婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第138章 水槽

 ダンジョンの中は思っていたよりも整然としていた。

 少なくても球っころが眠っていた旧人類の遺跡よりも植物の浸食が少なくて、壁や床にも目立った錆や腐食は見当たらない。

 おそらく訪れた観光客が怪我をしないよう丁寧に整備しつつ、ダンジョンに影響が出ない部分の植物を、敢えて残したんだと思う。

 本物の遺跡を独りで探索した経験、アンジェに誘われて何度も冒険に行った記憶、そしてバルトファルト領が温泉という観光資源が大きな収益になってる土地だから分かる不自然さ。

 命の危険も新しい発見も無い、物珍しさと虚飾で成り立った娯楽施設がこのダンジョンの正体だ。

 作り物じみたこの場所にモンスターが自然発生するとは到底思えない、しかも人間を襲うなんて。

 だけど調べてみない事には真相は闇の中だ、おまけにアンジェがダンジョンから戻って来ない現状のまま傍観するのは性に合わなかった。

 

「…どう思う、球っころ?」

『…………』

「返事ぐらいしろ」

『……御子息と御息女に私の存在を周知されますよ?』

「状況が状況だ、それぐらい大目に見ろ」

『貴方とアンジェリカに対してはある程度は信用していますが、その子供達を信用できる要素は現時点に於いて皆無です。迂闊な行動は慎むべきかと』

「後で二人にはきちんと言い含めておく」

『考慮しておきます』

 

 まったく、球っころが俺の提案を素直に聞いてくれた事がこの十年で一回でもあったか?

 しかも断る理由が正論ときてるから渋々受け入れるか、どうにか交換条件を提示して認めさせるしかない。

 ただ今回は球っころと出自が同じ旧人類の生き残りかロストアイテムの仲間が関わってた可能性がある。

 アンジェの無事を確保する為には球っころの協力が必要不可欠だ。

 逆にダンジョンが大昔の争っていた新人類関係だったら、急に怒り出して破壊を始めやがる。

 おっかない嫁や正体不明のモンスターより球っころの方が何倍も扱い難い。

 

 そんな俺達の会話は前を進む子供達には聞こえてないみたいだ。

 二人は拳銃を構えながらダンジョンを慎重に歩きつつ俺を案内している。

 随分とゆっくり歩き過ぎるとも感じたけど、モンスターがどこに潜んでいるか分からない今の状況なら、用心するに越した事は無かった。

 エルフの里を訪れる観光客が、殺傷力の高い銃器を持ち込みの法で禁止されてるのが痛い。

 懐に隠せるような護身用の拳銃でモンスターを仕留めるのは至難の業だ。

 何度も戦場で死にかけアンジェと冒険を経験済みな俺はともかく、ライオネルとアリエルは訓練を受けただけで実戦は未経験。

 腰が引けた姿勢のままおっかなびっくりダンジョンを進む姿は、見てる俺の方が不安になってくる。

 いっそ下の子供達を護衛させてる部下をこっちに回した方がマシかもしれないけど、そうすると子供四人に船の護りが怪しい。

 観光客を偽装したのが徒になった、次にこんな事があったら兵力を確保して現場に向かおう。

 俺がうじうじ後悔しながら歩いていると前の二人が急に立ち止まって辺りを見渡す。

 ひっきりなしに周囲を確認しているその表情は強張っている、どうやら予想外の事態が起きたようだ。

 

「どうした、何かあったか?」

「ここでモンスターに襲われた冒険者が倒れていて、母上が戦ったはずなんですが……」

「何か、景色が変わったような。こことは違うみたいにも見える」

「道を間違えた可能性は?」

「ここまで分かれ道は無かったのでありえないと思います」

「でも本当にここだったかと言われたら自信無い」

 

 どうやら目的地には到着したみたいだが二人とも様子が違って戸惑っているらしい。

 冒険未経験者が初見の場所でモンスターに襲われ負傷者を抱えたまま入口まで戻り再び同じ場所に向かう。

 二人とも俺の子供だから証言を信じてやりたいがこんな時ほど冷静に対処しないといけない。

 慌てれば慌てるほど状況は悪くなる、冷静に現場を調べるのを最優先だ。

 

「本当にここで間違いないんだな」

「そうだと思うけど…」

「何か痕跡は残ってないか?」

「母上が戦った形跡、みたいなのは見当たりません」

「でもモンスターの死体が残ってそうじゃない?」

「モンスターを倒しても死体は残らないって習っただろ」

 

 アリエルの考えをライオネルは冷静に否定する、その考え方は冒険者としての常識に基づいていた。

 モンスターは倒しても死体が残らない、これは世界に於ける絶対的な法則。

 動物と比べてモンスターの研究が進んでいない一番の理由は死体が消えるせいだ。

 肉も骨も残らない上に解剖だって無理、年中無休で一日中ダンジョンに潜れば詳しく観察できるかもしれないがそんな酔狂な学者様は居ない。

 頭が良くて強いなら学者より冒険者になった方が成功できる可能性があるし。

 俺も軍に居た頃は野生のモンスターを駆除したり、アンジェと冒険した時にいろんな種類のモンスターを何匹も倒した。

 獣みたいなモンスター、鳥みたいなモンスター、魚みたいなモンスター、虫みたいなモンスター。

 姿はまるで違うのに倒すと黒い霧状になって消えるのはどれも一緒だ。

 いろんな研究者が昔から挑んでいる永遠の謎、中には『モンスターは姿こそ違うが同じ存在』って説すらある。

 もしアンジェと交戦したモンスターも同じなら死体が残っていないのは当然の話だ。

 

「アンジェはどんな感じで戦ってた?」

「凄かったわ、火の魔法で『バァン!』『ドォン!』『ボオォ!』って」

「説明になってないよ。モンスターは合計で三匹、うち二匹が母上の魔法で仕留められましたが一匹は逃走しています」

「だからアンジェは警戒してお前達と負傷者を先に行かせた、と」

「はい……」

「戦闘の時、モンスターはどんな感じで死んだ?」

「一匹は胸の辺りを吹き飛ばされ、もう一匹は頭を貫かれました」

「死んだモンスターがどうなったか確認はしてないのか?」

「気持ち悪くてあんまり見てなかった、モンスターより強いお母様の方が恐ろしかったし」

 

 怖い、俺の嫁が強くて怖い。

 挑んで来た敵に一切容赦しないのがアンジェの流儀だ、この世で一番敵に回したくない。

 そんなおっかないアンジェに仕留められたモンスターは死体を残さず消えた、これは可能性として十分に在り得る現象だ。

 だけど違和感がある、俺の直感がその可能性を否定していた。

 忙しなく鼻を動かして周囲の匂いを確認して、その後で手袋を脱いで床を触った。

 微かに残る臭気は戦場で何度も嗅いだ独特の香り、次いで床を数ヵ所触ってみると妙にベタベタした手触りを確認する。

 近くに生えてる植物を丁寧に調べたら黒い斑点が幾つも見つかった。

 

「どうやら間違いないらしいな」

「何で分かるの?」

「戦闘の痕跡はそう簡単に消せないもんだ、アンジェは火の魔法を使うから戦った場所に独特の熱が残る。この辺りの空気は妙に生温かくて俺には分かる」

「理由として弱いと思います」

「そして内臓と臓物が焼けた匂いがまだ漂ってる。激戦地で人や動物が死ぬと内臓と脂が焼け焦げて不快感が何日も鼻から拭えない強烈な臭気を発するんだ。これは嗅いだ経験がある奴にしか分からない」

「うげぇ……」

「あと植物の葉の裏に血痕が残ってた。モンスターが死ぬと肉や骨だけじゃなく血も霧状になって消える。床のベタつく場所は血と脂が原因だな」

「父上はそこまで推察を」

「要は慣れだ、目と鼻と耳が腐りそうになるほど死体が身近にあれば嫌でも分かるようになる」

 

 したくもなかった経験なのにこんな時だけ力を発揮するのが恨めしい。

 だけどこの推察はあくまでも俺個人の見解だ、確実に正しいと証明する必要がある。

 本来なら詳しい分析できる専門家を連れて来なきゃいけないんだが、分析と調査に関して世界最上位な奴が都合良く俺の傍に居た。

 

「おい球っころ、ちょっと出て来い」

『…………』

「出て来いってば」

「……お父様はどうして何も無い所に吠えてるの?」

「止めなって、母上が見つからないから焦って少しおかしな行動するぐらい大目に見てあげるのが優しさだよ」

 

 早く出て来やがれ球っころ。

 二人に『うちの父親はちょっと頭がおかしい』と思われて面目丸潰れになるだろ。

 グズグズしてる時間は無い、アンジェの状況が分からないまま正体不明のモンスターが徘徊するダンジョンを素人の子連れで行動するのは危険過ぎる。

 どうやら球っころはこのまま誤魔化せないと諦めたらしい、透明化を解除すると俺のすぐ隣の空間に金属の球体が音も無く出現した。

 突然の事態に二人は驚いた表情のまま数秒硬直、意識が戻った途端に拳銃を球っころへ向ける。

 

「おい!止めろって!」

「邪魔です父上!」

「お父様どいてよ!そいつ撃てない!」

 

 必死に球っころを撃とうとする子供達を止める、俺もアンジェの捜索に焦ってるから上手い言葉が見つからなくて説得が難しい。

 一方の球っころは通路の中央で騒いでる俺達を無視してあちこちを飛び回る。

 傍目にはただ浮かんでるように見えるが球っころは俺達人間には分からない特殊な痕跡を調べているのは長い付き合いで知っていた。

 俺が子供達を落ち着かせたのと球っころの調査が終わったのは同じぐらい時間が経ってた。

 

『私は忠告しました、この状況を作り出したのは貴方ですリオン・フォウ・バルトファルト』

「うるせぇ、状況が状況だから仕方ねぇだろ」

「コイツ何なの?やっぱ撃って良い?」

「止めろって言ってんだろ」

「でも本当に何者なんですか?」

「意思を持ったロストアイテムだ、俺の仕事をちょくちょく手伝ってもらってる」

『私とリオン・フォウ・バルトファルトの関係はあくまで協力者に過ぎず、主従関係ではありません。道具として用いられるのは不本意です』

「分かってるって、それで結果はどうだった?」

『貴方の推察通りです。熱反応の痕跡や微少な体組織が検出されました。此処で戦闘が行われた事は間違いありません。問題はモンスターと思しき生物の死骸を隠蔽した何者かが存在している事です』

「まぁその辺りは凡そ分かってる。現状で優先すべきはアンジェの無事だ」

『アンジェリカの行方に関して推察があります、其処にある植物が積まれた場所をご覧ください」

 

 漂う球っころの赤眼が場所を指し示す、その場所にはいろんな植物が無造作に積まれていた。

 種類が違う樹木と雑草に蔦まで一緒くたに生えてる、植物が自然にこう生える事はまずありえない。

 よく観察すれば乱雑に刈り取られ千切られた痕跡もある、取りあえず見つからないように誤魔化したんだろう。

 慎重に植物を選り分けて除けると通路の床にデカい穴が現れた、もしうっかり足を踏み入れたらそのまま下へ一直線に落ちる。

 元々この場所に穴があったのか、それとも戦いの衝撃で床が抜けたのかは分からない。

 ただ入口までほぼ一直線のダンジョンで迷う事はほぼありえない、モンスターに襲われた可能性を除外すれば戦いで疲弊したアンジェが穴に落ちた可能性は十分に考えられる。

 

「決まりだな、穴に潜るぞ」

 

 宣言したのと同時に鞄から使い捨ての信号弾入りの小型銃を取り出す。

 こいつは至近距離で当たればかなり殺傷力は高いが冒険時の照明や遭難時を連絡用と偽って入管の武器判定を誤魔化した代物だ。

 ゆっくり狙いを付けて下の場所に撃つと数秒後に強烈な光が放たれる。

 床の破片が無造作に転がっていたがアンジェの姿は無い、落ちて負傷したか死んだ状況はどうにか取りあえず回避できた。

 次に鞄から取り出したのはロープと手榴弾、こいつも強烈な光と音を放つ閃光弾と、強烈な匂いと煙が出る煙幕弾で殺傷力は低い。

 

「俺が下に降りるからお前らはロープの端を握れ、あと手榴弾を渡しておく。強い光と音が出るのと煙が出るのだ。もしモンスターが出たらこれ使って逃げろ」

「待ってください、父上は一人で捜索するつもりですか?」

「下手に全員で行って全滅するのは避けたい、あと未熟なお前達はいざという時に足手纏いだ」

「ちょっと!ひどくない!?」

「事実だ、ここで待機して俺の帰りを待て。モンスターに襲われたり俺が帰らなかったらすぐ引き返せ。球っころはうちのガキ共の子守りだ」

『私が同行した方が捜索の効率は上がりますよ』

「それも考えてたけどこいつらを放置してアンジェを探すほど俺は人でなしじゃねぇ。認めたくないがお前ならこいつらを護りきれるだろ」

 

 これは内緒だがこのダンジョンを使って何やら悪巧みしてる連中と球っころが意気投合するのを避けるという意味合いもある。

 俺と球っころは協力関係だが未だにこいつは新人類の殲滅という目的を捨てきれてない。

 もしエルフの過激派が黒幕で、球っころと手を組んだら確実にホルファート王国は滅亡の危機だ。

 だからこの場は護衛という名目で大人しくしてもらうぞ、子供達が心配ってのも全くの嘘じゃないしな。

 下に降りる前にライオネルとアリエルを一度だけ抱きしめる、最悪これが家族との今生の別れになるかもしれない。

 

「行ってくるぞ」

「お気を付けください。まだ僕は家督を継ぎたくありませんので」

「早くお母様を見つけて、無事に戻らなきゃ蹴っ飛ばすわよ」

 

 もう少し父親にしんみりとした言葉をかけられんのかお前ら。

 二人の体にロープを念入りに巻き付ける、これなら俺と荷物の重量は相殺されて降下に問題はないだろう。

 ゆっくりと降下していくと難なく足が床に着く、どうやらそれほどの深さじゃないみたいだ。

 照明を点けようとしたが暗闇に目が慣れたせいか周囲の様子がぼんやりと見える。

 どうやらこのダンジョンの下は遺跡になってるらしい、遺跡と言っても所々に経年劣化らしき部分はあるが球っころが眠っていた遺跡に比べると金属の錆や亀裂が見当たらず綺麗なままだ。

 今回の場合、遺跡が崩壊しかけてないという状況は逆にマズい。

 ロストアイテムや遺跡に眠る技術には旧人類と新人類の区別が無く、国を興すのも滅ぼすのも簡単な危険物ばっかだ。

 どんな技術かは分からないが悪用すれば被害がどれだけ拡大するか予想もつかない。

 

 いっそ完全に遺跡が崩壊してくれてるか、若しくはオリヴィア様とバカ五人が前村長を始末してくれた方が後腐れ無かったのに。

 お優しい聖女様や上の連中はエルフと友好的な関係を築きたいのかもしれないけど、俺から言わせりゃ犯罪者やクズは更生する事自体が稀だ。

 生まれた家の身分や財産の事情で止むに止まれず悪の道に進んじまう奴がいるのは理解できる、俺だって一歩間違えたら空賊になっていたかもしれない身の上だ。

 それでも自分から積極的に他人を傷つけて愉しむような救いようが無い悪党って奴らも世界には間違いなく存在するんだよ。

 呼吸するみたいに他人を傷付け金銭を奪い不幸を撒き散らす人の形をした害獣、そいつらの被害を食い止める為には完全に息の根を止める以外に方法は無い。

 俺は殺しが嫌なのに軍人の才能だけは人並み以上にあったのが運の尽きだ、こうやって汚れ仕事を任される上にロストアイテムの球っころにまで気を遣わなきゃいけない日々を送ってる。

 今回の件で球っころの存在がアンジェ以外にもバレたせいでこれからどうなるか分からない。

 バルトファルト家が王家とロストアイテムに酷使される未来なんて御免被るぞ。

 

 足音を極力立てず灯りを頼りに薄暗い通路を進み続ける。

 ダンジョンの下にある遺跡は気味が悪いぐらい静かで手入れが行き届いていた。

 球っころが眠ってた遺跡は成長した植物で施設が半壊してた上に人型機械が襲ってくるような地獄だった、白骨死体まで放置されてて心臓に悪かったし。

 あれと比べたらこっちの環境はまるで天国だ、だからといって油断は出来ない。

 子供達が言ってたモンスターが現れないって保障は何処にも無い、一匹程度なら相手に出来るが何匹も出てきたら死ぬのは俺の方だ。

 アンジェを救出しても無事に戻れなきゃ意味は無い、任務の遂行は静かに素早く手際良くやらないとな。

 

 結局モンスターに遭遇する事も無いまま突き当りにある部屋の前まで到着した。

 部屋は他に幾つもあったけど扉がどうやっても開かなくて諦めた、ここも飽かないなら引き返すしかない。

 俺の思いとは裏腹に部屋の前に立つと僅かな音を立てて扉が開いていく。

 ここまで来ると明らかに誘導されてる気分になる、もしそうなら交渉次第で俺とアンジェを五体満足のまま返してくれないもんか。

 扉の向こう側は殺風景な景色が広がっていた、ロストアイテムの研究をしてる奴にとっては宝の山だろうけど何に使うか分からない俺にとっちゃ金属製の物体でしかない。

 拳銃を構え周囲を警戒しながら部屋の中央に来ると仄かな明かりが灯った透明な柱が目に入る。

 中で泡が湧いて何かが漂ってるそれはちょうど人間を入れる程度の水槽かガラス瓶のようにも見えた。

 結露で中身がよく分からない、ガラスらしき部分の表面を大雑把に手で拭う。

 

 その中身を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。

 

 こんなの在り得るはずが無い、きっと見間違いに決まってる。

 必死にそう自分に言い聞かせるが煮立った脳みその中で冷静な部分が無常にも状況判断を下す。

 姿は違うけど間違いなく面影が残ってる、二十年近く一緒に暮らしてきた相手を見間違える訳が無い。

 おまけに水槽の中を漂っている海藻みたいなのは濡れた服。

 見覚えがある服はレッドグレイブ公爵家に受け継がれる女性用冒険服の模造品、先代公爵が娘の為にわざわざ用意した嫁入り道具だ。

 それを着れるの女を俺は一人しか知らなかった。

 

 溢れる感情のまま水槽を拳で思いきりぶん殴る、僅かに水槽内の泡が動いただけでガラスはびくともしない。

 何度も繰り返し殴り時には蹴りさえ叩き込む、それでもひび割れどころか水槽を揺らす事さえも叶わなかった。

 材料が特殊なのか、それとも構造が原因かは分からない。

 人間の力で破壊が不可能なら銃火器だ、拳銃を構え直し中を貫通しないように着弾箇所を探して狙いを付ける。

 

『止めておいた方が良いわよ』

 

 やたらデカい声が部屋中に響いて水槽から狙いを外す。

 人間の声や動物の鳴き声とも違うそれは明らかに球っころと同族の物だと分かる独特な物だった。。

 周囲を警戒しつつ部屋の中を見渡すが声の主は見当たらない、考えられるのは相手が目に映らないほど小さいか信じられないほどデカいの二つに一つ。

 

「お前、どっち側だ?」

『発言の意図が分からないわ』

「旧人類側か、それとも新人類の方か聞いてるんだよ」

『……ふふっ、今日は特別な日ね。まさか立て続けに私達の事情に詳しい人間が訪れるなんて。旧人類はとっくに滅ぼされて存在を抹消されたと思っていたのに』

「アンジェをこうしたのはお前か?」

『彼女の事かしら?識別名を教えてもらっていないから貴方の言う「アンジェ」が何者か分からないわ』

「この奇妙な水槽に入れられてる女の名前だよ」

『失礼だけど貴方と彼女の関係は?』

「俺の妻だ、さっさと解放しないとお前が飛行船だろうが人型の機械だろうが容赦なくぶっ壊すから覚悟しろ』

『それは恐ろししいわ。でも残念、今の貴方に私を破壊するのは不可能ね』

「どうしてだ聞かせてもらおうか」

『貴方は既に私の中に居るのよ』

「……くそっ」

 

 何となくそんな気はしてた。

 壊れてない古代の遺物が放つ独特の感覚、この部屋へ導かれたような違和感。

 全部コイツに上手いこと誘導されたって訳だ、随分とナメた真似をしてくれるな。

 このまま暴れて事態は好転しそうにない、下手すりゃ夫婦揃って消息不明だ。

 何とか上手く切り抜ける必要があるが、コイツは球っころとまた違う印象が伝わってくる。

 性格と言って良いのか分からないけどこの遺跡の話し方はどことなく女性らしい。

 

「何でこんな真似をした?」

『何の事かしら』

「アンジェをこの姿にした事だよ」

『私の要求と彼女の願望が一致したからね。私は外界と旧人類の現状を知りたい、彼女は不老長寿に興味がある。良好な関係を構築する為にまずは彼女の願望を叶えてあげたの』

「それでアンジェをこうしたのか!?どう考えてもおかしいだろ!!」

『否定はしないわ。私が情報を知る前に彼女が逃走する可能性は捨てきれないから反抗の意思と力を削ぐ意味合いでこうさせてもらったの』

「今すぐアンジェを解放しろ」

『それは出来かねる提案ね。処置は完了したとしても細胞の安定には私の観察が必要だし。何より報酬が未払いのままじゃ私だけが損をするじゃない』

「見た目の割に俗っぽいなお前」

『目覚めてからずっと関わってた相手が、偏見に凝り固まっていたら差別主義者なら、真っ当な相手を傍に置きたくなるのは当然でしょ』

 

 どうやら騒ぎの原因はコイツだが利用してる黒幕は別に居るらしい。

 そっちについては凡そ察してる、どうやら黒幕達と遺跡の関係は今一つのようだ。

 だったらそれを利用しない手は無い。

 遺跡が持ってる力は強大だけど今の世界については情報が欠けている。

 交渉はどれだけ餌で釣って自分の要求を飲ませるかが重要だ、十代の頃からやりたくもない貴族様を務めてたら相手を陥れる話術ぐらい嫌でも身に付く。

 

「お前の協力者は人間が嫌いだろう」

『えぇ、いつも貴方達人間を滅ぼしてやると息巻いてるわ』

「上のモンスター騒動、あれもお前が原因か」

『騒動の原因と言われたらかなり語弊があるわね、私はあくまでも技術を提供したに過ぎないわ。彼らは私の技術を活用したいけど一方的に使うだけ。私が必要な情報を与えないまま独占したいだけ』

「だから遺跡を護る為にモンスターに襲わせてると。お前はそれで良いのかよ」

『私は旧人類が遺した施設管理用人工知能よ。扱う者が存在しなければ十全に機能を発揮する権限を与えられていないの』

 

 今の文明より遥かに優れた技術を持っていても道具に過ぎない。

 球っころも同じだ、あいつもご主人様になれる旧人類の生き残りを捜してた。

 憐みの気持ちも湧くが俺は家族を殺されるつもりはないし、何百年何千年前のご先祖様達の因縁で人類まるごと滅ぼされるのだって断固拒否する。

 だけど俺は人類代表って柄じゃない、普通よりほんの少しだけ優れた凡才だよ。

 ここは一つ口先で乗りきってやろうじゃないか。

 

「そいつらはアンジェの事は知らないんだろ」

『現状ではそうね。事態の収拾に慌てて私が彼女に接触したのには、まだ気付いていないはず』

「逆に状況が落ち着けばここに来るって訳だな。その時にアンジェが無事な保障はありえないぞ」

『だから情報の引き出しを優先したいの、私には行動の制限があるからこの際貴方でも構わないわ』

「もっと適任者が居る、紹介してやるからアンジェを解放しろ」

『その相手は誰?』

「旧人類が遺した飛行船、その人工知能だ」

 

 明らかに室内の雰囲気が変わった、どうやら遺跡の人工知能は動揺しているらしい。

 無理もない、とっくの昔に滅んでいたと思っていた同族が現れたんだ。

 アンジェや俺を捕まえて情報を無理やり吐き出させるよりも遥かに効率は良いだろう。

 球っころは現時点で人類を滅ぼそうとは思ってない、少なくとも完全に旧人類の子孫が残っていないと確信するまで戦争は控える。

 そもそも上のダンジョンまで球っころは来てる、誤魔化しきれるもんじゃない。

 素直に遺跡と球っころの間を取り持ってやった方が心象は良い筈だ。

 後の流れはなるようになれとしか言えないけど。

 

『……貴方を信用しても良いの』

「少なくても騙すつもりは無いぞ。お前がアンジェを解放しないなら話は別だが」

『……いいわ、一旦は信用してあげる。どうせ時間が経って彼らが来れば貴方の妻を殺せと騒ぎ立てるだろうし』

「信用されてないなぁ、そいつら」

『代わりに私との約束を絶対に果たしてもらうわよ』

 

 遺跡がそう告げると水槽の中が大量の気泡で埋め尽くされる。

 どうやら中の水を抜いてるみたいだ、中で漂ってたアンジェの様子を早く確認したい。

 

「アンジェは元の姿に戻せるんだろうな?」

『彼女を戻せる技術を持っているのは私だけなのを忘れないで。約束を違えたら永遠に彼女はそのままよ』

「おっかねぇな、ちゃんと守るから安心しろ」

 

 アンジェが解放されたらすぐ宿に戻って支度を整える。

 下手すりゃ里の連中を相手に戦闘が始まるかもしれない。

 ただの軽い調査のつもりがとんだ大事件に巻き込まれちまった、俺の人生はいつも俺が知らない所で厄介な事態が進むのはどうしてだ何だよ?

 とりあえず今はアンジェの無事だけは確認したい。

 水槽から解放されて床に転がるアンジェの髪を撫でながら軽く現実逃避する。

 こんな事になるなら家でのんびり領主の務めを果たすべきだった。




リオンとクレアーレ(仮)との初接触。
囚われたヒロインが洗脳や改造されるストーリーはよくありますが今作はどうなるのか?
挿絵付きの次章をお待ちください。

追記:依頼主様のリクエストによりうにたる様、MIYAMA様、鈴原シオン様、うどん様にイラストを描いていただきました、本当にありがとうございます。

うにたる様 https://www.pixiv.net/artworks/129037384
MIYAMA様 https://www.pixiv.net/artworks/129037924
鈴原シオン様 https://www.pixiv.net/artworks/129115780
うどん様 https://www.pixiv.net/artworks/129193708

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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