婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
まるで鞭のように伸びた炎の腕をしならせて思いっきり振り抜く。
右後方から左前方へ、狙いは魔装獣の左顔面。
魔装獣の動き始めたのを見てから体を動かしても攻撃は当たらない。
力も速さもあいつの方が数段格上、真正面から戦っても死ぬの確実にあたしだ。
勝機は魔装獣が今まで一度も見てない攻撃、そして確実にあいつの体を傷付けられる炎の拳か大火球による攻撃のみ。
炎の鞭を魔装獣の顔に当てて隙を作り、大火力の攻撃ですぐに動けないぐらいの傷を与える。
攻撃で動けなくなった魔装獣をこの部屋に閉じ込めて爆弾を起動させる、それがお父様が立てた作戦だ。
ブオォッ!!
「……えっ?」
作戦遂行に重要な最初の攻撃、あたしの人生でも上位入賞確実な渾身の一撃が虚しく魔装獣の鼻先を掠める。
どうして?
そんな戸惑いを必死に圧し殺して状況確認を最優先。
命の危険から来る恐怖によってあたしの思考はどんどん速まっていく。
やっと確認できたのは四足歩行になった魔装獣の脚全てが前に揃った状況。
つまり、魔装獣はあたしが何らかの攻撃を仕掛けてくると予想し、敢えて全力で突撃するふりをした。
それにまんまと釣られたあたしは今まで一度も魔装獣に見せた事が無かった攻撃をしてしまう。
元々が野生の獣とは思えないぐらい異常な学習能力を備えている魔装獣に同じ手が通用するとは思えない。
いや、もしかしたら間合いとか好機を窺えば当てる事は出来るかもしれない、だけどそうするだけの体力と魔力が残される可能性は低かった。
ニイィィ……
魔装獣のやたら大きな口が吊り上がる。
あたしを嘲笑ってるのか、それとも食べる前に口を大きく開こうとしてるのかは分からない。
まぁ、それはどっちでも構わない問題ね。
この状況で真っ先に解決しなきゃいけない問題は今の体勢からどうやって立て直すか、それだけしかない、
右から左に腕を振ったせいで思いっきり炎の鞭の先端はあたしの体が一番遠い位置にある。
単純に動作を逆にして振った所で魔装獣には避けられてしまう。
いや、あれだけ大きな体なら当てられるかもしれないけど大した傷は与えられないし動きを止めるのは絶対に無理。
最短距離を全力で突っ込まれたその時点であたしの負けは確定しちゃう。
どうする?
どうする?
何をすれば良い?
戦闘に集中したせい時間の流れが緩やかに感じる。
間延びした時間の中で必死に思考しても結論が同じ所をぐるぐる回り続けて会計方法が全く浮かばない。
こうして瞬きしている次の瞬間にも魔装獣が襲い掛かって来るかもしれないのに。
今のあたしに出来る事は必死に自分の体勢を立て直すだけで精一杯だ。
時間を長く感じるせいで逆に恐怖が増すなんて。
ゆっくりと魔装獣が前屈みの体勢に移り襲い掛かって来るのが見えた。
咄嗟に、何故か分からないけど空いていた左手が自分の体を弄る。
どうしてそんな動きをしたのか全く分からない。
ただ、あたしの体が意識を超えてそうするべきだと告げている。
腰の後ろへ回した左手の指先に何か硬い物が当たった感覚が伝わった。
同じ所をぐるぐる回っていた思考が研ぎ澄まされた感覚と戦闘で無駄と切り捨てた記憶と急速に結び付く。
魔装獣を倒す為にお父様があたしに教えくれた作戦と託した物が何だったのか、あたしの中にある様々な物が全部繋がって一つになる。
掴んだそれは硬さと重さを兼ね備えた金属の塊、人も獣も魔物も区別無く傷付ける殺意の結晶。
今までも似たような形をしたそれをあたしは何年も扱ってきた、領軍の訓練に参加してからは社交界の催しより訓練に参加する時間が多いぐらい。
なのにどうして忘れてたんだろう?
たぶん、あたしは火の魔法の力に突然目覚めたせいで自分が強くなったと思ったんだ。
お父様やお母様に憧れて続けていた時に魔法が使えるようになって、エルフの島で起きた騒動を自分の力で解決できると増長してた。
今までのあたしはまるで武器の恐ろしさを考えないまま振り回すバカな子供みたい、これじゃ勝てる戦いも勝てやしない。
戦いの勝敗に魔法の有無は関係無い、あくまで魔法は手段の一つに過ぎないんだ。
銃火器や格闘術はもちろん罠だって立派な攻撃方法で、いろんなやり方を考えろとお父様は昔から言ってきたのに。
火の魔法があたしにとって一番破壊力がある攻撃方法だったからってそれに拘り過ぎてた。
そのせいでまさかこんなに追い詰められて、他のやり方を全く思い出せなくなったとか頭が悪過ぎる。
呼吸を調整しながらそれを掴む、慌て過ぎて落としたりすれば目も当てられない。
腰から引き抜いた鈍く光を放つ金属の塊はどう考えても女子供が扱うには規格外の大きさだ。
あまりに破壊力があり過ぎて人を撃つのを禁止され、携帯武器なのにモンスターや大型獣相手と対等に戦えるそれはお父様が愛用してる大型拳銃だった。
護身用の拳銃や軍が支給している戦闘用の拳銃と比較してもあまりに大きい、持つだけでも腕が痺れてきそう。
だけどこの大型拳銃をあたしは片手で扱わなきゃいけない、右手に宿る炎を解除すればそのまま魔装獣に食べられかねない。
攻撃を躱された不格好な体勢、しかも拳銃を握る左手は利き手じゃないと状況は最悪だ。
それでもやらなきゃあたしはこのまま魔装獣に食べられちゃう、やらないって道は残されていなかった。
銃口で狙う場所は魔装獣の頭、最初に見た時より巨大化した事にさっきは絶望したけどこうなると逆にあたしの方が有利ね。
人間みたいに二足歩行してたのに今は獣と同じような四足歩行になったから頭の位置が低くなって狙いやすい。
しかもあたしを食べようを頭をこっちに向けて突っ込んで来てる。
これじゃあ狙ってくださいって言ってるようなもんでしょ。
左手を差し出すように前へ突き出す、その左手の直線上には銃口が。
覚悟を決める時間も、狙いを定める時間も惜しい。
あたしはまるで拳を突くように左手を伸ばして銃爪を引く。
ドオォオォン!!
まるで大砲みたいな轟音が遺跡の大部屋に木霊する。
あまりに音が大き過ぎて一体何がどうなったらあたし自身にも分からない。
ただ、魔装獣の顔面が光ったような気がする、確かな事は言えないけど。
分かるのはあたしに飛び掛かって来ていた魔装獣の動きが止まってる、そして何か湿った音が聞こえた。
床を濡らす大量の液体が血だと気付き改めて正面に佇む魔装獣へ向き直る。
大型肉食獣と同じように鼻先が突き出た顔面の左半分が大きく抉れていた。
顔面の左半分から大量の血がこぼれ落ち続け、その断面からは損傷した様々な臓器が露出してる。
かろうじて切れなかった神経と繋がってる左眼球は垂れて地面を見続け、頭頂部付近の断面から見える赤白い物はたぶん脳だと思う。
明らかに致命傷、普通の動物ならそのまま即死してもおかしくないほどの負傷だった。
ここまでの威力はたとえ拳銃が大口径でも普通は無理。
原因はたぶん拳銃に装填されていた弾丸が特殊な物だからと思う。
魔法の力を込めた魔弾は通常の弾丸と比較にならない程の威力を発揮する、その代わりに値段は数十倍から数百倍近くまで高価だ。
普通の魔弾はライフルで使用できるように生産されてるけど、拳銃用の魔弾も少数ながら生産が行われてる。
ライフルで使われる魔弾よりも弾頭が大きく薬莢が短い拳銃用の弾丸、しかもこんな大口径の拳銃で撃つならその値段が物凄く高いぐらいあたしにも分かった。
「こんな危ない物を娘に渡さないでよ…」
思わずそんな言葉が口から漏れた。
お父様が不測の事態に備えて魔弾が装填された拳銃を託してくれたのは分かる、そのお陰で命拾いもしたし。
だけどこう、何というかもうちょっと扱いが簡単な武器を渡して欲しかった。
というか手首が痛い、物凄く痛いんだけど!
撃った時の反動で思いっきり捻ったのかな、或いはあたしの腕力でも重量が原因で持ってるだけで痺れたのかも。
どっちにしてもせっかく覚醒したあたしの魔法じゃ魔装獣には対抗できなかった、決定打になったのはお父様から託された武器。
近くにライオネルが居なくて良かったわ、あいつが居たら絶対にあたしの醜態を見て嫌味を言ってただろうし。
大した傷を負わずに魔装獣を倒せたなら万々歳ね、せっかくの爆弾が無駄になったけど。
びちゃっ……
そんな事を考えてたあたしの耳に湿った何かが落ちる音が入って来る。
恐る恐る音がした方向へ振り向く、もちろん魔装獣が居る方向だ。
頭の左半分が抉れた魔装獣の姿は倒してからずっとそのままのようにも見える。
ゆっくり視線を下に降ろすと血で出来た水溜まりに白い何かが浮かんでた。
大きな白い球と小さな黒い球を組み合わせたそれは眼窩を吹き飛ばされ、かろうじて頭部と神経で繋がってた眼球だ。
そこで安心して後ろを振り向けるぐらい図太くて阿呆なら良かったかもしれない。
だけどあたしはどうしても魔装獣が気になって抉られた部分をじっくりと凝視してしまう。
魔装獣の頭部は相変わらず吹っ飛んだまま、じゃなかった。
まるで肉の間や皮膚の下で小さな虫が難十匹も蠢くように細かく脈動してる。
気付けば抉れた顔面を見ながら魔弾が命中して動きを止めた時の記憶と必死に比較した。
思い出すだけでも気分が悪くなって吐きそう、それでも記憶を搔き集めて状況確認を行い続ける。
明らかに抉れた顔面の肉が盛り上がってる。
火ぶくれとはまるで違う、魔装獣の体から溢れそうなぐらいに生命力が満ちていた。
ふと、赤い肉の中に小さく蠢き膨らみ始めた細長くて白い何かが目に入る。
まだ小さい子供の頃に駆け回った野山で見つけた動物の死骸、その肉に餌にする蛆に似ていた。
脈動する度に白いそれは膨らんで管みたいな形から球みたいな形へ変わっていく。
完全な球状となったそれの中心に今度は黒い点が浮き出し始める。
その球の正体は一体なんなのか、あたしには分かった。
小さいけど新しい左の眼球だ。
「――――ッ!」
悲鳴にもならない声が吐く息と混じって口から漏れる。
たぶん、十五年間のあたしの人生でこれだけ何かを怖がったのは生まれて初めてだ。
気付いたら左手が痛いぐらい拳銃を握りしめ、銃口を魔装獣の抉れた顔面に向けていた。
ダアァンッ!!
ドオォンッ!!
ガァアンッ!!
ダァアンッ!!
続けざまに魔弾を魔装獣の体に向けて撃ち込んだ。
恐怖で我を忘れるあたしにちゃんと狙いを定めるなんて出来ない。
最初の一発はさっき当たった傷口に当たって大きな血しぶきが周囲に撒き散らされた。
続く一発は肩の辺り、その次は胸、その次は前脚。
魔弾が当たった魔装獣の体は銃創によりも爆発痕に近い、返り血や宙を舞う肉片にさえ気を留めずあたしは銃爪を引こうとする。
だけど猛烈な痛みが左手首を襲う。
手首だけじゃない、人差し指にも違和感と痛みがあった。
慌てて左手を確認すると手首の向きがおかしい、人差し指も妙な方向に曲がってる?
そもそもお父様が渡した拳銃は大人が両手を使って撃つような大口径。
あたしが其処らのお嬢様達よりも体を鍛えてたとしても片手で扱えるような代物じゃない。
それを四発も連続で、いや最初に当てたのも含めたら五発ね。
後先考えないまま無理な体勢で撃ち続けたら体を痛めるに決まってる。
でも右手に纏った魔法の炎を消して左手を庇う気が起きない。
もし力を抜けば魔装獣が襲ってくるかも、そんな恐怖があたしの体を支配していた。
改めて魔装獣に視線を向ける。
新たに四発の魔弾が当たった魔装獣の体は更に損傷してひどい有様だ。
ここまでする必要があったかはこいつと戦ってたあたしにさえも分からない。
ただここまでしなきゃ確実に殺されていたと思う。
どうして、どうしてあたしはこんな所に居るのかな?
ぼんやりとそんな事を考える。
ただあたしは小さくなったお母様を元通りにしたいだけ。
お父様を助けてエルフの里に起きた騒動を解決して皆から褒められたい、それで良かったのに。
どうしてこんな血生臭い殺し合いをしてるんだろう?
何か、お父様が昔の戦争を語りたがらない訳がやっと分かった気がする。
こんな風に心も体も疲れて痛い思いをしようなんて普通なら思わない。
早く宿に。
うぅん、屋敷に帰りたい。
温泉に入って、好きなお菓子を頬張って、夜更かして昼まで寝よう。
それぐらいしたって良いじゃない、あたし頑張ったよ。
体中が疲れて痛くて眠い。
さっさとこの部屋から出よう、魔装獣を完全に焼き殺さないきゃ。
疲れた体に喝を入れて立ち上がり部屋の入口に向き直る。
ぐぶぅ……
だけど生臭くて鼻を突き刺すようなひどい匂いが周りに広がった。
血臭に混じる肉が腐った、或いは発酵したチーズのような酸っぱい匂いと領地の畑で嗅いだ事がある堆肥の匂いを混ぜたような感じ。
どっちにしても良い匂いじゃない、問題なのはどうしてそんな鼻が曲がりそうな悪臭があたしの周りに漂っているかよ。
恐る恐る振り返った、嫌な予感がして振り返りたくないけど見ないとあたし自身に嫌な事が降りかかりそうだから仕方ない。
魔装獣の体は腐り始めてた。
ううん、違う。
厳密に言えばあたしが負わせた傷の部分だけがまるで腐ったように黒く変色し始めて血や膿かも分からない真っ黒な液体がどんどん溢れ始めてる。
でも怖いのは魔装獣の体が腐ったように見える事じゃない、黒くなった傷口が流れ落ちた場所の下から新鮮な桃色の肉が見えた。
明らかに回復してる、あれだけの攻撃を受けても魔装獣は生きてる。
そう理解した瞬間、あたしの中にある何がが弾ける音を聞いた気がした。
「あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛っ゛!!」
魔装獣の鳴き声とは全く違う獣の声、新手の敵かと思ったけどこの部屋に居るのはあたしと魔装獣だけ。
じゃあ、これはあたしの叫びって訳なの?
ぼんやりと心の片隅に追いやられてた妙に冴えた思考だけが穏やかだ。
今のあたしの心の大部分は激怒、恐怖、嫌悪感、そして殺意みたいな強い感情で満ちてる。
あたしの叫びに呼応したように右腕が再び炎に包まれ巨大な腕部を形成していく。
疲れ切ってもう無理と感じてたあたしの体の何処にこれだけの体力と魔力が残ってたんだろう?
まるで誰かに体を操られてるみたいに勢い良く足が前に踏み出してる。
体の動きにあたしの思考が全く追い付いていない。
バゴオォヂュッ!!
何かがぶつかった音と潰れた音がほぼ同時に聞こえた。
巨大化したあたしの右拳は魔装獣の残ってる右半分に命中、体に頭がめり込みそうな速さで上から下に炎の拳を叩き込んでる。
弾けた頭から撒き散らされた血は沸騰したかと思うぐらい熱い、もう焼くという段階を飛び越えて蒸発させたのかと思うぐらいだ。
完全に魔装獣の頭部はぐちゃぐちゃに潰れた、跡形も無くなって眼球も脳も弾け飛んでる。
だけど安心できない、何度も何度もあたしは自分が持ってる全力を込めた攻撃を叩き込んできた。
それでもこいつは異常な回復力で蘇って襲ってくる、それが怖くて怖くて仕方ない。
「こぉんのおぉ!!」
ズブジュゥ!!
ジュグゥググッ!!
普段の数倍、いや数十倍も大きくなった拳を今度は平手の形に変え、上から下に勢い良く振り下ろす。
巨大な手を人生で一番の速さで打ち込んだ攻撃力に加えて炎の熱が混じる手刀だ、どれだけ魔装獣が大きくても無傷ではいられない。
背中から腹にかけて振り下ろされた手刀はちょうど真ん中の辺りで止まる、それ以上は肉や内臓が分厚くて動かせなかった。
それでもあたしの腕は炎を纏ってる、たとえ魔装獣の体に埋まっていたとしても炎の熱さ体内を駆け巡って内臓を情け容赦なく灼くだろう。
「倒れてッ!! 倒れろッ!! 倒れろオォ!!」
右腕を魔装獣の体を貫いたままにせず力任せに引っ張り抜いた。
動物の毛や肉が焦げた独特の匂いが漂ってくる、黒い孔のような焦げた傷口から流れる血は一滴も無い。
腕を抜いたのは魔装獣が怖いから後ろに退くつもりじゃない。
確実に仕留められるように渾身の一撃を叩き込む為の準備だから。
かろうじて残っている体力と魔力を炎の右腕に、さらに先端の右拳に収束させる。
炎の色が赤から青に、そして白く輝くように光を増す。
あたし自身も抑えきれないぐらいに拳が熱くなった瞬間、思いっきり右の拳を魔装獣へ叩き込んだ。
ドグァアァァンッ!!!
まるで爆弾が破裂したように大きな閃光と爆音が弾けた直後、巨大な魔装獣の体が後ろに仰け反って倒れた。
同時にあたしの体も反対方向へ跳ね跳ぶ。
体感でだいたい数秒間ぐらいかな?
背中に大きくて硬い何かが凄い勢いで当たった、あまりの衝撃に息が詰まって呼吸が上手くいかない。
ヒューッ、ヒューッと変な声が喉から漏れる、それが自分の呼吸音だと分かるのにまた数秒が経過する。
必死に両足を踏ん張って立ち上がろうとしても上手くいかない。
そもそも自分の体をどうやって動かすのかさえ忘れたみたいに思うように動いてくれなかった。
特に右腕が痛い、凄く痛くて両目から数滴の涙が零れる。
きっと手の骨に罅が入ってる、もしかすると一ヵ所だけじゃなくて何ヵ所も折れてるかも。
このまま意識を失った方が幸せかな?
生きる事がこんなに苦しいなんて今まで知らなかったわ。
それでも必死に体を転がして反対方向に跳んだ魔装獣を確認しないと。
もしあっちが先に起き上がったら死ぬのは確実にあたしだもん。
ごろごろと寝返りを繰り返してどうにか体勢を反対方向へ向き直る、その間も体が痛くて床に涙が落ちた。
必死に見上げたその先にはさっきまで戦っていた物とまるで別の存在が佇んでいる事に気付く。
いや、それをあたしは見た事がある。
この遺跡の中心部で見て、そして倍以上の体積になった二足歩行をしてる時の魔装獣だ。
だけどおかしい、あいつの体には首から上が存在していない。
まるで頭部が何処かに行った人体模型みたいな不気味さがある。
なのにどうして、魔装獣は四足歩行から二足歩行になってるのよ?
だいたい頭が無くなってるどうやって呼吸して転ばずに立てるのか訳が分からない。
そんなあたしの疑問に答えてくれるように魔装獣の体は変化を始める。
体の肩から腹にかけての大きな傷口、焦げ跡から見てあたしが付けた傷に間違いない部分だ。
そこから黒い霧みたいな物が漏れ出して体を覆い始めてる。
さっきまであった小さい傷口からは白目が大きい新たな眼球が、そして大きな傷口には鋭い歯が何本も不規則に生えていた。
「……ははっ、何なのよそれ」
絶望も恐怖も通り越して笑いが込み上げてくる。
こんなの相手に、どうやって倒したら良いのよ?
もうやだ、全部やだ。
戦うのも、痛いのも、苦しいのも、我慢するのも。
全部やだ。
このまま魔装獣と戦い続けた所で絶対に倒せない、どう頑張っても無駄な足掻きだ。
だったらいっそ自分から体を晒して食べられた方がいい、少なくとも戦い続けて苦しみが増えるよりよっぽど賢い選択でしょ。
完全に心を折られて闘志が湧かない、体力も魔力も尽き果ててる。
喉はからからに渇いてるのに涙が止まってくれない、ここがあたしの終着点。
まだ魔装獣は変化の途中だから襲われるまでに時間がある、だけど力尽きたあたしに反撃の手段は無い。
……待って、待ってよ。
何であたしは魔装獣を倒そうとしてたの?
お父様が命じてたのはこの部屋に魔装獣を引き留めろってだけだったじゃない。
隙が生まれた今に無理して戦う必要なんて全く無いでしょ。
あたしが一体何の為に戦ってたのが、完全に目的を履き違えてたわ。
こんな化け物と戦わなくていい。
そう考えただけで急に生きる力が湧いてくるんだから本当に現金な性格ね、自分でも呆れるわ。
なりふりなんて構ってられない。
まるで地面を這い回る虫のように、時には立ち上がろうとして躓きながら前へ前へ進む。
死ぬのなんて絶対に嫌よ、何が何でも生き抜いてやるわ。
べたッ…
べたッ…
後ろから湿った音が聞こえて来た、だけど怖くて振り向けない。
もしも後ろにいる魔装獣があたしを追ってる姿なんか見たら今度こそ心が折れる、自分でもその事が嫌でも分かった。
べたッ…!
べたッ…!
どんどん足音が近くなる、だけど視線は前だけを見てる。
後ろを振り向きたい気持ちを全て前に移動する力に変えて進む、あとちょっと。
あの古めかしい扉を出たらすぐに閉めて魔装獣を部屋に閉じ込める。
そしたら爆弾を起爆させて終わり、たったそれだけの事だ。
なのに普段なら数十秒もかからない動作に今のあたしはめちゃめちゃ苦労してる。
とても苛立たしくてもどかしくて怒りがどんどん湧いてきて汗が止まらない。
もし魔装獣に追い付かれたら今度こそ本当に終わる。
べだッ!!
ヤバい。
今、真後ろで足音が聞こえ。
次の一歩で今度こそ追い付かれる、そうなったらあたしは間違いなく死ぬ。
無意味と分かっていても自然に手が前へ伸びる。
ほんの指先ぐらいの距離を稼ぐ為に、無駄な足掻きだとしても止められない。
薄暗い遺跡の中なのに扉の外が光り輝いて見えるのは気のせいかな?
バアァンッ!!
あぁ、ついに体を踏み潰されたのか。
少し音がおかしかった気もするけど、自分の体が砕ける音なんて一度も聞いた事が無いから分からない。
いやっ、やっぱりおかしいわよ。
何か魔装獣が動いてる気配まで感じられないのはどう考えても変。
いくらあたしが楽天家でもそこまで都合良く物事を考える阿呆じゃない。
頭を上げてもう一度前を見るとまたあ何かが光った。
ダアァァンッ!!
聞き慣れた音に疲労で鈍った意識が冴え渡る。
これは銃声、光は発砲炎。
扉の向こうで誰かが銃を撃ってあたしを支援してくれるんだ。
「アリエルっ!!」
「っ、お父様ぁ!!」
「無事かァ!?」
「生きてるぅ!!」
聞こえてきた声の主が誰か分かった瞬間、あたしは生存と勝利を確信した。
時間が…、執筆の時間が…。(いつもの挨拶
アリエルちゃん大苦戦の章。
魔装に浸食されたバンデルが実質的な王国編のラスボスなので、例え野生の獣を改造して魔装を移植した存在でも大苦戦するのは自明の理です。
しかし魔装獣はここから更に変身形態を残しています、この意味が分かりますね。
怪物達を炎の魔法で薙ぎ倒すアリエルが苦戦するのはあくまで怪物達が対人兵器なのに対し、魔装獣は対軍・対鎧を想定した存在だからです。
次章は遺跡での戦いの決着、その後アニメ2期記念の番外編になります。
追記:依頼主様から多くのリクエストによりMIYAMA様、さらり様、オスワーニ様、감자싹様、yger様,ohgi様にイラストを描いていただきました。
本当にありがとうございます。
MIYAMA様 https://www.pixiv.net/artworks/145578689(魔装獣デザイン、ネタバレ注意
さらり様 https://www.pixiv.net/artworks/145768795
オスワーニ様 https://www.pixiv.net/artworks/146297040(成人向け注意
감자싹様 https://www.pixiv.net/artworks/146253099(肌色多め注意
yger様 https://www.pixiv.net/artworks/146249514
ohgi様 https://www.pixiv.net/artworks/145836755(成人向け注意
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。