婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第145章 Mother

 黙々と芋を只管に洗い続ける、先程まで冷暗所に保管されていた芋は掃われていたとしても窪みに土が残っている事も多い。

 井戸から汲んで来た水はすぐに汚れて桶の底が見えなくなる、これでまた汲み直しだ。

 手間こそ掛かるが手を抜く事は許されない、この工程を怠るとどれだけ腕の良い料理人が上手く調理したとしても土臭さが残り風味を損なってしまう。

 芋の調理に於いては丹念な下処理が重要、婚約していた頃に口酸っぱく夫に言われてきた教訓だ。

 どう考えても公爵令嬢に指導する内容ではないが、そうした他の貴族令息や王族と違いもまた私が彼に惹かれた理由の一つだから受け入れるしかなかった。

 存外だが私はこうした作業が性に合っていたようだ、或いは時たま行うからこそ楽しめるのかもしれない。

 世に在る平民の母親は年中無休で我が子を食べさせる事に苦慮している。

 私がレッドグレイブ公爵家に生まれず、平民として生まれていたらどうなっていただろうか?

 彼は元々男爵家の三男で家督の相続はほぼ見込めない、何かしらの職業に就き自らを養う必要がある。

 それなら平民に生まれた私でも釣り合いが取れているな、其処まで考えて漸く思考を止めた。

 

 先程から詮なきことばかり考えている自分に嫌気が差す、明らかに現実逃避してる事が自分でも察している。

 知識や経験をそのままに肉体が若返るなどよくある御伽話の一つだ、まさか現実で我が身に起きようとは夢にも思わなかった。

 或いは太古の昔にはこうした事例が幾つも存在し、それが着想になったのかもしれない。

 何れにしても十歳頃に若返った体の扱い方など必死に記憶を辿った所で思い出せる物ではないし、思い出しても満足に動かせる保障など何処にも無かった。

 取り敢えず嬉しい事は体がとても軽い事ぐらいか、特に肩腰に胸と尻周りは顕著だ。

 三十代の私は体にどれだけの脂肪を蓄えていたのか想像するだけで怖ろしい。

 寒冷地に生息する野生動物達は寒さから身を護る為の防寒具として体内が脂肪を蓄えると聞いていた。

 厳しい自然とではなく室温が管理された部屋で肉体を用いない机仕事や社交する日々が私を肥え太らせたのか?

 体が元に戻るのなら絶対に痩せてやる、元通りにならなくても絶対に太らないと心に誓った。

 

「ははうえ~!」

「どうしたディラン」

「これみて」

 

 舌足らずな口調で私が産んだ末子が差し出した木鉢には手で千切られた葉菜が入れられている。

 先程私が洗っておいた葉菜を食べやすい大きさに千切るように命じたのだが、務めを果たしたと私に褒めて欲しいようだ。

 皮肉な話ではあるが物事の分別がまだ未熟なディランが私の若返りに対して最も動揺が少なかった。

 或いは幼児にとっては十歳ほどの姉と三十代の母も同じ年長者の女で一括りされているのかもしれない。

 

「よくやった、偉いぞ」

 

 何度も頭を撫でてやるとディランは嬉しそうに体を揺すった、この辺りはリオンとの血の繋がりを感じる。

 漸く洗い終わった芋を水桶に入れてディランと炊事場に戻る為に家の扉を開けた瞬間、けたたましい子供達の声が耳を襲った。

 

「干し肉は水で戻すべきだろう!」

「そのまま入れた方が美味いって!」

「もう適当に飯盒に入れちゃいなさいよ」

「何で私まで料理をさせられるのよ……」

「文句言わないでさっさと皮を剥いたら」

 

 ……家の中が子供達の声で騒がしいのは人数の問題だ。

 決してバルトファルト伯爵家の教育方針が大雑把という訳ではない、そう考える事にしよう。

 私は子供達にスープを作る為に材料の下拵えをしろと命じた、だが屋外の井戸で芋を洗っている間に作業は碌に進んでいない。

 一番幼いディランが最も私の命に忠実とは思いたくないがこれも現実だ、厳粛に受け止めるしかないだろう。

 水桶に入れてある芋の中から小振りな物を四つほど取り出し、それぞれの頭へ目掛け放り投げた。

 それぞれ目標から外れる事も無く命中、若い体は筋力と引き換えに五感が研ぎ澄まされているらしい。

 

「……何をしている貴様ら」

 

 溜め息を吐きながら子供達に声を掛ける。

 私の姿を確認すると各々が気まずそうな表情を浮かべて顔を背けた。

 生憎だが私は体が縮んだ程度で我が子への態度を変えるような母親ではない。

 子供の姿で威厳が無いと言うならば相応の言動を取らせてもらうまでだ。

 

「……リーアが干し肉をそのまま鍋に入れようとしました」

「いちいち水に浸してたら時間がかかるじゃん、生肉と一緒に入れた方が時間が短くて済むよ」

「野菜だって同じだわ、具材をまとめて煮る方が簡単だし」

「野菜の皮剥きも肉を刻むのも嫌ぁ…、こんなの令嬢のやる事じゃない」

「やっぱり大きさを揃えて切った方が良いと思って」

 

 どうして三女のメラニーと末子のディランが真面目に調理の下拵えに取り組んでいるのに、上の兄姉達は調理法や態度がこれほど異なるのか。

 私とリオンの血を受け継いだ子供達は各々が特徴的過ぎて均等に扱うのも骨が折れる。

 別行動しているリオンが戻るまでに調理を済ませたかったがこれでは先行きが不安にもなる。

 子供に多くを望み過ぎるのは親の傲慢でしかない、しかし自活できる最低限の技能や社交性を備えさせておく事すらしないのもまた子に対して放任が行き過ぎだろう。

 

「メラニー、スープの具材は細かくし過ぎると煮た後の噛み応えが無くなってしまうぞ」

「はい」

「ライオネル、干し肉はスープの出汁として使うから余分な塩と香辛料を落とす為に最低限の水洗いにしておけ」

「母上のご随意に任せます」

「リーア、生肉は干し肉とは別に調理するぞ。骨や皮を外し香り付けの為に軽く焼く、切り落とした部分からも出汁が採れるから捨てるなよ」

「分かりました」

「アリエル、雑な調理でスープが不味くなったら責任を取って貴様が平らげろ」

「何でッ!?」

「嫌なら手を抜くんじゃない、無法な行いは全て己に帰ってくると心得よ」

「……は~い」

「ロクサーヌ、確かに貴族令嬢は己で調理せずとも食にありつける立場だろうな」

「でしたら!」

「だが調理をしなくていい立場である事は調理の技能を持たなくて良い事と同義ではないぞ」

「仰る意味がよく分かりません」

 

 ロクサーヌは私達の子の中で最も貴族令嬢としての矜持を持っている、その事自体は取り立てて咎められるような物ではない。

 だが、それはあくまでホルファート王国が永く安寧の時代が続き身分制度が盤石という状態が前提だ。

 この世界は我々の想像を遥かに凌駕し混沌を齎す物で満ちている、それこそ私の肉体を若返らせたロストアイテムのように。

 加えてライオネルとアリエルにとってホルファート王国と旧ファンオース公国の戦争は物心つく前の出来事であり、他の子供達にとっては生まれる前の出来事だ。

 戦争を知らない者は平和の尊さを知らずに争いに憧憬を求める、奢侈に慣れた者は物事に於いて本当の価値を見極められず欲に溺れる。

 思い返せば戦前のホルファート王国が腐敗していたのは驕り高ぶった貴族達が国の中枢に蔓延っていた事が主な原因の一つ。

 こうして領地や屋敷を離れた非日常の場だからこそ子供達へ伝えられる事もあるだろう。

 

「貴族が尊敬されるのはあくまで祖先が王家に対する何らかの功績を挙げた事によって爵位や領地を下賜されたからに過ぎん、貴様ら自身の存在が貴い訳ではないと努々忘れない事だ」

「それと私達が調理する事に何の関連性が?」

「お前達が普段食べている食料を作ってるのは誰だ?料理を賄っているのは誰か考えた事はあるか?」

「ちちうえ!」

「おい、誰かディランの口を塞げ」

「私は嫌よ、嫡子のライオネルがやりなさい」

「面倒事を全て僕に押しつけるな」

 

 邪気の無いディランの返答に場の空気が弛緩する。

 いや、確かにリオンは暇を見ては自ら畑仕事を率先して行う貴族としてはかなり奇特な男なのだが。

 彼をホルファート王国貴族の基準とするのは間違いなく誤りだ、幼いディランにとって父親のリオンこそが貴族としての指針であるが故に説明が難しい。

 まぁ、ディランに関しては成長した後で問題無い、今は十歳を越えている他の五人に説明する方が先だ。

 調理しながら子供達に説明するのは手元が危うくなるが、こうした機会は滅多にない上に今は調理を進めなくてはいけない。

 縮んだ私の手でも扱える小さなナイフを持ち芋の皮を剥きながら話しておこう。

 

「いつも領民達に傅かれていれば己が優れた存在だと勘違いしやすくなる。珍味や佳肴を貪って美麗な品々に囲まれて生きていると物事の価値を見誤ってしまう」

「だからこうして自炊しろと仰るのですか?」

「他の理由もある。お前達が生まれる前の戦争の際には、数多くの貴族が失態以外に普段の不品行を咎められて没落した。そうした没落貴族の令息令嬢が至る末路は悲惨な物だった」

「例えばどんな?」

 

 不服そうな表情を浮かべるロクサーヌに対しアリエルは悲惨な末路を辿った令息令嬢について興味津々だ。

 他の子供達の中でこの長女だけはどんな状況に陥っても、一人だけしぶとく生き残りそうな気がしてならないのは何故だろうか。

 そんな事を考えつつ皮を剥き終えた芋を木鉢に入れた、水桶にはまだ芋が何個も残っているから手際良く片付けねば。

 

「血筋だけが取り柄の令嬢に熟せる仕事など碌に無い、ましてや取り潰しされた名家の娘など面倒事の種だ。真っ当な職にも就けずその殆どが娼館で働く事になった」

「しょうかんってなに?」

「ディランはまだ知らなくていい」

「え~」

「それでも客を愉しませて貴族の愛人や妾になれたのは極々少数、他の者は歳を重ね客を取れなくなれば娼館から追い出され、劣悪な環境で生きる事となり病を患おうと誰にも助けてもらえず命を喪う者が続出した」

「その対策がコレですの?」

「身の回りの世話を使用人に任せていた高位貴族の令嬢ほど凋落は早かった。逆に爵位は低くとも自活できる力があって愛想が良い令嬢は冷静に現実を受け入れて対処できた。もしも伯爵家に何かが起きた場合に備えてお前達にある程度の自活能力を授けておくのも母の責務だろう」

 

 したり顔で宣う私であるが、そんな考えに至ったのはリオンと婚約して子供を産んだ後である。

 思い返せば今の縮んだ体と同じぐらいの私は確かに優秀だが驕慢な女だった。

 優秀だったが公爵令嬢と次期王妃としての務めを果たす事のみが己の存在意義と捉え、それを阻む者ならば誰に対しても敵視して噛みついた。

 本当に皮肉だが、あの婚約破棄が無ければ私は人間として為政者としての視野が広がる事は無かった筈だ。

 現在はこうして面倒事に巻き込まれながらも幸せな生活を送っている事を踏まえれば、他者が羨む地位から堕ちたとしても幸せは見え難いが確かに存在してはいる。

 今の私が母として伝えられるのは地位に驕らず己を鍛えればどんな状況に於いても生き抜ける事実ぐらいしかあるまい。

 

「良い機会だ、いざという時に身を護りながら適切な調理が出来る程度の事を学んでおくがいい」

「お母様……」

「どうしたメラニー?」

「仰る事は理解できますが、もう少し丁寧に芋の皮を剥いてもらえませんか」

「……剥けているじゃないか」

「剥いた皮が厚過ぎます、剥き終わったら大きさが三分の二ぐらいに減ってます」

「だが芋の芽はきちんと除いているし、剥き残しも無いだろう」

「これじゃあ小さいのは煮てる最中に崩れちゃうと思うんですけど」

「失敗もまた経験だ、そして私は不器用ではない。単に縮んだ体に慣れていないだけだ」

 

 メラニーは学術的な知識が豊富で記憶力が良い、その影響で僅かな違いを見抜いて容赦なく指摘する。

 これではせっかく母親としての金言を伝えたのに、メラニーが細かい箇所を指摘したお陰で私の威厳が保てないではないか。

 微妙に重い空気が室内を漂い始める、これからどうやって子供達を諫めたら良い物か。

 

「皆様~、お待たせしました~」

 

 扉が開くと間延びした声が室内に響き、緑髪の女性エルフが大量の荷物を床に置く。

 彼女はこの家の主であるユメリアだった。

 

「食器を貸してもらうのにかなり苦労しました、これで必要な分はあると思いますよ」

「世話をかけてすまない、後で相応の礼をさせてもらおう」

「お気になさらないでください、補佐役様から皆様をお世話するよう言付かっていますから」

「だからと言って謝意を示さぬ訳にもいくまい」

「あと補充の食料に、お子様達の為にお菓子も幾つかご用意してます」

「おかし?」

「止めなさいディラン、お菓子は食後のお楽しみだ」

「え~」

「お前達も!休憩の前に調理を終わらせろ!」

「「「は~い」」」

 

 如何にもやる気を感じさせない我が子達の返答に頭が痛くなる。

 まぁ偶には子供達と一緒にこんな過ごし方をするのも悪くはあるまい、そういった意味で体が縮んだ状況に感謝すべきか。

 この場にリオンが居ない事が惜しまれる、彼は今も私を元に戻そうと懸命に動いてる。

 私に出来るのは此処へ戻ってきた時の為に温かく美味い食事を用意する程度、それがひどくもどかしかった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 風が木々を揺らし木漏れ日が肌を温める、静謐な空気は聖地のような峻厳さを醸し出していた。

 食事を済ませた後で子供達は遠慮もせずに屋内で各々がしたい事をやっている。

 標準的な大きさの家に私と六人の子供達は多過ぎた、バルトファルト領の屋敷ならともかくこの家だと子供達の圧迫感で息苦しさすら覚え気が休まらない。

 こっそり屋外で独り物思いに耽っていたらディランが追いかけてきたので拒絶せずやりたいようにさせた。

 安心した表情を浮かべたディランも満腹による眠気に誘われて縮んだ私に寄りかかりながら寝息を立てている。

 

「よくお眠りですね」

「私がこうなりリオンが居ないのが不安なのだろう、寂しさを紛らせる為にやたら私に纏わりついてくる」

「……本当にアンジェリカ様なんですね」

「信じられないのは仕方ない、私自身も困惑している」

 

 話しかけてきたユメリアの手には皿が数枚あった、この家の近くで見張りをしている護衛達に食事を配ってくれたのだろう。

 ユメリアはおっとりした言動だがエルフしては人間に対する偏見が殆ど無かった。

 自分の家に私達を匿ってくれる事からもそれがよく伝わる。

 

 私とリオンが避難場所に選んだのは里長達が居るエルフの集落だった。

 飛行船を用いてエルフの里から離れる案は一見すると良案に思えるがバルトファルト領へ戻る前に包囲されれば地上以上に逃げ場所が無い。

 そもそも飛行船を含めた戦力にも限界があるので抗戦にも限界があった。

 加えて王都から訪れる王国軍や神殿勢力が訪ねて来た場合は主導権を奪われてしまう。

 子供達だけでも逃がす方法も考えたがもし捕まれば人質として使われるのは目に見えている。

 あのロストアイテムを使えば解決は容易いかもしれないが、あれはホルファート王国どころか世界その物一変させる劇薬だ。

 私が切っ掛けとなり世界の崩壊が始まるなど想像したくもない。

 

 ならばと考えて私達が協力を求めた相手は里長の補佐役だった。

 今回の一件に関しては里長の一派も事態の収拾に動き、私達に対して協力を要求している。

 妻がこんな体にされたのだから前村長達が裏で行っている企みを潰す為にも匿え、リオンはそう直談判したらしい。

 流石に非礼が過ぎると感じたが意外にも補佐役はリオンの提案を受け入れる。

 少なくとも里長一派は本気で人間との共存共栄を願っている事が分かり、この集落で私達を匿うと確約した。

 しかしエルフ達の指導者である里長の近くに居れば否応なく目立ってしまう。

 其処まで考えた末に潜伏場所に選ばれたのはユメリアの家だった。

 

「お子様達は随分とお元気ですね、私の家がこれだけ賑やかになったのは初めてです」

「重ね重ねすまない。普段はもう少し落ち着いているのだが舞い上がってるらしい」

「お構いなく、むしろ寂しい想いをせずに済みますから」

「……私の体を元に戻そうとしなくても構わないのだがな」

「え?」

「若返りを受け入れる、或いは変わらぬ姿のままで生きていく事さえ受け入れたら家族を危険に晒す事もあるまい」

「本気ですか」

「半分は本気だ、半分は自分でもよくわかっていない」

「家族の中で自分だけ老いないのは辛いものですよ」

 

 そう告げるユメリアの瞳は深い哀しみを湛えている。

 今までの穏やかな雰囲気ではなく理知と神秘性を兼ね備える伝承や昔話でしか聞いた事が無い神秘の亜人。

 物欲と蔑視に塗れたエルフとは明らかに違う存在が其処に居た。

 

「アンジェリカ様はカイルをご存知でしょうか?」

「王立学園に在籍していた二十年近く前はよく見かけたな。現在は聖女になったオリヴィアの専属使用人だから、平民が専属使用人を雇うとは不相応だと陰口を叩かれていたのを記憶している」

「やっぱりそんな扱いだったんですね、手紙には良い御主人様に巡り合ったとしか書いてなくて」

 

 虚しく渇いた笑いだった。

 諦観や後悔に満ちている事は薄々ながら察せられる、どうやらひとかたならぬ話らしい。

 今の私は自分の事で手一杯なので気分が落ち込むのは勘弁して欲しいが、拒絶する気が不思議と起きなかった。

 噂話や他人の不幸に興味を持つ女の習性が疎ましい。

 

「カイルはエルフと人間の血を継いだハーフエルフです」

「まさか、本当に実在していたのか?」

「少し前までハーフエルフはエルフ達からも嫌われていたんです。消えない罪の証だがら産むな、ハーフの存在が居ると他のエルフが専属使用人になれないって」

「……なるほど、そういう事情か」

 

 嘗てのホルファート王国ではエルフや亜人を専属使用人として雇うのが貴族間で流行っていた。

 使用人と言いながらも実態は男娼や娼婦と大差無い場合が殆どである。

 婚礼前の令嬢や令息が亜人の専属使用人を侍らせても文句を言われなかったのは『どれだけ外見が似ていても異種族故に子供が出来ない』と考えられていたからだ。

 それなのに専属使用人が令嬢を孕ませる、或いは令息が専属使用人を孕ませたらどうなるか?

 家督相続や政略結婚に支障が出るのは分かりきっている、下手をすれば御家騒動や家の取り潰しにさえなりかねない。

 防ぐ方法として最も簡単なのは亜人の専属使用人を雇わないだが、当時のホルファート王国で亜人が就ける職業は極めて限定されていた。

 エルフが最も稼げる商売が専属使用人、その就労にとって不利になるハーフエルフ。

 存在を秘匿されるのは当然の成り行きだ。

 

「私は貴族様に雇われいたのでそうした行為も命じられました。何度かそうしてる内に妊娠した事が発覚したんです」

「……なるほどな」

「すぐに屋敷を辞めさせられて仕方なく里に戻って来たんですけど皆が産むのを反対しました」

「気分が悪くなる話だ」

「すいません」

「お前は何も謝らなくていい、悪いのは性根の腐った貴族と生まれる子を厭う同族達だ」

 

 私の妊娠出産は周囲から祝福された物だった。

 しかし世の中には親に望まれず生を受ける子供が数多く存在する。

 皮肉な事だが嘗て貴族でありながら没落し、避妊さえろくにしない劣悪な環境で娼婦に身を堕とした者ほどそうした悲劇を起こす。

 為政者はこうした問題が犯罪や疫病に発展する可能性を考慮して真摯に対応しなくてはならない。

 何より母親になった私としてもこうした問題が起きる状況には憤りを隠せなかった。

 

「それでも生みたかったんです。子供に縋るなんて母親失格かもしれませんが」

「恥じるな、我が子を厭う母など存在してはいけない」

「生まれたカイルは良い子でした。暮らしが貧しくても文句を言わず私を助けて続けてくれたんです」

「立派な息子だな、誇りに思え」

「でも気付いてしまったんです。私と一緒に居るからカイルは苦しむし、私はカイルと一緒に居たら狂うって」

 

 ユメリアの語気が強まり剣呑な話になってきた。

 だが逃げる気は起きない、この話を聞き逃す事は許されないと直感的に悟る。

 彼女は真摯に私に何かを伝えようとしていた。

 

「ハーフエルフの寿命は人間とそう変わりません。成長も老いの速さも一緒です」

「……そうか」

「カイルがおじいちゃんになっても私は殆ど今の姿のまま。あの子が死ぬのを見たくないから一緒に住もうとしない。私はひどい母親なんです」

「気に病まずともいい、私も子供達が命を喪うと考えたら心が張り裂けそうになる」

「養う貯えが無くなったからあの子は専属使用人になって、聖女様の付き人になった今でも仕送りを続けてるんです。私なんか忘れて自分と聖女様の為に生きたら良いのに」

「本当に素晴らしい息子だな」

「はい、あの子はそうするのが幸せだから気にしなくて良いと手紙に書いてくれました」

 

 声が震え始めユメリアの声がくぐもっていく、恐らく泣いていると察する。

 その顔を見る事は躊躇われた、こんな状況になっても愛してくれる夫と子供達に囲まれている私が何を言っても慰めにならない。

 私に寄りかかって寝るディランの髪を撫でながら此処に居ないリオンを想う。

 

「……すいません、つまらない話をしちゃって」

「謝るな、私にとっても有意義な時間だった」

「ですから、その、えっと。アンジェリカ様も元に戻る事を諦めないでください。家族と一緒に過ごせるのはとても幸せなんですよ」

「あぁ、痛み入る忠告だ。胸に刻みつけて置こう」

 

 思いがけない話に自分の心が随分と弱っている事に気が付いた。

 やはり精神は肉体に引き摺られる物なのかもしれない。

 取り敢えず今は若返った体を元に戻す手段を諦めず前向きに考えよう。

 そうしなければ私の為に必死に駆け回るリオンに申し訳が立たない。

 

 ぼんやりそう考えているの周囲から木の葉同士が擦れる音とは違うざわめきが聞こえた。

 音の方向を見ると見慣れた男が此方に近寄って来る。

 彼が私の夫だと気付くまで数秒を要した。




アンジェと子供達、アンジェとユメリアの交流回です。
原作はユメリアとアンジェの絡みが少なく、マリエやリヴィアが多いので母親になったアンジェと共通の話題にで盛り上がる流れに。
子供達の食事シーンはカット、リオンと幼アンジェのイチャイチャは次章に持ち越しです。

追記:依頼主様のリクエストにより감자싹様、おおおおありくい様、ピザシー様、MIDNA様にイラストを描いていただきました。
また9430様に以前描いて頂いた挿絵イラストがpixivに投稿されました、本当にありがとうございます。

감자싹様 https://www.pixiv.net/artworks/130880704
おおおおありくい様 https://www.pixiv.net/artworks/131116844(R18注意
ピザシー様 https://www.pixiv.net/artworks/131142185
MIDNA様 https://www.pixiv.net/artworks/131245105
9430様 https://www.pixiv.net/artworks/131090042

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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