婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
逃げ込んだ場所は遺跡の中枢からやや離れた場所にある部屋だった。
どうやらこの部屋は長い年月による劣化や植物の浸食がまだ軽いらしく、入ってみると中枢程じゃないがいろんな機器が小さな起動音を放っている。
ライオネルとアリエルが手を貸してもらい、倒れ込むように床に横たわった。
痛みで気が遠くなるのを堪えつつどうにか服を乱暴に脱ぎ捨て、二人には背嚢に収納してある医療用品を出してもらう。
荷物が嵩張るといけないから持ってきた薬品や包帯は少量だ、それでも何の処置もしないままじゃ今後の行動に支障が出る。
俺が居た戦場でも軽い傷と侮り処置を怠って感染症を患いくたばった奴、自分の回復力を過信した挙句に途中で力尽きる奴はかなり居た。
勇敢だけど傲慢な獅子より臆病で注意深な兎の方が生き延びる確率が高くなる事も多い。
まぁ、俺が臆病なのは生まれつきみたいだけど。
どうして父さんと母さんは獅子を意味する名前を付けたんだろう?
皮肉とか嫌味とは無縁の両親が皮肉な名付けをしたのはバルトファルト家の永遠の謎だ。
鎮痛作用のある錠剤を噛み砕いて水と一緒に飲み干し、炎症止めの効果がある軟膏を何ヵ所にも塗りたくり包帯を巻く。
双子に着替えを手伝ってもらいながら両足に力を込めて立ち上がろうとした。
全身を激しい痛みが駆け巡り思わず呻きが漏れた。
このままじゃ戦うどころか歩くのさえ覚束ない、仕方なく錠剤が詰まった薬瓶に手を伸ばそうとしたらライオネルに取り上げられる。
「おい、返せよ」
「いけません父上、これ以上は体に毒です」
「今は緊急事態だぞ、薬の量ぐらい大目に見たって構わないだろ」
「いけません、母上に言いつけますよ」
「それぐらい融通を効かせても罰は当たらないぞ」
「薬が効き過ぎて支障が出たら困るのは父上の方です」
息子ってやつは娘に比べて可愛げが無いなぁ。
いや、うちの娘達はみんな程度の差はあってもアンジェに似て気が強いからそうでもないか。
どっちにしても錠剤だけじゃ大した痛み止めにならない、何より体に力を込められなくて満足に戦闘を熟せないのが致命的だ。
『リオン・フォウ・バルトファルトの負傷は不全骨折が四ヵ所、捻挫は七ヵ所、打撲は全身の至る所にあります』
「聞きたくないご報告ど~も、っていうか知ればもっと痛くなるから知りたくねぇ」
『具体的な負傷部位ですが』
「だ、ま、れ」
情報として負傷した所を予め知った方が良いんだろうが、逆に負傷した部分を庇って動きが乱れてるのも困る。
今の俺には歩く事さえキツい、自分の体に関する余計な情報を基準に判断が鈍るのは避けたかった。
痛み止めの錠剤の効果が出始めたのか、それとも塗った軟膏の成分が体に浸透したのか、或いは久々の死闘で精神が高揚してるのか。
たぶん、その全てが影響してるんだろう。
明らかに全身が火照り出して気分がやたら昂ってる、このままだと上昇した体温で汗をかいたらせっかく塗った軟膏が無意味になりそうだ。
水を飲もうとしても水筒の中に残ってる水はほぼ無かった、あれだけ子供達に注意してきた俺が真っ先に飲み干してそうになってるとか笑い話にもならねぇ。
ふと、この部屋へ一緒に逃げ込んだエルフ達が気になって視線を向ける。
遺跡の中枢で俺達に嬉しくもないおもてなしをしてくれたエルフは十人以上も居たのに今じゃ半分以下まで減っていた。
俺が立てた作戦で怪物との同士討ちで死んだのが二人か三人、いきなり現れた獣人に襲われて部屋に取り残されたのはその倍以上。
エルフを喰って入室した奴の事だ、取り残されたエルフ達の生存は絶望的と考えた方がいいだろう。
あの獣人が人間の俺達親子じゃなくてエルフ達を優先的に狙ってたのは明らかだ。
俺が真っ先に狙われたのは獣人に対して何回も撃ったから優先的に排除。
その後は俺への追撃よりエルフ達を襲ってた事から危険度よりも標的を優先した事実から次の行動をある程度は予測できるか?
どっちにしても獣人の情報が欲しいな、遺跡の中枢に行き着くまでに体力と銃弾をかなり消耗してる俺達が真正面から戦って勝てる相手じゃない。
「おい」
「…………」
「あの獣人は何だ?お前らはこの遺跡で動いてる設備を使って新しい生き物を生み出すだけじゃなくて生き物を改造してんのか?」
「人間を忌み嫌う余り今度は亜人仲間を化け物にでも仕立てあげたのか?それが選ばれた崇高な存在がやる事なのかよ。武器の密売人や奴隷商人より質が悪いぞ」
エルフ達は黙ったままだ。
俺に手酷く傷付けられて体のあちこちが痛いんだろうが容赦するつもりは無いぞ。
指揮官的な立場の前村長は俺を睨みつけて拒絶、戦闘要員と研究者のエルフ達は怯えてる。
その怯えが傷を負わせた俺への恐怖か、それともエルフを標的に襲って来る獣人に対する恐怖かは分からない。
不可解なのはこの施設で行われていた研究の指導者であるだろう眼鏡エルフだ。
俺達が獣人の存在に慌てているのが心底愉しくて堪らないのか、ニヤニヤと不快な薄笑いを浮かべながらこっちの様子を伺っている。
明らかに眼鏡エルフは何かを知っている、貴重な情報を知った上で俺達を混乱させて楽しもうという魂胆が見え見え過ぎて乗る気にもなれない。
何より今この瞬間にも獣人が俺達に追い付かないとは限らない、情報収集は『より手際良く、より正確に』が鉄則だ。
「くフふふ… ひヒヒぃ…」
「あの獣人がお前達の切り札って訳か、確かに今まで襲ってきた怪物と比べて段違いの強さだな」
「カはっ… ブはひャ…」
「だけど獣人は明らかにお前らエルフを狙っている、このままじゃ俺達だけじゃなくお前らだって全滅は避けられないぞ」
俺の言葉が正しいと薄々察したんだろう、部屋の所々で息を吞む音が聞こえた。
唯一の例外は床に座り込んでる癖に腹が立つ粘着質な薄ら笑いを俺に向けてくる眼鏡エルフだけ。
自暴自棄になってるのか、それとも俺達を道連れに出来るなら死さえ構わないって魂胆か。
こういう相手の説得は厄介だ、理路整然と説き伏せようとした所で相手に嫌がらせ出来るなら自分の命すら惜しまない。
強きに出たくもあるが今の俺は体のあちこちが打撲やら捻挫やら骨の罅やらが痛いから力で脅すのが難しい。
眼鏡エルフはそれを分かってる、分かってて自分の溜飲を下げたいから挑発じみた行動を続けてる。
「死ヌよオぉ… オ前ラ人間ハ我々エるふニ滅ぼサれる運命なノサ…」
「…………」
「若イえルふよリモ早ク年老イる貴様ラ人間ガ我々ニ勝テる訳ナど無イのダぁ…」
「くそっ」
完全にあっち側に行ってやがるな、どうやっても素直に情報を吐き出しそうにない。
拷問や脅迫みたいな手段を使うにはあまりに時間が足りない、そもそも子供達の前で無抵抗な相手をわざわざ痛みを与えるように責めるのは気が引けた。
眼鏡エルフは半ば狂乱しながらも俺のそういった感情を察してるんだろう。
腹が立つ薄ら笑いを浮かべて自分も死にかねない今の状況を俺に対する嫌がらせに全力を注いでる。
「ふんッ!」
ドガッ!!
横から黄色い何かか飛び出したのと同時に気合を入れた声が響く。
気付いた時には眼鏡エルフは部屋の壁近くまで吹っ飛ばされ気絶してる。
いや、俺は確かにムカついていたよ、ムカついていたけどまだ手は出してないぞ。
俺が立ってる位置から少し前方に拳を思いっきり突き出してる女の子が居た。
何処から見てもうちの長女です、存在を認識した瞬間に頭を抱えてそのまま蹲りたくなる。
「…………何してるのさアリエル!?」
「いやぁ、あの眼鏡があまりにムカつく態度してたから」
「ムカついたからって殴らない!!この状況でやって良い事と悪い事の区別もつかないの!?」
「だってどう見ても素直に協力しなさそうじゃない?」
「そうやって他のエルフ達が僕達に非協力的なったらどうするか考えてよ!!」
「うっ…、そこまでは考えてなかったわ…」
いや、考えろ。
頼むから考えてくれよ。
はっきり言えば俺も眼鏡エルフにはムカついてた、正直ぶん殴りたいと心の中で思ってた。
だからっていきなり殴るのはマズい、どう考えてもマズい。
おそらくアリエルなりに俺達が追い詰められてる今の状況がヤバいと感じたんだろう、だから非協力的な眼鏡エルフを躊躇せず殴る気持ちは理解できた。
でもアンジェは血の気が多いけどいきなり相手へ殴りかかる事はしない、たとえ相手がムカつく相手や敵で追い詰められた状況だとしても。
俺としても情報収集の為に拷問や脅迫めいた手段を選択する時もある、でも細心の注意を払った上での行動だ。
我が娘ながらこの苛烈な性格は手に余る、普段は滅多に暴れたりしないが追い詰められた状況で短絡的な行動に出る部分を矯正するのは難しいかもな。
「……お父様、ダメだったかな?」
「…………確かに良いとは言えないな、悪いとも言い切れないけど」
「ごめんなさい」
「まぁ、やっちまった事は仕方ねぇ。次からは気を付けろ」
「分かったわ!じゃあ次はどのエルフを殴る!?」
「殴るな、頼むから殴る事から離れてくれよ」
ダメだこりゃ、まずは殴るという選択肢から離れさせないと。
でもアリエルが眼鏡エルフに有無を言わせないまま殴ったのは一定の効果があったようだ。
残ったエルフ達は怯えながらも反抗的な態度は今の所見せていない。
まぁ怪物達の群れを俺達に仕向けたのに遺跡の中枢まで辿り着かれ、隠された歴史の真実を突き付けられ、自分達も手酷く暴力で負かされた上に、エルフを狙う謎の獣人の襲来だ。
心が折れない方がどうかしてる状況だ、俺だって同じ立場なら士気が下がって戦う気が失せる。
「……あれは別の浮島にいた野生動物をこの遺跡で改造した実験体だ」
口を開いたのは白衣を着た研究者のエルフ、さっきの戦闘で俺が傷付けなかった唯一の例外だった。
怯えながらもゆっくりと語り出してくれたのは心が折れてるのと自分だけは暴力を受けなかったという後ろめたさだろうか?
いずれにしても素直に情報を提供してくれるならこっちとしても過剰な暴力に訴え出るつもりは全く無い。
こんな状況になったのはアリエルが眼鏡エルフをぶん殴ったからとは絶対に認めないけど。
「遺跡が再稼働して我々と意思の疎通が可能になった後の事になる。まずは現在の世界で生息してる動植物の情報が欲しいと言ってきたので我々はそれに応じたのだ」
「何でまた?」
「単純に遺跡に残存している生物の情報や物資が不足していた。我々はこれまで遺跡の稼働してる装置と解読できた情報を基に新たな生命体を創造する実験を繰り返したがある程度の成果を出すも限界が来ていたのだ」
『冷凍保存していた遺伝情報も設備が停止すれば腐敗した肉塊と化しますし、情報もバックアップが無ければ喪失の危険に晒されます。半ば崩壊しつつあるこの施設で一定の成果を出せたのは奇跡と言って良いでしょう』
「……まさか遺跡と同じロストアイテムに称賛されるとは思わなかったよ」
話に食いついた球っころの言葉を聞いて研究者エルフの緊張が緩んでいく。
やってた事はホルファート王国に対する叛逆行為だけど、崩壊した遺跡や資料を漁って旧人類の痕跡を調べる行為自体は俺も球っころに強請られて渋々ながらもやっている。
球っころが与えてくれる知識や物資を利用して自分が有利な状況になるように行動した事は一度や二度じゃなかった。
その苦労を思えば俺とエルフ達はロストアイテムに振り回される同類なのかもしれない。
まぁ俺はロストアイテムを使って人を殺したり戦争を起こそうとは思ってないからその点に関してエルフ達と相容れないけど。
「書籍だけではなく生きた標本が欲しいと言われれば買い漁った。折しも今の村長がこの浮島の観光地化に着手したせいで金回りや物資の流通が格段に向上していたからな。人間と関わりを持たないエルフが暮らしていく為の資金だと金を払わせ、戦前から関係が深かった闇商人に様々な生き物の買取を輸送を頼んだ」
「人間の観光客が払った金を人間の叛逆に使うって訳か、真っ当に生きてるエルフに迷惑かけんなよ」
『話の腰を折らないでください、引き続き説明をお願いします』
「そんな時にとある浮島を荒らしている規格外な獣の噂を聞きつけた。同種と比べて体格も知能の別種と思う程に優れた個体だ」
「……待て。獣?あれが?あの獣人が元々は単なる獣だって言うのか?」
「そうだ、我々が野生の獣を改造して人間の特性を付与した」
「何でわざわざ面倒臭い真似を?」
『必要だったからよ』
部屋全体に響き渡る人間やエルフと全く違う声は遺跡の声だ。
どうやら中枢はもちろん通路や部屋に至るまでこの施設全体が遺跡の体内のようなもんらしい。
尤も崩落してる場所は多いし、上層のダンジョンは植物の浸食がひどくて思い通りに出来る範囲は限られてるようだけど。
部屋のあちこちが点滅し壁だと思っていた黒い部分が発光し始めた、どうやら壁の一部分は中枢と同じように画面になるらしい。
映し出されたのは様々な生き物、見慣れない文字や光景の羅列、そしてあの獣人の基になったらしい檻に入れられた四足獣。
『休眠状態だった施設の一部をエルフが活用し始めて数十年、旧人類が遺した情報を基に造り出したのが貴方達を襲った合成獣よ』
「あの怪物達か、獣人とは何か雰囲気が違ったんだが」
『遺跡の性能を引き出せないまま生物同士の愛妾を考慮せずに遺伝子を組み合わせたらそうもなるでしょうね』
『再起動した貴方の優先事項は現状に於ける旧人類の生存及び世界情勢の把握。その為の協力者にエルフを選んだのですね』
『えぇ、同時に施設の復旧を試みたけど上手くいかなかったわ。施設から脱走したエルフ達はこの浮島で繁殖したけど他の浮島と交流せず文明レベルが発達しなかったの。調べれば調べるほど人間達を協力者にした方が効率的だと思い知らされたわ』
『私も新人類であるリオン・フォウ・バルトファルトを協力者に選んだので致し方ありません。そして貴方は新人類に対するプレゼンテーションの為に新生物の創造に着手したのですね』
『長きに渡る休眠状態のおかげでサンプルも情報も物資も足りてなかったわ。残存機能を有効活用して復旧を図るのはいけない事かしら?』
『断言は出来ません。私と貴方では置かれた状況が違い過ぎます』
『そう言ってくれると助かるわ。新生物創造と並行して私はあるプロジェクトを行なっていたの』
『それは?』
『対新人類用生物兵器の創造、その実験体こそ貴方達が獣人と言っているあの個体よ』
何やら話が壮大になってきたのと同時にやたら剣呑な単語が飛び交ってる。
つまり遺跡はホルファート王国や他の国を味方にする為にあんな怪物達を造ってた、同時に俺達みたいな新人類を殺せる化け物の製造も同時に行ってた訳か。
今の世界で人間と言えば球っころや遺跡が言う俺達みたいな新人類の末裔が殆どだろう。
どうも旧人類は魔素とかいう物質に弱くて、今の世界じゃまともに生き延びる事がほぼ出来ないらしい。
エルフ達は人間に勝てる怪物が欲しい、遺跡はお偉方に売り込む怪物であり新人類を殺す怪物を造りたかった。
両方の思惑が一致して起こったのが今回の騒動が起きる切っ掛けとなった遺跡を訪れた冒険者を襲う化け物の出現って訳か。
『実験体の基となったのは今の世界で繁栄している生物の一種、ある浮島に生息している肉食獣の異常個体よ』
「異常個体ってのは何かがおかしいって訳か、一体どんな欠陥だよ」
『同族に比べて身体の発達速度が異常に速い事、あとは単なる嗜好の一種が顕著に違った事かしら』
「具体的に教えてくれよ」
『実験体が好んで食べるのは人間だけ、それも女子供が大好物よ』
「…………」
聞かなきゃ良かった。
人間が入植する前から浮島に住んでた動物が餌を求めて町を襲ったり、逆に野生化した家畜の群れが人や作物に被害を出す事は珍しくない。
俺が幼い頃に住んでた浮島でもそういった事件は何度も起きてる。
だけど人間、しかも女子供を好んで喰おうとする獣の話は聞いた事が無い、少なくても俺は知らなかった。
『そこのエルフ達は異常個体を入手できて燥いでたわ。『これこそ人間共に裁きを下すに相応しい存在だ』とか言ってたの。まぁ結果はこの通りだけど』
「あ、あれはただ新たな生物兵器を想像する礎となると考えてた訳で…。貴方だって喜んでいたではないか」
『当たり前じゃない。新たな実験材料を入手して喜ばない科学者は存在しないわ。ましてや私の機能は生態改造、役割を果たせない器物に存在意義なんて無いでしょう』
狼狽えるエルフ達と違って遺跡の奴は悪びれる事すらしない。
それどころか開き直って自分がやってきた事を肯定してきやがる。
やっぱロストアイテムは危険な存在だ、主人が居なけりゃ法律も倫理も無視してどんな非道も躊躇わずに突き進んじまう恐ろしさがあった。
大抵の人間には良心って物があるから過剰な攻撃を躊躇うし、動物達にも獲物を狩り尽くしたり同族を殺す事は本能的に避けるもんだ。
だけど機械ってもんは歯止めが効かなきゃ情け容赦無く敵として認識した相手が死に絶えるまで追い詰め続ける。
その恐ろしさに今更ながら肝が冷えた。
『獣性と知性の融合、そして新たな技術開発の第一歩としてまず捕獲された獣に新人類の遺伝子を適合させる必要があったの』
「お前らロストアイテムの目的は新人類を滅ぼして旧人類を見つける事だろ、わざわざ新人類を使う意味が分からねぇぞ」
『単純な話よ、これの分析には新人類の力が必要不可欠だったの』
画面に映し出されたの古ぼけた黒い物体だ。
大きさはよく分からない、ただ形状は明らかに人間の腕を模している。
表面上の傷は戦闘によるものか、それとも途方もない年月によって錆びた物かすら不明だ。
人間が身に纏う甲冑の手甲部分か、或いは機動兵器である鎧の腕部。
どっちにしても俺の目にはボロボロになった金属の塊にしか見えなかった。
『……ッ!!……!?』
隣から奇妙な声にも金属が擦れる音にも感じられる奇怪で耳障りな何かが聞こえた。
音の方向に顔を向けると球っころの瞳に似た部分か激しく点滅してる。
それどころか急に上下左右に激しく揺れ始め、点滅と動きと音で誰も彼も拒絶するみたいな威圧感を放ち始めた。
球っころとは十年以上の付き合いになるがここまで感情を見せた事は滅多に存在しない。
たぶん一番感情的になったのは俺と初めて出会った際の戦闘ぐらいか?
あの時の球っころは明確な殺意を以って俺の命を確実に奪おうとしていたし、俺の挑発に対して怒っていたはずだ。
『くぁwせdrftgyふじこ!!』
「ちょ、ちょっと。落ち着きなさいよ」
『私は冷静です、とても冷静です。冷静にあの生物を確実に殺傷し、原型を留めないほど破壊し、遺伝子情報に至るまで灼き尽くし、とにかく塵さえも残らないほど徹底的に消滅させる方法を検討中です』
「……うん、何処から見ても冷静じゃないね」
「ったく。そもそもコレは何なんだ?」
画面に映し出された物体を指で叩く。
俺から見れば壊れかけた古い手甲か鎧の腕部にしか見えない。
それでも俺をいつも冷めた口調でからかう球っころがここまで取り乱すんだから曰く付きの品なのは確実だ。
たぶん俺達の御先祖様な新人類が絡んでる、昔々の戦争はいつまで子孫を苦しめるんだか。
「……アレはこの遺跡に秘蔵されていた物だ。使用者に多大な力を与え、それこそ対人ではなく対鎧規模の力すら与えられると説明された」
「なるほどね、怪物達とは姿が違い過ぎるのはあの腕を使う為に動物を改造したからか?」
「そうだ、アレを扱えるのは人間だけで動物では無理だと教えられた。だから素体となる動物を厳選し、改造によって人間に近付けた上でアレを移植手術を行った。アレに適合した実験体は確かに他の実験体や改造体と比較にならない強さを発揮したが…」
研究者エルフがゆっくりと経緯を説明し始めた。
正直、聞いてて気分が良い話じゃなかったが背に腹は代えられない。
どうやらあの部品には使う奴に途轍もない力を与える効果があるようだ。
その手の効果は持つ品はホルファート王国内でも普通に流通してる。
俺がアンジェの為に神殿で誂えてもらったお守りなんかもその一種だ、効果は気休め程度から確実な強化と幅広く値段も子供が買える安さから一軒家が買えるほど高額な物まで幅広い。
原理を解明できていないロストアイテムなら果たしてどれぐらいの効果になるか、ある意味で後先を考えてないバカなエルフ達の行動に頭が痛くなってきた。
「当初は上手くいっていたんだ…。遺跡を探ろうとする人間の冒険者を圧倒的な力で蹴散らす実験体に我々は歓喜した…。だが実験体はすぐに我らの予想を超えた行動をし始めた…」
「そして仕方なく閉じ込めた、って訳か」
「仕方なかったんだ!実験体は人間だけではなく我らエルフまで攻撃対象をみなし始めた!暴れる実験体には対人兵器は効果が薄く、どうにか閉じ込め飢えを渇きで衰弱させる方法しかなかった!」
『自業自得ですね。よく分からない物を言われるがまま使った報いかと」
「君はもう少し言葉を選んだ方が良いよ」
『必要ありません。愚者に相応しい末路です』
球っころの言い分は尤もだ、正直俺も同情できない。
人間を憎み過ぎてよく分からない物を使って兵器を作り出し自分を危険に晒す。
童話のお手本にしたいぐらい見事な自業自得だ。
俺だって目の前で困ってる他人を見捨てるほど薄情じゃないが自分を殺そうとする奴を助けるほどお人好しでもない。
「そもそもあの変な物が何なのか詳しく説明しなさいよ」
『あれは新人類が旧人類に対抗する為に創り出した兵器の一つ、形容するなら生きた鎧と言うべき物かしら』
「生きた鎧?」
『新人類はあの物体を『魔装』と呼称していました。装着した新人類の生命や魔力を動力源とし、強大な力を引き出す効果を備えています』
「強大な力って具体的には?」
『現在の技術レベルに換算すれば身体能力や魔力に秀でた人間が使用すれば起動兵器である鎧や砲門を供えた飛行船の撃破は容易いと思われます』
「マジかよ…」
そいつは流石に予想外だ、同時にエルフ達がホルファート王国への叛逆を決意した理由もほぼ読めてきた。
怪物達なら確かに王国軍の部隊を相手には出来る、だけど現在の戦争は飛行船同士の艦隊戦や鎧を操縦した起動戦が主流だ。
どれだけエルフ達が怪物達を用意しても王国軍が鎧や飛行船を持ち出せば一日も経たず鎮圧される。
俺は戦争をろくに体験してないエルフの無理解だと思い込んでいたがとんでもない誤りだ。
エルフ達はきちんと対鎧・対飛行船を見越して研究を続け叛乱を計画していた。
誤算だったのはその切り札である獣人をエルフが制御できなかった、その一点だけ。
『しかし魔装には重大な欠陥もあります。装着した新人類の多くは戦闘後に生命力や魔力が枯渇するケースが大量発生した報告があります』
『怒り・悲しみ・恐怖といった負の感情も増幅させるから精神崩壊も珍しくないの。一応は制御用のコアがあれば性能を引き出せるけど、それでも憑りつかれたケースが殆どだし』
「とんだ欠陥兵器じゃねぇか!」
『全くです。新人類の愚かな技術に頼ろうとするからそうなるのです』
『それは間違った認識ね。我々の主である旧人類はその愚かな技術を持った新人類に敗北を喫したでしょう』
魔装の思わぬ欠陥に俺が叫びを出すと球っころが全力で同意する。
だけど遺跡の方は素知らぬ声でそれを否定した。
遺跡は何を考えているのか読めない、途轍もなく恐ろしい怪物に思えるし底が見えないバカにも見える。
行動の予測が難しくて何をさせられるのか、何をするつもりなのか予測が難しい。
これなら球っころの方がまだ分かり易くて手を組む事も簡単だ。
『敗北から何も学ばないのは愚者の行為よ。技術・戦略・兵站・生物的差異、研究材料は至る所にある。それを追求しないまま新人類を批判するなら旧人類はさらに愚かで弱かったという結論になるでしょう』
『だから新人類の技術を用いると?貴方の行動は旧人類に対する叛意その物です』
『いいえ、敵の技術を分析し有益なら用いる事こそ生物は進歩成長していくの。停滞こそ敗北を招く最大要因よ』
『我々が存在している限り旧人類の敗北はまだ決定していません』
『近視眼的になのは貴方よ。自分だって新人類と協力しているくせに頑なに認めようとしないなんて』
『見解の相違です、私と貴方では行動規範が違います』
ついに球っころと遺跡は口喧嘩はし始めやがった。
俺達としちゃアンジェを元通りにする為に邪魔なエルフ達を大人しくさせる事には成功している。
ここで引き下がった方が良さそうだが問題は獣人の方だ。
あいつが遺跡の中枢に居座っている限りアンジェを元通りするのは難しい。
しかも強さは未知数だ、むしろ状況が却って悪化してるような気がしてきた。
「おい、ちょっといいか?」
『何かしら』
「取り敢えずお前の要望には応えたぞ。だから早くアンジェを元に戻して解放してくれ」
『そうしてあげたいのは山々だけど今の状況では不可能ね』
「……どうしてそうなる」
『培養槽がある中枢部を実験体に占拠されているから』
「さっさとどかしてくれよ」
『無理よ、設備内に用意された武装では実験体を仕留めきれないし。閉じ込めた所で無理やり扉を抉じ開けられる可能性も捨てきれないわ』
「どっかに移動させられないのか?」
『移動させても良いけど、途中で地上に向かう可能性が非常に高いわ』
「待て待て待て!何でだよッ!?」
『改造の影響かしら、実験体は魔装を埋め込まれてから食事に対してとても執着してるの』
『新人類は魔装によって負の感情を増幅されていましたが、実験体は食欲を増進させられている可能性が大きいと推測されます』
『もう長い間絶食していた実験体が数人のエルフで我慢できると本当に思うの?』
次の瞬間に脳裏を過ったのはエルフの里長達が居る集落に預けて来たアンジェと子供達の姿。
『おそらく数十人、数百人規模の犠牲者が出るわね。実験体を成長させる為に必要な栄養源として人間やエルフは最適だから』
「てめぇ…」
『そもそも下手に犠牲者を出さないように戦ってからエルフに実験体を解放させる隙を与えてしまったんじゃない』
悪魔だコイツ。
絶対にアンジェを元通りにしたら中枢を破壊しよう。
コイツの存在は球っころと同等、いやそれ以上に今の世界を混乱させかねない。
『貴方は妻を救いたい、私は制御不能になった実験体を大人しくさせたい。目的は違っても利害は一致してる筈よ』
だけど俺には悪魔の申し出を受け入れる道しか残されていなかった。
第七部のボスキャラ的存在、魔装獣(仮)の説明回になります。
原作にある魔装の設定を基にした上で実験動物に改造を施したら手に負えない怪物と化したモンスター作品要素を加えています。
王国編やアニメ2期のボスであるバンデルと同じ魔装を用いるボスではありますが、別方向の強さや恐怖を追い求めました。
次章からは戦闘を中心に進める予定です、リオンに代わり別分野で戦う双子がテーマ。
追記:依頼主様のリクエストによりオスワーニ様、家様、りくぐま様、ないん様、らーめん様、モチベ様、CloudyRain4様、真楼様にイラストを描いていただきました。
本当にありがとうございます。
オスワーニ様 https://www.pixiv.net/artworks/144038061(成人向け注意
家様 https://www.pixiv.net/artworks/144492103(成人向け注意
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。