婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
貴族に生まれたから幸せだ。
親が居るから幸せだ。
そう言い張る人は想像力が欠けてると思う。
世の中には血筋が良い家系に生まれても貧しさに苦しむ貴族、実の親から愛されない子供はたくさんいる。
この世と地獄に境目なんて無い。
むしろ悪人が堕ちる地獄よりクズがのさばるこの世の方がよっぽど酷い世界だわ。
そもそも死後の世界なんてある筈がない。
子供の頃から何度も死にかけたから分かる。
空腹のあまり倒れて地面に生えた雑草を口に含んだ時。
狩りに失敗して討ち損じたモンスターに食べられそうになった時。
ストーブすらない真冬の小屋で汚れた毛布を被りながら危うく凍死しかけた時。
御伽話にあるような天国からの使いなんて来なかった。
あるのは目の前が真っ黒に染まるほどの深い絶望と自分が死んでしまうという狂いそうな恐怖。
あの体験をした人にしか分からないこの世の厳しさ。
それでも、私はあの人に救われた。
神様なんて信じない。
親に折檻され飢えて凍えて死にそうになりながら祈る罪の無い子供を助けてくれない神様なんて信じない。
この世が人が生きる世界なら人を救って幸せにするのは生きてる人間なのは当たり前。
だから私は神様なんて信じない。
私を救ってくれたあの人を信じる。
死にかけた私の手を握って救ってくれたあの人を。
物心がついて最初に分かった事は主人だと思っていた夫婦がどうやら私の両親という事、この貧しい家が貴族の屋敷という事だった。
どれだけ思い返しても私は両親に家族らしい何かをしてもらった記憶が無かった。
頭を撫でてもらった事は一度も無いし、きちんと名前を呼んでもらった回数は指の数より少ない。
お菓子や玩具はもちろん最低限の食べ物や衣服さえ与えられなかった。
両親や兄姉の食事を拵えるのはいつも私だけど、私が口にするのは料理を作る時に出た捨てる箇所か両親の残飯。
仕方がないからその辺に生えた草花を口に入れ、時には虫や小さな動物や鳥や魚を捕まえて飢えを満たした。
それでも小さい頃はまだマシだった。
私がある程度成長したら今度はお金を稼ぐのを両親に強要された。
子守りや雑用で小銭を稼いだり、狩人に同行して動物を狩って解体するのを手伝ったり、冒険者に雇われて荷物持ちをしたりといろんな仕事をした。
子供が働くのに読み書き計算が出来ないと賃金の支払いを誤魔化される。
だから自分で勉強したり親切な狩人や冒険者に教えてもらった。
なんで両親と兄姉は私に最低限の教育を施さなかったのか?
あの人達に必要なのは自分の意思を持った娘ではなく都合よく働かせる奴隷だから。
奴隷を雇う金すらケチって自分達の子供に雑用をさせた方が安上がりだから産んだ。
それが私の生まれた理由。
私の両親は親ではなく御主人様、私は娘ではなく奴隷だった。
10歳になる頃に王立学園の存在を知った。
貴族の子供達は15歳になるとほとんど全員が学園に入学する。
余程の事情が無い限りほぼ強制だ。
それを知った瞬間、少しだけ私の心に希望の光が灯った。
とにかく朝から晩まで奴隷のように働かされるのが嫌だった。
別に贅沢がしたい訳じゃない。
真っ当に生きありふれた普通の人生を送りたいだけ。
その為に必要な物を揃えて学園に行く。
数年だけでもあの両親から離れてきちんとした勉強を受けられる。
もし貴族令息と良い関係になれば婚約も夢じゃない。
両親と兄姉だって貴族としての見栄もあるし、このまま貧しい暮らしを送るよりも私が何処かの貴族に嫁いで実家にお金を送るようになると分かったら入学させるだろう。
そう考えたらあとちょっとだけ頑張ろうと思えて今まで以上に仕事を熟せた。
あのケチな両親は入学に必要な最低限のお金しか用意しないだろう。
今までの経験で良い教育を受けるのにたくさんのお金がかかるのを私は痛いほど知っている。
このままじゃダメだ。
とにかく朝から夕方まで働いて稼いだお金の一部を少しずつ貯め、夜は遅くまで両親に隠しながら本を読み漁る。
数年をかけて何とか独学で最低限の教養とマナーを身に着けた。
これなら何とか貴族の令息令嬢に混じっても大丈夫だろう。
14歳になった私はそんな風に楽観視していた。
何て馬鹿な小娘。
自分の両親がどれほど愚かか少し考えたら結末なんて簡単に分かるのに。
学園に入学する数ヶ月前、屋敷に一通の手紙が届く。
『報告を受けた令嬢の健康状態と尊宅の経済状況を鑑みた結果、入学の辞退を認めるものとする』
私の入学は知らない間に無効にされていた。
事態が飲み込めずに茫然自失した私は両親に説明を求めた。
「お前が居なくなったら誰が金を稼ぐんだ?」
「私達に隠れて随分と稼いでいたみたいね」
「お前はここから何処へも行けない」
「大人しく命令を聞けば良いのよ」
両親は学園へ入学金と私が支払った諸経費の返還を求めていたらしい。
お金は払い戻されていたけど、とっくの昔に両親が使い果たしていた。
何も知らないまま数ヶ月間も学園に通う自分の姿を想像して心を弾ませる私がさぞ滑稽だったろう。
私に他の貴族との付き合いなんて無い。
ただ戸籍に名前が記されてるだけで顔も知られてない存在。
そんな私の存在を誤魔化すなんてとても簡単だ。
足元が崩れるような感覚に襲われ部屋に戻る。
壊れる寸前のベッドに敷かれたボロボロの布団の上で熱に魘されながら悟る。
私はこのまま両親と兄姉に使い潰される一生を送るんだ。
もうどうだっていい。
誰にも知られず泡のようにこの世から消えてしまいたかった。
入学を取り消された後の私は気力も無く働き続けた。
今まで続いてきたこの生活がこれからもずっと続いていくんだと諦めきっていた。
そんな状況が変わったのは半年ほど経った頃。
いきなり王国と公国の間で戦争が始まった。
王子のせいで王家と公爵家の仲が悪くなったとか、公国がモンスターを操って攻めて来たとか聞いたけど詳しい事は分からない。
戦争の影響で学園は休校になったらしい。
両親は無駄なお金を使わずに済んだと喜んでた。
どうせ私には関係の無い話。
いつもと同じように朝から働いてお金を稼ぎ、両親の世話をして、疲れた体を癒やすように眠る日々。
学園に入学できなかったから必死に勉強する必要も無くなり休みを作れるようになったのは皮肉。
戦争が始まって半年ぐらい経つと騒がしかった町が落ち着きを取り戻してきた。
拾った新聞を読むとどうやら戦争が終わったらしい。
戦争は物入りで人手が足りないからいろんな仕事が舞い込んで稼げたのに。
また新しい稼ぎ口を探さなきゃいけないと思うと溜め息が溢れた。
世間が戦争の終わりを喜んでいるのに何故か両親は怯えていた。
従軍を拒否した貴族は臆病者として周囲から馬鹿にされる。
私が稼いだお金を払って従軍を拒否した父は貴族としての立場が悪くなったんだとその時は思っていた。
まさか両親が裏でとんでもない事を仕出かしていたなんて気付かなかった。
陽が昇る前に起きて食事の支度をするのが私の日課。
その日の朝、寝ている両親と兄姉を起こしに寝室へ行くとベッドが空になっていた。
皆が数日家を空けるのは珍しくないが、私に連絡も無く外出するのは珍しい。
とりあえずテーブルの上に食器を並べて仕事に向かう。
帰って来ても食器は朝置いた時そのままだった。
次の日も、その次の日もそのままだった。
四日目の夜明け前、屋敷のドアが大きく叩かれた。
皆が帰ってきたのかとドアを開けると扉の前に立っていたのは屈強な男達。
強盗かと身構えたが全員が衛兵の服装だった。
「主は何処だ?」
「知らない、四日前から居ない」
「屋敷をくまなく捜せ、あとこいつを捕まえろ。何か知ってるかもしれん」
「了解しました」
「ちょっと!?何よ一体!?」
訳も分からないまま私は縄で縛り上げられた。
衛兵達は屋敷を調べ終えて両親が居ないと分かると私を町の代官所へ連行する。
そこで教えられたのは両親の悪業だった。
公国との戦争で王国は押されっぱなしの状況が続いていた。
理由は単純、宮廷の貴族が公国へ情報を横流しをしてたから。
王子や聖女を後援する貴族達のリーダーだった何とかという貴族が首謀者らしい。
その事が分かった王族は激怒し戦争の終わり頃から徹底的な調査が行われた。
調査すると率先して公国に内通した高位貴族だけじゃなく、王国へ密入国した工作員が高値で低位貴族や商人から情報を買ってる場合もあったそうだ。
私の両親は工作員に情報を売っていたと捜査で判明したらしい。
貴族だから確実な証拠が無ければ逮捕できない。
ようやく証拠が出揃って逮捕が決まったのが数日前。
その話を聞いた瞬間、両親と兄姉が逮捕を恐れて逃げ出したと悟った。
馬鹿な人達だとずっと思っていたけどここまで馬鹿とは思わなかった。
同時に私が両親に捨てられたという事実をぼんやりと認識する。
足手纏いだから捨てられたのか、それとも囮として置いてかれたのか。
どっちにせよ典型的な無能貴族のあの人達が逃げきれるとは思えない。
途中で捕まって処刑されるか、それとも逃げた先で誰かの食い物にされるか、或いは生活できず飢えに苦しむか。
もう両親や兄姉と生きて会う事もないだろうと何処か冷めた頭で考える。
私にとって両親は血の繋がりがあるだけの他人だった。
代官所で行われた尋問は数十日に及んだ。
取り調べでいろんな質問を受けたが、そもそも朝から晩まで働いていた私が公国の工作員と会える暇なんてある筈も無い。
最初は厳しく尋問していた捜査官もいつの間にか私に同情するようになっていた。
尋問が終わって私に下された処分は貴族の地位剥奪、数ヶ月以内に屋敷からの退去、公国との繋がりは証拠不十分だったから釈放された。
ようやく解放され戻った屋敷はすっかり荒らされていた。
少しでも価値のありそうな物は根こそぎ盗まれ、私が狩って売ろうとしたモンスターの一部や採取した薬草なんかも無くなっていた。
それよりも今まで付き合いがあった人達から邪険にされるのがつらかった。
ただでさえラーファン家の奴らは近くの人々から嫌われていた上に戦争で敵国に情報を流した裏切り者。
貴族じゃなくなった私と関わって取り引きをする必要が無い。
もう此処じゃ暮らせないな。
数日かけて食料や換金できそうな物を採取し、今度は盗まれないようにと秘密の隠し場所に保管していた紙幣や金貨を財布にしまい込む。
荷物はけっこうな量だったが子供の頃から働いてきた私には背負えない重さじゃない。
そして私はずっと暮らしてきた故郷を逃げるように去った。
故郷を離れ数ヶ月経った頃、私は王都に居た。
他の国へ行っても上手くやれる保障は無い。
田舎は人手が足りているから新参者が入る余地が無い。
でも人が多い王都なら働き場所があるし、私の顔を知ってる人も居ないだろう。
何より一度で良いから王都の景色を一度見たかった。
貴族として学園に通う自分を想像したかった。
そんな淡い期待は厳しい現実に打ち砕かれる。
戦争が終わってから王国内の治安は急速に悪化していた。
兵士崩れの無法者が徒党を組んで国のあちこちで騒動を起こす。
王家を裏切り処刑、爵位の剥奪された貴族達が巷で問題を起こす。
こんな状況でろくな教育も受けず体も小さい私が放り込まれて生き抜くのは困難を極める。
王都には私と同じように仕事を求め国全体から人が集まってきた。
頼れる身内が居ずコネも無いなら仕事にありつけない。
なら冒険者にでもなって一獲千金を狙えるか?
冒険者ギルドは国が運営していて依頼を受けるには登録する必要がある。
登録には戸籍が必要だけど、罪を犯した没落貴族の娘が登録に来たら国外へ強制追放させられる可能性が高いし、そもそも私の戸籍自体が残っているかすら不明だ。
そうなると最後は体を売るしかない。
けど色街は私と同じように没落した貴族の娘で溢れていた。
見た目が美しい娘なら稼げるだろうが、子供の頃から満足な食べ物を与えられず痩せて背が低い私を買おうとする物好きは少ない。
性病を患うのも嫌だし、もし妊娠でもしたら母子揃って死ぬ未来しかない。
私に残された最後の手段は犯罪に手を染める事だった。
食い逃げ、万引き、泥棒。
人間は数日食べなきゃ痩せ細って簡単に死ぬ。
屋台や店で食事をして店員が目を離した瞬間に逃走、市場で商人の隙をつき食べ物を懐に隠す、警備が甘い家を狙って忍び込みお金を盗む。
生まれて初めて小さい体と狩りや冒険の経験が有利に働いた。
悪事に手を染めると自分が両親と同じ存在にまで堕ちた事実に気が滅入る。
蛙の子は蛙、罪人の子は罪人。結局は私もただの悪人だった。
高価な物を狙わず人を傷付けるのを避けたのは私に残った最後の良心。
そんな誤魔化しをしながら罪を重ねていけば否応無しに目を付けられる。
王都の治安を護る衛兵、市場を管理する商人、色街を仕切る裏社会の住人。
徐々に私の存在が知られ始め行動範囲が狭くなる。
満足に食べ物を調達できず誰かに追われ続ける日々は心が荒む。
ある日、体が弱りきっていたせいで私を捕まえようとした奴らの攻撃を避けられず傷を負った。
何とか汚くて狭い裏路地の逃げ込んで体を横たえる。
もう限界だった。
こんなに苦しいのに何で私は生きているんだろう?
答えが出ないまま痛みに身悶えしつつ這うように裏路地から移動する。
死ぬならもう少しマシな場所で死にたかった。
やっとの思いで道が開けた場所へ辿り着くとたくさんの人が居た。
聞き耳を立てるとどうやら此処で貧しい人の為に炊き出しが行われるらしい。
やっぱり世界は私に優しくない。
もう何かを口にする気力さえ湧かないのに目の前で皆が食事をする光景を見せつけられるなんて。
人混みから逃げるように隅へ移動する。
とにかく眠い、意識が遠くなっていく。
ぼんやりと自分の命が尽きようとしているのを感じた。
その瞬間、凄まじい恐怖と絶望に襲われた。
『何で!?何で私が死ななきゃいけないの!?あんまりじゃない!!』
『生まれた時から親に愛されず、食べ物すら満足に与えられない!!私が何したっていうのよ!?』
『これが罰って言うなら私が何の罪を犯したか説明して!!』
『私は正しく生きようとした!!それなのに這い上がる機会さえ与えられなかった!!』
『私に何が出来たって言うの!?罪を犯さなきゃ生きられなかった!!』
『醜く野垂れ死ねと言うなら何で生んだ!?答えなさいよ!!』
気が付くと目の前に誰か立っていた。
目が霞んでよく見えないが綺麗な人だ。
人が死ぬ時に現れる天の使いなのか、それとも死神なのか。
もうどうだっていい。
最後に思う存分に罵ってから死んでやる。
そう決めて目の前の相手に向かって怨み言を吐く。
自分でも何を言ってるかよく分からない。
搾り出す声は枯れてるし、呼吸するのも苦痛だから息も絶え絶えにゆっくりで喋るしかない。
ようやく言いたい事を全部吐き出すと頬に何かが当たった。
どうやら私の体が地面に倒れたらしい。
奇妙な充足感に心が満たされてた。
目の前が光り輝いている。
優しくて暖かい光だ。
いよいよ死ぬ時が来たみたい。
『もしも生まれ変われるなら次はもう少しマシな人生を歩みたい』
意識が遠のく前にそんな事を願った。
目が覚めるとベッドに寝かされていた。
まともな寝床なんていつ以来だろう。
ゆっくりと体を起こすと体のあちこちに包帯が巻かれていた。
周囲を見渡すと私以外にもたくさんの人が寝かされている。
神殿が行っていた炊き出しの近くで倒れていた私を救ってくれたのは聖女だと女の人が説明してくれた。
治癒魔法で回復した後にこの救貧院に運ばれたらしい。
何とか一命を取り留めた私は数日間も眠り続けた。
命が助かった事に安堵する私とまた生きて苦しむ事に辟易する私が心の中に居る。
職員の人が食事を持って来てくれた。
少し塩味の強いスープを口に含んだ瞬間、自分が生きている事実を再確認する。
私は涙を流しながらゆっくりと噛むようにスープを啜った。
一ヶ月ほどかけて体調が戻った後、私は救貧院で働くようになった。
戦争で職や住処や家族を失った人は多い。
王国はそうした人々の助ける為にいろいろやってるらしいがお金も人でも足りてない。
助けてくれた人達へ恩返しのつもりで雑用を手伝っていたら一緒に働かないか?と誘われた。
せっかく拾った命だし生まれ変わった気持ちで働く。
それなりに忙しかったけど故郷で両親に働かされた日々に比べたら遥かに楽な仕事だし、衣食住が保障されて少ないけどお金も貰える。
貰ったお金は憶えていた盗みを働いた店や家を訪ねて返しに行った。
とにかく真っ当な人間になりたいから正直に話し謝った。
盗んだ金額や食品が少額で事情があったから許してくれる人も多かったけど、罵られたり水を掛けられた事もある。
盗まれた人達が怒るのは当然で、私が犯した罪だから仕方ない。
誰から見ても恥じない生き方をする為に過去の自分の行いと向き合うのは当たり前。
いっそ罪を自白して監獄に行った方が良いかと思ったけど、事情が事情だし更生の意思があるという理由で救貧院が私の身元を引き受けてくれた。
私を救ってくれた人達の為に働こうと心に誓った。
救貧院で働くようになって暫く経った頃に私は奇妙な力に目覚めた。
怪我人の世話してる最中に私の掌から弱い光が出て小さな傷がゆっくり治ったのが切っ掛け。
詳しく調べてみるとどうやら私には治癒魔法の才能があったらしい。
もちろん聖女様とは比べ物にならないぐらい微弱だが、それでもこんな私が誰かの為になれるのは嬉しかった。
昼は救貧院で働き、夜は魔法の勉強に明け暮れる。
学園に入学する夢を抱いてた頃に戻ったみたい。
季節が移り変わりこのまま救貧院で働く人生を送るのも悪くないなと思い始めた頃、私の噂を聞きつけた人達が訪ねて来た。
神殿に所属している神官だった。
どうやら聖女様に仕える女官が必要になってるらしいが思うような人材が集まらないらしい。
理由は聖女様が平民出身だから身分が下だと内心で見下している貴族の令嬢が多いせい。
だからと言っても平民の女性を雇っても能力が足りない場合が多い。
神殿は能力と性格が聖女様と相性が合いそうな若い女性を捜していた。
どうするか迷ったけど、私は神殿へ行くのを決意する。
世話になった救貧院の人達に相談すると怒るどころか喜んでくれて壮行会まで開いてくれた。
私は人間が嬉しくても涙を流す事を初めて知った。
神殿に移ってもやる事はそれほど変わらない。
昼間は雑用と処理する、女官としての教育を受けるのどちらかを行う。
夜は寝るぐらいしか娯楽が無いが、睡眠時間を削って読書と勉強に精を出す。
数ヶ月の試行期間が終わる頃に私は聖女様にお仕えする女官に選ばれた。
その時に神殿の上層部がどうして私を選んだのか教えてくれた。
聖女と似た髪色で、同じように治癒魔法が使えて、銃や刃物の扱いに慣れている。
つまり聖女の護衛であり、いざという時の身代わり。
なるほど、そりゃ見つからない訳だ。
罪人の娘の私が何の問題も無く神殿に入れたのも納得。
聖女の命を罪人の娘で護れるなら安い買い物。
私の命は聖女様に救われた、なら聖女様の為に使うのも悪くはない。
こうして私は聖女様直属の女官を拝命した。
「はぁ……」
「オリヴィア様、幸運が逃げますから溜め息ばかり吐くのは止めましょう」
もう何度目になるか分からないやり取り。
オリヴィア様はバルトファルト子爵夫人との面談が終わってからずっとこの調子だ。
「私、どうすれば良かったのかな?」
「やれる事は全部やったと思いますよ。普通なら婚約者と破談する切っ掛けになった相手と会ってくれる女はいませんし」
そう答えつつオリヴィア様の着替えを手伝う。
神殿の象徴である聖女が地味な神殿の女官服を着ていたら何事かと疑われる。
侵入と脱走は私の得意芸なのでオリヴィア様がこっそり外出する手引きをするのは私の役目だ。
こんな所で過酷だった頃の経験が活きるのが悲しい。
外出してたのがバレたら護衛の警護が強化されるだろう。
王都の情勢が不安定なせいでオリヴィア様に対する監視が増える一方だ。
聖女直属の女官となって以来、私はずっとオリヴィア様に仕え続けている。
平民として育ったオリヴィア様、貴族に生まれてもろくな教育を受けられなかった私。
同い年で苦労してきた経験がある私達はすぐに打ち解け、非公式な場では気安く話し合える関係になった。
オリヴィア様は私に治癒魔法や勉強を教えてくれるし、私はオリヴィア様が行動を陰日向に支える。
何も知らない人達が見れば仲の良い姉妹に見えるかもしれない。
体の小さい私がオリヴィア様の世話をするのだからどちらが姉が分かったものじゃないけど。
「王妃様に頼るのは控えた方がよろしいかと。あの方は王家の為に行動してます。オリヴィア様に利用価値が無いと分かったらあっさり見捨てられると思います」
王妃様はあくまで王家の維持が最優先だ。
綺麗な顔の裏で何を考えているか分かったもんじゃない。
「むしろアンジェリカ様と手を組む方が遥かにマシです。顔と言い方はキツいけど交渉の余地はあります。まぁ私はオリヴィア様があの五人の誰かに嫁ぐより公爵家を選んだ方が幸せになれると思ってるんですが」
「それ凄い悪口だよ。五人が可哀想」
「そもそもあの馬鹿五人のせいでこんな苦労をしてます、悪く言っても罰は当たりません」
世の中には二種類の馬鹿が存在する。
『物を知らない馬鹿』と『してはいけない事をする馬鹿』だ。
前者はきちんと教えれば解決するが、後者は普通じゃ考えられない事を仕出かして周囲に迷惑をかける。
故郷で子守りの仕事をしてた時、救貧院で働いていた時、神殿で教育を受けた時からこう考えるようになった。
してはいけない事をする馬鹿は家柄が良い所で育った奴が多い。
おそらく誰からも叱られないまま我が儘に育ったんだろう。
あの五人からも同じ気配がする。
なまじ能力があって一人だけならオリヴィア様が制御できる範囲の馬鹿なのに五人合わせると相乗効果で悪化するから質が悪い。
「それだと内乱になる可能性が高いの」
「内乱になりますか?」
「少なくても王妃様は死に物狂いで抵抗するつもりらしいね。そうなったら公爵様も手段を選ばないと思う」
「どうして貴族ってのは血の気が多いんでしょうか」
「貴女も貴族令嬢じゃないの」
「今は平民の『元』貴族令嬢です。何せ育ちが悪いですから」
軽口を叩いて少しでも場の空気を和ませようとするが上手くいかない。
話題が話題だ、下手すれば国が割れて人がたくさん死ぬ。
「オリヴィア様だけは助かる道を選びませんか?それなら話が楽なんですけど」
「それは駄目。私が逃げたら誰も言う事を聞いてくれないし、多くの人達が犠牲になるから」
「全員を救うなんて無理な話です」
「それでも私は一人でも多く救いたい」
オリヴィア様の瞳は真っ直ぐで力強い。
やはりこの人は聖女だ、綺麗事を理想のまま終わらせようと思わず叶えようと邁進する。
だからこそオリヴィア様を補佐する人間が必要なのだが。
私は政治力が皆無、五馬鹿はオリヴィア様に感化されて少し現実が見えてない、王妃様は場合によってオリヴィア様を切り捨てる。
となるとお会いしたアンジェリカ様が最も頼りになりそうに思えてきた。
ちゃんとした教育を受けて現実を見据えオリヴィア様へ率直な意見を言ってくれる。
オリヴィア様の相方に必要なのはあんな人だ。
惜しむらくは私達がアンジェリカ様についてほぼ何も知らないので、どうしたら協力してくれるかまで分からない。
頭の中で今後のオリヴィア様のスケジュールを整理する。
今日はこのまま宿泊し、明日は王都へ帰還、しばらくの間は遠出する予定は無し。
このまま私が別行動しても特に支障は無い。
「オリヴィア様、一つ提案があるんですけど」
「何?」
私はオリヴィア様にあるお願いをしてみた。
バルトファルト領は思ったより田舎だった。
空港の周辺と温泉の近くは発展してるが、他は農地が延々と広がっている。
領主の屋敷に向かう所々で人々が樹木を切り倒したり、土地を耕している光景が目に付いた。
確かにこの様子なら王都の政争に関わるより領地に残る方が何倍も自分の領地の為に役立てるだろう。
『失敗したかな、こりゃあ』
思わずで心の中でそう呟く。
私の出した提案はアンジェリカ様の説得に私一人が赴くという物だった。
オリヴィア様や王妃様は過去の諍いのせいでどうしてもアンジェリカ様と折り合いが悪い。
それなら私だけでバルトファルト領に赴いた方が冷静と話し合えると思ったから。
会った時間は長くないがアンジェリカ様は理路整然と話し合えばきちんと答えてくれる人に見受けられる。
相手を知らない事には交渉は始まらない。
我ながら厚かましいと思うが、アンジェリカ様の考えを詳しく知るにはこの方法しか思いつかなかった。
頭を下げるのに抵抗は無いし、失敗すれば私が責任を取って神殿を去ればいいだけ。
どうせ一度は死んだ身、過去の経験から私にとって自分の命は軽い物だった。
そんな事を考えながら歩き続けるとバルトファルト子爵の屋敷に辿り着く。
何日か門前払いされるのを覚悟していたがすんなり屋敷に通されて拍子抜けだ。
中年の女性に客間へ案内されてお茶とお菓子を供される。
あまりにも上手く行き過ぎて逆に不安になって来た。
『自白剤とか混じってないよねコレ?』
と失礼な事を考えながらお茶を飲む。
ふと気配を感じ、客間の扉を見ると小さな瞳四つが私を見ていた。
この屋敷の子供らしい。
私が手を振ると慌てた様子で逃げ出した。
数秒後に物音がしたので廊下を見ると男の子が倒れていて女の子がそれを見ていた。
どうやら転んだらしい。
今にも泣き出しそうな男の子に近づいて様子を窺う。
外傷は無し、転んだ拍子にぶつけた所が痛むみたいだ。
呼吸を整え魔力を手に集中するとゆっくり掌が淡い光を放ち始める。
そのまま掌を痛む箇所に押し当て数十秒間維持し続ける。
痛みは残るかもしれないが悪化の心配は無いだろう。
子供達は驚いた様子で私を見つめる。
私の体が小さくて親近感が湧くのか、どうも昔から子供にだけは懐かれる。
「何をしている?」
治癒魔法に専念していたせいで背後への警戒が怠ってしまったらしい。
ゆっくりと振り返ると面会を望んでいた相手が私を睨んでいた。
聖女オリヴィア直属の女官ちゃん、一体何者なんだ。(棒
そんな訳でモブマリエの過去回&アンジェとの対面開始回です。
決してマリエルートのコミカライズが始まった事に対するサービス出演ではありません。(本当
モブリオンが非転生者で学園に通わず兵士になったのと同じように『もし非転生者のマリエが学園に通わずそのまま経過していたら?』というifを想定しました。
書いてるうちにどんどんモブマリエがひどい境遇になる事態に恐怖。
違うんです、原作本編やマリエルートを参考にするほど転生者じゃなくてモブなマリエが厳しいアルトリーベ世界に翻弄されて行ったんです。
決して私がドSなのではありません。(涙
書いていてマリエのスペックの高さを再認識。
確かに主人公補正があればオリヴィアのポジションを奪える実力を十分に備えてますね。
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。