婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第135章 Monster

 宿泊施設が建ち並ぶ歓楽街や木々に囲まれた谷間にある村とは別の場所に遺跡は存在していた。

 外見は森の中に放置された石と金属で作られた巨大な箱と形容するのが最も正確だ。

 蔦や苔、或いは樹木に覆われたから微かに露出する表面は錆や腐食した部分もあるが磨かれた様に光沢を放つ箇所も多い。

 外部から強引に開けられた穴と思われる入口の付近には数人の冒険者が集まって準備を整えている。

 明確に自然の産物ではない遺跡、その中にはどのような遺物が眠っているのだろうか?

 自ら思考し言語を話すという世にも稀な球体、更に本体である巨大なロストアイテムの飛行船を見て尚もダンジョンを前にすると体温が上昇し続け興奮が隠せそうにない。

 これはホルファート王国の貴族共通の習性だ、我々の祖先は何処までも広がる蒼穹に心を馳せて未知の世界に踏み出した。

 

 あぁ、心が躍る。

 確かに今の私は生きている実感を心ゆくまで堪能していた。

 例え目的地が既に広く周知されたダンジョンであってもそれは変わりない。

 約束の刻限には暫し猶予があった。

 待ち人は愛おしい私の夫リオン・フォウ・バルトファルト、冒険の興奮と情愛の昂ぶりが合わさり身を焦がすような興奮と同時に満足感を得ている。

 偏執的なリオンを変態と罵った事は幾度もあるが、これでは私もリオンを悪く言えないではないか。

 

「おっっっそ~~~いッ!いつまで待たせんのよ!」

 

 すぐ隣から不機嫌を隠そうともしないアリエルの声が周囲に響き渡り、驚いた周辺の冒険者が此方に振り向く。

 人前で大声を出すのは貴族令嬢としてはしたない行為だと幾度も教えたが、そうした私の躾を吹き飛ばす程の声量である。

 間違いなく私が腹を痛めて産んだ実の娘なのに、どうしてこう貴族令嬢としての自覚に欠け振る舞いが粗野なのだろうか?

 黙々と遺跡の周囲を写生するライオネルと同年同月同日に産まれた双子とはとても思えない。

 次女ロクサーヌと三女メラニーにも同程度の淑女教育を施し、今では伯爵家の令嬢として恥じぬ振る舞いが出来ている。

 何故か長女であるアリエルだけが運動能力は同年代の少女と比較しても飛び抜けて優れ覇気に富んでいる反面、貴族令嬢としての才覚は何とか及第点という有様なのだ。

 せめてバルトファルト家が下級貴族か平民ならこうした振る舞いにも目を瞑れるのだが、高位貴族である伯爵家に生を受けたのならば相応の教養と振る舞いを求められる。

 領主とその家族の評判は領地の評判に直結する物だ、特に新興貴族ともなれば他の貴族からの視線はより一層厳しくなるのは当然だった。

 こうしたアリエルの性格はリオン譲りなのだろうか?

 いや、リオンが本格的に貴族としての教育を受け始めたのは私と婚約してからの筈だ。

 平民同然に育った下位貴族の次男が社交界から貴族として認められる為には功績と政略結婚のみでは不可能。

 リオン本人の才能と努力が必要不可欠と言って間違いは無い。

 なのにどうして、私の娘はこうも貞淑さや嫋やかさに欠けるのだろうか。

 

「アリエル、落ち着きなさい。伯爵家の娘がそのような振る舞いをしてはバルトファルト家は品位に欠けると評判が立ちます」

「でもお母様、ずっと待ってるのに来ないお父様にムカつきませんかッ!?」

「そのような物言いは控えなさい。加えて、待ち合わせの時間にはまだ猶予があります」

「普段は相手を待たせるような事は控えるように仰ってましたよね」

「時と場合によります。こうして殿方を待つ時間の振る舞いで淑女としての品格が問われるのですよ」

「そういうお母様も随分と忙しなく体を揺すってますけど」

「貴女の邪推です、不確かな言動はお控えなさい」

「いや、だって」

「気 の せ い で す」

「……はい、わかりました」

 

 アリエルの言葉を真っ向から否定する、私はリオンとの待ち合わせで滅多に怒る事など無い。

 リオンが私を待たせた時間に応じ良心の呵責を適度に刺激して後で私に有利となる条件を持ち掛けているだけである。

 決して、決して私はリオンの愛情を試すような行いはしていない。

 理想的な夫婦関係に於ける細やかな機微である、それなのに我が子に周囲の目を気にしない厚顔無恥な男女と同類に扱われる日が訪れようとは。

 

「……ところでライオネル、貴方は何を?」

「課題の報告書に添付するダンジョンの図を描いてます」

「そんなの写真にすれば良いじゃない」

「生徒が自分で描いた拙い絵の方が道具を使って楽に撮った写真よりも教員に評価されるんだ」

「アンタはわざわざそんな事をしなくても上級クラスに在籍してるじゃないの」

「同級生に少しでも差を付けるなら手間を惜しんだらいけないよ」

 

 そうしてライオネルは再び鉛筆でダンジョン周辺の光景を画用紙に描く。

 後ろからこっそり覗くとなかなかに美麗だが、些か写実的過ぎるようにも見受けられる。

 長女のアリエルは問題児ではあるが、長男のライオネルも生真面目が過ぎて精神的な余裕が足りておらず母親としては目が離せない。

 あまりに性格や素養が両極端過ぎて負担が実質倍になっている。

 ライオネルは幼少期から手がかからない息子だった。

 まだ遊びたい盛りな年頃だったろうに嫡子としての教育に不満を漏らした事は私の記憶に存在していない。

 新興貴族や大商人にとって初代の才覚が重要であるが後を継ぐ二代目の素養も同程度に重要だ。

 初代に求められるのが道を拓く才能ならば二代目に求められるのは道を整え安定させる才能であり、求められる物があまりに異なってる。

 どれだけ偉大な功績を挙げて名を成しても後継者の教育に失敗し瞬く間に零落した者は数えきれない。

 

 その点を鑑みてライオネルが持つ次期当主の素養は現当主の妻の視点から見れば何ら問題ないと言えよう。

 だが、それはあくまで政治的な判断であり母としてはどうしても心配になるのが親の愛という物だ。

 バルトファルト伯爵家の嫡子という立場を課し、不平不満を漏らさず精進し続ける息子を見続ければ迷いも生じる。

 親に従順過ぎて己の意思が脆弱に育っては本末転倒であり、両親や実家から与えられた使命を至上とし自分の感情や幸福を自覚せぬままでは人を治める器ではない。

 私自身も嘗ては次期王妃に為るように周囲から望まれ育てられたからよくわかる。

 その点を考慮するとライオネルは私は勿論だがリオンの幼少期と比較しても成熟し過ぎていた。

 合理的な思考で判断を下す傾向は為政者としては理想的とも言えるが、他者の心の機微に対し考えが及ばない部分が薄っすらと感じられる。

 人は機械や道具ではない極めて不合理な存在だ。

 激情が起爆剤となって実力以上の成果を出す、愛情を注いだ筈なのに相手から嫌われるといった現象がしばしば起こり予想を覆す。

 人間を道理と数学を用いて合理的に対処しようとすればするほど無理が生じてしまう、理論値はあくまでも紙の上で算出した数値に過ぎない事を私は領地経営に携わって理解した。

 おそらくライオネルなりに理想の領主像があるのだろう、自分にとっての理想に近付く為に精進できるのは優れた資質と言える。

 だが傍から見ればあまりに余裕が無さ過ぎる。

 

「ライオネルは初のダンジョン探索で心が躍りませんか?」

「特に何も。さっきから報告書の加点対象になりそうな物が無いか周囲を見ていますけど」

「そうではありません。見知らぬ場所への探究心や此度の冒険に対する意気込みを尋ねています」

「調査が進んで娯楽施設じみたダンジョン、近くの高級宿に一家総出で泊まっておきながら興奮するほど僕も子供じゃありません」

「…………」

 

 可愛げが欠片も無い返答である。

 リオンも冒険に対する興味が薄い男であるが、その息子のライオネルは更に冷淡な対応をしてくる。

 正面から私の顔を見据える事すらせず平然と手帳に書き込みを行う姿は我が子ながら実に憎々しかった。

 従妹であり婚約者のテレジアにもこうした対応をしたのだろう、ライオネルの素っ気無い態度にドロテアが苦言を呈した気持ちが理解できる。

 私達の息子はこれ程までに冷淡な少年だったであろうか?

 

 少なくとも数ヵ月前は嫡子という立場に思う所はあったようだが素直で純朴な息子だったと記憶している。

 私とリオンの子は合計で六人だが、最年長はライオネルとアリエルの二人だ。

 高位貴族ともなれば子育てを自らの手で行わない親が大半ではあるが、私達は率先して我が子の教育に携わるのを是としている。

 乳母や教育専門の使用人を雇うにしても新興貴族であるバルトファルト伯爵家に後継者育成の規範がある筈も無い上に、私の実家であるレッドグレイブ公爵家からそうした者を雇い入れても齟齬が生じてしまう。

 貴族には地位や領地に応じた教育が求められる、立場に応じた知識や振る舞いを教えなければ身の程を弁えない若輩者に育ち反感を買うか己の実力を過小評価して付け入る隙を見せる凡愚に成り果てる。

 この辺りは代を重ねれば家格や風土に適した教育法が自然に確立されていく、私達はとりあえず我が子が範例となるように育て上げるしかない。

 

「王立学園の生活は充実してますか?」

「何ですか突然」

「お父様を待っている間の他愛もない会話ですよ。母として貴方の現状を把握しようとするのは意外でしたか」

「……楽しいとはとても言えませんね」

「貴方にとって心を許せる相手は居ないの?」

「周りの同級生は全員が優秀で競争相手ですよ。隙を見せたらこっちが不利になります」

「そう…」

「だいたい貴族の集まりなんて騙し合う敵に過ぎません、信用する方がどうかしてる」

 

 それは自衛手段としては至極真っ当な判断だろう。

 社交界は華やかな光景に見えるが相手を貶め過酷な席次争いが絶える事の無い魔窟である。

 私が王立学園に在籍していた頃の上級クラスは貴族のみ、どれだけ品性下劣だろうと貴い血筋ならばどんな悪業も肯定された異常な環境。

 ホルファート王国の腐敗の象徴と言っても差し支えが無い箱庭が変わる為には二度の戦争が必要だった。

 今の王立学園では身分差に関係無く生徒の才能と素行で評価が下される。

 優れた者は平民であろうと上級クラスに在籍が許され、劣った者はどれだけ貴い血を引こうとも入学を認められない。

 それは血統主義の衰退と同時に実力主義の台頭だ、間違いなく生徒の質は私の学生時代よりも向上している。

 故に求められる能力も相応に高くなる、貴族ともなれば恵まれた環境で育ちながら平民に劣るなど恥辱以外の何物でもない。

 ライオネルが入学前と比較して余裕が見えないのは周囲から感じる重圧が原因と推察される。

 

 母親として何か言ってやらねば、そう考えるも適切な言葉が見つからない。

 自惚れに思われるかもしれないが私は公爵令嬢としても王子の婚約者としても随分と優秀な少女だったと己を記憶している。

 リオンにしても幼少期に十分な教育を受けられず平民同然に育ったが、戦功によって叙爵された後に私の教えと本人の努力により今では一廉の人物として広く知られるようになった。

 私達の評判をライオネルが知らぬ訳が無い、慰めの言葉など聡い息子には見抜かれてしまう。

 それでも声を掛ける必要がある、言葉にして伝えなければ相手に自分の気持ちを理解してもらえない。

 リオンと出会ってから既に十五年以上が経過した、言葉にせずとも相手に伝わるという考えは自分本位だと理解した事がバルトファルト家に嫁いだ私の得た信条である。

 

「キャァアアァァッ!!?」

 

 ライオネルに声を掛けようとした次の瞬間、甲高い女の悲鳴が周囲に響き渡る。

 暫し逡巡した後に素早く口元を抑える、あまりに突然の出来事に先程の悲鳴が私の声か否か判別がつかなかったせいだ。

 悲鳴が私の物ではないと確認した後に周囲を見渡す、声の主はライオネルでもアリエルでもない。

 戸惑いを隠せないざわめきがダンジョンの入り口で待機していた冒険者達から伝播してきた。

 私と会話してライオネルと退屈に飽いていたアリエルはいつの間にか私のすぐ側まで近寄っている。

 こんな時に限って荒事に慣れたリオンが居ないのは痛い。

 

 這い出るように体を屈めた冒険者らしき人物がダンジョンの入り口から姿を現す。

 その表情は判別できない、顔が見えないのではなく熟し過ぎて破裂した果実のように瑞々しくも紅い液体で覆われていたせいだ。

 

「……っ …がッ」

 

 言語とも溜め息とも判別できない何かを口から放出した後、男はそのまま地面に倒れ伏す。

 蠢く芋虫のように男は痙攣を続ける、傷の具合は定かではないが放置すれば大量の出血で命が危うい。

 周囲の冒険者達は誰も動こうとしない、皆が事態を呑み込めず茫然自失しているのだ。

 立ち竦む周囲の者に構わず男へ近づいた、冒険服の汚れはこの際度外視する。

 

「布!」

「えっ?」

「誰か血を拭う布と水を!」

「はっ、はい!」

 

 呆けた周囲の者を一括して布を要求する、冒険者にとって清潔な布は血を拭き包帯になる上に結って紐の代用になるので必需品だ。

 渡された布に水を塗し丁寧に顔面の血を拭き取っていくと幾度も血塗れの冒険者が呻き声を上げる。

 傷口が判明しなければ止血すら出来ない、頭部は皮膚が薄く血管が集中しているせいで僅かな傷でも大量に出血してしまう。

 慎重に作業を進めて漸く傷口が見え始める、噎せ返るような血臭が周囲に漂うが女性は月経や出産で血液に触れる機会が多いので我慢できる範囲だ。

 顔面の傷は上手い具合に目や鼻等の感覚器官を避けていた、しかし傷が深い為に出血量はかなり多かった。

 傷の断面はかなり荒れている、少なくとも刃物によって付けられた物ではない事だけは判断できる。

 全身をよく見ると服が顔だけでなく所々破けて傷付いていた、背中に近い位置にも傷が複数存在している事から何者かに襲われたらしい。

 

「……ぅ」

「私の声が聞こえるか!?」

「み、水…」

「水を飲ませると出血が酷くなるかもしれん。すまんが暫し待て」

 

 怪我人に水を大量に与えると容態が急変する事も多い、まして私はあくまで応急処置を知っているだけで医者ではない。

 ある程度の止血は可能だが本格的な治療を早く受けさせないと怪我人の命が危ういのは素人の私でも判断できる。

 遠巻きに群がるだけ手を貸そうともしない他の冒険者達が煩わしい、緊急事態なのだから少しは動こうと思わないのか。

 

「ライオネル!アリエル!」

「…え?」

「何をしている!早く来いッ!」

「わ、分かりました!」

 

 苛立ちを隠そうともせず子供達を怒鳴りつけた、そう言えば叱りつける時につい声が大きくなってしまった事はあったが激情のまま子供達に怒鳴った経験が今まで無い。

 慌てて駆け寄ってきた双子に、怪我人の傷口を布で押さえて止血するように指示して、ダンジョンに向き直る。

 遺跡の中で一体何が起こっている?

 

 耳を澄ますと中から響く物音が徐々に大きくなっているのが分かる、何かが入口に近付いているようだ。

 携帯していた拳銃を取り出すと息を整えて安全装置を外し射撃体勢に移行した、引き金に指を添えいつでも撃てるよう肩に力を込める。

 標的は入口から出てくる正体不明の存在だ、いきなり襲い掛かって来るかもしれないので気は抜けない。

 

「頼むッ!待ってくれッ!」

「撃たないでッ!私達は人間よ!」

 

 入口から姿を現したのは一組の男女だった、服装から冒険者だと分かる。

 どうやら男の方が負傷して女に肩を貸してもらってるようだ、歩く度に足を引き摺り苦悶の声を漏らす。

 彼らがダンジョンから出るのと同時に他の冒険者達が次々と続いて現れる、軽傷の者から明らかに深い傷を負った者まで現れ入口付近は一気に騒然となった。

 

「中で何があった!?」

 

 ダンジョンから戻った冒険者達に声を掛けるが全員が興奮と怪我の痛みで要領を得られない。

 

「モンスターだ、ダンジョンの中にモンスターが出た」

「何?」

「いきなり襲われた、見た事も無いようなモンスターが何体も出てみんな慌てて逃げ出したんだ」

「人を襲うモンスターか、どんな形をしていた?」

「獣みたいな奴だ、牙と爪のある四つん這いの獣さ」

「いや、人のように立ってたぞ」

「違うわ!虫みたいに何本も足があったじゃない!」

 

 脱出した冒険者達の証言は曖昧だ、ダンジョンの内部は灯りが確保されているようだが肝心のモンスター形状すら語る者によって異なる。

 共通しているのは明確な害意を持って人間にを襲って来るという点だけだ。

 これが王都の連中がリオンに依頼した理由か?

 そうなら都合良く使い過ぎだ、私の夫は断じてホルファート王国の厄介事を解決する為の便利な駒ではない。

 

「他にダンジョン内に取り残された者は?」

「分かりません、みんな慌てて逃げ出したので」

「そもそもこのダンジョンは安全のはずだろ!?武器の持ち込みは制限されてるしモンスターが出るなんて聞いてねぇぞ!」

「ねぇ、誰か!誰か私の仲間を見かけていませんか!?」

 

 困惑する者、怒る者、泣き崩れる者。

 帰還した者達の反応は様々だったが皆が動揺しているのは一目瞭然だった。

 ここまで被害が拡大した理由はエルフの里に持ち込める武器が制限された為だろう。

 観光地で死人が出れば評判が落ち客を呼び込めなくなってしまう、だから寄港する飛行船の種類を限定したり鎧や武器の持ち込みを制限するのはどの空港でも見られる。

 このダンジョンの探索にしてもエルフの里の遺跡は魔物が出現しない観光用ダンジョンと謳っていた。

 料金さえ払えば誰でも探索可能だが武器は殺傷力が低い物しか認められていない。

 そんな状況でモンスターに襲われたならば、満足な抵抗も出来ぬまま、哀れな犠牲者が出来上がる。

 

「ライオネル、アリエル。貴方達は此処で負傷者の手当てをしつつお父様の到着を待ちなさい」

「待ってください、母上は何処へ行くおつもりですか?」

「ダンジョンの中に負傷者が居ないか確認します」

「そんなの無茶よ!」

「まだモンスターが潜んでいる可能性も捨てきれません。里の者や父上の到着を待つのが賢明かと」

 

 子供達が私を引き止めるのは当然だ、モンスターが出現するダンジョンへ独りで探索に向かうのは自殺行為の何物でもない。

 それでもダンジョンへ向かうのは私が貴族であり妻であり母親だからだ。

 

「重々承知しています、しかし負傷者を見捨てるのは貴族としての由々しき行いです。被害の拡大を懸念しモンスターが里を襲う可能性も捨てきれませんし」

「だから行くって言うんですか!?」

「それが貴族に生まれた者の務めです。そうでなければ人の上に立つべきではありません」

 

 私一人だけなら退避行動を選んでいただろう。

 しかしこの場には子供達の他にも多くの冒険者が居た、そんな状況下で貴族の私達が負傷者を見捨て逃げ出せばどのような風評を受けるか分からない。

 平民の上に立つ貴族は相応の資質と振る舞いを求められる、旧ファンオース公国との戦争で多くの貴族が我先に逃亡し内通した事実は王国貴族にとって拭い難い汚点だ。

 

「負傷者と安全を確認するだけです、異常があればすぐ引き返します」

「待ってお母様!私も一緒に行きます!」

「何を言ってんだよアリエル!?」

 

 アリエルが同行を願い出た事にライオネルが驚愕する、声こそ出さなかったが私も同じ気持ちだった。

 危険から遠ざける為に待機を命じたのに同行されては何の意味を持たない。

 勝気な娘だと思っていたがまさか此処までとは。

 

「お母様だけじゃ心配です!足手纏いにはなりませんから!」

「止めるんだアリエル、母上を困らせるな」

「ライオネルは引っ込んでなさいよッ!お母様が心配じゃない訳!?」

「母上が僕達を巻き込まないようにしてるのが分からないのか!」

「だったらアンタはここで留守番してればいいでしょ!アンタみたいな臆病者が偉そうな顔しないで!」

「何だとッ!?」

「大人しくお父様が来るまで良い子ちゃんしてなさいよ!お母様と私を行かせて自分だけ残ってるアンタを見たお父様がどう思うか知らないけどねッ!」

「バカにするな!僕だって伯爵家の跡継ぎだ!僕も行きます!」

 

 何故こうなる?

 売り言葉に買い言葉でますます状況が悪化した、どうやらライオネルにとってリオンや私に軽蔑されるのは耐えがたい恥辱のようだ。

 この場に留まるように説得しようにも時間だけが無為に過ぎる可能性が高い。

 もしもダンジョンに残された者が重傷を負っていた場合、生存率は時間が経つほど低下していく。

 私に採れる選択は少なかった。

 

「分かりました、同行を許可します」

「やった!」

「分かりました!」

「但し!私の指示には大人しく従いなさい!それが約束できなければこの場に置いていきますよ!」

 

 子供達が頷くのを見届けダンジョンの入り口へ向き直り、大きく息を吸い込み決意を固めて足を踏み出す。

 ダンジョンの内部は金属と植物が複雑に絡み合い前衛芸術のような有様だった。

 天井、床、壁の全てが金属製だが樹木が生い茂り蔦や雑草でろくに床が見えない場所さえある。

 私達の技術を遥かに超えた文明でさえ時の流れと自然の前には為す術も無く押し流されて朽ち果ててしまう。

 そんな無常感が心に押し寄せた。

 平時なら宝の有無を確認したいが今はとてもそのような状況ではない。

 更にダンジョンの内部を歩き続けると床の上に様々な荷物が放置されていた。

 床や壁の所々にまだ新しい血痕が染みついている場所、おそらく此処が冒険者達が襲われた場所だろう。

 筆を乱雑に振るったような赤黒い染みと漂う血臭はこの場で生きた惨状を否が応でも想起させる。

 

「あれ見て!!」

 

 アリエルが指差した方向に黒い物体が転がっていた、微かに蠢き聞き取りづらいが助けを求める声が聞こえる。

 

「待て、アリエル!!」

 

 駆け寄ろうとするアリエルを声で制す、何事かと訝しむ娘から遠く離れた場所で確かに生命の気配を感じた。

 考えるよりも速く、私の心を強い念が支配する。 

 我が身を灼き魂を焦がし心の中で渦巻く激情が形と為って空間を歪め顕現した。

 宙に浮かぶ拳大程の火球がダンジョンの灯りより遥かに明るく、潜んでいた者達の姿を照らし出す。

 

 それは異形の怪物だった、人間と蛇と獣と鳥を混ぜた虫と言えば良いのだろうか?

 子供が作った粘土細工を無理やり繋げて一つにしたような奇怪な動物。

 在り得ぬ場所から生えた腕や羽の中には本来の機能を果たせず地面を掻くしか出来ない部分さえある。

 立つ事さえ覚束ないが腕を器用に動かして移動する姿は地を這う蛇のようにも壁を伝う虫のようにも見えた。

 成程、襲われた冒険者が形容できなかった理由がよく分かる。

 少なくとも私が知る限りこのような生物は見た事は一度として無い、図鑑などの専門書に於いてもだ。

 

 そんな人を襲い殺傷する怪物が私の娘を次の標的にしようとした?

 度し難い、全く以って度し難いぞ貴様ら。

 高揚する心とは正反対に心が凍るように冷たく冴えわたるのを感じる。

 ここ数日間で抱えていた憤懣や苛立ちをぶつけて構わない相手を漸く見つけた私は何処までも非情だった。

 成程、確かに私は悪女なのかもしれないな。

 獲物を見つけ歓喜しているのは怪物共ではなく私だ。

 昂る心を映し出すように火球の揺らめきが激しさを増す。

 

「下がっていろアリエル、ライオネル」

 

 今の私はひどく興奮していた、下手をすれば子供達を巻き込みかねない程に猛っている。

 名も知らぬ怪物共よ、知っているか?

 獣の雌が最も強いのは我が子を護る時だ。

 そしてバルトファルト家の者は家族を害する存在を決して赦さない。

 私の名をその魂に刻み込んでやろう。

 アンジェリカ・フォウ・バルトファルトの名を。




ダンジョン突入&モンスター登場です。
モンスターのデザインはコミカライズ版を参照にしました。
まだまだ未熟な部分も多い双子ですが今後の成長にご期待ください。

追記:依頼主様によりやむっ様、百日夢様にリクエストのイラストを描いていただきました、本当にありがとうございます。

やむっ様 https://www.pixiv.net/artworks/128280895(成人向け注意
百日夢様 https://www.pixiv.net/artworks/128389913(成人向け注意

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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