婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第147章 Elf

ガシャンッ!!

 

「ひっ、ひいぃッ!?」

 

 壁に向かって宙を舞ったティーカップは中身を撒き散らしながら壁に激突、そのまま小さな陶器の破片と成り果て絨毯の上に落ちる。

 この浮島で育った老樹を熟練の木工職人の手で丹念に加工した木材を惜しみなく使った内装。

 厳選した天然素材をふんだんに用いて手利きの機織りが数年かけて編んだ絨毯。

 それらが傷付き汚れる事すら厭わず、抑えきれぬ激情を抱えたまま壮年のエルフは怒り続ける。

 もし腹に抱く憤懣を目の前で怯えている同胞へぶつけられるのなら嘸かし気分が良いだろう。

 殺意を圧し殺してまで頭の中で過ぎった考えを実行に移さないのは、自分があの愚昧な差別主義者とは違うという矜持である。

 理性が僅かでも激情に屈すれば目の前の同胞達は陶器の破片と化したティーカップと同じ運命を辿った筈。

 そうならないのは偏に壮年のエルフが聡明な頭脳を携え、日に日に衰退する故郷と一族の未来を憂いて村長に就任した一廉の烈士だからだ。

 尤も飼い主に怯える飼い犬と同じように震えているエルフ達がその事に気付いているかは分からない。

 彼らにとって重要なのは必死に怒りを噛み殺す権力者の怒りをどう回避するか、その一点のみであった。

 

「……もう一度だけ聞いてやろう。貴様らは、いったい、何をしでかした?」

「その…、あの…」

「言い訳する暇など与えん、辻褄合わせが通用すると思うな」

「……宿に泊まっていた貴族を襲いました」

 

バリィィィン!!

 

 今度は来客用の灰皿が宙を飛び窓硝子に命中し、室内と室外に透明な破片が雹のように降り注ぐ。

 本来なら床へ直に座らされているエルフ共の頭蓋に目掛けて投げつけてやりたかった。

 辛うじて我慢できたのはどれだけ愚か者でもこれ以上エルフを減らしていけないという使命感。

 そして取り調べされているエルフ達の全員が怪我人だからに他ならない。

 質疑応答が可能な者はまだ軽傷の範囲、重傷者はベッドの上から動かせず逃げ出さないように見張らせている。

 幸いにして死者こそ一人も出ていないが、いっそ死んだ方がエルフ達にとって幸せかもしれない。

 高慢な者ほど容易く心に傷を負う、普段から見下して人間相手にこれ以上ない惨たらしい敗北を喫したエルフが今後どうなるか。

 数十年、数百年も苦しみ続けるぐらいならいっそ自ら命を絶つのも慈悲と言えよう。

 それを踏まえた上での行動だとすれば相手は余りに心と体を壊す事に慣れている、いや慣れ過ぎている。

 まさかそこまで…、と思いたいが相手はあのリオン・フォウ・バルトファルト伯爵だ。

 聖女オリヴィアや救国の五英雄に劣りこそすれ、軍人としての経歴は間違いなくホルファート王国に於いては最上位に属する。

 むしろ悪名高い外道騎士を相手取って生き残れたのは僥倖だ、それが頭に脳みそではなく粘土を詰めていそうな愚昧な同胞でなければ尚良かっただろうに。

 

「誰に命じられてこのような暴挙を起こした?」

「そ、それは……」

「吐けッ!吐かぬのなら不快な言葉を放ち続ける舌を抜き喉を灼く!」

「言いますっ!言いますから!前村長に付いて行った連中です!」

「……やはり奴らか」

 

 忌々しげに口元を歪め、見たくもない物から目を背けるように体を反転させて椅子へ向かう。

 僅か数歩の距離でありながら現村長の頭脳は目まぐるしく動き続け、椅子に座る頃にはどうにか表面上は落ち着きを取り繕えていた。

 尤も頭痛は酷く目眩と悪寒が絶え間無く体を蝕み、込み上げる吐き気が原因で数日間はまともに食事を味わえないだろう。

 エルフとして生を受けてから数百年、生命を脅かされた体験はこれまで幾度もあった。

 しかし村長に就任してから僅か十年足らず、この短期間でまさかエルフ存亡の危機に陥るとは。

 

 現村長はもう一度だけエルフの誉れを穢した無法者達に視線を送る。

 此奴ら全員の首を差し出せばバルトファルト伯爵の、いやホルファート王国上層部からの怒りを回避できないだろうか?

 其処まで考えて首を振る、最早その段階はとうの昔に過ぎていた。

 先日起きたダンジョンでの騒動を収集する為に村長自ら各方面に頭を下げ、ダンジョンの周辺に人員を配置し過ぎたのが手痛い失態になるとは。

 いや、証拠の隠蔽を謀った無法者達を訝しんだ医師や目撃者の情報提供によって、僅か半日で現村長の耳まで届いた事が僥倖と言えよう。

 最早エルフ至上主義者の前村長や木石のように変化を拒み続ける里長はこれからのエルフにとって無用だ。

 里と一族を守る為に泣く泣く同胞を差し出したと思わせればエルフ達からの叱責は回避できる。

 統治者が率先して事態の収拾に奔走する事で王国上層部からの悪印象も幾らかは減らせよう。

 どうにか導き出した結論に頷き、同席していたエルフの治安維持責任者に命を下す。

 

「其奴らを牢に閉じ込めておけ、家族や親類が解放を願っても決して耳を貸すな」

「たったそれだけの処分で済ませるのでしょうか?」

「事が終わった後で正式な処罰を与える、だが決して死なせるな。口封じに殺したと思われては此方が疑われてすまう」

「わかりました」

「あぁ、それとダンジョン警備に回している人員を戻せ。今すぐ別の仕事を与える」

「よろしいので?」

「無論、良くはないだろうな。しかし優先すべきは事態の収拾だ。里が衰退しエルフという種族が滅んだ後にダンジョンだけが残っても意味はあるまい」

「仰せの通りに」

 

 治安維持責任者が無法者達を強引に立たせ退室する、まだ弁明の言葉がが在るのか無法者達が必死に声を上げたが閉まる扉に遮られた。

 室内で独りになると喉の渇きに気付き近くに置かれたティーポットを手に取る。

 カップが何処か周囲を見渡すが目に入ったのは濡れた絨毯の上で粉々になった破片のみ。

 あの無知蒙昧なエルフ達が起こした事態を思い出し、忌々しさについ舌打ちが零れ出てしまう。

 唯一の救いは砕けたカップが普段使っている市販品だったという事実、これが来客用の高級品だったなら再び噴きあがった怒りに我を忘れていた筈だ。

 必死に心を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す、感情に飲まれて行動しては待ち受けるのは破滅のみ。

 数百年の記憶を探り思い出すのは自分が村長を志した決意、エルフという滅びゆく種を如何に存続させるかの一点だけだ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 現村長を務めるエルフは数百年前にエルフの里が存在する浮島で生まれる。

 両親もまたこの里で生まれ育ち結ばれたエルフの若夫婦であり、この里に住む者達の中では飢えるほどが貧しくはないが要職に就けるだけの財や教養も無いという平均的な生活を送っていた。

 そんな生活が変わったのは成人と認められる年齢が近付いた頃、たまたま友人のエルフから王都で専属使用人として働かないかと誘われた事が切っ掛けである。

 

 当時のホルファート王国では貴族達が争うように見目麗しいエルフや亜人達を専属使用人に雇っていた。

 長命なエルフにとってたった数年数十年の短期間で贅沢な暮らしとかなりの給金が保障された夢のような仕事である。

 エルフの里で結婚し家庭を築くにしてもある程度の貯えは必要だ、里は王国との過剰な交流を厭っているが必要な物資を人間達から買い入れなければ成り立たない。

 何より変化に乏しいエルフの里を出て己の見聞を広めたい気持ちを抑えられなかった。

 どうにか両親に頭を下げ説得し、約束の期限を設けて同胞と共に王都に向かう飛行船へ乗り込む。

 数日の旅を経て訪れた王都は若いエルフの価値観を変えるのに十分な、いや十分過ぎる異界だった。

 

 それまでの彼はエルフこそ世界で最も秀でた種族だと信じて疑う事の無い純朴な若者、ある意味では世界を全く知らない無知蒙昧な輩と言える。

 しかし雇われた高位貴族の屋敷は彼が今まで故郷を訪れる商人達とはあらゆる意味で異なる人間だった。

 保有する財力の桁、調度品の加工技術、高等教育の水準、他国との交易販路。

 だが何よりも圧倒されたのは軍用飛行船に備え付けられた砲門、そして人の姿を模した黒鋼の鎧。

 

『勝てない』

 

 湧き上がったのは絶望を超えた諦観。

 如何にエルフが眉目秀麗で魔力に富んだ種族であろうとも王国貴族が所有する飛行船と鎧の前には何の意味も為さない。

 もしもホルファート王国の貴族が戯れにエルフの根絶を謀ったとすればどうなるか?

 エルフの里の空港を差し止め浮島から逃亡する手段を封じ、他の貴族へ完全な根回しを行えば?

 浮島に住むエルフは一人残らず殺される。

 老人も赤子も男も女も関係無くエルフは根絶やしにされてしまう。

 戦争など起きよう筈が無い、既に我々(エルフ)は戦う前に敗北していた。

 エルフは既に人間へ隷属する種族へ成り果てていたと思い知らされたのだ。

 

 次に噴出した感情は憤怒である。

 怒りの矛先は人間に対してではなかった、寧ろエルフは人間と共に暮らす時間が長引くに従ってある種の敬意さえ持ち始めた。

 確かに人間という種族は僅か百年も生きられない短命だ、保有する魔力もエルフと比べて貧弱な者も多い。

 だがそうした弱点を克服する勤勉さと向上心こそ彼らが世界の支配者に至らしめた原動力であろう。

 短命だから数十年という僅かな時間で交配し親から子へ、子から孫へと品種改良と世代交代を為した。

 魔力で劣るから知識を深め、技術を磨き、社会制度を整え役割を分割し発展してきた。

 何も分からぬエルフ達は人間をか弱い昆虫と同類と軽侮し嘲笑う。

 だがエルフが木石のように緩慢な時を生きている間にも忙しなく発展してきたのが人間という種族なのだ。

 

 新たな視座へ至った若いエルフは同族への嫌悪を隠せなくなった。

 掟に縛られ昔と何ら変わらぬ生活が続いていくと疑わず人間と共存していると思い込んでる里長。

 そんな仮初の平穏など権力者の下衆な思惑で容易く崩壊してしまう砂で築いた砦に過ぎない。

 専属使用人という奴隷に身を窶し股を開きながら内心で主人を見下すエルフや亜人共。

 貴様らこそ己が種族を人間よりも蒙昧で下劣な存在だと穢す恥晒しだとどうして気付かない。

 いっそ人間に生まれ変わりたいなどと血迷った願いすら思い浮かぶ。

 この危機的状況に何ら手立てが思い浮かばない己を若いエルフは呪った。

 

『力を身に付けなくては』

 

 そう思い至った若いエルフは殊更熱心に人間の貴族へ仕え始めた。

 他の専属使用人達の嘲笑を受けながらも男妾めいた仕事は避け、些細な雑事すら率先して引き受ける事で主人への忠誠を示した。

 やがてその働きぶりから期限付きの専属使用人ではなく正式な執事へ抜擢された、亜人の使用人としては異例の人事と言って良いだろう。

 そこから十数年間は同じ主人へ仕え続け、代替わりの際には惜しまれながらも職を辞して他家へ仕え始める。

 新たな主君の元でも仕事に打ち込み認められたと思えば代替わりとなれば再び他家へ仕える、その繰り返し。

 以来若いエルフはホルファート王国内で只管に財を蓄え伝手を培い続けて百年近くが経過する。

 漸く故郷に戻った頃には長寿なエルフとしても若いとは呼べない年齢に達していた。

 

 エルフの目的はたった一つ、故郷と同胞を護りたいという細やかな物だ。

 しかし、それは極めて困難な物だと言わざる得なかった。

 如何にエルフが美しく魔力に富んでいようとも人間の軍隊が相手では一溜まりも無い。

 空を翔け砲で地を割る飛行船も、操縦者の意のままに敵を薙ぎ払う鎧もエルフの里には存在しなかった。

 だが、そうした武力はあくまで世界に幾つも存在する力の一つに過ぎない。

 世界には他にも権力、財力、知力、名声、美貌、希少価値など様々な力が在る事を知った。

 それらを学ぶ最高の教師こそ仮想敵である人間だったのは偶然ではない。

 何てことは無い、この世で最も深く観察し模倣すべき相手は強壮たる敵なのだから。

 

 まずエルフは王都で蓄えた財と培った伝手を用いて商売を始めた。

 故郷の浮島にある空港近くに倉庫を建てて、里のエルフ達と人間の商人を繋ぐ仲介人として物品の売買の他に仕事の斡旋も並行して行う。

 人間を蔑視するエルフ達は物資を得る為に交流が必要だと内心で理解はしても関わり合いを避ける。

 故に人間との交渉に長けているエルフが重宝されたのは当然の成り行きと言えよう。

 十年も経たずしてエルフは人間達との交易を執り仕切る顔役として里に住むエルフ達から認められた。

 

 この頃になると最年長のエルフである里長と事実上の統治者である村長の対立が目に見えて激しくなる。

 昔ながらの生活と掟を重んじ人間との共存を掲げる里長、エルフ全体の為と宣いながらも人間どころか同胞さえ虐げる村長。

 始末するなら後者だ、里と同胞を護る為の権力を手に入れる為に排除すべきは村長。

 しかも村長と取り巻き共は何やらダンジョン深くの遺跡で良からぬ企てを謀っていると長耳に挟む。

 今しかない、培った伝手を使って其れと無く貴族達へ情報を漏らしつつエルフは何食わぬ顔で村長の破滅を希った。

 

 しかし里を訪れたのは若い人間の男達と女が一人、事態を軽く見られたとエルフは内心で臍を噛んだ。

 やはり時期が悪過ぎたか?

 ホルファート王国とファンオース公国の戦争が終結して未だ日が浅い。

 もう少し企てが表面化した後で訴えれば王国上層部も事態を重く見たはず。

 そんなエルフの後悔は数日を経たずして期待以上の成果となって現れる事となった。

 後で知った事だが里を訪れた女は戦争で活躍した聖女であり、男達の中には王子が紛れ込んでいたらしい。

 王国上層部はエルフの予想を遥かに上回るほど事態を重く考え早急な対応が必要だと判断を下す。

 密命を帯びた聖女達によって村長と取り巻きは捕らえられ獄に繋がれた。

 どうやら聖女の付き人となったハーフエルフのカイルが口添えもあったとエルフが伝え聞いたのは少し後の話である。

 

 事態が収束した後も気は抜けない。

 何しろ未遂で終わったとはいえ謀反は謀反、それこそ王国の機嫌を損ねればエルフは根絶やしにされてしまう。

 エルフは殊勝な態度を保ちつつ里の窮状を殊更に訴え庇護の手を求め続けた。

 本心では専属使用人となり人間と交わっておきながら戦争中に主人を裏切り敵国へ情報を売る不心得者の同胞達などエルフは救いたくはない。

 しかしエルフも村長を裏切り王国へ訴えた裏切者に間違いないだろう。

 それでも私腹を肥やし同胞を虐げるつもりは無いと自負と同胞への情けから救いの手を差し伸べる。

 願って止まないのは里の存続と同胞の安全、それが叶うのならエルフは自身の財も命も惜しくはなかった。

 

 正式な審判が下されたのは数年後、アルゼル共和国の内乱やファンオース公国の再侵攻が終結した頃だ。

 村長は解任され投獄、取り巻きのエルフ達も同様に服役と相成る。

 無関係のエルフ達には罪に問われず、里長達も解任される事は無いという決着に里の者達全員は数年ぶりに安堵できた。

 新たな問題はエルフの里が王国直轄領となり、飛行船や鎧の所有制限や納税の義務が発生した事だろう。

 

 だが解決可能な問題である。

 その為にエルフは数十年間に渡り間近で人間を観察してきた。

 人間達の智慧を学び、信頼を勝ち取って伝手を築き、周到に立ち回ってきたのは全てエルフの里を差配する地位まで上り詰める為。

 折りしも王国が戦後処理に着手し始めた時流を味方に出来たのも幸いだった。

 先の戦争で亜人の専属使用人が法で禁止され職を失った亜人が犯罪に手を染める事態が相次いだお陰である。

 慈悲深い聖女は王国上層部と交渉し亜人達が王国民として認められるよう尽力してくれた。

 加えて王国は冒険者ギルドの資産管理部門を独立させ国家が運営する金融機関が設立、戦後復興の一環として様々な融資を開始する。

 そうしてついに故郷の観光地化に成功し経済的自立を成し遂げた、専属使用人として故郷を旅立った日から実に百年もの月日が経つ頃である。

 

 無論、里を観光地化して反発が全く起きないなどありえない。

 ただでさえエルフ達は人間に対しての蔑視が酷い事に加え、里長を筆頭とした古老達はダンジョンを客寄せに使う事を反対していた。

 エルフ達は口にする、尊いエルフである我々が何故に人間へ媚び諂わねばならんのだ。

 古老達は口にする、エルフの聖地に余所者を入れるという禁忌を犯してはならぬ。

 

 護るべき同族達の卑しさと頑迷さにエルフは歯噛みした。

 いつまで幻想に囚われ変革を拒み旧弊に縛られ続けるのか。

 エルフの誇りなど存在しない、あんな物は現実から目を背け続ける愚か者共が己の心を慰める為に創り上げたまやかしだ。

 人間達の創造性、勤勉さ、繁殖力を見て何も思わないのか?

 今は伝統と因習を切り売りしなければエルフという種族が世界から消えてしまう状況だと何故気付かない。

 外敵から身を護る術をエルフは持っていない、どれだけ身体能力と魔力に秀でても人間達の軍を退けるなど不可能だ。

 種族を存続させる為に出来る方法は何か?

 エルフ達の稀少性を見せつけ庇護を受けつつも資金と知識を蓄えホルファート王国に無くてはならない存在となる。

 勝機なら十分にある、エルフという種族は植物を除けば世界で最も長寿な生き物なのだから。

 どれだけ優秀な人間も必ず老いる、たった二十年で成人し、四十年で老け始め、六十年で老人と化す。

 時の流れという万物が抗えない絶対的な存在を味方にすればエルフ達は栄える土壌は残っている。

 今はまだ苗木を植える時期に過ぎない、植えた苗木が育ち花を咲かせ実を結ぶ時まで只管に耐え続けねば。

 

 その目論見に狂いが生じたのは数年前、ホルファート王国で新たな国王の即位が切っ掛けだ。

 先王の退位と新王が即位する際には恩赦令を下し、反抗の意思が無い政治犯を釈放するのが通例とされた。

 ただでさえ先王であるローランドの君主としての評判は国内外を問わず芳しくない。

 加えて王の嫡子であった王子は臣籍降下し今ではファンオース公爵であり、新王は側室が産んだ王子である。

 先王の代に罪を犯した者達を赦免する寛容な新王を演出する事によって王家の威信と政治体制の刷新を知らしめるのが真意だろう。

 問題は赦免された者の中にエルフの村長、いや前村長が含まれていた事だ。

 王国上層部は嘗て罪を犯したエルフ達が十数年間も大人しく服役し続けた事を理由に挙げ、同時にエルフや亜人達との種族間融和を目的に釈放された。

 

 本当に反省したのか?

 エルフは前村長と取り巻きに対し疑いの眼差しを向けた。

 前村長についてはよく知っている、財産と権力に執着し同族にすら罵声を浴びせ暴力を振るう性根が腐りきった種族の恥晒し者だ。

 人間に媚び諂いながら人間を軽蔑する、当時のホルファート王国で施行された女尊男卑政策を盾に貴族の女に逸物を差し出し下位貴族や他の奴隷を虐げる下衆。

 故に同族達からは全く信頼されず、村長としての評判は最悪。

 奴がもう少しまともな倫理観と責任感を持ち合わせていたのなら、エルフが新たな村長に就く事も無かっただろう。

 聖女に捕らえられた犯罪者が変革を始める里に戻ってきた、それも僅か数十年の刑期で。

 長命種のエルフ達にとって十年二十年など然したる時間ではない、ただでさえ変化を拒み偏見に満ちた種族なのだから。

 

 エルフの予感は的中した、最悪な方向で。

 急激な変革を拒むエルフ達や人間達への蔑視を止めないエルフ達が挙って前村長の側に付き始めたのだ。

 前村長から受けた仕打ちすら忘れて改革を行う新村長を糾弾し始める同胞の姿は智慧を持たない獣。

 同胞が飢えず売られないよう腐心してきたエルフを誇りを忘れた裏切者と罵る愚か者共には呆れる他ない。

 加えて前村長は里の者達を煽るような言葉を繰り返す、やはり牢に繋がれた所で床んだ性根が矯正される事は無かった。

 

『今こそエルフの誇りを取り戻せ』

『我らに秘策あり』

『新たな歴史はこれから始まる』

 

 現状に不満を持つ同胞は集落や街を離れて暮らし始め、慣れない土木工事すら行って砦らしき建造物まで築く。

 それでも平穏に暮らしてくれるなら敢えて問い詰める事もあるまい。

 少ない種族同士が争い衰退するよりは遥かにマシだ、寧ろ変革に馴染めない者達の受け皿になってくれるなら感謝の念も湧こう。

 そのように考えて見逃した、前村長を陥れ権力を奪った負い目があった事も否定できない。

 だが前村長はエルフに感謝するどころか反発を強め怪しげな行動を開始した。

 取り巻きを伴って遺跡へ何日も入り浸り、裏社会から大量の怪しげな品々を独自に購入している。

 詳しく調べようにも情報封鎖は入念でこちらの間諜は深部まで近付く事さえ叶わない。

 

 そしてついに死人まで出た。

 被害者は遺跡の上層にあるダンジョンを探索していた冒険者だった。

 観光地化が成功しつつある現状でこれは不味い、何とか探索中に起きた不幸な事故と偽装して収束を謀る。

 だがそれは謀らずとも前村長の企てに手を貸したと同じだ、後ろ暗い悪事に手を染めた事に他ならない。

 前村長はエルフの行動を協力と見做したのか、暫くして再びダンジョンを訪れた冒険者が犠牲となる。

 里の評判を落としたくないエルフはまたも事後処理に奔走するしかなかった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 エルフの現村長は物思いから我に返った。

 既に割れたティーカップは片付けられ、絨毯を濡らした紅茶も丹念に処理され目立たなくなっている。

 己の罪もこうして目立たなく出来たのならどれだけ心が楽になるだろうか。

 故郷と同胞を護る為に村長の座に就いた結末がこれとは、もはや嘆きの言葉すら口から出てこない。

 最善ではないがより良き道を探し求めて来たつもりだ、人間達を学べばエルフはより良き存在になれると信じていた嘗ての自分が懐かしかった。

 最早エルフという種族は滅びるべきなのかもしれない、この数年はそんな想いさえ抱きながら仕事を熟す日々である。

 己の高慢と愚かさ故にエルフは滅ぶ、それならそれで良いではなかろうか?

 

 そこまで考えて首を振る、それは為政者として許されざる行いだ。

 例え屈辱に塗れても同胞を掬いたいからこそ権力を求めた、理解されずとも変革を促し生き残る道を模索し続けたのは護りたい物があったから。

 己が歩んできた長き道の執着がこれならば受け入れる他あるまい、それでもエルフが最後の一人になるまで足掻き続けるべきだろう。

 密かに流した情報によって再び聖女がこの地を救ってくれる事を切に願う。

 それまでにあらゆる方法を用いてホルファート王国との交渉に使える手札を確保しなくては。

 現状に於ける最も強力な交渉の手札はバルトファルト伯爵家の面々だ。

 家族を捕らえて脅迫という手段を用いてもこの里が存続する為に使わせてもらおう。

 例え外道騎士の手で無惨に殺されようと私はそれを為そう。




オリキャラのエルフ現村長回になります。
予想よりも文量が増えたのでバルトファルト家の話は次回に持ち越し。
ここで悲しい話、マリエルートこと『あの乙女ゲーは俺たちに厳しい世界です』のコミカライズが最終回を迎えてしまいました。(涙
この悲しみを癒す為にリオンとアンジェのイチャラブを書くしかない!(おい
なので次章投稿を少し延ばし、今作の成人向け回を投稿します。
次章はリオン視点の作戦会議回、暫しお待ちを。

追記:依頼主様のリクエストによりHanatori様にイラストを描いていただき、9430様に以前描いて頂いたイラストがpixivに投稿されました。
本当にありがとうございます。

Hanatori様 https://www.pixiv.net/artworks/131641601
9430様 https://www.pixiv.net/artworks/131621518

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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