婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第146章 Meal Time

 突如として木陰から現れたリオンの姿は明らかに普段とは違っていた。

 周囲を威圧する剣呑な気配を漂わせ、近付く者全てを威嚇する獣のようで声を掛ける事すら躊躇ってしまう。

 愛する夫の外見についてとやかく言うつもりは無いのだが、顔に刻まれた傷痕が否応無しに激しい争いを連想させるのだ。

 体が縮んだ影響のせいかリオンが普段より大きく見える、例えるなら獲物を探している内に人里へ紛れ込んでしまった大型肉食獣が一番近い。

 

 隣へ目を移すとユメリアの顔が引き攣っている。

 数日前に知り合ったばかりな相手が戦意とも殺意とも分からぬ気配を漂わせては彼女が怯えるのも致し方ない。

 今のリオンを子供達に会わせるのは大分よろしくない上に、部下達との作戦会議でも支障が出てしまう。

 この場に於いてはまず最初に私が彼の緊張を和らげる必要があった。

 リオンが奔走する原因は私だ、私が心配ないように振る舞わなければリオンも寛げないだろう。

 

「戻ったなリオン、一晩中動き回って疲れただろう」

「……まぁ、そこそこ」

「大過無く済んだように見えるが怪我はしてないな?」

「……大丈夫、怪我は無いよ」

「解決の糸口は見つかりそうか?」

「……どうだろうな、まだよく分からん」

 

 リオンの口から漏れる言葉はどれも歯切れが悪い。

 思った以上の結果を出せず焦れていると彼の態度からありありと伝わってくる。

 私達が知るだけでもエルフ達が住む一つの浮島に様々な事情が複雑に絡み合って陰謀の坩堝と化していた。

 私達が身を寄せている里長の集落も絶対に安心とは言い難い、あくまで現在は利害の一致してる協力者と捉えるべきだろう。

 個の力には限界がある、普段なら私も協力できるのだが縮んだ少女の体ではリオンに付いて回るのも一苦労だ。

 せめて彼の疲労回復ぐらいは手伝わなければ妻としての沽券に関わる。

 そう思ってリオンに近付くと服の汚れが目に付いた。

 

 衣服に点々と付着する黒ずんだ染みは泥や埃による汚れとは明らかに違っている。

 袖の縁や膝周りだけに汚れが集中していた、土が剥き出しの道や森林を歩き回るだけでこうはならない。

 液体が付着して時間の経過と共に変化を起こした物なのは明白である。

 もしこの染みがどんな状況で付けられたかを私が察せられないと思ってるなら随分と甘く見られた物だ。

 体が縮んだ事に驚いた当初ならともかく、今の私は元の状態と比べても大差なく程度に思考力は回復した。

 母が子供の隠し事を探る、妻が夫の不義を疑うより容易い問題である。

 意外に血の気が多く荒事に慣れたリオンが今の状況下で選ぶ行動などその場におらずとも推察は十分に可能だ。

 

「誰と戦った?」

「ちょっとエルフを十人ぐらい」

「……そうか」

 

 犠牲者の数が多いのか少ないのかはその時の状況による。

 ただ物言いが一々と癇に障るロストアイテムが同行してリオンの体が傷付く事はほぼ在り得ない。

 一体どんな方法を使ったのか分からないが、そのエルフ達は嘸かし無惨な状態にされたのは確かだろう。

 悪名高い外道騎士を相手にして命を失わずに済んだのは僥倖だ。

 何しろリオンは闘争を厭う男ではあるが、敵対する者に対しては一片の情けすら掛けず徹底的に叩く。

 それ故に戦いを終えた後は速やかに労う必要があった、そうしなければ心理的な重圧で彼は潰れてしまう。

 大義名分与え戦が避けられない状況に陥っても、全てが終わった後で悩むのが外道騎士と畏怖されるリオン・フォウ・バルトファルト伯爵の真実の顔だ。

 

「取り敢えず家の中に入れ、子供達もリオンを心配している」

「俺より心配なのはアンジェの方だろ」

「皆が私を元に戻そうと必死に駆けずり回っている、その中でお前が最も働いているんだ。リオンが倒れれば全てが水泡に帰すと心しろ」

 

 我ながら可愛げのない物言いだがこうでも言わないとリオンは無茶をする。

 普段は愚痴ばかり呟くくせに本当に辛い事は一人で抱え込んで他人に知られないよう隠してしまう。

 いっそリオンが本当に邪知暴虐な外道な男だったら此処まで悩む必要もないのだが。

 尤も彼が良心の呵責を一切持たない男であれば、私は縁談を断わり早々に王都の実家へ戻っていただろう。

 バルトファルト伯爵家に嫁いでから既に十数年が経過したが、人と人の縁とは奇妙な物だと常々感じている。

 誰もが羨む王族との婚約が上手くいかず、戦争で成り上がった新興貴族と仲睦まじい夫婦になるのだから。

 

 とりあえずは現状に於いてる最優先事項はリオンの体調管理になる。

 軽く下から眺めるだけでも今の彼は顔色がやや悪く口数も減っていた、明らかに疲労を隠しきれていない。

 自分の体調について無頓着な所が初めて顔を合わせた頃から残るリオンの悪癖だった。

 領主や農夫の才能より兵卒や工作員として秀でてるせいなのか、彼は何処となく己の体力を過信している。

 十代から二十代の頃なら気力で押し通せただろう、しかし私達は既に三十代の半ばに差し掛かっていた。

 経験で補える部分も確かに存在するかもしれないが、気付かぬ衰えが命取りになりかねない。

 

「ともかく家の中に入ろう、顔を見せて皆を安心させてやれ」

「分かった」

 

 扉を開けてユメリアの家へ先導しても相変わらずリオンは顔を顰めたままだ。

 屋内には先程まで皆で調理した料理の残り香が鼻に纏わりつく、簡素な料理であったが子供達が文句を言う事は無かったのを思い出す。

 焼いたパンに具沢山なスープという普段から食している料理も、非日常の場で自ら調理する体験が香辛料となったのだろう。

 思い返せばリオンが最初に出会った時点で茶を振る舞い、翌日の食事も忘れずに用意してくれたものだ。

 そういった思いやりがあったからこそ私はリオンに惹かれたのかもしれない。

 決して、決して私の食い意地が浅ましい訳ではないぞ。

 

「……戻ったぞ」

「おかえりなさい…」

 

 気怠げな態度でリオンは皆に呼びかける。

 帰還した父の声を聞いた子供達が一斉振り返ったが、リオンから放出される威圧感から今は近付かない方が得策と考えたようだ。

 よくよく考えてみればリオンがこんなに不満を露わにした姿を子供達に見せる今日初めてかもしれない。

 いつもは我が子にどれだけ邪険にされても全く懲りず、滅多に怒る事もない父が不機嫌な表情を隠そうともしないのだ。

 年齢を重ねた子になるほど普段のリオンと印象が違い過ぎて戸惑うだろう。

 

「ちちうえ~」

「……おう」

 

 物怖じせずリオンへ近付く小さな影が一つ、末子のディランだ。

 まだ幼く気配を読むという情緒が未発達な息子にとっては半日以上も姿を見せなかった父の帰還である。

 リオンに対しての恐怖を微塵も見せない行動は頑ななリオンの態度を解してくれるに違いあるまい。

 そんな淡い期待を持って父子の再会を眺めていたが事態が好転する気配を見せなかった。

 

 いや、幼子に其処まで期待する事その物が他力本願過ぎているな。

 体が縮んでいるせいなのか、どうも今の私は周囲からの刺激に対して敏感過ぎる。

 無意識に思考が危険から遠ざかり身を護ろうとして不機嫌なリオンから離れようとしているらしい。

 普段はリオンと私の身長差が頭一つ分弱程度に対し、今は私の視線がリオンの心窩辺りまで下がっていた。

 このせいでリオンが隣に居ると強い圧迫感を受けてどうしても後ずさってしまう。

 そんな私の態度を見た彼が不安になるのは仕方のない事だろう、此処は私が率先して緊張を解きほぐすべきだ。

 

「リオン、食事はまだだろう?すぐに温め直すから食べておけ」

「飯か…」

「子供達全員が協力して調理したんだ、見た目は粗いかもしれんが味は保障する」

「ぼくもてつだったの!」

「あぁ、ディランが野菜を洗って千切ってくれたぞ。偶にはこうやって手ずから調理するのも悪くない物だな。いっそ領地に戻ったら時折りこうして家族水入らずで料理を拵えるのも悪くないぞ」

 

 いつになく多弁になってしまった、これでは無理に気を使っていると自ら暴露しているも同然だと喋り終わってから気付く。

 傍から見ると縮んだ私はリオンと父娘ほどの年齢差に見えてしまう、少女と幼児が屈強な男を必死に癒そうとする姿は見る者によっては痛ましく感じるだろう。

 事実、ディランを除いた他の五人の子供達はどのように声を掛けていいか分からずに戸惑っている。

 それでも尚、リオンを癒したいという私の気持ちは本物だ。

 私の夫は危機的状況になると途方も無い行動に出て自分の健康や命を軽視しがちになる。

 ある意味では赤子よりも手が掛かり迂闊に目が離せない面倒な男であった。

 

「飯は要らないよ」

「……」

「携帯食を食ったし、やる事がまだ残ってるから」

「……」

 

バキッ

 

 リオンが拒絶の言葉を吐き終えた直後に私の拳がリオンの腹部に命中する。

 華奢な少女の拳撃と柄で鍛えられた成人男性の腹筋、勝敗は論ずるまでもない。

 薄い脂肪の下に隠れる腹筋の前に鍛錬すらしてない少女の拳など痒いだけだろう。

 

「何だよアンジェ?」

 

ゲシッ

 

 何の感情も映さない瞳が腹立たしくなって更に追撃。

 向う脛の辺りを容赦無く蹴り上げる。

 厚手のブーツに覆われたリオンの太い脚の前に私の爪先如きが敵う筈もなかった。

 寧ろ蹴った私の方が大きな損傷を被っていた、『どうしてリオンはやたらと体が大きいのか?』と理不尽な怒りさえ湧いてくる。

 

「次は股間を狙ってやる」

「流石にそれだけは止めてくれよ」

「私達の厚意を無碍にしたリオンが悪い」

「仕方ないだろ、事態が事態なんだし」

「ならばちゃんと食事を休息を取るべきだ」

「だから携帯食を食ったって…」

「それだけでは栄養が不十分だ、普段からそう口にしているのは誰かな?」

「…………」

 

 返答に窮するリオンが口を噤む、漸く一矢報いる事が出来た。

 リオンの言う携帯食とは小麦粉に様々な木の実や乾燥果実に砂糖と蜂蜜等を加えて焼き固めた物である。

 防腐剤代わりに甘味を加えたお陰で腐り難く保存も容易、少し硬めの焼き菓子のようになかなかの美味で腹持ちの良いと兵からの評判も良い。

 確かに栄養も豊富で訓練や実戦に於いては的確な判断と認めざる得ない、しかし栄養を補給するのみでは疲労回復できないのが人体の不可思議という物だ。

 

 何より今の私達はリオンに負担が集中し過ぎている、それは即ちリオンが倒れた瞬間に全てが崩壊する危うさを示している。

 私達にはあのロストアイテムを御するのは不可能、故に自分本位な言い方になってしまうがリオンを十全に働いてもらえる環境を整える必要があった。

 

「ロストアイテム、此処に居るのか?」

『私に何用ですかアンジェリカ』

「私達が此処に匿われた後からリオンの行動を教えろ」

『54428秒間に渡り活動を継続しています。途中で栄養補給と水分補給を1回、2147秒の仮眠を行いました』

「体調はどう変化している?」

『交感神経が通常時よりも活発です。疲労と軽い興奮状態が続いた影響で集中力にやや乱れが生じていますが許容範囲内だと推察します』

「ほら、別に問題無いだろ」

「都合の良いように捉えずちゃんと聞け、集中力が乱れてるとも言っていたぞ」

「だからって俺が休んでる時に何かあったらマズいだろ」

「ロストアイテム、この浮島全体の現状はどう変化している?」

『歓楽街及び過激派エルフの砦を観察しましたが目立った動きはありません。各勢力が牽制し合った結果として迂闊な行動を控えていると推察されます』

「リオン、各々に交代で見張りを出しているから何かあれば報告があるように手配済みだな」

「ちゃんとやってるから安心しろ」

「なら休め、指揮官が倒れては本末転倒だぞ」

「……分かったよ。口喧嘩じゃアンジェには敵わない」

 

 リオンが折れてくれたので漸く室内の緊張が弛緩してくれた、子供達も落ち着いて私達を眺めている。

 とりあえず冷めた料理を温め直す為に竈へ向かうも既に火は消えていた。

 慌てて火を点けようと火打石と火打金を打ち合わせるが上手くいかない。

 この家の竈に慣れていない上にかなりの年代物だ、加えて私は火打石での点火方法に慣れていなかった。

 いかん、こんな姿のままリオンの目の前で手際良く調理する思惑が外れてしまうとは。

 確か持ち込んだ荷物の中に冒険者が煮炊きで用いる点火用器具があった筈だが何処に収納したか分からない。

 いっそ火の魔法で点火してみるか?

 魔法によって発生する火は自然現象と異なるので調理に適さないが仕方あるまい。

 

「母上、交代しましょう」

「…………」

 

 背後から声を掛けられる、振り返ると子供達が私の後ろに集まっていた。

 

「……大丈夫だ、お前達が心配するほどの事ではないぞ」

「無理をせずとも構いません、そこで大人しく待ってください」

「何を言う、少し手間取っているだけに過ぎん」

「いや、さっきからずっと火を点けるのに時間をかけ過ぎでしょ」

「時間が無いなら俺達に任せた方がもっと早いですよ」

「ご無礼を承知で申しますが、お母様の美貌と教養は揺るぎませんが家事の方は…」

「お母様はお父様の相手をしてくださるのが一番かと」

「ははうえ、どいて」

 

 ……何故こうも子供達は過剰なお節介を焼くのだろう、これではまるで私の家事能力が壊滅的だと我が子達に宣言されてるようではないか。

 反論しようにもライオネルとアリエルとリーアは縮んでいる私よりも体格が良い、それに加え数の差で私の意見は封殺されてしまった。

 有無を言わさず私は竈の前から追い払われてしまい、仕方なくリオンの隣に置かれた席へ座る。

 

「これはこれはバルトファルト伯爵夫人、如何いたしましたか?」

「……バルトファルト伯爵こそ随分と好戦的な態度ですこと、先程の発言をそれほど貴方のご不興を買われましたか?」

 

 リオンが嫌味を言ってくるなら私も嫌味で応酬してやる、今の私は大層機嫌が悪い。

 しかしリオンは言い返す事も無く黙ったままだ、少し言い過ぎたかと思い横目で顔色を伺う。

 近くで見ると目の下が少し落ち窪み頬がやつれ顔色が悪い、明らかに疲労を隠しきれていなかった。

 

「昨夜から今まで行動した成果はどうなっている?」

「まず宿に待ち構えて襲ってきたエルフを十人ばかし仕留めたな」

「……殺したのか」

「殺しちゃいないよ、けど骨の数本ぐらい全員折ったかも」

「まぁ、その程度ならば問題あるまい。寧ろ人間ではなくエルフ自ら襲って来たのが気掛かりだ」

「取り敢えず尋問してみたけど金や人間への敵意で動いてる下っ端だったぞ」

「リオンがやるなら尋問ではなく拷問だろう」

「どっちにしても大差無いだろ」

「それもそうか」

 

 酷く血生臭い会話の内容だがこれも必要な情報共有だ。

 リオン独りに任せきりの状況は危うい、別行動の際に最良の選択をする為に情報は多ければ多いほど良い。

 偏見や思い込みも危険だ、人間はどれだけ冷静に物事を客観視しようとしても本人も気付かぬ思考の偏りによって判断を誤る可能性を秘めている。

 こうした会話によって違う視点や気付かなかった問題を洗い出し不測の事態に備えるのが私達が結婚してから続く習慣だった。

 情報共有以外にも私自身の不安解消やリオンの精神的な慰撫も含まれているが。

 

「その後はエルフを一人だけ解放して何処に向かうか泳がせたんだ。球っころが追跡で俺は街の様子を窺いながら残りを監視したんだけど…」

「上首尾にならなかったという訳か」

『追跡したエルフは他のエルフに救助要請を行いました。襲撃計画その物を知らない事が会話の内容から推察されます』

「その後エルフ達は負傷した奴らを病院に連れて行って解散だ。傷を軽く済ませたエルフも仲間に事情を漏らず誤魔化して済ませてる」

『戒厳令や街の封鎖も行っていない事実から、彼らは普段から行動を共にしない個人の繋がりだと推察されます』

「思った以上に厄介だな」

 

 犯罪組織は単独に比べて圧倒的な力を持っている。

 だが構成員同士が争わず結託し続けるのは非常に困難な上に、動き始めれば必ず人目を惹いてしまう。

 この浮島のあらゆる陣営に過激派エルフが潜伏し、必要に応じて集まり目的を成し遂げる。

 我々が匿われた里長の集落にそうした者が紛れ込んでいる可能性はかなり高い。

 

「街じゃ目立った動きが無いから逆に前村長の砦に行ってみたんだけど…」

「其方も特に収穫は無かったと見える」

「あぁ、ずっと見張ってた部下と交代しながら朝まで粘ったけど一人も砦から出ないし訪ねなかった」

『私の調査では地下道などの施設は確認できません。重要人物は身を潜めたか、既に遺跡に移っていると考えられます』

「盤面を動かそうとしても乗って来ないか」

 

 しかしエルフ過激派の動きはどうにも奇妙だ。

 氏素性が怪しい冒険者なら簡単に口封じは可能だろう、だが貴族相手となれば話は変わってくる。

 確かにバルトファルト伯爵家は新興貴族ではあるが同時に王族の覚えめでたい家であり、領主貴族筆頭のレッドグレイブ公爵家や名家ローズブレイド伯爵家との関りが強い。

 エルフ過激派がそうしたホルファート王国内の政治事情に詳しくないなら度し難い愚か者共、分かっていながら実行したなら後先考えない危険人物の集まりだ。

 種族が全滅する可能性を厭わず過激な方法に打って出たのなら考えられる可能性は二つ。

 自暴自棄の叛乱か、それともホルファート王国を敵に回しても勝つ算段があるか。

 普段の私なら後者を一笑に付しただろう、だがあの遺跡の奥で見た存在を思い出すと体が震えてしまう。

 ロストアイテムは国同士の戦局どころか世界の趨勢すら左右する。

 もしエルフ達が目の前で浮かぶ球体の本体と同じ力を秘めた存在を見つけ制御可能なら?

 最悪の場合、世界から人間という種族が根絶してしまう。

 

「相手が全く動かないぞって考えてるなら、こっちが仕掛けるしかないよなぁ」

「…そう思うのなら十分な休息を取れ」

「俺は何時でも何処でも飯が食えて眠れる男なんだけど」

「今のリオンは指揮官だ、兵卒とは違うと言っている」

「だけど俺以上に上手くやれる奴が居ないから気張るしかないだろ」

 

 やはり今のリオンは視野狭窄になりつつある、速やかに適切な休息が必要だ。

 私達が会話している間に調理が終わったようだ、食欲を促す香りが室内に満ちている。

 子供達が食卓の上に皿に盛られた料理を置いてくれた。

 小麦粉に乳と卵を混ぜて焼いたパンが数枚に数種類の野菜と肉を煮込んだスープ。

 とても貴族の食事には思えない簡素な物だが、先程の食事で子供達は文句を言わずに食べていた。

 子供が六人も居れば食料の消費量は加速度的に増える、この集落で身を潜め続ける上で一番の問題点は食料の調達かもしれない。

 

「さあ父上、召し上がってください」

「…いただきます」

 

 流石に十二の瞳に見詰められてはリオンも逃げられないと悟ったようだ。

 渋々ながら匙を握ってスープを啜り始める、子供達の前で萎縮している姿は大型犬を連想させた。

 パンには糖蜜がたっぷりと塗られたせいなのか、食べる速度が随分と遅く感じる。

 甘めの味付けは子供達から好評だったが大人には酷かもしれない、縮んでしまった私にとっては美味しく感じたのだが。

 

「味はどうですか?」

「美味いよ、ちゃんと火が通って食べられる」

「それ褒めてるつもりなの?」

「出会った頃のアンジェと比べたら凄く美味いぞ」

「リオン、言わなくても良い事をペラペラと喋るんじゃない」

「芋の皮剥きしたのはアンジェだろ」

「分かるんですの」

「野菜の切り方が特徴的だからな」

 

 暗に私の包丁使いが下手と伝えるリオンの足を食卓の下で蹴り飛ばす。

 意に介さないままリオンは食事を続けていたが、料理を半分ほど平らげた所で動きを止める。

 

「ごちそうさん」

「……まだ半分も残ってますが」

「父上の口に合わなかったんでしょうか?」

「いやぁ。これ以上食い続けたら腹が膨れちゃうし、眠くなったら困るだろ」

「私は十分な栄養補給と休息を取れと言っている」

「だから回復したって」

 

 確かに戻って来た時よりも血色は良くはなっている、だが本調子には程遠い。

 此処は無理やりにでも必要な休息をリオンに与えて休ませるのが妻として私が行うべき役目だ。

 同時に私が料理下手と言わんばかりな彼の言動に対する仕返しもらおう。

 食卓の上に置かれた匙を握り皿に残ったスープを掬いリオンの口元へ寄せる。

 

「ほらリオン、あ~ん」

「……なぁアンジェ」

「何だ?」

「子供達の前だぞ」

「そうだな」

「流石にそういうのは控えた方が良いと思う」

「ならば適切な食事をしろ」

「いや、今しただろ…」

「ロストアイテム、リオンの栄養摂取はどうなっている?」

『現時点までのリオン・フォウ・バルトファルトの消耗から推測。今の食事による炭水化物、蛋白質、脂質、その他栄養の摂取量と平均的な成人男性が摂取すべき一食分の摂取量と比較。十分な摂取量とは言い難いですね』

「ほら、聞いたか。ちゃんと食べて休め」

「だからってこれはないだろッ!」

「お前が意地を張るのが悪い、拒み続けるなら無理やりにでも食べさせる」

「止めろって」

「リオンくんは好き嫌いが多いお子様だから私が世話を焼かないとな」

「分かった!分かったって!」

 

 リオンは私の手から強引に匙を奪うと食事を再開する。

 恐ろしい速度で料理を食すのは兵卒時代に受けた訓練の賜物だ、粗食に耐え寝る場所を選ばず任務に勤しめる理想的な兵士。

 王国軍を退役して二十年近くが経過しても身に付いた習慣を忘れられないのは少々憐れだ。

 ものの数十秒でパンとスープはリオンの腹に収まる事となり、食卓の上には空の皿だけが残されている。

 

「きちんとよく噛み味わって食べないと消化に悪いだろう」

「アンジェが地味な嫌がらせするからだろ、子供の教育に悪いし」

「リオンの素行の方が教育に悪いぞ」

「小さくなったアンジェの方が口が悪過ぎる」

 

 愚痴を漏らし続けるリオンだが何度も瞼を瞬かせ口元を押さえた。

 どうやら緊張が解れ、食事による栄養摂取で眠気に襲われているらしい。

 

「どうするんだよ、飯を食ったら眠くなってきたじゃねえか」

「数時間で良いからゆっくり休め。時間に限りがあるとはいえ事態が急変するほど悪くはない」

「…少し寝るけどさ、時間が経つか何かあったらちゃんと起こしてくれよ」

「勿論だ、あちらの寝室を使えるようにユメリアに用意してもらった」

「分かった。……アンジェ」

「何だリオン?」

「どうして付いて来るんだよ」

「私達の為に駆けずり回った当主を労おうと思ってな。膝枕でもしてやろう」

「要らねぇ……」

「それなら添い寝はどうだ?」

「要らないってば」

 

 最後まで文句を言いながらリオンは寝室へ向かう、これだけ積極的に迫れば大人しく休息する筈だ。

 振り返ると十二の瞳が私を見ていた、末子のディランを除いた五人は何処となく気恥ずかしそうな表情をしている。

 何だ貴様ら、私が本気で時と場所を弁えないふしだらな母だと信じているのか。

 

「母上…」

「どうした」

「流石にその姿で父上に迫るのは止めて欲しいんだけど…」

「お前達の父は私があれ程に促さないと素直に休もうとしないのだ」

「いやいやいや、どう見ても普段より過剰だって…」

「淑女たれと仰ってる普段のお母様とあまりに違います…」

「何か行動が子供の頃に戻ってるんじゃ?」

「???」

「お前達が私とリオンをどう思おうと自由だが、こうして夫婦仲が良いから生を受けたのは変えがたい事実だ」

「……知りたくありませんでした」

 

 呆れかえる子供達を尻目に宙に視線を向けた。

 空中には何も存在しないように見えるが、私達の人生を翻弄する存在が其処に居る。

 私の視線が煩わしいのか、視線の先の空間が歪み金属の塊が徐々に姿を現す。

 

『何用ですか、アンジェリカ・フォウ・バルトファルト』

「取り敢えずは情報を洗い出す、リオンが休む間に今後の方針をある程度は固めておきたい」

『良いでしょう、私も時を越えて邂逅する同族と如何に対峙するか悩んでいますので』




アンジェとリオンのイチャイチャ回。
ロリ化した母が父と仲良かったら子供は複雑な心境ですね。
存在感が薄いですがユメリアさんは微笑ましく眺めています。
アンジェの料理スキルは結婚してそれなりに上がっているので、料理が上手く出来ないのは本当に若返った影響です。
次章は今後の作戦方針と各陣営の動向になる予定。

追記:依頼主様のリクエストによりラスカル様、百日夢様にイラストを描いていただきました。
また9430様に以前描いて頂いたイラストがpixivに投稿され、ラーテ様が今作の4コマ漫画を描いてくれました、本当にありがとうございます。

ラスカル様 https://www.pixiv.net/artworks/131331285(成人向け注意
百日夢様 https://www.pixiv.net/artworks/131378700(微エロ注意
ラーテ様 https://www.pixiv.net/artworks/131376541
9430様 https://www.pixiv.net/artworks/131356888 https://www.pixiv.net/artworks/131499815

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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