婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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ややグロ表現注意


第155章 Modification

 蛇って奴は総じてしぶとい生き物だ。

 まず地面を殆ど音を立てずに這い回って移動するから動きが予想が出来ず厄介だ。

 しかも細長い体だから面積や体積が少なく攻撃がめちゃくちゃ当たり難いから相手をしたくない。

 その次に意外に力が強くて巻き付かれたら容易に引き剥がせなくて困る。

 狩りは獲物に忍び寄り体を巻き付けて骨を折ってから絞め殺す。

 全身が筋肉の塊で柔軟な体で自分よりデカい獲物を呑み込むのは世間一般にあまり知られていない。

 鋭い牙から致死性の毒を送り込んだり、もっと凄くなると口から毒液を吐き出す蛇も存在してる。

 やたら感覚が鋭いってのもあるな、視覚と聴覚は鈍いけど嗅覚と味覚と触感が凄いから視覚に頼りがちな人間より先に気配を察知される事も多い。

 そして何よりも生命力が桁外れに高い、蛇を神と崇めたり竜と同一視する宗教があるのも納得なしぶとさだ。

 

 つまり俺が何を言いたい事は何か?

 初めて見る怪物から受けた印象が人間以上の巨体を持った蛇で、出来る限り相手にしたくない類いの化け物に見えてるって事だ。

 こんな奴を二体を仕留めたとか、俺の嫁さん強過ぎない?

 バルトファルト領内で一番賢くて強い奴が領主の俺じゃなくて伯爵夫人のアンジェとか情けない気持ちになってくるぞ。

 だが領内最強なアンジェも今じゃ小っちゃくて可愛らしいただの女の子だ、あまりに非力過ぎて戦力に換算するのは無理だ。

 この場は俺が頑張ると致しますか。

 

 まずは最初の一発といきますか、銃を構えて照準器を頼りに狙いを定める。

 既に弾丸は魔弾に変えて装填済み、命中すればダンジョン内のモンスターなら一発で仕留められる威力だ。

 だけど最初から当てるつもりは無い、そもそも銃弾って奴は真っ直ぐ飛ばない事を撃った経験がある奴なら誰でも知ってる。

 空気の状態や弾丸の重量で銃撃は簡単に逸れて落ちる、どんな銃でも必ず当てるなんて真似は人間には絶対に不可能な神技だろう。

 決して俺の射撃の腕前がそれほど高くない事に対する言い訳じゃないからな。

 

ダァン!

 

 呼吸を整え引き金を絞ると薄暗い通路を覆う闇を弾丸が切り裂くように翔ぶ。

 そのまま当たると思った銃弾は徐々に狙いが逸れ始め、怪物の少し手前の床に当たって金属の擦れる音を放つ。

 少しズレたな、もうちょっと照準を左上に合わせたら命中したかもれない。

 照準器は精密機器だから戦闘の前に必ず微調整をしなきゃいけないけど時間が無かったからな。

 だが威嚇射撃としては十分だろう、これで怪物達が退いてくれるならありがたい。

 

「……ちゃんと当ててよ」

「一応は当てるこもりで撃ってたぞ、まぁいろいろ確かめたい事があるから外れて良いとも思ってたが」

「確かめたい事とは?」

「こういったダンジョンには魔法が使えなく場所もあるんだ、そこだと高品質の魔弾も普通の銃弾と同じぐらいまで威力が落ちる。厄介な事だけどそんな場所に陣取るモンスターも結構多い」

「なるほど」

「他には威嚇射撃で怪物さっさと逃げるなら無駄な戦闘を避けられる。今回は先の見えない探索だから出来るだけ体力と弾薬の消耗を避けたい」

 

 子供達には言い訳がましく聞こえたかもどちらも本当だった。

 世界各地に存在するダンジョンには魔力に関する攻撃の全てを阻害したり、下手すりゃ魔法の使用さえ出来ない場所も実在してる。

 球っころに聞いた話によると、俺達のご先祖様である新人類と長年戦争を続けていた旧人類が対抗手段の一つとして発明した技術らしい。

 攻撃手段の大部分を魔法に頼る新人類、その末裔な俺達を弱らせた後に一網打尽にするとか殺意に満ちてて怖いぞ。

 

 威嚇射撃に関しても無駄な戦闘を避ける事で下層にある中枢への到達時間を短縮し、体力と弾薬を温存したいのも俺の判断だ。

 もしエルフ達が本格的に俺達を捕縛しようと動き始めたのなら時間が惜しい、もしエルフの集落に残してきたアンジェ達を人質にされたら対抗できる手段が残っていない。

 おまけに俺達の攻撃手段は基本的に銃や爆弾だ、戦闘で消費すればするほど戦闘力が減衰して到達が難しくなっていく。

 しかも双子はこれが初の実戦ときている、俺達の状況は決して楽観視できる状況じゃない。

 魔弾は確かに高価だけど一発の消費で戦闘を回避できるなら安く済む。

 

 だけど怪物達は俺の魂胆とは逆みたいだ、或いは威嚇射撃を明確な敵意を受け取ったのかもしれない。

 普通の動物なら自分が他の動物に狙われ攻撃されると最初に採る手段は回避か逃走になる。

 奇襲に失敗した相手が自分より弱そうな動物と判断してから反撃に移るもんだ。

 しかも銃撃なんて明らかに手の届かない遠距離からの攻撃ときてる、普通の動物なら勝てないと判断して逃走するのが自然だろう。

 でもこの遺跡にしか存在しない怪物はそうじゃない、明らかに俺達に向けて敵意を向けてきた。

 確かに先制攻撃を仕掛けたのは俺だ、敵意を向けても当然だと言っていい。

 それでも動物なら確実に存在する自分の命を護る為の危機回避本能、そういった生物として備えて当然な本能や思考がこいつらには欠けていた。

 ひたすら人間を殺す事だけが存在理由だと飼い主に仕込まれて痛みも恐怖も忘れた猟犬、怪物に対し俺が抱いたもう一つの印象がコレだ。

 

「GURULU……」

「ООHHH……」

 

「ちょっと、あいつら怒ってるんじゃない?」

「怒ってるよ…」

「どうするのよお父様!?」

「どうもこうも、こうなったら倒すしかないだろ」

「爆弾とか使えば一発で倒せないの!?」

「怪物達まで距離があり過ぎるし、爆弾を投げ返されたらヤバいのは俺達だ。それに爆発の攻撃力を甘く見積もるな」

 

 まず手榴弾で複数の敵を仕留めるってのはかなりの高等技術だ。

 距離が近過ぎたらこっちがヤバいし、爆発までの数秒間に投げ返される可能性も捨てきれない。

 特にあの怪物達はどう見ても俺より体格がデカいし腕も太いときたもんだ、俺の投擲より確実に遠く早く投げ返せる。

 あとこの通路みたいな閉鎖空間で爆弾を使って発生する衝撃波は決して侮れない。

 爆風や衝撃波が通路の天井や壁や床に何度も反響して全方位から襲い掛かる、脳みそと内臓をグチャグチャに破壊されて全身の穴から血といろいろな汁を垂れ流す死体の出来上がりだ。

 この場所で使えるのは銃器と刃物、格闘術は体格差で通じないし俺も双子も魔法が得意という訳じゃない。

 つまり状況を冷静に判断すると、俺達全員が生き残るには銃火器と頭を上手く使って殺される前に怪物を殺す以外の選択は無いって訳だ。

 

「二人とも銃を構えろ、使い方は分かってるな」

「はい」

「うん」

「俺が指示したら即座に撃て、狙いは大雑把で構わない。とにかく奴らを怯ませて動きを止めるんだ。返事は?」

「わかりました」

「やってやろうじゃない」

 

 二人は散弾銃を構えて銃口を怪物達に向ける。

 基本的な作戦はとにかく二人の散弾銃で動きを止め、魔弾が装填される俺のライフルでトドメを刺す。

 作戦としては実に単純だけど、何十人何百人が団体行動する軍隊と比べたらやれる事はあまりに少ない。

 だったら最大効率でやりやすい方法でいくしかないだろ、双子はこれが初実戦出し。

 

 

「AAHHH……」

「GUGAAH……」

 

 おぉ~、おぉ~。

 怪物さん達も殺る気満々だなぁ、ちくしょうめ。

 いくら人間を襲うように仕込まれた生物から身を護る為とは言っても生き物の命を奪う事には抵抗がある。

 家畜や野生動物の命を奪って食料にする為でも、共存が難しくて人間の生活を護る為に害獣を駆除する訳でもない。

 ただ純粋に相手を殺さなきゃ先に進めないから殺す、ひたすらに虚しくて悲しい争いだ。

 それでも俺達はこんな所で殺される訳にもいかないし、帰りを待っている家族や部下もいる。

 悪いが押し通らせてもらうぞ。

 

「GYA!」

「UGII!」

 

 俺が決意を固めたのとほぼ同時に怪物達も行動を開始する。

 二匹が同時に行動して別方向から襲い掛かる、実に単純で分かり易い戦法だ。

 それでも襲われる側が一人で身体能力が劣っていた場合なら間違いなく最適解な必勝法といえただろう。

 敵意剥き出しな怪物三匹に襲ってきたのに二匹を仕留め一匹を退散させたアンジェって凄いな、どうしてそんな女傑が俺の嫁で満足してるか理解できない。

 ただ暫くは夫婦喧嘩を控えよう、まだ死にたくないからね。

 

「父上!敵が襲って来ます!」

「もう撃って良い!?」

「まだまだ!もっと引き付けろッ!」

 

 散弾は威力の調整が難しい、発射された弾が散らばる特性の影響で距離が遠くなればなるほどバラけて命中しやすくなる代償として殺傷力が落ちる。

 だから言って逆に目標が近過ぎると威力は増すけど弾丸が散っていかない、それなら最初から普通の弾丸にすれば貫通力を損なわずに済む。

 そもそも人間以上のデカさの怪物相手にどれだけ散弾が効くか疑問だ、傷は負わせられるだろうが命を奪うのは難しいと俺は考えてる。

 だから双子の射撃は面で怪物達の動きを止める事に集中させる、射撃の拙さや練度の低さを人数で補えば十分に対応は可能な範囲だ。

 

「SYAAHH!」

 

「まだなの!?」

「耐えろ!俺が命令するまで待て!」

 

 アリエルがほとんど悲鳴に近い叫びを出す、引き金に掛かった指を振るわせて必死に我慢している。

 とにかく恐怖を抑えようと銃を撃ちまくりたい気持ちは俺にもよく分かった。

 俺自身も初めて戦場に放り込まれた新兵の頃は相手に殺される前に殺そうとしてたぐらいだし。

 こういった銃を撃ちまくる悪癖は兵士なら誰もが経験する類の物で、だからこそ矯正が必要になっちまう。

 重症になるとすぐに銃弾を撃ち尽くしたり、敵味方の判別もつかないままとにかく動く物全てを殺そうとして兵士として使い物にならない。

 だからこそ初戦の経験が重要になる、百回の説明よりも一回の実践の方が誰もが真剣に学ぶからな。

 

「まだ!?」

「もうちょいだ!」

 

 散弾銃の最大効果範囲まで二十歩の距離まで怪物達が近付いてきた、その頃になると俺達に襲い掛かろうとした一匹がもう一匹より突出し同時攻撃が難しくなっている。

 ギリギリまで粘ったのは散弾の射程と威力の兼ね合いもあるが怪物の連携を崩す狙いもあった。

 この通路は複数の人間が通行には殆ど問題は無いけど、巨体の怪物が同時に並んで進行するには適していない。

 しかも怪物達は下半身を蛇のようにくねらせ地面を這い進む、互いの体が干渉し合ってどうしても連携が遅れると判断したのは正解だ。

 アンジェの証言だと壁や天井を伝って襲う場合もあると聞いている、そうなったら俺のライフルに装填してある魔弾で確実に撃ち落とす。

 

「早く!早くッ!」

「落ち着け!ちゃんと狙いを合わせろ!」

 

 残り十歩の距離まで怪物が近づく、俺達までの距離はまだ余裕があるけど怪物が迫ってくるのはあんまり良い気分じゃない。

 勝気なアリエルが騒ぐのは予想してたけど、意外だったのはライオネルがずっと無言を貫いている事だ。

 別に我が子を侮っていた訳じゃないが、普段から気弱で頼りない部分を見せてた長男なのに初めての実戦でこんなに落ち着いてる新兵は少ない。

 少なくとも俺とアンジェが今まで見たライオネルは表面上だけで、本当の姿を隠してきたんじゃないかと逆に不安になっちまう。

 実は兵士として優秀なのか?

 あんまり子供に受け継いで欲しくない才能なんだけどなぁ…。

 戦闘で研ぎ澄まされた感覚で取り留めのない思考を続ける、ちょうどその時に先を進む怪物が有効射程に入ってきた。

 

「今だ、撃てェ!!」

 

ダダァン!!!!

 

 俺の口から命令が放たれた瞬間、双子の持つ散弾銃が火を噴いた。

 散弾が最大効果を発揮する絶妙な距離、しかも別方向からほぼ同時に撃たれたら逃げる場所など存在しない。

 突出した一匹の体表に小さい黒点が無数に現れ、一秒も経たない間に血が流れ始める。

 

「GIYAAAAAHH!?」

「怪物も血も赤いんだな」

 

ドォン!!

 

 呑気な言葉を呟きながら冷静にライフルの引き金を絞る、狙いは人間の顔を無理やり歪めたような醜い頭部。

 銃口から放たれる雷の魔力を帯びた弾丸は特に貫通力が凄まじい、怪物の額に一際大きな穴が空くと瞬きもしない間に怪物の頭部が爆発したように中身をぶち撒けた。

 普通の生き物ならそれで死亡確定だ、少なくとも俺が戦場で見た人間の死体やダンジョンで遭遇したモンスターはそれで事足りる。

 だけど怪物はまだ俺達に襲い掛かろうと数本の腕を動かし続けていた。

 マジか、脳みそを殆ど吹っ飛ばされても殺しきれない生き物とか化け物過ぎるだろ。

 

「父上ッ!?」

「問題無い!お前らはもう一匹を狙え!」

 

 動揺を抑えて声をかけたライオネルに命令、戦場で指揮官がやっちゃいけない失態の一つが動揺して正常な判断を下せなくなる事だ。

 怪物はまだ一匹が無傷なまま、目の前の敵に動揺して後続の敵を見過ごし敗けた戦争は戦史学を学べば嫌になるぐらい出てくる。

 まずは冷静に怪物を観察した、頭が欠けてる怪物はその場で数本の腕を振り回すだけ。

 どうやら判断力は完全に失っているようだ、単純な肉体反応なら近付かない限りは問題無いはず。

 だとしても油断は禁物だろう、念の為に潰せる場所は潰しておこう。

 

ドンッ!! ドォン!!

 

 胸と腹に一発ずつ魔弾を撃ち込んだ、怪物を一匹仕留めるのに魔弾が三発は大損だけど文句は言っていられない。

 これで完全に仕留めただろう、俺が目の前の怪物に集中してた間に双子が散弾銃を撃たなかったのも気に掛かる。

 念の為に用意していた魔弾を装填しながらもう一匹の怪物に注意を向けた。

 視線をそっちに向けると発砲音が聞こえなかった理由が視界に入る、そこに居たのはやたら太い腕を器用に動かして壁に貼り付く怪物。

 昆虫に似た奇怪な動きは見ているだけでも吐きたくなりそうだ、しかも動きが特殊過ぎて狙うのは俺でも難しい。

 双子が攻めあぐねてるのもそれが原因か、ここまでしぶとい怪物はアンジェと一緒に探索したダンジョンにも表れなかった。

 

「二人とも落ち着け!交互に撃って逃げ場所を塞ぐんだ!狙いが大雑把でも構わない!」

「わっ、わかった!」

「はいッ!」

 

 

ダンッ!! ダァン!!

 

 俺の指示通りに双子が射撃を始める、相手の動きが素早いのなら範囲攻撃で仕留めるのが常套手段だ。

 見た限りじゃ怪物は移動をほぼ蛇みたいな下半身に頼っている代償として飛んだり跳ねたりが苦手に見える。

 怪物の腕は人間よりもかなり太いけど長く伸びた巨体を支えられるほど太くない、それを補う為に何本も生やして壁を移動するんだろう。

 それは言い換えると腕の何本かが傷付けば壁や天井に貼り付けないって事だ。

 おまけに腕を増やせば命中範囲も自ずと増える、広範囲に散らばる散弾と相性最悪だ。

 

ダァン!!

 

「GYAAH!?」

 

 銃声が轟くと同時に怪物が天井近くの壁から落ちる。

 どうやら双子のどっちかが撃った弾が当たったらしい、腕の一本が血塗れになってた。

 すぐに体勢を元に戻そうと必死に足掻いてるようだが上手くいっていない、そりゃそうだよな。

 銃弾はとても厄介だ、体に残って傷を悪化させるし当たった時の衝撃は撃った場所から離れてる筋肉や内臓まで伝わる。

 俺も戦場で敵に撃たれた時は衝撃で本当に吹っ飛ばされちまった、撃たれた場所の激痛と衝撃で頭を揺らされ立つのさえ難しいんだ。

 銃で撃たれて壁から落ちて弱ってる時に悪いんだが、ちゃんとトドメを刺させてもらおうか。

 素早く丁寧に銃口を怪物に向け引き金を絞る、狙いは胸と腹の二ヵ所だ。

 

ドンッ!! ドンッ!!

 

 腹に響くような低い銃声が通路に二度響く、怪物は痙攣していたけど暫くすると震えも止まった。

 命の奪い合いはどんな時でも気が滅入るもんだ、まして子供の前なら嫌気は倍増する。

 呼吸を整えてから子供達の方へ向き直る、俺自身が家族に見せたくなかった部分を直視されて何を言われるのか少しだけ怖い。

 ライオネルとアリエルは銃を構えたまま呆然としている、通路に横たわっている怪物達の死骸を見ていると命を奪う行為の恐ろしさに誰しも戸惑う。

 ただ双子でも初戦闘後の反応に明確な差があった、これが性別の差なのか嫡子として育てられた兄とそうじゃない妹の差なのか俺には分からない。

 アリエルは肩で息をしながら持っている銃と怪物を幾度も見ている、普段は勝ち気なのにその反応は何処にでもいる新兵と同じだった。

 むしろ普段は気弱なライオネルの方が落ち着いていた、或いは初実戦が鮮烈過ぎて感情が追い付いていないのかもしない。

 どっちにしてもまず二人を労って、下層に行く途中で俺が気を配ってやるしかないだろうな。

 

「大丈夫かお前ら?」

「ど、どこも怪我はしてない……」

「……問題ありません」

「よし、下層に行けばまた戦闘が起きる可能性が高いからとりあえず心を落ち着かせろ」

「…わかったわ」

「……はい」

『お疲れさまでした、部隊の損耗が低いのは喜ばしい事です』

「……お前は見ているだけかよ」

『随分と礼を失した物言いですね、私が通路を照らさなければ貴方達は薄暗い中で戦闘を行っていた筈です』

「だったら怪物の弱点ぐらい有益な情報を寄越せよ」

『まさにそれこそ私が提案しようと考えた事です。リオン・フォウ・バルトファルト、その死体を詳しく調査しましょう』

「……わかった」

「うぇぇ…、マジ?」

「父上、早く行動した方が良いのでは?」

「戦った後で気付く事もある、どうもこいつらは普通の生物じゃない。弱点も知らないまま行ったら追い込まれるのは俺達だ」

『ではお願いします』

 

 球っころに促されるまま怪物の死体を調べ始める、尤もかなりの巨体だから三人がかりでも持ち運ぶのは難しい。

 最初の一匹は散弾と頭部の損傷が酷いから除外、二匹目を中心に解剖する事になった。

 愛用している大型ナイフを怪物の首部分に当てて切り落とす、死にたての生首が地面に落ちると断面から大量の血液が流れ続け血臭が周囲に満ちる。

 心臓は死んでから暫くの間は動き続ける、家畜や魚の血抜きと同じ要領でやれば大して苦にならない。

 怪物の顔は人間やエルフを同じ目と耳が二つに鼻と口が一つ、ただ目は明らかに人間と違ってるし耳もエルフより大きく尖って舌は口の中にに収まりきらない程だ。

 

「まぁ人間と似ているか?もっとも大抵の生き物の頭は似たようなもんだが」

『眼球は人間よりかなり退化しています。反対に鼻孔と耳介と舌体の肥大が顕著なのは暗闇でも標的を探せるように大型化したと推察されます』

「つまり目は悪いが鼻と耳と舌は良いって訳か」

『耳介が大型化するのは一部の哺乳類、嗅覚と味覚の発達は爬虫類によく見られる傾向です』

「そんな生き物が存在すんのかよ」

『私から見れば死体さえ残さずに霧散するダンジョン内のモンスターが本当に生物か疑問視しているのですが』

「慣れろ、モンスターはそういう生き物だ。つまりこいつらは鼻と耳が良過ぎって訳か?」

『眼球も退化しているとはいえ獲物の判別可能は可能です。しかし許容量以上の光は苦手と推察されます』

「……何を企んでんのお父様、顔が笑ってるわよ」

「敵の弱点を知って喜ばない奴は居ねぇぞ」

『内臓の調査に移りましょう。続きをお願いします』

「よしきた」

 

 球っころに促されてナイフを腹に突き立てた、後は上下に動かし切れ込みを大きくしていく。

 貧乏なガキの頃はこうやって育てた家畜や狩ってきた野生動物を解体するのをよく手伝わされたもんだ。

 出来るだけ内臓を傷付けないように気を払いながら胸の辺りまで刃を進めると違和感に気付く。

 人間にある肋骨や胸骨みたいな骨の硬さが無い、ひたすらに高密度の筋肉を斬り続けてる手応えだ。

 

「どうしてお父様は手馴れてるのよ…?」

「育ちが育ちだからなぁ。昔は牛とか豚とか鶏を絞めたら解体を手伝わされたし。軍隊に入ったら今度は人間を殺し方で何処をどうしたら上手く殺れるか教わった」

「あ~、聞かなきゃよかったわ」

「知ってるか?人間と一番内臓の形が似てるのは豚なんだぜ」

「嫌だって言ってるでしょ!知りたくなかった!暫くお肉が食べられなくなるじゃない!」

 

 アリエルが必死に耳を塞ごうとしてるどうやら調子が戻ってきたらしい。

 やっぱり子供は元気が一番だ、逆にライオネルが何も言わないまま俺の解体作業を見続けてるのが怖いけど。

 そうやって胸と腹に切り込みを入れて左右に開くと怪物の内臓が目の前に晒される、その筈だった。

 

「何だこりゃ?」

 

 胸と思われる部分に詰まっていたのは太い腕に繋がる骨と神経と欠陥だけ、内臓の類は一切見えない。

 逆に腹にはデカくて赤い臓器が一つ、たぶんこいつが心臓だろう。

 肺も胃も肝臓も無い、この怪物達は今までどうやって生きてたんだ?

 

『胸部にあるのは多腕を動かす為に必要な物だけですね、巨大な神経節らしき物も見られます』

「しんけいせつ?」

「昆虫によくある臓器だよ、主に胸部に生えた六本の手足を動かすのに使うんだ」

 

 アリエルの質問にライオネルが答える、そう言えば昔からいろんな本を読み漁ってたな。

 特定の何かが好きって訳じゃなかったけど、嫡子教育もあってアンジェが政治や歴史以外の本も与えてた。

 俺とアンジェの子供達で一番の読書家なメラニーと仲が良いのは双子のロクサーヌと話の傾向が似てるライオネルだったのを思い出す。

 嫡子教育と王立学園の入学で徐々に教育内容が偏ってきたからすっかり忘れてた。

 

「手足の動きを制御する為の第二の脳と言われてる。昆虫が頭を失っても手足が動くのはそのせいさ」

『あちらの怪物が頭部を損傷しても動いた事からその推察は正しいと思われます。ライオネル・フォウ・バルトファルト、貴方はアリエル・フォウ・バルトファルトよりも博識ですね』

「ちょっと!何よその言い方!」

「いや、ちゃんと聞いておいた方が良いぞ。試験の結果が悪くてアンジェに怒られただろ」

「今はその話関係ある!?」

「意外と世の中で通用する知識や技能ってはあるんだよ。俺の解体経験とかライオネルの知識とかこうやって役立ってるのは分かるだろ」

「そりゃ、まぁ…」

「だから学校の勉強が無駄とか思うな。世の中には学びたくても学べない奴もいるんだ」

 

 俺の人生はほぼ独学で進んできた、アンジェと結婚してから貴族としてのあれこれを教わったけど学の無い事を一番痛感してるのは俺自身だ。

 だから子供達に可能な教育を与えたいのはせめてもの親心なんだけど、アリエルみたいな性格だとそれが押し付けに感じるんだろうな。

 いつの時代も子供の教育ってのは難しい問題だ。

 

 言い争うアリエルと球っころ、それを宥めるライオネルを横目で見つつナイフで解体を進める。

 今度は蛇みたいな下半身を調べる番だ、上半身と違って鱗が生えた下半身を切るのはかなり難しい。

 それでも何とか切り分けてみると見慣れた臓器が幾つも現れる、どうやら怪物の臓器は下半身に集中してるようだ。

 

「どうだ球っころ」

『調査結果が出ました、これらの怪物達は爬虫類の蛇に酷似した内部構造をしています』

「頭は人間に似て、胸は昆虫、下半身は蛇か」

「……こんな生き物が自然に発生するの?」

『不可能です、明らかに人為的な遺伝子操作の痕跡が見られます』

「つまりこの怪物達がエルフが叛乱を起こす気になった理由って訳だ」

「ねぇ、下にはこいつらがウジャウジャいるの?」

 

 アリエルが怯えた声で問いかける、その気持ちは俺も同感だ。

 だからってこの場を退く訳にはいかない、もし下層に怪物が大量に居るならアンジェ達だけじゃなくこの浮島に居る全員がヤバい。

 事態が大きくなり過ぎて軽く眩暈を感じる、それでもやる事をやらないとな。

 どうしてこう、俺の周りにはいつも問題が起きるのか。

 出来るだけ遅く来て欲しかった救援が今すぐ必要なるとか性悪な運命の神様を呪いたい。




エルフの里にあるダンジョンは過激派の生体改造施設だったんだ!(な、なんだって~!
原作既読の皆様は御承知でしょうが、作中人物の大部分が知らない状況なので。
ちなみに原作に登場する遺跡の怪物に比べて今作の怪物はクレアーレの原型の管理システム、エルフ達の改造技術が向上してるので原作リオンが相手にした個体よりも強くなってます。
このままリオン達は無事にダンジョンを進めるのか?
でも次章はアンジェの視点に移ります。

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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