婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第180章 Will to fight

 格納庫に近い一室に設置されているロッカーを順番に開けていくと目的の物が見つかった。

 黒く染められた厚手の服とヘルメットは鎧の操縦者が移動や戦闘で全身に衝撃を緩和させる為に着込む防護服だ。

 一瞬だけ手に取るが元の場所に戻し、他ののロッカーを全て調べてみたけど見つかった防護服はこの一着だけ。

 どう考えてもこれを着るしかない、その事実に思わず溜息が漏れる。

 ホルファート王国で鎧を操縦できるのは貴族か騎士、或いは王国軍に所属してる正規兵だけだ。

 法律で試験の合否による認可制に変わってからは平民の操縦者に増えたけど、大部分は貴族や騎士の家系出身者が多い。

 そして鎧を持つ貴族には自分が操縦する鎧を特別仕様を付け加えたり、防護服に華美な装飾を施し目立とうとする者が後を絶たなかったと聞いている。

 同じ功労を立てても目立った方が賞賛や恩賞が増える、貴族の涙ぐましい見栄とせせこましさの証明だった。

 自前の鎧を所有するどころか貴族としての生活すら覚束ないほど貧しかった当時のバルトファルト男爵家出身の父上は王国軍に入ってから初めて鎧を操縦させてもらえたと聞いている。

 その時の嬉しさが忘れられなかったのか、それとも個人的な愛着なのか。

 伯爵位を賜った今でも父上は特注の防護服ではなく王国軍に支給されている防護服を黒く染めて愛用していた。

 バルトファルト領の軍隊で黒い防護服を着ているのは父上のみ、それの事実が背中に圧し掛かる。

 

 優秀な両親から生まれて思い通りにならない人生を嘆き続ける一方で、心の奥底に秘められていた何かが気分を高揚させ速まった鼓動が酷くうるさい。

 明らかに自分が興奮してるのが嫌でも分かる、きっとアロガンツを見たせいだろう。

 ホルファート王国、いや大規模な軍隊を保有している国の男子の中で鎧を間近に見ても無反応で興奮しない者はほぼ居ない。

 争いを好まない僕にそんな部分が存在していた事に戸惑いを隠せない、ましてや父上とアリエルの安否が不明な現状なら不謹慎もいい所だ。

 

 気分を落ち着かせようと呼吸を整えながら手に取った父上の防護服に袖を通す。

 ただでさえ大柄な体格の父上と同年代と比べても平均的な体格の僕ではあまりに差が大きい。

 何処から見ても寸法が合っていない防護服を着込んだ不格好な姿はまるで宮廷仕えの道化師その物だ。

 まぁ、仕方ないか。

 どれだけ領軍での訓練や王立学園で実技演習を受けていたとしても僕は新兵同然で、鎧の操縦技能も辛うじて戦闘が行える程度。

 煌びやかな服や鎧で実力を誤魔化し周囲を威圧した所で現実の戦いでは無意味だ。

 むしろ変に増長せずに戦えると思い込めば気に病むような問題じゃない。

 

 防護服と同じ黒で染め上げられたヘルメットを抱えたまま目を閉じた、床に座り込んで昂る精神をどうにか鎮めようと模索してみる。

 格納庫では父上用に誂えた操縦席を僕が座れるように微調整が行われてるはずだ。

 ロストアイテムは護衛達の前には姿を現せないし、操縦計器の整備を行なえる技師達はエルフの里には同行していない。

 人が足りない現状でやれる事など限られてる、それでも皆が自分に出来る事をやろうと必死に駆け回っている。

 それなら僕もやるべき事を成し遂げないと。

 此処で逃げ出したら今までの人生で積み上げてきたあらゆる物が無意味になってしまう、それだけはどうしても受け入れられなかった。

 

 ふと視線を感じて扉の方に顔を向けると八つの瞳が僕を見詰めていた、思わず身を竦ませながら招待を見定めようと必死に目を凝らす。

 室内の証明が薄暗い事に加えて今まで目を閉じていたせいで両目がぼやける、少し時間が経つと瞳の持ち主が四人の弟妹達だと理解できた。

 ふと遺跡を脱出して飛行船と合流してから母上やロストアイテムと会話はしたけど、弟妹達と護衛に声を掛けなかった事に気付く。

 状況があまりの非常事態だったせいで完全に頭の中から抜け落ちていた、それだけ僕自身も余裕が無かった訳だけど部外者扱いされた四人が不安になるのは酷い話だ。

 それに、もしかするとこれが僕達が最後に交わす会話になるかもしれない。

 だったら何か伝えておかないと、そう思ったけど一体何を話すべきだろうか。

 父上とアリエルの安否? 

 これから僕が戦う相手?

 全員が死んだ時に備えての遺言?

 考えれば考えるほど心に不安が満ちてゆく。

 

「あにうえ、あにうえ」

「……何だいディラン?」

「ちちうえは?」

「ディラン、お止めなさい」

「ふぇっ」

 

 一番最初に話しかけてきたのは末弟のディランだった。

 無邪気な口調で最も返答に困る質問をされると流石に返答に詰まってしまう、そんな僕を見かねてかロクサーヌが咎める言い方で静止させる。

 だけどまだ幼いディランには何が悪かったのか判別が出来ず、姉に怒られたという事実に驚き今にも泣きそうな表情を浮かべた。

 最後の会話になるかもしれないこの時間を悲しい物にしたくはない、だけど気休めの嘘を吐くのも違う気がした。

 父上とアリエル、そして僕が死ぬかもしれない最悪の事態に備えて伝えるべき事は伝えておくべきだろう。

 これが決死の覚悟という物なのか、冷静に自分が死んでしまった場合を想像してる自分に少し驚く。

 

「ディラン、これから僕は父上が倒せなかった怪物と戦わなきゃいけないんだ」

「……だいじょうぶ?」

「正直に言ってどうなるか分からない、だけど誰かがやらないと僕達だけじゃなくて大勢の人が死ぬかもしれないんだ」

「うぅ……」

「だから家族の皆が無事に帰れるように此処で祈ってくれるかい?」

「わかった!」

「よし、ディランは良い子だ」

 

 そう呟くとディランの小さな頭を撫でてやる。

 分厚い布で作られた防護服越しだと柔かくて温かいディランの感触が伝わらないのが残念だった。

 他の三人、リーアとロクサーヌとメラニーは何処か緊張した面持ちで僕を見ている。

 既に十歳を越えて両親から貴族としての教育を受けている三人に下手な言い訳は通用しない、むしろ状況をきちんと伝えて覚悟を固めてもらうのが最善だろう。

 

「状況は母上から聞いたかい?」

「……大まかには」

「それなら時間も少ないから手短に済ませよう。ロクサーヌとメラニーは母上を補佐して欲しい」

「…分かりましたわ」

「具体的にはどうしたら?

「父上が帰還できなかった場合、或いは母上が元に戻らなかった場合はバルトファルト伯爵家と他の貴族との関係は非常に厳しくなるのは分かるね」

「はい」

「今まで母上が行ってきた取り引きを代わりに行うのが誰になるにせよ、一人じゃ熟す事は不可能だ」

「確かにそうですわね」

「その補佐をロクサーヌとメラニーに頼みたい。場合によっては婚約を薦められる可能性もあるな」

「つまり見知らぬ殿方に身を捧げろと?」

「そこまで妹に強制させるつもりは無いよ。ただ残った家族と自分が生き残る為にあらゆる手段を模索して欲しいだけさ」

 

 バルトファルト伯爵家は軍才を持つ父上と元公爵令嬢で政治力に長けた母上という二本の柱があってこそ成り立つ新興貴族だ。

 一方が欠ければ厳しい状況に追い込まれ、双方が欠ければ目も当てられない状況に陥ってしまう。

 伯父上が跡を継いだバルトファルト子爵家や母上の実家であるレッドグレイブ公爵家を頼るにも限界は在る。

 考えられる最悪の事態を想定し注意を弟妹達に促す、現段階で当主どころか嫡子に過ぎない僕に出来る事はこの程度だ。

 

「リーアは……」

「……何か言いたいなら言ってくれよ兄上」

 

 一番年齢の近い弟は手足に包帯を巻き、顔の数ヵ所に絆創膏が貼られていた。

 何処から見ても手酷く負傷しているのは明らかだ、僕達が遺跡に居た間にどうしてこれだけ傷付く事が出来るんだろう?

 興味というよりも危うさを強く感じる、同じ兄弟でも髪色といい性格といい僕とリーアはまるで違う。

 リーアと似た気質とアリエルとは生まれた時から一緒という付き合いの長さである程度は心が通じ合うんだけど。

 ただ一方でリーアは無暗に暴力を振るう性格じゃない事も理解はしてる、こうなったのは相応の理由も在ったに違いない。

 

「つまりリーアが傷を負わなきゃいけない事態だった、そうなんだろう?」

「はい、私達を捕えようとした兵達がエルフの皆様を脅して」

「止むを得ずリーアお兄様が応戦したのです」

「緊急事態なら仕方ないな、但し怪我だけは十分に気を付けてくれ」

「……兄上は怒らないのか?」

「怒る?どうして僕が」

 

 臆病な僕に代わって家族の為に体を張ってくれたリーアに負い目を感じる事は在っても責める気は無い。

 むしろ後先考えず行動できるアリエルやリーアを昔から羨ましく思っていた程だ。

 でも漸く、本当にどうしようもない位に追い詰められて漸く僕は自分の意思で戦う気概を持てる。

 そこまで状況が悪化しないと重い腰を上げない自分が嫌いで、だからこそそれが出来る人が羨ましかった。

 

「次からは怪我しないように上手く立ち回れってだけだよ。父上と僕がもしもの事態になれば次の当主はリーアなんだし」

「……兄上」

「何だろうね、こんな気分は生まれて初めてだ。今の僕は腹の底から闘志に満ちてるんだ」

「お兄様…」

「ねぇ、ちょっと。本当に大丈夫?」

「兄上、まさか死ぬ気じゃないよな」

「死にたくはないなぁ」

 

 きっと戦場で死んでしまった全ての兵士は生きたかった筈だ。

 僕自身も死ぬのは怖いし、出来る事なら痛いのも死ぬのも勘弁願いたい。

 でも世界には自分が死ぬよりもっと怖い事が存在する、今日の出来事でそれを嫌という程に味わった。

 だから死線を超える最初の一歩、それを踏み出す力を体に宿せたんだと思う。

 戦いの前にこうして弟妹達に会えたのは幸運だった、これで思い遺す後悔は無くなった。

 

「だけど今戦えるのは僕だけだし、やっと皆を護れそうな自分を好きになれそうなんだ」

「…………」

「頼むから僕を引き留めないで、見送ってくれるかい」

 

 僕がそう呟くと四人は渋々ながらも通路に繋がってる扉の前から退いてくれた。

 普段は意識してなかったけど、どうやら僕は自分で思う以上に弟妹達から慕われていたようだ。

 その事実が最後の一押しになって格納庫へ向かう、振り返ったら足が竦んで戦う気力が失われそうな気もする。

 父上も戦いに臨む時はいつもこんな気分だったのかもしれない。

 もし僕と父上が無事に生きて帰れたなら心ゆくまで話し合いたかった。

 

「ライオネル様!」

「ご苦労、機体の調整は?」

「あまりに時間が足りなかったもので…、座席周りの調整と弾薬の確認程度しか行えていません」

「それで十分だよ、ありがとう」

「しかし本当によろしいのでしょうか?」

「うん?」

「当家がエルフ達の為に戦った所で得る物は少ないと推察します。御当主とアリエル様を救い出し、そのまま撤退をしても王家から叱責される可能性は低いかと」

 

 格納庫でアロガンツを点検していた父上の部下が二名、僕が近付くなり真剣な顔で具申してきた。

 その表情からは僕に対しての侮りは全く感じられず、本心から心配してるのが伝わってくる。

 確かにその方が確実に安全だろう、王国への叛逆を企んでいたエルフ達を考えれば制御できなくなった魔装獣によって滅ぼされても自業自得と言える。

 でも極端な行動をした一部の者達のせいでエルフという種族全体が迫害されるのは避けたい。

 バルトファルト伯爵家の皆を匿ってくれた恩義を忘れて自分達だけ逃げ出すような者に従いたいと思う者は少ないだろう。

 それに加えて状況が悪化した一因は僕達にもある、その部分を王家に咎められたら一族の存続も危うくなる。

 務めを果たさぬ者に人は付いて来ない、母上が常日頃から僕に教えていた事だ。

 次期バルトファルト伯爵として育てられた僕がついに務めを果たす時が来てしまった、それだけの事に過ぎない。

 本当ならもっと後に来て欲しかったけど。

 

「忠言は感謝するよ。だけど父上が不在の状況を言い訳に務めを果たさなければいずれ何らかの叱責を受けてしまう。既に僕達は無関係な傍観者じゃ済まされない立場だ」

「しかし…」

「何も殺されに行く訳じゃない、事態を収拾する為に鎧を使うだけの簡単な仕事さ」

「…分かりました、ライオネル様が無事に帰還する事を祈ります」

「うん」

 

 心配そうに見守る護衛達の視線を背に受けながら操縦席に乗り込む。

 何処を見ても訓練用や実戦配備された量産型の鎧とは異なる計器やらスイッチやらが大量に配置されていた。

 ……これを一体どうやって動かせと?

 辛うじて一般の鎧と同じ仕様の操縦桿が恨めしい。

 それさえも明らかに父上専用に誂えた代物で他の者が動かす事を全く想定して無い事がありありと伝わる。

 父上に対する評価を見直そう、元々が破天荒だが家族愛に満ちた戦術家から何を考えてるのか全然分からない家族愛に満ちた変人に。

 

『来ましたか、ライオネル・フォウ・バルトファルト』

「……鎧を動かせるのが僕だけなんだから仕方ないだろ。あと目の前にいきなり現れるのは止めてくれ、せっかく腹を括ったのに気分が削がれる」

『これは失礼』

 

 どう聞いても反省の気持ちが宿っていない独特な声と口調でロストアイテムが返答する。

 まだ短い付き合いだけど父上が彼?或いは彼女に悪態を呟く気持ちが良く分かった。

 嘘は吐かないけど知ってる事は全て話さない、行動を誘導するくせに本人の意思であると嘯く。

 正面から相手をしてたら心が疲弊する、軽口を叩きながら深入りしないよう気を付けロストアイテムを利用する気じゃなきゃとても行動を共に出来ない相手だ。

 父上が僕達に見せなかった気持ちが心底分かる。

 

『心拍数と体温の上昇を確認、脳内物質の分泌過多による躁状態だと推察されます』

「報告は簡潔に分かり易くしてくれないかな?ただでさえ特別仕様の操縦席に戸惑っているんだ」

『了解しました。つまり貴方は興奮してると判断します』

「まぁ、君の推察は正しいよ。自分が思っていた以上に皆に愛されていたって気付けたから」

『発言の真意が理解できません』

「要は今までの人生で一番やる気に満ちてるって事さ」

 

 家族を護る為に戦いへ赴く父上もこんな気分だったのだろうか?

 不思議といつも心の片隅に感じていた不安や恐怖は薄らいで心が穏やかだった。

 同時に心臓が高鳴って出撃を心待ちにしてる自分が同時に存在してる奇妙な感覚。

 鎧を実戦で動かすのは男子なら誰でも必ず一度は思い描く夢の一つだ。

 さっさと魔装獣を退治して遺跡に居る父上とアリエルを救出を考えればついつい発進を急かしてしまいたくもなる。

 

「状況はどんな感じ」

『現時点に於いて飛行船は街付近の上空で滞空中、アンジェリカ・フォウ・バルトファルトが避難勧告を継続しています』

「母上が?しかも遺跡じゃないの?」

『あの旧人類と新人類の技術を合成して生み出された怪物が行動を開始した場合のシミュレーションを行った結果、人的被害が最も多くなるのは観光客と本来の居住者が入り混じった街になります』

「確かに遺跡へ迂闊に近付いて犠牲者が出ないよう注意喚起はする必要はあるね」

『しかし素直に従う者はほぼ存在しません。現時点で統治者との会話を進めていますが難航してるようです』

「流石に母上でも難しいか。取り敢えず鎧を飛行船から発進させて遺跡に向かおう」

 

ヴィィィィ!

 ヴィィィィ!

 

 突如、格納庫内に設置された警報機がけたたましく鳴り始める。

 明らかな異常事態の知らせに胃の辺りがキュッと縮む、流石にこんな状況でも気分が高揚できるほど僕の神経は図太くはない。

 計器の中でどうにか判別できる通信用のスイッチを押してみると雑音に混じって会話らしき音が朧気ながら聞こえてきた。

 

「何が起きたって?」

『会話を分析した結果、標的は既に行動を開始していたようです』

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 全身の骨が砕け、内臓が潰れた。

 体毛は殆んど焼け焦げ、皮膚は血管や肉が露出している。

 それなのに、どうして自分は生きているのだ?

 全身から途轍もない痛みが絶え間無く脳へ送られ続けられても、思考する自分と苦しむ自分が別々に存在していた。

 

 どうしてこうなった?

 

 必死に記憶を探り状況を整理する。

 確か自分はあの若い雌の『二本足』と戦っていた、そこまでは何とか思い出せた。

 より大きさと鋭さを増した牙と爪は確実に『二本足』を追い込み、あと少しで極上の血と肉を堪能できたはず。

 だが若い雌の『二本足』が体から放つ炎、そして隠し持っていた道具に頭を抉られた。

 そこまで考えておかしさに気付く。

 

 何故まだ死んでいない?

 

 これまで自分と戦ってきた生物の中で頭を抉られ吹き飛ばされて尚も生き延びた者は存在しない。

 相手が同族にせよ、動物にせよ、『二本足』にせよ変わらない世界の摂理だ。

 寧ろ自分さえもその摂理から逃げられないと受け入れていた。

 戦い死すれば相手に喰らわれるか地に伏して腐り果てると覚悟していた筈なのに。

 

 そうだ、あの『二本足』だ。

 自分の一撃を受けて生き延びた『二本足』が加勢してきた。

 若い雌の『二本足』を追い詰め仕留めるその寸前に攻撃され、怯んだ隙に逃げられてしまったのか。

 こちらが動揺してる間に閉じ込められ体を元通りにしようとした時。

 強烈な衝撃と全身を焼く炎が自分を襲った。

 

 凄まじい衝撃によって目も耳も鼻も潰され、襲い来る炎は体の外側を焦がし内臓まで焼き尽くす。

 全身をめちゃくちゃにされ確実な死が訪れようとした時、上から大量の何かが降り注いだ。

 あれは水ではない、もっと硬くざらついて角張った固形をしていた。

 おそらく砂や土だった、朧気に分かるのはそれによって命を失わずに済んだ事だけ。

 

 閉じ込められた場所で荒れ狂う炎と熱風と衝撃は確実に体を、そして命を狙っていた。

 あれだけ強力な罠を仕掛けなければ自分を確実に殺せないと『二本足』達は思っていたのだろう、それは正しい選択だ。

 もしあの凄まじい衝撃によって閉じ込められた場所が崩壊しなければどうなっていた事か。

 間違いなく自分の体は肉と骨も区別無く全てを消し炭に変えられていたはずだ。

 落ちてきた瓦礫は衝撃を遮り、土と砂が炎を鎮め抑え込む。

 そこまでの状況で漸く致死、通常の生物なら体に覆い被さる瓦礫と土砂で潰れ命を落とす状況が変わっただけだ。

 

 しかし自分の体は通常の生物とは全く異なる。

 頭蓋を割られ脳を掻き出され、心臓を潰されても死は遥かに遠い。

 今となっては肉体は自分の拠り所ではなく、体の内部で蠢く別の何かこそが真なる己。

 潰れた頭と腕と足がそれに向かって集まってゆく、流れ出た血すら逆流しているように感じた。

 目覚めた時よりもさらに大きくなった体を凝縮し、土砂に潰されないほど皮の表面を硬くする。

 逆に皮の下の体は少しずつ融けてゆき、あらゆる臓器と骨と肉が交じり合った体液と為り果てた。

 脳さえも融けていながら思考する自分とは何なのか、答えは出ないが今の形が何なのかだけは知っている。

 

 自分は卵だ。

 殻の中でどろどろに融けた液体が固まり再び肉体が形づくられる。

 刃に負けぬ体毛を。

 炎に負けぬ皮膚を。

 あらゆる敵を組み伏す筋肉を。

 全ての壁を切り裂く爪を。

 喰らった獲物を噛み砕く牙を。

 もう二度と『二本足』や『耳長の二本足』に不覚は取らない。

 

 血肉に宿っていた全てを用いて体を構築する。

 自分の物だけではない、先程喰らい吸収された『耳長の二本足』や奇妙な生き物の血肉や命すらも用いて。

 鼓動が徐々に大きく、強く、激しく鳴り響く。

 膨張する殻は瓦礫や土砂を押し退け、窪地いっぱいにまで広がる。

 前後左右上下に膨張を続けるほど薄くなった殻に入った罅から眩しい光が降り注ぐ。

 

 太陽だ。

 陽光だ。

 あれから、『二本足』に敗北し捕らえられ『耳長の二本足』の奇妙な洞窟に閉じ込められた時からどれほどの時間が経ったのだろう?

 喰い物どころか水さえ与えられずひたすら死に怯え骸同然に為り果てながら想い続けたのは夢を憶えている。

 太陽に照らされた野山を心ゆくまで駆け回り、思う存分に狩った獲物の貪り喰う。

 その欲望に逆らえず伸ばした前脚が殻に触れると乾いた音を立てて砕けた。

 

 再生ではなく新たに生まれた両眼に映るのは広々とした草原。

 いや、草原ではない。

 あまりに膨張した巨躯が生い茂る草と認識してしまったのは年月を経て成長した樹木。

 かつての自分よりも高く育った太い木々が今は踏み砕けそうなぐらい頼りない。

 

グウゥゥ

 

 周囲の木々に留まっていた小鳥達が逃げ出すほど大きな音で腹が鳴る。

 その時になって自分が空腹なのだと漸く気付いた。

 試しに近くの木を喰らってみるが実に不味い。

 瑞々しさも柔らかさも感じない木々を喰らった所で空腹が満たされる訳でも気が晴れる訳でもない。

 肉だ、それも『二本足』や『耳長の二本足』の肉を喰いたかった。

 この巨大な体を生み出す為に恐ろしいほど自分の体は飢え渇いている。

 もし今の状況を放置していれば太陽が沈む頃には空腹のあまり倒れ伏しそのまま餓死しかねない。

 だがこの巨体を維持する為にどれだけの『二本足』と『耳長の二本足』の肉が必要か。

 群れの一つや二つではとても足りない。

 

 顔を上に向け思いきり鼻から空気を吸う。

 巨体になった事で臭いを嗅ぎ取る力も増している事は何となく察していた。

 幾度も鼻の穴を開閉して獲物の匂いが最も強く漂う場所が何処なのか探り続ける。

 在った、見つけたぞ。

 記憶の中にはこれほど多くの『二本足』と『耳長の二本足』が居る場所は存在しない。

 嗅ぎ取れただけでも腹を満たすには十分過ぎるほどの量が期待できそうだ。

 雄も、雌も、老いも、幼きも、強きも、弱きも関係ない。

 この世界の遍く全ては自分の獲物だ。

 あぁ、涎が溢れて止まらない。

 

ウ゛オ゛ォ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ン゛ッ゛!!!!

 

 これからお前達を喰らう、その決意を込めた遠吠えが浮島全体に響き渡った。




アニメのアロガンツ、カッコいい。(感想
そんなこんなでアニメ視聴しながら執筆中です。
バンデルの鎧シーンが執筆内容と被ったのは本当に偶然なのであしからず。(汗
今作は原作小説とコミカライズ準拠ですが、シーンが似てしまうの回避するのは不可能なのでご容赦を。
いよいよ次章から今作版アロガンツvs魔装獣の戦闘開始。
黒鋼の体が轟き叫ぶ。

追記:依頼主様からのリクエストにより감자싹様、オスワーニ様、DrySeaweed様、千鳥様にイラストを描いていただきました。
本当にありがとうございます。

감자싹様 https://www.pixiv.net/artworks/149099475
オスワーニ様 https://www.pixiv.net/artworks/149126204(成人向け注意https://www.pixiv.net/artworks/149339512(成人向け注意
DrySeaweed様 https://www.pixiv.net/artworks/149197365(成人向け注意
千鳥様 https://www.pixiv.net/artworks/149476285

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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