婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第3章 公爵令嬢と醜男貴族の契約

 別宅の中は思った以上に狭かった。

 下手をすれば王都にあるレッドグレイブ家の私の部屋よりも狭い。

 キッチンとリビングと執務室が一体となったような部屋には机と椅子とソファーが置かれている。

 私が椅子に腰かけている間、バルトファルト卿はキッチンで何かを始めた。

 包丁を持ち出して追い払うような真似はしないだろうか。

 

 失礼な事を考えてると周囲に何やら良い香りが立ち込める。

 バルトファルト卿に視線を向けると彼の手にはこの場に不釣り合いなティーポットとティーカップが握られている。

 ゆっくりとカップに紅茶を注ぐ姿は私が想像していた彼のイメージからほど遠かった。

 紅茶を注ぎ終えるとカップを二つ持ちながら私に近づいて来る。

 無言で手渡されたカップをよく見ると有名な工房で作られた品だった。

 おずおずと注がれた飴色の液体を口にすると芳醇な香りが鼻を通り温かな液体が喉を潤す。

 

 学園の生徒に価格の割に味が良いと評判だった銘柄の茶葉だった。

 僅か二年ほど前の出来事だが遙か昔のように感じる。

バルトファルト卿は私が紅茶を飲み始めた事を確認すると自身も紅茶を飲み始める。

 最後の一滴まで飲み干し視線を彼に向ける。

 

 まず目に付くのは顔の左半分を隠すように伸びた髪とその隙間からでも確認できる傷であった。

 母である男爵夫人から受け継いだと思われる整った顔立ちに左側頭部から頬にかけて広かる傷は痛ましさこそ感じられるが醜いと罵られるほどではないだろう。

 ただ目は視線が合った者を竦ませる鋭さであり、気が弱い者が見つめられたら卒倒しかねない。

 簡素な部屋着の胸元や袖から覗く肉体は鍛えられた兵士のそれだった。

 バルトファルト卿は紅茶を飲み終えると私の前にゆっくりと手を差し出す。

 何の仕草かと逡巡し、握っていたカップを手渡すとそのままキッチンへ向かった。

 茶器を洗う彼を目の前に何と話しかけるかと戸惑っていると振り向いた彼がポツリと呟く。

 

「それで、何しに此処へ来たのお前?」

 

 口から発せられる声は容姿にそぐわない年相応の若者の声。

 ざっくばらんな口調は優秀な兵士というよりは反抗期の少年を連想させる。

 

「貴方と縁談が持ち上がったので訪ねてまいりました」

 

 初対面の女性である私を『お前』呼びした事実に些か苛立ちつつも冷静に返答する。

 

「またか、父さんと母さんもいい加減に断れば良いのに」

 

 洗い終えた茶器を棚に仕舞った彼は椅子に腰かけて挑発するような視線を私に向けた。

 

「レッドグレイブ家ってのは王都の大貴族様だろ?そんな由緒正しい家のお嬢様を俺みたいな成り上がり者と婚約させたいとかどんだけ俺を利用したいんだよ」

 

 下卑た口調で発せられる露骨なまでの挑発は容赦なく私の心を苛む。

 

「バルトファルト卿、レッドグレイブ家は貴方を軽視している訳ではありません。国を護った英雄に対し敬意を払うからこそ…」

「違わねぇよ!!」

 

 私の言葉は彼の怒声によってかき消された。

 

「前線で俺達が死に物狂いで戦ってる最中に王都で下らない椅子取りゲームに明け暮れやがって!!王都から一歩も出ない癖に威勢が良い言葉ばっか吐いて公国軍と内通して機密情報を売り渡す!?兵士が何人死んだか分かってねぇだろ!!俺達が必死で戦って敵を追い払った後に来たお偉方が仲間達の死体の上で綺麗事を口にする光景を見た事があるのか!?」

 

 何も言い返す事が出来なかった。

 彼が居たのはこの世の地獄。その光景を知らぬ者の言葉は怒りの炎に焚べる薪にしかならない。

 

「心の中じゃ成り上がり者と蔑んでる連中が俺を利用する為に娘を生贄として捧げる悍ましさが分かるか。おまけに親が親なら娘も娘だ。『結婚して()()()』?要らねえよ内面ブスの嫁なんか。お前らと結婚するなら銃で自分の頭を撃ち抜く方がマシだ」

 

 そう呟きながら幾度も蹴りあげられた机から数冊の本が落ちる。

 暴れた事で気が紛れたのだろうか、息を切らせたバルトファルト卿はソファーに座り天井を見上げる。

 

「もうウンザリしてるんだ。戦場も、傷の痛みも、縁談も、生きる事も」

 

 その言葉は深い悲しみに満ちていた。

 

「…明日には王都に戻る手配を済ませておく。さっさと屋敷へ戻れ」

 

 扉に向けられた指は震えていた。

 何も出来ぬ自分にもどかしさを感じながら扉を開くと太陽が沈みかけていた。

 

「…帰れません」

「なに?」

 

 私の言葉を聞いたバルトファルト卿はひどく間の抜けた声を出した。

 

「日が暮れてしまったので屋敷に戻れません。今日は此方に泊まっていきます」

「何を言ってんだお前」

 

 心底呆れられ絶対零度の視線で睨まれる。

 

「年頃の御令嬢が初対面の男の家に泊まるとかありえないだろ?」

「見知らぬ土地を闇の中で不用意に歩き回る方が危険です。それともバルトファルト卿が屋敷まで送り届けてくれますか?」

 

 露骨に嫌な顔をされるが気にしない。

 

「お前が帰らなきゃ俺の家族が心配して誰かを使いを寄越すさ」

「戻らなくても心配しないよう言っておきました。御両親からは『息子は女性を襲う度胸が無いから安心して良い』と言付かっています」

「お前は最悪な女だ!!」

 

 先程までと違った口調になったバルトファルト卿の姿に込み上げる笑いを必死に抑える。

 

「マジ信じらんねぇ!今までいろんな女に出会ったけどお前が性悪暫定一位だわ!誇って良いぞその性格!俺の人生でここまでやり込められたの初めてだよ!」

 

 随分と嫌われたらしいが気にしない事にする。

 その後も数分間に渡ってさまざまな罵声を浴びせられたが子供の口喧嘩レベルの罵り言葉だった。

 やがて諦めたように大きな溜め息をつくと別宅の隅に顔を向ける。

 

「書斎にベッドが置いてある。今日はそこで寝ろ」

 

 そうして覗き込んだ書斎には本棚と簡素なベッドが部屋の大部分を占め床が見えないほど狭い。

 

「貴方は何処で眠るのですか?」

「ソファーで寝るさ。戦場じゃ土や木や岩の上で寝た事もある」

 

一つしかないベッドを奪った事実に申し訳なさを覚える。

 

「さっさと寝て明日は屋敷に戻れ、それで縁談は終わりだ」

 

 そう言うとバルトファルト卿はソファーに横たわった。

 書斎に入り何冊かの本が置かれているベッドの上に腰かけた。

 『領地経営 序論』『浮島に於ける食用植物の育成について』『戦術学 入門』

 別宅に引き籠ってこそいるがちゃんと領主としての務めを果たす気はあるらしい。

 戦争で出世した者は貴族になった事で有頂天になり初歩的な詐欺に引っ掛かったり自身が嫌っていた放蕩貴族と同じ行動を取る輩も珍しくない。

 領地に赴かず王都で命令を下し現状把握すら覚束ない者に比べたらバルトファルト卿は領主としての義務感を感じて学ぶ気概があるだけ有望だ。

 

 もっともこうした理論を学ぶだけで上手くいくほど領地の経営は甘くない。

 本の傷み具合や奥付から見ても最低でも十年以上前に発行された物ばかりなのが気にかかる。

 書かれた当時には合法でも現在は法で禁止された行為や物品、新しく生まれた効率が良い手法は数多い。

 

『このままではバルトファルト領の経営は破綻する』

 

 そんな事を考えながら目を閉じると徐々に眠気が襲ってきたので私は意識を手放した。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 何か物音がしたのでゆっくりと体を起こす。

 見慣れない室内に此処が何処かしばし混乱するも意識が覚醒していくとこれまでの事が脳裏に浮かぶ。

 慣れないベッドで寝たせいか些か体の節々に痛みを感じるし疲労もあまり取れていないようだ。

 ゆっくりと体を起こしながら窓に目をやると地平線が赤く染まっている。

 まさか本当に一晩寝続けるとは思わなかった。

 

 時間を経過を自覚した瞬間、急速に空腹感が襲ってくる。

 バルトファルト卿が淹れた紅茶を飲んでから何も口にしていない。

 かと言って食事を強請るのも気が引ける。

 何か食べ物を携帯してくれば良かったと後悔した所で今更だ。

 足音を立てないようにゆっくりリビングに向かう。ソファーの上には毛布が畳まれていた。

 本当にバルトファルト卿はソファーの上で夜を過ごしたらしい。

 相手に借りを作るのは交渉に於いて譲歩する切っ掛けになる。

 己の無能さに呆れながらテーブルを見ると布がかけられた山が目に入る。

 側に添えられたメモには『メシだ 食いたきゃ食え』というぶっきらぼうな文字が綴られている。

 布を捲るとパン、サラダ、焼いた肉、スープといった品々が並んでいた。

 それを見た途端に内臓が収縮し始めて生物的な音を発し顔が熱くなる。

 この場にバルトファルト卿が居なくて本当に良かった。

 椅子に座り食前の祈りを捧げ料理を口にする。

 冷めてこそいるが調味料が程好い塩梅で手が止まらない。

 気付いた時には全ての皿が空になっていた。

 公爵家の令嬢に相応しくない振る舞いかもしれないが許して欲しい。

 人心地が付いて窓から外を見ると微かに動く小さな影が目に付く。

 この領地の主だった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「おはようございます、バルトファルト卿」

 

 近づいて首を垂れる。

 バルトファルト卿は私を見る事もなく作業を続ける。

 少しでも彼を見直した私が愚かだったか?

 さらに歩を進め彼の真後ろに立つ。

 

「お! は! よ! う! ご! ざ! い! ま! す!」

「…おはよう」

 

 不貞腐れような表情で私を睨み返すがそんな顔をされて引っ込むほど私は繊細ではない。

 

「まだ帰ってなかったのか?」

「お礼の言葉がまだでしたから」

 

 そして優雅な仕草で再度首を垂れる。

 

「細やかなお心遣い感謝の念に堪えません。誠にありがとうございます」

「嫌味かよ」

 

 呆れたような声だが気遣ってくれたのは事実だし感謝の気持ちも本物だった。

 

「バルトファルト卿は早朝から何を?」

「畑仕事さ」

 

 そう言い放つと再び作業を再開する。

 

「御両親からお聞きしました。以前のバルトファルト家は当主自ら農作業をしなければ成り立たないほどだったと」

「仮にも貴族なんだから家の恥を晒すなよ…」

 

 自分の両親の行いに呆れたらしい。

 

「もともと半農みたいな貧乏貴族がバルトファルト家さ。だから性根がどうしても貴族向きじゃない。俺が出世したから余計な気苦労や事務処理を押し付けて悪いと思ってる」

 

 どうやら今度はきちんと会話をする気があるようだ。

 

「軍人になって金を貯めたら田舎に引っ込むつもりだった。手柄を立てたせいで欲しくもない爵位と領地を押し付けられて迷惑なんだ。俺はのんびり暮らしたいだけなのに」

 

 作業を止めると地面に座り胡坐をかく。その目が私という人間を見定めるように細まる。

 

「やらなきゃいけない事は山ほどある、なのにどうすれば良いかは全然わからない。こんな状況でも俺の名声や財産を狙う奴らは後を絶たない。ついにはレッドグレイブ家の御令嬢が来るとは笑えないね。俺に何をさせたいんだよ?」

 

 彼自身も環境の変化に戸惑っているのだろう。別宅の周囲に築かれた堀や柵は彼自身を護る為に作られたのかもしれない。

 そして彼は私に問いかけている。『俺をどうしたいのだ?』と。

 

「バルトファルト卿がホルファート王国に叛意を抱いてないか。最大の関心はそこです」

 

 下手に隠して不興を買うよりも誠意を以って真実を告げる方が良い。

 そもそも私は腹芸が苦手な質だ。

 

「現在の王国は非常に苦しい状態です。国力の回復に長い期間をかけねばなりません。なのに中央貴族と地方領主の対立は深刻化しています。この状態で他国の干渉を受ければ滅亡は必定」

「………」

 

 バルトファルト卿は小刻みに体を揺らす。黙っているがその鋭敏な頭脳を働かせているのは明瞭だ。

 

「この縁談の目的はレッドグレイブ家が地方領主と争う気がない事の証明、同時に実力がある貴族に恩を売りつけ派閥に引き入れるのが狙いです。」

「政治好きなお偉いさんが考えそうな事だな。結局は俺を盤上の駒としか見ていない」

 

 皮肉な物言いだが事実は事実だ。

 

「派閥を強化する為には自分の娘を差し出すのも躊躇わないってか。自分の娘を道具か何かだと思っていやがる」

 

 私を見つめる瞳が微かに揺らぐ。もしかして憐れんでいるのか?

 ほぼ平民に近い育ちのバルトファルト卿には理解してもらえないだろうが貴族は本来そういう存在だ。

 家柄を保つ為なら親兄弟でも平気で切り捨てる。残すべきは個ではなく全。

 

「今の所は王国に背く気は無いよ。攻めてくるなら容赦しないけど。だから帰れ」

 

 そう言って彼は話を切り上げようとした。

 

「貴方の領地経営は失敗しますよ」

 

 私の発言に彼は動きを止めた。

 

「…どういう意味だ?」

「そのままの意味です。書斎の蔵書は経営に関する物ばかり。御自身も先程『どうすれば良いかは全然わからない』と仰っていたではありませんか。聡明なバルトファルト卿なら既に自覚されているものかと」

 

 無礼極まる発言だがこれ位の事を言わなければ私の話を聞かないだろう。

 

「バルトファルト領の開拓は小規模だから成り立っているに過ぎません。規模を拡大する為には圧倒的に人員も道具も足りてない。失礼ながらご家族は領地経営に必要な技能を習得しているように見えません。領民が増えねば開拓は進まず、事務や経理に長けた者がいなければ経営は成り立ちません」

 

 これでも厳しい王妃教育を受けてきたのだ。統治経営分野ではバルトファルト卿より私の方に一日の長がある。

 

「その不足分をレッドグレイブ家なら担えると?」

「造作も無き事かと」

 

 不機嫌そうに眉をピクピクと動かし顔を歪めるバルトファルト卿と対照的に私は笑みを浮かべる。

 今の私は噂通りの狡猾な悪女に見えるだろう。

 

「俺に求める物は?」

「ホルファート王国に叛意を抱かない、有事の際には必ずレッドグレイブ家の味方となる。その二つだけです」

 

 座り込んだまま逡巡し始めるバルトファルト卿。

 これが人員の多い大貴族なら幾らでも相談できただろう。

 だがバルトファルト領において彼以上の才覚を有した者は存在しないはずだ。

 彼一人で領地の全てを決定しなければならない。

 誰と手を組み如何にして領地を護るか?常に選択を迫られるのが貴族であり領主という存在だ。

 

「罠に嵌められた気分だ。軍人向きだよお前」

「お褒めに預かり恐悦至極」

「分かったよ。レッドグレイブ家と手を組む。ただ嫁は間に合ってると伝えてくれ」

「私は御眼鏡に適いませんか?」

 

 やはり私は女性としての魅力に欠けているのだろうか?

 

「公爵家のお嬢様なんて俺には不釣り合いだよ。こんな美人なら尚更だ」

「あ、ありがとうございます」

 

家族以外に容姿を褒められたのは初めてだ。なんとも面映ゆい気持ちになる。

 

「リオンだ」

「え?」

「名前呼びで良い。敬称で呼ばれると尻が痒くなる。あと敬語も禁止」

「爵位持ちの御方にそのような口の利き方は無礼にあたるかと」

「俺が許すから良いんだよ。同年代の女の子に敬称で呼ばれると俺個人じゃなくて肩書きを見られてる感じで気が滅入る」

 

 今までの縁談相手はそんな令嬢ばかりだったのだろう。些か憐れだった。

 

「分かった、これで良いか?」

「上等、ビジネスパートナーとしてよろしく頼むよアンジェリカさん」

 

 そう言ってリオンは右手を差し出す。

 軍務と農作業によって掌の皮が厚く節くれ立ち土に塗れた手を私は握る。

 

「こちらこそよろしく頼むリオン」

 

 そうして私と彼の奇妙な契約関係が始まった。




やさぐれリオン爆誕。
恋愛ゲームにおける過去のトラウマ持ちキャラとして造形しました。
転生者じゃないので捻くれてない普通の若者がツラい体験で歪んでしまったイメージ。
二人称をキツくしてやさぐれ感を表現。
人がいない土地の一軒家で自給自足してる荒んだ貴族って女性向け作品に多いですね。
そうした人物のモブせかverとお考え下さい。
まだ作中時間で20歳そこそこなのに荒み過ぎかな少し反省中。
冒険者を尊ぶ国の令嬢が夜道程度に怖気づくかな?と思いましたが非武装・知らない土地・夜の闇なら無理に行動しないと自己補完。
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