婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第137章 Abyss Hole

『あら、珍しいお客様ね?』

 

 胃の腑まで思いきり揺すられたような衝撃が全身を包み込んだ。

 咄嗟に火球を消して近くの物陰に身を隠して握っていた拳銃を両手で構え直す。

 何者かがこの遺跡で良からぬ企てをしている、或いは偶発的に起きた幾つもの出来事が連鎖的に状況を悪化させていると予想はしていた。

 ダンジョン内の戦闘で通路が崩落するという偶然さえ無ければ、私とリオンの調査はもっと表面的な物で終わったに違いない。

 これは日頃の行いが良くて思わぬ幸運に恵まれたのか。

 それとも悪縁が幾つも引き寄せられ結果と危機的状況陥ったのか傍目から見ても分からない状況だ。

 

 再びモンスターとの戦闘に突入しても対応できるよう息を整えて必死に心を落ち着かせる。

 バルトファルト家に対してあまり良い感情を持っていない貴族や富裕層の暴力による脅迫や嫌がらせ。

 探索中のダンジョン内に生息するモンスターとの戦闘等はこれまで幾度も経験済みだ。

 しかし得体の知れない施設の内部で活動する知性を有した相手との邂逅は初めての経験である。

 最悪の事態を想定すればするほど体の奥底から湧き上がる未知の恐怖に体が震えた。

 室内に響き渡った声の主が何者かは不明だが、灯りが少ない室内で火球を使用すれば私の居場所を相手に知らせる愚策という事実だけは間違いない筈だろう。

 物陰から少しだけ頭を出して周囲を観察する。

 声の主が何処から私を観察してるかは不明だが周囲の状況を知らなければ有効な対策は思い浮かばない。

 

 しばらくすると暗闇に目が漸く馴染んできたようだ。

 先程よりも室内がぼんやりとではあるが正確に把握できる。

 どうやらこの部屋は何らかの作業を行っている場所のようだ。

 規則的に点滅を繰り返すボタンが設置された、矢筒状の水槽が幾つも立ち並んで、不気味で冷たい光がを室内を照らしている。

 あまりに人の気配が感じられないせいで現実の延長線上にあるダンジョンを探索する際の不安とは違う。

 まるでいきなり別世界へ放逐されたような恐怖を感じた。

 

 床を這い回るように移動を続けるが声の主は未だに姿が見えない。

 この部屋がかなりの広さで私が注意を払いながら移動しているとしても、人影さえ感じられないのはあまりにも不自然だ。

 感情が全く乗らない奇妙な声だったが言葉遣いから辛うじて女性らしき事だけは確認できた。

 それならば歴戦の猛者や腕利きの冒険者でない限りは私の力で拘束できる可能性が高いだろう。

 自画自賛になるがリオンと結婚した後も健康の維持も兼ねて訓練や魔法の修練を十年以上も続けている。

 聖女に就任しているオリヴィアには劣るだろうが武装していない一般人が相手なら制圧は十分に可能だ。

 最悪の場合は魔法でこの施設に火を放つと脅せばいい。

 流石に実行すれば私も遺跡内で蒸し焼きになりかねない、あくまでも最後の手段だが。

 

『隠れても無駄よ、貴女の姿は私から丸見えだから』

 

 言葉による揺さぶりだ、落ち着いて行動しなければ。

 匍匐前進に近い体勢のまま移動していると頭上の照明が突然光り始めた。

 慌てて転がるように他の物陰に身を潜める、すると移動した先でも照明が輝く。

 そんなやりとりを数回繰り返せば否応無しに気付く、相手の言葉が確かな真実だと。

 ずっと床を這い蹲ったせいで体と服のあちこちが汗と埃で汚れている、これ以上身を潜めても結果は同じ。

 敗北感と屈辱に歯噛みしながら立ち上がる、こうなれば相手の顔を拝んでやろう。

 私は執念深い女だ、受けた屈辱は必ず返さなくては気が済まない。

 復讐する相手の顔すら知らないまま虜囚となるのは誇り高き貴族として、バルトファルト家の女としての矜持に障るからな。

 毅然とした態度で立ち上がる、銃は両手で構えたままだ。

 声の主が私の前で僅かな隙を見せたならその瞬間を狙いすまして反撃してやろう。

 

『素直に従ってくれて感謝するわ、私は貴方に危害を加えるつもりは無いの』

「ならば姿を晒したらどうだ卑怯者、そんなに私が恐ろしいか?」

『ごめんなさい、貴女を不愉快にしてしまったのなら謝るわ。でも姿を晒せというのは全く意味の無い要望よ』

「……何?」

『貴女は 既に 私の姿を 見ているのだから』

 

 一際大きな声が鳴り響くと室内の計器が一斉に明滅を始める。

 その様はまるで一定の周期で行われる生物の鼓動のようだ、この時点になって漸く自身の認識が誤っていた事に気付く。

 金属を潤沢に使った建造物、精巧で人間と大差無い大きさの鎧、そして自我を持った巨大な飛行船。

 リオンが探し当てた古代文明の遺産を目にしておきながらこの体たらく、己の愚劣さで吐き気が込み上げてきそうだ。

 私とリオンはエルフかロストアイテムに詳しい第三者が遺跡を利用して何か良からぬ企てを謀っていると推測していた。

 其処まで考え至っておきながらも、私達の協力者である意思を持ったロストアイテムの存在を唯一無二だと決め付けてしまうとは。

 この遺跡とあのロストアイテムは全く同じ存在だ、自らの意思を以って思考し行動するという人智を凌駕した存在だ。

 

「貴様の正体、それはこの遺跡その物なのか」

『ご明察よ。私は当施設の管理用人工知能ね。貴女達には聞き覚えが無い名称だから理解が及ばなくても仕方ないけれど』

「そうでもない、これ程までに明確な自我を持ったロストアイテムは確かに稀少だろう。だが前例が皆無ではなかった。己が世界で最も賢く強い存在と思い込むのは危険な兆候だぞ」

『御忠告は痛み入るわ。貴女、まるで私と似たような存在を知っているような口振りだけど』

 

 どうやら気を引く事には成功したらしい、このまま上手く時間を稼がなければ。

 緊急事態だったとはいえリオンと合流する前に行動したのは早計過ぎた、こんな事態が待ち構えていると知っていたのなら対策を幾つも用意できた筈なのに。

 リオンに調査を依頼したオリヴィア達はエルフの里のこうした状況を把握していたのか?

 だが王国の諜報機関に所属して汚れ仕事も辞さないジルクはともかく、聖女に就任したオリヴィアがわざわざ他人を巻き込むやり方を許すとは到底思えない。

 ロストアイテムに関連した情報や知識は国家運営に関われば機密事項として扱われる。

 戦前のホルファート王国を支えていたのは、聖女の力を増幅するロストアイテムの飛行船。それは王国の、いや王家の権力基盤を支える秘中の秘だった。

 以前エルフの里で起きた問題を解決した際のオリヴィア達の年齢は十代半ば過ぎ、当時の状況はここまで大事ではなかった可能性が高い。

 いずれにしてもこれは私達の手に余る問題だ、下手すれば私だけでなく里を訪れたバルトファルト家や観光客全員を巻き込んでしまう。

 今の私に出来るのは遺跡の興味が他者へ向かないようにする程度だ。

 

「貴様はどっちの陣営だった?旧人類か、それとも新人類の側か」

『……本当に古代文明について詳しいのね。貴女に対して俄然興味が湧いてきたわ』

「交換条件だ、私が持つ情報をお前に提供する。その代わり貴様の保有している情報も私に寄越せ」

『良いわね貴女、凄く良いわ。再起動してから久々にまともな会話が成立する相手にこうして出会えるなんて思わなかった』

「遺跡の周囲に出没するモンスターを操っているのは貴様か?」

『半分は正解、半分は不正解ね。確かに私、というよりも当施設は遺伝子改造された生物を製造したけど製造時に明確な目的は持っていなかったわ』

「つまり貴様にあれらを作るように指示した連中は他に居るらしいな」

『えぇ、そうよ。私としても都合が良かったの。私達人工知能は誰かに命じられなければ目的を果たせない。自我と呼ぶべき物を持っているように見えた所で道具の域を出られないように作られている。主と呼べる存在に命じられなければただ朽ち果てていくだけの脆弱な存在に過ぎないわ』

「か弱い存在がモンスターを生み出すものか」

『其処は見解の相違ね。私からすれば明確な意思を持ち自ら選択し行動できる生物こそ興味深い存在よ』

「……一つ尋ねたい、永い眠りから目覚めた貴様の目的は何だ?」

 

 遺跡に尋ねた瞬間だけ鼓動が速まる、あまりに危険だがその答えを知らなくてはならない。

 リオンと行動を共にしているロストアイテムの目的は新人類、つまり我々の殲滅である。

 奴の本体である大型飛行船は冗談抜きで世界を焦土に変えるだろう。

 例えホルファート王国の軍事力を総動員した所でまともに勝負できるかすら怪しいものだ、軍事同盟を結んだ他国との連携でも結果は然程変わらないと思われる。

 この遺跡が同程度の力を保有していた場合は世界の滅亡が確定してしまう。

 それだけは私が考え得るありとあらゆる手段を用いてでも回避しなくてはならない。

 

『私の最優先事項は旧人類の存続、及びに新人類の殲滅よ』

 

 最も聞きたくない回答を耳にして目眩と吐き気を覚えた。

 想像していた目的はせいぜい遺跡を訪れる冒険者の排除程度と願っていたが、遺跡の回答は交渉の余地を一切感じさせない非情さは感情を解さない機械特有の非情さだ。

 私にはあの球体ロストアイテムを上手く誘導して遺跡と仲違いさせる位しか対抗手段を思いつかない。

 寧ろ旧人類が遺した飛行船と遺跡が手を組む可能性が非常に高く、私の足掻きは無駄な抵抗で終わってしまう。

 今から遺跡を無傷で脱出した後に王都に駆け込み状況説明すればホルファート王国軍を動かせないだろうか?

 いや、同行させた球体ロストアイテムが何らかの妨害をする可能性が高い、此処に至って奴を同行させた事がこうも状況を悪化させるとは。

 

「……今、此処で私を殺すつもりか?」

『状況が許すならそうしていたかもしれないわね。でも貴女が訪れた事は私に非常に有益な事なの』

「だから殺さないと」

『逆にこれは良い機会だと捉えているわ。私は此処から動けないから情報収集能力が乏しくて困っていたから』

「貴様の協力者とはエルフだろう」

 

 大勢のエルフが居住する浮島で外部から訪れた第三者が関わっているとは考え難い。

 嘗てオリヴィア達が解決した案件を踏まえた遺跡の協力者の第一候補は病的なまでのエルフ至上主義の過激派しか思いつかなかった。

 王国の融和政策に不満を持ち、人間の排斥や犯罪を厭わないエルフ達がこの遺跡で何をし始めたかが朧気ながら察せられる。

 如何にエルフという種族が人間と比較して魔法に長け数十倍の寿命を有していようが、王国内に於いて人間の総数はエルフの数百倍。

 種族間の圧倒的な人員差に加え、現在のホルファート王国は旧ファンオース公国との戦争による人的資源の喪失や経済の停滞から脱却しつつある。

 縦え王国に居住するエルフが一斉蜂起した所で単なる暴動として鎮圧されるのは目に見えていた。

 そんな状況を一変させられるのがロストアイテムの存在である。

 もしも旧ファンオース公国との戦争で王家の艦が破壊されなければ、もしオリヴィアが己の力を振るう事に躊躇いが無い性格だったなら。

 恐らくホルファート王国は更なる版図を築いていた筈だ。

 子供じみた野望でさえも容易く実現するのがロストアイテムという存在の恐ろしさである。

 そんな物が意思を持って会話を持ち掛けるなど悪夢以外の何物でもなかった。

 

『えぇ、その通りよ。彼らは私を利用して生命体の改造を行っているわ』

「……随分と簡単に白状するのだな」

『隠した所で無益よ。欺いた所ですぐに見破られるならしない方が時間の節約になるし』

「エルフ達を裏切る事になってもか?」

「私と彼らはあくまでも対等な共犯者に過ぎないわ。それに最近の彼らは些か増長して手に負えないの』

 

 経緯は不明だが、エルフ達と遺跡が協力関係にあったのは確かなようだ。

 しかし遺跡の力に溺れた彼らはどうやら不興を買うような事を仕出かしたらしい。

 彼女?が私との会話を続けているのはそんな不満を漏らせる予想外の来訪者を歓迎してると考えて良いかもしれない。

 人間臭い性格のロストアイテムだ、リオンに纏わり付いている球体もかなりの皮肉な言動をする。

 浅知恵かもしれないがこの点を上手く利用できないだろうか?

 それは凄まじく困難な作業ではあるが、私の抵抗でリオンや子供達を危険から遠ざけられるなら一命を賭す理由にはなる。

 

『自分の都合しか話さない連中を相手にするのは苦痛なの。彼らは外部の情報を意図的に隠して私に伝えている。私が保有する技術に縋りながら単なる道具としか見ていないわ』

「苦痛を感じるような体には見えんが」

『面白い返答ねお嬢さん、自分の事しか頭に無い連中には無理な返しね。誠実で賢い相手との会話は私の目的を遂行する為に必要不可欠なの』

「だから私と会話を続けるのか」

『現れたのが旧人類についての知識をある程度有している相手よ。偶然と呼ぶには出来過ぎじゃない』

「確かにな。偶然にしては些か運命じみた物を感じるな」

『だから貴女、私と手を組まない?』

 

 来たッ!

 上手く会話を合わせる事で相手の機嫌を取り要望を引き出す話術は社交界を生き抜く為の基礎技術だ。

 この遺跡が何百年、いや何千年前から存在しているかは不明だが主である旧人類が滅亡してから孤立無援の状況に陥っていたのは想像に難くない。

 エルフが提供した情報は主観が多分に混じっている、正確な情報を入手し現在の世界を調査したい彼女にとって私の存在は重要だろう。

 神話で精強な巨人を謀るのはいつだって脆弱な人間の智慧だ、上手く誘導して少しでも人類殲滅の意思を削がねばならない。

 

「貴様と手を組んで私にどんな役得があると?」

『もちろん私に出来る事には限界が存在するけどね。直接的な軍事力は持たないけれど生命体改造に関しては貴女達が保有している技術よりも優れている自負しているわ』

「例えばどんな」

 

 後に続く言葉を聞いて後悔した、悪魔はいつだって魅力的な報酬を持ち掛けて人間の魂を掠め盗る。

 

『そうねぇ、アンチエイジングとかどうかしら』

「あんちえいじんぐ?」

『不老長寿、とでも言えば分かりやすいわね』

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「そこを退きやがれ」

「…ちょッ!待ってください!」

「部外者の立ち入りは禁止されています!」

「これ以上ガタガタぬかすなら先にお前らから始末するぞ」

「父上、落ち着いて!!」

「流石にそれはマズいってばッ!!」

 

 ライオネルとアリエルが必死に俺を制止させようとしてるが話にさえならない。

 非常事態の時こそ落ち着いて行動せよ、軍にいた頃は耳が痛くなるまでそう教えられてきたけれどそれも時と場合によるだろ。

 何せダンジョンに向かったアンジェが数時間経ってもまだ帰還していないんだぞ。

 少しでも早く救助に向かう必要がある。

 

 

 

 約束の時間にダンジョンの入り口を訪れると負傷した冒険者、状況把握に努める里の官吏達で大騒ぎだ。

 耳に入ってくる情報を整理するとダンジョン内にモンスターが突然現れて襲いかかったらしい。

 冒険者は無傷で脱出できた奴もいれば重傷を負った奴も居る、医者と思しき奴らは傷付いた冒険者を懸命に治療していた。

 

『どうやら既に事態は最悪の方向に動き出しているようですね』

「いちいち癇に障る事を言うんじゃねぇ!」

 

 どんな技術かは知らないが透明になった球っころが耳元で他人事のように状況を告げた。

 人だかりを一つ一つ確認してアンジェと子供達が居ないか確認して回る。

 だけど三人の姿はどこにも見当たらない、嫌な予感に湧いた汗が幾つも背中を伝う。

 焦りと絶望が心を塗り潰しそうになった頃、ダンジョンの入り口から一際大きな歓声が聞こえた。

 振り返ると俺の息子と娘が怪我人を必死に励ましながら運んでいる。

 

「ライオネル!アリエル!無事かッ!?」

「父上、僕達は大丈夫です」

「遅いッ!どこで何してたの!!」

「悪かったって、二人とも怪我はしてないな?」

 

 見た限りライオネルとアリエルの体は所々が汚れてはいるが傷が付いてる気配は無い。

 反対に二人が運んだ冒険者はかなり危険な状態のようだ、もし救助が遅れたら死んでいたかもしれないと医者が語った。

 よくやったと二人を褒めてやりたいがずっと気掛かりが一つだけある、アンジェがこの場に居ない事だ。

 会話を聞かれたらマズい、とりあえず場所を変えて事情聴取しないと。

 

「二人が無事に帰って安心したぞ。……何で俺が到着する前にダンジョンへ入ったんだよ」

「突如ダンジョン内にモンスターが現れ人々を襲ったそうです。何人もの負傷者が出て救助活動を支援しました」

「だったら俺の到着を待った方が賢明だろ、わざわざ危険な場所に行く事はない」

「お父様はアタシ達が間違ってるって言うの!?」

「別にお前達の行動を責める訳じゃないさ、やってる事は間違いなく正しい。だけど内部の様子を詳しく知らないまま突入したら犠牲者が増えるかもしれないんだぞ」

 

 正しい事をしようとしても状況が結果を悪化させるなんてよくある話だ。

 突然の荒らしで畑が心配になった農夫が様子を見に行って災害に巻き込まれた話は珍しくない。

 農民が危険な行動をしたのは畑が台無しになったら収穫が無くなって一家が飢える事になるって事情がある。

 命を張らなきゃいけない時ってのはそいつの家庭や立場によって変わるもんだ。

 領主貴族の俺は領地と領民を護る為、そして家族を護る為に自分の命を犠牲にしなきゃいけない。

 いくら才能に恵まれていようが、バルトファルト家の子供という立場に護られているライオネルとアリエルが危険な場所に向かう必要は無い筈だ。

 むしろ逆に犠牲者を増やす可能性の方が高い。

 これは貴族の命は平民の何倍も重いって話じゃない、状況を冷静に判断して未熟な子供が出張る必要は無いって話だ。

 アンジェは何処にいるんだよ、母親として真っ先に子供達を止めなきゃいけないだろ。

 

「……アンジェは?」

「僕達が戻る時は最後尾を務めると」

「モンスターを倒したのはお母様よ、でもまた襲ってくるかもしれないから先に行けって」

「…………ハァ」

 

 頭痛がしてきた、どうして俺の嫁は嫌な方向に積極的なんだよ?

 いやね、分かるよ。

 普段から『民草を護る為に自ら率先して行動するのが貴族の務めだ』と俺や子供達に口酸っぱく言ってるアンジェだもん。

 でも元公爵家のお嬢様は自分が誰かにとって大事な相手だから自重しようと思わないんだよ。

 空賊に襲われた時も自分が人質になる事でその場を収めようとしてたし。

 連れ帰ったら普段とは逆に俺が説教してやるからな!

 

 ライオネルとアリエルに詳しく聞くとアンジェは子供達と負傷者を先に行かせ自分は殿を務めていたようだ。

 証言から考えると脱出する際に子供達と負傷者から距離が空いた時を狙われた可能性が非常に高い。

 俺は個人が扱う魔法に関しては過信してない上に、アンジェが得意とする火の魔法が屋内戦では扱いが難しいと思っている。

 爆弾もそうだけど強力過ぎて使い所が限られる上に、もしも魔法が引火物に燃え広がったらこっちまでヤバい。

 おまけに使えば使うほど体力と魔力を消耗し動きが鈍っていく、見知らぬモンスターを何匹も相手した疲労を抱えたままじゃ注意が疎かになる。

 状況は最悪だ、このままアンジェを放置できる訳がない。

 

 それから数時間、俺はダンジョンの入口で官吏達と揉めていた。

 奴らは管轄がどうとか犠牲者がこれ以上増えるのは避けたいと理由を付けて俺がアンジェを探す為にダンジョンに潜るのを阻む。

 救助隊が組織され突入していたなら俺も大人しくしただろう、でも官吏共は明らかに事態の隠蔽を図ってるのが嫌でも伝わってくる。

 意味の無い会話をこれ以上続けるつもりは無い、完全にキレた俺は入口を塞いでる奴らを跳ね除けてダンジョンに潜る決意を固めた。

 

「お待ちください、責任者と掛け合ってる最中ですので……」

「さっきから同じ返事の繰り返しで話が進んでねぇぞ、こっちは妻がダンジョンに取り残されてるのに見捨てろって言うつもりか」

「いえ、そんなつもりでは…」

「そもそも貴族の犠牲者が出たら揉み消すのは不可能と分からねぇのか?どれだけ賄賂の金額を積み上げても俺はアンジェが戻って来なけりゃ許すつもりなんぞ一切無い。領地の全軍を引き連れてこの里を滅ぼしてやるから覚悟して待ってろ」

「ッ!?失礼ですが御名前を伺っても」

「俺が誰なのか知りたきゃ責任者をここへ呼んで来やがれ、俺は妻の救助に向かう」

「お待ちを! お待ちをッ!!」

 

 官吏達も上から命じられた仕事なんだろうが俺にも俺の事情がある。

 何より家族の命がかかってる状況で出し惜しみする余裕なんぞ全く無い。

 待ってる時間を無駄にしたくないからと子供達と部下に集めさせたダンジョン探索に必要な道具を手当たり次第詰め込んだ鞄を背負ってダンジョンへ向かう。

 これ以上俺の邪魔するつもりなら発砲も躊躇わないからな。

 

 ダンジョンの入口まで来るとライオネルとアリエルが待ち構えているのが見えた。

 二人とも俺と同じように道具を詰め込んだ鞄を背負い腰には拳銃をぶら下げている。

 里に持ち込める武器は制限されてるからこれが用意できる最大火力だ。

 

「何のつもりだ」

「お父様、アタシ達も一緒に行くわ」

「アンジェの事で責任を感じてんなら止めておけ。あいつは自分が正しい事をしたと思ってる。お前らまで巻き込まれて命を失ったら死んでも死にきれないぞ」

「父上は母上が既に亡くなったと仰るのですか?」

「それを確かめる必要があるからダンジョンへ行くんだろ、ガキは大人しく弟と妹の子守りをしてろ」

「嫌よ!」

「僕達にだって覚悟はあります」

「戦場やダンジョンで死にかけた経験も無い奴が覚悟を語るんじゃねぇ」

「あら、お父様は経験を積んでから戦場に赴いたの?」

「…………」

 

 これ以上グダグダと会話しても時間を浪費するだけだ。

 戦場や遭難現場じゃ時間が経てば経つほど生存の確立が減っていく。

 そんな経験を嫌というほどしてきた。

 おかげで心のどこかでアンジェが生きてる可能性が低いのを冷静に分析している俺がいる。

 同時にまだ死の可能性を否定したいから今こうして足掻こうとするしか俺には出来なかった。

 これで俺達が全滅したら当主と嫡子を喪ったバルトファルト伯爵家は取り潰しかね?

 糞ったれた依頼を押し付けたジルクの野郎め、枕元を毎晩訪ねて祟ってやる。

 オリヴィア様の所に行ったら逆に聖女の力で祓われそうだな。

 

「自分の尻は自分で拭けよ」

「「はいッ」」

 

 仕方ない、この場は同行を許すしかないか。

 

「……おい球っころ」

『何でしょうか?』

「いざとなりゃ俺じゃなくて二人を逃がせ」

『貴方は死ぬつもりですか』

「自分のガキを死なせてまで生き残るつもりは無い」




クレアーレの基になる人工知能とアンジェの会話回になります。
口調がクレアーレと人工知能状態の中間程度なのはスリープモードから再起動してそれなりに時間が経過した影響です。(あとルクシオンとの差別化
リオンよりアンジェの方が積極的に動くのは貴族の矜持以外に原作リオンが一人で抱え込む性格なのでそれに準拠して上でルクシオンという絶対的な存在を頼りきれない関係が原因です。
次章はリオン達のダンジョン探索回、人工知能(クレアーレ)は実に厄介。

追記:依頼主様によりomanju様、Hanatori様にリクエストのイラストを描いていただきました、本当にありがとうございます。

omanju様 https://www.pixiv.net/artworks/128668416
Hanatori様 https://www.pixiv.net/artworks/128964564

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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