婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第17章 世は並べて事も無し●

 紙の上をペンが走る。

 出世して生活水準が上がると今まで日常生活で使っていた物のどれだけ低品質なのか身をもって理解できた。

 書き心地抜群な万年筆、色むらが無く伸びが良いインク、細かい細工を施された印章。

 道具に拘るのが貴族の嗜みというのも納得が出来る。

 やりたくもない仕事をするならせめて少しでもストレスが溜まらないように工夫を凝らすのが人間って生き物だ。

 

 目の前に積まれた書類を見ながらそんな事を考えていた。

 屋敷の執務室で俺と兄さんは今日も書類整理に明け暮れていた。

 バルトファルト領はまだまだ発展途上なので領主の認可が必要な問題が至る所にある。

 さらに公国との戦争で起きた問題についてはすぐに対処する必要があるからいつも以上に書類が増えた。

 これでもアンジェが書類を精査してくれるだけかなり減ってはいる。

 それでも机に積まれた紙の束を見ると溜め息が出て来る。

 今日のバルトファルト邸には家人を除けば俺と子供達と兄さんしか残っていない。

 両親と姉妹は視察という名目で温泉施設に出掛け、コリンは領内の雑用処理に外出、アンジェは領民との会合に出席。

 

 住人の減った屋敷は静かなもんだった。

 手にした書類を一枚ずつ読み内容がダメなら『不可』、改善点があるなら『再考』、認可できるなら俺のサインを記入し判を押す。

 単純作業に見えて頭を使うから疲労は肉体労働と大差無い。

 むしろペース配分が分かって体を動かせば終わりが見えて来る肉体労働の方が気楽だ。

 

 室内には紙の擦れる音と時計の針が動く音だけが響き渡る。

 空腹感に襲われ時計を見る昼食から数時間が経過していた。

 そろそろ休憩を挟んだ方が良いな。

 呼び鈴を鳴らして家人に合図を送る。

 ゆっくりと体を伸ばし首を左右に動かし方を回すと強張った体のあちこちから音が鳴る。

 

 ドアをノックする音が聞こえ入室を許可した。

 入室した家人が持ってるプラッターには茶具一式とお茶請けの菓子が置かれている。

 家人に茶を淹れさせても良い筈だけど気分転換として俺が必ず淹れている。

 面倒な書類整理の合間ぐらい好きな事をしたい。

 予め湯が入ったポッドに茶葉を入れ百数十秒蒸らす、茶漉しを通らせてカップに紅茶を注ぐ。

 正式な茶会なら邪道もいい所だが息抜きならこれで十分。

 湯気が立ち昇る紅茶の匂いが心を和ませる。

 今日のお茶請けはクッキーか。

 長々と休憩している訳にもいかない。

 クッキーを頬張ろうとした次の瞬間、

 

『うわ~~~~~~ん』

 

 子供の泣くような声がした。

 ……いや、きっと気のせいだ。

 気を取り直して紅茶を啜ろうとした次の瞬間、

 

『あ~~~~~~ん』

 

 また泣くような声が聞こえてきた。

 横に座っている兄さんを見る。

 気のせいだよな?きっと空耳だ。

 そんな俺の淡い希望はドアに向けて顔を動かす兄さんの動きに打ち砕かれた。

 どうやら本当に子供が泣いているらしい。

 

 心当たりは一人しかいない。

 面倒事は嫌なのにどうしてこうも問題が起きるのか。

 椅子から立ち上がり部屋を出る。

 何で俺が解決しなきゃいけないのか?

 俺、此処の領主だよな?バルトファルト家の当主だいな?一番偉い筈だよな?

 どうもうちの連中は面倒事を俺に押し付ける風潮がある気がする。

 とりあえず声がする方へ足を動かす。

 階段を降りてドアを開け庭へ出ると声の主が其処に居た。

 

「かぇせ~~~~~~!」

「いやぁ~~~~~~!」

 

 服を引っ張り合う双子の姿が其処にあった。

 子供の世話を担当する若い乳母は何とか二人を引き離そうと狼狽えている。

 俺の姿を確認して安心した乳母を下がらせ二人に近づく。

 

「仲良くしなさい君達」

 

 呆れつつ近づくとライオネルが泣きながら俺に駆け寄って来る。

 

「ちうえ~~!」

 

 身を屈めて視線を合わせるとライオネルが俺に抱きつく。

 息子よ、スキンシップは歓迎するけど顔を拭いてくれ。

 涙と鼻水と涎で服が汚れるから。

 いつもライオネルはアリエルに泣かされる。

 一日に一回は喧嘩をして俺やアンジェが仲裁する事になる。

 ライオネルが大人し過ぎるのか、アリエルが強気過ぎるのか。

 いずれににせよ両極端な性格の双子の仲が悪いのはいただけない。

 ライオネルを抱えて立ち上がる。

 頭を撫でて背中を擦ってやると漸く落ち着いたらしい。

 

「それで、何があった」

「とった~~~!」

 

 そう言ってライオネルが指差すアリエルの後ろにはぬいぐるみが転がっていた。

 ライオネルに与えたぬいぐるみだ。

 勿論アリエルにも同じ物を与えている。

 喧嘩の種になっちゃいけないと玩具も菓子も同じ物を揃えてるのに、何故だか分からないがアリエルはやたらライオネルの物を欲しがる。

 とにかくライオネルの所持品を羨ましがる割にアリエル自身に与えた物には執着が少ない。

 嘗て双子は後継者問題を起こすから貴族の間では忌む風習があったらしいが、異性の双子でこうも仲が悪いとバルトファルト家の将来が心配になる。

 

「アリエル、返してあげなさい」

「…………」

 

 返却を促す俺を睨みつけるアリエル。

 すんなり俺に懐くライオネルと違いアリエルはやたら俺への対応がキツい。

 そんな目で睨むなよ、パパ泣きたくなるだろうが。

 溜め息を吐いてアリエルを撫でようとするが逃げられる。

 奪ったぬいぐるみは地面に転がったままだ。

 軽くはたいてライオネルに手渡すと漸く泣き止んでくれた。

 そんな俺とライオネルをじっと見つめるアリエル。

 だからお前は何がしたいんだよ。

 

「何をしているんだ?」

 

 後ろを振り返るとアンジェが佇んでいた。

 

「お帰りアンジェ」

「はうえ~~!」

 

 アンジェの姿を見た瞬間に俺から離れてアンジェに駆け寄ろうとするライオネル。

 お前ももう少しパパに優しくしてくれないかな?

 何でうちの子供達はこうも素で俺を軽んじるのか。

 

「ただいま」

 

 ライオネルを抱くアンジェは随分と手馴れていた。

 産んだ直後は子守りの経験が無いからおっかなびっくりに抱いていたのに。

 

「それで、リオンは仕事を放置して庭で何をしている?」

「今は休憩時間だ、きちんと仕事は熟してたぞ」

 

 別に仕事を怠けてた訳じゃない。

 与えられた仕事はきっちりと処理してる。

 嫁に与えられた書類にサインと判を押してるだけと思われるのは心外だが。

 

「アリエルがまたライオネルを泣かしてた。放ってはおけないだろ」

「またか、仕方ないな」

 

 アンジェはライオネルを持ち上げる。

 

「ライオネル、いずれお前はこのバルトファルト領を治める事になるんだ。今からそのように泣いていては統治者としての資質を疑われるぞ」

「生まれて二年も経ってない子供に聞かせる話じゃないなぁ」

 

 別に俺はライオネルが領主になるのを望んでいない。

 ライオネルが望むなら継がせる予定だが、才能ややる気は別物だ。

 望んで貴族になった訳じゃない俺からすれば選択の自由を与えてやりたい。

 

「相変わらずアリエルは俺に懐かない。ライオネルにも喧嘩を売るし今後が心配だ」

 

 娘は可愛いけど社交性が無く我儘に育てるつもりはない。

 アンジェは自分の経歴のせいか特にアリエルの教育に気を遣っている。

 俺に対しては辛辣なのにアンジェに対しては従順なアリエルの二面性を考えると将来が怖い。

 

「何だ、娘の性格も把握してないのか」

 

 心底呆れたような顔で俺を見るアンジェ。

 弟や妹の子守りはしてきたけど子育てとは勝手が違うんだよ。

 

「アリエルはな、ライオネルに嫉妬しているだけだ」

 

 アンジェの告げる言葉の真意が分からず首を傾げる。

 

「嫉妬なんかしてないだろ。俺が近づくと逃げるし」

「どう反応して良いか分からずに逃げているだけだ。追わないリオンが悪い」

「俺はライオネルとアリエルを平等に扱ってると自分では思ってるんだけどな」

「その平等というのがいけない。子供は親の愛情を独占したがる。むしろ平等に扱おうとするから拗ねるんだ」

 

 どうにもアンジェの意見に納得できない。

 アンジェの意見が正しいとして、アリエルがそこまで俺の愛情を求めているとは思えなかった。

 

「リオンが従軍して居ない間は大変だった。いつも落ち着かない様子で夜泣きする事が多かった」

「本当か、とてもそんな風に見えなかった」

「兄妹喧嘩をしてもリオンが庇うのはいつもライオネルだ。アリエルとしては面白くなかろう」

「いつも喧嘩でライオネルを泣かせてるのはアリエルじゃん。まずライオネルを泣き止ませるのは当然だろ?」

「だからと言ってアリエルの話を聞かないのも不味い。ライオネルばかり贔屓してると思われても致し方ない」

 

 なるほど、納得がいった。

 俺の娘は相当気難しくて我儘なお嬢様らしい。

 庭を見渡すとアリエルが遠巻きに俺達を見ている。

 警戒心を抱かれないようにわざと気を抜いてゆっくりと近づく。

 まるで獲物を狙う狩人になったような気分に苦笑いが込み上げる。

 あと数歩でアリエルに届く位置に来たらその場に座り込んだ。

 

 敢えて俺から歩み寄らない、相手の出方をじっと伺う。

 怪訝な顔をしたアリエルがおずおずと俺に近づいてくる。

 その姿を横目で確認しつつ更に近づくのを待つ。

 手を伸ばせば届く場所まで来た瞬間、アリエルの方に向き直る。

 ビクッと体を震わせ体を硬直させたアリエルに俺は手招きをする。

 おずおずと近づいたアリエルの頭を撫でる。

 アンジェに似た黄金色の髪だが更に柔らかい感触だ。

 警戒心が解けたアリエルを抱いて立ち上がる。

 今までと違って嫌がらなくて安心した。

 気難しい標的の捕獲に成功した俺はアンジェとライオネルの場所に向かう。

 

「じゃあ、間食にするか」

 

 小腹も空いたし喉も乾いている。

 子供達の仲裁で俺の休憩時間は無くなった。

 子供達を連れて屋敷に入ろうとすると袖を引っ張られた。

 振り返ったらアンジェが俺を睨んでいる。

 

「どうしたアンジェ」

「私には?」

 

 そう言ってアンジェは両手を広げた。

 

「私は抱かないのか?」

「何でアンジェを抱くんだよ」

「ライオネルを抱いた、アリエルを抱いた。ならば次に私を抱くのは当然だろう」

「息子と娘に嫉妬すんな」

「つまりお前は妻より我が子を優先すると」

 

 面倒くせぇ、俺の嫁すごい面倒くせぇ。

 絶対にアリエルの性格は母親似だ。

 まぁ、それでもアンジェの機嫌が良くなるなら拒む理由は無いな。

 アンジェの背中に手を回して抱きしめる。

 時間が引き伸ばされて数秒が数十秒に感じた。

 子供達の前で抱き合うのが凄く照れくさい。

 罰ゲームかよ。

 

「ほら、これで満足だろ」

「愛情が籠ってない、やり直しを要求する」

「すいませんアンジェリカ様、恥ずかしいんで勘弁してください」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 他の誰かに見られたらどんな噂をされるか分かったもんじゃない。

 恥ずかしさを誤魔化すように俺は足早に屋敷へ戻った。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「それで、会議はどうだった?」

「概ね予想通りだ。国からの補償金とは別にバルトファルト家からも当面の生活費を補填する事になりそうだ。他にも医療の優先権、職の斡旋といった支援も必要だろう」

 

 今回の戦争でバルトファルト領もそこそこの損害を被った。

 領地こそ無事だったが鎧の搭乗者や飛行船の乗組員といった戦闘要員に犠牲者を出した。

 戦没者の家族には恩給を払わなきゃいけないし、負傷した兵には治療を受けさせる必要があるし、戦えなくなった奴らが路頭に迷わないように面倒を見なきゃならない。

 いっそ放逐できたら楽で良いがそんな事をすりゃたちまち叛乱が起きて領内が荒れ果てる。

 そうした火種を消す為に手っ取り早い解決方法が金だ。

 金、金、金。

 領主になってから銭勘定ばっかしてる。

 新興貴族のうちにそんな大金がある筈もない。

 

「またレッドグレイブ家から借金するのか……」

「仕方あるまい、私から父上と兄上に話を通しておく」

 

 あんまり公爵家を借りを作りたくない。

 下手に融資を受ければ否応なしに公爵家へ従わざるを得なくなる。

 公爵の思惑がどうであれ中央のゴタゴタに巻き込まれるのは確実だ。

 俺が巻き込まれるのは仕方ない、アンジェと結婚する時に腹を括った。

 

 でも、子供達が巻き込まれるのは勘弁して欲しい。

 俺みたいに軍に入るしかなかった運命も嫌だが、政争に明け暮れる王都で公爵家の駒として扱われる人生も受け入れ難い。

 公爵は情を持ってはいるが子や孫を道具として扱うのを躊躇わないだろう。

 そんな風になれない俺は結局貴族に向いてない。

 カップに注がれた紅茶の水面を眺めていると何かが俺の足に触れた。

 視線を下ろすとアリエルが俺のズボンを引っ張ってる。

 

「あげゆ」

 

 そう言って愛娘は俺にクッキーを手渡した。

 どうやら顔を曇らせる俺を心配してくれたらしい。

 うん、やっぱ娘に愛されるって良いな。

 渡されたクッキーが半分以下に減ってる食べかけなのはこの際どうでもいい。

 

「ありがとな」

 

 感謝して頭を撫でようとしたらさっさとアンジェの所へ逃げられた。

 もう少しお父さんに優しくしても罰は当たらないと思うんだが。

 ライオネルはずっとアンジェに引っ付いているし、アリエルも基本的にアンジェの側だ。

 

「何でうちの子は俺よりアンジェに懐いてるんだよ」

 

 躾に厳しい母親より甘い父親の方に懐くのが普通だろう。

 

「仕方あるまい。私の方がリオンより十月も付き合いが長いんだ」

 

 腹の中で子を育てて産む母親に見てるだけの父親は勝てないってか。

 父親ってのはとことん損な存在だ。

 父さんが帰って来たら少し優しく迎えよう。

 

「だが、最近は二人ともやたら私に近寄って来る」

「前はそんなんじゃなかったよな、戦争中に俺を忘れた反動じゃ?」

「それでも明らかに抱きつく回数が増えた。少し疲れる」

「抱き心地が良くなったんじゃ?明らかに肉付きが……」

 

 『良くなった』と言いかけた瞬間、アンジェの目が吊り上がった。

 最後まで言ったらカップの中の紅茶を俺の顔に飛ばしていたな。

 

「何か言いたそうだなリオン?」

「……アンジェは相変わらず綺麗だよ」

 

 誤魔化しにもなってないが取りあえず褒める、俺はまだ死にたくない。

 冷や汗を流す俺を他所にアンジェは双子の頭を撫でる。

 

「ライオネル、アリエル。どうしてそんなに私に抱きつくんだ?」

 

 率直にアンジェは二人に問いかけた。

 と言ってもまともな答えを期待してる訳じゃないだろう。

 あくまで論理的に説明できるかを試しているだけだ。

 時々こうやって子供達の才能を推し量るのは公爵家の教育が骨の髄までしみ込んでいるから。

 二人は首を傾げてアンジェに抱きつく。

 まだまだ母親に甘えたい盛りの子供は本当に可愛い。

 

「いゆ」

「ちゃい」

 

 そんな言葉を口にした。

 舌足らずな子供の単語の意味を完全に理解するのは戦場の暗号解読並みに言語能力がいる。

 アンジェも二人が何を言いたいか分からず困惑してる。

 カップに注がれた紅茶を完全に飲み干し、もう一杯淹れ直す。

 目の前には俺の妻と俺の子供達が幸せそうに戯れてる。

 

 こんな光景が見れるなら戦場を必死に生き延びるだけの価値が俺の人生にも有ったんだろう。

 そう思って三人を見てるとある事実に気付いた。

 ライオネルとアリエルが触れる箇所は殆どアンジェの腹だ。

 胸や手足には殆ど触らない。

 胴体の方が抱きつきやすいにしても腹ばかり触る理由は何だ?

 

『いゆ』 『ちゃい』

 

 脳を必死に働かせて言葉の意味を解読する。

 アンジェを見ると指を一本ずつ折って何かを数え始めてる。

 俺とアンジェの視線が交差しある一点を見つめた。

 

「いや、まさか……」

「可能性としては……」

 

 やがて俺はある答えを導き出した。

 たぶんアンジェも同じだと思う。

 

「医者ァ!医者を呼んで来るッ!」

「待て!まだ決まった訳ではない!落ち着け!」

 

慌てる俺達を双子が何事かと驚いた顔で見ていた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「できてた」

「できてたな」

 

 もう何度目になるか分からないぐらい同じ言葉を俺達はベッドの上で繰り返す。

 流石に心の準備も無く人生の重大イベントに出くわしたら動揺もする。

 

『断定は出来ません。ですが懐妊したと考えてほぼ間違いないかと。おめでとうございます』

 

 医者の答えは俺達の予想通りだった。

 

「あの日か」

「あの日だな」

 

 久々にアンジェを抱いたあの日、妊娠した可能性が一番高いのがあの日だ。

 

「あの日は妊娠しやすい日だったのか?」

「むしろできにくい日だった」

「二度目の妊娠は最初より難しいって聞いたけど?」

「実際そうだ、出陣前にあれだけ抱かれても妊娠しなかったからな」

 

 間がいいのか悪いのか。

 漸く落ち着いた日々を送れると思っていたら知らない間に家族が増えていた。

 まだ膨らんでいないアンジェの腹に触れる。

 まぁ、夜の激しさを考えればできない方がおかしい。

 確かに離れていた期間が長いければ長い程燃え上がるって噂は本当らしい。

 冗談めかしてアンジェに俺の子をたくさん産んで欲しいと言ったのを後悔する。

 体の相性なのか、回数の問題なのか、精神的な問題なのか分からない。

 俺達夫婦の将来について真剣に悩むべき問題が増えた。

 

「アンジェはどうしたい?」

「どうしたいとは」

「その、産んでくれるの?」

「当たり前だろう、まさか堕ろせと言う気か」

「言わないし思ってない」

 

 腹を抑えて俺を睨むアンジェ。

 子供が増えるのを嫌がってる訳じゃない。

 ただ心の準備が出来ない内にまた子供ができたのが不安なだけだ。

 

「何でこう、問題が次から次に起こるの?俺なんかしでかした?」

「今回に関しては自己責任だろう。私を何度も抱いたリオンが悪い」

「求めて来たのはアンジェじゃん。俺は要望に応えただけです」

「私が淫蕩だと言いたいのか?それならばリオンは変態の性倒錯者だ」

 

 お互いに相手を批難する。

 知らない奴が見たら夫婦喧嘩だろうが、俺達は本気で罵り合ってる訳じゃない。

 とりあえず腹の中に溜まった物をぶち撒けて不安を取り除いているだけだ。

 

「……なんか疲れた」

 

 ベッドの上に寝そべって手足を投げ出す。

 領主になって、夫になって、父親になっても何も変わっちゃいない。

 どんどん自分の存在が大きくなるのに相変わらず俺は臆病でダメな奴のままだ。

 途方に暮れる俺の横にアンジェが横たわる。

 体臭と香水が混じった良い匂いが鼻をくすぐる。

 いつもならこのまま抱き合って眠るのにそんな気になれない。

 予想外の事態になると狼狽えて立ち止まっちまう自分自身が恨めしい。

 どう考えても世間に思われる英雄じゃないんだよ俺は。

 こうやって落ち込む度に嫁に慰められるヘタレが本当の俺だ。

 

「また一人で抱え込もうとしているな」

 

 柔らかくて温かい感触に顔が包まれた。

 相変わらずアンジェは俺の気分を察するのが上手い、俺がダメ過ぎるだけかもしれないけど。

 

「気を張るなとは言わない。ただ私の前ではいつものリオンでいて欲しい」

「情けない所を一番見られたくない相手がアンジェなんだよ」

「なら問題は無い。お前の良い所も悪い所も総て私の好みだ」

 

 アンジェの腹を撫でる。

 此処に新しい命が宿っていると考えると妙な気分になる。

 産まれてくる赤ん坊に俺達の会話は聞こえてるんだろうか。

 

「しばらくアンジェを抱けないのがつらいな」

「ならば妾でも囲うか?妻が懐妊している間に愛人を作る事を許容する貴族も多い」

「それで本当に良いの?」

「本心では嫌だがリオンがつらいのなら悋気を抑える」

「嘘つくなよ」

 

 それだけは空気を読めない俺でも分かった。

 

「アンジェが嫉妬深いのは俺が一番よく知ってる。自分が産んだ子供に嫉妬するし」

「……」

「嫉妬する必要が無いぐらいに愛してやるから覚悟しとけ」

 

 思わぬ反撃に驚いたのかアンジェが頬を紅く染めた。

 俺だって成長する、いつまでも一方的にやられる訳じゃない。

 

「子供二人と三人なら大差無いし、領民が一人増えると考えたら誤差の範疇って事だろ」

「そうだな」

「だからいつも通り大丈夫さ。アンジェが隣にいるなら俺は幸せだ」

 

 飯を食って、仕事をして、風呂に入って、嫁を抱いて、布団で寝る。

 単調で地味な生き方だけど、それが一番俺の性に会っている。

 国の重鎮でも歴史に名を遺す英雄でもない。

 どこにでも居る地方領主で満足だ。

 家族が幸せならそれで良い、争いなく子供達が自分の望む道を選べる自由を与えられたら良い。

 

「世は並べて事も無し、か」

 

 田舎領主のリオン・フォウ・バルトファルト。

 それが俺の全てで、誇らしい称号だ。

 アンジェの額にキスをした。

 

「よろしく頼みます奥様」

「此方こそ旦那様」

 

 今日も、明日も、明後日も。

 一月後も、一年後も、十年後も。

 きっと俺達は幸せだ。




リオン編はこれで完結です。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
第11章以降は元々成人向け+後日談として書いていたのですが、全年齢版で読みたいとの要望が多く修正して投稿しました。
本編より後日談の方が文量や閲覧数が多いというチグハグな状況となったのは、偏にアンジェとリオンのエッチシーンを書きたいという衝動を優先し元々のプロットを成人向けに調整したという私の邪道な作成方法の問題です。
お目汚し大変失礼いたしました。

先日マリエルートのコミカライズが始まりました。
創作意欲を刺激され、また成年版から全年齢版への移植も今章で終わったのを契機としてこのまま続きを書く決意を固めました。
多くの方々にお読みいただき、依頼主様の手によって数々のイラストを多くの絵師さんに描いてもらった結果「物書きの端くれとして不出来な作品を出す訳にはいかない」と考えた結果です。
成人版で既に最終的な結末はほぼ定まっているので、其処に到る過程をきちんと最後まで書く事が誠実な対応と判断致ししました。
物語としての読み応えや完成度を考慮し、一週間で一章(3000~4000字)から二週間で一章(6000~9000字)のペースで投稿する予定です。
次回投稿は今月下旬を予定しています。
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。

追記:依頼主様より松本規之様が描いてくださった浴衣アンジェのイラストです
https://skeb.jp/@matsumoto0007/works/3
さらに追記:依頼主様のリクエストでつくだ煮。様に挿し絵イラストを描いていただきました。ありがとうございます。
つくだ煮。様 https://skeb.jp/@ore624/works/22
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