婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
私を呼ぶ声がする。
優しいお父様、綺麗なお母様、そして大好きなお姉様。
私を見つめる穏やかな瞳に安心する。
これは在りし日の記憶。
過ぎ去った過去の残滓。
そう思いながらもこの夢を見続けるのを止められない。
どうして人は喪ってその人が自分にとって如何に大切な人だった事に気付くのだろう。
あの蒼く晴れた日の穏やかさを。
あの冷たい夜に触れた手の温かさを。
もう訪れる事の無い安息の日々。
記憶に遺るその人々を懐かしみながら変わらぬ人形のように愛でるしか出来ない。
あの人達に会う時、私はいつも小さい頃のままだ。
戯れる私とお姉様を見るお父様とお母様はとても幸せそうに微笑む。
頭に何かが触れたから顔を上げるとお姉様が優しく私を見つめていた。
『 』
お姉様の口が動いて何かを呟いたけど、その言葉が私の耳に届く事は無かった。
聞き返そうとする私の頭に置かれていたお姉様の手が離れた瞬間、世界が暗転する。
あぁ、またあの光景だ。
これが夢だと分かっていても覚める事は許されない。
貴き血脈が罪の歴史と言うのなら総ての王侯貴族は血と鉄と死に彩られている。
私は罪を犯した、故に私の魂に安息は訪れない。
在りし日の美しい面影は私の心を苛む刃となり私自身を傷付ける。
上向いた顔に何かが落ちてくる。
粘性が高く酷い匂いのそれはお姉様の顔から滴り落ちていた。
目、口、鼻、耳。
お姉様の美しい顔のありとあらゆる穴から赤黒い何かが溢れている。
それが血だと認識した瞬間、張り裂けんばかりに悲鳴を上げたのに私の口から発せられたはずの声は鼓膜を揺らす事はなかった。
まるで空いた穴のようにお姉様の顔から血が溢れ続ける。
その光景に恐れ慄いてお父様とお母様がいらっしゃる方角へ手を伸ばす。
御二人は地に倒れ伏していた。
紫色に変色し膨らんだ体は生気を欠片も宿していなかった。
よく見ると御二人の体の表面を蠢く白い何かが居た。
必死に目を凝らすとそれが屍肉に集る蛆の群れだと理解した瞬間、激しい怒りがこみ上げた。
離れろ お父様とお母様に触れるな 御二人を穢すな
そんな私を嘲笑うように蛆の群れは姿を変え黒い蠅ととなって空間を埋め尽くそうとする。
這うように逃げる無様な私の目の前を二本の細い脚が遮った。
『 たすけて おねえさま 』
そう呟いたはずなのに、やはり私の声は喉から出ない。
私の無様を慰撫するようにお姉様の御顔が優しげに歪む。
差し伸べられた手に縋ろうと必死に伸ばしあともう少しで届く距離に近付いた瞬間、お姉様の体に火が灯る。
そうだ、思い出した。
『おねえさま おとうさま おかあさま いない』
私の家族はみんな居なくなってしまった。
心が寂しさだけで満たされる。
どれだけ泣き喚いても追い縋っても私はたった一人。
夢の世界に逃避しようとしても寂寥感の前に打ち砕かれ。
現実を受け止めようにも罪の重さに苦しめられる。
救いは無い、安息が訪れるなど永劫ありえない。
それだけの罪を抱えて私は此処にいる。
ファンオース公国とホルファート王国の二度に渡る戦争は王国の勝利で終わった。
両国共に多大な犠牲を払った代償はファンオース公国の解体。
旧公国の所有する領土・資産・軍事力・技術・民衆それら大部分が王国に接収された。
僅かに残った部分を集めた結果としてホルファート王国内に於ける新たな公爵家として存続が許された。
尤も存続が許されたからと言って平穏無事に済む筈はない。
王国に支払う賠償金は百年単位の返済期間が設けられ、公爵家とは言っても王国の政治に関与する事は許されない。
多くの公国貴族が処罰・没落の憂き目となり、国民も奴隷扱いこそ免れたが行動を制限をされる。
公王家の直系である私が処刑されなかったのは慈悲ではなく単に王国の都合だ。
今のホルファート王国は内乱を止められるだけの力を持っていない。
いや、ホルファート王国ではなくホルファート王家と言った方が正しい。
戦争はお金がかかる。
数年間の国家予算を費やして人も資源も大盤振る舞いで消費し殺し合い潰し合う。
仮に勝利しても国力を回復する為には戦争前と同じだけの人材が育つまでの期間と倍近い資金が必要となる。
五年も経たない間に二度も戦争が起きればその被害は王家だけに留まらない。
損害を被った王国貴族の王家に対する忠誠心は如実に下がっている。
その上で公王家唯一の生き残りである私を処刑すればどうなるか?
元公国民の反発を招き民衆の諍いが増え各地の貴族達が巻き込まれるだろう。
ただでさえ私を生かすのに賛成派と反対派で意見が割れている。
これ以上の面倒事を抱えたくないホルファート王家は苦渋の決断として私を生かし利用する事を考えている。
尤も今の私は自分が生かされている事に感謝などしない。
寧ろ命を絶つ手段すら奪われ虜囚として監禁同然の生活を押し付けられているのに憤りすら感じていた。
さっさと命を絶てば楽になれるのに。
私を生かすのは戦勝国の都合と敗戦国の君主としての僅かな矜持とお姉様が遺した遺言が原因だった。
自分の生き死にすらままならないのが君主という存在だけど、他人の都合で無理やり延命されるのは業腹な状況だ。
いつか誰かがこんな私を救ってくれると幻想できるほど私はお気楽でも夢想家でもなかった。
「ユリウス殿下がお越しになります」
若い侍従が先触れとして部屋を訪れ必要最低限の連絡を告げて帰った。
その視線から私を蔑む気持ちがありありと伺える。
まぁ仕方のない事だ、私は敗戦国の君主であり生殺与奪の権利は相手側が握っている。
今回の戦争で家族・友人・恋人を喪ったホルファート王国の民ならば私を殺したくて仕方ないだろう。
王都へ護送中に襲撃を受け、数回食事に毒を盛られた。
いっそ命を奪ってくれて構わないのだが私の強運が為せる業なのか、それとも意地の悪い神の仕組んだ罰なのか。
どちらにせよ、嘗ての敵に生かされ醜態を晒し続ける事が今の私に課せられた役目だった。
王宮の一角にある貴賓室にも似たこの部屋は罪人を閉じ込める為に作られた監獄だ。
罪を裁き処刑するのには名と顔が知られ刃を向けるのを憚られる者を幽閉させる華美の中に冷徹さを潜ませた部屋。
そんな場所に王と王妃の第一子が訪れるなどまずありえない事態だ。
第一王子が訪れるからと言って私に出来る事など何一つない。
手枷を嵌められ寝る時はもちろん用を足す時すら女の使用人が四六時中監視されている私が自発的に何かを為せる訳がない。
精々が王子の不興を買い後で嫌がらせを受けるのを回避する程度しか出来ないが、お姉様の命を奪った奴儕共に媚びを売るほど私は落魄れてはいない。
「ユリウス殿下の御成り~!」
室内の私を威嚇するような声量で王子が来た事が告げられる。
こんな監禁部屋に閉じ込められた私を王子が訪ねたという事実の方が恥だろうに、つくづく王国の従者達は主の顔に泥を塗るのが得意な愚鈍な者ばかりだ。
扉が開き一人の男が入室してきた。
青みがかった髪に整った顔立ちは多くの女性を魅了する造形であり、引き締まった体は服の上からでも鍛えられている事が察せられる。
尤も私に対してそれらの要素は全くの意味を為さない。
誰が姉の仇を褒め讃える? 誰が己の命を絶つ手段すら奪った相手に感謝する?
荒れる心中を隠して会釈を行う。
もう誰とも心を通わせないまま生きようと覚悟を決めた私にとって幾度も訪ねて来るユリウスは大きな苛立ちの一つだ。
「……気分はどうだ?」
「最悪ですね、こんな物を付けさせられて無理やり生かされているのに見たくもない顔が会いに来るのですから。これが王国流の拷問でしょうか?」
「扱いについては君が大人しくすれば改善できる。これまで目を離した隙に命を絶とうとした回数を憶えているか?」
「処刑したらその煩わしさは無くなります。王国は無駄な事に労力と資金を割くのがお好きなようで」
嵌められた手枷を音を立てながら見せつける。
魔笛によって召喚した超大型の魔物を倒された直後、己の命を代償に再召喚を目論んだ所で私は聖女とその仲間達によって拘束された。
それから私は虜囚として王宮の一室に監禁されたままだ。
もう生きるのに未練も無かった私は幾度も自害を試みた。
食事用のナイフとフォークや陶器製の皿を喉に突き立てようして止められ、入浴や用を足すと監視の目が緩んだ隙に首を吊ろうとして邪魔をされ、家具や壁に勢いよくぶつかって頭蓋を割ろうとして抑え込まれた。
今では日常で使う物は木製か樹脂製で一日中監視される状況。
食後には薬を飲まされ自死する気力すら奪われる。
もう生に未練など無いのに敵国の都合で生かされる醜態を晒し続けるならいっそ処刑される方が公国最後の君主として遥かに誇らしい最後だろう。
「……旧公国貴族達の処遇が決まった。確認して欲しい」
そう言って人名が列挙された書類を渡される。
目を通して見ると私を筆頭に公国貴族の名前、役職、罪状、刑罰が記されていた。
戦勝国として公国貴族は全員処罰されるかと思いきや、意外な程に処刑される者は少ない。
主君である私を見捨てて国外逃亡を企てた悪徳貴族や物資を横流ししていた軍人など悪逆非道な者達は貴族位の剥奪と財産没収と当主の処刑が科されるが、大半の者は降爵、公職罷免、賠償金の支払い程度の軽いものだ。
少しだけ安心した。
お父様達を傀儡として扱い利用し命すら奪った輩共を道連れに処刑されるなら本望だが、純粋に愛国心や公王家への忠誠心から行動した者達まで処刑されるのは心苦しかった。
愚かな君主に従わされ謂れなき中傷を受ける民の苦難を思えば私の罪悪感など鴻毛と同然の軽さだが。
「不服な点が一つだけ。私の処罰が抜けています。この戦争を引き起こした元凶として処刑される事を強く望みます」
「陛下と妃殿下はこれ以上の流血を求めていない。俺も君を捕らえた身としてはむざむざ死なれては後味が悪い」
「傲慢ですね。これからホルファート王家の血を引く者と無理やり娶せられ国としての尊厳を徹底的に凌辱される光景を見せつけられるなら縊死した方が君主として相応しい散り様かと」
私の処遇は早々に決まっていた。
ファンオース公国はホルファート王国に併合され公爵領となり、私の夫となる者がファンオース公爵となる。
公爵の地位に叙されるのは王家の血を引いた者に限られる。
ホルファート王国の王子の何れかに私を娶せ、私の産んだ男子を次期公爵に据える。
王家と大公家の血を受け継ぐという建前の下にファンオース公国という存在はホルファート王国の一部と化す。
そして私の結婚相手として最有力視されるのがユリウス・ラファ・ホルファートだ。
レッドグレイブ公爵家との婚約破棄によって王位継承者としての序列は最底辺にされた、同時に私達との戦いで上げた武功は無視できる物ではない。
王には不適格、かと言って正室である王妃が産んだ第一子を無位無官にしたのではレパルト連合王国から嫁いで来た王妃の面目が潰れ同盟に支障が出る。
ならば最上位の貴族として臣籍降下させ中央への参政権を持たせないのが一番都合が良い処遇となる。
私を単なる子を産む道具として扱い、子が何人か生まれた後なら生かす必要も無くなって人知れず殺されるだろう。
王国上層部の見え見えの思惑に吐き気すら湧き上がった。
「今日訪ねた用件は今後の処遇についてだけじゃない。君から直接聞きたい事があったからだ」
「尋問する気ならさっさと拷問部屋にでも連行してください。爪を剥がされようか皮を剥がされようが喋るつもりはありません」
既に話せる事柄は全て喋り尽くした。
この王子にどれだけの情報が流れたかは知らないが私に直接尋ねるよりも担当の者に聞いた方が手間はかからないだろう。
ユリウス王子が手を上げると室内に居た全ての者が視線を向ける。
「皆、私が命じるまで下がれ」
「殿下、そう言われましても……」
「下がれと言った、聞こえないのか」
毅然とした態度で部下達の退去を命じる。
私の世話係や王子の護衛が訝し気に見つめる中で動じる事無く睨み返す。
納得できぬまま部屋に居た者全てが部屋から去ると無音の室内に私達だけが取り残された。
「……公国貴族の主戦派の殆どが処罰される。徹底抗戦と唱えたのに逃亡を図った卑怯者の大半は処刑される」
「それなら私も処刑するべきですね。身分の貴賤によって罪の軽重が変わるなど法に基づいた裁きではありません」
私が生かされているのは単なるホルファート王国の都合。
王国にとっての利用価値で罪状が決められるのならそれは公正な裁きではない。
罪の重さを問えば一国家の君主だった私の責任こそ真っ先に問われるべきだ。
「君を処刑しろと息巻く王国の者も多かった。だが、処刑した場合に起きる問題を母上が説明して事を収めた」
「公女を処刑すれば指導者を喪った旧公国民は団結し腰の曲がった老人から町で戯れる子供に至るまで徹底抗戦するでしょう。さらに敗戦国の王族を一方的に断罪すればホルファート王国に国際的な批判が集中する。ただでさえ崩壊したアルゼル共和国がきな臭いのに諸国から追及される口実をわざわざ作る訳にはいかないと」
「……その通りだ」
王国首脳部の方針は私が導き出した答えではなく私の尋問に立ち会ったミレーヌ王妃が直々に喋った内容だ。
敢えて私を生かす事でホルファート王国の寛容さと広め、私を王族と結婚される事で旧公国領を実質的に王家の直轄地として管理する。
如何にも奸智に長けた悪辣な王妃の思い付きそうな案に苦笑がこみ上げる。
尤もホルファート王国、いやホルファート王家が弱体化していなければ私は有無を言わさず戦争犯罪人として処刑された筈だ。
こんな屈辱を味わうのなら生かされた現状が幸せとはとても言えないが。
「そもそも公王は穏健派だったと調査して判明した。君達姉妹も戦争の承認を最後まで渋っていたと聞き及んだ。それは本当なのか?」
「公王夫妻を主戦派貴族が暗殺したという話ですか?噓偽りない事実です。私が全てを知ったのは家族全員を喪った後でしたけど」
初代公王の手によって王国からの独立を果たしたのがファンオース公国の始まりだ。
公国の歴史は王国との争いの歴史と言い換えても差し支えない。
国境の小競り合いは数え切れぬほど行われ、その度に少なからぬ人的被害を出し国家の予算を圧迫し続けた。
お父様とお母様はその状況を憂慮なさっていた。
血と憎しみの連鎖を断ち切り、王国との共存共栄の道を模索し始めていた。
その穏健派としての活動が主戦派には弱腰の君主として映ったらしい。
王国との関係修復に力を注いでいたのに臣下の裏切りにあってしまった。
余計な知恵を持っておらず公王家に継承される魔笛を使用できる女子が二人も居るのなら意に添わない君主など無用の存在だった。
その結果、お父様とお母様は事故に見せかけて命を奪われた。
遺された私達姉妹を助けようと思う公国貴族など殆ど存在しなかった。
「お父様とお母様は外交による二国間の関係修復を願っていました。幼い私には御二人が何をなさっていたかまでは理解できませんでしたけど。貴方達は罠だと決めつけ全く相手にせず、公国の貴族達は裏切り者として命を奪った。誰よりも平和を望んだ者が争いを望む者達によって非業の死を遂げる。聖女が掲げた二国間の和平などとっくの昔に行われています。最初に差し出された手を払ったのは貴方達ですよ」
私の言葉を噛み締めるように聞き入るユリウス王子。
学生の考えるような解決論を実際に地位と権力を持つ者が試してない筈が無いでしょうに。
「遺された私達は表面上だけは敬われていたけど実際には体のいい傀儡君主でした。君主として振る舞おうにも実権を握った主戦派の貴族に刃向かえる訳もありません。貴族と民が戦を望むのなら君主といえどその声を無視する訳にはいきません。そもそも私達は互いに人質を取られているのですから逆らえる筈もありません」
「人質?」
「私にとってはお姉様、お姉様とっては私が人質です」
要求に応えなければもう片方がどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。
何より奴らは君主であるお父様を既に手に掛けた。
小娘が一人加わった所で今更だろう。
「主戦派の貴族にとって私はお姉様を操る為の道具です。如何に争いを拒んだ所で私達の両方が魔笛を扱えますから、片方が命令を聞かないのならもう片方を使えば良い。命令に聞かない方を人質に脅せば無理やりにでも従わせられましょう。どちらが君主なのか分かった物ではありませんね」
過去の自分を振り返れば笑わずにはいられない。
君主とは名ばかりで臣下に操られる小娘二人。
義務と責任は押し付けられ、権力も財力も何も無い憐れな傀儡。
それが私達だった。
今思えばお姉様は私をそんな檻から解放するのに必死だったのだろう。
王国との戦争に勝てばこの境遇から抜け出せる。
そんな筈は無いのに、在りもしない希望に縋ってしまった。
「お姉様も薄々はホルファート王国との戦争に大義など無い、戦争自体が無意味だと気付いていたのでしょう。それでも戦争に勝たなければ公王家の存在など必要ないとご自分は勿論妹の私も殺されると確信していた。既に公王であったお父様が殺されたんですもの。主戦派に躊躇いなど今更ある筈もありません」
「……」
ユリウス王子は黙ったままだ。
王国にとって公国は打ち倒すべき侵略者であり、同情の余地すら無い悪党とでも思っていたのか。
もしもそうならふざけた話だ。
少なくても公王家の者は誰も戦争など望んではいなかった。
お父様も、お母様も、お姉様も、私も。
「日に日に憎しみの矛先を王国へ向けるお姉様を見続けました。必死に『どうかお止めください、そのような事をしても何の益もありません』と御止めしました。笑えますよね、お姉様は私を救うのに必死でした。それなのに私はお姉様の御心を理解していなかった。お姉様が戦争を望んでいる主戦派になったと信じ幾度も心無い言葉を投げつけました」
私は何も見えていなかった、私は何も知らなかった。
お姉様はただ私を護ろうとしていただけ。
たった一人の家族を生かす為に護ろうとしてる妹に罵られても必死で耐えていたのだ。
「五年前のあの日、沈みゆく艦の中からお姉様は逃げ出しませんでした。公国に逃げ帰ってもどんな処遇を受けるか分からなかった。責任を取らされ今度は自分が人質になり私が傀儡の君主になるのを恐れたのでしょう。魔笛を信用できる部下に渡し救命艇で逃がしました。最後の御言葉は『ごめんねラウダ、情けないお姉ちゃんでごめんなさい』ですよ。私の身を案じ続けたお姉様の末路がこんなだなんて私は決して認めません」
諦観に支配されていた私の心に炎が宿る。
認めない、決して認めるものか。
「形見の魔笛は手渡されましたがお姉様のご遺体は見つかりませんでした。死して漸くお姉様はその責務から解放されたのです。公王家唯一の生き残りとなった私は指導者となって初めてお父様とお母様の思惑、そしてお姉様が如何に戦って来たかを知りました」
真実を知った私の心に宿ったのは己が身を灼き尽くして尚世界を呪い続ける怨嗟の炎。
お姉様が愚かな小娘と貶められるのも、お父様とお母様が現実が見えてない夢想家と嘲笑われるのも。
私は決して認めない。
ファンオース公国の民もホルファート王国の民も決して争いを止めようとしない。
いつまで経っても殺し合いを続け、平和を望む者を異端者として排斥する。
お姉様の命を奪ったホルファート王国の鬼畜共。
お父様とお母様を弑したフォンオース公国の愚民達。
ならば貴様達の望み通り双方が死に絶えるまで殺し合えば良い。
その為に必要な物事は総て成し遂げて見せよう。
皮肉な事に私にはそれを成し遂げられるだけの才能と力があった。
私の魔笛を操る力はお姉様を凌ぐ。
もし私がお姉様の代わりにホルファート王国との戦争に参陣していたらファンオース公国の勝利で戦争は終わりお姉様も存命されていたかもしれない。
総てを取り溢した後に己の才能に気付くとは神も意地が悪い。
悲劇の公女として周囲の同情を誘い、君主として民衆の戦意を煽り、魔笛で地獄への行進曲を奏でる私も怪物だった。
結果としてホルファート王国に大打撃を与えたものの、またも聖女達に阻まれ私は捕らえられた。
「どうして真実を話さなかった?もし知っていれば力を貸せたかもしれな」
「お姉様の命を奪った者に媚び諂い協力を乞えと!?侮辱するのも大概にしなさい!」
本当にうんざりする。
どいつもこいつも力を貸して欲しかった時には耳を貸さなかったくせに、全てが終わった後に訳知り顔で人格者を気取りもっと良い道があったのではなどと必死で生きて来た私達を愚者扱いする。
お前達が思いつくような案などとっくに考えている。
それでも私達はこの道を歩くしか出来なかった、選べなかった。
「お姉様を単なる侵略者の親玉としか思っていなかったお前達が『妹を助けたいから力を貸して欲しい』と言われた所で信じたのッ!?戦場から遠く離れた公国で人質になっていた私を救出できたとでも言うの!?驕るなユリウス・ラファ・ホルファート!英雄などと誉めそやされ自分が全能とでも思い上がったか!!」
堰を切ったように憎しみの言葉をぶつける。
あぁ、そうだろう。
お前達は確かに英雄だ、国を護ったと褒め讃えられる存在だ。
それでも私にとっては残った唯一の家族を奪った殺戮者に過ぎない。
「『こんな事をしても無意味』?『お姉様は喜びませんよ』?聖女様のお好きな美辞麗句ね。貴方達に家族を奪われた者全員の前で同じ事を呟ける?争いなど公王家は誰一人望んでいなかった。貴様らがそんな綺麗事を口に出来るのは戦に勝ったからよ。もし、あのまま公国が勝利していたら私はお前らの首を斬り落とした後に骨が砕け散るまで大罪人の首級として晒し続けるわ」
「俺達がヘルトルーデを殺したのは紛れもない事実だ。だが、聖女を罵るのは止めてくれ。彼女は本当に争いを止めたかっただけなんだ」
「その争いを止める為にお姉様は殺された。聖女達によって。今更綺麗事を吐かないで、不愉快だわ」
清濁に分けられるほど政は単純ではない。
そんな事は王族として育てられた時点で知っている。
それでも尚、綺麗事を吐く目の前の男が癇に障った。
「……今日はもう引き上げる。だが最後に教えてくれ。聖女の擁立について公国はどの程度関与していたんだ?」
ユリウス王子の問いの意味が分からず困惑する。
ファンオース公国とホルファート王国戦争に於ける最大のイレギュラーが聖女オリヴィアの存在だ。
彼女の存在がホルファート王国を救い、ファンオース公国を崩壊へと導いた。
わざわざ敵を育てるという愚かな行為をするほど公国の主戦派も愚かではない。
「どうして聖女の擁立にファンオース公国が関わっているんですか?もし存在を知っていたのなら邪魔な存在として最優先で潰すのが道理でしょう」
「フランプトン侯爵はオリヴィアの後援者だった。そのせいで彼女は王国を乱す為に公国が用意した存在だと疑問視する声も上がっている」
元敵国の君主の疑問に答えるのは美徳かもしれないが、為政者としての自覚が足りない。
何より今の私は悪意に満ちている、目の前の男を苛む言葉を与える事に何の痛痒も感じない。
「なるほど、全ては公国の自業自得だったと。王子の婚約破棄騒動も、第一王子の廃嫡も、ホルファート王家とレッドグレイブ公爵家の不和も。その全てが私達が企てた深謀遠慮でありホルファート王家は被害者。事実を都合よく捻じ曲げ全ての責任を私達に押し付ける。その醜悪な姿がホルファート王国の実態ですよ」
「やはり公国は無関係だったか」
何処か安心した表情を浮かべているユリウス王子だが、私がその無邪気な顔を醜く歪ませる事に腐心してる現状を把握できていないらしい。
「そもそも最初に公国の側と接近してきたのはフランプトン侯爵の方です。『レッドグレイブ家を排除する為の案がある、上手くいけば公爵を排除し宮廷を乗っ取れる』とお姉様の書記に遺っています。『馬鹿な王子が色恋に惑わされ公爵令嬢を邪険にし始めた』とほくそ笑んでいたそうです」
「…………」
私の言葉に眉間を皺を寄せるユリウス王子だが事実は事実だ。
王国が真実を隠蔽するのなら私は真実をこの男に示しフォンオース公国の行いを知らしめる。
「公爵家との不仲は侯爵が仕向けた部分もありますが殆どは王家とそれに従う貴族達が自ら選んだ結果です。ファンオース公国は王子が婚約破棄するように仕向けるなど成功率が低い馬鹿げた策を講じるほど低能ではありません。良かったですね、今のホルファート王家の窮状は全て貴方の行動が招いた物です」
「……それは」
「婚約者を蔑ろにし、婚約者がいるのに平民の女に懸想し、在りもしない罪を捏造し、無実の罪で裁き、公爵家の反発を招き、売国奴を自分の理解者と重用し、他国が付け入る隙を生み出した。全て貴方の行動です。その罪を今度は私に着せ自分は英雄として称賛を受けるつもりですか卑怯者」
私の言葉に顔色が青褪めていくユリウス王子。
それでも私の言葉は止まらない途切れない。
「貴方は単に生まれに恵まれて腕っぷしだけが取り柄の愚か者です。自分を庇ってくれる王妃、後援者の公爵家、美しい婚約者、自分の考えに同意してくれるご友人。それら全てが貴方の愚かしさを隠してきた。ホルファート王家の危機はその歪みが表面化しただけです。貴方が招いた危機の責任を引き受けるほど私はお人好しじゃありません。このような辱めを受けるぐらいなら自ら命を絶ち公国民が抵抗する狼煙となります」
気圧され始めたユリウス王子に私は追撃を放つ。
こんな嫌味の応酬を繰り返した所で心が晴れる筈もない。
私の望みはたった一つ。
「返してよ!お姉様を返して!私の命なんかどうなってもいいから!お姉様を返しなさい!」
私の剣幕に圧されたユリウス王子が跪くように倒れ込む。
何かが倒れた音に部屋の外に控えていた護衛達が慌てて部屋へ駈け込んで来た。
傍から見れば土気色になるほど顔色が悪く膝をついた自国の王子とその醜態を見下ろす元敵国の姫。
其処に至るまでの経緯は分からずとも主君の危機だとは理解できるだろう。
屈強な男達が私を睨みつけるが凡夫共の視線に気圧されるほど私の胆力は低くない。
「さぁ殺しなさい!王子を侮辱した女を斬り捨てる事に躊躇いなどなかろう!」
毅然として睨み返すと護衛が逡巡して動きを止める。
何故そこで躊躇う。
漸くこの茶番じみた人生に幕を下ろせるのにどうして貴様達は尻込みするのか。
ここに居るのは手枷を嵌められ自ら命を絶つこそすら出来ない手弱女だ。
命を奪うなど精強で他国に知られるホルファート王国の兵士なら容易いだろう。
「やめろ!」
緊張した室内に震える声が響き渡る。
視線を下ろすと震えながらもユリウス王子が必死に兵士を圧し留めていた。
床に這い蹲る戦勝国の王子と見下ろす敗戦国の姫。
どちらが勝者か分からない光景に部屋の者全てが困惑していた。
振るえる手で扉を指し示すと護衛達がユリウス王子に肩を貸し弱々しい足取り部屋から退出する。
「すまない、また来る」
扉が閉まる直前に彼がそう呟いたのを耳にする。
掠れた声はあまりにも小さく空耳かと思った。
何に対する謝罪だったのかは杳として知れない。
静寂が戻った室内を使用人達が片付ける。
いつもなら私を軽侮する視線を投げかけるのに今は傷ましい物を見る目付きだ。
そんな同情など要らない。
私はいずれ地獄で永遠に苦しまなくてはならない。
どれだけ悔やんでも犯した罪は償えず、お父様とお母様とお姉様の魂を弔う資格さえ無い。
窓ガラスに反射した私自身の姿が目に入る。
病的なほど白い肌は死人のように痩せこけ、紅い瞳だけが獣のように爛々と輝き、色艶を無くした黒髪はまるで老人だ。
お姉様によく似た顔立ちは何処にも無い。
幽鬼の如き醜い私が其処に居た。
もう自分が永遠に許されない身に堕ちた事実に涙が溢れ声を出して泣く。
慌てた使用人に呼ばれた医師に鎮静剤を投与され意識を失う瞬間、また喪った家族の夢に魘される絶望に声にならない悲鳴をあげた。
イチャイチャ回だった前章との落差がひどい。(汗
聖女になったオリヴィアと英雄になった五人の成長を書く為の溜め回ですが内容が重い。
今作はヘイト創作ではありません。(本当です
オリヴィアやユリウスが批判されるのはあくまで主人公のアンジェと対立していた、公国との戦争で活躍した故です。
ヘルトラウダ視点の今章ですがここまで暗い内容で良いのかと悩みました。
原作本編における戦後のヘルトルーデの待遇やマリエルートのヘルトラウダを参考にした状況ですが敗戦国の王族の扱いは悲惨な逸話が多いのでこれでもマイルドに仕立てています。
次章はオリヴィア回、付き人になったマリエ以外に原作キャラが登場予定。
追記:依頼主様によっていち様、Rielilu様、ふぇnao様にイラストを描いていただきました。ありがとうございます。
いち様 https://skeb.jp/@itinoe89/works/48(成人向け注意
Rielilu様https://www.pixiv.net/artworks/111550256
ふぇnao様https://www.pixiv.net/artworks/111588467(成人向け注意
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。