婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
「失敗したァ!?」
『厳密には天井が崩落したせいで爆弾じゃ魔装獣を殺しきれなかった、が正しいわね』
「大した違いないじゃないッ!!」
興奮したあたしの大きな声だけが暗くて無駄に広い遺跡の通路に響き渡る。
万が一にも大声に引き寄せられた怪物が襲ってくる可能性を考えたら控えるべきだけどそんなの無理。
遺跡に来てから戦いの連続、へとへとな位に疲れて魔力は空っぽな上に体のあちこちには小さな傷ばかり。
しかもさっき魔装獣と戦った時から右腕が満足に動かなくて痛い、物凄く痛い。
きっと右腕の骨が折れてるか脱臼してる、戦ってる時は興奮で気付かなかったけど終わって暫く経ったら絶え間なくズキズキした痛みが襲ってきた。
それでもあたしはまだマシな方、傷を負っていたのにあたしを助けようと無理して戦ったお父様は今も床に横たわって気絶してる。
遺跡の奴はお父様が死ぬ可能性は低いとか言ってるけど、つまりそれって下手すりゃ死ぬ事も在りえるって事じゃない。
息が小さく絶え絶えなお父様を見てたらこのまま死んじゃうかもしれないって不安になる。
こんなはずじゃなかった、あたしならもっと上手くやれると思ってたのに。
『老朽化した部屋で高威力の爆弾を使ったのが逆効果だったわね。まさか爆破の衝撃と火炎の影響で崩落した天井の建材と落下した大量の土砂が逆に魔装獣を護る盾になるなんて』
「だったら普通は生き埋めで死ぬでしょッ!!」
『そう、普通の生物ならね。貴女はあの魔装獣が生き埋め程度で本当に死ぬと思っているの?』
「…ッ!」
思わない、そんな事は絶対に思えない。
最初にあたし達の前へ姿を現した魔装獣はずっと閉じ込められていた筈なのに強烈な一撃でお父様を戦闘不能に追い込んだ。
次に出会った時には遺跡の高い天井近くまで背が伸びた巨人で四足歩行の獣にまで姿を変え、攻撃し続けてもすぐ再生して殺しきれなかった。
そんな魔装獣が崩れた天井と土砂に潰されて死ぬ?
お気楽な想像を信じられるほどあたしは楽天家じゃなかった。
「……あたしは次にどうすれば良いか、教えて」
『私にそれを聞くつもり?』
「いいから答えなさいよ!!」
自分が出来る事は全部やったつもり、それでも魔装獣を殺せなかった。
もしも魔装獣が成長を続ければ止める手段は無い、少なくとも人間や亜人があいつと戦っても無駄に死人を増やすだけ。
倒す方法は人間を凌駕する破壊の力、それこそ鎧の武装か飛行船の砲撃ぐらいしか思いつかない。
『今の状況下で貴方達に採れる手段は無いと断言できるわ。後はこの浮島に住んでるエルフと人間達、或いはここから脱出させたあの少年が何か仕出かすのを祈るぐらいじゃない?』
「……そっか、だったらそうさせてもらうわ」
『あら、意外ね。貴女の行動パターンから推察すれば狂乱して今からでも地上に向かうと騒ぎ始めそうなものだけど』
「よくお分かりで、体が無傷でお父様がご無事ならすぐにそうしたいわよ」
床に倒れたお父様の手首を動く左手で握り、その次は口元へ手を当てる。
呼吸と脈は規則正しい速さで繰り返して命に別状は無い、それでも安心できる状況とは言えない。
容体が急変するかもしれないし、この遺跡の内部にはまだ怪物達が何匹も残ってるはず。
今は大部屋が崩落した衝撃と魔装獣を警戒してこっちに近付いて来ないけど、安全だと分かったら襲って来ないとも限らない。
それなら無理に遺跡から脱出しようとするよりお父様と一緒に救援を待つ方が正解でしょうね。
「お父様もあたしもそんな力は残ってない。後の事はお母様とライオネルに託してのんびり待たせてもらうわ」
『随分と家族を信頼してるのね。まぁ、貴女の母親は遺伝子改造を施した実験体を退けるほどの力量だから分かるけど』
「そりゃお母様はあたしが尊敬する数少ない御人だし。強くて賢くて気高い完璧な淑女だから」
『今は可愛らしい女の子に縮んでいるけどね』
「あんたのせいでしょうがッ!!」
ムカつく、本当にこのボロ遺跡はムカつく事ばっか言うわね。
あの丸いロストアイテムといい何で意思を持ってる機械は性格が悪いのかしら?
そんなんだからあんた達のご主人様は滅んだんじゃないのと言ってやりたい。
変に機嫌を損ねて嫌がらせをされたら死にかねないから言わないけど。
『だけどあの少年に期待しても平気?私が見た限りでは父親と姉の陰に隠れて目立たない弟に見えたわ』
「言いたい事は分かるけど訂正を要求するわ。まずライオネルは弟じゃなくて双子の兄よ」
『それは失礼。でも兄ならもっと自分から率先して戦おうとするのが一般的だと思うの』
「気持ちは分かるわ、でもライオネルは物事を冷静に判断して慎重に行動してるだけ。まぁ自分を過小評価して自信を持てていないってのも否定はしないけど」
『それは家族としての欲目かしら?』
「ライオネルとはお母様のお腹に居た時からの付き合いよ。あたし以上にあいつを理解してる奴はこの世に存在しないわ」
何となくだけど昔からそう考えてる。
あたしがどれだけ無茶をしても文句を言いながら尻拭いをしてくれたのはライオネルだった。
今日だってあいつの支援が無ければ怪物に手痛い傷を負わされたかもしれなかった時は十回じゃ足りない。
言われた事はどんなに辛くてもやり遂げるし、生真面目で冷静な兄をあたしはずっと信頼してる。
まぁ、さっきお父様と言い争ったりしたのは今日が実戦初日だからだろう。
魔法の力に目覚めてからずっと気分がざわついて落ち着かない、そんなあたしの気分がライオネルに影響したのかもしれない。
いつも通りに行動すれば大きな失敗をしないのが我がバルトファルト伯爵家の長男様なのだ。
「地上はあいつらに任せたわ、それよりさっさと隠れてお父様の治療を始めないと」
『お望みなら治療ポッドを用意しましょうか?』
「絶対にいやッ!!」
『残念ねぇ。負傷だけじゃなくて過去の傷痕も綺麗に治せるのに』
「それを決められるのはお父様本人だけよ」
『今ならとっても可愛い男の子にしてあげられるのに』
「なおさら拒否するわよッ!!」
突然起きた地面の揺れは明らかな異常だった。
そもそも浮島で地震が起きるなど極めて稀な事態であり、最悪の状況なら浮島が重力に引かれ墜落する前兆に他ならない。
だけど今の僕は考える最悪の状況は世間一般の物とは明らかに違う。
この地震は明らかに父上が引き起こした物だという確信があった。
父上が立案した遺跡の何処かに魔装獣を閉じ込め爆弾で仕留めるのが作戦の大まかな流れだ。
一秒でも早く成功したか失敗したかを見極めなければ、頭の中で次から次に思い浮かぶ最悪の事態を考えては必死に否定しながら森の中を駆け抜ける。
球状のロストアイテムは僕を先導するように音を立てず飛び続けていた、樹木や草むらを意に介さず静かに飛ぶ光景はあまりに非現実的だ。
少しは速度を緩めて欲しかったが懇願の言葉は口から出ない、それが許される状況じゃない事は実戦経験の少ない僕でも分かる。
不満を抱く時間はそれほど長く続かなかった。
いきなり空中に静止したロストアイテムに危うくぶつかりそうになりながらも足を止める。
目の前に広がるのはまるで巨大な生き物の足跡のように陥没した地面。
バルトファルト伯爵家が所有する屋敷が全て収まりそうな程に広く、深さは僕が必死に昇ってきた非常階段の高さと同程度はありそうだ。
つまり、これは遺跡で何かが起きた証拠に間違いない。
そこから暫く、僕は茫然自失の状態で深く巨大な穴を見つめていた。
何も考えてなかった訳じゃない、むしろ頭の中は茹るように熱を帯びて働いてる。
今の状況を把握しようと必死に動きながらもどんな手立てが残されてるか考えに考え抜いてる筈なのに。
思い浮かぶのは絶望という結論。
父上は御無事なのか?
アリエルはどうなった?
母上にどんな報告をすれば良い?
魔装獣は活動停止しているのか?
分からない、全く分からない、どうすれば良いのか分からない。
今までの人生で一番頭を働かせているのに解けない難問の解答を迫られているような感覚。
領主貴族は自身の才能が乏しくても責任を負う覚悟さえ在るなら領地を治める資格を有すると言われてる。
こんな状況になっても狼狽えるばかりの僕はやっぱり領主に相応しくないのかもしれない。
だけど、それでも頑張って考えないと。
母上の体が若返った今の状況で選択を誤ればバルトファルト伯爵家は本当に滅亡してしまう。
ふと気が付くと近くに浮かんでいたロストアイテムの姿が無い。
何処かに移動したかと思い周囲を見渡すと細かい粒ほど丸い物体が宙に浮いている。
そうだ、あのロストアイテムはいつも父上と会話しながらも周囲の状況を細かく観察していた。
今もああやって高い所から穴を観察してるなら有益な情報が聞き出せるかもしれない。
誰かの力を借りるのは別に恥じゃない、領主は自分より有能な部下を上手く使いこなせる技量と寛容さも必要だ。
「おぉ~い! こっちに来てくれないか~!?」
数回ほど呼び掛けていると気付いてくれたのか、ロストアイテムはゆっくりと降下してくる。
焦る気持ちを必死に堪えながら今やるべき事を幾つか考え纏めておく。
後悔は後回しだ、失敗を恐れて何もしないより行動して失敗する方がまだ達成感はある筈だ。
「穴の様子はどうだった?」
『崩落した場所と周囲の地盤を比較した結果、地下水脈や地層のズレによる自然現象ではなく人為的に引き起こされた地盤沈下なのは確定的です』
「やっぱり父上が起こしたのかな?」
『意図的な結果なのか偶発的な事態かは不明ですが間違いないかと。リオン・フォウ・バルトファルトは自身が傷付く作戦の立案を厭わない人物ですから』
「父上とアリエルの安否は分かる?」
『大量の土砂や樹木により測定不明です』
「……っ」
やっぱり分からないか。
焦りと諦めの入り混じった感情がロストアイテムが告げる結果を粛々と受けとめる。
二人の生存を信じたい一方で絶望的な状況に泣きたい気持ちがどんどん込み上げてきた。
だけど諦めるのはまだ早い、今の所は生死が分からないだけで生きてる可能性は微かに存在してる。
今は二人の生存を信じながら自分に出来る事をするしかない。
「……救出は無理だよね」
『今から遺跡に戻れば生死の確認は可能ですが推奨はしません』
「分かってる、聞いてみただけさ。遺跡の被害、特に中枢部の周りは問題が無さそう?」
『遺跡からダウンロードした位置情報を照合した結果、この場所は中枢部分から離れた場所になります。生体改造施設への影響は少ないと判断されます』
「それなら良かった」
せっかく命懸けで戦っても母上が元通りにならなきゃ何の為に戦ってきたのか分からない。
状況の変化が在ったとしても損益の把握は正確に行う、母上から徹底的に教わった行動指針の一つだ。
優先するべき物事の順序が入れ替わったとしても、最悪の事態を避ける為に非情な判断を下せるのが当主の私室と父上は語っている。
こんな状況で重く受け止めていた嫡子教育の成果が出始めるのは皮肉だけど。
「それで、魔装獣は?この状況ならただじゃ済まないでしょ」
『…………あの世界に一瞬たりとも存在してはならない悍ましい怪物の生命反応は未だ健在です』
ロストアイテムの赤い瞳が輝くと宙に映像が映し出される。
白い直線と曲線で構成された黒い見取り図が示しているのはおそらく穴の構造、大きく落ち窪んだ図形の中心に微かな赤い光が何を示すかは語るまでもない。
流石に細かい状況は把握できないけど、これだけ大規模な崩落が起きて生き延びるのはただの幸運と言って良いのか。
それとも特殊な手段を用いなければ殺せない神話の怪物じみた存在と似たような存在なのかもしれない。
『微弱ながらも魔装獣の生命活動を感知しました。しかしこれは……』
「何かあったの?」
『最初に会敵した時と比較して明らかに身体が巨大化しています。体積は8倍以上にまで増大していると計測されています』
「計器の故障とか、瓦礫で上手く観測できないとか。そんな事が起きたんじゃ?」
『ありえません。全ての計器は正常に稼働しています』
いくら何でもひどい、ひど過ぎる。
きっと神様は僕達が大嫌いなんだろう。
魔装獣の体積が八倍って冗談にしても笑えない、どう考えても人間の手に負える存在じゃないぞ。
父上とアリエルの生存率は絶望的で、魔装獣と相討ちで生き埋めになった可能性の方が遥かに高い。
目の前がくらくらして少しで良いから休みたかった。
『そして魔装獣の体積は現時点でも膨張を続けています』
「おかしい!!絶対におかしいッ!!」
『貴方が否定しようと現実を変える事は不可能です』
ついつい口から悲鳴じみた叫びが漏れた。
だって仕方ないだろう、父上とアリエルで殺しきれなかった怪物が更に大きくなってるとか悪夢以外の何物でもない。
もう僕に対処できる範囲を超えている、今すぐ父上か母上に今後の方針をお伺いしたかった。
そうだ、母上だ。
戦闘指揮官の能力は現時点で僕よりも母上の方が上回っている。
嫡子としては情けない限りだけど、多くの人命を助ける為なら僕自身と体面はどうでもいい。
「……僕の質問に正確に答えてくれるかい?」
『私の目的を貴方が損なわない限り、あの忌々しく悍ましい怪物を討つ事に対し全面協力します』
「ありがとう。じゃあ、魔装獣が動き出すにはどれ位の時間がかかるかな?」
『生体反応が行動可能レベルに達するまでに凡そ1時間程度の概算になりました。戦闘可能まではエネルギー供給の状況により変化するので現時点では把握困難です』
「計算が難しい理由は何?」
『魔装獣の回復に必要な物質の摂取がどの程度かが分かりません』
「つまり、動き出した魔装獣が人間やエルフを食べ始める状況で変わるって事だね」
『はい』
「今の僕が持ってる武器で魔装獣を倒せる?」
『不可能です。現状で貴方が所持している魔法弾を全て撃ち込めば可能性は僅かに可能性はあるかもしれませんが、大量の土砂や瓦礫を除去する間に魔装獣は回復を追えるでしょう』
「わかった、じゃあ急いでエルフの集落に向かうよ!」
まずは母上達と合流してからバルトファルト伯爵家が所有してる飛行船に向かわなきゃ。
飛行船には空賊やモンスターを追い払う為の砲門が幾つか設置されてる。
個人が持てる銃の射撃と飛行船の砲撃じゃ攻撃力の差は段違いだ、あれを受ければ魔装獣も無事では済まない。
いや、その前に避難誘導をするべきか?
もしも魔装獣の行動開始が想定よりも早ければ犠牲者が出る、そして回復して更に強大となった魔装獣に飛行船の砲撃が通用するかは不明だ。
母上達との合流より先に飛行船が停泊してる空港に向かった方が良いかも。
あぁ、でも空港を警備してるこの浮島の兵をどうやって搔い潜る?
それに魔装獣がエルフの集落を狙ったら母上達が身が危険だ。
考えろ、考えろ考えろ。
『お悩みのようですね』
「そうなんだ。母上達との合流が優先するべきか、それとも空港に停泊してる飛行船の確保が先か迷ってる」
『了解しました。ならば飛行船を此方へ誘導しましょう』
「うん?」
僕が説明を求めようとした矢先にロストアイテムの大きな赤い瞳が点滅を始める。
他にも小さい機械音を鳴らし宙に浮いたまま全く動かない。
やたら辛辣な相手でもこの状況で放置されると心細い、ただでさえ僕には魔装獣がどんな状態なのか調べる術が無いのに。
『通信が終了しました』
「何の?」
『リオン・フォウ・バルトファルトが所有する飛行船との通信を行い、私達との合流を促しました』
「……君にはそんな事も出来るの?」
『はい。そしてエルフの集落を訪ねる必要は無くなりました』
「ッ、まさか母上達が騒動に巻き込まれた!?」
『そのようですが、既に問題は解決済みのようです』
「……はぁ」
『アンジェリカ・フォウ・バルトファルト及び子供達と護衛は飛行船に退避済み、此方が提示した着陸可能な合流地点まで移動を開始するとの返答がありました』
「…………」
『如何いたしました?』
安心したのと同時に自分の無能さが心を締め付ける。
結局の所、僕は慌てふためいて満足に役割を果たせていない。
それに比べてこのロストアイテムの万能さはどうだろう、索敵も計算を連絡も熟せて必要な事を予め済ませてくれる。
父上が遺跡から脱出する僕に同行させたのも納得だ。
同時にもうロストアイテムが指揮してくれる方が有効な作戦を立案してくれるんじゃないか、そういう劣等感に打ちのめされる。
僕が役に立てた時なんて此処に来てから一度でもあったのだろうか?
『速やかな作戦行動を提案します』
「……分かってるよ、ちょっと落ち込んだだけ」
何とか立ち上がってロストアイテムが示した場所へ移動を開始する。
今は魔装獣を討ち取って犠牲者を出さない事が最優先だ、必死に自分へそう言い聞かせながら草木が生い茂る森を駆けた。
同時に遺跡に残った父上とアリエルが生死不明な状況を母上にどう説明すれば良いか。
烈火のように怒る母上に罵られる、或いは狂乱して泣き叫ぶ母上を必死に宥める光景を想像するだけで再び気分が落ち込んだ。
コンッコンッコンッ
船室にノックの音が響き渡る。
通常時よりも速い間隔で強く叩かれたせいだろう、音の大きさは部屋全体に響き渡る程だ。
今この部屋には私しか居ない、それがより一層不安を煽り立てる。
子供達四人は別室で待機、特にリーアはエルフの里の現村長の部下達と戦った影響で傷を負った状態だ。
本来ならばリオン不在時は私が艦橋で指揮を執るべきだが様々な事情でそれは難しい。
しかしエルフの里へ訪問する際にリオンが選抜した兵達は優秀なので現状では大きな問題は発生していなかったのが救いか。
「入ります、母上」
私の返答を待たずに入室したのは長男のライオネルだった。
普段なら咎めていただろうが何しろ状況が状況である、細かい礼儀作法より優先すべきは報告の確認と今後の方針を固める事だ。
入室したライオネルの冒険服はあちこちに擦り切れや汚れこそ見えるが大きな外傷は見受けられない。
その事実に少しだけ安堵し、口から安心の溜息がつい漏れてしまう。
酷く焦燥しているライオネルの表情から状況が思わしくない事は否が応でも察せられる。
せめて頭を撫でてやる、抱き締めて心を落ち着かせてやりたかったのだが若返った私の体ではそれも難しい。
「よく無事でライオネル。まずは体を休めろと言いたいがそうも出来ない状況らしいな」
「……はい、母上」
「リオンとアリエルは?」
「それは……」
「答え難いのは承服している、咎める気も無い。今は個人の感情より情報の共有が優先だ」
「分かりました」
息子の口から告げられたのは衝撃の事実だった。
地下に存在する遺跡の中心部にある生物を改造する施設、エルフの過激派によるホルファート王国への叛乱計画、倫理観を失った古代技術で生み出された怪物達、旧人類の産物である遺跡の真意。
他にも遺跡へ向かったリオン達の道中で起きた戦闘、突如として魔法の力に目覚めたアリエルなど聞きたい事は数多くある。
しかし最優先されるべき課題は魔装獣の存在、そしてリオンとアリエルの安否だ。
「嫡子でありながら父上を護る事も出来ず、アリエルに戦闘を任せた事はあまりにも情けない醜態です」
「初めての実戦だ、そう気に病むな」
「ですが父上はッ!」
「そこまで。悔やんでいても状況は好転しない」
「…っ」
口惜しそうに唇を噛むライオネル、嫡子として思うような働きを出来なかった事に悩んでいるのだろう。
その責任感はやがてバルトファルト伯爵領を治める次代の当主として素晴らしい、だが今は褒めてやれる時間も惜しい。
リオンが魔装獣という恐ろしい旧世界の遺物が生み出した厄災を討つ為に全力を用いて尚も仕留めきれなかった。
その事実だけで如何に状況が切迫しているかが分かる。
「安心しろ、リオンはホルファート王国に於いて最もしぶとい男だ。それしきの怪我で死ぬ筈もあるまい」
「本当ですか?」
「あぁ、勿論だとも。旧ファンオース公国と戦争を二度も息抜き数多くの武功を挙げたバルトファルト伯爵様だぞ」
嘘だ、己と息子を安心させる為だけに呟いた戯言だと分かっていながらそうせざるを得ない。
リオンは決して超人でも不死者でもない。
持ち前の才能と強運を駆使してどうにか生き延びてきただけの常人だ。
今すぐに遺跡へ赴きリオンの傍に寄り添ってやりたい衝動を懸命に堪え、状況を立て直す為に必死で頭を回転させる。
だが名案も妙案も思い浮かばない。
そもそも私は政争や社交界での工作に長けていても部隊の指揮や戦場の作戦立案には関してほぼ素人同然だ。
同行している兵達は作戦行動を生業としているが、戦闘員が思いつく作戦はあくまで人間が相手でありロストアイテムが生み出した怪物相手では難しい。
『アンジェリカ・フォウ・バルトファルト、提案があります』
それまで沈黙を貫いていたロストアイテムが何処にあるかも分からない口を挟んできた。
どうせ碌でもない考えだろうと経験則から察する。
この無機質な機械は今までも自身の目的を達成する為にリオンを危険な行動を促した事は一度や二度ではない。
本心では拒みたいが状況は予断を許さず、判断の誤りが破滅に直結してしまう。
業腹だが今この時に於いては有効な手段なら活用すべきだ、たとえそれが悪魔の囁きだろうと。
「何だ、言ってみろ」
『アロガンツを起動させます』
それぞれの状況と想いが交錯した今章、そろそろクライマックスに突入です。
ルクシオンとバルトファルト伯爵家の関係は綱渡りな状態ですが、ルクシオンが協力的だとあまりに一方的過ぎるので。
アニメ2期もクライマックス、最終決戦に合わせて今作も鎧の戦闘に突入する予定です。(順調な執筆スピードなら
追記:依頼主様から多くのリクエストによりえみっと様、おこめ粒_Ver.2.0様、yureikaigan様、ヲリミル様、にイラストを描いていただきました。
本当にありがとうございます。
えみっと様 https://www.pixiv.net/artworks/148336021(成人向け注意
おこめ粒_Ver.2.0様 https://www.pixiv.net/artworks/148336558(成人向け注意
yureikaigan様 https://www.pixiv.net/artworks/148417497
ヲリミル様 https://www.pixiv.net/artworks/148511663
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。