婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

169 / 174
第167章 The Scar Face

「言ってる事が辻褄が合わないぞ」

『あら、貴方にはそう聞こえたのかしら?』

「まずお前を新しい協力者を求めている、これは確かだな」

『その通りよ。私の意見を碌に聞き入れず自分勝手な行動ばかりするエルフをパートナーとして扱う事に不都合が出始めたから』

「俺達が新人類の子孫と分かった上で相棒にしたい、でもお前の最優先する目的は『新人類の抹殺』ときてる。お前が新人類をどう扱いのか俺にはさっぱり分からねぇ」

『難しく考える事は無いわ。確かに最優先目的は『新人類の抹殺』、だけど直接的な短期目標を設定しないというだけの話』

 

 こいつらロストアイテムの視点は独特だから困る。

 俺が平和を愛する平々凡々な男のせいもあるだろうが前提とする技術や時間の感覚が特殊過ぎて言葉だけじゃ察せられない。

 何より旧人類が作った研修所の中という環境が常に圧迫感を与えてきてどうしても思考の反応が鈍る。

 

『今までの情報開示から分かる通り私が得とするのは戦闘や運搬ではなく研究、それも既存生物の分析や新たな生命体の創造だから直接対決で争うつもりは無いわ』

「そりゃ助かる、何処ぞの誰かさんはとにかく自分の手で新人類への交戦意欲が年中無休な誰かさんとは大違いだ」

『それは誰を指しているのでしょうか、リオン・フォウ・バルトファルト?』

「本当は分かってんだろ球っころ」

 

 お前だよ、お前。

 出会ってから十年以上も経ってるけど事ある度に新人類への敵意を隠そうとしてないから本当に困る。

 下手に球っころと関わったせいで俺の人生は大きく変わっちまった。

 外交使節として赴いた国で遺跡の調査をしたり、俺の名義で難しい古代文明の学術書を求めたり、旧人類の技術再現に必要な物資を調達したり。

 球っころの要望に応えた結果でいつも面倒に巻き込まれたり物集めに勤しまなきゃならない。

 そこそこの見返りがあってもやりたくないのが本音だ。

 だけど放置するのはそれはそれで危ない、何しろこいつの最優先目的は『新人類の抹殺』なんだから。

 球っころの本体である大型飛行船の能力はホルファート王国の全軍事力に匹敵する。

 王家が秘蔵していたロストアイテムの艦が修復できない今の状況ならたった数日でこの国を滅ぼす事が十分に可能だろう。

 そんな奴を放置すればいつか俺達の領地にも災いが襲って来るのは確実だ。

 本当にどうしてこんな苦労を俺が背負わなきゃいけないんだよ。

 少なくともホルファート王家は俺宛に特別な報酬を用意する義務ぐらいあるだろ。

 特に俺が欲しいのは現金か物資、爵位や役職なんて面倒くさい事この上ない。

 

『仮に私の技術で旧人類を再生、若しくは他の施設で冷凍睡眠状態の旧人類を発見しても現在の世界で生かすのは困難と言って良いわ』

『世界中に存在する魔素を除去するにしても数百年、数千年の環境改造が必要です。最早テラフォーミング規模の一大プロジェクトになるでしょう』

「お前らほどのロストアイテムでも今すぐは無理なのか?」

『圧倒的な人手不足よ。私と同等レベルの施設が最低でも百単位は必要ね』

『アルゼル共和国にあった軍用船のように新人類と関わり合いがあっても破壊されてしまったロストアイテムも多い事でしょう』

『いずれにしても現状では全ての新人類を抹殺して旧人類を再生させるのは不可能という結論に達したわ』

 

 やれやれ、どうやら一安心らしい。

 俺が考えた最悪の展開は意気投合した球っころと遺跡が手を組んで今すぐ新人類を滅ぼそうとする事だ。

 そうなったら真っ先に狙われるのは遺跡があるホルファート王国。

 流石に抽選審が薄い俺でも自分のせいで国が、世界が滅ぶのは避けたかった。

 甦った旧人類の教科書に『新人類が滅んだ原因はリオン・フォウ・バルトファルトという愚か者』なんて自分の名前を刻まれたくはない。

 

『だから私は今後の活動方針を変えようと思っているの』

『具体的なプランを提示してください』

『主に特定勢力の指導者層に対しての段階的な技術提供ね、尤も私に出せる物なんてこの程度しかないんだけど』

「……ふざけんじゃねぇぞ、おい」

 

 遺跡の言葉を耳したら思考より先に口から罵声が漏れた。

 本音と言うか忌憚の無い意見というか、とにかくこの遺跡で何度も何度も死にかけ殺されかけた俺としては到底許容できる内容じゃない。

 確かに遺跡は球っころと違って保有する軍事力はほぼ無いだろう。

 今まで戦った怪物達のような戦闘に特化した生き物を造り出せるかもしれないがそれだってエルフ達の協力があってこそだ。

 俺としちゃ遺跡を完全に封鎖して孤立させる、それだけで問題は解決できると思ってたのに。

 

「お前、あんな化け物をまた作り出すつもりかよ。確かに力は強いだろうが訓練された人間がそれなりの装備と作戦行動すりゃ大して脅威にならねぇぞ」

『えぇ、生物兵器の開発と運用に関しては私の見積もりが甘かったのは事実ね。特に盗掘目的の冒険者を実戦のサンプルにしていたのは明確な間違いだったわ。如何に新人類が世代を重ね劣化してようが貴方達みたいな例外が存在する事は想像できたのに』

『リオン・フォウ・バルトファルトの兵士・暗殺者・諜報員としての能力はこの時代に於いて上澄みと言っても過言ではありません』

「褒め言葉になってねぇぞ球っころ」

 

 俺はやりたくて兵士とか間諜とかやってねぇんだよ。

 平民で良いから家族を養えるだけの収入がある仕事に就いてオッパイが大きな嫁と結婚して穏やかな人生を送りたい。

 伯爵位の領主貴族として領地を経営したり、あちこちの会議に参加して国の政治に意見を出したり、ロストアイテムの使いっ走りなんか心底やりたくない。

 こんな人生を俺に与える運命を司る神様は本当に性根が腐った加虐趣味の邪心だろう。

 叶えてくれた俺の要望なんて美女でオッパイが大きいアンジェと結婚させてくれたぐらいだ。

 頼むから嫁と子供達は据え置きのままで俺の人生を総取り替えして欲しいぞ。

 

『坊やは賢そうだし、そっちのお嬢ちゃんの魔法はかなりの攻撃力。かつての新人類を想起させる実力者が複数存在している事は確定と言って良いわね』

『肯定します。実際にリオン・フォウ・バルトファルトを超える戦闘力を保有する英雄やロストアイテムを行使できた聖女の存在が確認されています』

『武力で対抗しようとしても真っ先に潰されるのがオチね、それなら方法を変えるのは作戦の基本よ』

「だったらお前は何を差し出すつもりだ」

『不老不死よ』

「おいおいおい」

「流石に大言壮語が過ぎませんか?」

『あら、どうして?貴方達は私が造り上げた貴重なサンプルを間近で見た筈よ』

「いったい何の事よ」

『アンジェリカ・フォウ・バルトファルトの事ですね』

 

 ひどく心が騒めき始めた。

 今まで頭の中で散乱していた歯車が急に噛み合って回り始めた感覚と言えば良いんだろうか。

 普段は大して使ってない脳のあちこちへ一気に血が流れ込んで知恵熱が出そうだ。

 どうして遺跡がアンジェの体を小さくしたのか、それを殆ど考えないまま中枢まで来た楽天的な自分を呪いたい。

 そもそも新人類を心底憎んでいる旧人類が造り出したロストアイテムが無条件で俺達に都合が良い事をする訳が無いはずだ。

 今まで遺跡に近付く冒険者は殆ど怪物達に始末されてきた、それこそ冒険者の失踪が相次いでいると国から問題視される位に。

 アンジェはそんな状況で幸か不幸か中枢まで辿り着き体を弄られ子供の姿になった。

 特にアンジェの体に深刻な症状が見当たらなかったから今の所は大丈夫と思ってたけど、あの姿に別の重要な意味があったとしたら?

 

『貴方の妻に記憶の欠落や性格の変化は現れたかしら?』

「……取り敢えずは見当たらないな、俺はアンジェと出会ったのは十代後半だからあいつの幼い頃を知らないけどな」

『つまり夫の貴方から見ても彼女は同一人物、そう認めても構わないわね』

「何が言いたいんだよお前!あの小さいアンジェは別人で本物のアンジェが他に居るって言いたいのか!?」

『貴方の希望とあらばそれも私は実現可能よ。体細胞を複製し記憶を植え付ければオリジナルとほぼ同じ複製人間の創造さえ可能よ』

「なっ!?」

『それでも記憶情報の伝達は繊細な作業だから望む結果が出るとは現段階で保障できないわ』

『現状に於いては新人類の肉体改造に留まると』

『えぇ、それだけでも画期的でしょう。私の技術が現状の世界に於いてどれだけの影響力を持つか、お分かりいただけたかしら?』

 

 正直言って話の規模がデカ過ぎて混乱する、ただ本能はさっきから遺跡の技術が危険だと訴えてきた。

 もしも自分と同じ人間がもう一人居たらどうなるか?

 自分の仕事を半分に割り振って楽が出来ると思えるのはいくら何でも楽天的過ぎる。

 例えば担当する仕事が室内の事務作業、もう一つが現場での作業だとしたら同じ自分なのに不平等だと諍いが生まれる。

 恋人や家族に関してもどちらがより多くの時間を過ごそうとすれば確実に揉めるだろう。

 それなら自分に関係する奴も複製、なんて事になれば人口がどんどん増えて国の崩壊は間違いない。

 

「だとしても、そんな技術を為政者が認めるとは思いません!」

『あら、どうして?』

「こんな技術が公表されたら間違いなく社会が混乱します!生き物の複製なんて命に対する冒涜だ!」

『私は倫理の話題をしてないわ、あくまで保有している技術を提示してるだけ』

「そんな言い訳なんて通らないでしょ。あんた、さっきから新人類の抹殺なんて物騒な目的をずっと口にしてたじゃない」

『お嬢さん、別に私自らが新人類を滅ぼすとは言ってないのを思い出して。破滅を選ぶのは新人類自身よ』

「どういう事かはっきり言って!」

 

 ライオネルとアリエルの口調がどんどん荒くなっていく。

 二人も遺跡が企んでる事の恐ろしさを薄っすら感じてるらしい。

知れば知るほど遺跡、いや旧人類というかつてこの世界を支配してた連中の恐ろしさが伝わってくる。

 こんな連中に勝てた俺達の御先祖様達はいったいどんな怪物だったんだ。

 魔素という環境自体が味方してなきゃ滅ぼされた側は逆になっていたかもしれない。

 それほど恐ろしい技術の結晶が世界のあちこちに埋まってて、何かの切っ掛けがあれば一斉に動き出す。

 考えただけで最悪の事態だ、知らなきゃいい事に首を突っ込んだ過去の俺を思いっきりぶん殴りたい。

 

『いつの時代も生物にとって重要なのは自己保存、つまり生きる事。三大欲求も食欲は栄養摂取、睡眠は休息、そして性欲は自分の遺伝子を伝える為に必要なの』

『しかし旧人類と新人類に限らず生命の肉体には細胞の分裂や代謝に限界が存在します』

『だけど私の技術なら人体の老化を遅延させる事が十分に可能よ。それこそ貴方の妻にしたような若返りはもちろん、性転換や両性具有化に複製化さえ思いのまま!』

『疑似的な不老不死はどの時代に於いても人類が目指す指標の一つです。いえ、死という概念を生まれつき持つ有機生命体の活動その物が死への抵抗と言って良いでしょう』

『子孫を遺す事は自己保全の代替手段に過ぎないわ、どれだけ似ていても親は子と全くの別人。だけど己の複製を作れるなら過剰な人口増加も抑制できるし、優秀な者による永続的な統治さえ可能となるでしょうね』

『貴方が本気でその意見を提示しているようには見えません。交渉相手に向けた建て前ではなく真意を語ってください』

『分かりきった事でしょう?権力者にとってこれだけ魅力的な技術は存在しない。それこそ国を滅ぼしても永遠の命に縋り付くのが人間の習性と言う物よ』

 

 吐き気が喉元まで込み上げて来た。

 ロストアイテムが語っているのは明らかに命という替えが効かない大切な物に対しての冒涜に他ならない。

 俺自身が幼い頃から畑仕事や畜産に従事してきた影響だろう、昔から命について考える機会が多かった。

 種を撒き、芽を育て、虫除けを行い、水を与え続けて漸く植物は花を咲かせ実を結ぶ。

 生き物の雄と雌が番って卵や子を産み、大事に育てて成長した命に感謝しながら死を与え、その血肉を食べ自分の活力とする。

 だから命って物は他の命と繋がって世界を形作ってるし、同族の人間だろうが敵と認識したら躊躇いも無く命を奪える俺自身の才能にどうしても忌避感が拭えない。

 遺跡の持つ技術はそういった自然の成り立ちを必要としていない、永遠に続く完結した狭い世界だ。

 そんな世界がこれからの未来に蔓延ると考えるだけ気分が悪くて仕方ない。

 少なくても俺は自分そっくりの複製や永遠に生きる奴ばかりが居る世界で生きるのは絶対に御免被る。

 

「……そこまで今の奴らが愚かだと俺は思いたくないがな」

『貴方の見解ではそうなんでしょうね。でも甘い見通しだと思わない?』

「どうしてそう言い切れる」

『社会機構の上に立つ者ほど不老不死に固執するのは歴史が証明しているわ。己の権力が未来永劫に渡って続く事を望まない権力者は存在しない。それこそ旧人類と新人類の区別無くね』

『貴方の見解は些か旧人類に対して諧謔的です』

『むしろフラットな視点で見てると考えて欲しいわ。私の研究サンプルは現存の新人類だけじゃなくデータとして保管された旧人類にまで及ぶの。先入観を持ってたら正確な観察は出来ないし』

「だからお偉方へわざわざこんな技術をチラつかせて共倒れを狙うって訳か、とんでもない性悪だなお前」

『否定はしないわ、これが新人類に対する私流の戦い方よ』

 

 ある時代に不老不死を渇望した大国の王が居た。

 王は国の金庫に仕舞ってあった金を使い多くの冒険者を雇ったが騙し取られ国は滅んだ。

 ある領地に永遠の若さに執着した女領主が居た。

 女領主は近隣の浮島を襲い若い男女を攫って搾った生き血で若さを保とうとするが怪物として扱われ殺された。

 ある浮島に若い恋人達が居た。

 男は女に果てない命を贈ろうと冒険の度に出るが途中で力尽き、女は男を待ち続けるも老いて死んだ。

 

 世界には不老不死を求めて破滅した奴らの童話や物語がそれこそ山のように存在している。

 話の結末の殆どは過ぎた欲望は自分の身を滅ぼす、存在しない物を追い求める事は周囲に迷惑をかけるという教訓じみた話ばかりだ。

 話の基になった連中も多いんだろう、今の時代だって美容に命を懸ける美女や延命に縋る露偉人は多い。

 そんな欲深い連中が手に入れようとあらゆる方法を用いても手に入らなかった秘宝が目の前に存在してる。

 だけど俺の心はこの厄介な宝をどう処理するのが一番良いか必死に頭を働かせていた。

 

「これ以上混乱を起こすな、もしお前が本気ならこの場で二度と動かなくなるように徹底的に破壊してやる」

『あら、貴方にそんな事が出来るの?』

「何だと」

『貴方の妻を元通りに出来るのは私だけ、生殺与奪を握ってるのは私の方なのに』

「てめぇ…」

『それに貴方はこの浮島を調査に来た部隊の指揮官かもしれない。だけどさっき救援を呼んだと言っていたのをしっかりと憶えているわ』

「…………」

『つまり貴方はあくまで現場指揮官、命令を下す上司が他に居る。貴方にとって私の技術は無価値だとしても、貴方の上司にとって私の技術が無価値だとは限らない。お分かりかしら』

 

 くそっ、痛い所を突いてきやがる。

 確かにエルフの里についての調査を俺に頼んで来たのはジルク、いや遡れば神殿の聖女であるオリヴィア様だ。

 たぶん前に起きた騒動でオリヴィア様が完全にダンジョンを封鎖しなかったのはエルフ達への温情以外にも、地下で活動停止していた遺跡を見極める意図があったんだろう。

 それなのに俺は王都に救援を要請しちまった、どれぐらいで救援が来るかは分からないがホルファート王国軍が関与するのは間違いない。

 叛乱を企んでたエルフ達の捕縛後に上層部がいったい何をするか、俺には全く見当がつかなかった。

 

 もし不老不死の技術を独占している事が他国にバレたらどうなるか?

 不完全な延命を担保にして他国を支配下にするならマシな方だ。

 下手すりゃ遺跡の技術を奪い合って新たな戦争の火種に為りかねない。

 何しろかかってるのが命だ、俺だって不老不死には興味は無いけど理不尽に死ぬのは勘弁して欲しい程度には生への執着があった。

 そんな人間の醜い欲望が世界中から一気にホルファート王国に注がれる、争いが起きないと考えられるほど俺の頭は悪くないし楽天的でもない。

 いくらファンオース公国との戦争がオリヴィア様の活躍で勝利できたとしても世界中のいろんな国に狙われ続ければ必ず敗北が訪れる。

 そもそもあの戦争で王家が秘蔵していたロストアイテムである王家の艦は今も破壊されたままだ。

 球っころが協力すれば話は違うかもしれないが、こいつはこいつで世界に災厄を齎しかねない超危険物。

 いつか殲滅対象がホルファート王国に向かわないとは言い切れなかった。

 

 しかも俺はホルファート王国のお偉方を全く信用してない。

 飽きもせずに延々と宮廷で権力争いを続けてるし、血筋を権力基盤して下級貴族や平民を見下してくる所は大嫌いだ。

 国王は俺より年下で至らない所が多い上に周りで忠臣気取りで讒言しそうな宮廷貴族も気に入らない。

 前国王は一番頼りにならねぇし、前王妃は政治力が凄いけど信用できるかと言われたら別の話だ。

 あの賢くて老化が遅い前王妃様は確かに宮廷を掌握してる、だけど他国から嫁いできた経歴だし遺跡の技術を王家が独占にしかねない。

 いや、むしろ積極的に外交の手札として活用する可能性も捨てきれない、つくづく賢過ぎて敵に回したくないが信用も出来ない女だな。

 

『もちろん貴方にも何らかの利益を約束するわ。そうね、例えば顔の傷痕を綺麗に除去するなんてどうかしら?』

「…………」

『外科的な手術をするまでもない、培養槽に入ればたったの数時間でお肌ツヤツヤな美顔にしてあげる』

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ俺の心が騒めく。

 心の中にある諦観、憤懣、後悔。

 重苦しい負の感情が一瞬の間だけ心の器を満たして溢れ出しそうになった。

 疵顔の外道騎士 成り上がりの醜男 性格の悪い田舎領主

 貴族になってからもそんな風に口汚く罵られたり揶揄された事は数えきれない。

 喧嘩を売るつもりは毛頭ないが売られた喧嘩は買うのが俺の流儀だ、そもそも貴族って身分は他の貴族にナメられたらお終いな職業だ。

 戦場で死にかけて欲しくもない爵位を渡されどう生きたら良いか分からなかった時期がある。

 顔に残った傷痕さえ無ければ名声や財産目当てでの縁談が上手くいって、俺の人生はもうちょっと順風満帆だったかもしれない。

 そんな考えがふと頭を過った。

 努めて平静に呼吸を整えて顔を後ろに向ける。

 俺に似てない美男子な息子とアンジェに似た美少女の娘が立っていた。

 

「残念だなぁ、ボロ遺跡さんよ。そんな甘言に乗るほど俺は耄碌してねぇんだわ」

『あら、そうなの?私なりに魅力的な提案をしたつもりなんだけど』

「まぁ普通ならそうだろうな。男でも美容に気を遣う野郎は多い、人前に立つ貴族様なら尚更だ」

『だったら何故?』

「三十年以上もこの顔で生きてんだ、不細工でもそれなりに愛着ってもんが湧いてくる」

『それだけの理由で不老長生の人生や眉目秀麗な顔を諦めると?』

「傷痕って物はそいつがどう生きて来たかの証明だ。使い切れない財産と豪華な屋敷と美味い飯を喰らって美女に囲まれる人生に憧れる奴は多い。だけど最初から何もかも満たされ飢えや苦しみを知らないままの人生で幸せを実感できるか?親から与えられた金貨の山より自分の力で必死に稼いだ銅貨の方が価値があったりするんだよ」

 

 苦労が多い人生なのは確かだ。

 どうして俺がこんな目に合わなきゃいけないと泣き叫んだ事もある。

 それでも今まで必死に生きてきた道のりこそがリオン・フォウ・バルトファルトという人間が生きた証だ。

 傷だらけの不格好と他人に笑われようと俺が俺として必死に足掻いた人生をそっくりそのまま複製されるなんて認められるかよ。

 この傷痕にしたって俺を殺そうとした奴、俺が殺した奴の想いが刻み込まれてる。

 それを簡単に消されたらそいつらの無念は何処へ行くんだ?

 生きるってのは自分の味方だけじゃなくて敵の想いを受け継ぐ事だってある。

 命を弄り回して遊んでる機械には分からない心境だろうよ。

 

「大体この傷痕がないとそこら辺の御婦人方が声を上げて言い寄って来るからアンジェが嫉妬するしちまうんだよ。だから浮気防止にちょうど良いのさ」

「……いやぁ、それは無いって」

「他の貴族が怖がって遠巻きに機嫌を窺うでは?」

「そもそもお父様がモテるって噂なんて聞いた事ないし」

「指摘するのは止めなよ、父上が不機嫌になるから」

「……お前ら、少し黙れ。せっかくパパが格好つけたのに台無しになるだろ」

 

 アンジェ、俺達の息子と娘が凄く辛辣で泣きたくなる。

 どうして年頃の子供って奴はこうも扱い難いんだろうな?

 それとも俺か?

 俺の血を継いだせいでこんな容赦ない性格に育ったのか?

 もうやだ、さっさとアンジェを元通りにして屋敷に帰ってやる。

 面倒事は全て王都の連中に押し付けたら別宅に籠って暫くは食っちゃ寝の生活してやるからな。

 

「きひッ… ひひィ…」

 

 虫が羽を擦り合わせたような小さくて耳に触る音が何処からか聞こえてくる。

 音の方向へ視線を向けると床にへたり込む眼鏡エルフが視界に入ってきた。

 そういやエルフの歴史について遺跡が説明してからずっと黙り込んだままだったな。

 意気消沈して反抗する気も失せたと思ってたのに笑い始めてからどんどん声が大きくなってる。

 

「どうした、何か言いたい事でもあんのか?」

『もう少しだけ静かにしてもらえないかしら。今後の方針について新人類と話し合いたいの』

「だッ まッ れエぇェえぇェ!!」

 

 発条仕掛けの玩具みたいに眼鏡エルフが急に立ち上がる。

 俯いた姿勢で顔は良く見えないが爛々と光る二つの瞳だけがやけにギラギラと光って気味が悪い。

 口は妙に大きく広がって口の端には唾液が泡になってへばり付いてるし、顔の血管が浮き出て明らかに激情を抑え込めてないのが分かった。

 人間より外見が整ったエルフの表情が崩れると却って悍ましく見える、顔の造詣が整ってるのも場合によっちゃ醜悪さを際立たせて逆効果だな。

 

「キっ、貴様ラ愚かナ人間如キが我々エルふの崇高ナ歴史ヲ否定すルダと!?認めン認メん断ジて認めンんッ!」

「ちゃんと感情を抑えて喋れよ賢いエルフ様よ」

「どうして父上は、そうやって相手を煽るんですか」

「言っても無駄だって、性格が悪いのは昔から分かりきってるじゃない」

「母上がどうして父上と御結婚されたのか、世界は謎に満ちてますね」

「あんたも爺臭いくせにやたら学園のお嬢様方にモテてるでしょ」

「ちょっと待て、その話を俺は聞いてないぞ。ライオネル、お前は兄さんの娘と婚約してるのに学園の女子に手を出してるのか!?」

「してませんよ!邪推は止めてください!」

「私ノ話を聞ケ人間ンんッ!!!」

 

 あ、眼鏡エルフがキレた。

 上擦った声が裏返って本当に毒虫の羽音みたいになってる。

 流石にやり過ぎたか、

 でもコイツが原因でこんな事態になってるから手加減したくないなぁ。

 

「オ前ら人間ヲ遺跡かラ逃がス訳にハいカンっ!!」

「じゃあどうするつもりだ?」

「こウシてやルっ!!」

 

 眼鏡エルフは近くにあった機械を叩く。

 同時に怪物が詰まった円柱状の水槽が上方向に動き出した。

 零れた水槽の液体が床を濡らして現れた怪物達は出産直後の獣にも見える、はっきり言って吐き気を催したくなるほど悍ましい。

 こいつらを見てると遺跡の技術は今の世界にとって危険過ぎだ、この場で跡形も無く消し去るのが一番かもしれないな。

 

「死ネ!!死ね!!死ネぇえぇぇ!」

「全然崇高な種族に見えないぞエルフ様、ちったぁ高貴で賢い御姿を見せてもらえますか?」

「黙れえェぇッ!!」

 

 やっぱこうなるのかよ。

 どうして俺の人生は波乱に満ちてんだろう、遺跡の提案を却下しない方が少しはマシな流れになったか?

 

「何で父上は不必要に相手を煽るんですかッ!?」

「もう最低!!信じらんないわっ!!」

 

 子供達が冷たい、遺跡に入る直前まで初々しい新兵みたいだったのに。




リオン達と遺跡の会話回、基本的に今作リオンはロストアイテム関連で世界を混乱させたくない派です。
遺跡としては新人類の末裔である現人類の支配者階級に取り入って暗躍し、徐々に人間達が自分に依存して社会が立ち行かなくなって欲しいと考えてます。
ルクシオンやイデアルのように戦闘力を持たず技術依存なので成功率はあまり高くありませんが。
リオンに煽り続けられる眼鏡エルフが若干可哀想ですがもっと可哀想な目にあいます、まぁヴィランだから仕方ありません。
次章からバトルに突入します、この部が終わるまであと何回戦えばいい…?(遠い目

追記:依頼主様のリクエストによりsugu様、05__sio様、ばりまる様にイラストを描いていただきました。
本当にありがとうございます。

sugu様 https://www.pixiv.net/artworks/140753404(成人向け注意
05__sio様 https://www.pixiv.net/artworks/140797562(肌色多め注意
ばりまる様 https://www.pixiv.net/artworks/141061690

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。