婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第23章 貴キ者

 読み終えた書類を執務室の机に置いて嘆息する。

 ミレーヌ様からいただいた資料には公爵派の貴族の名簿、公爵家の寄子となった理由、その方法が記載されていた。

 私の婚約破棄騒動以前と同程度の勢力、いや王国内の貴族が戦争や粛清で数を減らした事実を考慮すればレッドグレイブ家は過去最大の派閥として君臨している。

 王家側の貴族や中立派の貴族が纏まれば流石に危ういが、各々の事情で好き勝手に動く貴族が一致団結する方が稀だ。

 

 ここまで公爵家が勢力を伸ばせたのは二度にわたるファンオース公国との戦争が原因だった。

 戦争はとにかく金がかかる上に勝たなければ何も得られない。

 前回の戦争は両者痛み分けで和平条約が結ばれた。

『国土を護れたから恩賞は無し』などと言われたらどんな貴族だろうと王家に叛意を抱くだろう。

 公国と通じていた裏切り者達から没収した所領やら金銭を惜しみなく与え、与える物が無ければ位階を上げた。

 リオンのような無位無官の若造が義父上の爵位を一足飛びで追い抜き浮島を与えられるなど異例の事態だ。

 

 そうして気前良く恩賞を与えてもなお足りない。

 新しい領地を与えても税の徴収できるまでには時間がかかるし、爵位が上がれば相応の付き合いで出費が増える。

 まさか王家にもっと寄越せと強請る訳にもいかない。

 そんな貴族達に気前良く金を貸し始めたのが公爵家だった。

 貴族の間で金銭の貸し借りは違法ではない。

 程良い金額ならむしろ家同士の繋がりを強くするので政略結婚と並んでよく行われる。

 

 レッドグレイブ家は王家の分家であり広大な領地を所有している。

 国の中に小さな国がもう一つ存在しているようなものだ。

 ただでさえ戦争によって損害を被った貴族達は公爵家の庇護下になりたくて仕方がないだろう。

 貸す時は気前良く朗らかに、取り立てる時は容赦なく無慈悲に。

 こうして父上は着々と公爵家の勢力を急拡大していく。

 

 では急拡大の切っ掛けは?

 名簿に記載された貴族の名前に誰がいつ公爵家の傘下となったか記載されていた。

 詳しく読み込むとある若い貴族がレッドグレイブ家と結びついて以降、多くの貴族が父上と懇意になっている事が分かる。

 

『ミレーヌ様が数年ぶりに私と会おうとしたのはコレが理由か』

 

 ある若い貴族の名前。

 リオン・フォウ・バルトファルト。

 つまり私とリオンの婚約こそ公爵家が勢力を拡大させた切っ掛けだった。

 それを踏まえてミレーヌ様は現在の私が王家に対し明確な叛意を持っているか為人を判別しようと考えたのだろう。

 

 それはあながち間違いではない。

 バルトファルト領を訪れる前に父上は地方領主や成り上がり貴族を取り込む為の政略として私とリオンの婚約を推し進めていたし、私も王都の連中を見返す為にリオンとの婚約を望んでいた。

 公爵家にとっての誤算だったのは私が本当にリオンを愛してしまった事だろう。

 

 ……いや、私自身にとっても誤算というか、誰も予測は不可能だと思う。

 婚約破棄された私を嘲笑った連中を見返してやろうと領地の経営に精を出していたらいつしかリオンとバルトファルト領に情が湧いてしまった。

 同じ家で暮らしている内にそのまま好きになってしまったというか。

 世話をして些か頼りなく傷付いた男に絆されてしまったというか。

 リオンに迫られた時に『このままバルトファルト領に嫁ぐのも悪くないな』とか『大切にしてくれるなら抱かれるのを拒めない』と思ってしまったのだ。

 

 うん、私は悪くないな。

 全く悪くない。

 全て強引に迫ったリオンが原因だ。

 王都から帰って来たら反省の証しとして私をたっぷりと愛でるよう言わなければ。

 

 取り敢えず心を落ち着かせて状況を整理しよう。

 父上に政治的な野心が無いとは言い切れないが、我欲だけで王位を簒奪しようとはなさらない御人だ。

 それだけホルファート王国の現状を憂慮して王家にこれ以上任せられないと思っているのだろう。

 王家、いやミレーヌ様はそれを止めたい。

 少なくともローランド陛下やユリウス殿下が処刑される事態は避けたい。

 神殿は公爵家との結び付きを強化したいが、聖女であるオリヴィアは国内が乱れるのを良しとしていない。

 各々の思惑は別にしても王国が二つに割れて内乱となるのは誰もが避けたいと願ってはいる。

 

 だからと言って話し合いで解決できるほどこの問題は簡単ではない。

 私はどうしたいか?これも難しい問題だ。

 父上には家族としての情があるし、王家や対立派閥に苦渋を飲まされ続け叛意を抱くのは理解できる。

 ミレーヌ様が王妃として、妻として、母として王国を護りたいお気持ちも分かる。

 内乱によって民衆が巻き込まれるのを避けたいオリヴィアの優しさを素晴らしいとは思うが、同時に私を裏切った王都の連中に対する憎しみは私の心の何処かに今も存在してる。

 そして何より、もし内乱になればバルトファルト家も巻き込まれるのは避けようが無い。

 

 リオンが再び戦場に行くのを私は看過できない。

 彼はもう十分に戦ってきたのだ、もう休ませて欲しい。

 敬愛、母性、怨恨、愛情。

 どの気持ちも本物であり、それ故に容易く判断の基準に成りえる。

 そして誰かに与すれば、ある感情に従えば別の誰かが傷付く事になる。

 理由が欲しい。

 感情ではなく理性で判断してこれならば納得できるという理由が。

 ゆっくりと呼吸をして肩を揉む。

 一人で考えた所で答えは出なかった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 ノックする音に気付いてドアを開けると義母上が立っていた。

 

「アンジェさん、ちょっといいかしら」

「何でしょうか?」

 

 義母上がわざわざ執務室を訪ねる事は少ない。

 リオンが居ない今なら尚更だ。

 私が領地の経営に専念するとバルトファルト家の家政が疎かになりがちなので、リオンの実母であるリュース殿が家人の指揮を執り行うという役割分担だ。

 別に嫁姑仲が悪い訳ではないとは思う。

 人に傅かれる事に慣れ過ぎて私自身の家事能力が著しく低いのを見せたくないだけである。

 

「お客様がいらっしゃったから客間にお通ししたわ」

「客ですか?」

 

 誰かと今日面会する予定は無い筈だ。

 バルトファルト領は温泉があるとはいえ領主の屋敷まで訪ねて来る中央貴族はほぼ居ない。

 緊急事態が起きたのなら領民が先触れを行う手筈なので何か起きた訳ではないだろう。

 

「名前も聞かずに客間へ通したのですか?」

「怪しくは見えなかったわ。きちんと頭を下げてアンジェさんを訪ねて来てるし」

 

 どうにも義母上は平民出身のせいか貴族の慣例や礼儀に疎い。

 家人に混じって掃除を行ったり厨房を手伝ったりと貴族の女性がやらない家事を率先して行う。

 来客が家人と勘違いした後にバルトファルト子爵の母と判明して慌てさせた事も一度や二度ではない。

 当主の母にそんな事をされては家人の立場が無いのだが、強く諫めて嫁姑関係が悪化しても気まずいので最近は放置している。

 

「訪ねて来た者はどのような風貌でしたか?」

「可愛らしいお嬢さんよ」

「……私と同年代に見える女性ですか?」

「いいえ、小さくて可愛らしい金髪の子ね」

「取りあえず会ってみます」

 

 どうやらミレーヌ様でもオリヴィアでもないらしい。

 記憶を探って条件に合い面識がある女性がなかなか思い出せない。

 王妃と聖女に会ったのはつい先日の事だ。

 間違いなく公爵家関連の話だと思うと気が重くなる。

 客間に続く廊下に出ると見慣れぬ金色の長髪が見えた。

 廊下の中央に座り込んで何やらしている。

 

 そっと近づいていくと窓から差し込む日差しとは別に微弱な光が廊下を照らしていた。

 これは魔力の光だ。

 つまり何らかの魔法を行使している証明である。

 慌てて駆け寄ると廊下に座り込んだライオネルの膝に少女が掌を押し付けていた。

 魔法の行使に集中しているのか少女は背後に立つ私に気付いていない。

 ゆっくりとだがライオネルの膝に存在する赤みが消えてゆく。

 治癒魔法を扱える者は非常に稀だ。

 オリヴィアのように重傷レベルを治癒できる者は歴史に於いて数名確認できる程度、軽傷レベルの治癒でも重宝される。

 完全にライオネルの膝から赤みが完全に消えた。

 驚いた様子のライオネルとアリエルが目を輝かせて少女を見つめる。

 

「何をしている?」

「!?」

 

 努めて平静に、心穏やかに尋ねたつもりだったが口から放たれた言葉の語気は荒かった。

 可愛い我が子を心配する母親としては仕方あるまい。

 どうにも私は初対面の相手から恐れられる。

 別に威圧しているつもりは無いのだが、公爵令嬢として生まれ次期王妃として教育されてきた私は無意識に他者を圧倒するような雰囲気を醸し出しているらしい。

 

「バ、バルトファルト子爵夫人におかれましては御機嫌麗しゅう。本日はお目通りをお許しいただき恐悦至極に存じます」

「過剰な挨拶は必要ない」

 

 あんまり遜られても話が進まなくなってしまう。

 ここは礼節に拘るよりも相手の緊張を解いた方が良い。

 少女の顔を確認すると何処か見覚えがある顔だった。

 いつだったかかと私が記憶を探り続けるとライオネルとアリエルが頻りに少女の体に触っていた。

 

「あの、手を放してくれると嬉しいかな?」

 

 双子に絡まれて困惑している声を聞いて漸く眼前の少女が誰か思い出す。

 先日面会した聖女オリヴィアに同行していた少女だ。

 神殿の女官服ではなく何処にでもあるような礼服を着ているから判別がつかなかった。

 同時に嫌な予感にも襲われる。

 先日の面会はあまり有意義だったとは言い難い終わり方だった。

 婚約破棄された記憶を思い出してついつい責めるような口調をしてしまい、具体的な解決策を見いだせないまま終わるという惨憺たる結果に終わった。

 そんな状況でオリヴィアの部下らしき少女がバルトファルト邸を訪ねて来る。

 どう考えても面倒事の予感しかしない。

 

「客間に戻ろう。此処ではおちおち話も出来ん」

 

 とりあえず場所の移動を提案してみると少女が困惑していた。

 視線を下ろすとライオネルとアリエルが必死に少女を服を握っている。

 

「ライオネル、アリエル。お客様がご迷惑だから大人しくしなさい」

「ははうえ、いやです」

「ははうえのいじわる」

 

 ……どうして私の子は両親に対し辛辣なのか。

 よくリオンが双子に邪険にされたと私に泣きつくが、私だって育児には苦労している。

 上手く寝かしつけられず夜通し抱いた事もあるし、貴族の令息令嬢として必要最低限な躾を施そうとして嫌われるのはしょっちゅうだ。

 孫に甘い義父上と義母上の方が懐いてると思うと胸が張り裂けそうになる。

 まぁ、愚痴を呟くだけでは何も始まらない。

 このまま客間に戻っても少女から離れようとしない双子のせいで碌な話し合いにならないだろう。

 

「庭で話そう、じきに子供達も飽きる」

 

 今日の天気は穏やかだし、しばらく話し合いをすれば子供達も興味を失うだろう。

 家人に連絡を済ませた後に双子を伴い庭に出る。

 据え置かれたガーデンチェアに座り、少女を着席するように促す。

 私の隣にガーデンチェアを一つ寄せて、庭を歩き回る二人を手招きして座らせる。

 

 落ち着きが無いアリエルを私の膝の上に座らせると大人しくガーデンチェアに座っていたライオネルが不服そうな顔をした。

 拗ねるライオネルの頭を撫でながら待っていると家人がガーデンテーブルの上に紅茶を注いだカップと茶菓子を盛りつけた皿を置いた。

 目の前の少女を見据える、年の頃は十代後半だろうか?

 私より小さな体躯は凹凸には欠けるが健康的で整っており、顔立ちも美しいではなく可愛らしいという表現がよく似合う。

 

「本日はお忙しい中お時間をいただきありがとうございます。私、神殿所属聖女見習い、及び聖女オリヴィア様付き女官を務めているマリエと申します。バルトファルト子爵夫人アンジェリカ・フォウ・バルトファルト様におかれましてはご機嫌麗しゅうございます」

 

 やはりオリヴィアの側にいた少女だったか。

 本来は会うつもりは毛頭無かったのが、義母上が屋敷に通してしまった以上は追い返すのも気が引ける。

 オリヴィアとの話し合いは不首尾に終わったと言えるだろう。

 ならばマリエが訪ねて来た理由は?

 

「面倒な社交辞令は不要だ、率直に問いたい。これはオリヴィアの差し金か?」

「いえ、私の提案です。オリヴィア様に許可を頂きましたけど」

「私に協力を求めるなら無駄な事だぞ。確かに父上は家族に対して情をお持ちだが、公爵家と天秤にかけて娘を取るような御人ではない」

「そうでしょうね。お話を聞いた限りではアンジェリカ様が婚約破棄された事よりも王家が国を治めるに値しないと冷静にご決断なされたみたいですし」

「分かってるなら私と関わる必要は無いだろう。私よりミレーヌ様の方が余程頼りになる」

「それはどうでしょう。王妃様はオリヴィア様に良い感情をお持ちではありません。殿下を誑かして道を誤らせたと内心で思ってます。出来るなら排除したいと考えても当然かと」

 

 マリエ自身が感じているのか、それともオリヴィアが冷静に分析した結果か。

 どちらにせよ、状況をよく見据えている。

 

「ますます何を求めて此処に来たのか分からないな。今の私は単なる地方領主の妻だ。国政を動かすには名も力も無い」

「もう宮廷に戻る気は無いんですか?」

「バルトファルト領が少しずつ発展していくのを眺めながら夫と子供達に囲まれて穏やかに暮らしたい。今の私には華やかな王都より田舎の生活が性に合ってる」

 

 これは私の本心だ。

 そもそもこの地の経営を任されているのは領主であるバルトファルト子爵であり妻の私ではない。

 リオンと婚約する前の私は嫁ぎ先で成果を上げて王都の連中を見返してやりたいと意気込んでいたが、妻に領地経営を一任するような貴族は滅多に居ない。

 女尊男卑の風潮が強いこの国に於いてすら貴族の男性は妻や娘に領地経営を一切口出しさせない者が多いのだ。

 リオンが私を信頼して領地の経営を任せてくれる。

 だからこそ私は王妃教育で得た知識をバルトファルト領で存分に活かせているのだ。

 

 今の私にレッドグレイブ家の家名は重過ぎるし、父上の道具に戻る気も更々ない。

 この地を開拓するにあたって領民達と協力するようになり、平民を単なる数字として認識していた己の傲慢さを恥じ入り少しでも人々の生活を豊かにするべく仕事に勤しむ事に喜びを感じている。

 中央の政争など勝手にやってくれ、私達を巻き込むなとしか思えなかった。

 視線を落とすと双子は茶菓子を食べるのに夢中だった。

 食べ過ぎては夕飯に支障が出るので止めようと思うが今は話し合いが優先である。

 

「それじゃお金や地位で釣っても無駄ですね」

「公爵家から借りた資金に関しては返済の目途がついていた。公国との戦争が無ければ十年ほどで完済できた筈だったが」

 

 今回の戦争では公国に勝利し多額の賠償金を支払わせ国土も没収する事が決定されている。

 少しでも取り分を増やそうとリオンは王都で奮闘している筈だ。

 

「本当に内乱が起こるんでしょうかね?とてもそんな余裕があるとは思えないんですけど」

「争いは起きる時はあっさり起きる。馬鹿馬鹿しい理由で殺し合ってきたのが人の歴史だ。今回の話は双方が大真面目だからさらに始末が悪い」

 

 父上もミレーヌ様も内乱が起これば王国は只では済まないのを悟っている筈だ。

 だからこそ水面下で行動し互いを牽制し合う政争になっている訳だが。

 いずれにしてもこの現状が続けば緊張が高まる一方だ。

 空気を入れ過ぎた風船が破裂するように溜め込んだ不満や敵意がいつ陰惨な政争に移ってもおかしくない。

 

「率直にお聞きします。内乱を防ぐ為にはどうしたら良いんですか?私としてはアンジェリカ様に内乱を止める側に回って欲しいんですけど。」

「それがこの話し合いの目的か。オリヴィアが来なかったのは私の機嫌が悪くなって協力を拒まれるのを避ける為だな」

「物で釣れたら上首尾かなって思いました。昔から値段交渉は得意なんですよ私」

 

 どうにも奇妙な少女だった。

 狡猾なのか潔いのか判別が難しい。

 正直が美徳とは限らないが、裏でコソコソと策謀を練られるより遥かにマシと言えよう。

 

「まず理由と目的と手段をはっきりさせて来い。父上は話し合いの余地があるのなら穏便に済ませようとされる御人だ。単なる理想論だけでは交渉の席にすら着いてもらえないぞ」

「理由と目的と方法ですか?」

「どうしたい、何故したいか、どのようにするかと言い換えれば良い」

 

 マリエはいまいち要領を得ない顔をしている。

 

「そうだな、マリエの持っている夢や願いを言ってみろ」

「夢ですか」

「何だっていい、単なる例え話だ」

 

 私に問われて思案し始めたマリエに二つの影が近づいて行く。

 どうやら我が子達は茶菓子を食べ終え暇を持て余してるらしい。

 そんなに私の隣と膝上は嫌か、母は悲しいぞ。

 

「学園……」

「ん?」

「学園に通いたかったなぁって。学園で勉強するのが憧れだったんですよ」

 

 意外な願いに些か驚く、てっきり地位や金銭を求めると思っていたのだが。

 思い返せば奇妙な少女だ。

 何処となく気品を感じさせる外見なのに言動は平民その物であり、現実的な物品を取引材料にする一方でオリヴィアの理想の為に奔走している。

 

「では、その学園に通いたいと願いを目的にしよう。どうして学園に通いたい?」

「学園に入学できなかったものでして。こう見えて元貴族令嬢だったので」

 

 意外な事実に驚く。

 確かに学園は私の婚約破棄騒動から暫く経ってから起きた公国との戦争により休校状態だ。

 現在に至るまで再開の目途は立っていない。

 色々な問題を抱えていた学園ではあったが貴族令息令嬢に教育を施し社交の場として機能していたという点では有益ではあった。

 

「学園に通いたい理由は分かった。では通って何を為したい?」

「勉強したいんです。お恥ずかしい話ですが長い間独学でやってきたものでして」

「これで目的も分かった。次は方法だ。これが一番難しい。学園に通いたい。通って勉強したい。では学園を再開させるにはどうしたら良いか?学園には教師が必要だし、運営には資金が必要だ。誰に学園の必要性を訴えて何処から資金を調達しどうやって教師を集めるか?方法は無数にありどれが正解か分からない」

 

 ゆっくりとガーデンテーブルに両手を下ろし指を交差させる。

 

「これを置き換えてみよう。内乱を止めるのが目的、理由は国民が犠牲になるから。ではどうやって止めるか?今のお前達に必要なのは明確な方法だ」

「それが知りたいから此処に来たんですけど」

「私を頼られても困る。先日まで何が起こっているか把握していなかったし、情勢についてはむしろそちらの方が把握しているだろう。方法が定まればやるべき事が自ずと決まる」

 

 喉が渇いたのでカップの紅茶を飲み干した。

 話しているうちに些か興奮してしまったらしい。

 

「もし私達がちゃんとした解決方法を用意すれば公爵様は内乱をお止めになりますか?」

「父上も無用な流血は避けたいだろう。交渉の余地はある。結果がどうなるか確実な事は言えんがね」

 

 無責任に大丈夫と言えるほど父上は甘くはない。

 むしろ隙を見つけたら即座に其処を攻め立てるだろう。

 とにかく情報が少ない、地方領主が扱う問題として規模が違い過ぎた。

 

「少し意外だった」

「何の事でしょうか?」

「未だに学園へ通いたいという者が存在していたとは思いもよらなかった」

 

 思い返すと私が在籍していた頃の学園は本当にひどい物だった。

 上級貴族は下級貴族を見下し、下級貴族は平民や奴隷を虐げるのが常態化していた。

 血筋だけが取り柄の無能が幅を利かし、能力はあっても地位の低い者達は耐えるしかない。

 

 私とてどうこう口に出来るほど上等な人間だった訳ではなかった。

 オリヴィアの存在を取るに足らない平民と見做していたし、ユリウス殿下との婚約破棄が無ければ顔はもちろん名前さえ憶えようとしなかっただろう。

 全ては公国との戦争で変わってしまった。

 家柄が良くても無能な臆病者は無慈悲に捨てられ、能力ある者は地位が低くとも取り立てられる。

 その成り上がりの筆頭とも言える存在が臆病で面倒くさがりな我が夫のリオンなのがおかしいが。

 

「本当なら私もオリヴィア様やアンジェリカ様と一緒に学園に居たんですよ」

「一緒に?」

「アンジェリカ様、私って何歳に見えますか?」

「背が低いので十代半ばか後半に見えるな」

「本当は御二人と同い年なんですよ。こう見えて二十代です」

「なッ…!?」

 

 どう見てもマリエの体躯は二十代に見えない。

 成人女性としてあまりにも小さく細かった。

 

「両親が本ッッッ当にひどい人達でして。勉強はもちろん食べ物や服さえ与えくれなかったんですよ。両親が学園に通うお金に手を付けたせいで私は入学できませんでした」

「……そうか」

「ラーファン家ってご存知ですか?」

「家名は聞き覚えがある。確か子爵位だったと思うが」

 

 王妃教育に於いて国内貴族の把握は基本中の基本だ。

 名前ばかりで平民同然の下級貴族や人が住めないような僻地に居を構える地方領主まで家名を暗記するまで叩き込まれた。

 尤も婚約破棄された後に行われた裏切り者に対する粛清や戦功によって取り立てられた下級貴族については把握しきれていない。

 田舎暮らしに慣れて気が緩み過ぎていると実感する。

 

「そのラーファン家の娘が私です。と言っても戦争後にやらかしがバレて取り潰されましたけど。私を置いて逃げ出した両親は今頃なにをやってるんだか」

 

 マリエがアハハと乾いた笑い声を上げる。

 聞いている私はとても笑えるような話ではない。

 

「いろいろあって今は聖女付きの女官になりまして。オリヴィア様には命を救われたので御恩を返すつもりでつもりでお仕えしてます」

「戦争には参加したのか?」

「オリヴィア様は前線に行きたがりますからねぇ。簡単な治癒魔法を使えるから戦場では引っ張りだこでした」

「ありがとう、王国の為に戦ってくれて」

 

 感謝の言葉を述べて頭を下げる。

 公国の超大型モンスターが現れた戦場にはリオンも居た。

 もしオリヴィア達があの場に居なければリオンは戦没者になっていたかもしれない。

 前回の戦争では王都の公爵家の屋敷から出る事も無く、今回の戦争ではバルトファルト領でリオンの帰還を祈り続けるしか出来なかった。

 結局は私も安全圏で戦況を見守るだけの卑怯者に過ぎない。

 

「ただ、つい思っちゃうんですよ。もし両親がまともで学園に通えてたらもうちょっとマシな未来が有ったんじゃないかって」

 

 マリエに纏わり付く双子、その一方を見つめる。

 アリエル・フォウ・バルトファルト。

 私の愛しい娘で子爵令嬢。

 もし、王国が公国に敗けていたら。

 もし、リオンが戦で亡くなったら。

 私の娘の未来はどうなったのだろうか?

 もしかして目の前の女官のように苦難に満ちた人生を歩む事になるのだろうか?

 平和とは誰かが血を流して創り上げた束の間の平穏だ。

 尽力したのは聖女であるオリヴィアであり、神殿の女官であるマリエであり、王族であるユリウス殿下であり。

 そしてバルトファルト領の主であるリオンでもある。

 

 心の中が騒めいていく。

 公国との戦争は上手く勝利できた。

 だが、この国は今まさに内乱の兆しが見え始めている。

 原因は一方は私の実の父であり、もう一方はかつて関わり合いのある人々だ。

 

 そしてどちらが勝つにせよ、私は結果から逃げるのは難しい。

 公爵家が勝ち王位を簒奪すれば王の血族として否応なしに王都に呼び出されるだろう。

 王家が勝ち公爵家を処罰すれば叛逆者の血縁として非難を浴びるだろう。

 どちらにせよ無関係でいられる筈はない。

 我が子の未来をより良くする為、夫の命を護る為に私に出来る何かが在るのでは。

 

「話は分かった。すまないが今のままでは協力は出来ない」

「そうですね、無理なお願いをしてアンジェリカ様にご迷惑をおかけしました」

 

 何処か悲しそうな表情を浮かべ席を立つマリエ。

 双子が訝しげにその顔を見つめていた。

 

「ああ、そう言えばファンオース公国との戦争で我がバルトファルト領も領民が幾人か亡くなってしまってな」

 

 話題を逸らすように言葉を吐き出す。

 

「戦没者を悼む為の催しを近々執り行う予定だ。その際には是非とも神殿から聖女様の祝福を賜りたい」

 

 怪訝な顔をしていたマリエが言葉の意味を理解して表情を変えていく。

 

「つまり、オリヴィア様と話合いの場を用意すると考えて良いんですか?」

「さぁ?催しが終わった後に聖女様と領主が何を話すのかまで私には分からん」

 

 そう嘯いて席を立ち双子を抱き寄せた。

 

「分かりました、オリヴィア様にお伝えいたします」

「急いだ方が良い。方法を見つけ出しても手遅れになっては意味が無い」

 

そうして足早に庭から去って行くマリエの背が小さくなるまで双子と共に見送る。

 

「「ははうえ」」

「どうした?」

「いたい」

「はなして」

 

 双子を抱き締める腕に力が籠っていたらしい。

 手を放して双子の頭を撫でる。

 幼児特有の柔らかい髪と潤った肌の感触が心地良い。

 自分の判断が正しいのか分からない。

 夫と我が子の為に実の父を裏切ったと面罵されても仕方ない行いをした。

 父上が此処に至るまでの道のりを慮ると愚かな選択をしたと今から後悔が押し寄せる。

 それでもこの国の未来を案じて行動するしかない。

 賽は投げられた。

 後戻りは出来ない。

 

「リオンに会いたい」

 

 リオンが此処に居ないだけで闇夜を一人で歩くように不安になる。

 いつも私を抱いて寝る彼の温もりが恋しかった。




バルトファルト領・アンジェ編は今章がラストです。
次章より王都・リオン編がスタートします。
母親になったアンジェがミレーヌの立場に共感したり、マリエの境遇を我が子に投影して公爵家との板挟みに悩む展開は新章を書く当初から予定していました。
リオンの爵位とマリエの実家の爵位が同じ子爵なので娘の未来に対し不安に陥る理由として妥当かなと思っています。
子供達に好かれるマリエはスピンオフの『乙女ゲー幼稚園はモブに厳しい幼稚園です』が元ネタです。
非転生者マリエは転生者マリエほど銭ゲバで玉の輿狙いじゃありません。

追記:依頼主様のおかげで柳(YOO) Tenchi様とDepo様といち様にイラストを描いていただきました。ありがとうございます。
柳(YOO) Tenchi様 https://www.pixiv.net/artworks/110030179
Depo様 https://www.pixiv.net/artworks/110031275(成人向け注意)
いち様 https://skeb.jp/@itinoe89/works/1

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