婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第173章 Hunting Beast

 最後の『耳長の二本足』の死体を呑み込む。

 食べる度に巨大化する口に対して『耳長の二本足』の体はあまりに脆弱。

 噛み裂くのさえも面倒でほぼ丸呑みに近い食べ方だが不思議と悪くはない。

 逆に様々な動物や『二本足』を繋げたような生き物の死体を喰らうのには骨が折れた。

 肉はやたらと硬いし骨は強引に継ぎ足したみたいで何処から食べて良いか分からない上に鱗やら羽まで生えている、何より『二本足』や『耳長の二本足』と比べて臭いが強く不味い。

 それでも飢えた腹を満たす為には仕方なかった。

 とにかく生きる為に最低限必要な栄養も水分も不足している。

 かつての自分なら食べるのに苦労したであろう奇妙な死体だが、今の巨大化した歯なら噛み裂ける。

 今の自分とほぼ同程度かそれ以上の大きさの死体なら喰いごたえがあるに間違いない。

 無理やりこの地に運ばれ『耳長の二本足』共によって今の体にされてから満足に腹を満たせた事は一度もなかった。

 そもそもこれだけ大量の肉を食えるのは生まれて初めての経験だ、飽きる程に肉を喰らい血で喉を潤すなど故郷の山林では絶対に味わえぬ至福と言って良い。

 自分にそう信じ込ませ黙々と肉を貪り血を啜った。

 

 不思議な事に喰らえば喰らう程に自分の体が変異していくのが分かる。

 体が餓死寸前まで衰弱しきっているにしてもここまで過剰な反応を示しているのは明らかに異常だ。

 喰らった肉が食道を通り胃に到達した次の瞬間には消化され吸収されるような感覚。

 飲み干した血が喉を潤したかと思えばそのまま血管に入り体の隅々にまで運ばれるような感覚。

 それが事実だと告げるように体が脈動を始めている、喰った肉と血の量に比例して明らかに体が膨張していく。

 

 血肉を喰らうのとは全く別の反応を示すのは『二本足』や『耳長の二本足』の頭を喰らった時だ。

 あの柔らかくも舌に残り続ける濃厚な味わいな脳髄を喰らう度に思考が冴え渡る。

 覚束なかった長い前脚の指が今では器用に別々の動きを可能にしていた。

 なるほど、『二本足』や『耳長の二本足』達はこうして牙や爪に勝る道具を使い熟している訳か。

 ただ肉を喰らうだけではない、指の爪を用いて丁寧に肉を骨から外した。

 一度でも出来ると次からは同じ事をするのが愉しくなる、奇妙な死体は自分の体を把握するのに最適な生贄だった。

 前は適当に牙と爪を突き立てれば相手は簡単に死んだ、何も持たない『二本足』達が相手でも同じだ。

 それでも群れを成し道具を手にした『二本足』達は凄まじい脅威、対抗する術を持たなければ捕まった時の結末を繰り返すだけで終わる。

 強く、そして賢くならなくては。

 その為にはもっと血と肉と養分が必要だ。

 

 喰えども喰えども胃は満たされず、ついには転がる骨さえ口に入れ呑み込む。

 巨大化した歯は既に『耳長の二本足』の骨どころか奇妙な死体の太い骨すらも噛み砕く。

 金属の地面を濡らしている血の跡さえも残さず舐め啜った時、この場所に存在する生き物が自分だけになった事に気付いた。

 喰らい尽くした肉と血と骨が溶け合って体の中を駆け巡る、痛みさえ伴う体の変容に耐え切れず爪で金属の地面を掻き毟る。

 

 自分が以前の全く自分と違う存在に為りつつ恐怖、同時に奇妙な恍惚感が冴え渡る脳を蝕む。

 同時に悟った、獲物を喰らえば喰らう程に自分は賢く、強く、そして偉大な存在へ至ると。

 ならば為すべき事は一つ、それを行う事に何の躊躇があろうか。

 それに加えて抗いがたい食欲が脳に次から次に押し寄せて止まらない。

 先程まで自分の体の数倍、いや数十倍の量がある死体を貪ったはずなのに。

 食べ過ぎて腹に大穴でも空いてしまったのか?

 そう思い首を動かしたが引き締まった腹肉は長い体毛に覆われ傷一つ見えない。

 

ドグンッ…

 

 何かが体の中で蠢いた。

 己の中に存在する別のそれは脳や心臓や消化器官、果ては細い血管に至るまでこの体と融け合い同じ生き物と化しつつある。

 或いは子を孕んだ雌とはそういった者かもしれない。

 そこまで考え、ふとある者達の事を思い出す。

 この爪と牙で気が赴くままに『耳長の二本足』を嬲っていた時に攻撃を仕掛けた『二本足』共。

 一匹は老練そうな傷痕が目立つ雄、もう一匹は若く手から火を放った雌だ。

 最初に攻撃してきたのは雄の方だった、複数の『耳長の二本足』の血の臭いを体に纏っていたのは自分が来る前に縄張り争いでもしてたのだろう。

 閉じ込められた場所を訪れた『耳長の二本足』の慌てた姿、そしてこの場所に居た『耳長の二本足』の多くが傷付いていた事から奴の強さが伺える。

 真っ先に攻撃してきた事、今まで何匹もの『二本足』を屠った自分の攻撃を受けて尚も死ななかった事から群れを率いる長であり最も強い雄なのは間違いない。

 奴と闘い仕留めてその肉を喰らえば自分はもっと強くなれる、あの脳髄を喰らえばもっと賢くなれる。

 そんな確信があった。

 

 もう片方、幼い雌の方は更に魅力的だ。

 体こそ成体に近いがおそらくまだ子を産む前の未成熟な肉体。

 幼体の雌が持つ肉の鮮烈な肉の味と成体の雌が持つ脂肪の乗った柔らかさ。

 加えて火を放てるという『二本足』の中でも稀に見る個性、以前の自分は『二本足』が持つ不思議な力に苦戦したが今なら確実に勝てる。

 火で怯ませられなければ今頃は生き残っている『二本足』も『耳長の二本足』も全て胃の中に収めていたはず。

 何より圧倒的に弱い獲物に傷付けられた屈辱、火傷は既に回復しているが屈辱の記憶は脳に刻まれ心を苛む。

 確実に若い雌を殺し肉を喰らわなければこの屈辱は拭えない事を更に聡明さを増した思考が結論付ける。

 おそらく奴らは今までの最上位の獲物だ、強い『二本足』と自分を閉じ込めた『耳長の二本足』を喰らったその時こそ更に強い自分になれる。

 

 その為にはこの場所から移動しなくては。

 金属で出来た地面と壁は牙と爪が巨大化した今でも壊すには苦労するに違いない。

 時間を掛けていては獲物達がこの場所から逃げ出してしまう、ただでさえ飢えを満たす為に屍肉を貪り続けどれだけの時間が過ぎたか。

 この場所は狭苦しいが獲物を迷わせる追い詰めるには最適だ、逃走経路が全く無い場所へ追い詰めれば全ての獲物を喰らい尽くせる。

 

ピィー!

 

 耳障りな音が響くと壁の一部が移動する、確かあの場所から獲物達は逃げ出したはず。

 鼻を鳴らして空気の中に含まれる微かな臭いを探る、どんな生き物も体臭を消す事は不可能だ。

 しかも自分の嗅覚は遠く離れた場所に落ちた獲物の血すら察知する、狭いこの場所なら容易く獲物の臭いを辿れる。

 慎重に、しかし出来る限り速く獲物達の臭いを辿り幾つもの角を曲がった。

 狭く行動範囲が推測できるという状況は自分にも獲物達にも有利に働く、罠でも仕掛けられたら避けきれない。

 喰えば喰うほど成長する肉体は狭い場所では却って不利だ。

 だが発達した脳と感覚器官は不利を補って余りある、必ずや獲物達を喰らってやろう。

 

 幾度か角を曲がると焼け焦げた死骸が大量に転がっていた。

 おそらく若い雌が放つ火で焼かれたのだろう。

 焦げ果てた体毛は無惨に爛れ、皮膚には水疱が浮き上がっている。

 状態から推測しても殺されてから大して時間は経っていないはずだ。

 そこまで考え、ふと戯れに焼け焦げた死体の肉にかぶりつく。

 半ば炭化している部分も躊躇わず喰らい呑み込み、暫し時間が経つのを待つ。

 

 一向に自分の体に変化が訪れない。

 近くで転がっていた別の死体の死体の肉を喰らい再び待つ。

 やはり変化は訪れなかった。

 どうやら喰らって自分の血肉と出来るのは死んでから時間が経ってない新鮮な屍肉だけのようだ。

 死体の損傷は問題ないが焼けて変化している肉は喰らっても無意味らしい、腐ったり毒を含んだ肉も同じだろう。

 おそらく石や金属といった喰えず消化出来ない物も似たような結果になるはず。

 自分の体が『耳長の二本足』によって別物に変えられてしまった事実が悲しみと怒りをほんの僅かな時間のみ思考を満たす。

 だが、これはこれで便利だと割り切った。

 何より今の体なら『二本足』や『耳長の二本足』に後れを取るはずは無い、そう考えれば自然に心が昂っていく。

 

 ふと、鼻に芳しい臭いが纏わり付く。

 雑多な臭いにほんの僅かだけ混じるそれは生まれた場所に巣くっていた大好物の臭いに酷似していた。

 首を左右に動かして空気に紛れた獲物の残滓を正確に辿る。

 元々鋭かった嗅覚は更に鋭敏となり光がろくに差さない場所でも獲物を探り当てられる程に強化されていた。

 近付けば近付くだけ臭いはより濃密となる、発達した知性による分析は獲物の状態さえ判断可能だ。

 漸く臭いの元に辿り着く、それは壁に付いた一つの血痕。

 植物の浸食によって罅が入っている壁の隅に存在するそれは単なる汚れにも見える。

 だが発達した嗅覚はその汚れが生物由来の物だとはっきりと判別した。

 

 明らかに若い雌の臭い、あの場所で視認した『二本足』と『耳長の二本足』の中で雌は一匹だけ。

 この暗い場所に別の『二本足』達が訪れない限り、この臭いの持ち主は火を放ったあの雌の他には居ないはず。

 だが『二本足』の雌が血を流す状況とは?

 考えられるのは自分と相対する前に傷を負っていたか、或いは自分が死体を貪っている間に『二本足』と『耳長の二本足』が争いを始めたか。

 心の中に現れた怒りの感情が猛烈な勢いで広がってゆく。

 極上の餌をその価値すら分からない鳥や獣や虫に横取りされた感覚と同じ憤激だ。

 相手は極上の獲物であり、この身を傷付けられた屈辱は相手をこの牙と爪で引き裂かねば拭えない。

 その機会が永遠に失われたと想像すると臓腑に傷を負ったような痛みが走る。

 

 だが奇妙だ。

 さっき『耳長の二本足』の頭を喰らってから妙に冴え渡る思考が違和感を覚えた。

 傷を負った獲物が壁にたった一滴だけ血痕を残すか?

 一回でも狩りの経験があるなら傷付いた生き物はこんな血の流し方はしない。

 流れ落ちた数滴の血が点々と地面に落ち、獲物の進行方向に向かって続いてゆく。

 深く傷つけばより多くの血を流す事となり、冷たく青褪めた骸と為り果てるだろう。

 どう考えてもこんな血の流し方をする訳がない、つまりこれは何かの印だ

 同じ『二本足』への連絡か、或いは自分を誘き出す為の罠か。

 

 暫しの逡巡。

 わざとらしく血痕をあの『二本足』が残した理由とは?

 どうして自ら率先して敵を誘き出そうとしているのか?

 すぐに考えられるのは『二本足』と『耳長の二本足』の対立、或いは自分の攻撃で傷付いた群れの長を庇ったか。

 最初に攻撃してきた『二本足』の雄の体からは多数の『耳長の二本足』が流した血が付いていた。

 だがこの場にある血臭は壁に付着した物だけなのは明らかに不自然。

 群れで最も狡猾で戦いに長けた雄が負傷したので若く強い雌が囮となった、そう考えるのが妥当だ。

 ならばわざわざ罠に向かう事もあるまい、他の『二本足』や『耳長の二本足』を負えば新鮮な肉を心ゆくまで貪れる。

 

 果たしてそれが正しい選択か?

 既に癒えたはずの火傷が疼く、まるでそれが間違いだと告げるように。

 嘗ての自分ならば相手の実力を正確に見抜き、わざわざ危険を犯してまでたった一匹の『二本足』の雌に拘る事など在りえなかった。

 しかし、それは自分の力が群れを為した『二本足』の雄達に及ばないと思考の何処かで認めていた証明だ。

 確かに自分は親や兄弟どころか同族と比べてさえ圧倒的に優れた体躯を持った生まれながらの強者、いや強者だった。

 勝利のみを享受してきた生涯で道具や不可思議な力を用いる『二本足』達に敗れ囚われた屈辱は今も拭い去る事が出来ない心の傷。

 それまで『二本足』の雌や幼体を好んで喰らってきた己が弱い個体しか仕留めきれない弱者だと突き付けられた気分だった。

 

 だが、今の自分が嘗ての己を遥かに凌駕する体躯と力を手に入れている。

 ならば何を恐れる事があろうか。

 加えてあの『二本足』の雌は手から火を放ち全てを持つ、『二本足』の群れの中で最も強い個体と考えて間違いない。

 幼く弱い雌ではない、若く強い雌だからこそ戦い喰らう意味がある。

 この身が新鮮な『二本足』や『耳長の二本足』の血肉を喰らう程より強くより大きく成長してゆく。

 あれほど強い雌を喰らえばどれほどの成長を果たせるか。

 湧き上がる闘志は悍ましい食欲に変換されて空になった腹が幾度も鳴る。

 あぁ、早くあの雌の肉と血と骨を余す所無く喰らいたい。

 大量の涎を垂らしながら暫し歩いた先の壁に付けられた血痕を確認、更に歩みを進める。

 血痕の先にあの雌が待ち構えている、そう考えるだけで全身の筋肉に力が漲った。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……何かデカくなってない?」

 

 あたし以外に誰も居ない部屋でつい独り言を漏らした。

 いやいやいや、聞いてないわよ。

 たとえきちんと話を聞いてたとしてもあんだけで大きくなるなんて想像外だわ。

 ちょっと前に遺跡が話してた内容を必死に頭の中から引き出す。

 うん、確かに『食べた分だけ大きく強くなる』的な事は言ってたわ。

 でもどの位まで大きくなるかまでは言ってない、間違いなく言ってない。

 本当にムカつくわね、このボロ遺跡。

 お母様を元通りにしたら絶対に誰も悪用できないように埋め立ててやるんだから、覚悟しなさいよ。

 

 心の中で必死に毒づいて遺跡を呪った、そうでもしなきゃやってらんないし。

 水槽みたいな機械がたくさん置いてある部屋で最初に見た怪物は普通の大人の二倍にならないぐらいの身長だった。

 筋肉の厚みも身長の割に薄くてヒョロっとした印象だし、あたしの炎で怯んだから回復したとしても大した事ないと思うのが普通でしょ。

 それなのに何なのあれ?

 何処からどう見ても別人、いや別獣?

 遺跡のこの辺はあちこち崩落しかかってろくに照明も点けられないらしい。

 だから通路に灯りと道標の代わりとして置いてあった松明に照らされて浮かび上がった怪物の体は倍以上も膨れ上がってた。

 身長は広い通路の天井に届きそうなぐらい伸びて、体の厚みなんて三倍か四倍ぐらいありそう。

 まいったわぁ、あんなの相手にするとか全然予想してないし。

 正面から戦ったら確実に死ぬわね。

 

「…って何で弱気になってんのよ、あたし」

 

 しっかりしなさいアリエル・フォウ・バルトファルト。

 お父様の作戦に乗ったのなら最後まで信じなきゃ。

 例え叶わない敵が相手でも立ち向かわなきゃいけない時があるでしょう。

 それにお父様も『無理して戦うな、ヤバくなったら逃げろ』と言ってくれたじゃない。

 あたしが任された役目は陽動、本当の作戦を悟らせず出来る限りの時間を稼ぐ事よ。

 

「でも素直に従うってのもそれはそれで癇に障るのよねぇ」

 

 大体さ、腰が引けたままで戦える相手じゃないでしょ。

 気配だけで分かるもん、あの敵は今まで戦って来たモンスターや怪物の中で一番強いって。

 後先考えてたら間違いなくやられるのはあたしだ、それなら最初から全身全霊でやるしかないでしょ。

 不思議と覚悟が決まったら頭の中が冴え渡ってくる、胃の奥が痛くてお尻がムズムズしてきたけど大丈夫。

 恐怖を闘志に変えて御守りを括り付けた右手に思いっきり力を込めた。

 右腕全体が一瞬だけ炎に覆われて暗い大部屋を照らす、そこから更に掌に意識を集中し続けて炎を火球へと丸めていく。

 あの獣人、じゃなくて魔装獣は同じ場所に立ったままであたしに近付こうともしない。

 初めて魔装獣と出会って火の魔法で攻撃した時はお父様を助けるのに夢中で溜め時間なんて無かった。

 怪我を負わせたかもしれないけど殺せる程の威力じゃないから射程外に居れば大丈夫、そんな事を思ってんでしょうね。

 

 だけどそれが命取りよ。

 松明の位置はあたしの魔法が最大威力になるまでの溜め時間と魔装獣の移動速度をお父様とロストアイテムが計算したギリギリ安全な距離。

 この大部屋はあたしが大きな火球を作り出せる場所、そして近くにある部屋は全部鍵が掛けてあるから咄嗟に隠れる場所は無い。

 廊下はずっと真っすぐだから後ろに逃げ出しても大火球から逃げられないし、そのデカい図体が逆に命取りね。

 立ってれば大火球が直撃だし、たとえ床へ伏せても壁に寄りかかっても体を焼かれちゃうわよ。

 つまりあんたはとっくの昔に詰んでんのよ

 

「うぁあぁぁぁッ!!」

 

 渾身の叫びと同時に自分の魔力と生命力を火球に込める。

 一度でも魔法が使えるようになると体の何処かで魔法を使えるように体が変化したみたい。

 怪物の群れを倒す為に無我夢中で放った大火球をどうやったら再現できるか、あたしの体がしっかりと憶えてた。

 たぶん使えば使うほど溜め時間や威力も調整できる、まぁ今は手加減する気なんて全く無いけど。

 体から放出した魔力で膨らんだ火球は既にあたしの身長と同じぐらいの大きさだ、これが当たれば魔装獣だってただじゃ済まないはず。

 ちょっとだけ廊下の方向へ目を向ける、雑念は魔法の力を弱めるけど相手を確認しなきゃ当てられる物も当てられない。

 魔装獣は相変わらず同じ場所に立ったままだ。

 

 何よそれ?

 あたしをナメてる訳?

 突然現れたあんたを追い払ったのはあたしの魔法よ、それを忘れたとは言わせないわ。

 

「……潰すッ!!」

 

 その決意と同時に火球の膨らむ速度が増して込められた魔力の渦が暴れ始める。

 やっぱりあたしの魔法は感情と強く反応するらしい、それも怒りとか敵意とかが一番の火種になる。

 ここで魔装獣を倒せるなら問題は一気に解決する。

 気張りなさいアリエル・フォウ・バルトファルト!

 あたしはやれば出来る女の子!

 

 ついに火球はあたしの体の倍以上の大きさに膨れ上がった。

 これ以上の魔力を込めても制御できない、弾けてあたしを中心に燃え広がるのが感覚で分かる。

 魔装獣は一歩も動かないまま、まさかそっちも何か作戦を立ててるって訳?

 防ぐのも逃げるのも無理な場所を選んだつもりだけど、何かこの場所に秘密があるのかも。

 だとしてもあたしに他の手段は無かった、全身全霊を込めた大火球を撃つしか出来ない。

 ならここは一気にやるっきゃないでしょ!

 

「こんのオォォォ!!!」

 

 息を吐き出すのと同時にあたしの掌から大火球が放たれる。

 廊下の壁にも天井にも届く炎がまるで赤い舌のように四方を蹂躙していく。

 速さは弾丸や大砲より遅いけど人間が逃げ切れる速度じゃない。

 魔装獣が人間を超えた速度で走れたとしても曲がり角に到達する前に当たるのはお父様とあの球のロストアイテムが計算してる。

 そもそも作戦に適した場所としてこの大部屋を選んでるし、わざわざ指先をナイフで切って血の跡まで残したんだから。

 

 でも流石に疲れたわぁ。

 火力が強い魔法を使うとそれだけで体力や魔力を消費するのは知ってたけど、自分で体験するのはこの遺跡を訪れてからが初めて。

 学園に戻ったらきちんと魔法の講義を受けよう、自己流のままじゃ流石にマズいでしょ。

 ぼんやりと、そんな事をばっか考えてる。

 頭の中は魔装獣に勝った気でいた。

 

 ふと、視界の隅に白く光った何かを見た気がする。

 後で自分がどうして咄嗟にそんな行動をしたのか考えても結論は出ないと思う。

 だけど猛烈に嫌な予感がしてあたしは急いで床に伏せた。

 

ぶおっ!!

 

 伏せてから数秒後、頭上を何かが通り過ぎる音がする。

 まるで虫みたいに床を飛び跳ね、その場から急いで移動した。

 何かが焼け焦げる匂いがする、食べられるように加工してある肉を焼いた良い臭いじゃなくていろんな物が焼け焦げる悪臭だ。

 この遺跡を訪れてからずっとこの臭いを嗅いでる。

 それも同然ね、だって火を点けてる犯人はあたしなんだから。

 

 立ち上がって戦闘体勢を整える。

 戦いはまだ終わってない、むしろこれからが本番だ。

 点滅を繰り返してる施設の灯りが臭いの出所を照らし出す、そこに居たのは見るも無残な火傷を負った巨獣。

 体毛は全部焼け落ち、皮膚は爛れて赤い肉がまる見えになってる。

 全身が紅く見えるのは体から噴き出す血が体を染めてるから、こんな状態でもまだ息がある生命力に恐怖以外にも尊敬みたいな驚きがあたしの心に湧き上がる。

 たった一ヵ所だけ白く輝いているのは巨大な牙が生え揃てる口元、あそこだけがまるで別の生き物みたいに艶やかな光を放っていた。

 もし床に伏すのが数秒遅れていたら?

 間違いなく巨大な牙で噛まれて死んでる。

 その事実に気付いて全身から血の気が引き汗が大量に流れ始めた。

 

「ォオォオォオォォン!!」

 

 突然の雄叫び、あまりの音量に両手で耳元を塞いでしまった。

 バカなのあたし、訓練じゃ両手はどんな状況にも対応できるようあれだけ教わったのに。

 あたしが狼狽えてる間にも目の前では信じられない光景が始まっている。

 巨大な獣が雄叫びを出すのと同時に体のあちこちが音を立てながら変化し始めた。

 さっきまで血を流してた傷口はあっという間に塞がって、肉が露出した部分は皮膚が覆い毛まで生え始めてる。

 何かしようと思っても恐怖と驚きで体が竦んで動いてくれない。

 結局あたしは目の前の怪物が回復する数十秒の間、茫然と立ち竦む事しか出来なかった。

 

「ゥグルルゥゥ……」

 

 体の状態を確認するように怪物が体を震わせる、狼や獅子を合わせて数倍に膨らませたような巨獣だ。

 全身が黒い体毛で覆われておて、その風変わりな頭部に見覚えがあった。

 エルフ達を殺め喰らい、お父様を襲おうとした怪物と全く同じ。

 

「大口叩くんじゃなかったわ」

 

 後悔を口にしながらあたしは四足獣に変わった魔装獣に向き直った。




アリエルvs魔装獣開始となります。
自重を超えて大量に食べた肉などの栄養源は魔装部分が管理して再生能力や身体強化に回して管理してます。
魔装獣はパワー重視の人型形態とスピード重視の獣形態に体を変えられますが、詳しい設定は次章で。
もうすぐアニメ2期が近付いてきますが、放送に合わせてエッチ回も構想中です。
何とか仕上がると良いなぁ。

追記:依頼主様のリクエストによりHaerang様、えみっと様、AD1E1E様にイラストを描いていただきました。
本当にありがとうございます。

Haerang様 https://www.pixiv.net/artworks/144561281
えみっと様 https://www.pixiv.net/artworks/145105368(成人向け注意
AD1E1E様 https://www.pixiv.net/artworks/145146078

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