婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
獣と人間を分かつ境界線に於いて、重要な要素の一つが火だ。
確かに火の吐息を放つモンスターや火の魔法を使う怪異は存在する、だが生きる過程に於いてこれ程まで火を多用する生物は人間以外に存在しない。
火を調伏が人間の文明に於いて飛躍的な発展を齎した事は、歴史的に見ても揺るぎない事実である。
土の器を火で焼いた事で堅固にし食物の保存に使った。
夜闇を火で照らし外敵から身も護り安全を確保した。
調理に火を使い消化の効率を良くした。
様々な金属の加工に火を用いて強力な武具を作り上げた。
人間の歴史に於いて火は欠かせない、故に火を巧みに操る者は繁栄と滅亡を司り神格化される。
ホルファート王国の高名な学者は火を司る者が世界各地の神話で確認されている事実を著書で述べた。
力の象徴であり知の象徴、創造の槌にして破壊の斧。
己が身に宿る魔力が火という事実に私は誇りと同時に陶酔感さえ感じている。
遺跡の灯りの届かない物陰に向け掌の上で揺らめく火球を掲げる。
人工的な光とは違う温かさと熱を宿した焔が潜んでいた者達の姿を照らし出す。
人間には広い通路だが金属製の壁を貫いて生い茂る木々のせいでその巨体が隠れていたらしい。
見た者の嫌悪感と吐き気を強制的に引き摺り出す冒涜的な怪物は、どんな学術書にも記述されていない物だ。
人間に似た上半身に何本もの腕や足が生え翼に似た部分さえ混じっている。
その反面、下半身は蛇や昆虫にも似て長細く捩じれていた。
確認できたのは合計三匹、そのどれもが他の二匹と違う特徴を持ち同一種族か判別も難しい。
唯一の共通点は私達を視認してから此方の動きを窺い続けている事だけだ。
私からは眼窩に収められた眼球が見えない、だが敵意とも好奇心とも受け取れる強烈な視線がずっと注がれている事だけは分かる。
ボワァッ!
心の中で強く念じた瞬間、火球が膨張してより一層の熱と光を放ち始める。
私が生み出した火球は私を焦がさず傷付けない、ただ私を害そうとする者達を灼き尽くそうと猛るだけだ。
この火球でモンスター達の反応を窺う。
火は人間と獣を分かつ境界線だが、獣によって火を前に採る行動は様々である。
近くに人間が居ると考えて大人しく退散する獣、逆に餌となる人間を襲う為に敢えて近づく獣。
私達としても初体験のダンジョン内で見知らぬモンスターにわざわざ争いを挑む気は無い。
大人しく退いてくれるならそれで十分だ、傷付いた冒険者らしき者の安否も気にかかる。
モンスターは何の反応も示さない。
火球の存在を認識できないのではなく、火球の存在を知って尚も私達への反応に変化が無い事が証明されてしまった。
『やり難いな』
心の中で思わず舌打ちしてしまう。
生物ならば己を脅かす危険に遭遇すれば回避を採るか、逆に危険の排除を目的として襲い掛かる。
目の前のモンスター達はそんな反応が一切無い、そもそも本能さえ有しているかさえ怪しい。
考えられるのはモンスター達も火を使う、或いは火を恐れないよう何者かに躾けられたか。
このモンスターは何処から見ても自然の物ではないと生物学に疎い私にも分かる、明らかに命を尊厳を踏み躙って生み出されていた。
翼を地に押し付けて歩く鳥は存在しない、肩から生えた角に視界を遮られる獣は居ない。
生物は己が生息する地域で生き残る為に最も適した形へ変化していく、そこには生命の力強さと美しさが自然に備わる物だ。
幾つもの異なる生物が強引に融合させられたように見えるモンスターは明らかに自然の理から逸脱している。
醜悪な姿と歪つな動作は物陰に隠れる事にも獲物を襲う事にも向いていなかった。
私とモンスター達の距離は全力疾走で十数秒程度の距離、人間の大人を上回る巨躯を支えているのは胴体から何本も生えた人間の物に似た手足と蛇に似た下半身。
この遺跡の通路は嘗て鏡面のように滑らかだったのだろうが現在は雑草や樹木が床や壁から生えて素早い移動に適さない。
自分の強さ、相手の強さ、距離、攻撃手段等の現状で判明している事象から最適解を導き出す。
こうした戦闘の計算式は私よりもリオンが向いている。どうにも私は緊急事態の対応力が欠けている。
だが今回に限っては泣き言は許されない、私の後ろには子供達と負傷者が居た。
「ライオネル、アリエル。自分の身は自分で護れ」
母親が我が子にかける言葉としては嘆かわしくも非情な物言いだが致し方なかった。
私に戦場の経験は今まで一度も無かったが人の世は暴力以外の争いも尽きない上にやんごとなき者達は綺麗な顔を手を誇りながら自分以外の誰かに手を汚させる。
ホルファート王国に於いて領主貴族筆頭のレッドグレイブ公爵家の元令嬢で新興貴族であり、王家からも覚えめでたいバルドファルト伯爵夫人ともなれば命を狙われる事も一度や二度では無い。
そんな荒事の経験がこうしてモンスター退治に活かされるのだから人生とは不可思議な物だ。
更に念を込めると火球は振動し始め、ついには人の頭程の大きさにまで膨張する。
これが私が生み出せる炎の限界だ、これ以上の大きさにはどれだけ研鑽を重ねても到達できなかった。
私は聖女であるオリヴィアのように回復魔法も兵達を守護する程の魔力も他人の精神に干渉する力も持ち合わせていない。
どれだけ火球の威力を高めようとしてもすぐに限界が訪れた。
「それの何がいけないんだよ?」
成長に伸び悩む私にリオンは疑問を投げかける。
リオンは銃火器の扱いに秀でているが、魔法の実力は訓練を受けた貴族の子供と大差ない。
平民同然の下級貴族として育った弊害だろう、平民が魔法を使える事は統治者を脅かす可能性の萌芽になりえる為に未だ規制を続けている領地はかなりの数だ。
嫡子扱いされなかったリオンにとって魔法など数ある攻撃手段の一つに過ぎず、貴族の誇りや強さの証明とは欠片も考えない。
故にリオンから多大な影響を受けた私の魔法に対する認識と扱い方はより実践的な物へと変化している。
腰をやや落した後に右手は後ろへ、掌の上で揺らめく火球を投擲する構えに移行する。
私の様子を窺い続けるモンスターが首を傾げて怪訝な様子を見せる、人間とよく似た頭部を持ちながら人体では不可能な方向へ捩じれる首を見ると怖気が走った。
息を吸うと左足を大きく前へ思いきり踏み出し地に打ち付けた、肩に力は込めず柔軟に撓る鞭のように伸ばして頭の上から膝の辺りまで一気に下す。
掌の火球は既に無い、空気を灼いて紅い軌跡を描きながら前方に向かって一直線に進む。
自分達を目がけて放たれる火球に気付いたモンスターの一匹は右側の壁、もう一匹は左側に慌てて身を寄せる。
三匹の最も後ろに控えていた一匹は前の二匹の体が視界を覆っていたのか反応が遅れてしまう。
壁に身を隠そうにもその場所は既に火球を避けた同族達で塞がれ逃げ道は無い。
それでも火球を避けようと蛇に似た下半身を捻り発条細工のように跳ねる。
だが怪物の行動は無意味に終わった。
放たれた火球はその軌道を急激に変えて生き物のようにモンスターを追う。
魔法は使用者の意思を反映して様々な現象を世界に齎す、言わば使用者の一部であり魔力の具現化だ。
怪物に放たれた火球には質量が無く燃え続ける為の空気も必要としない。
念じるだけで目標に向けて火球を放つ事すら可能だ、先程の投げる姿勢はあくまでモンスター達の動きを誘導する為のわざとらしい素振りだ。
ドオォォッン!
「UGYAHAAA!!」
人間に似た顔の口から聞き慣れない絶叫が放たれ通路を揺らす。
命中した火球はモンスターに命中すると瞬く間に燃え広がって体を責め苛む。
頭髪や鱗や羽に似た部分は火種には打って付けの場所だ、一度火が点けばその箇所を切り離しでもしない限り炎から逃れる術は無い。
魔力によって顕現する火は自然現象で発生した火よりも消し難い、もちろん大量の水が存在すれば話は別だが遺跡内のこの場所の近くに水源が存在するとは思えなかった。
火球が当たったモンスターは必死に床や壁に体を擦り付けている、完全に無力化した訳ではないが暫くの間は動きを止められただろう。
悶え苦しむモンスターを尻目に残り二匹は私達へ向き直る。
負傷した同胞を一瞥すらせず外敵への殺意が勝る冷酷さは感情を持たないが故か、或いはそのように行動するよう仕向けられた為か。
一匹は火球を警戒したらしく地を這う蛇のように接近を始めた、通路に生えた木や草で体を隠し攻撃を防ぐ魂胆らしい。
もう一匹は恐ろしい事に生えている手足を器用に使って壁を伝い、天井にぴったりと張り付いたまま近づいて来る。
屋敷の掃除をいくら徹底しても何処からか侵入して備蓄してある食料を貪る油虫、それが何万倍にも巨大化したような恐ろしさに目眩すら覚えた。
どうやらモンスター達は同時に私へ攻撃を仕掛けるようだ、息の合った連携は本能に根差した物なのか冷酷な処刑人として植え付けられた物かは定かではない。
もしも二匹が完璧な同時攻撃を行えたならば私だけでなくライオネルとアリエルも巻き込まれ無残な犠牲者が三人増える結果になっていただろう。
だがあまりに遅い、それでは貴様らの牙と爪が私の体を貫く事は可能性は絶無だ。
時間の感覚が引き延ばされ一秒が数秒に感じる、生と死の境界線に足を踏み入れた者のみが感じられる独特な集中力。
普段の倍以上の速さで魔法が紡がれて火球が再び宙に出現した、しかし大きさは先程の半分どころが四分の一にも満たない。
天井を這うモンスターが火球の大きさを見て速度を上げ一気に距離を詰める。
恐らくは同胞を退けた時に比べてあまりにも小さな火球を侮ったらしい。
火球が当たったモンスターは未だに体を灼いてる焔を消そうと必死に身悶えを続けていた。
大きさが四分の一以下なら当たっても損傷は軽い、狡猾な獣は僅かな火傷と引き換えに私の命に狙いを定める。
再び私の掌から火球が放たれた、同時に天井から手足を離したモンスターは手足を器用に使って私の立つ場所に飛び込む。
落下の加速を加えた巨体が襲い掛かるのを時間感覚が引き延ばされた私の眼が捕らえた。
モンスターは火球を防ぐ気すら失せたらしい、胴から生えた手足の全てを攻撃に回している。
血色が悪い胸に拳大の火球が音も無く接触した。
ス゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ゛ッ゛ン゛!!!
鼓膜どころか内臓さえ揺らす衝撃が体を襲う。
弾き飛ばされたモンスターの胸部は大きく抉れ、焔で焼け焦げた肺腑と衝撃で潰れ血液を撒き散し続ける心臓が見えた。
モンスターは確実に即死、だが安堵からは程遠い。
油虫が頭部を切り落とされても、食物や水が無いまま数日生き延びた例もある、このモンスターが臓器を再生するほど常軌を逸した再生能力を持たない保証は何処にも無かった。
怪物に当たった火球に込められていた魔力は先程の火球と差は殆ど無い、ただ大きさだけが違っただけだ。
原理としては簡易的な爆弾と同じだ、火球の素となる私の魔力を圧縮し続け小さくする。
対象に当たった火球が形を変えた瞬間に圧力が不均衡となる、今まで押し込められた魔力は一気に膨張して凄まじい衝撃を生み出す。
敵を火で焼くのではなく爆発で仕留める、銃火器や火薬の扱いに慣れたリオンの意見を取り入れ研鑽を積んで生まれた私独自の魔法だ。
魔法の規模を上げるのではない、形を変え指向性を持たせて破壊力を向上させるという創意工夫が作り出した殺傷力は凄まじかった。
いつもなら魔力の圧縮にもう少し時間がかかるのだが、皮肉な事にモンスターに襲われるという危機的な状況が私の集中力を高め普段よりも速く強い焔を作り出す。
「GIIYYAAAHHH!!」
最後の一体が突如叫び出し物陰からその巨体を露わにする。
敵である私を威嚇が目的なのか、それとも怯える己を鼓舞したのかは判別できない。
焼け焦げた臓物の独特な悪臭と飛び散った血液が視覚と嗅覚を鈍らせる、同胞の死を上手く利用して私を襲う算段のようだ。
一気に距離を詰めれば勝機があると判断した狡猾さはこのモンスターが悪意に満ちて人を襲う事に特化した存在だと否応無く感じさせる。
モンスターの判断は正しい。
私の魔法で生み出された火は私を灼く事は無いが、魔法で発生した現象は私を容易く傷付ける。
火球で熱せられた金属に触れば火傷を負う、火球で起こした衝撃は空気を介して私の体にも影響を及ぼす。
先程の爆発も距離があと少し近ければ私の体を床に叩きつける程の強烈な衝撃に襲われていただろう。
同胞二匹を犠牲して私の実力を測り勝機を見出した、その賢さには感銘すら生まれる。
モンスターが駆け出すのと私が火球を生み出し始めるのはほぼ同時だった。
今まで物陰に身を隠しながら徐々に距離を詰めていたモンスターの同一個体とは思えない大胆不敵な行動。
私を確実に殺せると判断したのだろう、人間の知性が備える悪辣さとモンスターの本能が持つ獰猛さが混じり合った怪物は退治するだけで気力と体力を消耗する。
通常の火球ならば顕現した後に投擲するまで僅かな隙が生まれる、狡猾なモンスターがそれを見逃す筈は無い。
圧縮した火球の場合はもし近くで命中すれば発生した炎と衝撃で相討ちに持ち込まれてしまう。
其処まで見越しての突進だ、身体能力で劣る私に抗う術は存在しない。
しかし、それは私が全ての力を晒しているという前提の上に成り立っている。
私が他の魔法を所持していないなどと言った覚えも示した覚えも皆無だ。
二つの掌を重ねて強く念じると隙間から熱と光が漏れ出してゆく、構えは違えど紡がれる魔法は今までと同じ。
ただ一つの相違点は形状だけ、離れた掌の間に顕現したのは焔の球体ではなく円柱だった。
両手で円柱を握りしめると掌から熱が伝わってくる、本来ならば手袋を焦がす程の高温だが私の皮膚どころか着衣すら傷付けない。
更に魔力を注ぎ込み強く握ると円柱は凄まじい速度で伸びて私の身長を上回る程になった。
あらゆる魔法は定まった形を持たない、ただ使用者によって姿を変え同じ魔法と認識されない事すらある。
私は聖女オリヴィア程の大規模な魔法を行使できない、ならば形状を変え破壊力を向上させるのが効率的な方法だとリオンと会話で思い付いたのが切っ掛けだ。
私に扱える限界の長さまで円柱を伸ばすと足を開き腰を落とす、続いて左手と左足を前に出し呼吸を整えながら構える。
槍術に於いて正面の相手を突く事のみに特化した基本的な構え。
それを自覚すると同時に円柱を握りしめるとその先端が徐々に形を変えていく。
より細く、より平坦に、より鋭く。
円柱の先端は徐々に円錐状に変貌し、やがて私の手には炎の槍が握られた。
槍は先端に向かうほど炎が熱が収束され黄色がかった紅から鮮烈な白へ色彩を変えていく。
炎の槍を見たモンスターの勢いが少しだけ衰える。
本能的に身の危険を感じたのか、それとも槍の異常性を察したのかは不明だ。
確実なのはその行動によってモンスターの勝機が喪われたという事だけ。
今までモンスターの行動から攻撃手段は鋭い牙と爪のみだと判断している、仮に毒や炎が混じった吐息を持つならばわざわざ接近を試みる訳が無かった。
数と身体能力による強襲がモンスター達の戦術ならば、わざわざ従ってやるものか。
「ふんッ!!」
気合と同時に炎の槍を思いきり前へ突き出す。
恐怖に身を竦ませたモンスターは回避行動を採れず慌てふためきながら手足で頭と胴を防御する。
だがそれはあまり意味の無い行動だった。
収束した炎は燃焼の段階を飛ばしてモンスターの肉を焦がし炭化させる、魔法によって作られた槍は重量が無いので敵を貫いても手応えを感じない。
モンスターの体勢が前傾姿勢だったせいもあり炎の槍は頭部を貫き胴体の中程まで埋まっていた。
頭部に巨大な穴を空けられ心肺を灼かれて尚も生きられる生命力があるなら別だろうが、私の数歩手前で倒れ伏したモンスターは幾度か痙攣すると完全に動きを止めた。
「はぁ」
止まっていた呼吸を再開する、幾度も死の危険に身を晒しながらも生き延びた安心で腰が抜けそうだった。
このまま座り込んですぐにでも休みたくて堪らなかった、しかし私には為すべき事が幾つも残っている。
ダンジョン探索は帰還するまで絶対に気が抜けない、宝の発見に浮かれたまま帰り道で罠に嵌まり骸と化した高名な冒険者はホルファート王国の歴史に数多く記されていた。
気力を振り絞って振り返ると唖然とした子供達が私を凝視している。
ふと、子供達の前で戦闘を行う機会など存在しなかった。
リオンのように自らが軍事訓練に参加した事は一度として無かったし、私達夫婦にとって冒険や訓練は逢引き同然故に同行させた事も無い。
尚武の気風が蔓延するホルファート王国に於いてさえ戦闘を単独で熟せる貴族の妻君や令嬢は稀である。
普段は屋敷の執務室で仕事に専念しているか、貴族同士の催しや豪商との取り引き以外で外出しない私がこれだけの力を秘めていたのは予想外のようだ。
「……お母様って本当は強かったのね」
「意外だったか?別に隠していたつもりは無い」
言葉を発した後、ついアリエルに素っ気無い口調で返してしまった事実に舌打ちする。
初産から数年経った頃から子供達が新興貴族の家系と侮られないよう子供達の前では典雅な淑女として振舞って来たのだが。
思った以上に先程の戦闘が齎した興奮と苛立ちが言動に影響を及ぼしている、これではリオンや子供達にとやかく言える振る舞いではない。
「……二人とも無事ですか」
「問題ありません母上」
「怪我人の容態は」
「呼吸はしています。目立った外傷は見当たりませんが骨が折れている可能性は捨てきれません。医師に見せた方が良いでしょう」
「ならばすぐに撤退します、ここにもう用はありません」
せっかくの冒険が散々な結果に終わってしまった、全く以って苛立たしい。
怪我人が出たとなればダンジョンは閉鎖される可能性が高いだろう。
一時的な閉鎖か長期間の立ち入り禁止になるかは不明だが、少なくとも私達が宿泊している期間中に再開される見込みは限りなく低いと言わざるを得ない。
私一人で三匹も仕留められたモンスターならば手練れの冒険者や訓練を受けた軍人ならそれほど苦も無く対処できよう。
それでも甘く見るべきではない、何しろダンジョンから少し離れた場所にはエルフが住む村々や観光客が宿泊する街もあるのだ。
念の為にモンスターの死体を確認しておこう、そう思い振り返った瞬間に致命的な失態を犯した事に気付いた。
「モンスターの死体が足りない…?」
床にあるのは頭部を灼き切られた死体と胴体が大きく抉れた死体。
最初に火球を受けたモンスターが消え失せている。
モンスターとの戦闘に気を取られて生死の確認を怠ってしまった、生き残った一匹がどうなったか知る術など皆無と言ってよい。
ダンジョン内であのモンスターがどのような生態で活動しているかは一切不明だ。
もしもモンスターの巣が存在して数匹どころか数十匹が居たのなら、仲間を殺した外敵の報復を企てたなら。
想像すればするほど悪い予感が押し寄せてしまう、巣を襲った外敵の排除は生物の基本的な行動だ。
このダンジョンがモンスターの巣窟なら侵入者は我々の方である、一刻も早く退散した方が良い。
「二人とも、急いで負傷者と共にダンジョンを出なさい」
「えっ、ちょっと待ってよ。お母様はどうするの?」
「私は殿です。背後からの襲撃に備えるので一刻も早い退避を」
「母上、何をお考えですか?母上を置いて戻るなど父上に何と言われるか」
「グダグダとくだらん御託を口にするな!さっさと従え!」
ライオネルとアリエルを一喝して避難を促す、事態は私の予想を越えて最悪になっているかもしれない。
我が身を呈して子を護るのは母の務めだ、例え二人に恨まれようとも親子が共倒れよりも遥かに良い結末だ。
負傷者をライオネルが背負い、アリエルは所持する拳銃を握りしめるとゆっくりと私から離れて行く。
流石に大人を背負うのは厳しいだろうが二人で協力すればダンジョンの入口まで辿り着ける筈だ。
二人の姿が徐々に小さくなりついには視認できなくなったのを確認すると背後へ向き直った、未だモンスターの姿は影も形も見えない。
念の為に死体を確認しておくか、発見されたモンスターの死体から犠牲者の手掛かりや弱点が見つかった話はよくあるものだ。
思い立って死体に近付くと足の裏に違和感を感じた、もしや気付かぬ間に負傷していたか?
ビキッ
破砕音が響き渡ると足元に小さな亀裂が生まれた。
それは私に足を動かす時間さえ与えないまま凄まじい速度で広がっていく。
先程まで確実に存在し踏みしめていた地面を失い独特の浮遊感に体を包まれ、救いを求める手を天に伸ばしながら私は底知れぬ闇に落ちた。
しかし日頃の行いが良かったのだろう、地獄は思った以上に現世の近くに在るらしい。
落下から僅か数秒後に私は新たな地面に叩きつけられた。
「…………ぁ!?」
如何に落下した距離が短くともろくに受け身を取れず全身を衝撃が襲う、激痛で呼吸が乱れ意識が朦朧とする。
しかしこの場で気を失えばどんな災厄に見舞われるか分からない、気絶したままモンスターの餌と化す未来さえ在りえた。
必死に叫び声を噛み殺して痛みを耐える、こんな痛みは過去六回の出産に比べればまだ軽い。
漸く立ち上がった頃にはどれだけの時間が経過したかも分からなかった。
上を仰げば天井にある亀裂の隙間から先程まで佇んでいた通路の天井が見える、どうやら私が居るのは一階ほど垂直に落下した場所らしい。
元々あちこちが植物に侵食された遺跡の中でモンスター相手に派手な戦闘をしたのが崩落の切っ掛けとなったのだろう。
僅かな落下距離に加え上から崩れた遺跡の壁や床に潰されなかったのは幸運だった、しかも体のあちこちを打撲したが骨折や裂傷に至らなかったのは奇跡と言って良い程だ。
この場を動かなければいつか救助が訪れるかもしれない、しかしダンジョンが閉鎖された場合どうなるだろう?
しかも正体不明のモンスターが徘徊している状況だ、一ヵ所に留まっていれば狙われる可能性も高い。
何より落下した通路は上階の通路と様子が一変している。
如何にも遺跡の趣きなダンジョンだった上階に対し、下階はあまりにも設備が整い過ぎていた。
まるで今も誰かが住んでいるような、灯りこそ少ないけれど錆もひび割れも存在しない滑らかな壁と床は明らかに今も活動している施設その物だ。
嫌な気配を感じる、リオンにやたらと付き纏うあのロストアイテムと同じ気配を感じた。
必死に揺れる心を静めながら魔力を集め火球を生み出す、こんな時の灯りとして私の魔法は非常に便利だ。
暫く通路を歩き続けると突き当りに到達した、一見すると変哲もない金属製の壁に見えるが明らかに扉と分かる切れ目がある。
この場で引き返すべきか進むべきか悩んだが待つのは私の性に合わない、意を決して扉に近付く。
どうやら鍵は掛かっていなかったらしい、如何なる原理かは不明だが壁の左右に開き更に奥まで続く道が生まれた。
終着地点は広々とした部屋だ、何に使われるかも分からない機械が鼓動のような点滅を繰り返し生を主張する。
何かある、このダンジョンには何かがある。
『あら、珍しいお客様ね?』
男か女か分からない。そもそも生物かさえ不明な声が頭上から響いた。
アンジェの戦闘回、相手は人工生物なので経験値と資金はありません。(無情
『アンジェ強過ぎね?』と思っても原作じゃ召喚モンスターや飛行船相手にファイアランスしてるから弱体化してます。(その理屈はおかしい
今作のリオンはロストアイテムや乙女ゲー知識をつかえないので物理・銃撃・格闘重視、その嫁のアンジェの同様の傾向になります。
アンジェが戦った場所は原作でリオンとマリエが落下した場所です。
これからアンジェはどうなるのか、次章へ続く。
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。