婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第19章 Sword of Damocles

 王宮の廊下を足早に歩く。

 広大な面積を誇る王宮は住居として使うには広過ぎる。

 更に棟を移動する度に身分の照会と来訪目的の説明を警備員に求められる。

 王族の俺ですらこの有り様なのだから他の奴らにとってはもっと不便だろう。

 かと言って王宮を設計した建築家や王族相手でも確認を怠らない警備員を怒鳴りつける訳にもいかない。

 広大な面積は国家運営に必要な人員を収容する為に必要だし、確認を怠れば容易く王族を亡き者にされる。

 宮廷という狭い巣で育った俺は自分がどれだけ恵まれて護られてきたか知らなかった。

 

 思い返せば傲慢で無遠慮で世間知らずな馬鹿王子という評価が如何に正しかったか理解できる。

 悪評を払拭するのは膨大な労力が必要だ。

 取り繕うとしても過去の所業はいつまでも俺の存在に纏わり付いて離れない。

 それでも努力を怠る理由にはならない。

 諦めなければ何時かは報われる日が来ると信じるしか道は無い。

 最後の確認が済んで扉が開く。

 此処から先は基本的に男が立ち入れる場所ではない。

 例外はこの国の頂点に立つ国王とその血を受け継ぐ未成年の男子に限られる。

 後宮は陰謀渦巻く女の園という噂が絶えない場所だ。

 成人まで無事に育つ子供は数人に一人、新しい王が即位し前王が崩御すればその妻と子は殉死という名目で粛清される時代があったと耳にした事がある。

 あれは単なる誇張された噂なのか、それとも当事者の子孫だけが知る隠された歴史だったのか。

 

 宮廷とはまた違う独特の空気が漂う後宮を進む。

 ほんの数年前まで此処で育ったはずなのに懐かしさよりも戸惑いが勝る。

 目的地の扉の前に立つと控えてた侍女が室内に入った。

 先触れは既に通達している、此処で面会を拒否されたらもはや縋りつく相手はこの国に存在しない。

 待つ事暫し、部屋に入った侍女が戻って来た。

 

「お会いになられるそうです」

 

 どうやら会ってくれるらしい。

 何とか話だけは聞いてもらえそうだ、尤も聞いてもらえるだけかもしれない。

 血の繋がりはあれど、気付いた時には既に俺とあの人の間には埋められない溝があった。

 特に五年前のあの日、俺が過ちを犯してから他人より遠く感じる存在になった。

 本来はこうして会ってくれるだけでも奇跡だ。

 意を決して中に入る。

 見慣れた筈の部屋なのに空気は酷く乾いて肌寒かった。

 空調は完璧に起動している。

 たとえ外が汗が止まらない酷暑だろうと雪が降り積もる極寒だろうとこの部屋は快適な室温と湿度を保ち続ける。

 この部屋に漂う緊張感は部屋の中央で寛いでいるあの人が放っているオーラが原因だ。

 

 言葉にせずとも来訪者である俺を拒絶しているその威容。

 沁み一つ無い肌、色素が薄い銀髪、アイスブルーの瞳。

 名工が自ら手掛けた女神像と言われても違和感は無い。

 もう四十代に手が届く筈なのに外見は二十代のように見える。

 女の生き血を啜って若さを保つモンスターも実在するが、そんな怪物が人間に化けたらこんな感じなのかもしれない。

 目の前に居るあの人に比べたらモンスターの方が可愛いものだが。

 何処か人智を越えた存在だと周囲を圧倒する人なのに、俺の心が落ち着きを保っているのは血の繋がりがあるからだろう。

 このまま黙っていても埒が明かない、意を決して声をかける。

 

「母上、お尋ねしたい事が…」

 

 次の瞬間、心臓を撃ち貫くような鋭い視線が俺の口から言葉が出るのを制止させられた。

 元々それ程仲が良い親子ではなかったが、五年前の出来事からさらに関係は冷たい物へと変じた。

 

「……失礼しました。ミレーヌ妃殿下に於きましては御機嫌麗しく」

 

 慌てて取り繕うように口調を丁寧に改めた。

 俺が成人して後宮に入る事が難しくなってから母上はより一層厳しい目で見るようになった。

 普通の親子関係ではない。

 

「何の御用でしょうか、ユリウス殿下?」

 

 口調こそ丁寧だが俺を諫める声の低さはどう考えても母親が息子にかける声じゃない。

 それも仕方ない。

 この人は母親である前に王妃だ。

 俺に対しても息子ではなく王子として接してくる。

 それでも昔はこうじゃなかった。

 俺や妹を見つめる視線は母親だった筈だ。

 その原因も今なら理解できる。

 全ては俺が王位継承者として不出来だったのが原因だった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 公爵令嬢との婚約を破棄したのが決定的な親子の断絶になった。

 本来はあの一件で俺の廃嫡はほぼ確定する筈だった。

 母上と公爵による入念な調査の結果、オリヴィアに対するアンジェリカの注意勧告は正当な処置と判断された。

 むしろ周囲の取り巻きや平民に対し差別意識を隠そうともしない王国貴族の方がオリヴィアに苛烈な仕打ちをしていた。

 寧ろアンジェリカはオリヴィアに対し行動を慎むように注意勧告に留め、貴族子弟の暴走を苦々しく思っていた側だった。

 我が身可愛さでアンジェリカを主犯格に仕立て上げ、のうのうと自分達は指示に従っただけだと虚偽の報告をする者達は貴族の誇りも先祖の勇猛さもない愚劣で腐りきった貴族その物だ。

 そして、俺もまた愚劣極まる腐りきった一人だった。

 

 過ちに気付いた所で手遅れだった、王家と公爵家との関係は目に見えて悪化していく。

 王家は反レッドグレイブ家の派閥を取り込んで巻き返しを図る。

 俺達の、いや俺の愚かな行動が国を二つに割る内乱へ発展しかけた。

 その事実だけも廃嫡されるには充分過ぎた。

 異母弟のジェイクを筆頭に王位継承権を持つ王族は挙って俺を批難した。

 内乱が起こらなかったのは公爵家が争いを躊躇ったのとファンオース公国との戦争が始まったからだ。

 

 最悪な事に反レッドグレイブ家の貴族の多くは日和見主義者であり、派閥の筆頭だったフランプトン侯爵は秘密裏に公国と内通していた裏切り者と判明する。

 まんまと侯爵の蒔いた種に踊らされてアンジェリカと婚約破棄を行い、公爵家との関係を悪化させた俺は国賊として処刑されてもおかしくない状況だった。

 

『どうせ死ぬなら祖国の役に立って死にたい』

 

 償いにもならない俺の懇願は意外な程あっさりと認められた。

 父上と母上にとっては愚かな息子に自らの手を汚さずに済む。

 他の王族にとってはわざわざ争う事なく王位継承権第一を葬れる。

 公爵家にとっては憎い相手が最前線で戦う事で溜飲が下がる。

 この国の中枢にいる誰もが俺の死を望んでいた。

 

 だがそうはならなかった。

 一時は完全に敗戦ムードに覆われて絶望していた王国軍は聖女として覚醒したオリヴィアによって奮起し始める。

 最高権力者である公女ヘルトルーデ・セラ・ファンオースが俺達の居た戦場に現れたのも僥倖だった。

 召喚された超大型の魔物を何とか退けた俺達は公女を討つ事に成功。

 他の戦線でも敵軍の司令官が討たれる等の幸運も加わり王国は公国を国境線まで退けた。

 

 結局、この戦争はホルファート王国とファンオース公国の双方に多大な犠牲を払って終結した。

 首の皮一枚で命を拾った何故か俺は廃嫡されなかった。

 廃嫡するには立てた手柄が大きい、かと言って国の政治に関わらせるには抵抗がある。

 俺の存在は王家にとって触れてはいけない問題になった。

 この点で言えば戦功で廃嫡を免れて実家に称賛された他の四人が羨ましい。

 以後の二年間、国内は平和だったが俺達にとってはつらい日々が続いた。

 神殿はオリヴィアを正式に聖女として認めた。

 

 まず聖女として修練を積むという名目でオリヴィアは半ば幽閉に近い形で囲われた。

 神殿の外へ出るのは神殿が権威を高める為に行う示威活動の時ぐらい。

 必然的に俺達との距離は開いて行く。

 

 次に王国に於ける俺達五人の待遇。

 公国との休戦協定が締結された後は称賛されるどころか怪物を見るような目で見られる事が増えた。

 英雄は危機の時だけ求められ平和になれば世捨て人になるという童話が本当とは思わなかった。

 いっそ王国軍に所属すれば良いかとも考えたが、それは高過ぎる家格が邪魔になる。

 俺達に備わっていたのは一兵卒としての戦闘力、部隊の指揮官としての能力ではなかった。

 

 その次はレッドグレイブ家の台頭と王国の政治構造の変化。

 フランプトン侯爵を筆頭とし反レッドグレイブ家の貴族は厳しく取り調べられた。

 元より清廉潔白な貴族など極めて稀だ。

 その行いを咎められ注意勧告で済むのは少数、多くは免職・領地の召し上げを命じられ場合によっては何もかも剥奪され国外へ追放となる。

 

 公国との戦争が引き分けに終わった影響で戦功を上げた者に施す金銭・領地・役職が不足したせいもあり処罰は過酷な物に変じる。

 ブラッドの元婚約者がいたオフリー伯爵家など裏で空賊と協力していた事情もあって爵位・財産・領地の全てを失い当主は処刑、残る家族も国外へ追放された。

 

 こうしてレッドグレイブ家の権勢は揺るぎない物となり、反比例するようにホルファート王家は目に見えて弱体化。

 どちらがこの国の主か分からない。

 アンジェリカとの婚約を破棄して追い詰め、反レッドグレイブ家派の旗頭になった俺達は命こそあるが何の恩賞も与えられなかった。

 他の四人も同様で、あいつらは廃嫡されてないが何の役職にも就いておらず未だに無位無官の貴族令息のままだった。

 

 それでも俺達は腐らなかった。

 オリヴィアと語り合った王国を良くしたいという理想を持ち続けたからだ。

 行われる会議に積極的に参加し幾つもの草案を提出したが思わしい成果は上げられなかった。

 時間は俺達が無為に過ごしていても流れていく。

 いっそ冒険者にでもなるかと冗談めかして語り合った頃に公国との戦争が再び始まった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「今回の論功行賞についてです」

 

 単刀直入に用件を告げた。

 口の上手さと頭の回転で俺は母上に絶対勝てない。

 おまけにやたら迂遠的で嫌味ったらしい物言いで追い詰めて来るから会話のペースを握られっぱなしだ。

 それなら率直に母上に尋ねた方が手っ取り早い。

嫌味を言われても勢いで流せば惑わされずに済む。

 

「なぜ俺の親友達が左遷されるのですか?」

 

 今回の戦争で俺達は再び公国が操る超大型の魔物を相手にした。

 しかも前回の倍の二匹だった。

 怪物が一匹だった前回でさえ半死半生の接戦だったから真正面から戦って勝てる訳が無い。

 王家が秘蔵していたロストアイテムの艦で漸く相討ちに持ち込めた。

 超大型魔物を操っていたヘルトラウダ・セラ・ファンオース公女は俺達に捕縛され、王国軍に抵抗する手段を失った公国軍は降伏。

 こうして王国の勝利で幕を閉じた筈だった。

 

 引き分けに終わった前の戦争と違い、今度こそ何らかの恩賞が与えられると信じていた俺達に舞い込んだ辞令は驚くべき物だった。

 まずグレッグとクリスは各々の親が治める領地の役職に就任。

 ブラッドも辺境伯領に辞令が下る。

 ジルクに至っては宮廷の資料監査室に異動という事実上の左遷だった。

 

 この辞令に俺達は不満が溜まった。

 もちろん過去の失態を完全に帳消しに出来るとは思っていない。

 それでも各人がそれなりの役職に就けると信じていた。

 地方への異動や閑職への辞令は完全に想定外だ。

 俺達が未熟なのは理解している、だからこそ今まで五人で身を寄せ合い耐えてこられた。

 

 そんな俺達を引き離されるのは文字通り手足を絶たれるのと同じだ。

 この不自然な程の冷遇は公爵の横槍が入ったと考えて間違いない。

 だが辞令の最終決定を下すのは最高権力者だ。

 国王である父上が政治に無関心な現状、辞令書に許可印を押したのは母上だ。

 つまり母上はこの決定に同意した。

 その理由を問い詰めようと俺は後宮へ足を運んだ。

 

「殿下の御学友だからと贔屓すれば他の貴族達が騒ぎ立てるからです」

「他の貴族とは公爵の配下の者達ですか?」

「王家の派閥に属した貴族も不満の声を上げるでしょうね」

「要職に就けろとは申しません、せめて私の傍に留め置く事を認めてもらえませんか」

「今の王国は背任者の粛清と二度にわたる戦争によって人材難です。未熟な者の手ですら借りたいほどに」

「彼らは優秀です。左遷するのならもっと有効な配置先もあります」

「そのような発言は与えられた仕事をきちんと熟してから口にしなさい」

 

 そう言って母上が数回手を叩くと侍女全員が部屋から退出し始める。

 王妃の私室には俺と母上だけが取り残された。

 母上が空いた椅子を指差したのでテーブルを挟んで座る。

 

「この決定には不満があります、何故レッドグレイブ家の専横をお許しになるのですか?」

「その方が政が上手く回るからです。実際に人材が不足しているとはいえ王国の運営に支障が無いなら咎める理由になりません」

「このままでは国が二つに割れ内乱が起こりかねません、何らかの手を打たなければ」

「誰が国を割ったと思ってるのよ!!」

 

 突然の怒声。

 一瞬、何が起きたか分からず脳が停止する。

 母上が怒鳴り声を上げた?何が起きても動じないと噂される母上が?

 

「公爵はとうの昔にホルファート王家を見限ってるわ、今更どう足掻こうと王家は衰退の一途を辿るでしょう。やる気の無い王と恋で道を踏み外した王子がその決定打よ」

 

 そう言って俺を睨みつける母上。

 母上にこんな目で見られたのは生まれて初めてだった。

 

「そもそも公爵家は王家の分家として生まれたわ。王位継承権を持っているのも王家に何かがあった場合、速やかに国内を平定出来るように便宜を与えられたから。その気になれば公爵家はいつだって王家を弾劾して王位を奪えたのよ」

 

 それは王家に属する者なら誰でも知っている事実だ。

 公爵家は王家に最も近く、そして最も危険な存在であると誰もが認識している。

 

「私がこの国に嫁いだ時点でヴィンス公は陛下を半ば見限っていたわ。彼を納得させ王家の力を立て直す為に最も効果的だったのは王子と公爵令嬢の婚姻だった。別れた血を紡ぐ事で公爵家を取り込み王家の地位を回復させられた筈」

 

 その目論見は破綻した、全ては俺の行動のせいで。

 

「貴方がアンジェリカとの婚約を破棄した時点で怒り狂った公爵家が叛乱を起こしてもおかしくない状況だったわ」

「しかし叛乱は起きませんでした」

「叛乱が起きなかったのは単にヴィンス公とアンジェリカが王家との争いを望まなかったからよ。もし公爵家が戦を望んだのなら何百、何千、何万の国民が命を落としたわ。色恋に血迷った王子のせいで」

「……」

「あの頃は王家と公爵家にはまだ資金力・軍事力で差があったわ。公国との戦争が勃発して仲違いしてる場合じゃない状況になったのも大きかったの」

 

 母上の口調が物分かりの悪い子供を教え諭す口調に変化していく。

 

「公国との戦争で発生した損害を王家は補填しなければならなくなったわ。ただでさえ内通者の腐敗貴族を処罰したから在野の人材で補う必要が出てくる。身分が低いなら陞爵させて、平民だったら貴族に取り立てて一から世話する必要もあったわ。その影響は数年間の予算が底を尽くほどよ」

「公爵家が多くの貴族へ資金を融通するのを止められなかったんですか?」

「どうやって止めるの?王家が払いきれない費用を公爵家が賄ったのよ。もし止めたら多くの貴族が王家に牙を剥くわ。止めたくても止められない」

 

 公爵の手腕が恐ろしい、不測の事態を自分が有利な盤面に変えていく。

 

「さらにヴィンス公は婚約破棄されたアンジェリカを戦功を上げたバルトファルト子爵に嫁がせたわ。王家は功を労わないのに公爵家は成り上がり者にすら敬意を払うと評判よ。噂の良くない娘一人の代価に新興貴族の信頼を勝ち得たわ」

「……婚約破棄に関しては早計だったと反省しています」

「次に活かせないなら反省しても無意味よ」

 

 何とか吐いた言葉をバッサリと切り捨てられる。

 

「そして今回の戦争で王国は秘蔵の王家の艦を失った。以前のように力で貴族を抑え込む事も出来ない」

「お言葉ですが母上、王家の艦無くして王国の勝利はありえませんでした」

「其処は私も同意するわ。問題は王家が公爵家に対抗する手段を完全に失ってしまった事よ。切り札を失い疲弊した王家と兵力が健在で派閥を拡げた公爵家のバランスは完全に逆転したわ」

 

 溜め息を吐いた母上はカップに注がれた紅茶を飲み干した。

 母上の顔が何処かやつれているのは気のせいではない。

 

「……十代でホルファート王国に嫁いでからずっとこの国を、王家を何とかしようと思っていたわ」

 

 幼い頃から母上は聡明と名高く、他国にまで名が知れ渡るほどの才媛だと聞いた。

 

「婚姻した時点で陛下は既に政務にご興味を失っていた。恋も愛も知らなかった私は歯を食いしばって必死に政務に取り組んだわ。『王家の威信を取り戻せばいつか陛下もやる気を取り戻してくれる』『世継ぎを産めばきっと私を愛してくれる』。そんな淡い希望に縋りついて生きていくのは疲れたの……」

 

 漸く俺は理解した。

 母上が何故こうまで必死に国を立て直そうとしていたのか。

 どうして離縁して祖国に帰る事を考えもしなかったのか。

 全ては父上や俺や妹の為だった。

 

「こんな国に嫁ぐんじゃなかったわ……」

 

 疲れた顔でそう呟く母上は途方に暮れていた。

 何と声をかければ良いか分からない。

 ゆっくりと母上が視線を俺に移す。

 自分が何を口走ったのか気付いたのだろう。

 頭を振って何とか正気を取り戻すとゆっくりと扉に顔を向ける。

 部屋から出て行けという意思表示だろう。

 この場で何を言っても事態は解決しない。

 立ち上がり退室するべくドアに手を伸ばすと声をかけられた。

 

「ユリウス、為すべき事を為しなさい。貴方の失敗は生涯に渡って貴方を縛り続けるでしょう。それでも生きている限り何かを為せる筈です」

 

 そう告げる母上の言葉は優しさに満ちていた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 愚かな事を言ってしまった。

 呟いた言葉は刃となって他人だけでなく自らも斬りつける。

 政は上手くいかない事の方が多い。

 それでもこれ程までとは思わなかった。

 レパルト連合王国から嫁いだ時点でホルファート王国は腐敗していた。

 不正を働いて罪悪感も抱かない宮廷貴族、驕り高ぶり平民を虐げる貴族子女、不満を募らせ王家に対する忠誠心が皆無な地方領主。

 

 だからこそ自分の代で改革を完遂するのを早々に諦めた。

 ユリウスとアンジェリカを婚約させレッドグレイブ家を後ろ盾とし、学園に平民のオリヴィアを入学させ若年層の意識改革を図り、綱紀粛正によって統治機構の正常化を行う。

 数十年かけて少しずつホルファート王国を再建させる。

 子の時代、孫の時代に自分の理想を達成すれば良いと思っていた。

 

 だが全てはユリウスの婚約破棄から狂ってしまった。

 最大の味方になる筈の公爵家は敵に回り、度重なる戦争は王国を疲弊させ、王家の存続は風前の灯火だ。

 何もかもが上手くいかない。

 二十年をかけた私の計画は水泡に帰した。

 もはや挽回するには時間も資金も人材も足りない。

 側室が産んだジェイクを筆頭とした王子達のいずれかを王に、或いは私が産んだエリカを女王として公爵家が擁立するのが一番穏当だろうがヴィンス公は既に王家を完全に見限った。

 

 王位の簒奪を企てる公爵家は王家を取り潰すだろう。

 幽閉や追放で済めば良いが、それは政務に関わりの少ない幼児や女子に限られる。

 国王の夫と第一王子の息子は間違いなく命を狙われる。

 例え幽閉処分で済んでも後で「流行り病で急死」「精神を患い衰弱死」として毒杯を賜るに違いない。

 ろくに愛情を与えてくれなかった夫、不出来で愚かな息子だがそれでも私の家族。

 生き延びて欲しい、再び世に出る事は無くとも生きてさえいればそれで良い。

 何とか祖国へ連れ出せたら良いが、もし王国を支配したヴィンス公が夫と息子の身柄を求めればレパルト連合王国は躊躇いなく差し出すだろう。

 

 いっそ声を出して泣き喚けたらどれほど楽になれるだろう。

 今まで生きて来て一度もそんな事は無かった。

 家族に情は在れど頭は常に政を考えているのが私。

 妻として、母としてではなく統治者としてどうするべきかを最優先する人でなし。

 だからあの人は私を愛さず若い女との逢瀬に励んだ。

 愛の無い夫婦を続ける私達を見てユリウスは恋愛を重んじた。

 私の跡を継げるように次期王妃として教育を施したアンジェリカは私の模倣品と化しユリウスに嫌われた。

 

 何という事だ。

 総て、王家の窮状は私の過ちが発端だった。

 恋も愛も知らない私が妻として母として彼らに信頼される事が無いのは当たり前だった。

 それでも、今もなお私が彼らを見捨てられないのは何故だろう。

 初めて地下の保管庫に秘蔵されていた王家の艦に立った時。

 愛情の点数が低くて落ち込む私を慰めたあの人の優しさは本物だった。

 出産の痛みに苦しみながら産声を上げたあの子を抱いた時。

 あの時の私は確かに世界一番幸せだった。

 本当に政治の鬼に為れたなら夫と息子と娘を置いて逃げられる。

 ヴィンス公はホルファート王家の血を引かない私を見逃すだろう。

 それでも逃げる事は嫌だった。

 どれだけ愚かでも彼らは私の家族なのだから。

 

『それでも生きている限り何かを為せる筈です』

 

 ユリウスに告げた己の言葉を思い返す。

 どうせ駄目なら最後まで見苦しく足掻こう。

 私は妻でも母でもなく王妃だ。

 持てる知識と人脈を駆使して最後まで抵抗する。

 人でなしならば思う存分に非道な手を使おう。

 

 我が名はホルファート王国王妃ミレーヌ・ラファ・ホルファート。

 

 さぁ、公爵家の皆々様よ。

 

 政の権化と讃えられた女の悪足掻きをとくと御覧あれ。




私はユリウスもミレーヌ様も好きですよ。(汗
という訳でユリウス王子の受難(序章)です。
いわゆる乙女ゲー転生作品で大して悪事をしてない令嬢と婚約破棄した攻略対象と女主人公が結ばれても周囲は納得しないだろうという意味な今章。
web版・書籍版・マリエルート版の情勢を複合させましたがホルファート王家の詰んでる感がひどい。
これでも王国の窮状を手加減して書いてます。
全てアルトリーベ制作陣と原作者の三嶋与夢先生がやった事です、私は悪くない。(おい
ユリウスは聖女カウンセリングのおかげで書籍版のアホだけど割と良い奴レベルまで更生してます。
今作のミレーヌ様は為政者であると同時に妻であり母でもあります。
リオンに惚気るミレーヌ様も可愛いんですが、私は同じぐらいに
・毒事件で倒れたローランドを泣いて看病するミレーヌ
・ユリウスの助命嘆願としてリオンに土下座するミレーヌ
も好きなので。
今作のテーマはズバリ『愛』ですが、『夫婦愛』の他に『家族愛』も含まれます。

追記:依頼主様が桃原らいる様にファンアート描いていただきました。ありがとうございます。
https://www.pixiv.net/artworks/109255467
しばらくアンジェとリオンが別行動するので二人のイチャイチャが書けないのがつらいです。
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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