婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第150章 反抗期

『よく分からない人』

 

 学園に通い始めてから同級生の貴族令息や令嬢から父上について尋ねられると決まってそんな回答になってしまう。

 誤魔化そうとしてる訳じゃない、実の子である僕から見ても父上はよく分からない御人なのだ。

 他人の家を探るような振る舞いは嫌われるものだけど、政争や貿易に関わる情報一つで家の浮沈が決まってしまう貴族にとって些細な情報が白金貨が詰まった小袋よりも貴重な場合も多い。

 ひたすら情報を集める人達にとってよく分からない人や物が存在する方が不安を原因になるようだ。

 そんな人達に対して僕の方から質問してみたい、貴方達には父上がどんな風に見えているのかと。

 

 記憶力に関しては自信があるから物心ついた頃の状況は詳細に思い出せるし、それ以前の小っちゃな頃もおぼろげながら憶えている。

 でも記憶を一つ一つ辿ってみてもやっぱり父上はよく分からない御人という結論しか出せない。

 数ヶ月間も王都に滞在して領地に関する仕事以外に何をしているのか、父上は一度も話してくれなかった。

 下衆な話になるけど王都住まいの貴族や辺境の浮島に住んでる領主が用意した別宅に愛人を囲う当主も多いと聞いてる。

 だけど父上にはそんな浮いた話が出た事はこれまで一度も無かった。

 そもそも周囲に相思相愛の夫婦で子沢山なバルトファルト家とあれだけ評判だ、或いは単純に母上が怖くて浮気できないだけかもしれないけど。

 

 学の無い不調法な成り上がり者、その評判は正しいと言わざる得ない。

 僕らが生まれるずっと前、確か曾祖父上が生きてた頃のバルトファルト家は爵位として最底辺の男爵ですらなかったと聞いている。

 貧しいバルトファルト家は子供達全員を王立学園に通わせる学費を捻出できず、父上は最低限の教育しか受けられないまま王国軍に入隊したそうだ。

 だから今でも行儀作法に疎い所があって、幼い頃から母上に厳しく躾けられた僕達よりもたどたどしい時がある。

 

 戦術に長け武勇に秀でた外道騎士、これはよく分からない評判だ。

 父上は武功によって叙爵された新興貴族の代表者として扱われている。

 僅か数年だけどホルファート王国軍の相談役を務めたり、領軍の配備や訓練に熱心な領主貴族の中でも一際目立つ。

 よくバルトファルト領軍が行う訓練に顔を出してるくせに、父上はどうも争い事が嫌いらしい。

 現役の兵士と同じ訓練を熟して平気な顔をしてるけど、明らかに趣味で畑を耕してる時よりやる気が無いのが僕でも分かる。

 

『何処までが建前で何処まで本心か実の子にも分からない』

 

 それが僕から見たリオン・フォウ・バルトファルト伯爵という人だった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「どうしたライオネル」

「提案があります」

「何だ?」

「僕も父上に同行します」

 

 父上との会話はひどく短かった、たぶん三十秒も経ってない。

 だけどそれから部屋の中は空気が鉛にでも変わったみたいに沈黙がとても重苦しかった。

 その原因は父上だ、僕を見つめる父上の視線がいつもの穏やかで優し気な物じゃなくなっている。

 放牧地で呑気に牧草を食べてる牛の皮が破けて空腹で苛立ってる狼が現れた、小さい頃の記憶にある怖い話の怪物みたいだ。

 目の前に居る父上は僕が知ってる父上じゃなかった。

 

「何を考えてるライオネル!お前は嫡子としての自覚があるのかッ!?」

 

 横から聞こえる甲高い怒鳴り声で意識が戻る、父上に進言してから呼吸が止まっていたのかもしれない。

 声のした方へ顔を向けると小っちゃな女の子が僕を睨んでいた。

 見覚えがなくて少し考え込む、そこまでしてこの女の子が若返った母上という事実を思い出す。

 

「ダンジョンにいた怪物を私やアリエルと共に見ただろう!あれは戦闘した経験が無い子供に倒せるような容易い相手ではない!」

「……それでも母上は二匹を倒し、一匹に傷を負わせました」

「私には魔法があるからだ!お前達も多少は使えるようだが実戦で敵を屠るだけの威力は無い筈だろう!」

「魔法だけが敵を倒す手段じゃありません、幸いにも銃と弾丸はふんだんにあります」

「減らず口を!」

 

 ダンジョンで怪物を倒す母上はとても頼もしかった。

 襲われてた冒険者をあの状況で何とか助け出せたのは母上の尽力に他ならない。

 母上が爆発みたいに高威力な火の魔法を使えるなんて今まで知らなかった、怪物達を仕留めたのは母上で僕とアリエルは何も出来なかった。

 出来たのは怪我人を助けるぐらい、どれだけ必死に取り繕っても情けない事実は変えられない。

 僕たちは親に護られる子供だ。

 

 でも、そんな強い母上もあのダンジョンに潜んでる何かのせいで僕達よりも小さな子供にされてしまった。

 その後に父上が遺跡の奥深くから母上を助け出した護衛のみんなへ忙しそうに命令を下してる間、いったい僕は何をしてたんだろう?

 何もしてない、ただ弟達や妹達が騒ぎを起こさないように落ち着かせてただけ。

 普段は母上が落ち着かせてる皆が大人しく部屋の中で待機してたのは父上が命じ、珍しいロストアイテム(おもちゃ)があったから。

 母上が起きた後は護衛を付けられて別々に行動、別の場所にあるエルフの集落に移動させられた。

 そして今は朝になって焦燥した父上が合流すると僕達の考えなんて何も聞かれず一方的に作戦を言い渡される。

 

 状況がよく分からない事件に巻き込まれていながらずっと部外者扱いのまま。

 今まで聞いた話だと、僕達は父上が観光客を装う為に同行させられたらしい。

 何だよ、それ?

 僕達は父上にとって都合が良い変装道具とでも言いたいのか。

 他家との婚姻で血筋を繋ぎ、家を存続させるのが貴族にとって最も重要な事だと名家に生まれた令息や令嬢は教えられて育つ。

 自分の子供を単なる政略の道具としか思わず愛情を注がない親が貴族に多い事ぐらい僕だって把握してる。

 

 だけど僕の父上はそんな冷酷な御人じゃないと思ってた。

 そもそもバルトファルト伯爵家は戦争中の武功によって叙爵された父上が興し、そこへ公爵令嬢だった母上が嫁いでようやく貴族としての体裁が整った家だ。

 普通なら成り上がり者と順応族の公爵令嬢なんて分不相応な婚姻だ、嫡子が生まれたらそのまま別居してもおかしくない。

 でも父上と母上は本心から愛し合っていたようだ、両親は僕達の前では親としての威厳を保とうとしてるけど新婚夫婦よりも仲睦まじいのは子供の数からでも分かる。

 王家に気に入られてせいで他の貴族に睨まれながらいろんな役職に就かされて愚痴を零していたけど、閣僚を務めても要職に就けない宮廷貴族が多いのに推挙されるという事はそれだけ父上が秀でてる証明だ。

 

 僕は父上に対してずっと負い目を感じていた。

 父上よりも劣った自分なんかがバルトファルト家を継いで問題無いのか?

 特に王立学園に入学してから憂鬱な気分が続いてる。

 上級クラスは出自に関係なく優秀な人材だけが在籍できる完全な実力主義の世界だ。

 たとえ農村生まれの平民だとしても才能さえあるなら聖女様みたいに引き立ててもらえるから皆が血眼になって日々精進してる。

 

 家でも学園でも気が休まる事の無い生活に耐えてきたのは、せめてバルトファルト伯爵家の嫡子に相応しくあろうとしてたから。

 父上と母上から見たら凡庸な息子でも僕なりに頑張ってきたつもりだ、たとえ頼りなく感じたとしても何の相談も無く一方的な命令を聞かされ続けたら不満も溜まる。

 この時になってやっと僕は自分の本心に気付く。

 そうか、僕はずっと腹が立っていたんだ。

 

「どう考えても人員配置がおかしいと思います。父上一人でダンジョンの単独攻略なんて自殺行為だ。僕達の護衛は最小限に留めて、他の全員を父上に同行させた方が良いなんて素人の僕にだって分かる」

「それは……」

「…………」

 

 やっぱり思った通りだ、父上と母上はダンジョンに護衛を同行させるのを明らかに嫌がってる。

 戦術方面に長けた父上は勿論、物事の道理を弁えた母上がこんな合理的な判断を下せないなんてどう考えてもおかしい。

 絶対に何か理由があるに違いない、それも自分の子供や優秀な部下にバレちゃいけないぐらい重大な。

 思い付く理由の中で一番心当たりがあるのは喋るロストアイテムの存在だった。

 ロストアイテムについての情報は世の中にあまり出回ってない、何故ならその存在があまりに強力過ぎて国を混乱させると言われてる。

 上級クラスの講義は普通クラスよりも広い範囲で深い知識を教えられる、歴史に関してもホルファート王国の成り立ちや初期の豪族平定まで詳細だ。

 僕が物心つく前に起きた戦争を終結させたのは聖女様の御力と王家が秘蔵していたロストアイテムの飛行船だと公式には発表されてる。

 文明が発展した今でもロストアイテムが敵に回れば戦局は変わってしまうほど強い、そして父上と母上はロストアイテムと共に行動をしていた。

 もしかしたらこの状況は僕が思ってる以上にとんでもない事態じゃないだろうか?

 

『何人も冒険者が探索で得た宝をで奪ってはならない』

 

 ホルファート王国の法律に於いて最も重要視されてる一文だ。

 冒険者が宝を見つけた後で騙し討ちして奪う、地位や金で強請るのは最も軽蔑される行為だと王族から平民の全員が分け隔てなく信じてる。

 だから基本的に王家が有用なだと思った宝を欲しがる時には、冒険者の功績を称え爵位や領地といった報酬を与えるのが常だ。

 ドロテア伯母上の実家であるローズブレイド伯爵家も、かつて高名な冒険者だった先祖の功績により名門として扱われるようになった。

 父上と母上が隠してるロストアイテム、あれはどう考えても普通じゃない。

 言葉を話し意思疎通が出来るロストアイテムなんて今まで見た事も聞いた事も無い、さらにエルフの里以外にある古代遺跡に詳しいならさらに価値が増す。

 金額に換算すれば白金貨が何千枚、何億ディアか予想するのも難しいぐらいの高値だ。

 それこそ戦争でロストアイテムの飛行船が失った王家は父上に侯爵位、いや公爵位を用意してもおかしくない。

 

 だけど父上と母上はそうしてない、明らかに存在を隠すような行動をしてる。

 護衛達の前であのロストアイテムが姿を現さないのがその証拠だろう、僕達の前に姿を現したのはダンジョンで母上が促したから。

 父上が若返った母上の容態を調べさせた時も護衛達はその場に居なかった、バルトファルト領軍で部隊指揮官でもある兵長の前ですら。

 きっと父上と母上はあのロストアイテムの情報が漏れるのを異常なぐらい恐れてる、だから護衛達をダンジョンに同行させたがらないんだ。

 

「未熟な僕より兵長や他の護衛を連れて行った方が遥かに良いのは分かりきってるのにそれをしない。父上と母上が恐れている事は何となくだけど理解できます」

「ならば尚更だ、私と一緒に此処で待機するべきだと思わんのか」

「それでも父上をたった独りでダンジョンに向かわせるより良いでしょう、何せ僕らはとっくに秘密を知っているんですから」

 

 母上が僕の発言を聞いて言葉を呑み込んだのが見える、一方で父上は表情を崩さない。

 今まで僕が親に従順な良い子で、親に反抗した事なんか一度も無いから焦っているんだろう。

 たぶん今回の事件が起きなければ、僕はこのまま死ぬまでずっと父上と母上に逆らわず生きていたかもしれない。

 それは確かに親にとって理想的な子供だ、凡庸なら凡庸なりに親や王族の命令に何も考えないまま従って楽な方に流されるのも賢い生き方だ。

 でも心の奥に居る誰かが叫んでる。

 

『お前はそれでいいのか?』

 

 一度でも思考を始めたら自分でも止められない、父上が隠している真実を教えてもらうまで今日は引き下がるつもりは無かった。

 

「……それは脅しのつもりか?」

 

 今まで僕と母上の言い争いを黙って見ていた父上がやっと反応してくれた。

 だけど怖い。

 明らかに不機嫌を隠そうともしない父上の態度は太々しいを通り越して、明らかに僕という存在を鬱陶しいとしか思ってないようだ。

 父上からしてみれば若返った母上を救う為に一刻も早く行動したくて堪らないのに、僕がこうして自己主張するだけで時間を無駄に消費してるように父上が感じてしまうのも分かる。

 だけど引き下がらない、ここで折れたら僕はずっと変われないままだ。

 

「落ち着けリオン。ライオネルの事だ、単なる我が儘では…」

「アンジェ、悪いけど少し黙っててくれないか」

「…………」

「もう一度だけ聞いておく、お前のそれは俺を脅すつもりなのか?」

「そんなつもりはありません。僕なりに自分の意見を具申してるだけです」

「なら却下だ、人手は足りてる」

「お言葉ですが、朝方この家に辿り着いた父上は疲労していました。母上が諫めなければ食事もしないまま倒れるまで無理をなさっていたはずです。この状況を打開する為には家族の力を合わせるべきかと」

「要らん心配だ。もしかしてアンジェがあんな姿になったのを自分達のせいだ思ってるのか?」

「よく聞けライオネル。私がこうなったのは総て私自身の行動による結果に過ぎん。断じてお前達に責任は無い」

「ガキは黙って親の言う通りにしておけ、半人前が居ても足手纏いだ」

 

 父上の言葉を聞いて目の前が真っ赤になる。

 こんな状況でも父上は僕の同行を足手纏いと仰った、それは僕に対して最大級の侮辱だ

 別に父上と母上は僕を蔑ろにしている訳じゃない事ぐらいは僕だって気付いてる。

 自分達の子供を出来るだけ危険から遠ざけたい、嫡子が死んだら一大事という親心と貴族としての判断だ。

 でもそれに甘え続けたらダメだ、臆病で凡庸な僕はこのままじゃ変われない。

 今この場で引けば一生変われないままだ。

 

「僕が足手纏いなのは確かに事実ですね、冒険の経験も足りず兵士としても領軍の新兵に劣っている」

「いや、そこまで自分を卑下すんなよ」

「ライオネル、落ち着くんだ。別に私達はお前を侮辱している訳ではない」

「だけどこの危機に動かなければ僕にバルトファルト伯爵家の嫡子としての資格はありません」

「何故そうなる!?」

「母親が苦しんでる状況で父親が死地に向かおうとしてる状況なのに自分は家に籠ってる息子なんてただの臆病者です。そんな長子を弟や妹が認めますか?部下達の信頼を得られるんですか?」

 

 反論の隙を与えないよう立て続けに言葉を吐き出す、母上としては反論が難しいだろう。

 公爵家に生まれた母上は貴族としての誇りと保つ為に己の務めを全うしろと口酸っぱく教えてきた。

 平民よりも過酷な義務を背負い、領地を富ませ領民を護るからこそ贅沢な生活を享受できる。

 今のバルトファルト伯爵領にとって重要なのは当主の父上と実務を熟す母上だ、嫡子の僕じゃない。

 

「それがリオンに同行する理由か。ライオネル、お前は嫡子の役割を勘違いしているぞ。我が伯爵家は確かにリオンの武功によって興った。だからと言って嫡子が率先して戦場に立たなくてはいけないとは誰も思っていない」

「ライオネル坊ちゃま、我々は今回の件で坊ちゃまが御当主と一緒にダンジョンへ行かずとも嫡子に相応しくないと思いません」

「母上も兵長も状況を分かっていません。僕達の中で護らなきゃいけないのは嫡子の僕でも、若返った母上でも、経験豊富な兵長でもない。父上です」

「何を仰いますか」

「父上の行動が成功すれば母上は元に戻って僕達は無事に帰れてバルトファルト領も平和だ、でも父上が死んだら母上はこのままでバルトファルト領の統治が今までのように上手くいく保障は無い。盤上遊戯なら王を敵陣に単独特攻させたら即座に負けるなんて幼いディランにだって分かる事さ」

「それはそうかもしれませんが」

「嫡子の立場が邪魔だって言うなら僕は嫡子の座を放棄します」

「ライオネル!自分の発言がどんな意味を持ってるのか理解していないのか!?」

「法律では嫡子が必ず長子にしろと決められていません。バルトファルト伯爵家(うち)は子沢山だから僕以外にも男子のリーアかディランを嫡子に据えたら大丈夫です。いざとなったら婿取りで妹達の誰を優秀な貴族令息と結婚させる方法があります」

「ちょっと!?」

「最低ですお兄様!」

「ありえない」

 

 妹三人の視線が痛い、でも母上を言い包める詭弁だからそこは見逃して欲しい。

 ここまで言えば父上と母上も僕の言葉に耳を傾けてくれるはずだ。

 単なる子供の我が儘で無理を言ってる訳じゃない、僕なりに足りない頭で必死に考えて行動してる。

 父上に協力し母上を元に戻す可能性を少しでも上げ、バルトファルト伯爵家の長子として恥じない行いを為したい。

 その為に自分の身を危険に晒すのは仕方がない、冒険者や軍人は尊敬されるのは危ないと分かっていながらも知恵と力と勇気で宝を得るからだ。

 

「じゃあ、あたしも同行するわ」

「……いや、何でそうなるんだよ?」

「だって臆病なあんたがお父様に付いてくのにどうしてあたしが留守番なのよ」

「これは当主の父上と嫡子の僕が為すべき務めだ、アリエルは関係ない」

「はァ?弱っちいあんたが?今まで喧嘩であんたがあたしに勝った事が一度でもあったの?」

「兄妹喧嘩と実戦は違うって分からないのか」

「そう言うなら訓練で私より良い成績を出しなさいよ、あんたって筆記は得意でも実技はてんでダメじゃない」

「僕は父上の手助けをしに行くんだ、お前の本心が冒険したいだけって僕が気付かないと思うな」

「それなら頭でっかちなあんたと運動神経抜群なあたしを合わせて一人前よ」

「足手纏いが二人に増えるだけだろ」

「あら、お兄様は自分が足手纏いの自覚があったのね?私、びっくりしましたわ」

「わざとらしい口調で揶揄うな、少しは兄の言う事を聞けよ」

「同じ日に生まれたのに兄貴面しないで。あたしはとっくの昔にあんたを追い越したから」

「そこまでにしておけッ!!」

 

 突然の甲高い声で耳の奥がツーンとする、声の主は小さな母上だ。

 体が縮んだせいか生まれた時から聞き慣れた母上の声よりも高くて鼓膜が痛い、横目で母上を見ると明らかに不機嫌なのが分かった。

 若返ったから怖いよりも可愛らしい印象なのは、僕が外見がよく似た妹のアリエルとロクサーヌを見てきたからだ。

 もし僕が母上と同い年だったらとても反論できそうにない、きっと母上は子供の頃からこうだったに違いない。

 

「……はぁ。リオン、何とか二人を説得してくれ」

 

 母上の呆れた声は僕の発言とアリエルの無理難題を聞いたからだろう、少し悪い気がしてくる。

 一方で母上の言葉に促された父上は黙ったままゆっくり椅子から立ち上がる、その姿はまるで獅子とか熊みたいな大型の肉食獣の迫力だった。

 幼い頃から農作業や牧畜といった肉体労働を続け、今も自分から訓練に参加してる父上の体はとても貴族とは思えないぐらい分厚い。

 僕より二回り、いや三回りも大きな体格が一歩ずつゆっくりと近付くのは今まで感じた事の無い恐怖だ。

 思い返すと父上が僕を叱った事は殆ど無い事に気付く。

 殴られたり叩かれた経験も無いし、怒るのはいつも母上で父上は宥める側だった。

 まるで眠っていた獣の尾を踏んでしまったような恐怖に体が竦みそうだ。

 

 父上は僕達に近付くとまず肩に手を置いた。

 ずっしりとした重さに膝が曲がりそうになるのを懸命に堪えた、何となくここで膝を曲げたらいけない気がする。

 僕の隣に居るアリエルはそれほど苦になってないのが羨ましい。

 次に大きな手で僕達の顎を掴まれた、農作業と訓練で太く節くれ立った指と分厚い皮の掌が口元を覆う。

 

 息苦しい、今すぐ数歩退いてしまいたい。

 だけど父上の両眼は真っ直ぐ僕達を睨み続けてる。

 その目は酷く冷たくて普通なら怖気づいてしまう迫力があった。

 きっと父上を嫌う貴族や『外道騎士』と貶す者は父上のこんな部分を恐れて陰口を叩いたんだろう。

 この場で僕とアリエルが臆して足を一歩でも動かし目を反らせば同行を認めない、そんな決意が分厚く掌から伝わってきた。

 

『バカにしやがって』

 

 生まれて初めて父上に対して怒りが湧いてきた。

 こんな事をして僕が怯んで自分の意見を翻すと本気で思っているのか?

 昔から心の奥でずっと父上みたいになれそうにない自分に悩んできた。

 弱くて小賢しい自分が嫌で堪らなくて、ちょっとだけでも強くなりたくて同行を願った。

 息子の成長を願ってるくせに道を塞いで邪魔をするな。

 いっそ口元を覆う掌に噛みついてやりたい。

 父上の目から視線を反らさず、逆に怒りを込めて睨みつけた、すると父上の手は力を緩めて僕達の口元から離れていく。

 

「…どうやら決意は固いようだな」

「はい」

「当然じゃない」

「今は時間が惜しい、すぐに支度を整えろ。兵長、必要な装備を教えてやれ」

「よろしいのですか?」

「こいつらを説得するのは俺には無理だ、今のアンジェにもな」

「リオンっ!」

「すまないアンジェ。今回はこいつらの方が正しい」

 

 どうやら僕達は父上の試験に合格したようだ。

 安心した途端に体が力が抜けてよろめいてしまう、横で無邪気に喜ぶアリエルとは正反対だ。

 あれだけ見栄を張って父上に反抗したくせに、もう後悔を始めてる自分が嫌になる。




ライオネルくん頑張るの章。
原作だと五馬鹿に劣るとはいえ優秀なリオン、公爵令嬢として短気以外に非の打ち所がないアンジェ。
そんな両親がいれば反抗する気持ちも失せそうな息子が初めて自分の意思を見せます。
今までリオンとアンジェが中心でしたが、子供達の出番も増える予定です。
次章の投稿は8月8日を予定、モブせか新コミカライズの始動に合わせます。

追記:依頼主様のリクエストにより以前描いて頂いたイラストがpixivに投稿されました。
本当にありがとうございます。

9430様 https://www.pixiv.net/artworks/133431642

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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