婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
俺は小さな母上に無理やり連れられて匿われてる家に戻った後、妹ロクサーヌとメラニーに弟のディランを交えた勉強会に強制参加させられた。
正直に言えばあまり参加したくなかった、年下の妹達が母上の質問に回答してる横で切れの悪い返事をしていると自分が惨めになってくる。
昔からバルトファルト伯爵家の子供達は特徴的だと良い意味でも悪い意味でも領内でも評判だ。
普通だったら領主一家の性格や特徴をあれこれを領民が噂にするのはすぐに処刑されてもおかしくない、あまりに無礼な行動だと教えられてる。
それが許されてるのはうちの領地が他の領地に比べて歴史が浅くて領民の力を借りなきゃ成り立たないからだ。
あと貴族だけど最底辺の男爵家の次男から出世した父上は平民同然の育ちで、領民に対してはいつも気安く接してる貴族らしくない影響だろう。
領民の評判を聞いていれば自分が周りにどんな風に見られてるか嫌でも分かる。
俺は兄上や妹達と比べて頭の出来があまりよろしくないと思われてるようだ。
そう言われると流石にバカな俺でもムカついてくるけどその理由も分かる。
うちの兄弟姉妹は頭が良い奴と悪い奴が極端だ、賢い奴らはきっと母上に似たんだろう。
だけど『領主の父上は頭が悪いのか?』と言われたら絶対に当て嵌まらない。
確かに父上が若い頃のバルトファルト一族は貧しくて、伯父上は王立学園に通わせてもらったけど父上は無理だった。
いろいろな事情があった父上は家族に内緒で王国軍に入ったらしい。
家出した貴族の子供が軍人になれるなんて昔はいろんな制度がカバガバだったんだろう。
平和になってからホルファート王国は軍隊の改革が進められて軍に入る為にいろんな手続きが必要になってる。
騎士も家柄と鎧さえあれば誰でもなれなくなって、きちんとした筆記試験や実技に合格しなきゃいけない。
勉強の苦手な俺にはかなり難しい話だ、しかも王立学園だけじゃなくて平民や下級貴族向けに設立された軍の養成機関だってそれなりの知識が必要になってる。
そうした新しい軍の制度を作る為に尽力したのが俺の父上なのが笑えない。
あと二十年ぐらい前に生まれてたら俺も父上みたいに戦争中に軍功を上げて皆に認められていただろう。
今の平和な時代は俺みたいな頭が悪くて腕っぷしだけが特異な奴には息苦しい世の中だ。
「はぁ…」
陽がちょうど頭の真上に来るまでしばらくの間、母上は勉強会からやっと俺を解放してくれたんで逃げるように家の外へ向かう。
はっきり言って俺は別に領主になりたい訳じゃないんだよ、得意な事を行かせる仕事に就いて生きていきたいだけ。
そりゃ兄上にもしもの事があった時の備えとして俺にも嫡子教育するのは分かるけどさ。
既に伯爵家の男子は弟のディランが生まれてるんだから別に嫌がる俺に無理強いして教育しなくてもいいだろ。
勉強だけじゃない、貴族の社交だって俺は苦手なんだし。
俺と大して歳が違わないくせに化粧品の匂いが鼻にキツいお嬢様と付き合うのは疲れるんだよ。
軽く手を握ったぐらいで思いっきり掴まれたと泣かれて俺を悪者にような棒きれみたいに細い手足のお嬢様とどう付き合えば良いのか分からない。
流石に姉上は貴族令嬢として論外過ぎるけど、従妹のテレジアぐらいの逞しさが欲しいよな。
だけどテレジアは生まれる前から婚約者だった兄上に惚れきってる、俺に対しても『親戚の男の子』とか『遊び相手の幼馴染』や『未来の義弟』ぐらいしか思ってない。
まぁ、別にそれは構わない。
俺は父上が大好きだけど、母上も兄上も他の家族も好きだ。
厳しい母上の嫡子教育を文句を言わずに熟す兄上を昔から素直に凄いと思ってる。
貴族の家に生まれた男は家督を巡って兄弟や叔父甥で血生臭い相続争いをする家が多いらしいけど俺は兄上を押し退けて次期伯爵になんてなりたくない。
テレジアにしても俺が次期伯爵なるから親同士の取り決めに従って俺に嫁ぐかと聞かれたら絶対に嫌がるだろう。
次期伯爵の妻になれるから兄上を慕ってるんじゃない、婚約者が兄上だから喜んでる事ぐらい女心に疎い俺だって分かる。
たぶんテレジアは兄上が嫡子じゃなくても嫁ぐ気満々だ、その気になれば身分に関係無く駆け落ちぐらいはやりかねない。
きっと伯母上に似たんだろう、日頃から伯父上とイチャイチャしてる伯母上は伯爵家の生まれなのに伯父上と結婚したくてかなり無茶をしたと聞かされた。
俺は周りからバカで我が儘な次男に見えるかもしれないけど。ある程度は周りの雰囲気を読んで行動してる。
無茶をすれば俺だけじゃなくバルトファルト家の家族にも迷惑がかかる、本当にマズい事だけは絶対にやらないと心に誓っていた。
だから父上へ同行を願ったのは必ず役に立てる、そう本心から思ったから。
でも同行を真っ先に名乗り出たのは俺でも姉上でもなかった、子供達の中で一番重要な嫡子の兄上だ。
その事実が今になって胸の奥でずって痛んでる。
大して何も考えてないまま生きてきた次男の俺、嫡子として厳しく育てられた長男の兄上。
二人の間にある覚悟の差を見せつけられた気分だ。
幼い頃から伯爵家は頭が良い兄上が継ぐ、勇敢で強い俺は軍人か騎士になって国か他領の貴族に仕える程度の将来をぼんやりと考えていた。
なのに俺よりずっと臆病と思ってた勇敢さで負けるとかカッコ悪いにも程がある、これじゃ俺の長所なんて何も無いじゃないか。
それと母上が言ってた言葉がずっと気にかかる、何でこんな時に俺の憧れを砕くような事を言うんだよ。
思い出せる一番古い記憶の頃から俺は父上に憧れていた。
祖父母や父上の兄弟姉妹は勿論、周りの奴らも父上と母上の子供で一番父上に似ていると言い続けられてきたのに。
何で俺を産んだ母上に父上と似てないって言われなきゃいけない。
そりゃ確かに貴族として最底辺の貧しい男爵家に生まれた父上と辺境でもそれなりに豊かな伯爵家で生まれた俺じゃ育ちの違いがあるだろうさ。
でも俺だって何も管変えずに遊び続けた訳じゃない、むしろ十歳ぐらいの頃から領軍の訓練に参加してずっと体を鍛え続けてきた。
父上は農耕や牧畜の手伝いをしてるうちに体が鍛えられたみたいだけど、農作業で体が徐々に鍛えられたのとちゃんとした軍の訓練で体を鍛えるやり方じゃ必ず強さに差が出てくる。
今の俺と同い歳の父上がいたら絶対に俺の方が強い、なのに母上は俺が父上みたいになれないと言う。
気分がずっとモヤモヤして苛立ってくる。
どんな違いなのか家の中に居る母上に問いかけたいけど何となく気が引けた。
母上は子供達に勉強を教える時にわざと答えを用意しないで考えさせたりする事がよくある。
何でも『予め答えが用意された知識だけでは教育として不十分だ、貴族として生きるのならば誰の手も借りずに情報を入手し自ら思考できるようになるべし』がうちの教育方針らしい。
ぶっちゃけ俺は軍人か騎士になるつもりだからさっさと答えを教えて欲しかった。
だって上官や主君の命令を熟すだけならいちいち考えるなんて面倒臭いじゃないか。
そうやっていつの間にか母上の思惑通りに中身が足りない頭で考えてたら家の周りが騒がしくなってきた。
森の中にあるエルフの集落でもこの家は端っこに建てられているから人の気配なんてほぼ無いと同然なのに。
匿われてる家の近くに居るのはうちの家族が五人、他には護衛が数人だけだ。
交代で家の周囲を見張ってる護衛達が妙に慌ただしく動き回ってる、何処から見ても明らかに異常事態にしか思えなかった。
「何かあったのか?」
「あぁ、リーア坊ちゃん。少々厄介な事態になりました」
護衛達の指揮官を務めてる兵長が渋い表情で答える。
バルトファルト領軍の指揮官の殆どは俺と面識があって訓練以外の時は身分に関係なく相手にしてくれたり菓子を貰ったりする気安い関係だ。
エルフの里に同行してる護衛で最も親しい兵長が俺を見ても顔を歪めてるのはヤバい事が起きてるって証明だ。
危険を感じて胃の辺りから吐き気が込み上げそうな嫌な気分になる一方で興奮してる自分が居る。
考えてみると領軍の訓練に参加するようになってから数年が経ってるけど、実戦は一度も経験していない。
訓練じゃ実弾や禁止された格闘術は使わないし、たまに領地の近くに現れる空賊の討伐には『危険だから』と言われて一回も参加させてもらえなかった。
今は指揮官の父上が居ない、兵長が代行してる。
ここで役に立ったなら父上も母上も俺を見直すかもしれない、そう考えたら何故か笑いが込み上げてきた。
「もしかして敵が来たのか」
「かもしれません、武装した集団がこの集落の入り口に近付いているそうです」
「人数は?」
「詳しい数は不明です、おそらく十人に満たないと思われますが」
「……そいつらの狙いは俺達なのか」
「ほぼ間違いなく我々でしょうな、尤も相手側も確証が無いからこそ少人数で行動しているのかと」
「誤魔化せると思う?」
「微妙と言わざる得ません。この集落を治めているのはエルフの里長ですが、浮島全体を統治してるのは新村長です。確かにこの里には王国に認められた領軍は存在しません。しかし金を払って傭兵を雇う自衛権は与えられています。つまり形式上では傭兵ですが実態は正規の兵卒と何ら変わらないでしょう」
「……ここに住んでるエルフは俺達を庇ってくれるかな?」
「それも分かりません。確かに指導者の連中と御当主の話し合いで匿って今はもらっています。ですが相手が実力行使してきた場合、エルフ達が傭兵達と争ってまで我々を庇う義理は無いでしょう。此処には銃さえろくにありませんから」
「でも父上と何か約束したんだろ」
「正式な契約ではなく口約束みたいなもんです。何処の御偉方も余所者より自分の仲間の方が大事なのは当たり前です。あと指導者達が我々の引き渡しを拒んでも他のエルフ達がどう動くか分かりません」
俺が考えた以上に状況はヤバいらしい。
もし戦闘になったら俺と護衛達で母上と妹弟達を護りきれるか大分怪しかった。
小さくなった母上と妹達は体を鍛えてないお嬢様、弟のディランはまだ歳が一桁でとても逃げ切れない。
父上があとどれ位の時間で戻ってくるかも分からない状況で何が正しいのか、俺の頭じゃ正解はまるで分らなかった。
「兵長、俺達はどうしたら良い?」
「そうですな。思い付くのは此処で籠城戦に持ち込むか、或いはさっさと撤退するか二択となるでしょう」
「どっちを選べば上手くいきそうだ?」
「まず籠城を選ぶなら救援の存在が必須になります。遺跡に向かった御当主が無事に戻るか、或いは王都からの援軍が到着するまで持ち堪え続けるやり方です」
「それっていつまでだよ」
「見当もつきません。遺跡に向かった御当主が無事に戻れるか、王都からの救援が本当に来るのかさえ我々には分かりませんので」
「何だよそれ、そんな作戦を選んでも生き残れないじゃん」
「他にも奥様とリーア坊ちゃんを除いた御子息が籠城に耐えられるかも不明です。籠城戦は持久力勝負になります、攻撃され続ける恐怖にお嬢様達がいつまで耐えられるのか。御当主が帰還されても御家族を喪ってしまえばそれは敗北になります」
「ならさっさと逃げるぞ!」
つい大きな声で逃げるよう兵長へ提案した。
だけど兵長は首を左右に振るだけ、その目がやたら優しかったのが逆に俺の焦りを煽った。
「この浮島にいる限り我々は延々と追われ続けます。バルトファルト領の飛行船が停泊している空港は封鎖されているでしょう」
「突破は無理なのか?」
「我々だけなら或いは可能です、しかし御家族を伴うとなればどうしても危険は冒せません」
「先に俺達が空港の封鎖を突破して後から母上達を逃がすのは?」
「その間の護衛はどうなさるつもりですか。我々が別行動してる間に襲われたら護る術がありません」
「じゃあ、俺達に一体何が出来るんだよ!?」
「……それを考える為にも情報が必要です。私はこれから奥様と相談して作戦を立案します」
「偵察はどうなってるんだ」
「既に部下の一人が集落の入口へ向かわせました。リーア坊ちゃんは此処で待機してください」
またこうやって俺を何も出来ない子ども扱いしてくる。
父上も、母上も、領軍の奴らさえ俺を見縊るのはどうしてだよ。
俺と兄上と姉上はたった二歳差だ、体の大きさや力に差は殆ど無い。
家族の為に俺にも何か出来る事が必ずある、いつまでも護られるだけの子供じゃないと証明してやる。
「俺も今から入口に向かう」
「いけませんリーア坊ちゃん!御当主は貴方達の安全を最優先しているんですよ!」
「ここで動かなきゃ追いつめられるだけだろ!止めても無駄だからな!」
「坊ちゃん!」
気が付いた時にはもう駆けだしていた、兵長が俺を呼ぶ声がどんどん遠ざかっていく。
兵長が母上にこの事を報告されたらきっと怒るだろうな、父上もたぶん同じだろう。
だけど俺の力をどうしても役に立てたいんだよ。
今まで必死に訓練に参加して頑張り続けたのに肝心な時は大人や本職の誰かに護れてばっか。
そんなの周りの皆から無能扱いされるのと同じだ、こんな状況を我慢し続けるのは俺には無理だね。
俺は父上みたいに勝てる作戦を立てられるぐらい頭は良くないし、兄上みたいに嫡子として必要な才能を見込まれてる訳じゃない。
どうせ大人になったらバルトファルト家を離れて暮らす事になるんだ。
じゃあちゃんと俺にもやれるって証明して周りの連中に認めさせなきゃいけない。
この機会に俺は名を挙げてやる、さっきまで不安はもうどこにも無かった。
興奮し過ぎて叫び出したい気持ちを必死に抑えて俺は駆け出し続けていたら、あっという間に集落の入り口に到着する。
そもそも森の中を切り拓いて作ったらしいエルフの集落だから、俺が全力で走れば端から端まで数百歩で横断できる広さしかない。
集落の入り口近くまで来ると大声で何かを話してる人の群れが見え始め慌てて物陰に体を隠す。
どうやらあれが集落に近付いて来た連中みたいだ、確認できる人数だけで取り敢えず八人か九人に見える。
全員が男で服装は全員バラバラで一致しない、革鎧らしい物を身に纏う奴もいれば汚れた作業着みたいな服を着てる奴も居た。
大声で喚いてるのは男達の声、それに混じって小さな女の声が時々聞こえてくるけど何を喋ってるかまでは分からない。
どうにか近付いてみようと周囲を見渡すと前の草むらに見慣れた後姿を発見した、俺達に同行してる護衛の一人だ。
きっと集落の周囲を見張っていたけど、入り口の騒ぎを警戒て監視を始めたんだろう。
体を屈め手足を交互に使い蜥蜴のように地面を這って護衛に近付く。
もしも普通の町なら俺はすぐに発見されただろう、エルフの集落は草木が多いから身を隠せる場所が多くて助かる。
「どんな様子だ?」
「リーア様、どうして此処に?」
「様子を知りに来たんだよ。あいつらの目的は一体何だ?」
「おそらく我々でしょう。取り敢えず里長を呼んで来いと言ってますが、エルフ達がそれを拒否して騒ぎが大きくなりつつあります」
「やっぱりそうか」
さっきよりも近付いたせいで相手の姿や騒ぎの内容がこっちからもよく見えた。
とりあえず訪ねて来た兵士達は剣や棍棒なんかを持ってるけど銃らしい物は見当たらない。
そう言えば街をうろついてた官憲達も銃は所持していなかったな。
温泉がある観光地として国内で知られてるバルトファルト領も治安維持の為に街中で兵を巡回させる時はあからさまに分かる恰好をさせていない。
観光客を驚かせるような恰好をし続けていると、そのうち悪い評判が流れて収入が減るからマズいと前に母上は言ってた。
こいつらが銃を持ってないのも同じ理由かもしてない、その割に柄が悪くてどこから見ても堅気の真っ当な兵には絶対に見えないけど。
「あのよぉ!抵抗しないでさっさと俺達を中に通して調査させろって言ってんのが分からねぇのか!」
「声を荒げずとも理解している。その上で我々は拒否すると主張を繰り返しているだろう」
「話にならねぇ!さっさと一番偉い責任者を連れて来いって!」
「里長は御高齢で近年は外出もむずかしい。貴方達のような輩に会わせ体調を崩されたらどうする」
「じゃあ他の責任者を呼べ!」
「里長の補佐役をしているのは私だけだ、その私が拒否している。話はこれで終わりだ」
何か他のエルフとは見た目から違う女エルフが男達を冷静に追い返そうとしてる、でも女エルフが冷静に答えれば応えるだけ男達は興奮する悪循環だ。
今にも殴りかかりそうな男達と戦うにはエルフ達の外見はあまりに細くて危なっかしい。
この集落に住んでるエルフは商売で儲けたい奴らや人間を憎んでる連中とも違って穏やかな性格で争いを好まないと聞いている。
そんなエルフ達が戦闘に手慣れた傭兵と争っても勝てそうには見えない、話し合いが続いてるがお互いの主張はずっと平行線のままだ。
「お願いしますから貴女達に引いてもらいましょう。我々は村長の正式な命令を以って行動しています、拒否するなら立場が悪くなるのは我々ではない」
「此処に住まうのは古からの生活を営み穏やかに暮らしたいエルフのみ。我らは新たな里の運営に関して口出しをしないが、其方も我々の生活に対し何も言わないと新村長が就任する際に約束した筈だ」
「しかし今は緊急事態です。街に住んでる村長の部下が貴族に一方的な暴力を受け、犯人達は今も逃走中です。これ以上の被害を出さない為にも捜査にご協力ください」
「先程から私は詳しい説明を求めているが其方の言い分は一方的だな。その犯人と思われる貴族の詳細が一切不明、状況も説明せずただ集落を調べさせろ。しかも武装した者達を向かわせ拒むなら暴力も辞さないと言外に脅す。責任者として首肯するのは難しい」
革鎧の男が静かに、だけど明らかに拒否を認めない口調で女エルフを説得しようとしていた。
他の奴らと比べて明らかにあいつだけ雰囲気が違ってる、街を支配してる奴の手下だから調べされろと言葉遣いは丁寧な口調だが態度はデカい。
たぶん貴族か騎士の家柄に生まれたんだろう、そういう雰囲気が仕草に出てた。
一方で女エルフは男の説得を拒否し続けてる、どうして拒否するのか理由は明らかだ。
俺達を匿っているから。
大して親しくもない、それこそバルトファルト伯爵家とエルフの里に今まで交流なんて一度も無かったはずなのに。
そう思うと居たたまれない気持ちになってくる。
エルフは人間より魔力の扱いが上手いらしいけど体は華奢だ、あんな棍棒で殴られたら骨が簡単に折れるしまう。
どうにしてエルフ達を助けられないか?
思わず立ち上がろうとしたら腕を思いっきり引っ張られた。
振り返ると護衛が俺の腕を指が食い込みそうなぐらい強い力で握ってる。
文句を言いたかったけどその両眼は俺の反論を許さないぐらい真剣だ、そうやって睨まれると喉から出掛かった言葉が引っ込むのは仕方ない。
大人しく俺が引き下がったのを見届けた護衛はやっと手を放してくれた、これだけ強く握られたらもしかして痣になってるかもな。
「いけませんリーア様」
「どうしてだよ、あのエルフ達は俺達を匿ってくれてんだぞ」
「えぇ、その通りです。彼らなりに目的があるとしても、立場が悪くなるのを承知でバルトファルト伯爵家の皆様を匿っています」
「でも」
「だからこそです。此処で貴方が出て行けば匿っているエルフ達の努力は無駄になってしまいます。逆にこの集落を荒らされる理由をわざわざ向うに与える事になるんですよ」
「だから庇ってくれる人達を見捨てろって言うのか?」
「そうする事が戦術的には最も正しい行動になります。あの兵士達がエルフに気を取られている隙に我々は一刻も早くこの集落から立ち去るべきです」
「…………」
護衛が言ってる事が正しい。
頭が悪い俺にもその程度は理解できる知能はある。
父上だって戦争中は被害を抑える為に敢えて戦地から引き揚げたり、時には全滅を避ける為に逃げ出す事もあったと聞いた。
逃げる事は恥じゃない、生きていれば巻き返し出来る時がいつか来るかもしれない。
そう考えれば護衛の意見は決して間違ってないだろう。
でもそれは貴族として、人として正しいのか?
俺が生まれる前に起きた戦争が終わった後でにたくさんの貴族が身分を奪われたり追放された。
理由は国を裏切ったり領地や領民を捨てて逃げ出したから。
平和な時は威張り散らしてるくせに、少しでも自分が危険に晒されると慌てて相手に従うか仲間や部下を見捨てる。
そういう卑怯な真似をする貴族や騎士が昔は多かったらしい。
父上の顔に残ってる傷痕も上官に見捨てられても必死に戦った時に付いた傷だ、そして最後まで戦い抜いたから父上は爵位を貰い貴族になれた。
だから父上も母上も貴族に相応しい行動を、『領民や仲間を見捨てる事無く務めを果たせ』と口酸っぱく子供達に説教してる。
そんな俺が敵が来たこんな時に匿ってくれたエルフを見捨てるのは何か違わないか?
でも護衛が数人居ても体が縮んだ母上と妹達に弟を連れたまま逃げ続けるのはかなり難しい。
一番良いのは早くこの集落から逃げ出す事だ、戦術的撤退は恥じゃないと普段の父上も言ってるだろ。
「きゃぁ!?」
グルグルと必死に考え込んでた俺の耳に甲高い悲鳴が聞こえた。
聞き覚えがある女の声だ。
前を見ると一人の女エルフが地面に倒れ込んでる、深緑の髪は俺がよく知るエルフの髪色。
俺達を家に匿ってくれたユメリアさんだ、たぶんこの騒ぎを聞きつけて来たんだろう。
偉い女エルフの前で倒れてるのはきっと仲間を庇ったに違いない。
そう考えると必死に逃げようとしている自分が恥ずかしかった。
何よりユメリアさんを傷付けた兵士の不愉快な顔が心底ムカついて我慢できない。
女相手に暴力を躊躇しない奴らがもしも俺の家族を傷付けたら?
そこまで考えたら目の前が真っ赤になってもう何も考えられなくなる。
「急いで家に向かえ、母上達を逃がすんだ」
「リーア様!」
「俺があいつらを引き付ける、その隙に早く」
止めようとする護衛を無視して前に前に足を進める。
戦術とか貴族の務めとか、もうどうだっていい。
ただ俺達を助けてくれた恩人を傷付けるような奴らを見逃す気なんて全く無かった。
「おっ、見ろよッ!?」
「何だ、居るじゃねぇか」
「でもよぉ、ガキがたった一匹だけだぜ」
「どうせ隠れてるんだろ。さっさと捕まえるぞ」
近付く俺に気付いた兵士達が好き勝手な言葉を吐く。
言葉遣いが荒くて他の奴に対する敬意や思いやりなんて全く感じない下卑た顔だ。
バルトファルト領軍に所属している兵士よりずっと練度が低い、身の熟しをちょっと見ただけでそれが分かる。
こんなのが兵士とか父上が見たら腹を立てるな、うちの領軍に来たら徹底的にしごかれるぞ。
一方でエルフ達が俺を見る目付きもかなり冷たい。
そりゃ必死に俺達を匿ってくれたのにわざわざ騒ぎを聞きつけて姿を現したとか面目丸潰れだ。
バカな事をしたと心の中で反省するとほんの少しだけ興奮が収まってくれる。
今の状態なら我を見失いれる事は無さそうだな、そんな風に頭の中で冷静な俺が告げていた。
俺が近づくほど兵士達の汚い言葉がはっきり聞こえてくる、俺が貴族の子供だと知ってるはずなのに全くのお構いなしだ。
今すぐこいつらを黙らせたい、そう思ってふと自分が拳銃を持ってた事に気付く。
確かに拳銃を使えばすぐに黙らせられる、貴族に無礼な兵士を手討ちにしたと後で証言すれば聞き届けられるかもしれない。
そう考えた瞬間、懐にあった拳銃が何倍も重くなったように感じた。
確かに目の前のこいつらは目障りだ、今すぐ徹底的にぶちのめしてやりたい。
だけど、もし拳銃を撃ったら?
もし撃ち殺してしまったら?
自分が絶対に取り返し出来ない所に足を進めてしまう。
そんな恐怖が俺を思い留まらせた。
上着の内ポケットから拳銃を取り出すと兵士達の表情が一斉に変わる。
こいつら俺が銃を持っているとは考えなかったらしい。
あれだけ好き勝手に言ってたくせに自分より強い物を見たらあっさり引っ込むのかよ。
そう考えたら目の前の奴らがやたら小さく見える、こいつらは父上どころか普段から俺と一緒に訓練してる兵士に及ばない。
殺す価値も無いな。
そう思って取り出した拳銃を地面に置いた、それを見届けた瞬間に兵士達がいやらしい笑みを浮かべた。
「おい、お前」
女エルフやユメリアさんに一番近い兵士に声を掛ける。
状況から見てもユメリアを倒したのはこいつに間違いない、さっきからずっと握った拳がそのままだ。
「あぁ?」
「その人を殴ったのお前だろ、謝れよ」
「何だぁ、てめぇ」
「エルフの皆は俺達を匿ってくれただけだ。手を出すの止めろ」
「バカかお前」
「これだから貴族のお坊ちゃまは」
「命令すりゃ平民が全員従うと思ってんのか」
兵士達は好き放題に俺を罵る。
似たような言葉でも喧嘩で言われる姉上や妹達に言われる罵声より不愉快なのはどうしてだろうな?
でも革鎧を着た頭目らしき兵士だけは黙ったままだ。
明らかにあいつだけは身に纏う空気が他の奴らと違ってる、あいつは絶対に相手にしない方が良い。
「女子供相手にしか本気になれないザコ共が威張ってんじゃねぇよ」
「あ゛ぁ゛ッ゛!!?」
「来いよ、叩きのめしてやる」
「ナメんな!ガキっ!!」
父上に教わった挑発が面白いぐらいに効果的だった。
標的を俺に向けた兵士が後先考えず思いっきり突っ込んで来る。
だけど遅い、本当に遅い。
普段の格闘訓練で相手をしてもらってる領兵と比べて速度は遅いし体勢も滅茶苦茶だ。
駆け寄った兵士の右腕が思いっきり振り上げられる、この状況にビビッて動いたらいけない。
近付き過ぎると攻撃が難しくなるから必ず速度が落ちる、行動はその時だ。
思った通り兵士の動きが急激に落ちると同時に右腕を振り落とす体勢に変わっていく。
その瞬間に二歩だけ後ろに体を退く。
兵士の攻撃は俺の目の前を通り過ぎて空を切った。
俺はその場で動かずに軽く右拳を前へ突き出す。
当てるつもりは全く無い、ただ距離を測るのが目的の一撃だ。
体に近付く俺の右拳に驚いた兵士は思わず体を竦ませた、でもそれじゃあ俺の攻撃範囲から逃げられないぞ。
続いて繰り出すのは左拳、それも兵士の顔スレスレの場所に向け出来るだけ素早く。
これは相手の上半身の動きを止める意味があった、首を竦めると頭の動きが制限されて次の攻撃をかわす事が難しくなると教えられた。
引いて力を溜めた右拳をそのままに、一歩だけ足を進め思いきり地面を踏みしめる。
そのまま地面を蹴る勢い、右拳を突き出す勢いが俺の体を通して混じり合い一つになっていく。
不思議な感覚だった、まるで世界の時間が遅くなったみたいに自分の動きも相手の動きもゆっくり感じる。
ク゛チ゛ュ゛シ゛ャ゛ァ゛ッ!!
右拳の先に肉が潰れる音と感触が広がっていく。
前に格闘訓練で相手を気絶させた一撃と同じだけど、ここまではっきり分かるのは初めてだ。
殴られた兵士の顔面に拳がめり込んで、受け身が全く取れない体勢のまま後ろに吹っ飛ぶ。
倒れる仲間の無残な顔を見た他の奴らの顔色が変わっていく。
怒りと、恐怖と、敵意が混じった顔だ。
生まれてからここまで大量の敵意を向けられた記憶は無かった、けど不思議と怯える心は何処にも無い。
「かかってきやがれッ!!」
俺の叫びだけが森の奥にある集落に轟いた。
リーア君成長回になります。
戦術的には間違ってますが人としては間違っていない。
原作リオンがよく見せていた行動を踏襲してます。
ただ今は父に対する憧れと幼さ故の蛮勇が混じっているので要注意。
次章の前半もリーア君の奮闘が描かれます。
個人的な状況報告ですがついに愛用ノートPCがおしゃかになりました。(涙
もう8年間使ってるので寿命な上にWin10のサポートも終了、一度データがヤバかったので継ぎ足すように執筆してる状態です。
今章を投稿したらこの休日に新しく買う予定、データ移行や何やらで次章投稿が遅れるので申し訳ございません。
追記:ラーテ様が今作を基にした漫画を描いてくれました。
本当にありがとうございます。
ラーテ様 https://www.pixiv.net/artworks/136151889
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。