婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第16章 パワーバランス●

 問.嫁が猫耳紐ビキニでベッドに潜り込んでいた場合に於いて、何故そのような事態が起きたかを述べよ

 答.俺の頭が完全にイカれた

 

 いや、どう考えてもそれしか答えが出ない。

 貴婦人の佇まいを決して崩さないアンジェがこんな格好で寝室に居る事がありえない。

 どう考えてもエロい格好をするような性格じゃない筈だ。

 あまりの事態に脳が思考停止する。重い沈黙が室内に漂い始める。

 何言えば良いんだよこの状況、何言っても墓穴を掘る未来しか予測できねぇ。

 

「…………」

「…………」

「が、がお~…」

「…………」

「頼むから何か言ってくれ…」

「朝一番に医者を呼ぼう、思ってたより戦場のトラウマで脳にダメージが残ってるらしい」

「そこまで酷い姿じゃないだろう!?」

 

 酷くはない、むしろ俺の好みド真ん中です。

 子供を産んでも崩れない体がきれいだし、頭に付けた猫耳カチューシャも良い。

 可愛さと艶かしさが同居してるのが実に倒錯的だ。

 うちの領地にも獣人は居るし何ならバルトファルト家の使用人として数人か仕えている。

 基本的に亜人は人間の間に子が産まれないのでわざわざ人間がエルフや獣人に仮装する必要は無い。

 

 むしろ奴隷扱いされる亜人も多いから仮装するのを屈辱と感じる貴族も多い。

 でも、こうしてアンジェが仮装すると途端にエロくなるのは何故かな?

 凄く興奮するんです。

 だからってこんな状況でアンジェを抱き始めるほど無神経じゃない。

 性欲より状況の把握が最優先。

 呼吸を整えやや前かがみでベッドの上に座る。

 

「何でこんな事をしてんだよ?」

 

 アンジェを問い詰めるように尋ねる。

 目を泳がせ首を左右に揺らすアンジェが本物の猫のように愛らしい。

 何より大きな胸がゆさゆさと揺れるのが凄い。

 ダメだ、エロい考えしか頭に浮かばねえ。

 アンジェに何か着せないと話が一向に進まない。

 とりあえず着ているバスローブを脱ぐとアンジェが頬を赤らめる。

 いや、抱かないからね。すごく抱きたいけど!

 

「ほら、これ着ろ」

 

 そう言ってバスローブを手渡す。

 湯冷めするかもしれないがこの状況が続くよりはるかにマシだ。

 何とか理性を総動員してアンジェに服を着せた。

 これで暫くは大丈夫だろう。

 

「そんな格好して何したかったんだよ」

 

 心底呆れた口調で話しかけるが、敢えてぶっきらぼうな対応をしないとどうしてもアンジェの色香で集中できない。

 

「リオンが落ち込んでいたから励まそうと思っただけだ」

 

 漸くアンジェがポツポツと話し始める。

 まだ猫耳カチューシャを付けてるから申し訳なさより可愛さが上回ってるけど。

 

「戻って来た時は大分憔悴してたからな。過労で寝込むとは思っていなかった」

「そんなに疲れ切った顔してたかな俺?」

 

 無理を承知で従軍した後に王都で知りたくもない王家と公爵家の争いを目の当たりにして寝付けない夜が続いたのがマズかったか。

 鏡に映った自分の醜い顔を眺めるほど自己愛が強くないからわからんけど。

 

「せめてこう、妻としてリオンの心を癒す手助けをしたかったというか」

「そこは素直に嬉しい、嬉しいけど方法がおかしいぞ」

 

 方法がアレ過ぎて股間に悪い!

 

「男性は戦の後は気が昂って女を抱かずにはいられないと耳にした」

「そういう奴もいるけど、だからってソレはないだろ」

 

 戦場で兵の欲求不満解消ってのは大きな問題だ。

 上官の目が届かない場所で略奪や暴行を行う兵は多い。

 放置すれば住民に被害が出るし、理解の無い上官として後ろから撃たれかねないし、手っ取り早く同性愛に走って軍内の風紀が乱れるのも御免蒙りたい。

 貴族の中には戦場に愛人や妾を連れ込んで、自分はろくに戦わず女を抱いて兵には命を捨てて戦えと命じた馬鹿貴族が前の戦争には本当に存在した。

 

 そんな奴は戦後に軍紀違反で処分されたけど。

 戦争には金がかかるから目利きの商人は酒・煙草・甘味に混じって性産業の品々を売りつけて来る。

 中には戦火で家を失った女子供を奴隷として売ろうとする悪徳商人すら現れる。

 下手に規制すると士気に関わって兵の叛乱が怖いから加減が難しくて頭が痛い案件だ。

 今回の戦争は数ヶ月で終わったから、そこまで風紀を気にする必要が無かったのが救いだった。

 

「戦後に離婚する貴族が多いからリオンを労おうといろいろ準備していたんだぞ」

「どこからそういう情報仕入れてんだよ」

「艶本や風俗誌、あとは付き合いのある地方領主の奥方達だな。なかなかに興味深い内容だった」

「それ絶対に揶揄われてるだろ」

 

 間違った情報をアンジェに教えて俺達夫婦を玩具にしやがって。

 おかげで滅茶苦茶興奮したぞ、本当にありがとうございます。

 

「その結果がエロ衣装って訳か?」

 

 気まずそうに頷くアンジェ。俺の嫁は可愛いけどどこか危なっかしい。

 

「まさかその格好で家の中を歩き回ってないよな」

「そんな恥ずかしい真似をするはずないだろう!」

 

 怒り出すアンジェだが、普通はそんな衣装で寝室に潜り込んだりしないぜ。

 周囲を見渡すとベッドの傍にガウンが落ちている。

 

「寝室を訪ねてベッドに潜り込んだらリオンが居なかった。戻ろうと思った瞬間に浴室から出たリオンと鉢合わせして焦ったぞ」

「パニックになるぐらい恥ずかしいなら止めておけよ」

 

 溜め息をついてアンジェを見つめる。

 俺の嫁は頭が良い割に時々変な暴走をする。

 まぁ、それだけ俺の事が心配なんだろう。

 

「余計な心配をかけて悪かった、明日から復帰するからもう寝ろ」

 

 それで今夜の馬鹿騒ぎはお終いだ。

 話を切り上げようとしたがアンジェが睨んでくる。

 夫婦喧嘩で見せる可愛い怒り方じゃなくて子爵夫人としての統治者として制御された怒り方だ。

 この怒り方をされると俺は逆らえない。

 貴族として、領主としての俺の至らない部分を指摘するからだ。

 

「嘘だな」

 

 そう言って目を細めて俺を見つめて来る。

 人の上に立つ存在として育てられた生粋の貴族が其処にいた。

 頭に付けたままの猫耳カチューシャでも放たれる圧力を相殺できない。

 むしろ大型の肉食獣が人間に化けたような怖さを感じる。

 本当にこのまま体を貪り食われてもおかしくないと思わせる絶対強者が俺に命じている。

 『嘘をつくな、質問に答えろ』と。

 そう言われたら逆らえないのが俺なんです。

 バルトファルト家の力関係で最上位に居るのがアンジェだ。

 子爵なのに、当主なのに妻の尻に敷かれてるのが俺です。

 まぁアンジェの尻に敷かれるなら悪い気はしないんだけど。

 

「普段は文句ばかり口に出すから私自身が宥め賺してご機嫌を取らなければいけないのがリオンだ」

「人を手間のかかる子供みたいに言うなよ」

「違うのか?」

「……違いません」

 

 俺が愚痴ってもアンジェは俺を見放さない。

 むしろ心配してあれこれ手を打つ。

 五人兄弟で育ったせいか、いまいち両親の愛情が足りないと思っていた反動でついついアンジェの好意に甘えてしまう。

 流石に家族や子供達の前じゃやらない。

 俺達二人きりの時限定でイチャイチャすると心が落ち着くから止めるつもりは無い。

 

「そのくせ自分が本当につらい時は一人で解決しようとして状況を悪化させる。普通は逆だろうに」

「まるで俺が臍曲がりの根性悪みたいじゃん」

「普段なら私がこんな格好をしていたら嬉々として抱こうとするだろう。さっさと寝ようとする時点で弱ってる証拠だ」

 

 そう言われると言い返せない。

 敢えてヘタレた部分を晒し甘える事はあっても、本当に情けない姿を見せてアンジェに失望されるのは嫌だ。

 領主になったし、子供も産まれたせいか昔より周囲の視線を気にかけるようになった。

 俺が情けないのは承知の上だが、俺のせいで皆に迷惑を被るのは避けたい。

 

「王都でいろいろあった。もう俺が陞爵するのは確定事項らしい」

「遅いか早いかの違いだけだ。今までの功績を鑑みたら寧ろ遅いと言っていい」

「王家と公爵家は俺を引き込もうとしてパーティーで取り合いを始めた。何やってんだか」

「それだけ皆がリオンを評価している、誇りに思えバルトファルト伯爵」

 

 なんとも気が早い事で。

 俺の評価が上がる度に違和感が生じる。

 そもそも俺は兄さんがバルトファルト家の家督を継げば否応なしに平民に為らざるえない立場だった。

 たまたま戦場で生き残り、たまたま戦功を上げて、たまたま公爵令嬢と結婚しただけの平々凡々な男。

 領地経営が軌道に乗ったのはアンジェの手腕で俺自身はろくな実績を上げていない。

 華やかな王都を見た後だと未だ発展途上のこの領地が冴えない田舎に見えて仕方ない。

 

 おまけに今回の戦争の最終決戦ではファンオース公国が操っていた超大型の怪物とホルファート王国が秘蔵していたと思わしきロストアイテムの大型艦が激しい戦いを繰り広げた。

 その光景を間近で見た瞬間、ふと俺の心の中で何かが腑に落ちてしまった。

 この世には世界の有り様を変えてしまう英雄や超常的なロストアイテムが実在する。

 そして、俺はそんな世界に選ばれた英雄ではなく地を這う虫みたいに小さな存在に過ぎない。

 どれだけ足掻こうとも国の争いや時代の変化に抗えるような力なんて持っていない。

 それどころか嫁や子供や家族を護るのも覚束ない。

 

 こんな俺が本当にアンジェを幸せに出来るんだろうか?

 優秀なアンジェはどう見ても向う側に居るべき存在だ、俺とは何もかもが違う。

 ライオネルとアリエルを理由にこの地に縛り付けているだけじゃないのか?

 俺にとって、バルトファルト領にとってアンジェは必要不可欠な存在だ。

 だがアンジェの立場からすれば俺は重荷でしかない。

 今回の戦争で心の折れた俺には何もかもが空虚に見えてくる。

 

「なぁ、アンジェ」

「どうした」

「俺と結婚して幸せか?」

 

 つい弱音が口から零れ落ちた。

 俺を見るアンジェの視線が痛い。

 それでも旦那としてのケジメだけはしっかりとしておきたい。

 

「こんな田舎暮らしで本当に幸せか?ドレスも宝石も知り合いも無い。結婚相手は成り上がりの醜男で釣り合いが取れてない。罰みたいに王都を追われて俺なんかと結婚して本当に満足か?」

 

 アンジェと出会った頃の俺は本当にボロボロだった。

 病んだ俺を必死に看病して領地の経営を引き受けてくれたアンジェにはどれだけ感謝しても仕切れない。

 アンジェ以外と結婚したら今の俺とバルトファルト領はありえなかった。

 せめて幸せになって欲しいが俺に出来る何かは公爵家で育ったアンジェにとっては然したる代物じゃない。

 徐々にだが王都でのアンジェの悪評は治まりつつある。

 レッドグレイブ公爵家が力を増した今ならお近づきになりたい貴族も多い筈だ、

 俺より条件が良い貴族と再婚も不可能じゃない。

 

「痛ぇッ!?」

 

 右頬に突然痛みが走って思わず悲鳴が出た。

 前を見ると怒りに震えたアンジェが俺の左腕を俺の顔に差し伸ばされていた。

 俺の気が緩んでいた隙に攻撃を仕掛けるのはアンジェの得意技だ。

 俺は精神的にも肉体的にもアンジェに勝てない。

 

「何を言い出すかと思えば、実にくだらん事でウジウジと悩んでたのか」

 

 痛い痛い痛いゥ!

 爪を立てながら思いっきり捻るせいで痛さが段違いが段違いだ。

 おまけに怒ったアンジェの顔が俺を威圧して逃走の意思を挫くから逃げられない。

 逃げたらもっとひどい目に合わされるし。

 思いっきり地雷を踏んだ、後悔しても遅い。

 これからアンジェの機嫌が直るまで説教されるのは確定事項。

 泣くまで罵られるのは勘弁して欲しい。

 

「リオン・フォウ・バルトファルト!」

「はい!」

「私は誰だ!?」

 

 質問の意図が分からない。

 でも、黙ってたらますます不機嫌になるから取り敢えず答える。

 

「アンジェです」

「正式名称は?」

「アンジェリカ・フォウ・バルトファルト」

「つまり?」

「俺の妻です」

 

 当たり前の事実を口にする。

 解答に満足したのかアンジェがようやく手を放してくれた。

 痣になったらどうすんだよ。

 

「そうだ、私はリオンの妻だ」

「うん、それで?」

「分からないか?私は公爵家の令嬢でも、王子の婚約者でもない。リオンの妻だ」

 

 そう言ってアンジェはさっきと違って俺の頬を優しく撫でてくれる。

 

「此処に来たのは確かに政略的な物だ。それでも私は自分の意思でリオンの妻となった。誰かに命じられるままに生きてきた私が初めて自分の意思で選んだ」

 

 俺の何処に惚れたのか分からないから悩んでるんだけどな。

 

「私が一度として都に戻りたいと口にした事があったか?」

「でも今なら悪い評判も少なくなったから公爵家に戻っても問題は無いだろ」

「そんなに私と別れたいか?」

「嫌に決まってる」

 

 それだけは嫌だった。

 でも惚れた女に幸せになって欲しいのは男の甲斐性なんだよ。

 

「俺は大した人間じゃないよ、アンジェに尻を蹴られて漸く立ち上がれる程度の男だ」

「それは承知している」

 

 けっこう辛辣だな俺の嫁さん、聞き流すけど。

 

「辺境伯とか中央のお偉いさんなんてどう考えても俺に不相応なんだ。アンジェの手柄を横取りしてるからこの領地を上手く経営してるとみんなに思われてるだけさ」

「それの何処が不服なんだ?」

「俺を過大評価してる王家と公爵家の主導権争いが始まる。どちらに付いても片方を敵に回す」

 

 失墜しつつある王家に比べて公爵家の勢力は増えつつある。

 ホルファート王国が実質レッドグレイブ王国になるのは時間の問題だと政治に疎い俺でも実感した。

 それだけなら公爵家に味方すれば良いだけの話だが、今回の戦争で王家は秘蔵していたロストアイテムを持ち出した。

 もしロストアイテムを使われたら大人しく降伏するしか方法が無い。

 公爵が王家に叛逆して討たれたらレッドグレイブ家の血筋全員が罪人と裁かれる。

 アンジェはもちろん俺の子達も処刑対象になる。

 それは嫌だけど公爵家に味方しても勝ち筋が見えない。

 王家に臣従すれば義父や義兄を見殺しにする羽目になる。

 どう転んでも破滅する未来しか残っていない。

 

「俺は王家と公爵家がどうなろうと構いやしない。でもアンジェ達が巻き添えになるのだけは避けたいんだよ」

「それが悩みか」

「俺の空っぽの脳みそじゃ良い案なんて浮かばない。どう足掻いても巻き込まれる」

 

 真剣にアンジェに語り掛ける。

 家族の誰にも相談できなかった、領主として情けないが俺には打開する知恵も力も無い。

 破滅を待つだけなんて嫌だ。

 

「実に他愛のない事で悩んでたのか。リオンらしい」

 

アンジェの返答はあっけらかんとしていた。

 

「他愛のないってなんだよ。王家と公爵家の争いだぞ」

「そうだな」

「国が真っ二つになるかもしれない」

「その可能性は高いな」

「どっちに味方しても恨みを買う事になるぞ!」

「それがバルトファルト領に何の関係がある?」

 

 俺の苦悩を聞いてもアンジェは表情を変えない。

 言葉の意味を理解してないのか?

 いや、俺よりずっと賢いアンジェが俺が教えた断片的な情報で事実を把握できない訳がない。

 アンジェは物分かりの悪い子供に教えるように俺の額を突いた。

 

「リオンは王家に忠誠心など持っていないと常々言ってただろう」

「あぁ」

「公爵家も面倒事を押し付けると辟易してたではないか」

「義父さんには申し訳ないけどな」

「なら従う必要が何処にある?勝手に争わせておけば良い」

「それでいいのかよ!?」

 

 とんでもない事を言い始めたぞコイツ!?

 

「国を統べる最低条件とは何だと思う?」

「政治力とかカリスマかな」

「違う、軍事力を独占する事だ」

 

 アンジェ先生が俺に対し噛み砕いて説明する。

 

「力さえ有れば反対する者を黙らせられる。不平不満は溜まるがな」

「なら、やっぱり王家に従うしかないじゃん」

 

 戦争で見たロストアイテムの大型艦。

 もしあの大型艦がバルトファルト領に攻めて来たら降伏するしか手は無い。

 

「おかしな話だと思わないか」

「何が?」

「そんなロストアイテムを王家が秘匿していたのなら、どうして前の戦争で使わなかった?」

「……確かにそうだな」

 

 あの力が有ればもっと早い段階で戦争を終わらせられるし被害も少なかっただろう。

 上手くいけば王国の勝利で問題解決するから今回の戦争も無い筈だ。

 

「つまり前回は起動できなかった。若しくは修復している最中だったと考えるのが自然だ」

「王家としても使いたくても使えなかった訳か」

「そして今回の戦争ではどうなった?」

「超大型の怪物と戦って損傷してたぞ」

 

 今回の戦争も王国の勝利とは言っても無傷じゃない、各方面に様々な損耗を出した。

 王家の大型艦も例外じゃなくて超大型の怪物の攻撃で轟沈しなかったがかなりダメージを負った。

 

「王家が複数所有しているなら話は別だが他の大型艦を起動させず一隻だけを動かすのは不自然だ」

「確かにそうだな」

「ならばロストアイテムで攻めて来る可能性は低いだろう」

 

 アンジェに論理的な説明されると徐々に頭を覆っていた靄が晴れる気分になって来る。

 

「それに今の王国は人材難だ。わざわざ内乱を誘発して臣下を減らす愚行は控える筈だ」

「もし内乱が起きたら?」

「その時に考えればいい」

 

 それでいいのか?

 むしろ何か対策をするべきだろ。

 

「楽観的過ぎると思うぞ」

「では逆に尋ねる。アルゼル共和国が滅亡すると予め分かった者が存在したと思うか?」

 

 そう問われると反論できない。

 共和国は本当に何の予兆もなく滅んだ。

 支配していた六大貴族なら真相を知っているだろうがその殆どが国の滅亡と共に命を失った。

 各国の首脳陣ですら今も真相究明に明け暮れている。

 

「共和国の滅亡、周辺国の介入、王国と公国の再戦、切り札を用いた最終決戦。これを最後まで予見できた者がいるならそれは神か予知能力を備えた輩だ」

「じゃあ俺の心配は無意味なのか?」

「無意味ではない。不測の事態を想定するのは貴族として当然の責務。だが見通せない未来に怯えるのは愚かだ」

 

 アンジェが俺の頭を撫で始める。

 親が子を褒めるみたいな優しい手付きが少し恥ずかしい。

 

「私達はその場その場で最善と思う方法を選択するしかない。だから過剰に怖がるな。私はリオンの隣に居る」

「もし公爵家と争う事態になったらどうするんだよ」

「父上と兄上に対し情は持っている。だが今の私にとって最優先なのはリオンとライオネルとアリエルだ。この優先順位は覆らない」

 

 アンジェが俺の額にキスをした。柔らかい感触が伝わってくる。

 それと同時に体の一部が熱くなる。

 

「アンジェがそんなに見込むほどいい男だと自分じゃ思わないんだけどな」

「さっきから随分と自分を卑下しているな。王都で何があった?」

 

 何で俺の嫁さんはこうも察しが良いんだろう。

 たぶん浮気とかしたら秒でバレるな。

 

「王都の祝勝会に招かれてさ。初めて王城に入ったんだ。壁も床もピカピカに磨かれて調度品も豪華で」

「うん」

「美男美女が着飾って美味いもん食って良い酒を飲んで育ちの良い会話してるのを見たら俺がみすぼらしく思えた」

「そうか」

「最後は王子に会った。見た目は確かに凄い美形だったよ。あれなら国中の女は夢中になるな」

「殿下は見た目こそ麗しいが至らない部分も多いのだが」

 

 溜め息をついてアンジェを見る。

 百人中百人が美女と認めるだろう。

 そんな美女が俺なんかの嫁で良いのか?

 

「うちにはアンジェに贅沢させるだけの財力が無い。せいぜい温泉がある程度だ。俺みたいな醜男と結婚して仕事で苦労をかけてばっかな事に今さら気付いた。ダメな夫ですまない」

 

 頭を下げてアンジェに詫びる。

 そんな俺を見てアンジェは笑い出した。

 

「あぁ、なるほど。そういう事か」

「何がおかしいんだよ」

「気付いてないのか?本当に?」

「分からないから聞いてるんだろ」

 

 俺が戸惑っているのにアンジェは笑い続けてる。

 何がそんなにおかしいんだよ。

 

「リオンは殿下に嫉妬しているんだよ」

 

 なんかアンジェが物凄い誤解してる。

 

「いやいやいやいや。ありえないってそれは。何で俺が王子に嫉妬するんだよ」

「やたら殿下を引き合いにしていたな。『美形』だとか王城の壮麗さを気にしたり」

「アンジェと婚約破棄した馬鹿王子なんてどうでも良いってば」

「いつものリオンならそうだ。減らず口を叩いて王家に気圧されたりしない」

 

 そこまで言われると自分でも思い当たる節が出てくる。

 田舎暮らしを卑下したり、王家に従うのを仕方ないと思ったり。

 単に疲れが溜まってただけじゃなくて王子に負けたと自分で思い込んでたって訳か。

 情けねぇな俺。

 

「アンジェは凄いな。何から何までお見通しって訳だ」

「そうでもない。リオンだから気付いただけだ」

「分かり易いなぁ俺」

「そこが良い所だ」

「良くねえよ。俺は嫁と子供から頼られる男になりたいの」

 

 ふて寝するみたいにベッドに上に寝転ぶとアンジェが近づいて来る。

 その膝に頭を乗せる。

 後頭部から伝わる柔らかい太腿の感触が気持ちいい。

 

「……また人がたくさん死んだ」

「そうだな」

「俺は英雄なんかじゃない。いつ死んでもおかしく凡人なんだよ」

「知っている」

「もし戦死したら俺なんかすぐに忘れて再婚しちゃえ。みんなが幸せならそれで良い」

「断る。喪服を着て毎日墓参りしてやろう」

 

【挿絵表示】

 

「俺は迂闊に死ねないのかよ」

「死にたくないと思うぐらいに幸せにするから覚悟しておけ」

 

 そう言ってアンジェは俺にキスをする。

 ダメだ、勝てない。俺は一生コイツに夢中だ。

 口の中にアンジェの舌が侵入してきた。

 このところ寝込んでいたせいか抵抗できない、いつもなら俺の方から求めるのに今日は逆だ。

 

「安心したから今夜はもう寝ようぜ。明日からは俺も働くし」

「………」

 

 何とかアンジェを止めようとしたら思いっきり睨まれた。

 あれ、何かしくじったか?

 

「リオン、お前はこの格好を見て何も思わないのか?」

 

 どう思うって抱きたいと思ってるよ。

 ただ、さっきまでいい雰囲気だったのに手を出したらアンジェの体目当てみたいで気が引ける。

 

「こんな格好をしてまでお前に抱かれたいと思っていたのに私の決意を無下にする気か?」

 

 そう言ってアンジェは俺の上に覆いかぶさった。

 力自体は大したものじゃない、引き剥がそうとすれば出来る。

 なのに気力が衰えてるから抵抗できない。

 

「気乗りしないからと言って房事を控えるとは随分と身勝手な振る舞いだぞ」

「アンジェを馬鹿にしてるつもりはないよ」

「出陣前日の夜は私が気絶するまで抱いたくせに、面倒だから抱かないとは侮辱以外の何物でもない」

 

 あ、ヤバい。

 完全にアンジェの目が据わってる。

 こりゃ納得いくまで相手をしないとずっと怒りっぱなしだ。。

 覚悟を決めて唇を重ねる。

 

「誘ったのはそっちだからな。加減なんかしないぞ」

 

 顔を赤らめたアンジェが嬉しそうに舌を絡めてきた。

 離れ離れになった方が愛が燃え上がるなんで噂が巷にはある。

 アンジェとより仲睦まじくなる為に従軍したと思えば割に合ったのかもしれない。

 二度とごめんだけど。

 アンジェが隣にいるなら、きっと俺は大丈夫なんだろう。

 何の心配は無い、心ゆくまでアンジェを抱いて明日から真面目に働こう。

 

 俺とアンジェが疲労と筋肉痛で寝込み復帰したのはその二日後だった。




田舎のモブ貴族に宮仕えはつらいよの回。
「ロストアイテムの強さや攻略対象の美形っぷりを傍から見ているとこんな気持ちなんだろうな」というモブ視点で。
ホルファート王家の船とフォンオース公国の超巨大怪物の戦闘を間近で見たら叛乱の意思も挫かれるのも仕方ありません。
やはりルクシオンは偉大。
アンジェが凄く出来た妻ですが、原作本編でもレッドグレイブ家よりリオンを選んでいるので違和感は少ないかと。
アンジェとリオンのイチャイチャ(エロ)を書きたかっただけとも言います(暴露

追記:依頼主様のおかげで実靜様にイラストを描いていただきました。ありがとうございます。
実靜様:https://www.pixiv.net/artworks/109447775
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