婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
その内容についてアンケートを取るので、よろしければご協力してもらえたら嬉しいです。
期限は8月27日までとなります。(アンケートは終了しました
「王都の貴族令嬢なんてクソだ!それがよ~く分かった!」
「その話はもう六回目だぞ兄貴」
ぞんざいに兄さんを兄貴呼ばわりして話を中断させようとするが上手くいかない。
バルトファルト領に帰還する飛行船の操舵室で兄さんは荒れていた。
俺が軽めの二日酔いの朦朧としてるのを見かねて指揮を担当してくれるのが実にありがたい。
ありがたいが不満を俺にぶつけるのは止めて欲しい。
飛行船の操縦を担当してる乗組員に当たり散らす訳にはいかないし、暇な部下に絡んだら評判が下がる。
だからって実弟の俺に愚痴らないで欲しい。
兄さんの事は敬ってるが名目上バルトファルト家の当主は俺なんだけど。
公爵に絡まれ、四馬鹿に絡まれ、兄さんに絡まれる。
俺が一体何をした。
兄さんは俺と違っていざという時の為に貴族としての教育を受けているし学園にも通わせてもらっていた。
俺はスペアのスペアだから軍に入ったのを後から伝えても家族は連れ戻そうとしなかったけど、男爵位を継ぐ可能性があった兄さんにその道は許されない。
その代わり貴族令嬢の嫌な部分をたっぷり見てきたんだろうな。
今まで下級貴族の男はあまりに女達に虐げられてきた。
王国が決めた下級貴族の女性優遇政策のせいでどれだけの男が泣いて来たか。
そんな状況が一変したのが公国との戦争だ。
上級貴族は口先だけのお坊ちゃまお嬢様で役立たず。
優遇した下級貴族の女は我先に逃げ出し敵に媚びを売って寝返る始末。
王国を護る気概があったのは下級貴族や平民の男と僅かにいた真っ当な貴族だけ。
国を護った連中を冷遇したら今度こそ間違いなく国が滅ぶと慌てたお偉いさん達は慌てて手の平を返し爵位やら領地やらを与えたけどあまり効果が無かった。
そりゃ今までぞんざいに扱ってきたくせに自分が苦しくなったら泣いて縋るような連中に仕えたいと思う奴はいない。
人間ってのは良い事より悪い事の方をずっと憶えているもんだ。
斯くしてやたら強いけど王家や国に対して忠誠心が無い屈強な男共が王国に増えた。
ホルファート王国は冒険者が創った国だから今までは冒険者の地位が高かった。
貴族の先祖の大半は功績を上げた冒険者だし、そうした若い貴族連中はそんな先祖を誇りに思ってた。
チマチマとした戦功と金稼ぎで男爵位になったバルトファルト家は他の貴族からもナメられていたもんだ。
その価値観が戦争の後にほぼ意味のない物になっちまった。
冒険なんて国が平和だから出来るもんだぞ。
お前は国の危機に何をしてた?
お前の先祖は凄い冒険者だろうがお前自身は何なの?
そんな当たり前の事実にみんな気付いてしまった。
冒険者を尊敬しているだけあって王国の男は他の国に比べて基本的に屈強だ。
それなのに冒険ごっこに明け暮れて国も民を護らず何の為の貴族か?
今じゃ『俺は冒険者だ!』と皆の前で主張しても戦争に参加してなきゃ『その力を国を護る為に使わず安全なダンジョンで金稼ぎに明け暮れていた』と侮蔑される。
逆に冒険の経験が無くても従軍して生き残っていれば一端の戦士として高い評価を貰える。
バルトファルト家は前回の戦争で父さんと兄さん、今回の戦争で俺と兄さんを中心に参加したから必然的に貴族社会で一目置かれるようになった。
その影響でもうすぐ父さんの爵位を継ぐ兄さんが貴族社会の催しに出ても邪険にされる事も無く真っ当に扱われ始めた。
「リオンには敵わないけど、やっと本腰を入れてまともな嫁探しが出来るな」
そう笑う兄さんを見て心から安心したんだけどな。
戦争の影響やバルトファルト領の開拓で散々協力させて二十代の半ばに差し掛かるのに未婚な兄さんに対して俺なりに負い目はずっと感じてた。
俺がアンジェと結婚して子供まで生まれてるのに兄さんに真っ当な婚約者すら斡旋できないのは心苦しい。
爵位としては最低の男爵に就く予定だけど、今回の戦争で犠牲者の少ない俺の部隊で副官をやってた兄さんはわりと高評価されている。
むしろ顔に傷があってぶっきらぼうな俺より兄さんを慕ってた部下も多かった。
その代わり心労が多くて戦争の終盤ではかなり痩せて倒れる事もあったけど。
王都に兄さんを同行させたのは爵位の継承申請と部隊の伝手で縁談探しだった。
アンジェも同意してくれて上手くいくと思ってたのに世の中そう簡単にいかない。
「あの女、『首輪をつけて私のペットにしてあげようかしら』とか言いやがった!ふざけんな馬鹿女!ゾラやメルセだって俺を奴隷扱いはしたけど犬扱いはしてねぇ!」
「分かった、分かったから落ち着いてくれ…」
「お偉い貴族のお嬢様ってのはあんな連中ばっかなのかよ!?」
「いや、アンジェみたいにまともな貴族令嬢も少しはいるから…」
「これなら父さんと母さんみたいに優しい平民の娘を嫁にする方が遥かにマシだ!俺は二度と王都に来ねえからな!」
「王命があったら拒否できないんじゃないかなぁ…」
普段怒らない奴が怒った時のエネルギーは普段から怒りやすい奴の比じゃない。
俺はわりと喧嘩っ早いのとやる気が無いからそれほど溜め込まないけど、一見穏やかで人当たりの良い兄さんをここまで怒らせるなんてどんな女なのか見当がつかない。
まぁ、何処にもひどい女はいるし戦争が起きたからって生まれた時から体に沁みついた価値観を切り替えられる奴ばっかじゃないんだろう。
俺の姉と妹だって未だに昔の価値観に凝り固まって自分から婚期を逃し続けてるし。
王国の価値観が変わった影響で貴族同士の婚約事情も大きく変化している。
かつては男側が遜って女に求婚してたのが今じゃ立場が逆転した。
下級貴族の女性優遇政策が下級貴族の忠誠心を根こそぎ奪い、不正や犯罪の温床になってた事実にお偉いさん達はこの数年間で女性優遇政策の全てを廃止した。
国を護った成り上がり者にとっちゃ家柄の良いだけの貴族女なんて大した価値は無い。
美しさ、優しさ、家事能力の高い女性が評価されて性格が悪く家の管理もろくに出来ない高飛車な貴族の女は見向きもされなくなった。
戦争で多くの男が戦死した影響もあり今じゃ女が余って男が少ない有り様。
こうなってくると手に何の技能も持っていない貴族の女には死活問題だ。
今まで何しなくても男が寄って来たのに誰からも相手にされなくなった。
高を括って自分磨きを怠ったせいで何の技能も持ってないからまともに働く事さえも出来ない。
働かずに実家に寄生する癖に金遣いだけは荒い娘を持て余し潰れる家も今じゃ珍しくない。
各地の娼館じゃ貴族崩れの娼婦が貧しさで身売りした平民の娘より多いなんて逆転現象すら起きてるから笑えない。
兄さんが会ったのもそんな価値観を変えられない貴族の女の一人だったんだろう。
つくづくアンジェと結婚できた俺の幸運が身に染みて分かった。
早くバルトファルト領に帰りたい、我が家の寝室でアンジェの豊満な胸に顔を埋めながら三人目が宿った腹を撫でて寝よう。
「聞いてんのかリオン!?」
「聞いてるよ、頼むからデカい声は止めてくれ…。二日酔いで気持ち悪いんだ…」
「お前夜中にこっそり船を抜け出して何やってたんだ?酒場で女でも口説いてたか」
「アンジェ一筋だよ俺は。酒飲みに行ったら質の悪い連中に絡まれた」
「戦争で成り上がった連中が増えたから昔より礼儀知らずも多くなってる。お前も気を付けろ」
「成り上がりだったらまだマシなんだけどな…」
「やっぱ王都はクソの溜まり場だ。俺には田舎が性に合ってる」
「それは俺も同意するよ」
兄弟揃って同じ結論になったのに苦笑する。
やっぱ俺達は田舎育ちの凡人だよ。
伯爵様とか護国の英雄なんて務められる器じゃない。
どうして俺を放っておいてくれないんだか。
俺の本心を理解してくれる家族が待つバルトファルト領に戻るまでの間、俺は兄さんの愚痴に付き合わされておちおち休む事も出来なかった。
土地にはその土地特有の匂いってもんがある。
王都の王宮なら香水と甘ったるい砂糖と高級生地の匂い。
戦場なら血と泥と鉄と硝煙の匂い。
そしてバルトファルト領は土と草と温泉の匂いがする。
この領地を貰ってから三年程度しか経ってないの懐かしく感じるのはどうしてだろう?
半農に近い育ちの俺にとって畑と水路と林があれば何処でも懐かしい感じるのかもしれない。
往復にかけた時間を抜いたら十日にもならない滞在期間だったけど一ヶ月ぐらい居た気がする。
慣れない生活は本当に疲れる。
二日酔いと船酔いもキツいから今日はさっさと眠りたい。
欠伸を噛み殺しながら屋敷に入ると使用人達が一斉に頭を下げて俺達を出迎える。
流石は俺の嫁、旦那の帰宅時間は把握済みですか。
「ちちうえ~」
「おかえり~」
舌足らずな声が足元から響いて小っちゃな影が足に纏わりつく。
あぁ、可愛い。
何で自分の子ってだけでこんなに可愛いんだろ。
お前達の為ならお父さんは怖い王都のおじいちゃんに会いに行くのも我慢できる。
「お土産もあるぞ~」
後ろから兄さんが声を大きく出してライオネルとアリエルに告げる。
公爵は土産を山程くれた。
あの強面のおっさんが孫への土産を自分から選ぶ姿は想像できない。
それとも意外に孫へ甘いんだろうか?
今度王都に行ったら礼をしなくちゃならない。
「わ~い!」
「やった~!」
……君達、俺の時に比べて露骨に反応が違わないか?
十日ぶりのお父様よりおじい様のくれたお土産の方が重要ですか、そうですか。
泣きたい、心の底からお父様泣きたい。
この悲しみはアンジェに慰めてもらおう。
そう思って周囲を見渡したけどアンジェが居ない。
いつもなら俺の出迎えは自分が一番を主張する位なのに珍しい。
「アンジェは?」
「しごと」
「おしごと」
なら仕方ないか。
俺の出迎えより重要な案件があったんだろう。
この場を兄さんに任せて俺は執務室へ向かった。
まぁ、純粋にイチャイチャする俺達を周りに見られるのは恥ずかしいし。
何より子供達の教育に悪い。
俺も昔から子供達の前でイチャつく父さんと母さんを見て辟易してた。
悪しき習慣は自覚して絶たなくちゃ。
執務室の前で立ち止まり軽く身嗜みを整え深呼吸の後に扉を数回ノック。
『どうぞ』
部屋の中から返事が聞こえた。
俺の執務室なのに入室の許可が必要って何かがおかしい。
まぁ、俺よりアンジェの方がずっとこの部屋を有効活用できるから良いけどさ。
部屋に入ると机でアンジェが書類に目を通していた。
紙を捲りながら要点を一つずつメモに書き写している。
相も変わらず有能な俺の嫁。
でも息子と娘に邪険にされて傷心中の旦那にも気を配ってくれないか?
アンジェにまで冷たくされたら立ち直れない。
「戻ったぞ」
「あぁ、お帰り」
そう言ってようやく視線を俺に移してくれる。
「王都の様子はどうだった?」
「終戦から数ヶ月じゃ変わり映えしてない。こっちの方が作物の実りで変化がある位だ」
「そうか」
軽口を叩くがアンジェの反応がいまいち薄い。
いつもなら呆れて応えるかキツめのジョークが返って来るのにそれも無し。
何かマズい事でもあったのか?
「顔色が悪いな。そんなに王都はつらかったか」
「体調に気を遣うべきなのはむしろアンジェの方だろ」
椅子から立ったアンジェが心配そうに俺の顔を撫でる。
「いろいろあったんだよ、そっちの方はどうだった?」
「昔の知り合いに厄介事を持ち込まれた、その事で相談したい」
「金なら無いって言っておいてくれ。出世したいなら俺じゃなくて公爵に直談判しろって伝えろ」
「その父上が関係する話題だ」
「何だ、ようやく舅にいびられる婿の状況から抜けたのにまた会いに行かなきゃいけないのかよ?」
「取り敢えずこれを読んで欲しい」
そう言って机の上に置かれた書類を指差すアンジェ。
二日酔いの頭に書類仕事はキツ過ぎる。
「要点だけ教えてくれ」
「私としてはリオンが自分から推察してくれるように成長して欲しいのだが」
「俺が自分で読むよりアンジェが説明してくれる方が早くて分かりやすい」
「まったくお前は……」
呆れつつ準備を始めるアンジェ。
すいません、情けないダメ領主な夫で。
ダメな俺が頑張るより優秀なアンジェに任せた方が楽で間違いが少ないのは事実なんです。
軍の経験から優秀な指揮官が全て熟すより部下にある程度自由にやらせてダメな部分だけきっちり抑えた方が皆がやる気出して俺も楽になれると学んだ。
相手を褒めるのを怠けると一気に嫌われるけどな。
もしアンジェに出て行かれたらバルトファルト領は間違いなく終わるけど、俺はアンジェにベタ惚れだから頭下げてでも帰って来てもらう。
どっちが領主だか分かんないけど、これで俺達は上手くいってるからそれで良い。
「あまり愉快な話じゃないぞ」
「それは聞いてから判断するさ」
そう告げて俺は椅子に座りアンジェの話に耳を傾けた。
「マジで?」
「冗談にしてはこんな笑えない内容をわざわざ伝える必要は無いだろう」
……アンジェの話を全部を聞いた後、ひどい頭痛に襲われて頭を抱える。
そもそも公爵家と王家の関係がそこまで悪化してた事すら知らなかった。
公爵もギルバートさんも俺に詳しく話してくれよ。
言葉を濁して真の狙いを誤魔化すのは反則だろうが。
それだけ俺が信用なら無いのか、俺を引き返せない段階になってから巻き込む腹積もりなのか。
少し、いやかなりムカムカしてきた。
「それで、王妃様と聖女様はいったいどうするって?」
「状況に変化があれば向うから連絡が来る。接触方法も教えられた」
つまり俺達は待つしか出来ないって訳ね。
何の力も無い田舎の領主貴族の限界を感じる。
「それで、俺はどうしたら良い?」
二日酔いを抜きにしても頭が回らない。
そもそも国の存亡について王妃と聖女が田舎に訪ねて来られても困る。
俺、単なる田舎の成り上がり者だよ。
「リオンが決めて欲しい。バルトファルト領の最高責任者はリオンだ」
アンジェに促されるけどそう簡単に決められる類の問題じゃないだろ。
どっちかに味方すればもう一方に敵と思われる。
しかも相手は主君と義父ときたもんだ。
「勝つ方に味方しないとヤバいな」
「王家が勝てば叛逆者の血族として処断される。逆に公爵家が勝てば非協力的な身内を見過ごす筈が無い。どちらに付いても見せしめにされる」
「ちなみに関わり合いになりたくないから知らんぷりするって選択肢は?」
「あるにはある。全てが終わった後に勝った側から糾弾されるのを覚悟してるならそれも良い」
「地獄かよ」
もうヤだ王都の連中、争いたいなら自分達だけでやってくれ。
俺達を巻き込むなよ。
「アンジェはどうしたい?俺はアンジェと子供達が幸せになれるならどっちでも良い」
「私は……」
言い淀んでアンジェは下唇を噛みしめる。
そりゃそうだ。
単純にどっちかに味方すれば良いって話でじゃない。
味方する以上は最後まで付き合わされる。
途中で抜け出すような裏切り者はどっちからも袋叩きにされて潰されるだろう。
八方塞がりだ。
アンジェが俺に決断を促す時は基本的に方針が定まってる。
俺の理解と承認が必要なだけだ。
ここまで俺の決断に任せるのは珍しい。
それだけ判断に迷ってるんだろう。
政治の事はよく分からないけどアンジェの事ならよく分かる。
「ごめん、意地の悪い質問だった。アンジェは公爵と争うつもりはあるのか?」
「出来るなら父上や兄上と争いたくはない」
「じゃあ王家を今も憎んでる?」
「蟠りが完全に無いと言えば嘘になる。だからと言って弓を引くのも迷いがある。忠誠心ではなくバルトファルト領の利益を鑑みての話だが」
どっちに付いても得があるし損もある訳ね。
下手すりゃうちの家族だけじゃなくて領民全員を巻き込むから当然だけど。
「公爵も義兄さんもひどいなぁ。俺達に内緒で巻き込む気満々かよ」
「すまない。リオンを巻き込んでしまった。二人は何か言ってなかったか?」
「出世の覚悟を決めろとか側室を持ったらとか言われたよ、こんな話は欠片もしてない」
「リオンは側室が欲しいのか?」
「要らないって。何で公爵家の連中は俺が女好きだって思い込んでるの?」
複数の嫁を持てる甲斐性なんて俺には無いぞ、悲しいけど。
嫁一人と子供達を幸せに出来るかさえ分からないのが俺です。
「これ読めば答えは出る?」
机に置かれた紙の束を握って尋ねる。
アンジェに答えが出せないのに俺が読んでも解決方法が出るとは思えないけど読まないよりマシだろう。
「あくまで参考程度の情報だ。王妃様も本当に重要な情報は渡さないだろう」
偉い奴らって何で必要な事は伝えないのにこっちの都合で働けと強制するんだよ。
誠意とか尊敬って感情を持ってないんじゃないか?
溜め息を吐いてアンジェの頭を撫でる。
「疲れたから寝室で寝転びながら読むよ」
「添い寝してやろうか」
「してくれるの?」
「それは夜までお預けだ」
「何だよ、意味ないじゃん」
減らず口を叩いて寝室に向かう。
せっかく我が家に戻ったのに気の休まる時がありゃしない。
領地経営さえ手一杯なのに余計な事に巻き込みやがって。
王家も公爵家も両方滅ぼしてやろうか糞ったれ。
寝室に入って上着を脱いで襟元やベルトを緩めて楽になる。
夫婦用のベッドに寝転びながら適当に目を通すが内容が頭に入って来ない。
いや、報告やら図の一つ一つの内容は理解できるさ。
其処から貴族の力関係とか金の出処とか未来の状況を察する能力が俺には無いんだよ。
これに比べたら戦場でどうやって相手に勝つのかを考える方が数段楽だ。
とにかく相手に嫌がらせしまくって弱らせた後で自分の被害を最小限になるよう一気に攻め込めば良い。
あらためて考えると性格悪いな俺。
なんでアンジェが惚れこんでるのか全然分からん。
「ダメだ、眠い」
二日酔い、船酔い、政治の話に難しい報告書ときたもんだ。
眠くならない訳がない。
取り敢えず夕飯の時間まで寝よう。
寝てからいろいろ考えよう。
頭の良いアンジェが分からない物が俺に分かる筈がない。
自棄になって寝転び欠伸をする。
せっかく帰って来たのに飯も風呂も睡眠も満喫できないのはつらい。
明日は絶対に休もう。
そんな事を考えながらベッドの上に手足を放り出した。
柔らかくて温かい感触が顔に当たったのを感じて目を開けた。
この感触は憶えがある、あり過ぎる。
愛しい嫁の大きな胸だ。
「起きたか?」
「起きた。何時?」
「とっくに日が暮れて夕食も終わった」
「起こしてくれりゃ良いのに」
家族揃って賑やかな食卓を囲むのが数少ない俺の幸せなのに。
「よく眠っていたから寝かせておいた。それに」
「それに?」
「リオンを私が独り占めしたかった」
「そうか」
「そうだ。だからこっそり胸を揉むのを止めろ」
「無意識にやってたんだ。許して」
ゆっくり体を起こして伸びをする。
体のあちこちから骨の鳴る音がして気持ちが良い。
「結論は出たか?」
「簡単に出るならアンジェが悩むはずないだろ。取り敢えず様子見する」
「状況が変わり、どちらかが動き出すまで待つしかないな」
「暫くはいつも通り。アンジェは元気な赤ちゃんを産む為に自重してくれ」
「それが賢明だな」
何も出来ないならいつも通り過ごすしかない。
周囲に流されるばっかだな俺の人生。
国を動かす力も金も無いから仕方ない。
「どうする、何か食べてるか?」
「いい、今日は風呂入ってから寝る」
俺達の寝室には備え付けの浴室と便所がある。
いや、確かに食事を持ち込めばずっと部屋に引き籠れると改築した時に考えたけどさ。
裏で領主夫婦がイチャイチャする為に改築したと噂されるのはつらいんですけど。
ボタンを外しながら浴室へ向かう。
備え付けの籠に脱いだ服を放り投げ蛇口を捻って浴槽に水が張るのを待つ。
昼夜や季節に関係なく風呂に入れるってのは実に贅沢だ。
薪を拾い集める必要も湯の温度を調整する手間も無い。
文明の利器って最高。
湯船に体を沈めてあちこちを揉む。
温まったら風呂から出てさっさと寝よう。
明日は休んで子供達と一緒に一日中ダラダラ過ごすんだ。
呑気にそんな事を考えてたら浴室に誰か入って来た。
いや、この状況で浴室に入れる奴なんて一人しかいないんだけど。
「まだ何かあんの?」
「一緒に入ろうかと思ってな」
「いいよ、ベッドの上で待ってて」
俺の言葉を無視してアンジェは服を脱ぎ始める。
止めてくれ、どう考えてもヤバいだろ。
主に俺の理性的な意味で。
アンジェは俺の理性をガリガリ削りながら浴槽に浸かる。
溢れたお湯が浴槽から溢れて排水口に流れ落ちた。
「何で入って来るんだよ」
「嫌か?十日も離れていたらもう私に飽きたか」
「そんな訳ないだろ。いろいろ控えてるのに我慢できなくなったらどうするんだ」
「リオンも父親になったのだから頑張って耐えろ」
「これなんて拷問?」
そんな会話をしながら一緒に風呂に入る。
良いな、やっぱり我が家は最高だ。
そんな風に呑気に考えてたら突然アンジェに腕を掴まれた。
「何だ、コレは?」
掴まれた左手を見ると紫色の痣がハッキリと付いていた。
昨日グレッグに握られた場所だった。
ヤバい。
飛行船に戻った後で着替えた時に気が付いたけど船酔いやら戻って気が緩んでたのやら王家と公爵家の争いとかいろいろ考えて頭から抜け落ちてた。
「あ~~。ちょっと王都で転んだんだ」
「転んでこんな痣はつかない」
俺を見るアンジェの目が冷たい。
「それにそっちは何をした?」
次は右腕を撫でられた。
クリスに木の枝で叩かれた場所も青い痣になってた。
「どっかにぶつけたと思……」
「そんな言い訳が通ると思ってるのか」
あ、マズい。
アンジェが怒ってる。
しかもかなり凄い勢いで。
何か言おうとしても言葉が出なくて口をパクパクさせるだけだ。
「風呂から出よう。王都で何があったかじっくり聞かせてもらおうか」
「……はい」
「逃げるなよ」
「逃げません、逃げられません」
おかしいなぁ、何でこんな事になってんだ?
俺の前で夜着に着替えるアンジェの胸も尻もエロいはずなのに全然興奮しない。
何で帰って来た夜に嫁と揉めなきゃいけない訳?
やっぱ王都は揉め事の溜まり場だ。
暫く行きたくない。
ベッドに腰掛けるアンジェが冷ややかな視線で俺を見ていた。
王都で起きた事を正直に全部アンジェに話した。
だって話すしかないじゃん。
アンジェを騙せるぐらい賢いなら俺はもっと出世してるしこんな状況に追い込まれてない。
全てを話し終えた時のアンジェの顔は無表情だった。
あぁ、こりゃダメだな。
完全にキレてる。
声を荒げたり目を吊り上げて睨むアンジェは実はそんなに怒ってない。
あくまでパフォーマンスとして俺や家族に怒りを表現してるだけだ。
本当に腹の底から怒ると顔から表情が消える。
王妃教育を受けて本当の怒りを押し殺す事を仕込まれたアンジェは怒りが大きくなると逆に静かになる。
もういい。
もうコイツは潰す。
欠片も残さないほど徹底的に潰してやる。
貴族としての傲慢さと為政者としての冷徹さが合わさって邪魔な奴を虫みたいに排除しようとする。
以前バルトファルト家に詐欺話を持ち込んだ商人に怒った時は凄かった。
徹底的に潰した後に被害にあった他の貴族達に連絡して袋叩きにさせて最終的に国へ引き渡す。
その後にそいつの話は一切聞こえて来ない。
国の頂点に立つはずだった女の怒りは凄まじい。
「…………」
黙ったままアンジェはベッドを下りて扉に近付く。
「おい、何処へ行く気だアンジェ?」
「王都」
口数少なく答えるアンジェ。
俺との会話すら煩わしく思ってるのか。
「何しに王都へ行くんだよ?」
「セバーグ家とアークライト家とフィールド家とマーモリア家を叩き潰しに。ついでに王家を滅ぼすのも悪くないな」
ダメだ、完全にキレてる。
ちょっとそこらの畑見て来るみたいなノリで真夜中に王都を滅ぼそうと公爵家へ向かうつもりだ。
きっとホルファート王国を滅亡させるまで止まらない。
「落ち着けアンジェ!!俺は無事だったから!!」
「私は充分落ち着いているぞリオン。どうしようもない愚物共を消し炭に変えてやるだけだ」
ちっとも落ち着けない言葉を放ちながら部屋を出ようとするアンジェを必死に押し留める。
ギュッと抱きしめるとアンジェが俺を抱き返す。
俺が原因で王家と公爵家の争いが勃発とか嫌過ぎる。
そんな事で歴史に名を残したくないぞ俺は。
アンジェの瞳から光が失せてる。
覚悟を決めて俺はアンジェにキスをした。
舌を絡めて呼吸すら止まるような激しいキス。
体を離そうと必死に振り回されるアンジェの腕を掴んで拘束しながらキスは止めない。
徐々にアンジェの瞳に光が戻り、抵抗する腕の力が弱まって俺の体に回された。
そのまま抱きしめてベッドに移動してアンジェを寝かせる。
「…………何をする気だ」
「いや怒ってたから冷静にさせようと」
「……私が怒ったらキスをするのかリオンは」
「言葉じゃアンジェを止められないだろ」
「まったく」
呆れたような声を出すアンジェの顔は優しげだった。
正気に戻ったらしい。
「馬鹿馬鹿しくて怒る気が失せた。とりあえず王家を滅ぼすのは保留だ」
「そりゃ助かる」
「こんな事を他の女にするんじゃないぞ」
「するのはアンジェだけだから安心して良い」
溜め息をつくアンジェは落ち着きを取り戻したように見える。
今日は目が離せないから抱きついて寝る。
下心は無いぞ、全く無いからな。
「昔を思い出した」
「昔?」
「婚約破棄されたあの時だ。あの時も怒りに我を忘れて失敗した。相も変わらず成長していないな私は」
アンジェが落ち込みながらそんな事を言った。
「失敗しなきゃアンジェは俺の嫁になってくれなかっただろうし、それで良いんじゃないか?」
「今さっき王都を灰燼に帰そうとした女がか?」
「アンジェが暴走しそうになったら俺が止めるよ。だからアンジェも俺を支えてくれ」
「仕方のない旦那様だ、それでこそ支えがいがあると思うか」
ようやく笑顔を取り戻したアンジェに安心する。
やっぱ惚れた女には笑って欲しいんだよ俺は。
その為なら王家も公爵家も敵に回せる。
アンジェの顔を見ながらぼんやり考えてると頬を紅くしてモジモジし始めた。
「それで、まだお帰りのキスをリオンにもらっていないのだが」
「今キスしたじゃん」
「あれはキスの範疇に入らない。ただ私の動きを封じようとしただけで愛情が込められていなかった」
「我儘な奥様だな」
「我儘な女は嫌いか?」
「嫌いだな、アンジェは別だけど」
アンジェの顎と頬に手を添えて唇を重ねる。
ようやくバルトファルト領に帰って来たと実感できる。
今日はもうこのまま寝よう。
アンジェの体を抱き締めながら俺はベッドに寝転んだ。
王都リオン編終了です。
今後は夫婦一緒に行動し始める予定です。
次章はアンケート結果を繁栄させたイチャイチャ回となります。(成人向け描写は此方に別途投稿します
https://syosetu.org/novel/312750/
実質二章投稿の文量、他作品の執筆、ストーリー構成の見直しを踏まえ次回の投稿は少し遅れて9月に上旬になる予定なのでしばらくお待ちください。
次々章からはアンジェとリオン以外の視点も交えて原作キャラも何人か増える予定なので気長にお待ちいただけたら幸いです。
追記:今章の挿絵イラストをぽんぬ様に描いていただきました。ありがとうございます。
ぽんぬ様:https://www.pixiv.net/users/57662780
ご意見・ご感想を戴けたら今後の励みにしたいと思います。