婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第2章 公爵令嬢は醜男貴族に屈しない

「帰れ」

 

 開口一番に言われたのは強制帰宅。

 あまりの物言いに思考が一瞬だけ停止する。

 脳が活動を再開し放たれた言葉の意味を理解した瞬間に沸き上がったのは猛烈な怒り。

 数日かけてバルトファルト領を訪れた令嬢に対する言葉がコレか?

 なるほど、気の弱い令嬢なら泣いて退散するだろう。プライドの高い令嬢なら怒って踵を返すだろう。

 

 だがそんな十把一絡げな連中と同一視されては困る。

 私はアンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ。

 栄えあるレッドグレイブ家の息女。

 この程度の仕打ちなど嫌がらせの内に入らない。

 閉まろうとする扉の隙間へ強引に足先を捻じ込む。

 令嬢らしいヒール靴ではなく旅や冒険に耐えられるブーツを履いて正解だった。

 さらに両手で扉の縁を無理やり掴み力を込める。

 顔は貴族令嬢に相応しい和やかな笑みを浮かべ、体は扉を開かせる為に全身の筋肉を稼働させる。

 驚いたバルトファルト卿は必死に扉のノブを握って閉めようとするが上手くいかない。

 

「王都からバルトファルト領まで来たのです。せめて御話だけでもして頂けませんか?」

「嫌だって言ってるだろ、というか危ないから手を放せ」

「貴方が扉を閉めるのを諦めてくれるなら喜んで」

「…ッチ!」

 

 あ、舌打ちしたなコイツ。こうなったら意地でも其方が折れるまで手を離さないぞ。

 私の気の強さを甘く見たのが敗因と思い知るがいい。

 相手が手加減している事と扉が簡素作りなのも理由だろうが私の怒りと無茶が絶妙な力の均衡が続く。

 扉の縁にかかった私の指を引き剥がそうとすれば初対面の令嬢に触れた無作法を咎められ、強引に閉めて傷付ければ私はおろかレッドグレイブ公爵家の怒りを買う。

 私が既にこの場所を訪れた時点でバルトファルト卿は退路を失っていた、大人しく私を受け入れた方が事を荒立てずに澄んだものを。

 

メ゛キィ…… ト゛ッタァァン!

 

 何かが軋むような音がした次の瞬間、扉の向こう側で何かが大きくぶつかった物音が聞こえる。

 どうやら無理な力がかかって影響のノブが壊れたようだ。

 数分間に渡る激しい攻防の末、敗北したのはバルトファルト卿と扉だった。

 

「…ハァ、…ハァ。というか誰だよお前?」

 

 息を切らせながら漸く私の存在に疑問を抱いたらしい。

 額の汗を拭い、呼吸を整え、服装の乱れを直す。

 そして貞淑に、傲岸不遜に、美しくお辞儀(カーテシー)

 

「お初にお目にかかります。私、アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブと申します」

 

目を白黒するバルトファルト卿に恭しく宣戦布告。

 

「この度、バルトファルト卿の婚約者として王都より馳せ参じました」

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 リオン・フォウ・バルトファルト。

 ホルファート王国男爵バルカス・フォウ・バルトファルトの次男として生を受ける。

 幼少期より危険に対する勘の鋭さと利発さを発揮し秀でた才覚を見せる。

 ホルファート王国軍の入隊可能年齢に達した誕生日に家を出た足でそのまま徴兵検査を受け合格。

 半年の訓練期間の後に国境警備兵として正式配属。

 以降は空賊討伐や国境付近の小競り合いにて活躍。

 ファンオース公国との戦争に於いてはその才能を遺憾なく発揮。

 所属部隊を実質的な指揮官としてまとめ上げ、終戦間際の戦闘に於いて公国軍の大部隊に包囲され自身も重傷を負いながらも敵本陣を強襲、公国軍の指揮官を見事討ち取り撤退させる。

 戦後に功績を認められた事により未開拓の浮島を封じられバルトファルト子爵となる。

 

 これが手渡された資料に記載される彼の経歴だった。

 履歴書を読み終えて感嘆の溜息をつく。

 なるほど、父上と兄上がその才能に目を付けるほどの実力者だ。

 問題は何故それほどの猛者と評判が悪い私の縁談が持ち上がったか。

 その答えは別の資料に記載されていた。

 戦後のバルトファルト卿は戦傷を理由に退役、領地経営と療養目的で自領で隠棲し始める。

 だが功績を上げた彼を他の貴族が放っておく訳もなく多数の縁談が舞い込んだ。

 

 しかしその縁談の全てが決裂する事になる。

 曰く『バルトファルト卿は二目と見れない醜い容姿であり心は更に醜く歪んでいる』

 曰く『バルトファルト卿は貴族令嬢に対する作法すら知らない戦闘狂』

 曰く『バルトファルト卿は領民の生き血を啜る怪物』

 

 よくもまあ国を護った英雄に対しこれだけ暴言を吐けるものだ。

 だが、よくよく考えれば私の評判も似たような物である。

 怪物には悪女がお似合いと言う訳かと思い至り苦笑いがこみ上げる。

 同時に父上達がこの縁談に失敗しても良いと発言した事に合点がゆく。

 

 バルトファルト卿はこれまでの縁談全てが決裂している。

 ならば私が失敗しても然したる問題は無い、むしろ周囲から同情されるだろう。

 真の目的はバルトファルト卿の思惑を確かめる事。

 これまで縁談は中央貴族や地方領主の区別なく行われている。

 バルトファルト卿がいずれかの派閥に属した場合、その影響力は他の派閥にとって大きな脅威となる。

 もし他国の令嬢と結婚されたら王国にとって最悪の事態だ。

 他の地方領主も挙って他国との縁談を謀る者が続出し、間違いなくホルファート王国は内側から崩壊し地図から名前が消え去り歴史書に記されるだけの存在と成り果てる。

 私に課された使命はレッドグレイブ家の眼となりリオン・フォウ・バルトファルトという人物を見定め、もし脅威となるのなら事が起こる前に知らせ対処する。

 父上と兄上の目的に気が付くと心身に血が沸き立つような感覚が走った。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 父上から縁談を持ちかけられた数日後、準備を整えた私はバルトファルト領に向かう。

 レッドグレイブ家が所有する飛行船の使用も提案されたが却下する。

 巨大な飛行船でバルトファルト領を訪れたら警戒心を煽りかねない。

 何より多数の護衛や侍女に囲まれる息苦しい生活に辟易していた。

 信用できる護衛のみを付けてもらいバルトファルト領近くの地方都市まで移動、その後はバルトファルト家に送迎してもらう手筈となった。 

 

 王都から地方都市までの移動に二日、地方都市からバルトファルト領への送迎に数時間。

 港にはバルトファルト卿の両親であるバルカス・フォウ・バルトファルト男爵夫妻が直々に出迎えてくれた。

 貴族よりも農夫という肩書が似合いそうな男爵と穏やかで人の良さそうな夫人が私に対して過剰に遜る姿に申し訳ない気持ちになる。

 用意された馬車で未舗装の荒道を移動は揺れが激しく尻が痛かったが口に出さないのがマナーだ。

 窓から見えるバルトファルト領は一面の草原で風にそよぐ花々が心を和ませてくれる。

 屋敷に到着するまでバルトファルト卿の人生について詳しく教えて貰えたのは思わぬ僥倖だった。

 

 そもそもバルトファルト卿は男爵の正妻の子ではない。

 正妻は王都に住み贅沢な暮らしを送る典型的な放蕩貴族であり、妾だった現男爵夫人の子達を冷遇していた。

 そしてバルトファルト卿は正妻に金銭目的の政略結婚を持ちかけられた為に逃走し軍に入隊したのが真実だった。

 戦時中に正妻とその子供は逃亡を謀った為に貴族位を剥奪され追放処分、晴れて男爵は妾扱いされていた想い人を妻に迎えたらしい。

 

 終戦後に次男が戦功で父より上の爵位を賜った事を家族全員が涙を流して喜んだが、帰って来た息子は別人のように変貌していた。

 戦闘による負傷により顔の左半分に傷跡が残り、よく回る口から発せられた言葉は極端に減少、お人好しの性格は攻撃的になった。

 バルトファルト家がその有様を嘆いていると多くの中央貴族や地方領主から縁談を持ち掛けられた。

 『名家の令嬢と結婚すれば少しは回復するのでは?』という目論見は完全な失敗となる。

 令嬢達はバルトファルト卿の容貌を厭い婚約を拒否し手酷く扱った。

 動機は如何にせよ国を護る為にその身を削って戦い抜いた英雄に対しこの仕打ちは惨い。

 

 バルトファルト卿は更に塞ぎ込む事となり今では領内の屋敷ではなく別宅で過ごすようになった。

 領民との折衷を父や兄弟に任せ、別宅で領地経営を模索し方針を定めているのがバルトファルト領の現状だった。

 この状況下で領地経営が破綻してないのはバルトファルト卿の頭脳が鋭敏な証明だろう。

 男爵夫妻は息子をどう扱って良いか分からず初対面の私の前で涙を見せる。

 『縁談が失敗しても決して恨みはしない、領地に来てくれただけでも感謝しきれない』とまで言われた。

 公爵家の目論見とは別に彼個人への好奇心が湧いた私はバルトファルト卿が居る別宅へ赴く事を心に決めた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 まだ新築の匂いが残るバルトファルト家の屋敷から数十分ほど歩くと切り拓かれた土地が見えてくる。

 その中央にあるのがバルトファルト卿が住む別宅だ。

 日が傾きつつある時間に差し掛かった為に男爵夫妻は屋敷で一旦休む事を勧めてくれたが即断即決が私の方針である。

 何より国を護った英雄の為人(ひととなり)に興味が尽きない。

 だが別宅に近づくと目に付いたのは異様な光景が立ち塞がる。

 道の傍らには『危険』『注意』『近づくな』『命の保障は致しません』等と書き殴られた立て札が置かれている。

 そして切り拓かれた土地の境界は水堀が造られ、設置された木柵には鉄条網が巻かれ他者の侵入を拒絶している。

 和やかな開拓地の中に突如として戦場へ迷い込んだかの如き光景は奇怪な芸術作品に似た悍ましさすら感じさせる。

 

「まるで戦時中だな…」

 

 思わず己の口から出た言葉を反芻し理解する。

 バルトファルト卿は未だ戦争を継続しているのかもしれない。

 もし、その相手が自分の心身を破壊した世界その物ならホルファート王国を破壊する火種になりかねない。

 

 恐怖で震える体を抑え一歩、また一歩と別宅に近づく。

 時間を引き延ばされた感覚に戸惑いながらも扉の前に立つ。

 周囲の静寂が却って恐ろしい、自分の鼓動がうるさい。

 興味より恐怖が体を覆うが勇気を絞り出し一回、二回、三回とノックする。

 数分ほど待つが反応は無い。

 

『もしかして留守か?』

 

 そう思った瞬間に扉が微かに動く。

 ドアの隙間からこちらを見つめる瞳を見た瞬間、思わず喉から出かかった悲鳴を必死に噛み殺す。

 やがて人が通れるほど開かれた扉から一人の男性が姿を現す。

 履歴書で見た写真と幾分変化があるが間違いない。

 目の前に立つ男性こそリオン・フォウ・バルトファルト子爵。

 互いに相手の姿を眺めること数秒、重くなった空気が漂い始める。

 いったい何を言えば良いのか戸惑いつつも必死に頭を回転させていると

 

「帰れ」

 

 と言われた。




第一印象が最悪の男女が恋に落ちるって萌えませんか?(声デカ
なので二人の初対面シーンから書きました。
このリオンは乙女ゲームの設定にある「悪役令嬢アンジェリカが結婚した醜い田舎貴族」という存在です。
なので鍛えられてるけどあくまで常人レベルの強さです。
外見はほぼそのままですが顔の左半分に大きな傷がありますが、グロいのもダメかなと思い、「顔に傷があるイケメンだけど何故か醜いと扱われるゲームキャラ」レベルの認識です。
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