事態に備える、銃火器の装備は前村長達が独占している。

 魔法の使用も制限されて、所持を許可されているのは工具を改造した刃物か新たに制作した鈍器程度だ。

 

 警戒音に促されて周囲に注意を払う、すると遠目に人影が見えた。

 のそのそと鈍い動作は人よりも飼い慣らされた牛や馬に似た雰囲気を醸し出している。

 あまりに遅い歩みに苛立たしさを感じる、こちらの方から近づきたい気持ちもあるが持ち場を離れる訳にもいくまい。

 漸く話せる位置まで近づいた相手は実に見窄らしい姿だった。

 俯きがちな猫背な上に歩行に支障が出るようながに股、おまけに乱れた髪と土気色の肌に加えて顔には大きな傷痕がある上に角ばった頬。

 何処から見ても醜いという印象しか相手に与えない容貌だ。

 しかも身に纏っているのが年代物の革製の鎧一式に加え、腰にぶら下げている古惚けた剣と大きな鞄のみ。

 未熟な冒険者なら微笑ましく思えるかもしれないが、あまりに異様な風貌に嫌悪感が先立ってしまう。

 年齢は老人ではないが若いとも言えなかった、そもそも長命種のエルフからすれば人間の年齢など子供・大人・老人程度しか判別できない。

 この醜い男は何用でこの場所を尋ねたのか?

 

「止まれ!この場所は人間の立ち入りを禁じている!」

 

 一応の警告は出しておく、人間は嫌いでも殺せば面倒な事になりかねない。

 もし目の前の男に仲間が居てエルフが仲間の命を奪ったと騒がれたら面倒な事態に発展する。

 不味い事に前村長達は今日も外出していた、勝手な判断を下せば問い詰められるのはこちらの方だ。

 

「はぁ、かにな。こごはダンジョンではねか?」

 

 ひどく訛った言葉遣いだ、おまけに声がくぐもって聞き取りにくい事この上ない。

 何処の田舎者だろうか?

 人が集まる王都に居た頃でさえ、ここまで酷い訛りは聞いた事は皆無だ。

 

「わっきゃダンジョンさ向がってあったはず。すたばて気付いだっきゃこごへたどり着いであったんだ」

「…ここはエルフの居住地であってダンジョンではない」

「こごさダンジョンはねのだべが?」

「ダンジョンは村や歓楽街の方が近い。速やかに引き返すんだな」

 

 どうやら冒険者らしいが、それにしてはあまりに身のこなしがお粗末過ぎる。

 恐らくは何らかの事情があって仕方なく冒険者なった元農夫といった所だろうか、動きが鈍重過ぎて冒険者としての鍛錬をしたとは考え難い。

 ただでさえ下手に人間と関わりを持てば裏切り者の烙印を押されかねない状況なのに、醜く訛りが強い男など相手にしない方が賢明だ。

 

「だばっておっかね建物だな。中で何すちゅのだべが?」

「ここはエルフの居住地だ。余計な詮索はしない方が貴様の身の為だぞ」

「すたばてわっきゃ稼ぐ為さ島調べでら、この場所さ宝はねか?」

「宝など無い!さっさと失せろ!」

 

 焦れた仲間が棍棒を振り上げて威嚇し始めた、強引なやり方だが確かに効果はある。

 数日に一回はこうして道に迷ったか宝目当てに浮島内を歩き回る冒険者がこの場所に辿り着く。

 大人しく去るなら良し、そうでないなら実力でお引き取り願うのが門番の役目だ。

 

「わんつか、いぎなり何するんだが!?」

「貴様らのように禁足地を荒らす冒険者共のせいで俺達の生活が脅かされる!薄汚い人間はさっさと消えろ!」

「わっきゃなんもすてねぞ!」

「たかが人間風情が生意気な口を!」

 

 訛りの強い人間も不愉快ではあるが、いちいち反応して憤る同胞も同じぐらい不愉快だ。

 見た限りでは率先してエルフに危害を加える男には見えない。

 それならば説得を試みた方が早く解決しそうだ。

 興奮する二人の間に割って入り背中が曲がっている男を上から見下ろす。

 

「人間、大人しく引き返せ。我々とこれ以上の関わりを持とうとするなら実力で追い払う以外無い」

「……分がった、なの指示さ従うじゃ」

「よし、このまま来た道を引き返し里に戻れ。そして誰かにダンジョンの場所を尋ねるんだな」

「そいだばなのしゃべるどおりにすてみる。そいだば」

 

 納得したのか冒険者は指示に従って来た道を戻り始める。

 時折こちらの気配を窺いながら後姿は森の中へ消えていく、漸く見えなくなった頃に体の緊張を解いた。

 随分と大人しく素直な男だった、性根が悪い男ではないのだろう。

 一方で隣の同胞はまだ憤懣やるかたないらしく、しきりに体を震わせて地面に唾を吐き捨てる。

 人間とエルフ、これではどちらの品性が良いのか分からなくなってしまう。

 こんな状況ばかりが続いている事を前村長達は本当に把握しているのか?

 エルフの未来を想像すればするほど暗澹たる気分に陥る、心中に付き纏う迷いを払い除けるように幾度も頭を振った。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

『視認限界距離からの離脱を確認しました』

「あの櫓からも見えなくなったか?」

『はい、あの砦から私達を視認するのは不可能です』

「だからって安心は出来ないぞ。なんせ相手は耳長のエルフだ、こっちが気付かない微妙な変化を察知するかもしれないからな」

 

 周囲に気を配りながら周囲から見え難い木陰に隠れる、球っころの索敵の精度はそれなりに信用できるが念には念を入れた方が良い。

 口に含んでいた綿を吐き出し、土で汚した髪と顔を手拭いで何度も拭き終わるとようやく安心できる。

 そのまま着込んでいた革鎧の嵩張る手甲と肩当てに脛当てを取り外す、但し胴部分はそのままにしておいた。

 次に鞄に入れてあった冒険用の戦闘服を革鎧の上から着込み、取り外した部品を入れ替わり収納する。

 薄汚くて醜い冒険者から休暇にダンジョン探索を楽しむ貴族様にたった数百秒で変身だ。

 さっきまでエルフの砦に接近した冒険者と今の俺が同一人物だと見張りのエルフ達も気付かないだろう。

 

『相変わらず見事な変装ですね、領主や貴族よりも冒険者や芸人の才能が秀でているのでは?』

「誉めてるように全然聞こえないぞ」

『そんな事はありません。染髪や変装ではなく動作と言葉遣いで別人と認識させる技能は賞賛に値します』

「お前が言うと皮肉っぽいんだよ」

 

 諜報活動に変装は欠かせない物だけど必ず道具がすぐ側にある状況とは限らない。

 それなら常に変装道具を持ち運ぶより顔付きや言葉遣いで別人と認識させる技を修得した方が任務を熟せる。

 俺の顔にはデカい傷痕がある、人目を傷痕に集めて目や鼻や口といった部分の配置を憶えさせないにも立派な変装手段だ。

 顔に傷痕があるだけで同一人物と断定するのは意外と難しいし、バルトファル伯爵という肩書を使えば迂闊に問い詰める事も出来ない。

 それに今回の相手は顔よりも魔力の量や質で判断するエルフが相手ときてる。

 いかにも愚鈍な冒険者を装えばエルフ達の油断を誘える、人間もそうだけど自分が優秀だと思い込んでる奴ほど相手が自分より劣ってると判断した瞬間から警戒心が薄れていく。

 上手くいけば里長や新村長に属さない逸れ者達を調べられると思ったけど、流石にそこまで甘くはなかった。

 

「川から水を引いて堀にして、周囲は丸太と土嚢を使って隙間が無い外壁か。おまけに物見櫓まで作って近付けばすぐに気付かれる。エルフが砦を築いてたなんて知らなかったぞ」

 

 昨日のうちに飛行船で待機させてた部下に逸れ者達が住んでる場所の目星を付けさせておいて良かったな。

 場所はすぐ分かったけど近付くのは難しくて止む無く撤退したという報告が今朝届いた。

 部下が無能って訳じゃない、エルフ達が思った以上に警戒心が強く準備を整えてたというだけの話だ。

 そうなると単なる下見程度から俺と球っころが現場に赴いて調べる奉仕に変更するしかない。

 おかげで随分と行動時間がかなり際どくなっちまった。

 子供達と一緒にダンジョンへ行く予定時刻になっても待たされたら流石にアンジェを苛々させるし子供達も怒るだろう。

 

『飛行船や鎧による遠距離からの砲撃を提案します』

「却下だバカ野郎、何でお前はいつも過激な方法を提案するんだ」

『効率的な手段を検討した結果です。貴方と部下達を合わせてもエルフ達全てを敵に回した場合の勝率は限りなく低く損耗が激しい。ならば軍事力を用いて制圧した後に調査を行う方が最も時間の省略が可能になります』

「それをやったら王国のいろんな奴らを敵に回して俺が終わりっちまうだろ」

『いけませんか?』

「俺が社会的に死ぬだけならな。何も知らない家族が巻き込まれたり無関係のエルフ達まで命を喪う方法は絶対に認めねぇからな」

『王国の者達が『外道騎士』等と称し恐れている男と貴方の実像は随分とかけ離れています』

「勝手に言わせておけ。俺の悪評より誰かが死ぬ方が嫌だね」

『そこまで貴方がエルフに肩入れする理由は何ですか?』

「不服か?」

『純粋な興味です』

 

 理由なんて大したもんは持ち合わせていない。

 確かにエルフはいけ好かない連中だけど死んで欲しいとは思っていないだけだ。

 カイル、ユメリアさん、補佐役さんみたいな付き合いがあったり善良だったり現状を憂いているエルフもいる。

 そいつら全員を無視して皆殺しにするってやり方は吐き気がするほど嫌いだった。

 

「単なる感情論だ。俺はエルフ全員が悪人だと決めつけて滅ぼすやり方が気に食わないだけさ。それにエルフを滅ぼしても状況が改善するとは限らないしな」

『だから私の提案を却下したのですか』

「他にも理由はいろいろある。俺の知り合いと付き合いがあるエルフが居るかもしれないし、人間を嫌ってるエルフが考え方を改めるかもしれない。その可能性を無視して命を奪うような傲慢な男にはなりたくない」

『非合理的な考え方ですね』

「それが人間ってもんだ。お前としても旧人類と関係がある何かを砲撃で吹き飛ばしたら本末転倒じゃないか」

『成程、理解しました』

 

 むしろ吹き飛ばす可能性を考えてなかったのかよお前。

 コイツの方が人間よりも感情的じゃないかって時々思えてくるのは気のせいか?

 どっちにしても俺にエルフを虐殺する権限なんて持ち合わせていない。

 詳しく調査して報告書を提出するのが精々だ、お偉方がどんな判断を下すかまでは責任を持てないぞ。

 

「それじゃあ、さっさと侵入してくれ」

『私に同行する気は無いのですか?』

「あそこへ侵入するのは流石に骨が折れる。単なる集落じゃなくて砦だからな」

 

 櫓に水堀、木の防壁に見張りや門番。

 警備が厳重な砦の中へ誰にも気付かれずに侵入するには時間も道具も足りな過ぎる。

 出来る事を出来る奴に任せるのは間違いじゃない、相手がロストアイテムって事実に目を瞑ればだけど。

 

「ほれ、早くアンジェ達と合流するからさっさと行けって」

『貴方の態度は不愉快ですが仕方ありません、協力しましょう』

 

 文句を言いながら球っころは砦の方角へ向き直る。

 空中に浮かんだ球体の姿がまるで景色に溶け込むように存在感が薄れていく。

 

『ステルスモード、起動』

 

 完全に姿を消した球っころの気配を察知するのが難しい。

 どれぐらいの高度でどんな方法で砦の中を調査するのかは完全にお任せだ。

 後は吉報を待つしかない。

 鞄の中に入れておいた携帯食の干し肉を取り出して齧る。

 待ち合わせ時刻に間に合わせたいから頑張ってくれ球っころ。




お待たせしました、久々の投稿になります。
今作の成人向け版の最新話(https://syosetu.org/novel/312750/22.html)ストーリーの構成や他作品のリクエスト消化等で思った以上に投稿が遅れて申し訳ありません。
七部のメインヴィランな前村長こと原作の村長の暗躍がメインの話になります。
原作以上に村長の行動が悪辣なのは服役によって人間への偏見が更に増した影響です。
次章から彼らの企みが徐々に描かれる予定です。

追記:依頼主様によりLuYue様、横山コウヂ様、はつみ 葵様にリクエストのイラストを描いていただきました。
更に今作のシーンをもにのら.様にマンガ化していただきました。
本当にありがとうございます。

LuYue様 https://www.pixiv.net/artworks/128001650
横山コウヂ様 https://www.pixiv.net/artworks/128047754(成人向け注意
はつみ 葵様 https://www.pixiv.net/artworks/128170576
もにのら.様 https://www.pixiv.net/artworks/127788954

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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