婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第177章 父の肖像

 父上とアリエルと別れて暗い遺跡の通路を歩き始めてからどれだけ時間が経過しただろう?

 まだ一時間さえ経っていないように感じるし、既に数日も彷徨っているようにも感じていた。

 たぶん僕の頭上をプカプカと宙に浮きつつ暗い通路を照らしてくれるロストアイテムに尋ねたら正確な時間を教えくれるんだろう。

 でも何となく尋ねるのが怖い、そもそもかなりの小心者で若干人見知りな性格の僕がこんなよく分からない存在と行動を共にするなんて無茶なんだ。

 きっと付き合いの長い父上や物怖じしないアリエルなら悪態を吐きながらいろいろと情報を聞き出すんだろう。

 つくづく臆病な自分への嫌悪感で足取りが重くなる。

 そもそもバルトファルト領の軍事訓練や王立学園の演習は経験したけど実戦は今日が初めてだ。

 遺跡の中心部に到達するまでに何度も怪物と戦っても大きな怪我が無かったのは奇跡に近い。

 父上が郡司方面に秀でた御方だとしても新兵同然の僕やアリエルはお荷物に近かったはず。

 突然アリエルが魔力に目覚めなければ絶対に上手くいかなかった。

 そこまで考えて思考を一旦止めた、ここから先は父上と双子の妹と役立たずな自分を比較して延々と自己嫌悪に陥るのが目に見えてる。

 

「ねぇ、君」

『何でしょうか?』

「あ~、いや、その」

 

 歯切れの悪い言葉が口から漏れて更に気分が沈む、話しかけるんじゃなかった。

 どうにも無機質なロストアイテムの反応には慣れそうにない。

 何しろ外見が宙に浮いてる大きな機械の眼球な上に赤い中心部から光を照射して通路を照らしてるんだもん。

 今の世界にこんな未知の技術が存在してる事を僕が知ってから三日も経っていない。

 碌に会話も続かない機械の眼球と共に未だ怪物が徘徊してる迷路じみた遺跡を脱出なんて無理だと喚きたかった。

 

「あとどれ位で外に脱出できそうかな?」

 

 口から出たのは脱出かかる時間の推察だった。

 他にもロストアイテムへ聞くべき話題があったのかもしれない。

 だけど緊張した僕が尋ねたのはこの地獄みたいな沈黙がどれぐらい続きそうかという消極的な質問。

 尋ねてから後悔が襲ってきたけど時間を戻すのはたとえ聖女様でも不可能だ。

 どうしてこう、僕はいつも物事を首尾よく解決できないのか。

 

『遺跡からダウンロードされた情報を参考に脱出ルートを選択し、貴方の行動方針と身体データから計測した結果1000秒未満で地表に至ると推察されます』

「そ、そう」

『尤もデータが正確で一度も戦闘を行わないという前提ですが』

「…ごめん、やっぱり怪物達を避けて脱出しなければ良かったかな?」

 

 父上に遺跡からの脱出を命じられた後、どうやって脱出するのかロストアイテムと話し合った。

 僕が選択した方針は可能な限り安全で戦闘を回避できそうなルートだ。

 はっきり言って僕の戦闘力は父上と比べて圧倒的に低い、しかも遺跡での戦闘でアリエルが魔法の力に目覚めたから三人の中で最も弱い。

 まぁ、領軍の訓練でもアリエルに勝てた試しはほぼ無いんだけど。

 とにかくそんな僕がたった一人でまだ怪物が残っていそうな遺跡を駆け回るのは自殺行為と言っていい。

 魔法を宿し殺傷力の高い魔弾は遺跡の中心部に到達するまでかなり消費してるし、父上とアリエルは僕が地上へ脱出する時間を稼ぐ為に魔装獣と戦う決意を固めている。

 逃げ出す僕に出来る親孝行は残っていた魔弾を全て父上に渡す位しか出来なかった。

 この装備で怪物達に遭遇したら死ぬのは間違いなく僕の方だろう、だから可能な限り怪物達に遭遇しないルートを選ぶしか解決法は無い。

 ロストアイテムが通路を照らす光に導かれながら慎重に進み、怪物に遭遇しそうになったら物陰に息を潜めて隠れる。

 時には来た道を戻る事さえしながらやっとここまで辿り着いた、正直言って心と体もボロボロだった。

 

「父上だったらもっと上手く途中の怪物を躱せただろうし、アリエルなら魔法の炎で怪物達を追い払えたと思う」

『不要な戦闘行為を避けて消耗を減らす行動方針は優れた将官の資質です』

「単純に臆病なだけださ。きっと父上なら上手く怪物達を退治できたよ」

 

 今日の父上の戦い方を間近で見て心底そう思う。

 新兵同然な僕達を率いて襲ってくる怪物達に冷静な対処しつつ、御自身もエルフ達を素手でほぼ鎮圧してしまったのだ。

 僕が出来たのは父上やアリエルをひたすら援護するという支援行動だけ、何処から見てもいつかバルトファルト伯爵家の領地と軍を継承する嫡子に相応しい姿じゃない。

 しかも父上が魔装獣を引き付け誰かが遺跡を脱出するという作戦を立案した時に自分が残ると主張してしまった。

 いや、主張どころか父上の方針が不服だと食い下がって口論に発展しかけてる。

 重要な局面であれはなかった、明らかに戦闘の影響で気分が昂っていたからか普段ならやらない愚かな行動をしてしまった。

 

 まったくどうかしていた、きっと双子の妹であるアリエルが魔法の力に目覚めたせい。

 思い返せば小さい頃からアリエルは器用にいろんな事を熟せるのに僕は人並な事しか出来ない。

 そんな事ない、きっとバルトファルト領に住んでる皆はそう口にするだろう。

 確かに領内の学問所では主席だったし、王立学園の入学試験では好成績を収めて上級クラスに在籍する事が出来た。

 でも僕が高得点を出せたのはあくまでも母上がホルファート王国で最上位級の学識を持っている元公爵令嬢であった影響が大きい。

 この国で最高峰の知識を持つ母を持ち、ひたすら過去の入学問題を解き続け、同じ間違いを繰り返さなければ誰だって入学問題で躓く可能性は自然に低くなるさ。

 むしろ普段は勉強を嫌がっていたのに大して受験勉強をしないまま入学試験に合格したアリエルの方が咄嗟の判断力や応用力に秀でてると僕は常日頃から考えていた。

 父は武勇で爵位と領地を賜ったリオン・フォウ・バルトファルト伯爵。

 母は知識と礼儀作法を完璧に備える元公爵令嬢のアンジェリカ・フォウ・バルトファルト伯爵夫人。

 そんな両親から生まれた子供達は小さな頃からいろいろな才能に秀でていた。

 まだ幼いディランと凡庸な僕を除いては。

 

「アリエルだったら襲ってきた怪物達を火の魔法を使って倒してさ。そして最短の道を進んでとっくに遺跡から脱出してるよ」

『そして遺跡に残留したリオン・フォウ・バルトファルトと貴方の二人はこの遺跡が生み出した忌々しく醜悪で悍ましい存在するだけで世界を穢す怪物に敗北を喫していた可能性が高いと判断します』

「……随分と辛辣な言い方だね」

『それは新人類の貴方達に対してでしょうか?それともこの愚かな遺跡とあらゆる記憶媒体から消去すべき怪物の方ですか?』

「君、分かってわざと言ってるよね。まぁ僕の力が人並程度なのは素直に認めるけど」

『貴方はリオン・フォウ・バルトファルトに似ていますね』

「僕が父上に?笑えない冗談はやめてよ、僕の何処が父上に似てるのさ」

『貴方の劣等感が強く常に他者と自分を比較し落ち込む性格はリオン・フォウ・バルトファルトの性格的特徴でもあります』

「はぁ?」

 

 父上が劣等感の強い性格?

 そんな訳ないだろう。

 今の僕と同じ年頃の父上は実家を出て王国軍に入り若くして旧ファンオース公国との戦争で武功を挙げ叙爵された。

 十代でこれだけの功績を出せる若者がホルファート王国にどれだけ存在するか。

 僕なら絶対に不可能だ、アリエルにも無理だろう。

 たぶん出来るのは聖女オリヴィア様と五人の勇者達ぐらいしか居ない。

 そんな父上を誇りに思うのと同時にバルトファルト伯爵家の嫡子に選ばれた事は途轍もなく重圧だった。

 どうすれば父上と母上に失望されないか、何をどうしたら間違いを減らせるか。

 汲々としながら必死に勉学と訓練に励み優秀な嫡子を演じるのはとても面倒で疲れる。

 それでも頑張ってこれたのは僕が父上と母上を心の底から尊敬してるからだ。

 

「父上は知略に富みながらも豪胆な御方だ、今日の戦いぶりをどう見ればそんな意見が出るのさ?」

『失礼ですが貴方の御年齢は?』

「十五歳」

『私がリオン・フォウ・バルトファルトと出会ったのは貴方が生まれた後になりますが、作戦行動を共にした時間については私の方が圧倒的に長い筈です』

「だから君は僕よりも父上を知ってるって言いたいの?」

『はい。私とリオン・フォウ・バルトファルトは初対面時に於いて互いを殺傷する目的で戦い、その後は双方の利益獲得の為に協力関係となりました』

「君って僕でも撃ち落とせそうなぐらい小さいけど」

『この私はあくまで端末の一つに過ぎません。本体は旧人類が残した宇宙戦艦です』

「……ごめん、そっちの話題は僕の頭が理解を拒んでる」

 

 よく分からない単語や飛び交って僕の拙い想像力を遥かに凌駕していた。

 これ以上考えてたら頭痛で作戦行動に支障が出始める。

 どうにか話題を変えないと未知の世界に足を踏み入れそうで怖い、尤も今こうして古代の遺跡の中を彷徨っている状況を考えたら説得力が無いけど。

 

『リオン・フォウ・バルトファルトは不要な戦闘行為を避ける傾向にあります。彼は私と情報収集や物品の奪取等の作戦行動を共にした際も戦闘回避を念頭に置いて行動します』

「……君が物凄く物騒な事を呟いた気がするけど、今は話を進めてくれるかい」

『彼は作戦行動中の愚痴がとても多く、事ある毎に現状への不満を口にして私に対し辛辣な言葉を投げつけます』

「その程度はどうにか許して差し上げくれないかな。父上は元々が下位貴族の出身だから高位貴族の振る舞いを知らずに育って苦労してるんだ」

『彼の貴族社会に対するストレス解消に関してはアンジェリカ・フォウ・バルトファルトに対しての依存的傾向が非常に高いと提言します』

「いや、僕の口からは逆に言い難いよそれ。確かに父上と母上の仲は良過ぎるぐらいだけど」

『私との作戦行動中にリオン・フォウ・バルトファルトがアンジェリカ・フォウ・バルトファルトの名を呟いた回数は最小で7回、最大で23回となります』

「そんなに」

『お疑いなら録音してある彼の音声データを再生できますが』

「絶対に止めろ」

 

 思わず口調が荒くなった。

 僕がそんな反応を示しても仕方ないだろ、だって父上が母上の名前を何度も何度も呟いてる声なんて絶対に聞きたくない。

 ただでさえ御二人は屋敷内で僕達が居るにも構わずにイチャイチャし始める。

 いくら夫婦仲が良くてもそれを眺め続けられるほど人格者じゃなかった。

 

『情報的価値が低いリオン・フォウ・バルトファルトの愚痴を聞き続けるのは私の記録容量を無駄に浪費する行為なので幾度も止めるように進言を試みました。しかし彼が聞き入れる様子は未だにありません』

「父上が随分と迷惑をかけたみたいだね、だけど悪意があった訳じゃないと思う。…たぶん、きっと、おそらく」

『増え続ける彼の愚痴が私の記憶容量を圧迫するのも非効率でしたので、内容を解析し彼の性格的特徴と心理的傾向を分析してみました』

「それでどうなったの?」

『彼はストレスに対しての耐久力が高い訳ではありません。領主としての立場をすぐにでも放棄したいと考えています』

「……そうは見えなかったけど」

『自分の子供に対しては見栄を張るのが彼の心理的特徴です』

 

 たぶんロストアイテムが言う事は真実だ、そう思わせるだけの根拠を幾つか知ってる。

 領主貴族として堂々とした振る舞う時よりも別宅で畑を耕し釣りや狩りに興じる時の方がずっと楽しそうな表情を浮かべていた。

 貴族同士の社交や王都での官職に就いても酷く嫌そうな顔を度々見せている。

 さらにこんなロストアイテムとの付き合いもあったなら父上の心労は測り知れない。

 そりゃあ愚痴を零したくもなるだろう。

 

『アンジェリカ・フォウ・バルトファルトに対する異常な回数のスキンシップもその一端です。リオン・フォウ・バルトファルトは彼女に依存していると言って差し支えありません』

「依存って…、そういう言い方は止めてほしいな」

『しかし事実です。彼の心理状態は非常に危うく、過剰なストレスで心身に異常を来しても何ら不思議ではない状態なのは確定的です』

「まぁ、僕もそれなりに心当たりがあるから否定し難いけど」

『一方でアンジェリカ・フォウ・バルトファルトもまたリオン・フォウ・バルトファルトに頼られる事を至福としています。彼女は夫に能力を評価され、領地経営の実質的な統治者であり、関係各所への仲介役でもある。妻の存在を抜きにしてリオン・フォウ・バルトファルトは領主足り得ません』

「そこまでだ、流石にそれ以上の発言は怒るよ」

 

 確かにそういった部分がある事は僕も察してる。

 バルトファルト伯爵家の嫡子として教育を受けた僕から見ても父上は領主として可もなく不可もない御方だ。

 父上が爵位持ちの貴族になってから約二十年、バルトファルト領がそれなりの発展を成し遂げたのは母上の実家であるレッドグレイブ公爵家の援助が大きく影響してる。

 公爵令嬢として英才教育を受けてきた母上の政治力が優れていた事も主な要因だろう。

 だけど父上と母上が手を取り合って領地を治めている事を利害の一致や依存と言われたくない。

 御二人はきちんとお互いを深く愛してる、そうじゃなきゃ命を顧みず母上を元通りにする為わざわざ怪物が徘徊するダンジョンや遺跡へ向かう筈は無い。

 

 このロストアイテムは人間の愛情を理解できないのからこういう主張をするのかもしれない。

 正直に言えばこの辛辣なロストアイテムとの接触は必要最低限に留めたかった。

 だけど遺跡から脱出するには暗い通路を照らして先導してくれる球体状のロストアイテムが協力してくれないと不可能だ。

 あぁ、どうして世界はこんなに不条理なんだろう。

 

『…停止してください』

「また怪物が近付いてるの?」

『目的地に到着しました』

 

 言われて周囲を見渡すと壁の一部だけが不自然に変色して凹んでいた。

 その形は遠目から見れば形の歪んだドアにも見える、一目で分からなかったのは遺跡のあちこちが錆や罅といった経年劣化ばかりなせいだろう。

 安心と同時に不安が押し寄せる、何処からどう見ても安全に脱出できそうな雰囲気が欠片も無い。

 

「……ここから脱出しろって言うわけ?」

『水平方向の脱出経路では経過時間が多く途中で戦闘が起きる可能性もあります。しかしこの非常口は垂直移動にに近い形で地表に到達可能です』

「いや、確かに一番早く脱出できる経路とは言ったけどさ。明らかにここって崩れかけてそうだよね」

『現状に於いてはこのルートが最短になります。無論、遺跡が提示したデータが信用できる物であり、年月の経過による崩落が無いという前提ですが』

「希望的観測が多いなぁ…」

『お望みでしたら今から別ルートでの脱出を算出しますが』

「分かったよ、取り敢えず試してみる。ダメならその時は別のやり方で脱出しよう」

『了解しました』

 

 仕方なく壁に手を引っ掛けて前に押す、後ろへ引っ張る、左右に動かすのを繰り返してみる。

 建付けが悪いドアを無理やり開ける感じに近い、力を込めて壁を揺する度に金属が擦れる音と錆びた金属片混じりの埃が降り注いで気が滅入った。

 暫くそんな事を続けていると、いきなり壁が大きな音を立て奥へ倒れ込んだ。

 巻きあがった埃の先に見える光景はあまり奥行きがあまり無くて数十歩も歩けば壁に辿り着いてしまうほど狭い。

 そんな狭い部屋の中央に聳えるのは金属製の螺旋階段。

 近付いて手摺りを触って見ると思った以上に腐食が激しい、力を込めて握れば崩れ始めそうなぐらい心許なかった。

 

『どうやら遺跡がダウンロードした情報は正しかったようですね。尤も施設内で稼働が出来なくなった場所の老朽化までは計算に入れてなかったようですが』

「……これを昇るの?」

『此処が最短の脱出ルートになります』

「何か今にも崩れそうだけど」

『遺跡が現在も稼働している状態なのが奇跡です。倒壊や崩落していないだけでも幸運な状況だと進言します』

「……念の為に聞くけどさ、君って僕を背負ったまま出口まで飛んでいけない?」

『この端末の出力はそれほど高くありません。人間や荷物の運搬は無理かと』

「君は役に立つのか立たないのかいまいち分からない存在だね」

『以前にもリオン・フォウ・バルトファルトに同様の意見を頂きました』

 

 的確に僕が嫌がる言葉を吐き出す目の前の球体が嫌いになりそうだ。

 きっと父上もこのロストアイテムと同じようなやり取りを繰り返していたんだろう。

 そこまで考えて頭を左右にふって余計な考えを追い出す。

 重要なのは父上とアリエルが魔装獣を食い止めてる間に僕が遺跡を脱出して最悪の事態に備える事だ。

 意を決して最初の一段目に足を乗せゆっくりと体重を掛ける。

 

ミシッ…

 

 金属の軋む音が狭い室内に響く、どうやら取り敢えずは大丈夫そうだ。

 

『取り敢えず乗っても大丈夫なようですね』

「まさかとは思うけど、僕の体重で壊れないか試した?」

『実証データは必要不可欠です』

「やっぱり君と仲良くなれそうにないや」

『しかし絶対に安全とは言い切れません。途中で破損している段や部品が錆びている箇所も確認できますし、魔装獣や他の人造生命体が追って来ないとは言い切れません』

「分かってるよ」

 

 僕らを襲ってきた怪物は天井を這い回って襲ってきた時もある。

 この狭い部屋の中まで追って来られたり、老朽化した階段を破壊されたら確実に死んでしまう。

 そうなる前に出来るだけ速く、階段を壊さないように気を付けながら進むしかない。

 

「このまま進むから危険な場所は教えて」

『了解しました』

 

 嫌な汗が背中をじっとり濡らす感触が気持ち悪い。

 もし途中で階段が壊れたら真っ逆さまに落ちて確実に死ぬ、その予感に震えながら慎重に足を進める。

 踏み出す度に金属が軋む音が心を削る、手摺を掴みたいけど下手に触れると階段にまで影響がありそうだから掴めない。

 遺跡とダンジョンは二層構造だけど天井がやたら高いせいで高さが普通の建物の四階以上に相当する。

 たぶん段数は百を超えるはず、その中に壊れた段が一つも紛れてない事を祈りながら先に進む。

 途中に既に朽ちている段を見つければ回避、進めないと思った場所はロストアイテムの助けを借りながらようやく最上段へ辿り着いた。

 

『お疲れ様です、これで階段は終了になります』

「や、やっと着いた…」

『しかし大幅に時間を掛け過ぎましたね。これでは他のルートで地上を目指した場合と比較しても大きな差は出ません』

「戦闘を回避できるならそれで良いよ、さっさと先へ進もう」

『この先には出口しかありません。尤も出口が埋まっている可能性や扉が開かない場合も想定されますが』

「いちいち嫌な事を言わなきゃ気が済まないのか君は!」

 

 少し進んだ先にあったのは分厚い金属製の扉、これもあちこちに錆が浮いて円形の取っ手部分が今にも外れそうだ。

 どうやら取っ手を回すと鍵が閉まる設計らしい、力を込め過ぎて折れたり外れたりしないよう慎重に力を込めながらゆっくり回す。

 空回りするような手応えから徐々に取っ手に何かが引っ掛かるような感触へ変わっていく、細心の注意を払いながらついに取っ手が限界地点まで達すると同時に大きな音と振動が僕の体を揺らした。

 

 ギィイィ…

 

 僅かに開いた隙間から見えたのは扉に絡まる大量の植物。

 どうやら出口は地中に埋まっていないらしいけど、生い茂った植物に囲まれてるせいで上手く開かないらしい。

 背嚢から取り出したナイフを握り、隙間へ刃先を差し込み何度も何度も往復させる。

 絡まっていたのが生い茂った蔦や植物の幹で助かった、もしこれが大樹ならナイフぐらいじゃ切り裂けない。

 漸く人間が一人ほど通れる広さの隙間が出来るのを確認したら無理やり扉から体を割り込ませた。

 前へ倒れ込むように扉の外に出て地面に横たわる、土と草の香りがこんなに素晴らしいと思ったのは生まれて初めてだ。

 木々の間から見える青い空と雲、そして地表まで届く温かな陽光を惜しみなく放ち続ける太陽。

 もう何十日もあの暗い遺跡の中で過ごし続けていた気がする。

 気が付くと頬が濡れていた。

 木々から零れ落ちた雫じゃない、僕の両眼から溢れた涙だ。

 どうやら地上に帰還したのが自分でも戸惑うぐらい嬉しかったらしい。

 次から次に涙が零れ続けて感情が抑えきれない。

 

『ライオネル・フォウ・バルトファルト。早急に行動を開始してください』

「分かってるよ、僕達が遺跡に入ってからどのぐらい時間が経ってるか教えてくれる?」

『凡そ6時間程度です。日没までは3時間もありません』

「そっか、じゃあこれからどうしよう」

 

 エルフの集落に居る母上達と合流するべきか?

 でも魔装獣が地上まで辿り着く時間を考えたら空港に向かった方が賢明かもしれない。

 あぁ、だけどバルトファルト伯爵家が所有する飛行船が停泊してる空港は封鎖中だっけ。

 思いつく選択肢が多くてどれが正解なのか全く分からない、こんな時に父上が傍に居てくれたらなぁ。

 

ズゥウゥゥン

 

 突然、周囲に生い茂った木々が大きく揺れる。

 まるで地の底から響くような轟音と振動によろめき四つん這いになってしまう。

 人々が浮島で暮らすこの世界では地震なんてほぼ起きない。

 もしも大きな揺れが起きたとすれば何か途轍もなく不吉な出来事の前兆だ。

 何かが起きてる、しかも僕が想像してる以上に悪い事が。




あのせか6巻と共和国編コミカライズを読みつつ執筆中。(挨拶
原作のリオンは救国の英雄で新王国の初代国王となりますが、この世界では主人公のオリヴィアや五馬鹿ほどではありませんが才能豊かな人物と評されています。
傑物が親だと子供がコンプレックスを抱きがちで、ライオネルは重圧に苦しんでいます。
彼の劣等感の払しょくもテーマの一つになります。

追記:依頼主様から多くのリクエストによりオスワーニ様、Doi様、GoonSSO様、家様、にイラストを描いていただきました。
本当にありがとうございます。

オスワーニ様 https://www.pixiv.net/artworks/147812004(成人向け注意
Doi様 https://www.pixiv.net/artworks/147836544
GoonSSO様 https://www.pixiv.net/artworks/147908871
家様 https://www.pixiv.net/artworks/148098245(成人向け注意

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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