婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第162章 I am a Flame

 青空が何処までも続いてる。

 あたしはこんな風に雲が一つも無い晴れの日が一番好きだけど、風に流れてどんどん変わる雲が見える日も捨てがたい。

 浮島に住んでると雲が時々ぶつかって、先が全く見えない霧の中みらいになる時は心がウキウキする。

 でも雨の日は嫌い、ピカピカに輝く太陽が見えなくなるから。

 何時からあたしがそれを欲しがり始めたのか、顔立ちはお母様に似てるのに中身はお粗末な頭で思い返しても分からなかった。

 もしかしたら生まれた直後かもしれないし、子供の頃にお母様が読んでくれた絵本かもしれない。

 

 そういえばあの絵本って今は何処にあるんだろう?

 飽きっぽい性格のあたしが珍しく何度も繰り返して読んだせいで端っこが解れて頁が手垢でボロボロになった絵本。

 内容は太陽に恋した小鳥のお伽噺だった。

 少しでも太陽に近づきたがった小鳥は空を必死に飛び続ける。

 翼はボロボロ、喉は枯れ、光で目は潰れ、それでも小鳥は飛ぶのを止めない。

 ついには太陽に近づき過ぎたせいで体を灼かれ体は地上に落ちる。

 それでも小鳥は幸せそうな顔で息絶えた、話はそんな内容だ。

 

 確かライオネルはこの絵本が嫌いだったわね。

 あまりにも小鳥に救いが無さ過ぎると憤ってたな。

 どうして小鳥が太陽に恋するのか、太陽に意思はあるのか、小鳥はどうすれば良かったのか。この話が伝えたい教訓が分からないとも言ってたっけ。

 同じ日に生まれた兄の質問にお母様は随分と困ってたっけ。

 これだから頭の良い奴は嫌いなのよ、いろんな事にとにかく意味を見出そうとして正しい行動が何なのか知りたがる。

 取り敢えず状況に身を任せて楽しむって生き方が出来なくて堅苦しい、それが双子の兄ともなればなおさらよ。

 

 あたしは別に小鳥が不幸だとは思わなかった。

 もちろん死ぬのは嫌だし、痛いのも苦しいのも出来るだけ避けたいのは人として当たり前。

 だけど自分が生きたいように生きて、目的を果たせないまま力尽きても結果を受け入れられるならそれは不幸なの?

 まぁ嫡子として育てられてる兄には何も遺せずに息絶えた子鳥が憐れに見えて庇護対象に思えるんでしょうね。

 真面目な良い子には小鳥が何も考えないまま周囲の忠告も聞かず死んでしまったと感じしてしまうし、世間の大半が同じ考えなのを知ってるから否定するつもりもない。

 そういう堅実な生き方をしてる人が多いから世界は平和って事ぐらい頭が悪いあたしでも分かる。

 でも仕方ないじゃない、後先考えず心の赴くまま行動したい気持ちって誰でも持ってるでしょ?

 あぁ、流石に自分の為なら他人を傷付けて構わないとかお母様から聞いた戦前の腐った貴族達みたいな考えは持ってないわよ。

 こう見えてもお父様とお母様の子だもん、やって良い事と悪い事の区別ぐらい持ってるから。

 

 ただあたしの心と体の奥には昔からずうっと燃え続けてる何かがある。

 自分でも鎮め方が分からず思いっきり発散できそうな場所が何処かに無いか、あれやこれやと探し続けてみたけど見つからなかった。

 お母様やロクサーヌなら社交界でお偉方との駆け引きに上手く情熱を費やすだろう。

 メラニーならお勉強や研究を頑張って何か功績を出すかもしれない。

 でもあたしには何も無い、頭が悪い上に礼儀作法は堅苦しくてどうしても好きになれなかった。

 リーアみたいに男子なら貴族お抱えの騎士や軍に身を置いて出世できただろう。

 だけどホルファート王国貴族の家に生まれた女の子が求められるのは政略結婚の駒として別の家に嫁ぎ子を産んで両家の仲を取り持つ事だけ。

 

 そんなのあんまりじゃない!?

 家の為に生まれて、顔も知らない相手に嫁いで、家の為に尽くして、跡継ぎになる子供を産む。

 あたしの意思はいったい何処にあるの? どうして自分の意思で生き方を勝ち取ろうとしないの?

 社交界は聞き分けの良いお嬢様を求めてる、でもお淑やかなあたしなんて無理やり取り繕った仮面を被ったあたしだ。

 あたしが生まれる前と幼い頃に戦争が起きて聖女様が国を救った、平民出身だけど王立学園の首席で今じゃ神殿の顔や他の国との外交で活躍してる。

 王立学園に通うみんなや社交界で顔見知りなお嬢様達が聖女様に憧れてるけど、全員が聖女様を本心から憧れてるかはかなり怪しい。

 確かに『オリヴィア様みたいになりたい』って言う女の子は多い、でも神殿に入って女官になろうとする女の子は稀だし。

 たとえ神殿に入っても一年の経たずに半分以上が還俗するって話も聞いた。

 祈祷や奉仕作業もキツいらしいけど、とにかく世間と隔離された状態に耐えられないみたい。

 日頃からバルトファルト領軍の訓練に参加してるあたしなら耐えられそうに思える。

 

 でもあたしがなりたいのは国を救った聖女様じゃない。

 お父様から聞いたけど元々バルトファルト家は初代国王と一緒に冒険した仲間だったという話だ。

 お母様の実家であるレッドグレイブ公爵家も同じ冒険者仲間で初代聖女の妹である二代目聖女の血を受け継いでる。

 あたしが望めば神殿で次の聖女になる事だって夢じゃないとお母様は言ったけど、それはあたしが望む夢じゃない。

 誰もやった事をしたい、太陽みたいに自分を燃やして輝きたい。

 それがいったい何なのか今は分からないけど。

 世界の何処かにはあたしが輝ける場所がきっとあるはず。

 いつか自分の命を燃やし尽くして悔いが一切残らないぐらい充実した時の為。

 今日もあたしは空を見上げてる。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「おいッ!!気を抜くな!!」

 

 誰かの怒鳴り声で意識が戻る。

 反論しようとしたけど声が出ない、喉がカラカラに渇いて口の中は唾液が一滴も無いのに酸っぱくて鉄臭かった。

 あたしは今まで何をしてたんだっけ?

 必死に頭を働かせようとするけど考えが纏まらない、何かを考えようとする度に頭痛と眩暈が酷くなる。

 吐き気もするし、耳もなんだか左右で音の聞こえが違う。

 分からない、何をしたらいいのか全く分からない。

 それでも何かしなきゃいけない焦りに衝き動かされて手を動かすと硬い何かが指先に触れた。

 金属製のそれが何か握ってみると掌から体へ熱が伝わってくる。

 

 急に視界が開けてここが何処なのか頭が理解する。

 覚醒した五感が一気に情報を流し込み今の状況がヤバい事を伝えてきた。

 力を込めて掴んだ『それ』、量産品のライフルを杖代わりして立ち上がって訓練と同じ構えを取る。

 片足を前へ出して半身の体勢、発砲した時の衝撃で体を痛めない程度に力を抜きつつ体はライフルを撃つ事だけに意識を集中。

 今のあたしはアリエル・フォウ・バルトファルトじゃない。

 ライフルの台座としてひたすら銃口を敵に向けて弾丸を撃ち込むだけの装置だ。

 引き金に指を掛けてゆっくりと引く度に振動で頭が揺れた、それが良い気付けになって今の状況をやっと思い出す。

 

「あたし、どれぐらい気を失ってたッ!?」

「数十秒!怪物の死体に躓いたんだよッ!」

「あぁもう!!」

 

 思わずでた舌打ちが銃声が重なって搔き消された。

 自分の間抜けさに腹を立てながら八つ当たりじみた殺意を込めて撃つ度に怪物の呻き声が闇の中から聞こえる。

 怪物の群れが襲って来たせいであたし達はかなり後退してしまった。

 さっきの戦闘で仕留めた怪物の死体が無造作に転がってる場所まで逆戻り、おまけに床を汚してた血溜まりに足を取られて転ぶなんて。

 自分の情けなさを誤魔化すように銃を撃ち続ければ弾切れが当然起こってしまう、その度にライオネルと攻守交代を行いながら予備の弾倉を再装填した。

 あたし達が交代で再装填してる間もお父様は黙々と銃撃を行ってる、その動きは無駄を省いてとても滑らかだ。

 通常弾を装填してるライフルと魔力弾を装填してるライフルを確実に使い分け、通常弾で怪物の動きを止め魔力弾で確実に仕留めるやり方を決して崩さない。

 息を切らさず黙々と単純作業を繰り返すように襲って来た怪物を距離が近い順番で次々と撃ち込み続ける。

 もう何回も怪物と戦ってたあたしでも惚れ惚れするぐらい隙が無かった。

 

 それでもあたし達が怪物の群れと互角に戦えてたのは最初の数匹だけ。

 襲ってきた怪物を一匹倒してもすぐに次の怪物が襲ってくる。

 僅かに出来た通路の隙間を埋めるように湧いてくる怪物達は地面に落としたお菓子に群がる蟻みたい。

 窪んだ穴に収まる黒い眼球は何処を見てるのか分からないのに確実にあたし達の姿を捉えて追い詰め続ける。

 倒してる数は明らかにあたし達のはずなんだけど追い詰められてるのもあたし達。

 戦えば戦うほどあたし達は消耗し続け後退し一歩ずつ死が迫ってくる。

 この状況が気絶した時に見てた夢だったらどんなに楽だろう。

 現実逃避したくてもちょっと気を緩めれば確実に命を失う事だけは分かった。

 

「球っころォ!!」

『何でしょう、リオン・フォウ・バルトファルト?』

「通路を照らすだけじゃなくて何か良い案が無いか考えろ!」

『私はただ通路手を照らしているだけではありません。先程から遺跡へのアクセスを継続していますが無反応のままです』

「いつも俺を透明にしてる方法は!?」

『怪物達は暗闇に適応した結果、可視領域が人間を上回っている可能性が高く、他の感覚器官も解剖の結果から透明化は無意味だと推察されます』

「じゃあ電撃!」

『対人用の非殺傷性電気ショックは怪物の巨体相手では効果が見込めません』

「肝心な時に役立たずだなお前は!!」

 

 口ではプカプカ浮いてるロストアイテムを非難しながらもお父様は攻撃の手を緩めない。

 それでも時間が経てば経つほどあたし達は追い詰められる。

 もし疲労で立てなくなったら? もし弾が尽きたら?

 想像するのは怖いのに嫌な予想を止める事がどうしても出来ない。

 胃がキリキリして吐きそうなぐらい気持ち悪いのに立ち止まれば死ぬから戦いを止める事も無理。

 たぶんあたし達はここで死ぬ。

 

 でもどうしてだろう?

 あたしの顔は何故か笑ってた。

 どう考えても絶体絶命な場面なのに。

 汗が止まらない、さっきから鼓動がやたらとうるさくて、眩暈や吐き気が込み上げてくるけど。

 頭の中に何処か冷静なあたしが居る。

 空気がまるで水みたい粘ついて川に潜った時のように動きが遅くておかしい。

 だけど周りの動きもゆっくり過ぎてごっこ遊びする子供みたいだ。

 目に力を込めたら闇の中に潜む怪物の姿が見えた。

 耳を澄ませば通路に反響する音が何処から響いてるのか分かる。

 鼻は硝煙や血しぶきの匂いを丹念に分析して舌はそれがどんな味を再現した。

 肌が厚い靴底に踏まれてる床の硬さと冷たさが伝わってくる。

 まるで全ての五感が今まで体験した事が無いぐらいに研ぎ澄まされ引き延ばされ脳に流れ込んできた。

 あまりに大量の情報量で意識がおかしくなりそう。

 

 だけど不思議ね、今のあたしはとても気分が良いの。

 感度が良過ぎて何処に何があるのか視線を向けなくても分かる。

 熱に浮かされたままライフルの弾倉を取り換えてレバーを引くと弾が薬室に装填されたのが指先から伝わる振動と鼓膜を震わせる小さな音で把握。

 弾丸の種類は散弾じゃない、大型動物やモンスターを仕留める為に作られた攻撃力に特化した拡張弾頭。

 装填が終わったら無造作に体を動かしてその場所に銃口を向けて引き金を絞る。

 

ダアァァン!!

 

 見なくても分かる。

 あたしが撃った弾丸は空気を切り裂いて怪物の頭を貫いて頭蓋骨の中身を周囲に撒き散らした。

 怪物の臓物と血が床や壁にべったり汚して噎せ返りそうな悪臭が漂う。

 それにも構わず排莢して次の標的に向け銃口を合わせる。

 まるで怪物達の方が銃弾に飛び込んで来るように全ての弾丸が怪物達に命中。

 いつの間にか研ぎ澄まされた感覚が気にならなくなっていた。

 五感はずっと騒がしく音や匂いであたしの脳を掻き乱す、でも心は雲一つ無い空のように澄み渡っていた。

 

 あぁ、そういう事ね。

 水中を歩くように体の動きは緩慢なのに思考だけが冴え渡り、心が認めたくない結論を導き出す。

 確かにあたしは王立学園で勉強したり同級生とお茶会をするよりも領軍の訓練に参加したり鎧の操縦を教えてもらうのが好きだった。

 但し、それはあくまでも貴族の家に生まれて変えられない人生に対する細やかな反抗程度。

 こんな血と臓物と悲鳴が溢れる凄惨な場所に来たかった訳じゃない。

 もしもこの遺跡に来なければ死ぬまで自分の本性を知らないまま過ごしてただろう。

 だけど後戻りは無理、あたしの中にある熱はやっと発散できる場所を見つけてしまった。

 

「アリエル!」

「…………」

「アリエルッ!!父上が!!」

「ッ!?」

 

 血と硝煙の匂いに酔い痴れ敵を倒す事だけに注意を向け過ぎた。

 ライオネルの叫びに促されて振り返るとお父様へ怪物達が何匹も群がっているのが見える。

 あたし達三人で怪物を一番殺してるのはお父様だ、人を殺す事だけは抜群に上手い怪物達は一番厄介な敵を優先的に殺す事を考えたようだ。

 或いはお父様があたしとライオネルを護る為に囮になったのかもしれない。

 どっちにしても今すぐに何とかしないとお父様が怪物に殺される。

 

 貫通弾は使えない、威力の高い弾丸は怪物達の体を貫いてお父様に当たる可能性が高い。

 散弾もダメだ、射程が短い上に攻撃範囲が広いせいでこっちも怪物ごとお父様に弾が当たる。

 それに時間が惜しい、装填でモタモタしてたらその間にお父様が殺されしまう。

 どうすればいい? どうしたらお父様を助けられる?

 

 考えるより先にあたしの両脚はお父様が居る方へ踏み出していた。

 何であたしの体がそんな選択を採ったのかは自分でもよく分からない。

 ただ今ならお父様を救える確信だけが体を突き動かす。

 駆けて、駆けて、駆けて。

 辿り着いたその先で、ふと自分がライフルを放り出している事に気付く。

 

 流石に頭の中のあたしもこれには焦ってる。

 単純な力だけなら人間の何倍も強い怪物にどう立ち向かえば良いかまるで考えてなかった。

 どうにかお父様を助けようとしても素手で倒せる相手じゃないのは分かってたつもりなのに。

 これじゃあ危険な場所に自分から飛び込むバカじゃないの。

 しかもあたしの気配を察した怪物が何匹かこっちを振り返り始めてる上に、襲われてたお父様と目が合った。

 口を動かして何か言ってるけど感覚が引き延ばされるせいかやたらゆっくり聞こえる。

 だいたい数十秒ぐらいの体感速度でお父様に大声で『何してんだバカ!!』って言われたのが分かった。

 明らかに怒ってる、普段はあたしを怒るのはお母様だから珍しいな。

 

 でも動き出した体は止まらない。

 第一ここで足を止めたら攻撃の的になる。

 頭の中が真っ白になる、これは間違いなく死んだかなぁ。

 あぁ、何かムカついてきた。

 どうしてあんた達みたいな怪物とか訳の分からないロストアイテムのせいでお母様やお父様が厄介事に巻き込まれなきゃいけないのよ。

 妙に腹が立って思いっきり拳を握って腕を振り上げる。

 自暴自棄で怪物と殴り合おうとするとか本当にあたしってダメね。

 お父様とお母様、ごめんなさい。

 ライオネル、嫡男だからちゃんとバルトファルト家を盛り立てなさいよ。

 リーア、今まで散々あたしに突き合わせて悪かったわね。

 ロクサーヌ、冥界からあんたが商売で成功するのを見守ってる。

 メラニー、借りてたお金返せなくてごめん。

 ディラン、あたしの真似しないでお父様とお母様の言うことをよく聞いて良い子に育って。

 時間の流れが更に引き延ばされて家族の顔が次々と思い浮かぶ。

 あたしの倍近く大きな怪物の体が迫って確実な死が予感で感覚が更に研ぎ澄まされてくのを実感した。

 一分の一、十分の一、百分の一、千分の一、万分の一。

 思考だけが加速し続けて時間が止まったように遅い、今のあたしなら普段は意識さえしてない体の隅々まで意識できる。

 

 体の中で何かが蠢いた。

 短い人生で一回も動かした事の無い臓器に体中の血が流れ込み始めた感覚。

 ずっと眠り続けていた何かとあたしが繋がって一つになる。

 体の奥から放たれた力の奔流と途轍もない熱があたしという存在を変えていく。

 暑くて、いや熱くて堪らない。

 

「ア゛あ゛ァ゛あ゛ぁ゛ァ゛ア゛ぁ゛ッ゛!!!」

 

 暗い通路に響き渡る叫びに驚いた。

 今まで見た事も聞いた事の無い獣の咆哮、それがあたしの口から放たれたのが信じられない。

 同時に心臓から湧き出た何かが血管を通り握った右の拳へ流れ込む。

 あたしの拳、いや拳だけじゃない。

 右腕全体が輝くと同時に何倍にも膨張し始める。

 目を灼き焦がすような閃光が暗い通路を満たして敵味方の区別無く全ての動きを止めた。

 そこでやっと自分の右腕が膨らんでいない事に気付く。

 ただあたしの肌から噴出したそれは真っすぐ伸びて怪物の鋭い爪が届くより先に醜い顔に当たった。

 

「GYAAAAH!!」

 

 怪物の悲鳴が木霊して肉と血が焦げる匂いが鼻に纏わり付く。

 そこでやっとあたしの体に何が起きているのかが分かった。

 炎だ。

 緋色に燃え盛る炎が風も無いのに揺らめいてあたしの右腕を覆っている。

 ホルファート王国の貴族に生まれたら大抵は魔法が使えるように訓練を受けるのが普通だ。

 もちろんバルトファルト伯爵家に生まれた子供も例外じゃない、あたしの使えるはお母様と同じ火の魔法だと小さい頃に教えられた。

 だけど今までどんなに魔法の訓練を受けても満足に使い熟せた事は一度も無い。

 精々が物を燃やす時の火付けや獣を追い払う程度の火力しか出せなかった。

 次から次にあたしの体から吹き出し続ける炎は全然熱くないし肌も全く焦がさない、なのに殴られた怪物の窪んだ顔は火傷で黒ずみ今も熱を帯びていた。

 

 ふと炎とは違う輝きを放つ何かが右腕に絡んでいるのが見えた。

 炎のせいで良く分からないそれは少し鍍金が剥がれて紐も所々が解れてる。

 そうだ、確かこれは遺跡へ向かうあたし達の安全を祈ってお母様が渡してくれた御守りだ。

 明らかに金属や炎と違う光を放ち続ける御守りを通し、あたしの体に宿っている力が繋がって抑えきれない。

 吹き出す炎は通路の闇を照らして怪物達は身動きが取れないまま身を竦める。

 

 そのまま右腕を振り上げて一番近くに居た怪物に振り下ろす。

 炎が放っている光で目を潰したのか、怪物はろくな防御も回避も出来ないまま槌のように振り落とされた炎の腕を食らってしまう。

 また焦げ臭い匂いが通路に満ちるけど気にしてる時間は無い。

 今度は握った拳を緩めて右腕の力を抜く、そのまま素早く右へ左へ腕を振るいお父様の近くにいる怪物を払う。

 大して力を込めてないはずだけど魔力を帯びた炎はそれだけで凄い力が宿ってるみたい。

 払われた怪物達はそのまま壁に激突して痙攣を始めた。

 

 変な気分だ。

 まるで自分の体が薪になったようなのに心に焦りが全く無くて澄み渡ってる。

 今ならこの状況を逆転できるかも、ふとそんな考えが頭に浮かんだ瞬間に時間の流れが元に戻ってしまう。

 マズい、たぶんこの力を使えるのは偶然だ。

 いつ使えなくなるか分からない力で怪物を追い払うにはあたしの頭じゃ絶対に無理。

 

「お父様!!早く早くッ!!」

「な、何をだっ!?」

「指揮してよッ!あたしバカだからどうしていいか分からないの!!」

「お、おう!!」

 

 さっきの叫びとは全然違う、年頃のお嬢様が蛇や蟲を見て出すような悲鳴じみた声でお父様を急かす。

 ぼんやりしていたライオネルも慌てて銃を構えて怪物達を退けようと必死だ。

 ただ、さっきまで死にそうだったくせに助かる見込みがあると分かった途端に安心する自分の心がとてもおかしくて笑いが込み上げるのは何故かしら?

 纏わりつく炎の感触を確かめつつ怪物と向かい合うあたしの顔は笑っていた。




アリエル覚醒回、シチュエーションは原作でアンジェが覚醒した時と若干被せています。
アンジェが聖女の血を継いでるなら娘も聖女の血を受け継いでるのは当然ですよね。
ただ初めての覚醒なので原作アンジェほどパワーはありませんし、今作アンジェほど戦い方は洗練されていません。
次章はバトル後半、アリエルの炎が闇を照らします。

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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