婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
護衛に背負われながら心中を満たすのはリーアへの心配が殆どだ。
無論、他の子供達を心配していないかと誰かに問われたら『そんな訳が無い』と即座に否定している。
だが護衛達が側に居るロクサーヌとメラニーとディラン、たった一人で集落を訪れた兵に戦いを挑んだリーアを同列に扱える筈は無い。
そもそも子供に注げる愛情や時間といった無形の物を平等に配分するのは不可能である、三十代半ばで六人も子を産み育てた私は常々感じている。
世の貴族には嫡子や政略結婚に用いる年長者や愛玩児にのみ愛情を注ぐ者も多い。
だが嫡子のライオネルや私に従うロクサーヌとメラニーに愛情を注ぎ、一般的な貴族令息令嬢の規範から外れ騒ぎを起こすアリエルやリーアを冷遇するなど出来る訳が無かった。
どれだけ問題を起こす子供であろうと十月も同じ体で過ごし痛みを乗り越え産み落とした我が子なのだ、愛おしいに決まっている。
故に私は最悪の事態を想定し、報告に来た護衛と共に現場へ向かっていた。
ユメリアの家から現場は然程の距離ではないが、むしろ一家全員が捕縛されるという最悪の事態に備える準備に時間が掛けてしまったのが痛い。
子供達を逃がすのは兵長と話し合い不可能だと判断を下した、護衛の人数を上回る足腰の弱い女子供を連れて逃げ回るのは極めて困難だろう。
逆にユメリアの家に立て籠もりリオンの期間まで時を稼ぐ方が合理的という進言を受けて方針転換を決心した。
準備を兵長に任せた後は報告に来た護衛に案内させるよう促す、成人男性の歩幅と縮んだ私の歩幅が違い過ぎる事を忘れていたのは失態であったが。
夫であるリオン以外の誰かに背負わるなど貴族の細君としては破廉恥な行為だが緊急事態だ、今はリーアの事が気掛かりだ。
背負われ続けてどれ程の時間が経過したか、焦りのせいか感覚が引き延ばされ粘度の高い液体の中を進むような感覚が私の体を襲う。
それでも漸く視線の先に人の群れが見え歓声が鼓膜を震わせた。
エルフが混じっているせいで正確な人数は不明だが確実に二十人以上は集まっている、想像以上の人員を見て逃げ出す決断をせず良かったと胸を撫で下ろす。
焦ってこの集落から無理に逃げ出していたら移動が困難な森の中で簡単に包囲され全員が捕縛されていただろう。
今の段階ならまだ状況改善の手立てものこされている、だが優先すべきはリーアの安否だ。
人だかりの中央に倒れ伏してる者達が見えた瞬間に軽く卒倒しそうになって慌てた護衛に体を支えられる。
体が縮んだ影響なのか、今の私は普段よりも感覚が鋭敏となり過ぎているのかとにかく刺激に弱くなっていた。
そうでなくとも護衛は里を訪れた者達とエルフが言い争っている場に乗り込んだリーアの姿しか見ていない。
私たちがこの場所を訪れるまでに何が起きたか一切分からない、ただ確実に血生臭い騒動が起きた事だけは察せられる。
慌てて人だかりに近付くと集落を訪ねた集団の長らしい男と誰かが言い争う声が否応なしに耳へ入ってくる、私が良く知っている者の声だ。
その声を聞いて安心したのは束の間、己ではどうしようもない程の怒りが次から次へと腹の内から湧き上がり続けて止まらない。
リーアが父であるリオンを敬愛して遺跡の探索に同行したがる気持ちは理解している、それを断られて憤ってしまうのも十代前半の男子なら仕方あるまい。
だが物事には許せる行動と許せない行動が存在し、明らかにリーアの行動は許される範疇を超えていた。
恐らく体が縮んだ事によって私の精神にも影響が出ていたのだろう、明らかに暴走している感情を理性で制御出来ない。
私の姿を見て慌てふためくリーアの姿が癇に障った部分も大きい、どうしてそんな所だけは隠し事が露見した時のリオンそっくりなのか。
本当に私は心配したんだぞ、己の腹を痛めて産んだ我が子に対して母親が持つ感情は子が思う以上に強い。
心配した分だけ怒りが増幅してゆく。
私の息子を傷つけた者達に対して、正義感が強く可愛い私の息子に対して、そしてこんな状況を予想できなかった愚かな私に対して。
他の者など目に入らない、ただ一直線にリーアへ駆け寄る。
「あ、あの母上……」
「この愚息がァ!!!!」
握りしめた拳をリーアの頭へ振り落とす。
だが縮んだ私の体では自分より体が大きなリーアを傷付ける事など出来ない、可愛らしい打撃音が鳴ると同時に私の拳の方が痛む。
それでも構わずに怒りのまま何度も拳を叩きつけるが大して効果は無い、これもきっと体が縮んだせいで感情の抑制が上手くいかない為だろう。
ポカポカとリーアを殴る私の気迫に圧倒されたのか、兵達もエルフ達も遠巻きに私とリーアを眺めるだけだ。
自分より大きな少年に怒り殴りかかる少女というあまりに異常な事態に皆が唖然とする、ひたすら空気が重く膠着し私以外の誰も動けず時間が過ぎていく。
「奥様、もうその辺りで御止めになった方が…」
「ハァ…、ハァ…」
「流石にリーア様も反省したように見受けられます。この場は大人しく引き下がりましょう」
「……そうか、そうだな」
「助かった……」
「まだ安心するな!折檻は終わりにするが戻ったら説教してやるから覚悟しろ!」
「っ!」
体を強張らせたリーアを叱責すると強引に手を引く、そのままさり気無くユメリアの家まで退避を試みる。
周囲の者達は突然の乱入者が起こした騒ぎで呆気に取られ思考が追い付いていない、この隙にリーアを伴って
戻るのが最良の策と言えるだろう。
「……お待ちを」
「……」
「お待ちをッ!!」
兵の長らしき男が大声で私達を引き留める、流石に私の練り込みが甘い策が通じる相手ではなかったか。
私を引き留めた声で漸くこの場に居た者全てが思考を再開させ始めた、粗野な装いの兵達も典雅な風貌のエルフ達も皆同じ反応を示す。
皆の瞳に映りこむのは私、視線が矢のように放たれるがこの程度の注目など縮んだ体と同程度の年齢には慣れていた。
物怖じせずに周囲を睥睨するとどうやら私が只者では無いと事情を知らぬ兵達の中で聡い者は察したらしい、他の者は見るからに小娘の私を侮っている。
私を侮ってくれた方が隙に付け入りやり易いのだが、逆に只ならぬ女と警戒されれば此方としては相手の譲歩を引き出すのが難しくなってしまう。
「貴女とその少年の関係は?」
「それを貴様に話した所で私に何の得がある?」
「損得の問題ではありませんよ、彼は私の部下に対して攻撃を仕掛けた。今こうして倒れ伏してる者は全て彼の攻撃が原因だ、この里の治安を預かる者として貴女達の氏素性を知るのは当然の権利です」
「なるほどな。だが私の息子は確かに愚かで粗野だが理不尽な暴力を振るう男子ではない。少なくとも私と夫はそのように育つよう教育を施してきた。息子が貴様らに攻撃を仕掛けたのなら相応の理由がある筈だ」
リオンは幼少期から父の正妻だった貴族女性とその子供達に苦しめられ、私は婚約破棄前後に謂れの無い誹謗中傷に曝されてきた。
それ故に我が子が嘗てホルファート王国を蝕む寄生虫のような特権意識と他責思考に染まった貴族令息や貴族令嬢にならないよう情操教育には気を配っている。
子供故に傲慢な振る舞いを無自覚にしてしまう事はあるかもしれないが、己の無能を他者の失態で糊塗するような卑劣な者には育ててはいない。
それ故にリーアが兵達に攻撃を始めた事には何らかの理由がある筈だ、親の欲目と言われればそれまでだが私は自分の息子を信じていた。
「息子?婚約者ではなく親?失礼ですが政略結婚による連れ子でしょうか?」
「失敬な、私が腹を痛めて産んだ実子だ」
「…………」
まぁ確かに異様な光景ではある、明らかに自分より年上の少年を実子と言い張る頭が残念な少女など目も当てられないだろう。
しかし、貴族の婚約や政略結婚では親子ほどの年齢差がある夫婦や物心つく前に婚約者を決められている事は珍しくない。
中には自分と同年代の連れ子を持つ貴族と結婚する令嬢も居る、今の縮んだ私がそう思われるのは当然の成り行きだ。
だが私の言葉はれっきとした真実である、この世には人の予想を遥かに超えた信じがたい出来事が幾つも存在している。
ホルファート王国の中心に近いレッドグレイブ公爵家に生まれたせいなのか、私の人生は往々にして葬られた歴史の闇やら滅びた古代の遺産といった物に巻き込まれてしまう運命らしい。
「失礼ですが御名前をお伺いしても」
「前レッドグレイブ公爵ヴィンス・ラファ・レッドグレイブが一子して現バルトファルト伯爵リオン・フォウ・バルトファルトの妻アンジェリカ・フォウ・バルトファルトである」
「…………」
視線を男達に向け毅然と胸を張った、縮んだ体故に威厳が無くとも貴族としての矜持を示すようゆっくりと動き堂々と振る舞う。
そんな私の姿を見た兵達の反応は突然現れた貴族の存在に恐れ慄くか、或いは疑って攻撃的な態度を崩さないかの二種類に分かれた。
見回した限り後者の反応を示す兵の方が多いがそれも仕方あるまい、この縮んだ体では大した威厳など示せる訳もない。
故に此処からは力ではなく知恵と弁舌で兵達の相手せざるえなかったがそれこそ私の得意な領分だ。
何より物事を力で解決しようとするリーアに戦わずして勝つ方法を教授するには絶好の機会と言えよう。
「俄かに信じられませんね、貴女が伯爵夫人だと判断する材料は何処にもありません」
「今は身分証など持ち合わせていないからな。其方が空港の封鎖を止めてくれるなら当家が所有してる飛行船から幾らでも証拠を提出できるのだが」
「それこそ無理な話です、飛行船に乗った瞬間に貴方達が逃走しない保証が何処にもありませんので」
「保証なら貴様の目前にあるだろう」
「何が保証になると仰るので?」
「私のこの体だ、この体のせいで私はこの浮島から離れられん」
訝しむ兵達の前で仰々しく体を見せる、少女の体が何の保証になるのか分からず困惑してるのが見て取れた。
私自身も同じ事を主張されたなら相手の正気を疑うだろう。
何しろこの浮島に在るダンジョンの地下に存在する遺跡によって体が縮むなどという話は夢想家が語る御伽話か狂人の妄想と考えるのが常識的な反応だ。
まずは私が狂人でない事を証明する為に彼らに話を聞く耳を持たせなくてはならない。
「仰る言葉の意味が分かりません」
「本当にそうか?最近この浮島で不可解な現象が多発してるのは耳にしている筈だ。まさか知らないと主張するならそれこそ治安を預かる者が知らないのは職務怠慢と言ってよいぞ」
「……ダンジョン内でモンスターに襲われた案件を仰っているなら注意書きを無視して危険区画に足を踏み入れた冒険者達が起こした事件です」
「しかし行方不明者が何人も出たと噂になれば話は別だろう。負傷した冒険者ではなくこの浮島を訪れて忽然と姿を消した者達だ」
「エルフが治めるこの里を気に食わない者達が評判を下げるような噂を流布している根も葉も無い噂に過ぎませんよ」
「なるほど、つまり貴様はホルファート王国の諜報機関が入手し調査中の情報が全て間違いだと主張する訳か」
「ど、どうしてそこで諜報機関の名前が出て来るのか分かりません!」
「そうか、貴様は知らんのか。ならばこの対応も無理もない事だな」
「……貴女は何を仰りたいのですか?」
「既に王都の上層部と神殿はこの浮島の調査に乗り出しているぞ」
私の周囲から動揺した声が幾つも挙がった、反対に私達一家を匿ってくれたエルフ達は相変わらず冷静な反応を示す。
それが却って先程の言葉に真実味を持たせる結果となり私達にとって有利に働く。
この集落のエルフ達は街で暮らすエルフと違い所作から見た目以上の落ち着きと蓄えた智慧を感じさせる年長者の威厳を持っていた。
まるで『貴様らはそんな事すら知らなかったのか』と憐れみを感じさせる態度は時に苛烈な弁舌よりも効果を発揮する。
今まで私達を見下すような視線を送っていた兵達は一転して弱者の立場へ転落した、政治的な駆け引きでの強者は力に秀でた者ではなく知に秀でた者だからだ。
「虚言は御止めいただきたい!」
「信じないのは貴様の勝手だが私の話している事は真実に相違ない。貴様が本心から確かめてみたいなら王城でも神殿でも好きな方に問い合わせてみろ。私が貴様ら雑兵を謀って得する事など何一つ無いからな」
「……もし真実だとしてもこの浮島で好き勝手するのを認める訳にはいきません」
「好きにするがいい。そもそも私達がエルフの里を訪れたのは諜報機関と聖女殿から秘密裏にこの里を調査する密命を帯びていたからだ。今となっては殊更に隠す必要も無くなった」
「お、おい。今、聖女って…」
「その前に確か諜報機関とか言ってたぞ、いったい何を調べるつもりだよ」
よし、いい具合に兵達に動揺が伝播し始めたな。
こうした交渉の場では相手の知らない情報を適切な時に提示すると後は勝手に自滅してくれる。
兵達はわざわざ里の政治に関して不介入でありエルフという種族の象徴である里長が居る集落に兵を引き連れ強引に事を進めようとしている。
この時点で相手側の焦りが見受けられた、ならばその焦りを更に煽って利用すれば此方に有利な状況を作り出す事も十分に可能だ。
「ここ最近になってエルフの里に蔓延する不可解な現象、排他的なエルフ達が何らかの企てをしている可能性が高いと王国上層部と神殿は感じ始めた。多くの訴えを受けて何らかの措置を採るべきと判断が下されたのだ」
「そのような訴えは私共の所では確認されていない!」
「貴様らがそう主張するなら諜報機関の前で弁明しろ。とにかく、調査に赴いた者さえ戻らない状況を重く見た諜報機関と聖女殿は懇意にしている私達に調査を依頼された」
「どうして調査に聖女様が関わっているのか、意味が分かりませんな」
「貴様こそエルフの里の成り立ちを忘れている。先の戦争が終結した後に亜人の融和政策に尽力してきたのは聖女オリヴィアその人であり心を配るのは当然だろう」
「くっ…」
聡い者数人の表情が青褪め始め、逆に政治に疎い者や単なる愚か者達は逆に私の話に聞き入り始めた。
仮に此処で私の口を塞ごうとも周囲の兵達とエルフがそれを認めないだろう。
私が口を開き言葉を紡ぐ程に何も知らない者達は状況を知って焦りが生まれる、下手をすれば追い詰められるのは其方側だ。
嬲るような物言いは当家の次男を傷付けた報いと思い知るが良い。
「人の好い聖女殿は『まさかエルフの里で人を害すような企てが起きているとは信じたくない』と仰られていた。極一部の罪を犯した亜人達のせいで種族その物が迫害される状況を認めては種族間の諍いは減らないという底無しの慈悲深さ、まさに聖女と讃えられるに相応しい方と言えるだろう」
「そ、そうです!そのような企てなど起きてる筈がッ!」
「黙って聞け、調査員の派遣よりも信頼できる者達からの目で見たエルフの里はどうなっているかを調べる為に聖女殿は私の夫であるバルトファルト伯爵に依頼された。そして結果がこの有様だ」
「わ、私共は里の治安を預かる者として職務を全うしているだけです!」
「ほう、ならばダンジョンで複数の冒険者が襲われた時に貴様らは何処に居て何をしていた。私もあの時ダンジョンに居たが官憲の類など一人も見かけなかったぞ」
「それは誤解です!事件が起きた後に被害を拡げない為にダンジョンの立ち入りを禁じ周辺の警戒を強めるなどの対策を講じました!」
「単なる事件の揉み消しだろう。ダンジョン内でモンスターに襲われ救出された際に私の体はこのような少女の体躯に若返っていた。こんな異常事態に陥っても未だ里の指導者からは私達に対して一切の説明も謝罪もされていない!貴様が本当にエルフの里の治安を司っているなら今すぐこの場で私に詳細な説明をしてみせろ!!」
私の剣幕に圧され始めた兵達は慌てて何か話し合い始めたが有効な手立てを思いつく訳も無い。
情報という物は知る者が多ければ多い程に漏れる可能性が飛躍的に増大する、故に軍隊では末端の兵士が何も知らされず上官に言われるがまま命令を遂行する事もままある。
だからこそ私の言葉に動揺してしまう、本人達は自分より弱い者を追い詰めているつもりだったが実際は遥かに強大な相手の尻を蹴飛ばしていたのだから。
それまで居丈高に相手に振る舞っていた反動がそのまま己への攻撃に変わる、だからこそ兵には乱れぬ統率と克己心が必要なのだ。
この浮島に在駐している兵の練度は低い、バルトファルト領でリオンの練兵を見て来た私からすれば金で雇われ生活圏への愛着も無い傭兵だと分かる。
私の言葉に碌な反論も出来ぬまま動揺するのが良い証拠だった。
「そもそもの話、貴様達がこの集落を訪ねて来たのは何が目的だ?」
「……つい先日の事です、十人を超えるエルフが危険人物に暴漢に襲われ負傷しました。相手は王国の貴族であり、これ以上の被害を抑える為に止む無く兵を動員し…」
「ふむ、なるほどな。この浮島では宿に泊まっていた貴族が深夜に十人以上の不埒者に襲われ止む無く反撃すると暴漢扱いされる訳だな」
「なッ!?」
「おいッ!どういう事だ!?話が違うじゃねぇか!?」
「何でそうなるんだよ!?」
「俺達は不審者の逮捕だって聞かされてたぞ!!」
状況整理の為に兵の統率者が放った言葉に反論した途端にこれだ。
やはり兵達の多くは自分達が何の為に動員されていたかを知らない、おそらく本当に暴漢を捕まえると信じていたのだろう。
まぁ私達は既にこの集落へ匿われていたし、リオンはあのロストアイテムと協力して襲ってきたエルフ達を返り討ちにしたようだが。
リオンは敵味方問わず人が死ぬ事を忌避するが大事な者達を傷付けようとする相手に対し情け容赦はしない。
叩きのめした後に拷問で情報を聞き出したようだが其処には敢えて触れない、下手をすると此方もやり過ぎだと反論の余地を与えてしまうからな。
「つまり貴様らはダンジョンを探ったホルファート王国の調査員の命を狙ったと。加えてエルフの過激派には人間を排斥しようとする者も多く見られる。我々の調査結果が政を担う高官や神殿の聖女に伝わる事を恐れ口封じを目論んだ、そういう事だな?」
「違うッ!私達はそんな事を目論んではいない!!」
「如何に弁明しようとも事実は変わらん、既に私達は王都に向け使者を遣わした。ホルファート王国の司法は謀叛を企てる大逆人に対して一片の慈悲も無い。貴様らの親、貴様らの兄弟。貴様らの子に至るまで三族悉くが叛逆者として裁かれる。身分の剥奪で済めば温情だ、大抵は終身刑か死罪に処させる」
「ま、待ってくれ!俺達はただ上に言われた通りにしただけなんだ!」
「悪いのは命じた連中だから俺は関係ない!」
「頼む!話を聞いてくれぇ!!」
「弁明は裁判所でするんだな。あぁ、聖女殿の慈悲に縋ろうとしても無駄だぞ。あの御方は確かに慈悲深いが限度という物がある。今まで亜人との融和に努めてきた結果が叛逆の温床になるとは。聖女殿の戦いが苛烈なのは旧ファンオース公国との戦争を体験した者なら分かるだろう?」
「ひイィぃぃ!?」
恐怖のあまりに狂乱した兵達はお互いに罵り合って責任を擦り付け始めた。
特に先程から私と会話を続けていた統率者に対しての抗議が激しい、ある程度の事情を知っておきながら真実を隠蔽し貴族を捕らえるよう仕向けたと批判されている。
名のある傭兵達ならばそうした雇い主の事情もある程度は察するが、此処にいる傭兵は己の命と金が重要な者達ばかり。
だから真実と虚偽を織り交ぜた私の言葉に翻弄され統率が乱れてしまう。
兵達は私ではなく上司に向け『騙された』『俺は関係ない』等の言葉を投げかけている、こうなれば私達を捕らえる事に迷いも出る筈だ。
「私達を捕らえたければ好きにするがいい。だが、その瞬間に貴様らは叛逆者と認定される。バルトファルト伯爵家、レッドグレイブ公爵家、ホルファート王国軍、聖女率いる神殿から遣わされた軍勢によってこの浮島は数日後に地図から抹消され欠片さえ残るまい。貴様らは謀叛人として父子孫の代に至るまで処罰される事を覚悟してから行動した方が身の為だぞ」
「お待ちをッ!お待ちくださいッ!!」
脅しの言葉を最後まで口にする前に悲鳴じみた静止の声に遮られる。
振り向くと其処には数名のエルフが馬に乗って近付いて来る姿が見えた。
元来エルフは森林の中に集落を作り生活するので乗馬という文化その物が存在しない、もし乗馬するエルフがいるなら人間との関りが深い証明となる。
見れば服装もこの集落のエルフ達が着ている民族衣装ではなく王国の高官が身に纏う礼服だ。
統率者が恭しく礼をした事を踏まえれば乗馬しているエルフ達こそ街の統治者であるエルフと考えるべきか。
左右に分かれた兵の集団の間を馬で駆け寄ったエルフは落馬と見間違える勢いのまま私の前に平伏する、その俊敏な動きについ呆気に取られてしまった。
「私が里の統治を任されている村長ですッ!どうか!どうかッ!!数々の非礼を御赦しください!!」
「……本物か?」
「間違いありません、彼が里の運営を任された新村長になります。王国の方々との交渉が多いのでエルフらしからぬ出で立ちですが」
「そういった者は嘗ての王都で見慣れているから問題ない」
なるほど、嘗て専属使用人として働いた事のあるエルフなら人間との付き合い方も熟知しているだろう。
ただこれまで私が見て来たエルフの専属使用人は明らかに人間を蔑視する独特の雰囲気を漂わせる者や主君の威を借りる者が多かったが新村長にはそうした気位は見受けられない。
むしろ全身から汗を流し平伏する姿を見ればどうしても爽快感よりも憐れみが勝ってしまう。
仮にこれが私の同情を引く為の擬態ならば大した物だ、どちらにせよ此処に居る兵達を止められるのは彼だけだ。
「この度の失態は全て統治者である私の甘さに依る物であり、里のエルフ達には何の咎もありません」
「……私達を襲って来たエルフ達に対しても同じように罪が無いと主張するつもりか?」
「彼奴らは人間を嫌う過激派の煽動によって罪を犯しました、既に牢へ繋がれ裁きを待つ身となっております。同じエルフの同胞なれど罪人を庇うつもりは御座いません。厳正な処罰をお願い致します」
「集落を囲む兵は私達を害する意図は無かったと?」
「私は里の不穏分子から皆様の安全を最優先する為に保護を命じました、しかし彼らが焦るあまり過激な方法を選んだのでしょう。全て我が身の不徳が為した結果であり、どのような処罰甘んじて受け入れます。ですがどうか、どうか同胞達の命だけは御厚情をッ!」
新村長の態度に偽りは無い、少なくとも私はそのように感じた。
此処でエルフの里で起きた騒動について咎める事も可能ではあるが私達は確かにホルファート王国の貴族だが領外で罪人を裁く権限は持ち合わせていない。
領主が罪人を裁けるのはあくまで統治を認められた領内の話であり、領外で認められるのは我が身を護る正当防衛が精々だ。
現状でエルフの里は自治区ではあるが同時に王国の直轄領としての側面も強く、此処で意を通せば咎められるのは私達の方に成りかねない。
何よりこうして平伏して恭順の意思を見せてる相手に過剰な叱責を続けて追い詰めれば状況が悪化する可能も出て来る。
自暴自棄になった新村長が私達を捕らえ傷付ける命令を発したら防ぎようが無い。
つまりこれは私達に対する弁明であると同時に恫喝、引き際を誤れば危うくなるのは此方も動揺だと言外に告げている。
実際の所、現状での妥協点はこの辺りになるか。
此方としても襲って来たエルフ達に対しリオンが拷問じみた方法で情報を聞き出し、今はこうしてリーアが兵達と揉め事を起こした。
後ろ暗い事情を抱えているのは此方も同じならば当面の安全を確保するのを最優先とした方が身の為だ。
「私達は身を護る為に襲って来た輩を撃退した、私の息子と其方の兵達の諍いは連絡の不手際で起きた不幸な出来事。それで相違無いな?」
「はい。私共に傷付ける意図は無く、あくまで誤解を解きたい為に安全を確保しようとして起きた偶然に過ぎません」
「よろしい、其方の謝罪を受け入れよう。あぁ、それと私達は非常時に備え所有する飛行船に待機させて貰うぞ」
「分かりました、空港を封鎖している兵を下がらせます。しかし王国から派遣される方々への説明の為に滞在は続けて欲しいのですが」
「私の体の問題もある、逃げ出さんから安心しろ」
漸く妥協点を見つけた私と新村長の話合いに周囲に漂う不穏な空気が霧散していく。
集落のエルフ達は厄介事が終わったと肩の力を緩め散開し、兵達は新村長と何なら大声で言い争っているが其処は私が関知する事ではない。
私を背負って来た護衛に今度は傷付いたリーアを背負わせるとユメリアの家に向かう、私達を庇ってくれたユメリアの治療もしなければ。
「何だよコレ、俺一人がバカみたいじゃないか」
「バカみたいじゃない、正真正銘のバカだ」
「でもさぁ、俺だって必死だったんだよ。俺達を庇ってくれたエルフが巻き込まれそうだったし」
「お前の優しさは人として好ましい物だろう。しかし自ら争いを引き起こす真似をするのは浅慮だ」
「あまり御子息を責めないでください。私達を庇おうと必死だったのです」
「危険に身を晒す真似を止めるのは母としての務めだ。まぁ、他者を護ろうとした動機と気概だけは認めよう」
不貞腐れるリーアが私から顔を背けた。
こうした時にリオンが居れば良い具合に仲介してくれるのだが、今は遺跡に向かっている。
夫や息子が身を賭して戦う姿を見ているしかない状況は歯痒くて堪らない。
それでも何か伝えなければリーアはまた己が身を危険に晒すだろう。
「その怪我を教訓として活かせ。個人の武は何処まで行っても個人の域を出ない。しかし知恵を持てば戦わずして戦を治める事も可能だ」
「さっきの母上みたいに?」
「知の素晴らしい所は非力な女子供でも蓄積が可能で時に男の腕力を超えられる所にある」
「また勉強しろかよ。俺、頭が悪いんだ」
「私と出会った頃のリオンは確かに粗野ではあったが向上心も持ち合わせていた。父を敬愛し真似するなら、まずその行いを踏襲するんだな」
我ながら我が子に対して辛辣な物言いだがどうにもならない。
力を求める男子への忠告として武はより強い武に倒される、しかし時に智は力に勝ると伝える事ぐらいだ。
己が酷く矮小な存在に思えて体が震えた、今も戦っているリオンに抱きしめてもらいたい
アンジェお母さん、口の上手さで敵を退けるの巻。
リーアくんは将来有望ですがヒーロー(父親)に憧れるせいで目に見えやすい強さを求めがちです。
まだまだ人生経験が足りない少年なので体だけじゃなくて頭も鍛えてもらいましょう。
あとアンジェは無自覚にリビアを恐ろしい女扱いしてますが、嘗ての体験や伝え聞いた功績によって抱いてるイメージを殊更恐ろしく語っています。
ちなみにこの時点で王都ではエルフの里について会議で聖女様は会議中。
次章はダンジョン内にいるリオン一行の御話、戦闘メイン回です。
追記:依頼主様のリクエストによりDeleter様、TTT様 横山コウチ様、Das様にイラストを描いていただきました。
本当にありがとうございます。
Deleter様 https://www.pixiv.net/artworks/137064106
TTT様 https://www.pixiv.net/artworks/137086863(成人向け注意
横山コウヂ様 https://www.pixiv.net/artworks/137245699(成人向け注意
Das様 https://www.pixiv.net/artworks/137276126(成人向け注意
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。