婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
「昨夕になります、とある小型飛行船が王都の軍港に緊急着陸しました」
室内で状況説明を皆へ行っているのは諜報機関に務めているジルクである。
若い頃から弁が立った彼はこうした場に於いて司会進行役を任される場面が多い。
周囲の者も慣れているのか不満の声を出さないまま説明は続く。
「搭乗者は一名、バルトファルト伯爵家の兵士でした」
「待ってくれたまえ、僕達はエルフの里で起きている問題にどうしてバルトファルト伯爵が関与しているんだい?」
「そうか、あの場にブラッドとユリウスは居なかったな」
「俺達の方からあいつに依頼したんだよ、『エルフの里が不穏な雰囲気だから調べてくれ』って」
「主導したのは私です。この十数年間エルフの里を見守ってきましたから」
ブラッドの質問に他の者達が受け答えする、そもそも今回の件に関しては一人だけがエルフの里について不信感を抱いた訳ではない。
エルフを含めた亜人融和政策を主導してきた聖女オリヴィア、王国軍に属し名の知れた冒険者として国内のダンジョンに詳しいグレッグ、そして諜報機関で国内の情報に精通したジルク。
その三人がエルフの里に関する情報を統合した結果、何らかの異常事態が起きている可能性が高いと判断したのが事の起こりである。
だが、それ以外にも彼らがエルフの里に注意を向けていた理由は二十年近く前に起きた事件が原因だった。
どれだけ時が経っても切れぬ因縁が世には存在する、それは相手が聖女や英雄であっても例外ではない。
寄り集まり堆積した負の遺産が目を覚ました、まるで何かに呼応したかのように。
「話を戻しましょう。彼が主君であるバルトファルト伯爵の命令によってエルフの里から出立したの二日、いえ三日前になります」
「待ってください、王都に到着した兵士はたった一人ですか?」
「えぇ、彼一人だけです。他の者が途中で脱落した訳はなく、最初から彼は主命を受けてから不眠不休で飛行船を操縦し続け王都に辿り着きました」
「随分と無茶をさせたものだな。もし途中で何かあれば王都に辿り着けず、私達に報告が届かない可能性の方が高かったぞ」
「そいつがバルトファルトに信頼されるだけ優秀な兵士なんだろう。惜しいな、奴の部下じゃなくて王国軍に欲しいぐらいだ」
飛行船の操縦には通常なら数名の乗務員が必要になる、飛行船が大型化すればする程に専門の乗務員もまた比例してゆく。
それとは別に個人が所有する飛行船も存在するがその種類は千差万別である。
小型帆船に浮遊石を設置した程度な平民向けの簡素な物もあれば、貴族が財を費やした高性能機まで幅広く存在していた。
しかし、そのどれもが人間の操縦を必須としている。
姿勢制御や出力維持を維持する飛行船の機器は目覚ましく発達しているが、この世界の技術は飛行船の完全な自動化に未だ至っていない。
エルフの里から王都までは辺境へ向かう距離に比べてみれば遠くはない、だからと言って近くもなかった。
少なくとも一人の兵士が不眠不休で操縦を続けるのは相当に無茶な距離である、これだけの任務を熟せる者は国防の要であるホルファート王国軍に於いても少ない。
それはバルトファルト伯爵家が保有する兵士達の練度が王国軍に勝りかねない証明だった。
リオン・フォウ・バルトファルトという男はどうにか貴族を名乗れる程度な下位貴族の次男が武功を評価され成り上がった男である。
元々は王国軍の一兵卒でありながら己の才と妻の実家であるレッドグレイブ公爵家を寄り親として領主貴族では出世頭であり、国政に於いても王国軍や国営金融機関で要職を務めた。
そんな国内外からの評価が高い男が精強な軍を保有している事はホルファート王国にとって幸いなのだろうか?
現時点に於いて危機感を抱くのは長年リオンと反りが合わないジルクだけであった。
「いきなり軍港を訪れた兵を王国軍が詰問すると彼は伯爵から託された手紙を提出しました。手紙は王国軍のみが使っている暗号で書かれていたので情報部が解読した結果、バルドファルト伯爵がエルフの里から出した救援要請と判明したのです」
「その時点でとっくに日は暮れていたな。夕餉を楽しんでいた陛下は知らせを受けるとすぐ側近達を呼び出して深夜まで話し合いを続けていたぞ。その後は皆が知る通り、現時点で王都に居る主要な貴族達で今後の方針を決める会議を行う予定だ」
「知らせを届けはバルトファルト伯爵家の兵士はどうなりました?」
「疲れていたのでしょう、手紙を渡すとその場で眠るように倒れてしまいました。現在は王宮の医務室で保護しています」
「わかりました、会議の後に情報収集と治療を兼ねて私が訪ねます」
「ただの過労ならオリヴィア様が直々に慰問しなくても私の治癒魔法で十分に回復可能だと思いますよ?」
「いけません、相手の功労に対し誠意を以って報いなければ世の乱れに繋がります」
上層部から使い捨てられる平民の一兵卒、世を乱しかねない飢民に対してすら聖女は分け隔てなく一己の人間として扱う。
それは例え相手が由緒正しい王族であろうと氏素性の知れぬ奴隷であろうと変わらない。
オリヴィアのそうした態度こそが人々からの信頼を勝ち取り、国王すらも凌ぐ支持を集める理由だろう。
「解読した暗号文によるとバルトファルトは妻子を伴ってエルフの里を訪れたと書いてありました」
「……ちょっと待てくれ、あいつの嫁って確かアンジェリカだろう?レッドグレイブ公爵家の元令嬢の」
「えぇ、その通りです」
「……俺達がバルトファルトに依頼したのは『エルフの里を調査』だったよな?」
「間違いない、私も確かに耳にした」
「なのに、どうしてあいつは嫁と子供を連れて行ってるんだよ」
「私が知る筈ないでしょう、とにかく暗号文にはそう書かれているのですから」
この場に居た全員が困惑していた、世界の何処に調査する場所へ妻子を帯同する斥候が存在するだろうか。
そんな真似をするのは己が家族を巻き込む可能性を全く考えていない愚か者、或いは自分なら問題なく任務を達成できると増長した身の程知らずか。
下手をすればその両方かもしれない。
だが少なくともリオン・フォウ・バルトファルトを少しでも知る者は彼がそのような者ではないと知っている。
故にその行動の意図が読めない、まさか伯爵位を賜るほどの男が家族との団欒や息子と娘の課題を任務と同時に済ませようという魂胆を持っていたとは想像の埒外だ。
「話を続けます。どうやら事の発端は『人間を快く思わないエルフが集まってダンジョン内部の施設を使って、怪物を使役して人間を襲っている』と書かれています」
「怪物ってアレか?俺達がエルフの里を訪ねた時に襲ってきたやつ」
「おそらくはそうでしょう。報告によればダンジョンを訪れた冒険者数名が襲われて重軽傷を負ったようです、巻き込まれた者の中にはアンジェリカとバルトファルトの子供達も含まれています」
「ほら、言わんこっちゃない。そんな危険な所に家族連れで行くなよ」
「彼はもう少し賢い男だと思っていたが…、買い被りのようだね」
「誰だよ、あいつを行かせようと最初に言い出した奴は?」
「仕方ないでしょう、斥候や工作員として彼は極めて有能なのですから。もし叙爵されなければ部下として諜報機関に在籍して欲しいぐらいですよ。まぁ、あの性格を直さない限り出世は見込めませんが」
この部屋に居る者達はホルファート王国内でも最上位の戦闘力を有す者や稀少な魔法を扱える者ばかりである。
もしリオン・フォウ・バルトファルトがこの場に居れば評価は微妙となる可能性が高い。
身体能力、知能、剣術、体術、魔法など数値上では最下位にはならないが決して一位になれない。
だが試験方法や対戦形式を限定せず何でもありの実戦ならば確実に上位へ食い込むだろう。
敵へ最も被害を与えられる方法を的確に導く才能は天性の才能だ、敵に回せばこれほど厄介で恐ろしい男は存在しない。
彼が己を凡庸と信じ込み卑屈に振る舞い細やかな安寧を愛する男でなければ、先の戦争から現在に至るまでホルファート王国を揺るがす騒乱は一回か二回は増えていた筈だ。
唯一の救いはリオン・フォウ・バルトファルトに政治的な野心が皆無という事である。
先王達から才能を買われ、領主貴族筆頭のレッドグレイブ公爵家から妻を娶り、数々の要職を宛がわれておきながら全く政治的な野心を見せない。
貴族の誰もが羨む地位を手に入れて置きながら領地で妻子に囲まれのんびり暮らしたいと宣うような男なのだ。
なればこそバルトファルト伯爵家に注意を払い続ける必要がある、今のホルファート王国は各勢力の絶妙な均衡によって安定している。
此処に考えが全く読めないくせに能力だけは秀でた男が加われば政治的な混乱は避けらない。
リオン・フォウ・バルトファルト伯爵が要職の就かされるのは目の届く範囲に置き監視する目的だと知らないのは当の本人だけであろう。
「後は『幸いにしてアンジェリカと子供達の命に別状は無い』、『王都からの救援を求める』等の報告です」
「命に別状って事は怪我をしたのか?」
「そこまでバルトファルトは考え無しとは思えなかったのだが…」
「しかし彼がエルフの里に赴かなければ事態は進まなかったのは確かです、此処は賞賛すべきでしょう」
「ですが我々もここまで事態に急激な変化を齎してくれとは望んでいなかった。あくまでも調査の一環として物的証拠や情報を幾つか我々に齎してくれるだけで良かったのに」
状況報告が行われる度に呆れや驚きの声が挙がる、これこそバルドファルト伯爵が各勢力から腫れ物扱いされる原因だった。
彼は貴族の論理で行動していない、何が彼を怒らせるか分からない、常識外れな行動をしておきながらも結果を残す。
味方にすれば手に余る、かと言って敵に回せば厄介窮まる男がリオン・フォウ・バルトファルトである。
エルフの里に関してはホルファート王国内の様々な事情が絡んでいる案件であり、聖女達は出来る限り秘密裏に事を進めようと手筈を整えている最中だった。
亜人の融和政策、王家の直轄領や貴族の所領とは違う自治区、浮島にある古代文明の遺跡。
どれも一筋縄では解決できない、表立ってこれらの問題を解決しようとすれば途方もない時間が必要となるだろう。
「仕方ありません、私は融和政策の発起人として会議に出席します」
「オリヴィア様はエルフ達を庇うつもりですか?」
「はい、原因の一端は間違いなく私にもありますから」
「貴女をよく思っていない陛下や側近達はその辺りを追及するでしょう」
「酷い話ですよ、オリヴィア様は私利私欲ではなく善意でこの国を護りたいと思っていらっしゃるのに」
「どれだけ自分が善き行いと信じていても全ての人から理解されるとは限りません、差し伸べた手を払われる事は慣れっこです」
「貴女のそうした行動で得てきた名声こそが陛下が求めて止まない物なのは皮肉としか言いようがありませんね」
現国王は即位からまだ数年、対しオリヴィアが聖女を務めてきた年数は二十年近い。
積み上げた実績に基づく名声は国王よりも聖女が圧倒的に勝っている、王国への納税よりも神殿への喜捨を行いたいと願う民衆は数知れなかった。
こうした事態を歯痒く思っている者達は多い、特に王宮に勤める者達の大半は自らの地位を脅かしかねない聖女の存在に汲々としている。
故にエルフの里で起きた今回の騒動を好機と捉える者は必ず現れる筈だ、特に現国王の一派は信用ならない。
エルフを含めた亜人の融和政策を率先してきたのは聖女オリヴィアと王太后ミレーヌ、人々から敬われる聖女と今も国政に影響力を持つ他国から嫁いだ先王の正妃。
即位したばかりで側妃が産んだ現国王にとっては目障りな相手達の瑕疵を責める絶好の機会だ。
王宮内の政争では本人が清廉潔白であろうと過去の失態を蒸し返され失脚に追い込まられた者は珍しくない、此処は正しい事が必ずしも美徳になるとは限らない魔窟である。
「陛下と側近達の方針はどうなっているのか、傍で聞き耳を立ててた近衛騎士殿からお聞かせ願いたいね」
「お前達なら言わずとも分かっている筈だろう。陛下がエルフの叛乱を鎮圧するのは既定路線だ。そもそも宮廷貴族、領主貴族、神殿の全てが叛乱を許す訳がない」
「問題は主導する者は誰なのか?どのような方法で反乱を鎮圧するか?そして鎮圧した後はエルフ達にどんな処遇をするか?それらについてだ」
「主導するのは陛下を於いて他に居ない、今回の件は御自身の武威を誇る絶好の機会と考えておられるだろうな」
「ちょっと待て。まさか陛下御自ら出陣するおつもりか?」
「分からん、しかし可能性として半々といった所か」
「論外だ、そんな事をした所で陛下の狭量が国内どころか他国にまで知られるだけで終わる」
「融和政策によってエルフ達は王家が認めた臣民です。自国民を攻撃する王など愚王や暗君の謗りは免れません」
「陛下は焦っているのさ。自分が国王に相応しくないか、臣籍降下した筈のユリウスが王位を狙っているんじゃないかと」
「側近の者達は諫言すらしていないのか?」
「もちろんしてはいる、だが一方で煽り立てる者が居るのも確かだ。近衛騎士の中にさえ同調する奴がいる」
「彼らは何の目的でそのような事を」
「陛下の御出陣を声高に主張してるのは宮廷貴族だ。終戦後から領収貴族や平民が台頭してるのが気に食わんらしい」
「あぁ、オリヴィア様や私達を一方的に嫌ってる爺共ですか」
王宮に勤める官僚の中心は三十代から四十代の宮廷貴族出身者、つまり王家が権勢を振るい腐敗貴族の悪逆非道が横行していた時期を身を以って体験してきた世代だ。
血統と縁故のみで官職に就き利権を手放さず暖衣飽食を貪る事こそ貴族の務めだと主張し続け国を腐敗させた寄生虫が残した卵。
そんな価値観を変えられない者達にとって蔑んでいた領主貴族や平民の台頭は到底認められる物ではない。
必死に息を潜め聖女と英雄の目から逃れ好機を待ち、即位してもまだ政治基盤が不安定な国王に取り入るつもりだろう。
生憎だがそんな真似を許す訳にはいかない、ホルファート王国が平和を謳歌している裏には夥しい血と涙と遺骸が積み重なっている。
それを無駄にしない為なら王に厭われる程度は受け入れよう。
「そもそも前提がおかしいだろ、近衛騎士団は王の守護が使命であって軍や領主貴族と功を競う必要は無い」
「あぁ、無論だ。近衛騎士は貴族、特に宮廷貴族出身者が多いから貴族偏重主義の思想が蔓延しやすい土壌があった。団長と相談してこの機会に綱紀粛正を断行する予定だ」
「近衛騎士団はクリスに任せましょう、王国軍の現状は?」
「行儀良く命令待ちだな。何処ぞのお偉方が功を焦らない限り問題は無い」
「問題は動かす軍の規模です。陛下の出陣を御止めするのは領主貴族達を刺激しない為でもあります」
「領主貴族もエルフ達の叛乱鎮圧に賛成と聞いていますが?」
「だとしても可能な限り王国軍とエルフの犠牲を出したくはない。エルフの指導者が逆賊共を引き渡してくれたなら統治能力に問題無く、極一部の過激派が起こした叛乱として処理できるからな」
「逆に大軍を使った一斉検挙、更に鎧まで使ったとなれば領主貴族は穏やかではないでしょう」
「二十年以上前の女尊男卑政策が施行され苦汁を味わった頃に逆戻りする可能性を疑うのは当然です」
「しかも会議に参加する領主貴族側の代表はレッドグレイブ公爵家、こりゃ一悶着ありそうだ」
「オリヴィア様、面倒臭いからいっそ神殿の兵を派遣しては如何ですか」
「なりません、それをすれば神殿が王家を無視して軍事介入したという悪習を残すでしょう。あくまで神殿は双方の犠牲者を出さない方針を模索します」
十年以上前の話にホルファート王国が真っ二つに割れかけた事がある。
第一王子と公爵令嬢の婚約破棄、ホルファート王家の後ろ盾を得た敵対派閥の増長によってレッドグレイブ公爵家が王位の簒奪を試みたのだ。
旧ファンオース公国との戦争で疲弊した王家に対抗する手立ては限られ、レッドグレイブ王朝が勃興する可能性は高く内乱は避けられないと事態を知る者は緊張した日々を過ごていた。
聖女達や王太后は秘密裏に事態の収束に奔走し、その協力者の中で大きな働きをしたのはリオン・フォウ・バルトファルト伯爵とその妻であり元公爵令嬢のアンジェリカ・フォウ・バルトファルト。
最終的には先代レッドグレイブ公爵を娘達が説得した事により事無きを得た、それ以来バルトファルト伯爵家は王家から重用され続け現在に至る。
「……もしかしてエルフの里にバルトファルト伯爵とアンジェリカ様が滞在している事をレッドグレイブ公爵がお知りになったら不味くありませんか?」
「正解です、きっと公爵自ら妹とその家族を救い出すと軍を派遣しかねません」
「家族旅行中で巻き込まれたなら然したる問題にはならない。だがバルトファルトが優秀な戦士である事は公爵も承知している」
「考えてもみろ。『叛乱の現場であるエルフの里に』、『名の知れた戦士であるバルトファルト伯爵が』、『数日前から滞在していた』。これを単なる偶然と言われて信じる奴は居ない」
「現に私達はバルトファルト伯爵にエルフの里の調査を依頼しています、言い逃れは難しいでしょうね」
「……どうしてあいつは優秀なくせに考えられる状況の中で一番厄介な事態を起こすんだ?」
目付きが悪く口も汚い男の顔が全員の脳裏に浮かぶ、何人かは再会したら思いきり殴る事を心に誓った。
追及はそれ以上行われない、この場に居る者達は誰もが戦場や命を危険に晒した経験を持っている。
どれだけ机上で完璧な作戦を立てても行動に移せば上手くいかない事など珍しくない、寧ろ思い通りになる方が少ないと経験から知っていた。
相手の能力を信用して任せるとはそういう事だ、もし失敗すればそれは信じた己の非である。
そして責任の追及に固執してする事の危うさも知っているからこそ未来に対し有効な方法を議論できた。
「レッドグレイブ公爵への連絡は私が担当しましょう」
「大丈夫かジルク?お前は公爵家に嫌われてるだろ」
「嫌われる原因が今更一つ二つ増えても変わりありませんよ」
「此方の方針としては穏便に事を進めたい、エルフの里は王国初の亜人自治区故に軍事力の所有を禁じられていたのだが…」
「そう言っても港湾作業に人手はどうしても必須だ。エルフ達の反発を防ぎ、先の戦争によって没落した者達の受け皿となるよう敢えて規制を緩くしたのが却って状況を悪くするとは」
「人が世を不正を糺す事が如何に遠く困難な道であるか、これも神が課した試練でしょう」
エルフの里が亜人の自治区となった経緯は必ずしも清廉潔白な物ではない。
旧ファンオース公国との戦争中に貴族達が雇用する専属使用人の中で忠誠心の薄い者は挙って主人を裏切り公国へ情報を売り渡した。
戦後になると亜人の犯罪者は罪に応じて処罰され、法令で亜人を専属使用人として雇用する事は禁じられてしまう。
罪を犯した者はまだしも真っ当な亜人さえも雇い止めされては王国への不満は募る一方だ。
当時のホルファート王国は戦勝国としてファンオース公国を併合したばかり、戦や叛乱の火種が幾つも燻る危機的な状況であった。
そうした中で亜人達を一ヵ所に纏めて監視できる環境を整え、同時に亜人に戸籍を与えて国民として遇する代り税を徴収し目減りした国庫に補填しようと王国上層部は考えた。
オリヴィアは心の底から亜人達との融和を求めていたが、自分の活動を王国が口実に使うのが分かっていながらも敢えて提案に乗る。
いつか亜人と分かり合える日が訪れると信じて。
暫し時が経つと発展したエルフの里には氏素性の知れぬ人間達が集うようになった。
それらの多くは正業に就く事が困難な者達である、彼らもまた社会が救いきれない者達。
不満を抱え込んだ者達が集まるのは危険だが全ての問題を国と信仰が解決する事は不可能だ。
故に国は税さえ滞りなく払うならと騒乱の種を看過した、神殿も相手が問題ないと告げるならそれ以上の干渉は出来ない。
そうして爆発する火種を日々の忙しさにかまけて放置した結果がこれである。
バルトファルト伯爵がエルフの里を訪れずとも何時か問題は起きただろう。
「融和政策の失態を叱責されるなら甘んじて受けましょう。私に責任があるのは確かです」
「そんな!オリヴィア様が気に病む必要はありません!」
「恩を仇で返すエルフが悪いんですよ!」
「二人とも、エルフを一括りにしたらカイル君が悲しみますよ」
「あっ…」
「ごめんなさいカイル君」
「いえ、構いませんよ」
気まずそうな表情を浮かべる女官と違いハーフエルフの青年はどこまでも冷静だった。
既に故郷を離れて暮らした月日の方が故郷で暮らした月日よりも長い。
幾度か里帰りをしたものの郷愁という程の感情は不思議と湧かなかった。
薄情と言われるかもしれないがカイルはどれだけ記憶を辿っても故郷に良い思い出が皆無である。
混ざりものと母を迫害し、自信をハーフと蔑んできたエルフを同胞と思える筈はなかった。
「カイル君は里やエルフに関して要望は無いかしら?」
「特にありません、ただ…」
「ただ?」
「エルフや亜人達が奴隷にされる事だけは嫌です」
別に里の統治者が誰であろうと構わない、無駄に長命なエルフ達はこれからも緩やかな時の流れで生きていくだろう。
唯一の気掛かりは母のユメリアだ。
心優しく争いが苦手で気の弱い母は人間の貴族に雇われて孕まされるという悲劇に見舞われた。
周囲の猛反対を跳ね除けて自分を産む為にどれだけの艱難辛苦を味わってきたのか想像できない。
だからこそ母を幸せにしたい、貧しかった母を救う為に自ら奴隷商人に売り込んだ。
その結果として聖女と巡り会って今では国政に携わる立場になるとは人生は何が起こるか分からない、嘗てハーフエルフと嘲った者達は歯噛みするだろう。
何度生まれ変わろうとも今生に勝る人生は無い、この場で聖女を護る為に命を散らしても誉れを胸に死ねる。
願いがあるとすれば優しい母が自分の死後も心穏やかに生きられる世にしたい。
その為なら故郷に救うエルフを率先して斬る覚悟はとっくに出来ていた。
「貴重な意見ありがとう、叶えられるように頑張るね」
「いえ、お役に立てて光栄です」
「しかし会議がどういう流れになるかはまだ分からんぞ」
「だからギリギリまで話を詰めましょう、皆さんも思い付いた事を忌憚なく仰ってください」
「こりゃ本番の会議も長引きそうだな」
「援軍を求めてるバルトファルトに恨まれるかな?」
闘いとは必ずしも戦場で起きる物ではない、政争もまた闘いであろう。
時計の針が進み会議が開催される直前まで討論は続けられる。
王を除き最も遅く会議室を訪れた聖女オリヴィアは貴族達を圧倒する覇気に満ちていた。
その日の会議は様々な意見が出るも滞りなく行われ、後にオリヴィアは己の希望をほぼ叶える事に成功したと記録に記される事となる。
王都でのオリヴィア達のお話です。
30代になったオリヴィア達はそれなりの場数を積み重ねてきたので第二部~第六部の頃よりも政治力に長けています。
現国王としては領主貴族や平民の地位が上がった事で相対的に王家の権威が失墜したように感じられ焦っている状況になります。
オリヴィアや5英雄達の名声を気にして頑張るものの空回りして、その脇の甘さを貴族主義者に付け入られた形です。
オリヴィア達よりも年下なので経験が不足していますが決して悪人でも愚王でもあありません。
次章はリオン視点に戻ります、ここから暫くはバトルが中心です。
追記:依頼主様のリクエストで以前に頂いたイラストがpixivに投稿されました。
本当にありがとうございます。
9430様 https://www.pixiv.net/artworks/134305052
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。