婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第21章 卑怯な女

「私とギルバート様を結婚させようとしている話をアンジェリカ様はご存知ですか?」

 

 着席したオリヴィアの問いに危うく口に含んでいた紅茶が気管に入りかけて噎せそうになった。

 あまりにも慮外な質問にこれは悪質な冗談かと一瞬疑ったが、少なくとも私の知る彼女はそんな性格ではないと思い直す。

 私の視線がミレーヌ様に向けられると眉を顰めて肩を竦められた。

 少なくてもこの問題に対して王家は不干渉、若しくは確認が取れていないと推察する。

 馬鹿げてる、全くもって馬鹿げた話だ。

 だいたい妻子持ちの兄上に縁談を持ち込むなどあまりに愚劣。

 レッドグレイブ家を敵に回したくないならこんな話が出る事自体ありえない。

 嘗ての私、公爵令嬢で王子の婚約者で次期王妃候補だった頃の私ならそう一笑に付しただろう。

 

 だが、この数年間に王国は滅亡の危機を幾度も迎えた。

 平時の常識は戦時の非常識。

 傍から見ればどんなに狂っていようとその中心にいる人間は大真面目に馬鹿げた行動をしてみせる。

 そして、これはホルファート王家とレッドグレイブ公爵家が国の主導権を争う戦だ。

 私自身は戦地に赴いた事は無いが、従軍したリオンから戦場に於ける情報の錯綜をよく聞いた。

 もし真実なら公爵家の目的は?私に黙っていた理由は何だ?

 考えろ、邪念を捨て思い込みを排しひたすらに考えろ。

 

「誰がそんな妄言を吐いている?」

「神殿の上層部です。ほとんどが貴族出身の方ばかり」

「そいつらは戦争中に何をしていた?まさか聖女が最前線で戦っている最中に神殿の奥で震えていた腑抜け共か?」

「……」

 

 オリヴィアが困ったように顔を歪める。

 なるほど、つまりは現在の王国に於いて王家の派閥にも公爵家の派閥にも属していない日和見主義者か。

 そもそも神殿の成り立ちは国祖達と共にホルファート王国の創設に尽力した聖女を守護し補佐する為に設けられた。

 当初は不完全な王国を安定させる為に奔走し、人々から感謝される存在だった。

 やがて国が安定してくると組織の性質は変化を始める。

 聖女を守護し民衆に奉仕する慈善組織からホルファート王家の正当性を保障する宗教組織へ。

 最高指導者だった聖女の存在も組織の象徴へと変化し、聖女はあくまでも象徴であり神殿の重鎮達が組織の運営を管理してきた。

 これまで神殿はその運営方針で問題が起きなかった。

 

 だが、前回の戦争、そして今回の戦争で聖女の意味合いは大きな変化を遂げる。

 聖女オリヴィア。

 自ら前線に赴き兵を鼓舞し王国を勝利へ導いた平民出身の聖女。

 あらゆる面に於いて前例の無いイレギュラーな存在。

 慣例至上主義で癒着と異なかれの風潮に凝り固まった神殿上層部にとってオリヴィアの存在は目障りだ。

 神官は貴族の家柄に生まれるも宮廷での出世を諦め神殿に仕え始めた者が多い上に、女官も婚姻前の箔付け程度にしか思っていない。

 純粋に聖女に対する崇敬や世俗への奉仕精神に満ちた者も存在するが、そうした者ほど平民や下級貴族の出身だ。

 オリヴィアの存在は神殿にとって上層部の腐敗を明らかにするが、同時に民衆からの支持を集める上で非常に有用。

 其処まで思い至った瞬間、ある事が頭を過った。

 

『まさか、そんな馬鹿な事があるか』

 

 そう思い込めたら楽だったに違いない。

 だが、一度でも頭を過った事をすぐに忘れるなど出来る訳が無い。

 ましてやそれが思い付いた中で最悪ならば。

 

「レッドグレイブ家は王位の簒奪を画策している…?」

 

 神殿にとってオリヴィアは厄介事の種であり目障りな存在だ。

 だからと言って力尽くで排除すればそれこそ神殿の存在を自ら否定する事になり、民衆の支持を失う上に国が介入する口実を与えてしまう。

 最善なのはオリヴィアが自ら聖女の地位を退く事だ。

 神殿に於いて女官の退職理由は婚姻が一番多い。

 ならばオリヴィアも何処かの貴族に嫁がせるのが怪しまれない。

 そして聖女と婚姻を結んだ家は聖女の持つ名声や信頼を取り込む事も不可能ではない。

 

「神殿側はホルファート王家を既に見限り、レッドグレイブ家こそが次代の国王に相応しいと考えているのですか?」

「僅かな情報で其処まで推察できるのは流石ね。やっぱり貴女が王妃になるべきだったわ」

 

 ミレーヌ様が惜しむように私を賞賛するが嬉しくはない。

 事は旧王朝が衰退と新王朝の樹立という歴史の転換点である。

 平和的な王権の禅譲になるか、陰惨な旧勢力の粛清になるか、大量の血が流される争乱になるか全く見当がつかない。

 まさか父上が其処までやるとは思わなかった。

 精々が王国内に於ける主導権の奪い合いレベルで収まり、ホルファート王家から国を奪うまでに至らないと考えていた。

 信じられないという気持ちがある一方で心の奥底に存在している妙に冷静な自分が納得している。

 

 私と殿下の婚約破棄から此処に至るまでの数年間、いやレッドグレイブ公爵として政務に関わるようになって数十年間も父上はホルファート王国の腐敗を見続けてきたのだ。

 公爵家は今まで何の禍根も無く王家に傅いていた訳ではない。

 寧ろ血筋を辿れば十分に王位に就く資格を持ちながら分家として臣下に甘んじてきた歴代のレッドグレイブ家当主は忸怩たる思いを抱えてきた筈だ。

 そして今代のローランド陛下、そして次期王位継承者のユリウス殿下の醜態を間近に見た父上は決意したのだろう。

 

『もはやホルファート家に王国を統治する器量は無い』

 

 父上は決して私利私欲のみで動く御方ではない。

 寧ろホルファート王国に対する帰属意識は高い方だ。

 そんな父上が王位の簒奪を画策し実行に移すというのはそれ程までにホルファート王家が弱体化している事実に他ならない。

 

「神殿側の魂胆は理解しました。王家は何の対策も講じていないのですか?」

「もちろん考えてはいるわ。それでも信じない宮廷貴族は多いのよ。公爵は今まで私と共に王国の維持に努めてきた。公爵の為人を知る者ほど叛意を信じられない」

「レッドグレイブ家が其処まで勢力が急拡大できるとは思えません」

「フランプトン侯爵が公国と内通してたのが不味かったのよ。あの裏切り者のせいでレッドグレイブ家に抵抗しようとする者は売国奴の烙印を押されかねない。前の戦争後に行った粛清と今回の戦争を合わせて公爵家に太刀打ちできる貴族は王国には存在しないわ」

「それでも王家が呼びかければ味方になる者は決して少なくはない筈では」

「王家全体が一致団結できると仮定するなら可能ね。実際はユリウスを廃嫡させた後に誰を嫡子にするかで争っているわ。そんな輩は公爵が自分達を支持すると疑っていない。公爵自身だって分家として王位継承権を持っているのに」

 

 なるほど、下準備は着々と進んでる訳だ。

 レッドグレイブ家に権力が集中する事に危機感を持つ真っ当な貴族になるほど迂闊に動けない。

 この段階まで来たらどちらが真の支配者なのか分からない。

 

「それで私にどうしろと仰るのですか?」

「お願いします、どうか公爵様と話し合う機会を作るのに協力してください」

 

 私の問いにオリヴィアが頭を下げて懇願する。

 

「それは無理だ」

 

 無意識に冷淡な態度になってしまった己に驚くが正直に答える。

 

「この件に関して本当に初耳だ。父上が王家に、いや陛下と殿下に対して長い間怒りを堪え続けてきた姿を私は見て来た。王家が今更どう足掻こうと方針を変える事はあるまい」

「アンジェリカ様は何もご存知なかったんですか?」

「父上と兄上がどんな魂胆で私に知らせなかったのかは分からん」

 

 単純に私を政争に巻き込みたくなかった家族としての情か、それとも事後承諾で私を説得できると高を括られたか。

 仮にリオンが私と子供達を案じて話さなかったとしてもすぐに態度に出して私に問い詰められ話す結果になるだろう。

 どちらにせよバルトファルト家に嫁いだ私はレッドグレイブ家からは縁遠い存在に成りつつある。

 

 自分から積極的に王都の政争に首を突っ込む気は毛頭ない。

 今の私にとっての最優先事項はリオンとライオネルとアリエルだ。

 私の家族を巻き込むなら誰が相手でも容赦はしない。

 相手が王妃であろうと、聖女であろうと。

 逆に家族に被害が及ばないのなら面倒な政争に関わり合うのは御免蒙りたい。

 

「仮に私がレッドグレイブ家との渡を付けられたとしよう。バルトファルト家にとって何の得がある?」

「それは……」

 

 言葉に詰まるオリヴィア。

 この程度の問いに即答できないのなら父上に引き合わせた所で無意味だ。

 

「今の私はバルトファルト子爵夫人だ。領地の利益を最優先する。そしてバルトファルト領は公爵家から多額の融資を受けている。そんな我々が公爵家と争う王家に与して得る利益とは何だ?」

 

 実際には公爵家からの融資額はバルトファルト領の経営を圧迫するほど多くはない。

 総額にすれば三百万ディアに達しない筈だ。

 あくまでも領地開拓の初期費用であり、それこそ領主であるバルトファルト家が爪に火を灯すような極貧生活を行い大幅な増税と療養施設の料金を上げれば数年で完済は十分に可能。

 そんな事をすれば領民や他領の貴族からの反発を招くから行わないが。

 

 今のバルトファルト領の財政が苦しいのは公国との戦争で費やした資金の大半が本来は領地の発展の為に蓄えた物だからだ。

 王家は公国との戦争で手柄を上げた者達を陞爵する予定だが爵位では飢えを満たす事も傷を癒す事も出来ない。

 最新型の鎧を拝領した所で使い所は限られる上に維持費ばかりが嵩む金喰い虫に成り果てるだけ。

 結局の所、領地経営に於いて一番重要なのは潤沢な資金なのだ。

 

「まさか何の見返りも無いのに我々を協力させようと思っていた訳ではあるまい。ただでさえ今回の戦争で多くの領主が貧窮しているのだ。更に王子達の王位継承権の争いやホルファート家とレッドグレイブ家の諍いに加われと?終戦から三ヶ月も経たないうちからこの有り様では地方領主はもとより宮廷貴族ですら王家の力を疑問視するのは致し方あるまい」

 

 目の前にこの国の実質的な支配者であるミレーヌ様が居るのに不躾な物言いだが敢えて口にする。

 この場に私を誘ったのは彼女だ、聖女と引き合わせたのも彼女。

 人前で話すなら美辞麗句で誤魔化す必要があるが、この場に於いては直接的に言った方が話が進む。

 

「私が婚約破棄された当時のように王家が公爵家より力を有しているならともかく、落ち目になった王家に味方して何の得が在る。頼られても迷惑だ」

「このままでは国が割れて内乱になります。そうなればバルトファルト領も否応なしに巻き込まれ犠牲者が増えます」

「確かにそれは困るな。ならば領地で静観させてもらおう。バルトファルト家がどうするにせよ、今後の王家の趨勢には然程影響はあるまい」

「たくさんの人達が死ぬかもしれないのに?」

「領主にとって大事なのは自分の領民だ。他所の領民の命より優先されるのは当たり前だろう。そもそも犠牲になるのが王家と一部の貴族に限定されるならこの国の大多数は見て見ぬふりを決め込むさ」

「そんな……」

「或いは犠牲者が一番少ない解決法がホルファート王家を犠牲にする事かもしれんな。王族一人で数千から数万の民が巻き込まれずに済む」

「アンジェリカ様はローランド陛下とユリウス殿下がどうなっても構わないと?」

「逆に聖女オリヴィアに問おう、何の義理や義務が存在して私が陛下と殿下の為に尽力しなければならない?」

 

 場の空気が凍り付いたのを感じた。

 あぁ、言ってしまった。

 言ってしまったからには後戻りは出来ない。

 

「陛下御一人なら多少の恩義はある。他の王子や王女なら同情もしよう。だがユリウス殿下の為に私が何かすると思っているのなら見通しが甘過ぎる」

「やっぱりユリウス様をお恨みになってるんですね」

「全く恨みが無いと言えば嘘になる。ずっと心の何処かであの時の怒りは私の中で燻り続けてきた。だが恨み以上に私はユリウス殿下の資質を疑っている。はっきり言えば彼は王族に相応しくない」

 

 目を伏せつつミレーヌ様を見る。

 相も変わらず何も仰らない。

 私に分かる事をミレーヌ様が分からない筈もあるまい。

 ならば最後まで言わせてもらおう。

 

「王家と公爵家が協力する為に決められた婚約の意味を理解しない。婚約者が居る身でありながら他の女に懸想。綿密な調査も行わず思い込みで私を敵視。権限も無いのに地位を盾に公衆の面前で一方的な婚約破棄。不平等な条件で行われた決闘。佞臣の報告を信じ罪を捏造。真実を知った後でも公式な謝罪も行わず私の名誉回復を軽んじる」

 

 口にするほど怒りが湧き上がってくる。

 五年も私の心の奥底で燃え滾っていた怒りの炎。

 これでも理性を保っていられるのは今の私が怒りを上回る愛情で満たされているだけに過ぎない。

 夫と子供達の前ではとても見せられない姿だ。

 

「挙句に立場が危うくなれば自ら出向く事すらせず母親と慕う女を断罪した私に差し向ける。恥という概念をあの方は持っていないのか」

「アンジェリカ様、それは違います。ユリウス殿下もあの後は成長なされて……」

「今この場に居ない、それが総て。誠意も反省も全く伝わらない。笑えない冗談だ。これで協力しろとは怒りを通り越して呆れ果てる。自分の為に誰かが働くのを当然と勘違いされたままか」

 

 不敬極まる物言いだが口にするのは紛れもない事実。

 問い詰める相手がユリウス殿下ではなくオリヴィアなので私が一方的に嬲っているのが些か心苦しいが。

 

「家同士の契約を軽んじ、情欲を制御できず、事実を歪曲して広め、罪を捏造し、暴力によって事態の解決を目論む。このような者を主君として仰げるか?この事態を招いたのは紛れもなくユリウス殿下御本人だ。若気の至りと笑って許される範疇を越え過ぎた」

 

 すっかり冷めてしまったレモン入りの紅茶を飲み干す。

 少しでも体内に籠る熱が冷めてくれるように。

 吐けるだけ言葉を吐いてしまうと室内は静寂に包まれる。

 

「それじゃ…」

 

 口を開いたのは聖女オリヴィア。

 

「じゃあ、アンジェリカ様に協力して頂くのは無理なんですね」

「そうは言っていない。先程も言っただろう。『今の私はバルトファルト子爵夫人だ』と」

 

 これが私に言える最低限のヒントだ。

 オリヴィアは平民出身でありながら学業は優秀の一言に尽きる。

 その答えが分かるならどうすれば良いか判断できるだろう。

 

「つまりバルトファルト領にレッドグレイブ家が齎す以上の利益を用意すれば良いんですか?」

「汚いと思うか?だが今の私はバルトファルト領の統治を夫から一任されている。民を犠牲にして父である公爵に刃向かえと嘯くのならそれだけの対価を差し出せ」

 

 領地の経営は一筋縄ではいかない。

 美辞麗句に彩られた理想など麦一粒に劣る。

 

「食料か、金銭か、地位か、名誉か、血か、安寧か。私達が望む物を与えてみろ。それが出来ないなら父上に引き合わせても泣きべそをかいて帰る結末になる」

 

 私に言えるのは此処までだ。

 後は自分の頭で考えろ。

 素直に教えてやるほど私は人格者ではない。

 その程度の事が出来ないのなら素直に神殿のお飾りになった方が身の為だ。

 オリヴィアが何やら呟きながら必死に思考を始める。

 

「オリヴィア様、もう時間です」

 

 付き添いの女官が声を掛けた。

 ふと時計を見るとけっこうな時間が経過していた。

 思いの外話し合いに熱中していたらしい。

 慌てた様子で身形を整えるオリヴィア、悠々と皿に残された菓子を堪能するミレーヌ様は対照的だ。

 

「とりあえず今日は帰ります。忙しいのに時間を割いていただきありがとうございました」

 

 どうやらオリヴィアは手酷く扱われたのに諦めないようだ。

 この逞しさがあるから聖女なのか、それとも聖女という存在は逞しくなければやっていけないのか。

 足早に部屋を出るオリヴィアの背を見送りながらそんなぼんやりとそんな事を考える。

 些か疲れた。

 疲労感と同時に空腹感に襲われる。

 もう自棄だ、ストレスは体に悪いから今日は腹一杯に食べよう。

 まだ見ぬ胎の中の我が子よ、愚かな母を許して欲しい。

 

「随分と聖女にお優しいのね。意外だったわ」

 

 訝しげに私を見つめながらミレーヌ様はそう仰った。

 

「別に親身になった訳ではありません。情報が必要だったのは此方も同じでしたから」

 

 そう呟きつつケーキフォークで皿の上に鎮座する果実を一口大に切り分ける。

 柔らかい果肉にフォークを刺して頬張ると瑞々しい果汁が口の中で弾けた。

 食べ終えた後は紅茶を飲み干して心を落ち着かせる。

 これからが本番だ。

 

「どうして今更オリヴィアに私を引き合わせたのですか?」

 

 もう私は王家や彼女と関わるつもりは無かった。

 バルトファルト領でリオンの領地経営を助け、彼の子を産み、穏やかに生を終えるつもりだ。

 

「会いたいと願ったのは彼女自身よ。私は時と場所を用意しただけ。今の神殿には彼女が信頼できる者が多くないらしいし」

「ユリウス殿下と四人の御付が居るでしょうに」

「彼らはユリウスと引き離されたわ。一応は戦功による昇進という態だけど実際には同じ場所に居ないようにする為の左遷ね。ユリウスの力を削ぐ為に公爵派と他の王子を嫡子に推す貴族が裏から手を回してるの」

 

 なるほど、五人を頼れず神殿の助力も期待できない状況なら父上や兄上と面会するのはほぼ不可能だ。

 藁にも縋る想いで私を頼ったのだろう。

 

「私が口で言っても余計な反発を招きかねない。それなら己の過ちの象徴である貴女に会う方が心の底から理解できるでしょう」

「私が悪役になっただけに思えますが?」

「貴女を悪役にして話を終わらせる馬鹿な小娘ならこの国に居場所は無いわ」

 

 目の前に座る女性の顔は冷淡な為政者その物だ。

 

「オリヴィアが聖女になる、或いは王家か公爵家の誰かと婚姻して政に関わるのなら自分で考えて行動できるだけの力を持たなければならない。そうでないのなら大人しく誰かの操り人形になるか、地位を捨てて何処かに引き籠る方が賢明よ」

「彼女は賢い女ですが平民出身です。政治力が無いのは仕方ありません」

「私の謀を台無しにしたのよ。その責任は本人に支払ってもらいましょう」

 

 そして数回手を叩くと部屋に屈強な男が入ってきた。

 王妃付きの護衛だろう。

 いくらミレーヌ様が自由奔放だとしても護衛を全く付けず歩き回るほど愚かではない。

 護衛らしき男は私に一礼するとテーブルの上に何かを置いて部屋から退出する。

 置かれたのは厳重に包装された封筒だった。

 

「貴女にはこれを」

「中身はいったい何です?」

「今の王都の状況を詳しく記した資料よ。それを読めば凡そ把握できる」

「受け取れません。王家の側に付くつもりはありません。だからと言って公爵家に従い積極的に王家を攻める気もありませんが」

「いいから受け取りなさい。その上でどうするかは貴女が決めて」

「今日ミレーヌ様と面会した事実を公爵家に報告するかもしれませんよ」

「したいようにしなさい。どんな結末になっても怨まないわ」

 

 些か拍子抜けする返答だ。

 本当にミレーヌ様が何をしたいのか分からない。

 

「不遜な発言をお許しいただけますか」

「いいわ」

「失礼ながら妃殿下、貴女は卑怯です」

 

 敢えて厳しい口調で物申す。

 

「過去を消す事は出来ません。こんな状況に陥る前に取れる手立ては在った筈。それを見過ごしておきながら王家と公爵家の関係を修復するなど不可能です。自らオリヴィアを説得する訳でもないのに私を用いて誘導する。矢面に出ず策士を気取り他人を盤面の駒のように扱う。冷酷にして狡猾極まりない振る舞いです」

 

 私に手酷く罵られてもミレーヌ様は態度を変えない。

 むしろ楽しそうな表情で見つめて来る。

 その態度は得体が知れず恐ろしい。

 

「そうね、貴女の言う通りだわ。私には恥も外聞も無い。醜く足掻いて他人の情けすら利用する卑怯な女」

「自覚なされているのなら何故」

「私が王妃だから。そして妻であり母だから。答えはそれだけよ」

 

 微笑みすら浮かべ私の問いに答える。

 その瞳は深い悲しみに彩られていた。

 

「たとえ他国から嫁いで来たとしても私はホルファート王国の王妃よ。国が亡びるその瞬間まで毅然と立ち続ける義務があるわ」

「そして僅かでも滅亡を回避する可能性が在るなら私のような小娘に対して情で訴えると?」

「プライドが無いと思われても仕方ないわ。それでも私はホルファート王国が滅ぶのを見たくない。夫と息子が殺されるのを許容できない」

 

 問いに答える顔は穏やかだった。

 死を覚悟した者だけが到る境地だろうか。

 愛も、優しさも、怒りも、悲しみも。

 あらゆる感情が混じり合いながらも名画のように統一感を保った美しさがある。

 この御方はこれほどまでに美しかったのか。

 奇妙な感動すら覚えた。

 

「彼らが死ぬのは受け入れられない。彼らが殺されるなら私だけでも一緒に地獄へ堕ちてあげなきゃ可哀想でしょう。優しい言葉なんてろくにかけてくれない女好きの夫なのに。母の気持ちを理解しない馬鹿息子なのに。笑っちゃうわよね。頭ではさっさと逃げ出した方が賢明だと分かりきってるのに、それでも私は彼らを見捨てられない」

 

 愛とは呪いだ。

 時に心を蝕み、時に怨みへと姿を変え、時に賢人を愚かな行動へ衝き動かす。

 だが、不思議と嫌な気分ではない。

 私は愛を得た。

 リオンを愛し、リオンに愛され、私達の子を育て、心穏やかな日々を送る。

 ミレーヌ様を愚かとは思えない。

 この御方は鏡映しの私だ。

 何かが違えば私もまたこの御方と同じになっていた筈。

 そう思えばミレーヌ様の行動も理解できる。

 

「ミレーヌ様のお気持ちは分かりました。ですが私にも立場という物があります。余程の事が無い限り父上と兄上に刃向かえません」

「分かっているわ。これは単に私の我儘。貴女が無理をしてまで付き合う義理は無い」

 

 テーブルに置かれた封筒を手に取った。

 結論は資料に目を通しリオンに相談した後で決めよう。

 窓から見える陽はかなり落ちてきた。

 そろそろバルトファルト領へ戻る準備をしなくては。

 

「とりあえず一旦は帰ります。結論は夫が王都から戻った後になりますが」

「かまわないわ。貴女が王家に対して叛意を持っても咎めはしない。むしろ恨まれて当然の仕打ちをホルファート王家は今までしてきたのだから」

 

 居住まいを正し席を立ってミレーヌ様に首を垂れた。

 疲れた、とにかく疲れた。

 バルトファルト邸に戻ったら食事も入浴もせずベッドで惰眠を貪りたい。

 

「ごめんなさい」

 

 部屋を出ようとドアノブを握った瞬間、背後から声を掛けられた。

 振り返るとミレーヌ様が私に頭を下げていた。

 基本的に王族は臣下に頭を下げない。

 王族より位の低い者に対し頭を下げる行為自体が己の非を認め王権の価値を貶めるからだ。

 

「貴女にはずっと苦労をかけてばかりだったわ。ユリウスに貴女を受け入れる器量が在れば何の問題も無かった。全ては王家の罪であり私の見通しの甘さが原因。貴女の咎ではないのに」

「謝罪は結構です。今の私が幸せなのは婚約破棄されたからです。あの日が無ければ幸せに気付く事も無く生きていました」

「この場を用意した本当の理由は貴女に謝りたかったの。もう二度と会えないと考えたら生きている内に清算しておきたかった」

「やはり貴女は卑怯です。殊勝な態度を取られたら許さない私が悪人に見えてしまう」

 

 私が微笑んで答えるとミレーヌ様もつられて笑う。

 思い返せば王都に居た頃にはこうして穏やかな気持ちで笑い合う事は無かった。

 

「達者でね」

「ミレーヌ様も御身体にお気を付けください」

 

 掛ける言葉は少ないが互いの身を案じずには居られなかった。

 店を出ると些か疲れた心と体に活を入れ空港へ向かう。

 この地に泊まる予定は無い。

 飛行船の乗組員は私が戻ると安堵した顔を浮かべていた。

 準備が整い出港すると窓の外から見える浮島は少しずつ小さくなっていく。

 早く家に帰りたい、帰ってライオネルとアリエルを抱き締めたい。

 早くリオンに帰って来て欲しい、私を抱き締めて心中の不安を拭い去って欲しい。

 ゆっくりと瞼を閉じると自分の存在が曖昧になってゆく。

 腹を撫でて胎内に宿る新しい命を案じながら私は眠りに落ちた。




女子会終了。(女子会違う
レッドグレイブ家の暗躍でホルファート王国がえらい事態になっていますがweb版やマリエルートを読むとこれ位してもおかしくはないかと。
結婚・出産・子育てを経ると価値観が変わるのはよく聞く話なので。
頼りがいのある転生者リオンが居ない世界のミレーヌ様が恋を知らないまま夫や息子や娘の為に奔走する苦労人になりました。
オリヴィアは本編でマリエが語っていた「綺麗事ばかり言う言って現実が見えていないお花畑主人公」ではなく、能力はあるけど政治力が足りないタイプになりました。
フォローしてくれる五馬鹿が居ないと平民出身の娘に政争は難しいでしょう。
今作でキャラが苦労ばかりなのはモブせかの世界観を忠実に再現しようとするほどキャラ全員に厳しい世界になるからです。(汗

追記:依頼主様のご依頼でニシヅキ シノ様と祐稀桜様にイラストを描いていただきました。ありがとうございます。
ニシヅキ シノ様 https://skeb.jp/@sino24tsuki/works/19
祐稀桜様 https://www.pixiv.net/artworks/109617882
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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