婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
扉が開いた。
どういう理屈で動いてるのか分からないが、この遺跡にある扉は長い年月によって壊れた場所を除けば中枢で制御されている。
つまり遺跡が通したい人間を取捨選択できるって訳だ、俺達やエルフ達はあくまでも遺跡の意思に沿って動かされる盤上の駒に過ぎない。
球っころと違って遺跡は他人を攻撃する手段は持っていない、あるのは生き物を生み出し改造する技術だけ。
だが遺跡は虚実を混ぜた言葉を上手く使いエルフ達の行動を誘導してる。
遺跡の奴はきっと『自分は技術を提供しただけに過ぎず、事件の責任は行動したのは人間を憎むエルフ達にある』と嘯く光景がありありと想像できた。
そんな遺跡の思惑に付き合ってるのはアンジェを助ける方法を持っているのが世界でこいつしか居ないという理由だけだ。
用が済めば旧人類の技術が二度と悪用されないように施設を破壊しようと思っていた。
其処に憎しみや怒りは存在しない、あくまでも世間を騒がせる厄介な代物を人知れずに処分する程度の感覚で行動していたつもりだ。
そのつもりだった、と言うべきか。
球っころや遺跡は主人である旧人類の意思に基づいて行動してるロストアイテムだ。
命を奪う刃物や銃といった道具に対し怒るのは筋違い、道具を悪用する使い手にこそ罪が問われるべきだと俺の理性は何処か冷めた判断を下してこの問題に深い関わりを下げるべきだと告げている。
そんな大人な対応を心掛けていた俺の理性は開いた扉から現れたそれを見た瞬間に霧散した。
今の俺の心の中では初めて遺跡に対して殺意と怒りが湧き荒れ狂ってる。
ボリッ… ガリッ…
まるで自室で我が物顔で歩く偉丈夫のようにそいつは何の気負いも無く俺達が居る遺跡の中枢に入ってきた。
体の形は人間や亜人とほぼ同じ、二つの腕で物を持って二つの脚で立ち歩く。
だがその大きさは明らかに規格外の大きさだった。
俺はもちろんだがホルファート王国貴族として最上位な肉体の持ち主であるグレッグと比較しても明らかに桁が違う。
あの筋肉バカですらこいつと比較すれば大人と子供程度の差で話にならない、しかも相手は前屈みの姿勢ときてる。
しかも体の厚みは身長よりさらにヤバい、腕や脚の太さは成人した男の胴回りぐらいある。
身長をそのまま上に伸ばしても体躯が逞しくなるとは限らない、筋肉を支えられる頑丈な骨格が無けりゃ瘦せた案山子のように頼りなく細長くなっちまう。
はち切れそうな筋肉が人間や亜人とは明らかに違う漆黒の肌の上からでも一目で感じ取れる、肉弾戦でこいつに勝てる人間は存在しない。
そんな頑健な体の上に載ってる頭は異様だった。
獣の頭、獅子にも狼にも似た獣の頭をそのまま逞しい人間の体に無理やり繋げたような強烈な違和感。
亜人達の中には獣の特徴を多く持つ獣人が存在する、だけどそれは獣の耳や尻尾に体毛の濃さという程度だ。
こんな肉食獣を無理やり人間の形に圧し込めた印象の獣人は俺の知る限りで存在しなかった。
突き出た口吻から見える牙はたぶん俺の指ぐらいの太さと長さはある、あんな物で噛まれたらどんな場所でも動脈を噛み裂かれて大量出血は避けられない。
そんな牙にボリボリと音を立てながら嚙み砕かれているのは何者かの死体。
人間か、それともエルフなのか俺が立っている場所からは分からない。
空調の音すらも掻き消す大きい咀嚼音だけが部屋に響き渡る。
『今すぐ何か行動しないと』
この場に居る全員がそう思っているに違いない。
だけど突然現れた乱入者がどれだけ危険なのか、死体を喰らうその姿を見るだけで尻込みしているのが分かる。
俺自身もそうだ、出来ればこんな怪物と関わらずにやり過ごしたい。
ふと獣人の左手に何かが握られている事に気付く、丸いそれを鷲掴みにしたまま獣人は死体を喰らう事に夢中だ。
まるで家畜の骨付き肉を食べるように死体の手足が飲み込まれていく、骨が砕け肉が裂ける音がやたらうるさくて堪らない。
死体の断面から見える桃色の内臓、傷口から流れる紅い血の鮮烈な色彩が部屋の照明に照らされて吐き気が込み上げてきた。
こんなに損壊してる死体を見るのはファンオース公国との戦争以来だ。
体中の古傷が疼き始め、忌まわしい記憶が蘇るのを必死に圧し留めて獣人へ視線を向け続ける。
あの桁外れの肉体が備える戦闘力は測り知れない、分かるのは人間を遥かに超越してる事だけだ。
恐ろしい怪物から一瞬でも目を離してしまえば一体どうなるか、俺達はそんな恐怖に衝き動かされて惨たらしい食事を見つめる事しか出来ない。
獣人が右手で掴んでいた死体ではなく左手の丸い物を口に近付けていく。
照明に照らされたそれが何なのか、漸く俺達は把握する。
丸いそれはエルフの頭部、首を裂かれ胴体と別れた頭部を果実のように獣人は左手で弄ぶ。
ゾブゥ…
湿った音と同時にエルフの頭部の何割が消えた。
いや、消えたんじゃなくて獣人に噛まれた部分が口の中に納まっているだけだ。
嚙み裂かれた断面は溢れた血や様々な液体で良く見えないのが辛うじて救いと言えるな、頭頂部近くの白っぽい何かはおそらく脳だろう。
ふと欠けたエルフの頭部に残った眼球と俺の視線が合った、恨めし気な表情で固まり濁った眼が何を訴えている。
それは救いを求めているのか、それとも次の犠牲者は俺達だと注意を促していたのか分からない。
感情が囁く。
「止めろ、この場は大人しくやり過ごせ」
理性が告げる。
「あの獣人が死体を喰う事に夢中になってる隙を狙え」
喰われてる相手はエルフ、しかも人間を嫌ってる過激派だ。
恨みこそあっても助ける義理、ましてや仇を討ってやる必要なんて微塵も存在しないはず。
だけど今をやり過ごしても獣人が死体を食い尽くした後はどうなる?
あれだけデカい体なら胃袋だって相応にデカくなる筈だ。
そうなれば次に狙われる相手は誰だ?
俺か、エルフ達か、それともライオネルか、或いはアリエルかもしれない。
食事、排泄、睡眠、性交といった生理現象はどんな生物にとっても避けらず隙が生じる。
化け物を討つ為に隙を狙うのは正しい戦術だ、神話の英雄達も怪物を倒す為に様々な策を弄していたはず。
圧縮された時間の中で様々な思考が交錯し、気が付くと俺の体はライフルを握りしめ射撃体勢に移っていた。
冷めた理性が頭に宿り、熱い闘志が胸を燃やして静かな殺意に昇華されていく。
吸い込んだ空気が肺に留め、吐気と同時に腹を据える。
体の芯まで沁み込んだ動作は俺の意思が乱れても規則正しい体勢へ動き冷酷に命を奪う準備を整えた。
決意からたった十数秒で俺は獣人を撃ち殺そうとしてる、その冷徹さが我ながら恐ろしい。
あとは引き鉄に掛かった指に力を込めるだけ。
そう思った直前、今まで死体を喰らっていた獣人が俺の方へと顔を向けた。
黒い孔。
例えるならそんな感じだ。
もちろん実際に目が在るべき場所に眼球が無いのとは違う。
相手が何を考えているか悟らせない、異常に大きな黒目が黒真珠みたいに光を反射しながら俺を見つめている。
意思の疎通が出来るとは全く思えなかった。
単純に俺をその辺の地面に這い回ってる鼠や兎と考えてる、そんな感じだ。
鬱陶しいなら蹴って追い払うし、腹が空いていたら捕まえて食材として料理する。
あまりに隔絶した強さの違いに敵とすら思われていない、その事実を理解したと同時に引き鉄に掛かった指に力が込められていた。
ダァアァン!
銃声が部屋に響き渡る。
同時に何かが床へ落ちた物音も耳にした。
銃口を標的に向けたまま素早く排莢を行なう、残心ではなく相手の反撃に対処する為に構えは解けない。
素早くて目で捕捉するのは無理だった、唯一分かったのは獣人に向けて放たれた銃弾がその後ろの壁に当たって跳ねた事だけ。
人を狙って銃を撃つなら胴体が一番当たりやすい場所だ。
頭部は確かに急所だが俯く、首を傾げる、振り返るといった動作だけで簡単に外れてしまう。
手足も相手が激しく動いている状況で当てる事はほぼ不可能に近い。
狙うのなら胴体が一番当たりやすい、面積が広い上に生命の維持に不可欠な心臓、肺に加えて消化器官に被弾すれば出血や炎症で死に至る。
俺が狙ったのは胸と腹の中間辺り、幸運の女神が微笑んでくれなきゃ銃弾を避けられない場所だ。
それが避けられた、しかも人間では有り得ない動きで。
もしも獣人が避けてから同じ姿勢を数秒間も保ち続けなきゃ俺にも分からなかっただろう。
奴は俺の指が引き金に掛かり弾丸が発射されるだけの僅かな時間に上半身を思いきり前へ倒した。
たったそれだけ、だが獣人の肉体は頭が床に到達しかねない無茶な体勢を柔軟な動きを可能にしているらしい。
最小限の動きで最大の効果、人間にはありえない動きと危険を察知する勘の鋭さに驚きと同時に感嘆の気持ちしら湧いてくる。
もちろん獣人には俺の考えなんて全く関係ない。
明らかに威圧感を増した獣人は食事を邪魔した俺を明確に敵と見做したようだ。
無残な食いかけを床に落としてそのまま俺が居る方向へ向き直る。
獣人のお辞儀を思わせる極端な前傾姿勢は被弾面積を減らし前進に全ての力を注いでると考えて良いだろう。
全てを俺への攻撃に割り振った構えだからこそ次に何をするのか簡単に推測できる。
後は獣人を仕留めるだけの力と策を俺が持っているか否かの問題だ。
ダアァンッ!!
銃弾は狙った場所近くの床にぶつかって跳ね返る。
「くそッ!!」
思わず口から罵声が出た。
銃を構え敵が飛び掛かる直前に引き金を絞る。
体に染みついた動きは淀み無く行われ、教本に模範例として載ってもおかしくないほど無駄を削ぎ落していた。
俺が銃弾を外してしまった原因はたった一つ、獣人の動きが有り得ないほど速かっただけ。
王都で近衛騎士を務め剣聖と讃えられるクリスも自分に向けて放たれた銃弾を躱す事が出来る。
奴曰く『相手の視線、銃口の向き、引き金に掛かったの指の動き。それらをきちんと把握すれば射線から半歩動くだけで弾を躱せる』らしい。
そんな達人が備えた神業と獣人の動きはまるで違う。
ただ獣人の動く速さが人間よりも速いという単純にして究極の答え。
俺が引き金を絞るその瞬間まで獣人は確かに狙った場所に存在していた。
だけど銃弾が発射される直前に動き始めた獣人は容易く射線から逃れ、銃弾は標的に当たる事無く近くの壁や床にぶつかり役目を果たせないまま終わりを迎える。
生物として覆す事が出来ない圧倒的な差、単純な強さが必死に立てた策略を覆す恐怖。
獣人から向けられる殺意に体を竦ませないように心を奮わせて次の攻撃に移る。
生存本能によって齎される極限の集中力が視界の隅に居た獣人の迫って来る漆黒の体を捉えた。
時間を引き延ばされたような感覚はまるで水中に潜ってるようだ、普段は抵抗を感じない空気がまるで水に変わったみたいに体に纏わり付いて動作を遅らせる感覚。
それでも体は次の攻撃に移る為に必要な動きを始めた途中で気付いてしまった。
『間に合わない』
槓桿を使い空薬莢を輩出し次弾を装填、目標に銃口を向けて引き金を絞る。
その動作をしている間に獣人の攻撃が俺に届く。
たとえ回避行動を選んでも速さでは相手の方が圧倒的に上だ。
おそらく先回りされ待ち構えた獣人の攻撃を無理な体勢で受ける事になってしまう。
僅かな逡巡の間にも時間は無情に流れていく、さっきまで回避に専念していた獣人が今度は腕を振り上げて俺に向かって来る。
攻撃は無理、回避は不可能。
袋小路の思考が結論を出すよりも先に俺の体は答えを出して動き始めていた。
咄嗟に構えを解いて握り締めた銃を振り下ろされる獣人の腕の前に置く。
ドガッ!
衝撃音と同時に体が浮遊感に包まれる。
思考が追い付かない、冷静に状況判断を行う時間も無かった。
唯一出来た事と言えば握っていた銃を手放し両腕で頭を護る事だけ。
追撃が来れば今度こそ俺は死ぬ、間違いなく。
ガシャンッ!
バァン!
ダンッ!
体が何かにぶつかって跳ね、その先でまた何かにぶつかったんだろう。
背中や肩や足が硬い物に当たり、まるで体が毬のように跳ね回ってるが分かった。
やっと動きが止まったのと同時に全身に強烈な痛みが走って危うく意識が飛びかける。
「ッア…」
何かを叫ぼうとしても口から漏れるのはくぐもった呼吸音だけ。
痛い、物凄く痛い。
腕を動かすどころか指に力を込めようとしても力が入らず耐え難い痛みに襲われた。
何処かの骨がひび、いや折れてるかもしれない。
ここまでの激痛はまだ王国軍の兵士でファンオース公国との戦時中、敵の砲撃が俺の近くに着弾して吹き飛ばされて以来だ。
着弾で起きた衝撃波で体が浮き、そのまま地面に叩きつけられたあの感触。
死なずに済んだだけで人生の幸運を使い切ったと思わせるような忌まわしい記憶。
もしあの時の体験が無ければ意識を失ったかもしれない、人生は何が糧となるか分かったもんじゃないな。
「父上ェ!」
「お父様ッ!」
ライオネルとアリエルの声が聞こえる、たったそれだけの事で何とかしないといけないと焦燥感が湧いてきた。
頭を上げて自分の位置を確認、どうやら獣人の凄まじい腕力は俺の体を壁際まで飛ばしたようだ。
次に両足に力を込め立ち上がる、少し動くだけ頭の中が痛みに染まり他の事が考えられなくなりかける。
思いっきり下唇を噛み他の場所で起きる痛みへの意識を逸らす、眩暈と吐き気が凄まじいが今動かなきゃ間違いなく死ぬ。
歩き始めようとした足に何か当たり痛みが走る、下を向くとそれは無惨に変形した愛用のライフルだった。
獣人の凄まじい力を受けたせいで硬い木材を使った木被や銃床は折れ、重心は直角に近い角度で折れ曲がってる。
もしライフルをこんな風に破壊する一撃が人間の体に当たれば撲殺確定だ。
俺の代わりに破壊されてしまった相棒に心の中で感謝を込めて拾い上げた、撃つのは無理でも杖の代わりぐらいには出来る。
「ギゃあァアっ!?」
恐ろしい悲鳴が聞こえ慌ててその方向に顔を向ける。
視線の先にはあったのは獣人に胴体を掴まれ人形のように掲げられるエルフが一人。
俺達が両手を拘束したから碌な抵抗も出来ないまま獣人の攻撃を一方的に受け入れるしか残されていなかった。
かといって俺達が拘束しなくても同じ運命を辿っていた筈だ。
あの獣人の肉体に秘められた凄まじい膂力の前では戦闘に慣れていないエルフの抵抗なんか大した意味を為さない。
悲鳴が周囲に響くと同時にエルフ達は恐慌状態に陥ってる。
エルフ達は獣人に対してしきりに何か叫んでいる、どう考えても関りがあるのは明白だ。
その一方で人間であるライオネルやアリエルには近付こうとしていなかった、どうやら標的はあくまでエルフ達のらしい。
「げほッ… おえッ…」
二人に早くそのばから逃げ出せと促す為に叫ぼうとした瞬間、喉の奥から込み上げた血を思わず吐き出した。
獣人の一撃で内臓を損傷したか、或いは折れた骨が臓器を傷付けたのか。
どちらだとしても俺の負傷は思った以上に深刻だ、この場は逃げる以外に採れる手段は無い。
「おごぉオっ!?」
新たな悲鳴があがる、次の標的もエルフだ。
掴まれた頭を握り潰されて端正な頭は熟して地面に落ちた果実みたいにグシャグシャになってる。
やっぱり俺達親子三人よりエルフ達が多いから狙われている訳じゃなさそうだ。
獣人は明確にエルフ達を標的にしている、しかも敢えてエルフ達の恐怖を煽るような惨たらしい殺し方を選んでる。
あいつらにどんな因縁があるのかは分からない、知りたくもない。
ただ一方的に殺されなかねない今の状況をを切り抜けるには囮が多い方が俺達にとって有利なのは間違いなかった。
唾液と一緒に口の中を汚す血液を吐き出し思いっきり息を吸う。
呼吸するだけで体が激痛で軋むが今すぐ死ぬわけじゃない、我慢して腹から思いっきり声を出す。
「逃げろオォッ!!」
俺の大声に促されてライオネルとアリエルは入って来た扉に向けて駆け出した。
生き物は基本的に襲って来る相手と反対方向に逃げ出す、たとえそれが相手に背を向ける行為だったとしても。
同時に仲間を喰われ恐慌状態だったエルフ達も立ち上がって逃走を開始する。
手だけ拘束し足にしなかったのは単に捕虜として扱う時の為に移動させる手間を省く為だったが、まさかこんな状況で活かされるとはな。
同時に俺も扉に向けて移動を始めた。
一歩踏み出す度に体の何処かが悲鳴を出して、激痛で意識を失いそうになるのを気力で何とか捻じ伏せる。
曲がったライフルを杖代わりにして壁際をどうにか歩くよりマシな速さで扉へ向かう。
「ぐギゃあアぁ!!」
「た、ダじげデくレえぇッ!?」
俺が移動している最中にも誰かの悲鳴が金属製の壁に覆われた部屋に反響し、噎せ返りそうなほど濃厚な血臭が周囲に漂う。
獣人の標的にならないように気配を消しながら壁際を必死に移動し続ける。
やっぱり襲われてるのはエルフ達だけ、獣人は既に死んでいるエルフを弄んだり死体を喰らう事よりも逃げ始めたエルフを仕留める事を選んだらしい。
殺戮の現場を横目で確認しながら獣人に目を付けられないように行動するのは今の俺にとって難儀な作業だ。
そもそも真っ先に攻撃した俺が殺されなかった事自体が奇跡と言える。
あの強烈な一撃を受けたそのまま俺がくたばったと思い込んだか、それともエルフ達に対する憎しみが俺への注意より勝ったのか。
とにかくいろんな条件が重なったお陰でどうにかこうして生き延びてる、昔から運は悪い方なのに何故かギリギリで死ぬのは避けてしまう辺り幸運の女神は俺に対して意地が悪い。
「早くッ!!早くッ!!お父様!!」
「お急ぎください父上ぇ!!」
先に扉から通路に出たライオネルとアリエルが必死に俺を急かす。
頼むから大声で喚かないでくれよ、こっちはさっき獣人から受けた一撃で体が碌に動かないんだ。
曲がったライフルを杖代わりにしてどうにか無理して歩いてんだよ、気を抜いて転んだりすれば二度と立ち上がれず喰われるしかない。
どうやら獣人はエルフ達を殺し喰らう事が第一目標になってる、もし動く者を手当たり次第に殺した後で死体を喰う方針に変わったら間違いなくエルフと人間の区別無く殺されてるだろう。
『……扉を閉めてください』
『いいの?まだ生き残ってるエルフや貴方の協力者も居るけど』
『このままではあのイレギュラーな存在によってこの場に全員が殺傷されてしまいます。それは私にとって、そして貴方にとっても不都合だと思われますが』
『それは確かにその通りね、分かったわ』
『ですが可能な限りリオン・フォウ・バルトファルトの脱出を考慮してください』
『また難しい注文を言ってくれるわね』
球っころと遺跡が言葉を交わした直後からゆっくり扉が閉まり始める。
それは正しい判断だ、正しい判断だけどやられた方はたまったもんじゃない。
このまま転ばずに扉まで辿り着ければ完全に閉まる前にこの部屋から脱出できる。
問題は俺が逃げきる前に獣人が俺の存在に気が付かないという幸運があるか、その一点に尽きる。
俺の攻撃による負傷が軽いエルフ、たまたま扉の近くに居たエルフは既に扉の外へ逃げ切った。
逆に俺の攻撃を喰らいかなりの傷を負ったエルフは殆ど獣人に殺され新鮮な生肉と化してる。
獣人が今殺してるエルフに飽きて扉に外に目を向けたら完全な敗北だ。
一歩、また一歩と足を前に動かしてどうにか壁際を進む。
ほんの少し前まで生きていたエルフが俺が負わせた傷によって大した抵抗も出来ないまま殺され喰われてる事に罪悪感を覚えた。
それでもエルフ達を撒き餌にして獣人の注意を逸らし逃げる方法だけしか俺には残されていない。
体中が居たい、肺が苦しい、足が思うように動かない。
ゆっくりと閉まり始めた扉へゆっくり、だけど必死に力を振り絞って近付く。
まるで自分の体が地を這い回りノロノロと移動する芋虫に変わったようだ。
あと数歩で扉に届く、其処まで来て悲鳴と肉が切り裂かれる音が無くなっている事実に気付く。
同時に背中を何かっで刺されたような凄まじい圧迫感に襲われた。
振り返って見るまでもない、そもそも怖くて振り返れない。
確実に気付かれた、同時に部屋の外へ逃げた二人とエルフ達も獣人は狙いを定めている。
両足の力を更に込めて扉へ向かうが自分の脳内にある計算機が非情な結果を叩き出す。
『このままだと扉に到着する前に襲われる』
それでも俺の歩みは止まらなかった。
もしかしたら奇跡が起きて獣人の攻撃が届かないかもしれない。
もしかしたら獣人は殺したエルフを喰うのを優先して俺を標的にしないかもしれない。
そんなバカみたいな希望に縋って最後まで諦めず足掻いてきたからこそ俺はあの戦争を生き延び今日まで生きて来れた。
外道騎士は卑怯で生き汚いんだよ。
全身から痛みと疲れで汗が吹き出し下着までびっしょり濡れている、汗で握ってるライフルを落とさないように気を付けつつ扉へ向かう。
徐々に閉まる扉からライオネルが必死に頭を出して俺に手を差し伸べていた。
バカ息子、俺の事なんか放っておいてさっさと逃げろよ。
あと数歩で扉に届く、その距離まで近付いた時に後ろから何かが動く音が響く。
間に合わない、たぶん獣人が俺に向かって飛び跳ねた音だ。
反射的に人が通れそうな幅まで開いた扉から差し伸べられてる息子の手を掴もうと自分の手を差し出す。
無駄な足掻きだったかもしれないが、それでも生存本能が何かをせずにいられなかった。
気が付くと視界が強烈な光で覆われた、何が起きたのか全く分からない。
それは吹き上がる焔、燃え盛っている紅焔は球の形に終息し地下を照らす太陽となって俺の顔を照らす。
「こんのぉ…」
その声が誰の物か分かった瞬間に俺の体は倒れた。
ライオネルが必死に俺の体を引っ張ろうとするが、大柄な上に荷物まで背負ってる俺の体をまだ幼さが残るライオネルの腕力で引っ張り込むのは難しい。
「これでもぉ…! 食らいなさいよッ!!」
ライオネルの後ろに控えていたアリエルは既に魔法で作り出した火球の発射準備を整えていた。
振りかぶった掌から放たれる火球は扉を通り越し薄暗い部屋の空気を切り裂いて飛ぶ。
ドオォオォォン!!
一秒にも満たない時間が経過、突如起きた爆風に背中を押され僅かだが扉の外へ向かう力が増した。
「ガァアアァァァッ!?」
悍ましい叫びと何かが暴れる音が聞こえるが無視して足を動かす。
火球を放ち終えたアリエルがもう一方の手を力強く握り締めて俺を引っ張ってくれた。
俺の全身が扉の外へ出たのと同時に金属製の扉が閉まり獣人と俺達を隔てる。
生きてる、まだ生きてる。
徐々に生の実感が湧き上がると今までの無理のせいか全身の痛みがぶり返してきた。
それでも抱きついて喜ぶ双子に体を離せと言えないまま、俺はそっと双子の髪を撫でるながら痛みを堪えた。
健康、大事。(迫真
体調悪化が著しくてほぼ一ヵ月ぶりの投稿になりました、申し訳ありません。(涙目
皆さんも体調管理に気を付けましょう、今後は徐々にペースを取り戻します。
今章ではリオンが負傷し、以後は双子が戦闘の中心になっていく予定です。
次章は獣人の正体と今後の方針について話す予定。
そして待望のモブせかアニメ2期が7月から放送との事。
まだ生きねば…(決意
追記:依頼主様のリクエストによりオスワーニ様、わおん様、りくぐま様、ないん様、らーめん様、モチベ様、CloudyRain4様、真楼様にイラストを描いていただきました。
本当にありがとうございます。
オスワーニ様 https://www.pixiv.net/artworks/142906038(成人向け注意
わおん様 https://www.pixiv.net/artworks/142047474(成人向け注意
りくぐま様 https://www.pixiv.net/artworks/142992071(肌色多め注意
ないん様 https://www.pixiv.net/artworks/143146741(成人向け注意
らーめん様 https://www.pixiv.net/artworks/143197197(成人向け注意
モチベ様 https://www.pixiv.net/artworks/143561336(成人向け注意
CloudyRain4様 https://www.pixiv.net/artworks/143732503(肌色多め注意
真楼様 https://www.pixiv.net/artworks/143809391(成人向け注意
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