婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
その内容についてアンケートを取るので、よろしければご協力してもらえたら嬉しいです。(アンケートは終了しました
ファンオース公国との戦争で最も恐ろしかったのは敵軍の戦略でも物資の枯渇でも無能な味方でもなかった。
王国軍と公国軍の戦力が拮抗して戦線の硬直が数ヶ月続いた頃、公国は最終手段を使い始める。
公国には魔物を召喚して操れる魔装具が大公家に代々伝わっているらしく、これを使って一気に巻き返しを実行した。
結果は大当たりで王国軍は一気に苦境に立たされる。
こっちがどれだけ苦労して魔物を倒しても魔装具を使えばすぐに補充されて延々と攻めてくる。
物量による力押しという戦術もへったくれもない単純な方法で多くの騎士や兵士が死んでいった。
俺の部隊も例外じゃなく何度も撤退を繰り返した。
魔物を倒しても戦略的にほとんど意味が無い。
犠牲者を出さないようにさっさと逃げるのが一番だった。
公国軍を退けたのは王家の船に乗り込んだ聖女とその仲間達。
迫り来る魔物を討ち払って船を犠牲に超大型の魔物を仕留め公女を生け捕りにした。
ギリギリの所で首を繋いだ王国軍も各地で戦意を喪失した公国軍に勝利を収め、王国と公国の長年に渡る戦いの歴史に終止符が打たれた。
聖女は王国の皆から感謝されて、その仲間達も素晴らしい戦士と認められたとさ。
王都は貴族の居住地と平民の居住地が明確に分かれている。
線引きこそされてないけど王宮に近づくほど貴族の屋敷が増え逆に遠ざかれば平民の家が建ち並ぶ街に様変わりする。
空港の近くと温泉の近くが賑わって領主の屋敷が街の隅にあるバルトファルト領とは全然違う。
馬車の窓から外を見ても灯りが少ない夜じゃ此処が貴族の多い地域なのか相変わらず平民の街なのか分からない。
用意された馬車は外見は黒塗りで装飾が少ないのに内装はやたら豪華だ。
座席のクッションすら尻が沈み込みそうな柔らかさ。
アンジェが上級貴族は華美な装飾よりも一見目立たないけど最高級品を使うって言っていたのがよく分かる。
下手すりゃ俺が普段寝ているベッドより柔らかい座席に腰掛けると青髪と紫髪が俺の左右に座って赤髪が反対側の座席に腰を下ろした。
左右と前の位置を固められ、これで完全に逃げるのは不可能になった。
まるで処刑場に運ばれる犯罪者みたいだと何処か冷めた頭で考える。
バルトファルト家の所有する馬車とは比べ物にならないぐらい快適な乗り心地を楽しむ旅は数百秒で終わった。
詳しい場所は分からないけど体感し時間と馬車の揺れから乗った場所からそれほど距離は無いだろう。
馬車から降りると地味な建物が目に入る。
貴族の屋敷ほど豪華じゃないけど平民の家に比べればかなりの大きく凝った作りだ。
うちの屋敷と比べたら古ぼけて若干汚れてるのが逆に落ち着きを感じさせる。
三人と共に扉に近づくと屈強な男が二人近づいて来る。
どうやら門番らしく刈り込んだ髪と彫られた刺青がどこから見ても堅気の人間に見えない。
まぁ顔にデカい傷がある俺だって真っ当な人生を歩んでるように他人は思われないだろうけど。
体のあちこちを触れられてボディチェックされた。
懐に入ったナイフに気付いた門番は咎めるような目つきでナイフを俺の懐から取り出し没収。
「これを」
そう言われて仮面を手渡された。
「此処のお客様はやんごとなき身分の方々ばかりです。素性が知れて良くない噂が広まらないように店内は仮面の着用が義務付けられています」
何とも厳重な事で。
どうもやんごとなき奴らは噂が広まるのが嫌だけど自重する気は全く無いらしい。
仮面を着けると中に通されて地下に続く階段を下りる。
そこは別世界だった。
素人の俺にも見るだけで高い値段だと分かる服を着た男女がカード遊戯に興じたりルーレットに夢中だ。
そう言えばアンジェや公爵に王都じゃ非合法の賭博場があると聞いた覚えがある。
たぶんこの店のその一つなんだろう。
「此処で賭けでもしろってか?」
「違う、秘密を洩らさない為に此処を選んだ」
「こうした場所で相手の素性を知ろうとするのはルール違反だからな。隠し事にはうってつけさ」
如何にもこれから悪巧みしますという雰囲気に思わず苦笑いが込み上げる。
人目に付かないように移動していると奥の個室に誘導された。
中には一人の男が席に座って待ち構えていた男が俺を見るなり立ち上がって恭しく礼をする。
「これはバルトファルト卿。まず我々の招待に応じてくれた貴方に感謝を。高名な英雄殿にお目にかかれて光栄だ」
緑がかった長髪に整った顔立ち。
たぶんこいつを見た全員が美男として褒めるだろう。
俺の感想としちゃどうにも胡散臭い。
言葉遣いや態度は礼儀正しいけどにこやかな表情を浮かべた顔の中で目だけが笑っていない。
俺を値踏みして隙を窺うような視線の鋭さは狡猾な山師に似ている。
俺を成り上がり者と見くびって財産を狙ってきたお見合い相手の親、夜会で俺を誑かして関係を持とうとする貴族令嬢、少しでも楽をしたくてすり寄ってきた部隊の連中。
まだ堂々と俺を利用する気満々な公爵の方がマシだ。
帰ろうかと一瞬考えて視線を動かすけどデカい赤髪が扉の前に陣取ってるし、他の二人も俺の左右の位置に控えてる。
手荒い真似はしなさそうだけど逃げるのはほぼ不可能だ。
「改めて自己紹介します。私はジルク・フィア・マーモリア」
「俺はグレッグ・フォウ・セバーグ。よろしく」
「僕はブラッド・フォウ・フィールド。お見知り置きを」
「私はクリス・フィア・アークライトだ。」
記憶ある四人と自己紹介された今の四人を紐づけする。
王子の乳兄弟、名の知られた冒険者、辺境伯の息子、剣聖の息子。
こいつらは良い意味でも悪い意味でも有名人だ。
俺にとってはある意味で敵だし、ある意味では恩人でもある。
「……リオン・フォウ・バルトファルトだ」
「御高名はかねがね承っております」
「どっちの意味で名が広まってるかは知らないけどな」
かくいう俺も嫌な意味で有名人だ。
名が知られると尾鰭がついてさらに誇張された噂が広まる。
迷惑だからどうにか止められないか公爵に相談しようと思った時期もあったけど、俺の名を広めてた張本人が義父の公爵だった知って諦めた。
「まずは席にお掛けください。まず貴方と巡り会えた幸運に神へ感謝を」
緑髪、いやジルクはそう告げると予め用意していた五つのグラスにワインを注ぎ始めた。
五人分のワインを注ぐと瓶は空になったらしくテーブルの上に無造作に置かれた。
「では乾杯を」
そう言うと四人がグラスに口を付ける。
毒は入って無さそうだし俺もワインを口に含む。
確かにワインは上物だけど、今日だけでどれだけ酒を飲んだか分からないから美味く感じない。
明日はきっと二日酔いで飛行船の中で吐き気と眠気に苦しめられると思うだけで気が滅入った。
「それで、何の用があって俺を呼んだ?」
乱暴な口調だったが公爵邸からこの場所に来るまでに起きた今日の出来事にいい加減うんざりしてた。
公爵家で陞爵と側室についていろいろ言われ、ちょっと街をうろついたら絡まれて喧嘩になり、その挙句にこんな所に連れ込まれる。
もうキレて良いかな俺?
しかも相手は俺より立場が上だったり数段上の戦闘力を持ってる奴ばかりだ。
おかしいだろ、何でそんな連中が俺みたいな奴を構うんだよ。
「此方の非礼はご容赦を。公爵家の監視下に置かれた貴方と接触するのは並大抵の苦労ではないです」
「つまり公爵に聞かれたらマズい類の用件って訳だ」
ジルクが俺の質問に答える。
どうやらこいつが悪巧みの主犯らしい。
まぁ公爵はおっかないから気持ちはよく分かる。
俺もアンジェの父親じゃなかったら極力関わり合いになりたくない類の人だ。
他人に求める水準が高過ぎてよほど有能じゃないと潰されるだろうな。
俺が潰されないのはアンジェの夫だからお目溢しを貰っているだけに過ぎない。
「率直に言います。貴方を王家側の派閥に引き込みたいのです。引き込むのは不可能ならせめて何もしないように説得しようと我々は考えています」
「また随分と買い被ってくれたもんだ」
公爵と対立してる派閥から直々のお誘いかよ。
それも国を護った英雄様達が俺をスカウトと来たもんだ。
「公爵家の勢力は日に日に拡がる一方。それに対し王家の求心力は目に見えて衰えていく有り様。このままではこの国の主がどちらなのか分かりませんよ」
「それは分かるけど俺を王家側に加えた所で状況が良くならないだろ。むしろあんた達が積極的に行動する方が余程マシな結果になると思うぜ」
これは俺の本音だ。
ぶっちゃけて言えば俺の戦功ほど不確かな物は無い。
確かに前回の戦争で俺が率いた部隊が公国の司令官を討ち取ったけど、別に俺自身が大将首を獲った訳じゃない。
無我夢中で敵軍に不意討ちをかけた後は記憶が所々欠けて気付いたら病院のベッドに寝かされてた。
部隊の奴らの大部分は戦死したし生き残った連中も半死半生の有り様だ。
王国は生き残った奴らに多めの報奨金を払って可能な限り希望を叶えたらしい。
俺は代表として欲しくもない爵位と領地を貰ったけどな!
今回の戦争だって基本的に防衛戦と撤退戦ばかりで部隊の戦死者こそ少なかったけど敵将を討ち取ったり魔物の軍勢を壊滅させた訳じゃない。
そんな俺に比べたら前回と今回で公国軍に多大な被害を与えて超大型魔物を倒し公女を捕まえたこいつらの方がよほど人寄せにはもってこいの筈だ。
「貴方はどこまでご存知なのですか」
「どこまでってのは?」
話の要点が見えて来なくて困る。
何で王都の連中は俺が何もかも知った上で狡猾に行動してると思ってるんだ。
そんな器用な真似が俺に出来るなら爵位なんて貰ってないし、今頃は田舎でのんびりと悠々自適の生活を送ってるぞ。
「陞爵については?」
「伯爵に格上げだとさ。位階も五位の何処かになるとは聞いたな」
俺の返答に四人が顔を見合わせて何か呟く。
何だよ、嘘言った所で何の得もないだろ。
そもそも俺は真っ当な貴族教育を受けてねえんだよ。
俺に宮廷内の暗黙の了解とか求められても困るぞ。
「中央の政治に関わり合いが多くなるのは伯爵位からだとご存知ですよね」
「それ位は把握しているぞ」
王国の爵位は五段階に分かれている。
準王族の公爵位、それ以外の最高位の侯爵位、国の政治に影響を及ぼす伯爵位、そこそこの領地を持つ子爵位、貴族として最底辺の男爵位。
王国の政治に関わるなら宮廷貴族や領主貴族の違いがあっても伯爵の地位を持ってるのが望ましいらしい。
だからさんざんごねて陞爵を遅らせようとしたのに公爵に押し切られた。
今の領地経営ですら苦しんでるのに中央の政治と関わり合いになれとか勘弁してください。
「公爵は娘婿である貴方を相応の役職に就けようとしています。少なくても重要会議の席を用意するのはほぼ間違いないかと」
「それは聞いてる。だけど大分先だろ」
王国の政治は貴族達の合議の後に王族の承認によって遂行される。
王妃様みたく積極的に政治に関わる王族もいるけど、基本的には有力貴族によるパワーゲームだ。
どの貴族も自分の利益の為に有力貴族の寄子になるし、有力貴族も意見を押し通したいから寄親になる。
公爵が俺を出世させたいのもそれだ。
俺に役職を与えれば会議の一票が確実に増えるし、もし争ってる派閥に所属する奴がその席に就いたら影響はゼロどころかマイナスになりかねない。
「今の王国でバルトファルト卿ほどの速さで出世している貴族は居ません。若く出世したい貴族は揃って貴方を見倣います。そうなれば公爵の派閥が更に力を増します」
「それを食い止める為に俺達が動いてるって訳だ」
ジルクとグレッグがジッと値踏みするように俺を見る。
野郎に凝視されても嬉しくないぞ。
「だったらあんたらが見本になれば良いじゃないか。聖女と共に戦った英雄達にも出世する予定だと聞いてるけどな」
俺の言葉を聞いた四人は同時に顔を歪ませる。
どうやらやりたくても出来ない事情があるらしい。
「出世とは言いつつも実際は私達の分断が目的の人事だ。出世とは名ばかりで実際は地方への左遷や閑職への異動と言っても差し支えない」
「殿下や聖女殿とも引き離される。僕達の結束が固くても物理的に引き離されてはどうしようもない。牙と爪をもがれては美しく戦って散る事すら出来やしない」
「如何にも公爵がやりそうな手口だな。相手に反撃の隙を与えないまま徹底的に潰すと」
クリスとブラッドが苦々しく顔を歪めた。
まぁ真っ正面から公爵に刃向かえるのはそれこそ王族だけだろう。
長年に渡り王国内で貴族の筆頭だった人だ。
こいつらがどれだけの強さやコネを持っているとしてもそれを発揮できない状況に追い込めるだけの力を公爵は持っている。
そこまで聞くと嫌な予感しかしない。
俺に何をさせる気なんだよ。
「状況は理解した。それで公爵の娘婿の俺を呼んでどうする気だ?言っておくけど公爵にとって俺は大した手駒じゃないぞ」
貴族連中で俺と親しくなろうとする奴はどうも俺に変な幻想を持ってる。
公国軍の司令官を討ち取った?
自棄になって実行した作戦が偶然上手く嵌っただけです。
情け容赦なく敵を蹂躙する戦術家?
悪夢に魘されて眠れない夜もあるぞ。
異例の出世スピード?
公爵家の令嬢を嫁にしたから俺の実力じゃありません。
部下の一人一人に心を配っていた?
反乱が怖いし後で問題になりそうだから上っ面だけ良い上官を演じただけっす。
何で本当の英雄が俺に交渉を持ちかけるんだよ。
お前らの目も節穴か?
「何もしないでいただきたい」
「意味が分からねぇぞ」
突然ジルクが訳の分からない事を言い出した。
何もしない?
ならどうして俺を此処に呼んだ。
「具体的に言えば公爵派として行動するのを控えて頂きたい。貴方にも立場がありレッドグレイブ家に逆らえるだけの戦力も財力も持ち合わせていないのは承知しています。ですから此方としては貴方に自分の領地で大人しくして頂けるだけでありがたいのです」
そう言ってジルクは手元に置いていた鞄から革袋を取り出した。
大きさの割に重量がありそうだ。
中身は金貨か、或いは宝石の類かな。
「報酬は白金貨百枚。私達に協力して頂けるならその半分を前金としてこの場で支払うつもりです」
そう言って紐を解いて机の上に置いた革袋の口から白金貨の輝きが嫌でも目に入って来る。
提示された金額のデカさに一瞬脳みそが動きを止めた。
意識が戻った時に叫び声を出さなかった俺は偉いと思う。
だって白金貨百枚だぞ。
バルトファルト領の年収に匹敵する金を提示してきやがった。
単純にきりが良いから百枚なのか、それともうちの稼ぎを調べて出した金額なのか。
どっちにしてもこれだけの金があれば公爵家に借りた金を返済してバルトファルト領の開拓資金を捻出できる。
数年間は領民の負担を減らせるし、他領から鎧の専門の技師を呼んで調整をバルトファルト領で賄うのも悪くない。
そんな考えが次々と頭の中でグルグルと回り始めた。
何もしなくて大金が舞い込んでくる。
必死に言い訳を探し何とかこの金を手に入れられないか考える。
積極的に公爵家を裏切る訳じゃない、貴族の繋がりなんて所詮は利害関係にすぎない。
どれだけの時間考え込んでただろう。
数秒かもしれないし数百秒かもしれない。
俺の人生でも上位入賞するぐらい必死に頭を働かせた。
「結論は出ましたか?」
何処か愉快気にジルクが問いかけてきた。
「ああ、結論は出た」
ゆっくりと息を吸って吐き出す。
戦場じゃ状況判断に必要な最低限の情報すら分からず考える時間すらろくに与えちゃくれないのが常識だ。
下手な考え休むに似たり、俺は自分の判断を信じる事にする。
「この話には乗らない」
そう告げた瞬間、室内の空気が一気に冷えた。
俺の返答があまりに予想外だったらしい。
四人は驚いて俺の顔を見つめてる。
条件は単純だし報酬は破格。
欲に目が眩んだ連中ならまぁ引っ掛かるだろうな。
生憎だけど俺の欲望は大したもんじゃない。
パンと野菜と肉とスープがある食事、飢えず働いても疲れない程度には広い農地、優しい嫁さん、可愛い子供達、家族全員が住める家。
そんな物が俺の欲しい物なんだよ。
今の俺は満ち足りている。
この幸せを護れるなら爵位も領地も手放して悔いは無いんだ。
「……理由をお聞かせ願えますか?」
「こっちに都合が良い儲け話には気を付けろって嫁と親から口酸っぱく言われてるんだ」
これも本当だ。
顔も知らないじいさんの頑張りでバルトファルト家が男爵になった時にいろんな奴がすり寄ってあの手この手で美味い汁を啜ろうとしたり、儲け話を持ち掛けて騙そうとした奴が居たらしい。
そ の時の苦労を父さんは今でも苦々しく憶えてる。
俺が子爵になった時もおんなじ。
見合い相手の令嬢とかその親とか露骨に俺を見下してるのに資産だけは手に入れようとしてるのが目付きから伝わってきたよ。
それにバルトファルトの経営について俺とアンジェの許可が必要なのは夫婦の取り決めだった。
貴族として自覚も知識も足りない俺が騙されないように必ずアンジェが間に入って判断してから話し合いで運営方針を決める。
今までこれで上手くいってたから、アンジェがこの場に居ない取り引きは無意味だ。
「俺は馬鹿だからな、きちんと判断できる出来た嫁が隣にいないと判断を下せないんだよ」
揶揄うような口調で夫婦間の力関係を告げる。
勿論わざとだ。
俺の勘はこの取り引きを持ち掛けられた時点で胡散臭さを感じていた。
金額の大きさに目が眩んでぐらついたのも本心だ。
正直他の奴に持ちかけられたんなら手を取ったかもしれない。
相手がこの四人じゃなきゃな。
「つまり奥方が居ないから決断できないと」
「それと話が胡散臭いからな。あんた、自分が相手より賢いと思ってんだろうけど態度に出るようじゃ詐欺師として二流だぜ」
俺の言葉にグレッグ、クリス、ブラッドが口元を歪めて肩を振るわせた。
どうやら必死に笑いを噛み殺してるらしい。
ジルクは三人を睨みつけた後に深呼吸して再び俺と対峙する。
「バルトファルト卿、これは王国の危機なのです。このままでは王家はいずれ公爵家に取って代わられます。見過ごすのは王国の貴族として如何なものかと」
「……王国が俺に何をしてくれた?欲しくもない爵位と領地をくれた事か。返せって言うなら喜んで返す。そもそも俺みたいな成り上がり者に忠誠心を求める方がおかしいぞ」
高位貴族として育てられたあんた達には分かんないだろうな。
俺は貴族として最底辺の男爵家で育った。
当主の父さんが自ら畑を耕して食べ物を作らなきゃ生きていけない貧しさだ。
母さんは平民というだけで妾扱い、貴族の血筋というだけで正妻はゾラみたいな糞女で浮気相手との子のルトアートがバルトファルト家を継ぐ方針だった。
危うくどっかの色ボケ婆さんの旦那として売られそうだったから軍に逃げ込んで兵士になった。
教育は親に教えられた読み書き計算と最低限のマナー、王国軍に入ってからはほぼ独学でいろんな知識を学んだ。
こっちの都合も聞かず税を徴収して軍役を課すのに下級貴族の生活をろくに保障してくれない王家に対して忠誠心なんて育たねえよ。
王家とズブズブな関係のお坊ちゃま達には理解できないだろうけどな。
「それに公爵は俺を単なる娘婿としか見ていない。俺より政治が上手い貴族はいくらでも寄子に居る。俺の動きを封じた所で別の貴族が代わりになるだけだ」
公爵が俺に目を掛けるのは単に俺がアンジェの夫ってだけだ。
田舎でほぼ平民だったバルトファルトの家名に価値は無い。
娘婿が役職無しじゃ体面が悪いからあれこれ世話を焼いてくれてはいるけど、もし公爵がアンジェの離婚を切り出したら俺には断りきれないだろう。
「俺個人としちゃ積極的に王家に逆らう気も公爵に従う気も無いから安心しろ。今は領地の開拓で手が一杯だから中央のゴタゴタと関わり合いになりたくないし」
「そんなどっちつかずをいつまでも続けられるとは貴方自身も考えていないでしょう」
「公爵には金を借りた。あんた達には戦場で助けられた。どっちを立てても角が立つから俺に出来る方法はこれしかない」
こいつなりに必死なのは分かった。
少しやり方は下手かもしれないけど敢えて敵対するつもりも無い。
面倒事は王都の連中だけでやってくれ、俺は田舎でのんびりと暮らしてるから。
「今日の事は公爵に報告する気は無い。あんた達と密談してたなんて噂されたら俺としてもいろいろマズいからな。そろそろ帰らせてくれ」
そう結論を出して席を立とうとする俺をジルクが睨む。
まだ何かあんのかよ、いい加減帰りたいんだけど。
「そう言って王国貴族としてしての責務も忠誠も放棄する気か。あの国を裏切った者達と同じように貴方も王家に牙を向くのか」
「だから爵位も領地も欲しくないって言ってるだろ。なりたくて貴族になった訳でも王家を護る為に公国と戦った訳じゃねえよ。俺はあくまで俺と大切な人達の為に戦ってるだけだ」
「その大切な人とやらは貴方の妻子だろう!妻が公爵家の娘だから唯唯諾諾と従い領主としての気概もないとは!」
「仕方ねえだろ、公爵にはいろいろ助けてもらってんだし。王家と公爵家の争いは当事者同士で解決してくれ。頼むから俺を巻き込むな」
「あんな女に誑かされて公爵家の走狗と成り果てるとは!英雄の名が聞いて呆れるぞ!」
ジルクの言葉を聞いた瞬間、テーブルの縁を思い切り蹴飛ばす。
蹴る方向はジルクが座っている真っ正面。
突然の出来事に反応できなかったジルクはまともにテーブルとぶつかり椅子ごと倒れた。
テーブルの上に置かれていた瓶やグラス、白金貨が入った革袋が音を立て床へ落ちる。
アンジェに対する侮辱を聞いて即座に戦闘態勢に切り替わった俺の五感は一秒が数秒に引き延ばされたと感じる程感覚が研ぎ澄まされる。
テーブルを蹴ったのと同時に駆け出し床に落ちたワイン瓶を手に取った。
そのまま瓶を振り上げ殴りかかろうとした俺の動きが途中でいきなり止まる。
「そこまでだバルトファルト!」
「ジルクの失言は謝る!すまなかった!」
「落ち着け!ひとまずおちつけ!」
グレッグが俺の体を掴んで動きを止め、クリスが右腕を掴み、ブラッドが左腕を拘束する。
俺が座っていた席から離れていたのに俺を上回る速さ動き事態を止めた。
やっぱりこいつらは俺より遥かに強い、正面から戦えば為す術も無く負けるだろう。
呼吸を整えて手足の力を緩めると握っていた瓶が床に落ちて音を立てた。
力で俺を抑え込めるグレッグは俺の拘束を解かず、クリスとブラッドが倒れたジルクに手を貸して起き上がらせる。
「……狂犬め」
吐き捨てるように呟くジルクの罵声を鼻息で遮る。
まだまだ元気いっぱいで安心した。
弱ってる相手を叩き潰してもつまらないからな。
さぁ、二回戦の開始といこうか。
そう思ってもう一度殴りかかろうとしたけど、また三人に動きを封じられる。
「知らなかったのか?狂犬は忠誠心が無いから相手を選ばず噛みつけるんだぞ」
何度も口を開け閉めして噛むような動きをする。
四人が眉を顰めるが気にしない。
「お坊ちゃま共、その無駄に賢い頭へよ~く刻み込んでおけ。確かに俺は成り上がりの馬鹿だ。嫁の尻に敷かれて嫁の実家に媚び諂う能無しだ。認めてやるよ、それは正しい評判だ。どれだけ陰で俺を嘲笑っても良い。事実だしな」
怒り過ぎると逆に頭が妙に冴え渡る奴が世の中にいる。
俺もその一人だ。
恐怖を感じる時、怒りに我を忘れそうになる時、命の危機に直面するほど冷静になる。
だから狂えずに終わった後にうじうじ悩むんだけどな。
「だけど俺は俺の嫁を。俺の子供達を。俺の家族を侮辱し傷付けようとする奴を絶対に許さない。英雄だろうが、聖女だろうが、公爵だろうが、王子だろうが決して許さない」
戦力差?資産の多寡?知識の有無?血筋の貴賤?
知った事か、そんな物が俺の宝物を傷付ける理由になんてさせない。
「地の果てまで追い詰めて決して赦さず無慈悲に殺す。二度と同じ事をさせないように体と心の両方に消えない疵を刻み込む」
「…………」
俺に気圧されのか四人の後退りしたように見えた。
ビビッて相手の雰囲気に飲まれ始めたら喧嘩は負けだぞ。
同時に俺も緊張の糸が途切れたのか力が抜けてきた。
今日は面倒事が目白押しだ。
いい加減疲れた、帰ってぐっすり寝たい。
「……帰る」
そう言って扉に向かう。
交渉はご破算、なら此処に居座る理由も無いだろ。
「待て、バルトファルト」
まだ何かあるのかよ。
振り返るとグレッグが俺を見つめていた。
「どうして最初に仕掛けた時にナイフを使わなかった?いや、使わなくてもお前なら急所を狙う事が出来た」
確かにそうすれば此処に連れ込まれる事は無かっただろうな。
だからと言って人の命と釣り合う行為だと言われたら首を捻る。
「単なる判断ミスだよ。そこら辺のゴロツキなら一発で沈んでる。単にお前が強過ぎただけさ」
「私達だと気付いていたら最初から使っていたと?」
「何でそうなるんだよ。知ってたらさっさと逃げてた。俺は血を流すのも流させるのも嫌いなの」
クリスの質問に正直に答える。
喧嘩なんてやらない方が面倒臭くなくて一番楽なのに。
どうして俺は自分がやりたくない部分の才能に長けてるんだか。
その才能にしても一流には遠く及ばない。
全てが中途半端なのが俺だ。
「奇妙な男だよ君は」
「その言葉、そっくりお前達に返す」
ブラッドの評価をそのまま返す。
お前らも大概面白い奴らだけどな。
「それじゃ帰る。喧嘩をふっかけたのは悪かった。すまん」
顔を合わせず部屋から出た瞬間、脱いだ仮面を置き忘れたのを思い出した。
誰とも出会わないまま店の入り口に辿り着けるのを祈るしかない。
人目を避けてなんとか入口に到着したら門番が呆れた顔で俺を見てきた。
店の位置が分からないからこのまま迷子になって飛行船に帰れるかと悩んでたら馬車を用意してくれた。
さすが貴族御用達の秘密賭博場、至れり尽せりだ。
目的地の空港を教えると馬車が動き出す。
馬車の揺れと酒の酔いと疲れが一気に眠気を誘って来る。
疲れた、とにかく疲れた。
しばらく王都に来たくない、バルトファルト領に引き籠って自堕落に過ごしてやる。
とにかく一刻も早く逃げ出したい。
でも公爵家が絡むから逃げられないんだろうな。
欝々とした気分のまま空港に着くまで不貞寝しよう。
もう全力で飛行船を動かして帰ろう。
俺の居場所は田舎丸出しのバルトファルト領だ。
横になって目を閉じるとすぐに意識を失ったのが今日唯一の救いだった。
五馬鹿の中でひどい目に合わせても罪悪感が無いのは誰か?
出した結論はジルクでした。(ひどい
ジルクは遠距離戦と策略が得意なので白兵戦に持ち込んで会話のペースを乱したらリオンでもギリ勝てるかなと思って憎まれ役と相成りました。
構想で名誉挽回の機会があるからどれだけひどい目に合わせても問題無し。(鬼
次章はリオン編最終章、イチャイチャ回はその次の予定です。
追記:依頼主様に今章のイラストを実靜に書いて頂きました。ありがとうございます。
実靜様:https://www.pixiv.net/artworks/111689537
追記:依頼主様によってめいさむ様、ヨッチャン様、Lcron様、ギョーザ様、しらたま様、(公)様にイラストを描いていただきました。ありがとうございます。本日はアンジェ祭。
めいさむ様https://skeb.jp/@marameisamu/works/408(成人向け注意
ヨッチャン様https://www.pixiv.net/artworks/110707365
Lcron様https://www.pixiv.net/artworks/110708185
ギョーザ様https://skeb.jp/@gyouza_anime/works/34
しらたま様https://www.pixiv.net/artworks/110761667
(公)様https://skeb.jp/@hamu_koutarou/works/73
リオン編後にアンジェとリオンがイチャイチャ回を書きます。別途に成人向けシーン書きますが、リオンとアンジェのどちら視点で読みたいか教えて下さい。
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アンジェ視点
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リオン視点