婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第14章 獅子の憂鬱

 飛行船の性能は速度のみに限らない。

 静穏性、耐久性、居住区の快適さ等の多岐に渡る。

 貴族ともなれば個人で飛行船を所有するのは当たり前であり、どの部分に贅を凝らすかによって所有者の性格を伺えると言っても決して過言ではない。

 まぁ、地方領主の俺が飛行船に掛けられる金なんて限度があるんだが。

 他の貴族と比べて恥ずかしくない程度の見栄えと長旅で疲れない快適さがあればそれで良い。

 これでもバルトファルト家がかつて所有していた飛行船より格段にマシな部類だ。

 舳先が雲を切り裂いていく光景はいつ見ても心が躍る。

 

 ガキの頃、俺は英雄になりたかった。

 カッコいい飛行船に乗り未知の浮島を見つけ財宝を獲る冒険者。

 ピカピカに磨かれた鎧を操縦し侵略者から国を護り姫君を救う騎士。

 そんな男の子なら誰でも思い描くような夢はいつだって現実と言う避けられない絶対的強者に蹂躙される。

 叶うかも分からない子供の頃の夢よりも目の前のパン一切れの方が重要だ。

 他人は俺を英雄と褒め讃える。

 貧乏貴族の次男坊から一代で成り上がった若き俊英。

 寡兵で敵軍に挑み司令官を見事討ち取った国の守護者。

 公爵家の令嬢を娶り領地の経営に成功した敏腕領主。

 

 そのどれもが間違いだ。

 ビビりでヘタレな凡人が本当のリオン・フォウ・バルトファルト。

 思いもよらない幸運に恵まれて今の地位を得ただけに過ぎないのが俺だ。

 この幸運にも終わりが来るんじゃ?

 化けの皮を剝がされた時、俺は一体どうなるんだろう?

 そんな事を考えながら窓の外を見る。

 俺の心中とは裏腹に空は綺麗な青色だった。

 もう何度目か分からない溜め息をついて飛行船の船長室へ向かう。

 数ヶ月ぶりに帰郷する筈なのにその足は重たかった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ハァ……」

「溜め息を止めろリオン、気が滅入る」

「仮にも領主でしょ、少しはピシッとしてよ」

 

 兄と弟に説教されるが面倒くさい物は面倒くさい。

 飛行船の船長室はブリッジと同程度に防音性と耐久性に優れる。

 搭乗員に聞かれたくない話をするにはうってつけの場所だ。

 俺に説教するのは兄のニックスと弟のコリン。

 兄貴と弟に呆れられる俺はこの飛行船で最も偉い立場、偉い立場の筈だ。

 兄貴は先日に男爵位の継承を認められ正式に貴族入りする予定、コリンは無位無官だが領地で教育を受けつつ俺の部下みたいに働いてくれる。

 どちらも俺にとっては愛する家族だし頼れる部下だ。

 なのに俺に対する言葉がいつも辛辣なのはひどいと思うんだが。

 

「帰りたくねぇ、絶対アンジェに怒られる」

 

 もう何度目になるか分からない言葉を口にして項垂れる。

 愛しい愛しい嫁の名前を口にする度に気が滅入る。

 

『どうしてこんな羽目になった?』

 

 切っ掛けは一年ほど前に遡る。

 まずアルゼル共和国が前触れも無く崩壊した。

 原因は未だに不明、聖樹の暴走とも大量の高純度魔石が大爆発を引き起こしたとも噂される。

 国の中枢を支配していた六大貴族の生き残りが何とか生存者を纏め上げたが、国家としてのアルゼル共和国は事実上瓦解して近隣諸国からの支援を余儀なくされた。

 問題はアルゼル共和国への支援をどの国が主導するかという事だった。

 支援とは名ばかりで、実際には食料や物資と引き換えに他国の属領になれという内政干渉だ。

 その主導権を握ろうとしたのがファンオース公国と我らがホルファート王国。

 幾度も戦争を行ってきた二国が自分の利益を増やし相手の損失を願うのは当然の流れだった。

 

 その結果、和平条約は敢えなく無効となり四年前に行われた戦争が再び行われる羽目になった。

 俺としては戦争など二度と御免だった。

 戦傷を理由に軍を退役したから今回は兵役を免除しても許される筈だ。

 だが、そう上手くはいかなかった。

 そもそも俺の出世は公国との戦争が切っ掛けだ。

 崩壊した部隊を纏め上げ公国の司令官を討ち取った事実は王国に希望を、そして公国に怒りを齎した。

 王国は俺を若き指揮官として登用し戦線の維持を謀る。

 公国にとって俺は不俱戴天の仇敵であり戦争に参加しないなら真っ先に狙われる抹殺対象だった。

 

 俺が出向かなきゃ狙われるのは妻子であり家族であり領地だ。

 『いっそ他国へ亡命すれば受け入れられるんじゃ?』とも考えたが現実的でないので計画は頓挫。

 王国に対して忠誠心など欠片も持っちゃいないが自分と家族と領民の命がかかってるから仕方ない。

 結局は兄貴を副官に据えてバルトファルト領の男達を率い出兵する羽目になった。

 去年産まれた息子と娘がまだ1歳にもなってないのに戦争を起こす王家と公国が恨めしい。

 お前ら両方滅ぼして俺が王になってやろうかチクショウ。

 数ヶ月に渡る戦闘の末に公国は敗北。

 これにより王国は元共和国の半分近くと公国を支配下にした。

 

「また大げさな事を」

「義姉さんが兄さんを嫌う筈はないでしょ」

「お前らはアンジェの怖さを知らないからそう言えるんだ」

 

 アンジェは綺麗な顔立ちな反面、本気で怒るとより凄みが増す。

 何て言うか、生粋の女王様?

 あの顔と声で叱責されると凄く怖いのと同時に色気があってゾクっとする。

 まぁアンジェが本気で怒るのは俺に対してのみなんだが。

 アンジェの喜怒哀楽は俺の物だ、他の誰にも譲りたくない。

 

「そもそも何でろくに連絡しなかったの?」

「仕方ねぇだろ、戦争中なんだから」

「前の戦争じゃ裏切りが相次いだからなぁ」

 

 従軍せず父さんと一緒にバルトファルト領を守っていたコリンは知らないだろうが、情報漏洩を防ぐ為に個人の連絡を規制するのは軍隊じゃよくある事だ。

 おまけに前の戦争では裏切り者が相次いだ挙句に軍事機密すら公国に漏れていた。

 そのお陰で俺は偽情報を流して公国軍を誘き寄せて奇襲できたんだけど。

 マズい事に前回の功績を評価された俺はまた激戦区に配属された、おまけに最初から部隊指揮官という嬉しくない厚待遇。

 俺を都合よく酷使するホルファート王家マジ滅べ。

 

 お陰で従軍してから三ヶ月間も実家とろくに連絡が取れなかった。

 さらには終戦してさっさと領地に帰ろうとしたら無理やり引き止められ、王都に招かれ祝勝会と貴族会議に強制参加させられて戻るのが半月も遅れた。

 だからそういうのありがた迷惑だって言ってんだろ、マジ止めろ。

 後から一応は王都からバルトファルト領に連絡したが、久しぶりに聞いたアンジェの声は落ち着いた物だった。

 

 あれは怒ってる、きっと怒ってる、絶対に怒ってる。

 アンジェに怒られるだけならまだいい、嫌われるのだけは避けたい。

 こういう場合はプレゼントでご機嫌を取れるなら良いが、アンジェは公爵家の出身なので俺の考える贅沢はアンジェにとっては大した代物ではないだろう。

 落ち込んでも仕方ないし、他に気になる事もある。

 

「ライオネルとアリエルはどうしてる。もう歩けるか?喋れるようになったか?」

 

 バルトファルト領に残っていたコリンに尋ねる。

 ライオネル・フォウ・バルトファルト。

 アリエル・フォウ・バルトファルト。

 俺の愛しき息子と娘、俺の生きる理由。

 共和国が崩壊する数ヶ月前にアンジェは俺の子達を産んだ。

 男子と女子で一人ずつで共にアンジェの血を受け継いで金髪。

 父親になって初めて理解したのは我が子ほど可愛い存在は居ないという事実。

 俺はフィンリーとコリンの子守りをした事もあるからある程度は手馴れていたが、乳母や侍女が育児を担当する公爵家で育ったアンジェは危なっかしい手付きで世話をしていた。

 

 幸せそうなアンジェとライオネルとアリエルが危険に晒される?

 ふざけるな、世界の総てを敵に回しても最後まで抵抗してやる。

 結果として俺は従軍する決心をした。

 それは別に良い、問題は我が子の可愛い時期に離れ離れに暮らすつらさだ。

 

「義姉さんや父さんと母さんに懐いてる。近頃は片言だけど喋るようになったし」

「俺については?」

「目の前にいない人に懐けって方が無理だよ」

 

 少しは言葉を濁せ、泣きたくなるだろ。

 必死に生き抜いたのに帰ったら嫁と息子と娘に嫌われ家に居場所が無かったら死にたくなる。

 従軍して帰国後に離婚する夫婦は多いんだぞ。

 

「あぁ、出世したくねえ。どいつもこいつも面倒事を押し付けやがって」

「そんなに陞爵したくないの?」

「伯爵ともなれば相応の役職に就かなきゃならない、まして王家と公爵家の関係が悪化してる今は与えられる役職によってバルトファルト家の立ち位置が決まる」

 

 疑問を口にするコリンに兄貴が答える。

 俺自身も大して政治に明るい訳じゃない、アンジェの指導があるからこそ何とか宮廷内の勢力図を理解できるのが現状だ。

 

「元々アンジェと王子の婚約はホルファート王家とレッドグレイブ公爵家の関係強化が目的だった。象徴としての王家と最大派閥を作ってる公爵家が手を組めば王国の支配が盤石になるからな」

「それを快く思わない貴族も相当数いたんだよ。その筆頭がフランプトン侯爵。前の戦争で公国と裏で繋がってた売国奴さ」

「奴の目論見としてはアンジェと王子を婚約破棄させた後に自分の派閥にいる貴族令嬢を嫁がせて宮廷内の実権を握りつもりだったらしい。実際に途中までは上手くいってた」

「誤算だったのはアンジェリカさんとの婚約を破棄した王子が後に見初めたのが聖女だった事。まさか爵位すらない平民が相手とは思わなかっただろうな」

「で、裏切り者は考える。『平民の聖女を上手く利用すれば容易に王家を傀儡に出来る』ってな。だが失敗した挙句に裏切りがバレて処刑された訳だ」

 

 いつ聞いても胸糞が悪くなる話だった。

 だが、そんなクソ野郎がいたお陰でアンジェは俺の嫁になってくれたのだから皮肉なもんだ。

 

「聖女とアンジェの関係が良くなかったにせよ王子が率先して婚約破棄したのは事実。そのせいで王家と公爵家の関係は最悪になった」

「真実が判明した後に王家は全てフランプトン侯爵が企みだったと公表した。死人に口無し、『悪いのはフランプトン侯爵で王家は騙されていただけ』と全ての責を押し付けた」

「何それ、ひどくない」

「王家は公爵家との関係修復を図ってるが上手くいかないらしい。面子がある以上は公爵家へ正式に謝罪したら自ら王家の非を認める事になるからな」

「結果は王家の信用はボロボロ、王子は能力を疑問視され、聖女も侯爵が裏で暗躍してたんで支持率が低いってのが現状さ」

 

 殆どアンジェの受け入りだったが説明を終えた。

 想像以上に悲惨な現状な我が国の現状をアンジェから教えられた時は俺も開いた口が塞がらなかったから今のコリンの気持ちがよく分かる。

 

「それが兄さんの出世とどう繋がるの?」

「リオンはアンジェリカさんと結婚したからな。アンジェリカさん本人に正式な謝罪は出来なくても夫であるリオンの出世に便宜を図って詫びにしたいんだ」

「公爵家も俺が出世すれば派閥を強化できるからな。その一点のみ王家と公爵家の思惑は一致してる」

 

 そう言って足を踏み鳴らし船長室の下にある格納庫に収容されたある存在を指し示す。

 余計な物をくれやがって、あんなの貰ってもありがた迷惑なんだよ。

 王家の連中は自分が与える物で下々の奴らが必ず喜ぶと錯覚してるんじゃないか?

 

「王家も太っ腹だよな。最新型の鎧を下賜するなんて」

「要らねぇよあんなの。趣味が悪いし」

「僕はカッコいいと思うけど」

「どう整備すりゃ良いんだよ。バルトファルト領に最新型の調整が出来る職人なんて居ないぞ」

 

 今回の戦争で俺の鎧はボロボロになった。

 元々は旧型の安い鎧に装甲やら武器やらを後から追加した不格好な代物だったから仕方ない。

 とにかく死にたくなかったから耐久性を高めた結果鈍重で大型になったがその武骨な姿が俺を護ってくれると思えば愛着も湧く。

 そんな俺の心中と裏腹に王家と公爵家は『高位貴族が搭乗する鎧に相応しくない』と判断したのだろう。

 胸にデカデカとバルトファルト家の紋章を装飾を施したやたら細身で流線形な最新型の鎧をプレゼントしやがった。

 言っておくが俺の操縦技能は平均より上だがあくまで凡人レベルだ。

 搭乗しても性能を活かせる訳ないし、持ち帰っても最新型の鎧を整備できる職人が領地に居ない。

 売り払おうにもバルトファルト家の紋章があるので王家から拝領した鎧を処分した事がバレたら叱責される。

 どう考えてもお荷物にしかならない存在だ。

 

「じゃあさ、うちの領地にも大きな工房を作ったらどうかな?」

「今後の勤めを考えるとその方が安上がりかもな。上手くいけば周辺の領地からも修理依頼で稼げる」

「工房を建てるのもタダじゃない、また公爵に頭を下げて金を借りるのは俺だぞ」

 

 コリンの案は確かに魅力的だが穴が多過ぎる。

 今のバルトファルト家には工房設立の為に投資する金が無い。

 一応は開拓と温泉業で稼いだ金は有ったがそれも今回の戦争で目減りした。

 貯えをこれ以上減らせば凶作や温泉の枯渇といった不慮の事態に対応できない。

 というか今回の戦費を王国は補填してくれるんだろうな?

 只でさえ王家の求心力が落ちてるのに国防の必要経費すら削るなら本当に他国へ寝返るぞコラ。

 

 かと言って公爵家に金を借りるのも気が引ける。

 宮廷での発言力を増したい公爵は借金と引き換えに俺を利用する気満々だ。

 どう話が転んでも俺が出世するのは避けようがない。

 止めてくれよ、頼むから隠居させてくれ。

 

「なぁ、兄貴」

「ん?」

「バルトファルト家の当主にならないか?」

「何言ってんだお前」

「じゃあコリンは?」

「無理だってば」

「あ~~~ッ、隠居してぇ!」

 

 今まで何度そう思ったか数え切れない。

 俺の慟哭は船長室の壁と飛行船の駆動音にかき消される。

 

「王子達も公爵も王都で非公式に接触して俺を派閥に取り込もうとしやがって。仲良くしろアイツら」

「だから帰るのが遅れたんだね」

「王家と公爵家のどちらに味方するか、頭が痛いな」

「でも俺は娘婿だから公爵家に味方せざる得ない。だから兄貴はさっさ嫁を取れ」

「待て、どうしてそうなる?」

「王家派の貴族と婚姻すれば王家に忠誠を誓ってるように見える。あと父さんと母さんが安心する」

「俺に嫁を選ばせるつもりは無いのか」

「姉貴を嫁入りさせるより現実的だろ。俺達が居ない間に姉貴への縁談は?」

「無いよ」

「だから兄貴が結婚するのが手っ取り早い。今なら付き合ってくれる貴族令嬢もいるだろ」

「モテなくて悪かったなこの野郎ッ!!」

 

 キレた兄貴に思いっきり殴られた、痛い。

 

「綺麗な嫁を貰ったからいい気になってるだろリオン!!」

「弟が心配してるのに殴るんじゃねえ!!」

「余計なお世話だ!!嫁ぐらい自力で見つけてやる!!」

「そう言って未婚のまま終わる貴族令息が多いから心配してんだよ!!」

「近所の女子に人気だったお前がモテないとか言ってた事に俺がどれだけ傷付いたと思ってる!?」

「八つ当たりすんなバカ兄貴!!」

「少しは兄を敬え愚弟!!」

「や~め~な~よ~!!」

 

 我が家の今後についての家族会議からアホらしい口論に発展し、大した成果を上げる事なく終了する。

 それと同時に船内にブザーの音が響き渡る。

 この音が示すのは目的地への到着だ。

 窓の外を見ると大きな浮島が見えてきた。

 数ヶ月ぶりの我が領地だった。

 

 浮島の状況を確認するように一周した後に飛行船の入港が許可され着陸準備に入る。

 バルトファルト領の港は領地の発展具合に似つかわしくないほど大きい。

 理由は温泉を訪れる高位貴族が所有する大型飛行船を受け入れる。

 開拓に必要な物資を搬入する為だ。

 この港もいずれは観光客向けと労働者向けに分けないとマズい、今のバルトファルト家にそんな金は無い。

 

 ゆっくりと降下し入港が完了すると飛行船の振動音が止まる。

 王都からバルトファルト領まで約一日半、空賊に出会う事なく無事に辿り着いた。

 俺を意図的に襲うのは英雄を敵に回す蛮勇であり王家と公爵家からの追撃を恐れないよっぽどの阿呆がやる事だ。

 そういう阿呆が大量にいたのが数年前までの王国だけどな。

 飛行船の昇降口が開くと人込み特有の熱気と様々な搬入物の香りが入り混じった空気が船内に入って来る。

 この浮島を拝領したのは数年前だが久しぶりに帰ると郷愁を感じるから不思議だ。

 飛行船の周囲に人が集まって来る。

 まぁ、領主が数ヶ月ぶりに帰還したから仕方ないか。

 

「お~い!こっちだ!」

 

 一際大きな声が響くと野次馬たちが移動を始める。

 我等が父バルカス・フォウ・バルトファルト男爵殿のお通りだ。

 簡素な服を着てるから貴族じゃなくて港の労働者にしか見えない。

 爵位はゆくゆく兄貴が引き継ぐから着飾る必要が無く気楽そうで羨ましい。

 頼むから俺と立場を交換してくんないかな。

 父さんの側に数人の身形を整えた男達はバルトファルト家が雇った家人だ。

 どう見ても父さんより良い服装してるがこいつ等としちゃ主君の父に諫言は出来ないか。

 雇われの身の世知辛さに同情の視線を投げかけると俺の心中を察したのか苦笑いを浮かべて頷かれる。

 再び父さんの方を見ると何やら綺麗な桃色の布を抱えてる。

 それを認識した瞬間に鼓動が高鳴った。

 父さんが屈んで抱えていたそれを脚元に置くとゆっくりと立ち上がった。

 

 間違いない、アリエルだ。

 記憶にあるよりだいぶ大きい。

 子供の成長は早いってよく言われてるが、俺が居ない間に自力で立てるようになったか。

 感動と共に我が子の成長を見守る機会を奪った王家と公国に腹が立つけど俺の娘可愛いから今の間だけは許す。

 しゃがんで両手を広げるとアリエルを抱き締める準備をする。

 さぁ、パパの胸へ飛び込んで来なさい。

 しかし、俺の期待と裏腹にアリエルはいつまで経っても飛び込んで来ない。

 むしろ訝し気に俺を見ている。

 やめてくれ、そんな目でパパを見ないで。

 

「ほら、アリエル。久しぶりのパパだぞ」

 

 焦れた父さんが必死にアリエルを促すが却って反応が悪くなる。

 ジッと俺の方を睨むような目つきで見る我が娘。

 さっきとは別の意味で泣きたくなる俺。

 

「や」

 

 拒絶を意味するたった一言を聞いた瞬間、膝から崩れ落ちた俺の意識は遠のいた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 馬車がゆっくりとバルトファルト邸への道を進む。

 以前は未舗装で馬車に乗ると揺れで尻が痛くなるほどだったが温泉業と同時に領地の利便性を高める為に主要な道は石畳に舗装された。

 これもアンジェの立案であり観光客に不快感を与えないという配慮だ。

 微かな振動が眠気を誘うのかアリエルは安らかな寝息を立てている。

 

「落ち込むなって。久しぶりだから戸惑っただけだ」

 

 兄貴が慰めの言葉をかけるがおれの心は癒されない。

 

「なぁ、兄貴」

「どうした」

「俺達、必死で国を護る為に戦ったよな?」

「そうだな」

「何度死にかけた?」

「四、五回ぐらいか。あと公国が超大型の魔物を出した時は『あ、俺達死んだな』と思ったな」

「なのにこの仕打ちはひどくないか!?家族の為に頑張ったぞ俺!!」

「落ち着け、アリエルが起きる」

 

 すやすやと寝るアリエルの頭を撫でながら父さんが顔を顰める。

 なんで父親の俺より祖父の父さんに懐いてるんだ。

 マジでその立ち位置を交換してくれ。

 

「父親なんてそんなものだぞ。幼い頃は慕ってくれても成長したら毛嫌いされるもんだ」

「そんな情報聞きたくねえ」

「ジェナもフィンリーも小っちゃい頃は俺に懐いてくれたのに今じゃ辛辣な事ばかり言うし」

「もう黙れクソ親父」

 

 そんな父親の悲哀なんて知りたくない。

 俺は娘に尊敬されたいんだよ。

 

「もうやだ、嫁に嫌われるし娘に顔を忘れられるし散々だ。隠居してやる。別宅に引き籠って自堕落な余生を送ってやる」

「バカ言ってないでしゃんとしろ。もうすぐ家に着くぞ」

「アンジェリカさんに怒られるって兄さんは何をしでかしたの?」

「………アンジェに別れの言葉を告げないまま出立した」

「はぁ?」

「出立の朝に寝ていたアンジェを起こさず見送りをさせなかった」

「…それだけ?」

 

 それだけとは何だ、物凄く重要な事だぞ。

  そもそもアンジェは俺が従軍するのを最後まで嫌がった。

 何度も引き留めようとしてたが俺は反対を押し切って従軍した。

 俺が出兵を拒否したら王国内に於けるバルトファルト家の立場がヤバくなる上に公国軍が攻めて来たらうちの戦力だけで太刀打ち出来ない。

 嫌でも家族と領地を護るには王国に臣従しなきゃならない。

 泣いて俺を引き留めようとするアンジェを見ていると決心が鈍る。

 だから出立前の夜遅くまで体力を消耗させる為に抱き潰した。

 

 あと抱き潰したのは俺の忘れ形見をもう一人遺したかったという事情がある。

 王国貴族の家督は基本的に男子相続だ。

 ただ産まれた男子が一人だけじゃライオネルに何か起こった場合にバルトファルト家の存続がヤバい。

 女子はある程度の財産を相続できるが爵位や役職を引き継げない。

 公爵令嬢であり王妃教育を受けたアンジェですら俺と結婚しなければあれだけの政治手腕を発揮できず燻ったまま一生を終える。

 

 もしも俺が戦死すればライオネルが穏便に爵位を引き継げるかは疑問だし、父と兄を失ったアリエルが領地をそのまま引き継ぐ事はほぼ不可能。

 婿を取るか、或いは他の家から養子を貰うぐらいしか方法がない。

 必死で築き上げた物を見ず知らずの男に奪われる?

 腸が煮えくり返るような怒りを覚える。

 それならアンジェにもう一人男の子を産んでもらって、その子を跡継ぎにするのが手っ取り早い。

 振り返れば戦争の後遺症で苦しんだ過去の経験から変な方向に暴走したと自分でも分かる。

 戦場への恐怖を誤魔化すように毎晩アンジェを抱いていた。

 血統を繋ぐ道具のように扱われたアンジェは俺をどう思うだろう?

 絶対嫌われた。

 

「思い悩む息子へ父からのアドバイスをしてやろう」

 

 頭を抱える俺を見かねたのか父さんが声をかけてきた。

 いきなりなんだ、嫌な予感しかしないぞ。

 

「とりあえず思いっきり抱きしめろ。そして何度も『愛してる』と耳元で囁け。これで万事上手くいく」

「……兄さん、兄さん」

「何だコリン?」

「父さんは毎回それやって母さんに怒られてると思うんだけど」

「奇遇だな、俺もそう思う」

「昔からそうだ、結局母さんに怒られて最後は土下座する羽目になる」

 

 息子達から総ツッコミされて気まずそうな顔をする父さん。

 ダメだ、全く当てにならない。

 

「まぁ、義姉さんに誠心誠意謝るしかないよ」

「頑張れ。アンジェリカさんに離縁されたらバルトファルト領はお終いだ」

「孫達と別れるのは嫌だから地べたに頭を擦りつけてでも許される努力をしろ」

 

 うちの男連中は誰も俺を庇ってくれない、分かってたけど悲しい。

 

「それしかないか」

 

 俺は何度目になるか分からない溜め息をついた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 バルトファルト邸に到着したので馬車を降りる。

 眠気眼のアリエルを抱っこしようとしたら嫌な顔をされた、本当に泣きたい。

 俺達の到着を見越した家人は整列して出迎えている。

 うちの家人はレッドグレイブ家が推薦した人材を俺とアンジェが直接面接して雇用したので能力が高い。

 父さんや母さんより受けた教育水準が高いだろうに俺達を蔑視するような輩が居ないのは幸いだった。

 屋敷に入ると漸く人心地がつく。

 此処に戻るまで幾度も死線を潜り抜けたから感慨深い。

 

「おかえりなさい」

「おかえり」

「遅いわ、さっさと帰って来なさいよ」

 

 エントランスで母さんと姉のジェナと妹のフィンリーが出迎える。

 

「ただいま、母さん」

 

 相変わらず呑気そうな母さんの声に涙が出そうになる。

 俺に優しいのはアンジェ以外で母さんだけだ。

 

「で、ちゃんと手柄は立てたんでしょうね?」

 

 そして俺に辛辣な言葉をかける姉貴、こっちも相変わらずだ。

 

「生き残るだけでも手柄だ。そもそも俺が死んだらバルトファルト家は終わりだぞ。姉貴もマシな生活を送れなくなる」

「何よ、生意気」

「嫌ならさっさと嫁げ。まぁ姉貴を貰いたがる物好きは王国はもちろん公国にも居ないけど」

 

 舌を出し思いきり挑発するとキレた姉貴が手と足を出すが余裕で回避。

 こちとら軍の訓練を受けて戦場を生き抜いたんだぞ、素人の攻撃など屁でもない。

 いつも通りのやり取り、他愛ないじゃれ合い。

 やっぱ家族は良いもんだ、代り映えの無い日常ほど尊い物は無いな。

 ふと、何かの気配を感じソファーを見ると陰から小さな足が見える。

 ゆっくり近づくと動きを止め気配を殺そうとしているが隠しきれていない。

 素早く移動して後ろへ回り込むと小さな男の子が驚いた顔で俺を見上げていた。

 

「ライオネル、パパだぞ」

 

 見間違えるはずもない、俺の息子だった。

 ライオネルは慌てた様子で手足を必死にバタつかせ母さんの方へ向かう。

 母さんの後ろへ隠れるとビクビクと怯えながら俺の方を見る。

 そんなに俺が怖いか、アリエルと別な意味で泣きたい。

 どうもうちの嫡子は臆病で胆力に欠けてる。

 一度『誰に似たんだろう?』と口にしたら『お前だよ』と皆に言われたが、俺はここまでビビりじゃないと思うぞ。

 我が子達との再会に喜びを感じるが、此処に居ない一名の事が気にかかる。

 やっぱり出迎えを嫌がるほど怒ってるのか。

 顔を合わせたら一体何をすれば良いんだ?

 

「それでアンジェは?」

「さっきまで執務室で仕事をしていたけ…」

 

 フィンリーがそう答え終わる前に足音が聞こえて来た。

 一歩、また一歩と音が近づくほど音が大きく響き渡る。

 ゆっくりとしたリズムながら響き渡る音はその存在の大きさを周囲に知らせるのに十分。

 音が鳴り止みエントランスに新たに増えた気配を背に感じた。

 

「お帰りなさいませ、リオン」

 

 振り返ると其処には最愛の嫁が佇んでいた。




リオン編の開幕です。
話の時系列としてはアルトリーベ三作目で公国と戦争が再び始まった感じです。
コミカライズで公国軍の魔物と戦ってるモブリオンのイメージを想像して頂ければ良いかと。
前章までアンジェ視点ばかりで作品に奥行きが足りないのを反省し、リオンの視点でバルトファルト家の面々も登場と相成りました。
共和国が呆気なく崩壊はマリエルートを参考にしています。
オリキャラにアンジェとリオンの子供達を登場させました。
息子のライオネルくんは(Lionel:若獅子)という率直なネーミング。
娘のアリエルちゃんは(Leon:獅子)とアンジェリカ(Angelica:天使の)の娘だからアリエル(Ariel:神の獅子)という天使から命名。
私は基本的に二次創作でオリキャラを登場させる事は少ないのですが、子供の名前が登場しないのはおかしいので名付けました(原作で設定が出たら変えるかもしれません
原作最終話に少しだけ登場したリオンの子達の描写、コミカライズ担当の潮里潤先生がお描きになったイラスト(https://twitter.com/shiosatojyun11/status/1447159859200155649)が好きな私の趣味です。
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