婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
既に夜もだいぶ更けた刻限、観光地特有の賑わいも衰えつつある街中を男達は目的地に向かって歩み続ける。
傍から見ても奇妙な男達だった。
着込んでいる服装は紛れもなくこの歓楽街の治安維持を務める官吏の物に相違なかった。
曲がりなりにも秩序を護る役職に就くなら周囲に気を配り騒動を収める。
酔い潰れ道端に横たわる冒険者への注意や店員に絡む観光客を諫めようとするものだが、そんな素振りは欠片も見せない。
脇目を振らず只管に道を進み続ける姿は何らかの任務を帯びてる事を否応無しに周囲へ伝えていた。
街の住人達は視線を一旦は送るが我関せずとばかりに彼らの存在を無視する。
下手に関わって手痛い目に遭うよりも目の前の酔客を相手にする方がよほど簡単だ。
男達が発する違和感の正体は全員がエルフ、しかも何処から見ても明らかに秩序を維持する側の人間ではない事が明らかな裏社会に属する者特有の昏さだった。
エルフの里と銘打ってはいるが基本的にエルフ達は人間と関わる事を厭う、ホルファート王国内に於いて亜人との融和政策が施行された後もそれは変わらない。
里を観光地化して収益を上げ愚かな人間どもから金を搾り取る算段が付いた時から里の維持管理を誰に任せるかは重要な課題である。
ただでさえ愚劣な人間と関わらねばならないのに奴らが起こす騒動まで解決しなければならないのか。
そんな不満を解決する合理的な方法が金で人間達を雇う方法だった。
ホルファート王国は冒険者が興したが故に国民の大部分が冒険者に対して憧れを抱く、それこそ貴賤も性別も年齢さえも関係無い。
多く冒険者が限り無き蒼穹に挑む者の成功を収めるのは極々僅か。
残りの者はダンジョンの土に還るか、夢を諦める堅気となるか、或いはならず者として生き延びる以外の道が残される。
困窮する大多数の冒険者崩れを金で雇うなど造作も無い、稼いだ金を里で消費させれば経済は更に潤う。
現在エルフの里は経済による人間の支配という力とは別の形を成し遂げつつあった。
これが虚栄心の強いエルフ達の心を慰め、エルフの里は繁華街の店で働く雑用や空港で働く労働者はもちろん王国との折衷交渉さえも雇った人間を用いている。
そんな里に於いてエルフが治安維持を担う官吏と同じ格好をしている事は周囲が訝しむ状況だ。
しかしそれを指摘する者は存在しない、この歓楽街で働き知恵の回る者ならその意味を簡単に察せる。
つまりは人間に任せられない問題が起きて、エルフ自ら対処に向かう必要があるという事だろう。
官吏の服装を着ているのは『発生した問題は法に則った行動である』という最低限の言い訳に過ぎない。
現に密命を帯びたエルフ達の表情はどれも酷薄であり、その多くが人間を蔑視していた。
一応は現村長の派閥に属しているが、それはあくまでも嘗て専属使用人として貴族に雇われた頃の贅沢な暮らしを再び味わいたいという理由からだ。
寧ろ心情としては前村長のように人間を排斥したいとさえ考え、時にこうしてエルフ過激派からの依頼を受け問題を揉み消す傍らで無聊を慰める事すらある。
今宵も憐れな獲物を捕らえ前村長達へ引き渡せばそれで完了、いつも通りの容易い仕事だとエルフ達は高を括り目的地へ向かう。
昨日のダンジョンで起きたモンスターが冒険者を襲ったという事件の収拾にエルフ達は苛立ちを隠さず、半ば八つ当たりも兼ねてこの依頼を引き受けた。
以前からダンジョンでモンスターが出没する、浮島を訪れた者が行方不明という事案が幾度も起きたが大事にならなかったのは裏でエルフが暗躍していたからに他ならない。
せっかくエルフの里を観光地化するも悪評が広まれば全てが水泡に帰すと考え揉み消しに奔走する現村長。
ダンジョン地下に存在する遺跡を用いて何かの陰謀を巡らすも感付かれたくない前村長。
エルフという種の繁栄と存続という観点では両者の利害は一致している。
故に何か問題が起きれば手を組む事もそう珍しくない、昨日の騒動もそうした事例の一つだった。
目的地に到着するとこれから侵入する建物を暫し眺め続けた、整った外観の建造物はホルファート王国の富裕層が好む建築様式である。
自分達が住む里を観光地化されていく事に憤りを感じるエルフは少なくない、王都の豪華な建物はあくまで外界に存在するからこそ許容されるものだ。
王都で頭の鈍い貴族に上っ面だけ恭順するだけで贅沢な生活を満喫し、ある程度の稼ぎを得たら里に戻って自堕落な暮らしを送る。
そんな日々を過ごせる事は二度と無い、あったとしてもどれだけ先の未来になるか分からない。
こうなったのも全て人間共のせい、獣と同程度の短命種同士がくだらない小競り合いを起こした結果がこれだ。
現在のホルファート王国貴族は亜人を嫌悪し雇う事もほぼ無い、専属使用人として雇っていた亜人達が挙って主君を裏切り情報を流したのが原因だった。
亜人や専属使用人という存在が危険視され、改訂された法律により亜人が就ける職業は限定的となり専属使用人という職業は廃止を余儀なくされてしまう。
豪奢な暮らしを奪われた亜人達は悪びれる事すらしないままホルファート王国に、人間社会に、王家と貴族に対する憤懣を募らせてゆく。
今回の標的が王国の貴族だと教えられた際、この密命に参加した住人のエルフは仄暗い悦びに身を震わせた。
素より人間相手に手加減するつもりなど毛頭ない、しかも相手は貴族ときてる。
取り敢えず一家全員を誘拐した後は夜中に強盗の被害に遭った、或いはダンジョンを探索中の一家がモンスターに襲われたと偽装されるだろう。
それを判断するのはこの里を支配してる者に任せ、自分達は気の向くまま無聊を慰めれば良い。
貴族ならそれなりに装飾品や現金を所持してるだろう、捜査が及ばない裏社会の住人に売り払えば暫くは愉しく暮らせそうだ。
十人のエルフは三つの藩に別れ、別々の侵入経路で宿に到着時間をずらし標的達を襲う予定だった。
官吏を装い宿の正面から来訪する班、従業員用の裏口から侵入する班、非常口から突入する班の各々が目的に応じた役割を分担して貴族一家を誘拐する。
宿を最初に訪れた班は官吏を装い護衛の無力化を担当していた。
情報によれば貴族一家は夫婦と子供達に護衛が数人、典型的な観光目的の貴族が好む人員配置である。
厄介な屈強な護衛達だ、先ずはそちらを始末して逃走の可能性を潰す。
愛しい我が子を見捨てて逃げられる親は多くない、いざとなれば人質としても子供は有効に使えるはず。
速やかに任された仕事を終わらせ非常口から貴族一家を誘拐すればこの仕事は終了。
こんな時の為にこの宿で働いている人間の数人は前々から金を握らせ手懐けている。
部屋に運ばれる料理や飲み物に睡眠薬を仕込ませる、裏口の鍵を開けさせておく、侵入者を見逃し用意した証言を話すように手配済み。
思わぬ抵抗をされた時の為に他の班より一名増やし武器も持たせてあるが楽な仕事に変わりは無かった。
護衛に関しては命を奪っても構わないというのが実に良い、金を貰えて人間を痛めつけられるなんて最高だ。
沸き立つ血を滾りを抑えながらエルフ達は護衛達が泊まっていると聞かされた部屋へ足を進める。
辿り着いた部屋のドアの前に佇むとゆっくりノブを握りしめて回した。
金属が擦れ合う小さな音を確認すると僅かに開けたドアの隙間から室内を伺う、照明が灯されておらず人が動く気配は感じられなかった。
素人め、エルフ達は愚かな護衛達を心の中で嘲笑った。
主人を護る為に交代で見張りを立てる、或いは不寝番を決めるのが護衛だろうに。
睡眠薬を盛ったとして体の異常に気付かないまま眠り込むなど揃いも揃って愚かな人間共だ、やはり人間はエルフに数段劣る生物に他ならない。
ゆっくりドアを開けて薄暗い室内へ侵入し、足音を立てぬよう注意しながら慎重に歩みを進める。
狙いの護衛達は寝室だ、厄介な護衛さえ排除すれば後は容易い仕事だ。
いや、護衛を始末したら他の班が来る前に貴族達を拘束するのも悪くない。
己を狩る側と思い込んでいる最前列のエルフは気付かなかった。
最後尾のエルフが音も無く床に倒れ伏した事実に。
素人かよ、思わず心の中でそう毒付いた。
部屋の入口近くでに身を潜め待つ事暫し、俺の体は完璧に周囲に溶け込んでただの風景と化していた。
頭上でふよふよ浮いてる球っころから出る不可視の光によって後ろの景色を体の表面に映像を映してるから透明に見えるらしい。
もっとも明るい場所で激しく動けばすぐに違和感が出ちまう、彫像のように止まってないとすぐにバレるんで過信は禁物だ。
だけど灯りを消した室内で敵を待つに最適な代物で、体の真横を侵入者達が通り過ぎても全く気付かれない。
部屋に侵入して来たのはこの街で見かける官吏の服を着込んだエルフが合計四人。
大きさが合わず似合ってない帽子なんてをぶってるから長く尖ったエルフ特有の耳を隠せてないぞ。
そもそも身の熟しがバラバラで統一感が無い、全員が前を向いて左右や後方の警戒を怠ってる時点で練度が低過ぎるだろう。
まぁいい、相手がそこら辺のならず者と大差が無いなら俺一人でも充分に対処可能だ。
アンジェと子供達に護衛を付けさせて逃がして正解だった。
最後方のエルフが俺の真横を通り過ぎたら音を出さないよう気を付けてすぐ扉の鍵を閉める。
如何に獲物を逃がさないか、確実に仕留める方法を持ってるかの二つが狩りのコツだ。
まずは最後尾のエルフに狙いを定めて攻撃を始めるとするか、透明の不意打ちが通じるのは最初の一人までだろうから確実に仕留めたい。
亜人が人間よりも強靭な肉体を備えたり魔法の扱いに秀でてるのは揺るぎようがない無い事実だけど、それは人間が絶対に亜人に勝てない訳じゃない。
短命だけど繁殖力に優れ技術を発展させたから人間が勢力を増した、個々の力では自分の方が勝ってると亜人達は考えてる。
身体能力が秀でた方が戦闘に有利なのは確かな事実だ、でもそれだけで勝ち負けがあっさり決まるほど世界は単純じゃないし弱者が強者を打ち負かす寓話は幻想じゃない。
三十代の半ばに差し掛かって体の衰えを感じる反面、研鑽によって得た技術と命を奪い合った経験は若い頃よりも効率的に命を奪う知恵と力を俺に与えている。
人間で才能が足りてない俺でも此処まで到達できたのに部屋に侵入して来たエルフはこの体たらくだ。
長寿って代物は道を究めるには便利だけど目標を持たないとひたすら持って生まれた才能を腐らせるらしい。
最後尾のエルフに密着するぐらいの距離まで詰め寄ると左手で口元を塞ぐ、驚いたエルフは必死に声を出そうとするがその声が仲間のエルフに伝わる事は無い。
そのまま力を込めて壁に押し付けると体ごと押し付けるように拳を腹へおもり斬り打ち据える。
骨に覆われていない腹部は確かに人体に於ける急所の一つではある、だけど腹の一撃で仕留められるかは実に難しい。
その理由は柔らかさにある、肉体が持つ柔軟性は簡単に形を変えて衝撃を逃がしてしまう。
刃物・鈍器・拳銃を使って腹を攻撃すれば簡単に殺せても、人間の拳で思いっきり腹を殴った所で死ぬほど苦しいが精々だ。
怪力で殴れば内臓が破壊できる場合もあるけど腹に穴が空く訳じゃない、怪力無双な訳でも武術の達人でもない俺が腹への打撃で相手を昏倒させる方法は存在しないのか?
その解決方法がコレだ。
衝撃が分散するなら確実に伝えられるように相手を抑えつければ良い。
壁・床に圧し当てる事で衝撃は逃げ場所を失ってしまう、その状態になった後に体ごと体当たりする要領で拳を腹へめり込ませる。
体を大槌に見立て拳を含めた腕全体を杭にした打撃と考えるのが正確か、技術としては単純明快で才能がある奴なら一回受ければ見極めるのは実に単純な物だ。
だけど単純で分かりやすいってのは修得も簡単で応用が利くという利点がある。
俺が求めるのは戦場で相手を確実に仕留められる戦闘技術であって、周りを魅了する複雑な奥義じゃない。
卑怯下劣外道と周囲から謗られても勝つ事のみに専念する。
「……ッ!!」
口を塞がれたエルフは悲鳴を出せないまま白目を剥いて悶えていた。
この一撃を受けると腹がいきなり爆発したような衝撃と同時に内臓がを潰されるような痛みのあまり呼吸すら難しくなる。
腹にめり込んで見えなくなった右の拳からは内臓特有の柔らかさが手袋越しにも伝わってきた。
エルフの口を抑えてた左掌に生温かい物が付着するとそのまま崩れ落ちていく。
もしかしたら内臓が破裂してるかもしれないけど同情はしない、真夜中に襲って来る相手に持ち合わせる慈悲なんて上等な代物を持ち合わせるほど俺はお人好しじゃなかった。
背後の異常に気付いた前のエルフが振り返ろうとする姿が視界の端に見えたその瞬間、倒れたエルフを放置して両脚に力を込めて駆け出した。
視覚が研ぎ澄まされエルフの驚く表情の変化が詳しく見え、腹立たしいぐらい周囲の動きが緩慢になってゆくのが分かる。
十代の頃から戦闘になるとこんな事がよく起きてた、やけに五感が鋭敏になって相手の動きに合わせて体が即座に反応する奇妙な感覚。
日常生活じゃ滅多に起きないくせに、命の奪い合いになるとやたら高揚するこの感覚は正直好きになれない。
何処まで行っても俺が持ってる一番の才能は暴力、それも達人にはなれない中途半端さという事実を突きつけられるようで気が滅入る。
それでも体はこの場で最も適した戦術を選び行動を開始した。
左手大きく突き出すと数滴の液体がエルフの顔に向かって飛散する、液体の正体はさっき仕留めたエルフが吐き出した血だ。
顔に付着した血をとっさに拭おうとして隙が生じた、ほんの数秒程度の隙だがエルフ一人を仕留める時間としては十分過ぎる。
突き出した左手はエルフの頭の下部分に向かってそのままの勢いでさらに突き出す。
当てる場所は顎でも喉でも構わない、要はエルフの平衡感覚を数秒間失わせられるなら打撃の命中場所は何処でも構わなかった。
どうやら掌底は上手い具合にエルフの顎に当たってくれたようだ、ここを打たれると頭が揺れて立つ事も覚束なくなっちまう。
そのまま俺の左手はエルフの喉を思いきり掴み、同時に俺の右手はエルフの左手を掴む。
こうなれば後は簡単だ、ちょっと足を絡めて全身の動きを同調させれば平衡感覚を失った体は簡単に地面へ吸い込まれる。
バルトファルト領軍の訓練じゃ背中や頭から落ちるのは危険なので注意を怠らず必ず手加減をしているが、今回の相手は明らかに俺達を狙って襲って来たエルフ共だ。
受け身を取れないまま地面に叩きつけても俺の心に罪悪感は一切湧かない。
タ゛ア゛ア゛ァ゛ン゛ッ゛!!
隣の部屋や寝室にまで響きそうな音を立ててエルフは床に叩きつけられた。
高価な絨毯が敷き詰められていても大した危険な角度からの落下の前には大した緩衝材にはならない。
呻き声を吐き出しながらエルフは床に転がる、今度はその胸に向かって容赦なく足を踏みつけた。
最後尾のエルフを仕留めた時と同じだ、受け流せない衝撃はそのまま破壊力に変わって人体を壊す。
戦闘や冒険に耐えられる分厚い靴底からでも胸骨が折れる感触が伝ってくる、同時にエルフの呻き声も止まった。
殺したかもしれないという後味の悪さを頭の片隅へ仕舞い込む。
相手を殺さないように手間取って逆に反撃されるよりも、確実に仕留めた後で後悔する方が遥かにマシだ。
こんな姿はアンジェや子供達には見せられない。
流石にここまでやれば他のエルフ達も俺の存在に嫌でも気付く。
この部屋へ入った時は四人だったが、既に半分の二人は床に転がって生きてるかどうかも分からない。
投げ倒したエルフに追撃の踏み付けをした瞬間を狙われたら流石にヤバかったんだが、この期に及んでも二人のエルフは特に何もしてこなかった。
エルフ達の顔は信じられない物を見た恐怖のあまり表情が膠着している。
そっちが動かないならこっちから仕掛けるまでだ、エルフ達の攻撃をぼんやり待つほど俺もお人好しじゃない。
俺の動きに驚いたエルフ達は慌てて懐から銃を取り出そうとするが上手くいかない。
予想していなかった事態に慌てふためいて照準を合わせる以前に満足な構えすら出来ずにいる。
「素人め」
エルフ達の醜態があまりにお粗末過ぎたから思わず口から罵声が漏れた。
お前ら、その程度の技量で俺達一家を襲って来たのかよ。
練度も経験もまるで足りてない、うちの領軍に居る半人前共の方がよっぽど良い動きをするぞ。
敵が策に嵌まった時は後ろめたさと同時に優越感を感じるもんけど、相手があまりにバカ過ぎると逆に苛立ちが勝るもんだな。
これなら球っころの力を借りず同行させた護衛達でも対処可能だ、一人か二人か残しておけば良かった。
慌ててるエルフ達が俺に向けて拳銃の照準を合わせるまで待ってやる必要なんて何処にも無い。
悪いがこのまま一方的に押し切らせてもらおうか。
全力で駆け出すと同時に宿泊費が高い貴族用の部屋に相応しい部屋へ突撃する。
あのまま狭い通路に居たら避ける場所が無くて狙いやすい的になっちまう。
やたらと広い部屋へ入ると同時に近くに在った物を掴む、宿泊客用に据え置きされた椅子だった。
こいつを掴んだのは偶然だったが、どうやら日頃の行いが良いせいで幸運が味方になってるらしい。
猛烈な勢いでエルフ達へ迫りながら椅子の脚を両手で握り込み、拳銃を構え終わる前に大きく振りかぶった椅子を思いきり叩きつける。
ハ゛キ゛イ゛ィ゛ッ゛!!
クッションや背もたれを備えた椅子でも充分な加速と力を込めれば棍棒と大して違いは無い。
破壊音と同時に一人のエルフが床へ突っ伏す、当たり所が良かったのか悪かったのが悲鳴さえ出さなかった。
そのまま握った椅子を感触を確かめる、流石は貴族用に誂えてる家具らしく大きく曲がりはしてるが完全に壊れてもいない。
残りの侵入者は一人だけ、一対一の勝負なら相手が余程の手練れじゃない限りは俺が有利だ。
勢いに乗りエルフに向けて更にもう一度椅子を振るう、だけどエルフは咄嗟に後ろへ下がり攻撃を回避する。
落ち着きを取り戻したのか、それとも単に運が良かったのかは分からないが俺の攻撃に対処できる程度の技量はあるようだ。
右手を突き出し拳銃をこっちへ向ける、流石に音速を超えた弾丸を避ける術なんて俺は持っちゃいない。
咄嗟に握っていた椅子をエルフに投げ飛ばす、狙いが滅茶苦茶なせいで宙を飛ぶ椅子は僅かにエルフを掠め壁に激突し木材の塊に変わった。
体勢を崩しながらもエルフは再び拳銃を俺に向ける。
銃で敵を仕留めるには銃口を向ける必要がある、つまり腕の先には必ず目標が居るのは当然だ。
拳銃を握るエルフの右手は俺に向けて伸ばされた、右手を覆っている服の袖を左手で思いっきり掴む。
回避を兼ねて腰を落としエルフの体勢を崩す、そのまま背を向け体を密着させると同時に相手の体を担ぐように腰と両脚に力を込める前に一工夫。
普通なら俺の右腕を相手の右脇へ当てて抵抗する力を削ぎ担ぎ易くするんだが、わざと右腕を添える位置を変えておく。
ホ゛キ゛ィ゛!
「ぎゃあぁッ!?」
極め技ってのは梃子の原理の応用だ、相手の関節を梃子に見立ててどうすれば最小限の力で最大の破壊力を生み出せるかを追求する学問に近い。
肩を当てる場所を支点として担ぎ上げと同時に体重を利用して腕を叩き折る、その激痛で握っていた拳銃が床へ落ちた。
投げ技と極め技を同時に食らった相手は腕を破壊され投げ飛ばされる以外の道を持たない。
そのまま相手を腰で持ち上げ投げ落とすんだけど少し位置を特定する、落下地点は椅子で殴られ床で突っ伏してるもう一人のエルフだ。
椅子でぶん殴られ気絶してもすぐ意識を回復するかもしれない、ここはエルフ二人のダメ押しとして仲良くぶつかってもらおうか。
腰で相手を跳ね上げ姿勢を落とす、相手を地面に叩きつける投げ技は相手の体重がそのまま破壊力に変わる。
満足な受け身さえ取らせないまま息の根を止める勢いで背負っていたエルフを投げ落とす。
床に衝撃が走った、エルフは床に向け思いっきり叩きつけられたエルフは声さえ出せずにいる。
だけどまだ安心するには早い、腕の骨を折って床へ投げ落としても反撃する気概が残ってるかもしれなかった。
背後から腕を首に巻き付け力を込め締める、胴から頭に繋がる太い血管を締め付ける事で強制的に気絶させる方法は軍式格闘術に於いては締め技の基礎だ。
微かな痙攣の後にエルフは痙攣して体が弛緩していく、どうやら完全に気絶したらしい。
ついでに床に転がるもう一人の方も締め落す、ろくに抵抗もしないままエルフ達は床へ転がった。
『行動開始から156秒で四名を完全沈黙ですか。一人当たり約40秒もかけるとは効率の良いやり方とは思えませんね』
「うるせぇ、俺は最初から本気だしこいつらだって必死だろうが。実戦ってのは上手くいくほうが稀なんだぞ』
『肉弾戦による相手の無力化を選んだのは貴方です。銃や刃物を使った場合、貴方の技量なら半分以下の時間で制圧が可能かと』
「そうしたらこいつらを殺しちまうだろうが」
『寧ろその方が良いのでは?料理や飲料水に薬物を混ぜた後に襲撃した計画犯です、同情する余地はありません』
「……殺したら尋問が出来ないだろ」
『全員を生かす必要はありません、最低限の人数を確保した後で残りは排除する方法が最も効率的です』
「父親ってのは愛する家族の前でどんな理由があっても殺しをしたくないんだよ」
『失敗すれば全てが水泡に帰します』
エルフ達の身動きが取れないように予め用意しておいたロープで手足を縛りながら、俺と球っころと他愛のない会話を続ける。
今回の件に同行する護衛達は毒見役も兼ねていたんだが、日が暮れる前に護衛をつけて家族を逃がした後は球っころに宿のあちこちを調べさせた。
その結果は大当たり。
怪しい場所や物が数ヶ所も見つかった上に、夕飯に出された料理からは薬が検出され夜の襲撃を察知できたのは幸運としか言いようが無い。
こうして憐れなエルフ達は俺が待ち構えてるとも知らないまま部屋に突入して見事に返り討ちにされましたとさ、めでたしめでたし。
『報告します』
「今度は何だよ?」
『別のエルフ達がこの階を訪れました。人数は三名』
「狙いはこの部屋か?」
『不明ですが移動速度から焦りは見受けられません、隣室が狙いと推察されます』
「迎え討つぞ」
『了解しました』
部屋の窓を開けてベランダに出ると冷えた夜風が顔を撫でる。
この宿は一部屋ごとにけっこうな広さのベランダが備え付けられ街の風景を一望できた。
さすがに繋がってこそいないけど、ちょっと跳べば隣部屋のベランダに飛び移る事も簡単なぐらい距離が近い。
拘束したエルフ達を部屋に置いたまま隣のベランダへ跳躍、上手い具合に音を立てず着地できた。
それぞれの部屋の窓に鍵はかけてない、ゆっくり部屋を覗き込むと今まさに侵入者が部屋の扉を開けようとしている。
「球っころ、姿を隠せ」
『了解しました、
また俺の姿が周囲に溶け込み始める、そのまま静かに窓を開けて室内へ入り込む。
さっきと同じようにエルフ達は俺の姿に気付いていない、悪いが叩きのめさせてもらうぞ。
俺の体力が尽きるのが先か、それともエルフの増援が無くなるのが先か。
先が見えない持久戦が深夜の宿で始まった。
今作特有の外道騎士リオンのバイオレンス回、家族を護るお父さんは強い。
原作でもルクシオンの協力を得た戦闘が多いけど本作は少ないので外道騎士と球っころの連携プレーです。
本作のリオンは原作より体格が良く加齢した設定に加えて格闘術を修めているので容赦ありません。
反動で夜の相手を務めるアンジェは大変。
次章は尋問回、更なるバイオレンスにご注意を。
追記:依頼主様のリクエストによりもにのら.様に今作のマンガを描いていただきました、アンジェとリオンの出会いをお楽しみください。
本当にありがとうございました。
もにのら.様 https://www.pixiv.net/artworks/130496789
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。