婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第31章 吐故納新

「マーモリア君、先程の議事録についてだが」

「既に整理を終えて保管庫に提出しました」

「そうか、では四日後に行われる貴族の新規産業に対する貸付問題の資料を」

「そちらも既に手配済みです」

「……うむ」

 

 老いた上司は二の句を告げられず会話が終わる。

 悪人ではない、職務には忠実。

 ただ老いのせいだろうか、仕事の処理能力が著しく低いのは問題だ。

 あの程度の仕事に何日も費やすのは時間の無駄としか思えない。

 日陰とはいえ国の重要資料に携わる部署がこの有り様で良いのか。

 舌打ちをしたくなるが周囲の目があるので必死に堪える。

 

 元々乗り気の仕事ではない。

 間違いさえ起こさなければ文句を言われない、だから表面上はきちんと仕事を熟してると取り繕えさえすれば問題は無い。

 中には日陰の部署に回された私を蔑むような視線で見る先輩方も何人かいるが、この程度の仕事に手間取る無能がどうこう出来るとは到底思えないので無視する。

 上から命令されれば期限内まで無理をしてでも必要な資料を提出しなければならないが、私にとってこの程度の雑用は仕事の内に入らない。

 

 必要な業務を熟したら後は退勤時刻まで適当に時間を潰す。

 頑張った所で資料編纂室の出世は勤続年数と家柄による年功序列だ。

 若造が足掻いた所で何か出来る訳ではない。

 王宮の片隅にある資料編纂室は王国の各機関や領主から提出された資料を整理し必要に応じて提出又は保管を行う。

 ホルファート王国の政治に携わる宮廷貴族や閣僚からは格下の小間使いとして蔑まれる存在だ。

 年月をかけ集められた膨大な資料を収めた巨大な保管庫、資料の貸し出しや閲覧の窓口である受付室、資料の編纂の為に泊まり込みで働く職員の為の小部屋が幾つも並ぶ。

 

 かび臭い書類に囲まれて仕事をするのは余程の物好きか人前に出せないと見放された偏屈か、或いは私のように懲罰としての意味合いで配属された者だけだ。

 現在のホルファート王国はファンオース公国との二度に渡る戦争で人材難だが、非主流派となった者を要職に就けるだけの寛容さは持ち合わせていないらしい。

 レッドグレイブ公爵の息がかかった者が採り立てられてゆく光景を忸怩たる想いで見つめるが、嘗て公爵令嬢だったアンジェリカ・ラファ・レッドグレイブを罠に嵌めた私に宮廷での居場所など存在しない。

 

 戦時では敵の首級を上げた腕自慢が平時に於いて名ばかりの閑職を宛がわれるなど学園の講義で散々聞かせられてきた歴史でよくある一幕に過ぎない。

 ただでさえ私はオリヴィアの聖女擁立、アトリー家との婚約破棄、反レッドグレイブ家の貴族と接触、王位継承者だったユリウスの為に様々な便宜を図るなど工作を行ってきた。

 その結果がマーモリア家から廃嫡され、何とか親子の縁が切れていないだけの貴族令息だ。

 

 そんな己の身の上を嘆いていると鈍い痛みが胸を襲う。

 実家から借りた金を出し合い殿下に融通して貰った資金を元手にバルドファルトを取り込むこちらに引き込む策は失敗に終わった。

 公爵家からの貸付金に苦慮し妻に頭の上がらない辺境の成り上がり者。

 私なら公爵に潜り込む密偵として最適なバルドファルトを上手く御せると思ったのが失策だった。

 

 戦争が終わった直後から後始末に奔走する王国は有能な貴族令息を放置しておくほど人材が足りている筈もない。

 正式な論功行賞が行われるのは一年程は後になるが、人手が足りない部署に無位無官の若手や成り上がり者配属されるのは致し方ない。

 

 だが、それは何も問題が無い者に限られる。

 婚約破棄騒動を引き起こし、聖女オリヴィアと共に行動して功績を上げた私達は功罪相償う存在だ。

 扱いに困った上層部が、いや明確に敵視しているレッドグレイブ公爵の干渉によって私達四人は引き離され閑職や地方に飛ばされた。

 ブラッドは旧公国の者が何らかの活動を起こさないようフィールド家を手伝うという名目で実家預かりに。

 クリスは戦争に伴う空賊の増加を取り締まる為の遊撃部隊に配属。

 グレッグは王家が所有するダンジョンを不法に荒らす冒険者を取り締まる為に警備隊へ配属された。

 殿下は上層部から任せられる仕事を処理するだけの日々を送り、オリヴィアは聖女としての活動を神殿に強要され面会すらままならず。

 私はこうして王宮の片隅で埃を被った紙の束に囲まれ鬱屈した日々を送っている。

 

 殿下を支え聖女を護る者として戦い国の政を担う。

 そんな輝かしい未来はいつの間にか消え失せた。

 今は持て余した能力に見合わない仕事を与えられひたすら処理する日々を虚しく過ごす。

 集められた資料を編纂する時に否が応でも目に入って来る情報がひどく煩わしい。

 この場所で陰鬱に仕事を熟す全員が私を蔑んでいるように見えて仕方がない。

 実家のマーモリア家に助力を乞おうにも婚約破棄騒動を起こした時点で既に私は見限られている。

 新しい仕事や人脈の為に必要な資金だと説き伏せて漸く借りた金はバルドファルトの買収に失敗したせいで手付かずになった。

 いっそ副業でも手を出して資産運用するのも悪くはないと考えても心に澱が溜まるだけだ。

 このまま忘れ去られ朽ち果てていくのか。

 公爵家を敵に回した代償は嘗ての私が想像した以上に苛烈だった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「あの、ジルク・フィア・マーモリア様ですよね…」

 

 休日明けの早朝、王宮の廊下を歩いていると背後から声をかけられる。

 振り返ると紺色の髪の女がおどおどした様子でこちらを見ている。

 何処かで見た顔だが思い出せない。

 終戦直後、私に声をかけて来た貴族の女は数え切れないほど存在した。

 その多くが未婚の令嬢であり欲望と打算を隠そうともしない視線に辟易したが、私が閑職に回されるとまるで最初から存在しなかったように周囲から消えた。

 オリヴィアに対する想いを秘め、公爵家から睨まれ出世の見込みが無くなった私に対する興味を失えば他の男に鞍替えする厚顔無恥さはいっそ此方が見習いたいぐらいだ。

 こうした手合いは相手にしないに限る。

 

「聞こえてるなら返事ぐらいしてください。育ちが悪く見えますよ」

 

 彼女に構わず歩き始めようとした所で別の声が聞こえ再度振り返る。

 私に視線を送る者が一人、いや二人増えている。

 一人は背の低い女、もう一人はエルフの男だった。

 エルフの方は見覚えがある、確かオリヴィアの使用人だった筈だ。

 

「ご無沙汰していますジルク様、オリヴィアの専属使用人のカイルです」

「君か、一体何の要件だ?私はこれから仕事がある」

 

 前々からこのエルフの使用人は気に食わない。

 エルフという種族に対する感情と常にオリヴィアの傍らに控えているという事実が混じり合いついつい口調が辛辣な物に変わる。

 当然だが向こうもそんな私に対し挑むような視線を返す。

 正直な所、顔を見たくもないのだが声をかけられた以上は応対しなくてはならない。

 

「資料編纂室へのご栄転おめでとうございます。異動して早々ご活躍されているとか」

「新人だから先輩方が楽な仕事を回して下さっているだけだよ。就業時間内に仕事を終えるのが精一杯さ」

 

 何気ない会話だが毒を含んだ言葉の応酬は周囲の空気を険悪な物に変えていく。

 睨み合う私とカイルを見て最初に声をかけた女が慌てるが何も出来ず立ち竦んでいる。

 

「カイル君、そこまでよ」

 

 場の流れを変えたのは背の低い女が放つ澄んだ声だった。

 私達二人を呆れたように眺めると手持ちの鞄から何かを取り出す。

 

「聖女オリヴィア様のご命令で此方に赴きました。資料の閲覧を希望します」

「すまないが部外者が資料を閲覧するのは禁じられている。推薦状が無ければ入室すら出来ない」

「それなら既にユリウス殿下から許可をいただきました」

 

 手渡された紙には目的と閲覧する資料内容を明記し末尾には殿下のサインと押印がされていた。

 これならそのまま提出すれば即座に許可が出ただろうに。

 

「他の職員に頼めば良かったんですけど、宮廷は何処で誰が見ているか分からないので貴方を頼りました」

 

 確かに宮廷に勤める侍女と違う服装をした女とエルフが王子の推薦状を持って来て資料を閲覧するのは目立つ。

 本物かどうか騒ぎ立てられたら要らぬ騒動に発展しかねない。

 だから私に声をかけたという訳か。

 

「分かった、入室手続きは私が受け持とう。その後まで責任は持てないが」

「感謝します」

 

 足早に資料編纂室へ向かい閲覧室を覗くと幸いにもまだ担当職員は訪れていなかった。

 推薦状に判を押して目立たないように棚に押し込むと来賓用の胸章を用意する。

 こんな雑用を新人だからと任され慣れてしまった不遇を嘆く。

 

「資料の持ち出しと複写は基本的に禁止されている。閲覧室はあちらだ」

「数日間泊まり込みで調べられますか?」

「無茶を言わないでくれ、そこまでやれるか」

「ユリウス殿下とオリヴィア様の為ですよ」

 

 そう言われると反論し難い。

 何とか頭を捻り喜ばしくない方法を思いつく。

 

「……私に割り振られた個室があるバレるまで寝泊りが可能かもしれん」

「早速案内してください」

「勝手な事ばかり言わないでくれ。こっちにも事情がある」

「私達にもあります。とにかく時間が無いんです」

 

 わざとらしく舌打ちして個室に案内する。

 資料の編纂目的で割り当てられた個室は必要最低限の物しか置けず数人が作業を行うには手狭だ。

 

「それでは私達は調査をします。ご協力ありがとうございます」

 

 三人がこの部屋で何を行うか?

 興味はあったが今の私は資料編纂室で働く文官に過ぎない。

 舞い込んで来た面倒事に溜め息をつきつつ、しばらくはあの辛気臭い輩に混じって一日中机仕事をする身の上を思い眩暈がした。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「上手くいくとは思わなかった」

「何でも言ってみるもんよ、度胸があれば意外と押し通せるわ」

「それって嫌われませんか?」

「嫌われただけで済むなら言ったもん勝ちでしょ」

 

 私達は笑い合いながら鞄の中身を机の上に置いていく。

 ノート数冊、ペン数本、インク瓶数個、間食用の菓子。

 必要な物は交代で持ち込もう。

 とにかく時間が足りない。

 

「でもマーモリア様は私を憶えていらっしゃいませんでした。オリヴィア様のイジメに関わった私を憶えていて絶対に許さないと思ってたのに」

「貴族ってそういうもんだ。同じ貴族とお気に入りの平民以外は人間だと思っちゃいないのさ。亜人なんか人と同じ形の動物扱いされてる」

「オリヴィア様が聖女になって戦争で手柄を立てた平民が貴族に取り立てられるようになっても貴族は相変わらずそんな感じよ」

「二人は貴族令嬢だったろ」

「今は元貴族令嬢よ、実家は没落して影も形も無いし」

 

 カーラさんとカイル君と軽口を叩き合う内に準備は終わった。

 

「それじゃ資料を集めましょう。とりあえずオリヴィア様に言われた戦争中の各国の動きとアルゼル共和国への支援の詳細。あと王国内の貴族で取り潰された家と新しく召し抱えられた家の移り変わりかな」

「初日の今日は取りあえず資料が大体どの辺りにありそうか目星を付けましょう」

「二人が調べて俺が資料を持って来るんじゃダメなの?」

「それだとカイル君しか居ない時に作業が止まるでしょ」

「オリヴィア様のお世話は交代でするけど、何処かに訪問される時は一人だけじゃ不安ですし」

「やっぱりオリヴィア様本人に来てもらうのが一番早いんじゃ」

「ダメ。確かにそれが一番だけどいくら何でも人目に付き過ぎるわ」

 

 オリヴィア様の頭脳は優秀だ。

 治癒魔法や相手の心に干渉する力をお持ちだがそれを活かす頭脳があればこそ今までの危機を乗り越えてこれた。

 だが、それはあくまで人々を奮い立たせ心身を癒す聖女としての思考力であり政治を行うには向いていない。

 

「マリエさんは子爵令嬢だったんでしょう、その辺りの知識は無いんですか?」

「うちの親は末娘からお金を奪うろくでなし。学園に通ってたカーラさんの方が詳しいでしょ」

「私の実家は準男爵家で限りなく平民に近いですよ。カイル君は……」

「平民出身のオリヴィア様に仕えてる俺にそんな知識があると思う?」

 

 私達は溜め息をついた。

 どう考えても無理が過ぎると誰だって思う。

 平民出身の聖女と親に見捨てられた元貴族令嬢と下級貴族の元令嬢とエルフの使用人。

 たった四人でこの国の未来の為に必要な案を模索しなきゃならない。

 

「やっぱりマーモリア様に協力してもらった方が……」

「会うまではそう思ってましたけどね。あれはダメです。そもそも五人のお馬鹿さん達は戦い以外は頼りになりません」

「マリエさんは辛辣だな、俺も同じ意見だけど」

 

 オリヴィア様に付き従うようになって五人とある程度は関わるようになったが人柄を知れば知るほど呆れるし、オリヴィア様から過去の騒動を聞いて頭痛がした。

 彼らは苦労知らずのお坊ちゃんだ。

 高い能力のおかげで碌に失敗を体験せず、家柄の良さのせいで誰からも注意をされず育った。

 我儘を我儘と思わず、自分の欲望を押し通せるだけの腕力と権力と財力を持った子供。

 オリヴィア様と関わって多少は更生したらしいが真っ当になったとはとても言えない。

 そもそもオリヴィア様は聖女という認識をしてるのかあの五人は。

 図体のデカい子供の世話をオリヴィア様にさせないで欲しい。

 

「もっとオリヴィア様に協力できる人が居たら苦労しないんですけど」

「大神官のデブ爺はオリヴィア様を利用して私腹を肥やす事しか考えてないわ、取り巻きも内心ではオリヴィア様を見くびってる奴らだし」

「もうさ、公爵に味方した方が良いんじゃない?あの人もオリヴィア様を利用する気だろうけど丁重に扱ってくれるだろ。少なくても今の神殿に居るよりずっとマシだ」

 

 カイル君の言葉に私達は動きを止める。

 確かにその方がオリヴィア様の苦労は減るし待遇も良くなる。

 何よりこの半ば腐りきった国の立て直すには最短だろう。

 最悪の事態で流される血の量を許容すればの話になってしまうが。

 

「……オリヴィア様がそれを納得できる御人ならそれで良いかもしれないわね。そんな御人だったら私達を救ってくださらなかったでしょうけど」

「風評なんて気にせず俺を雇ってくれたぐらいだしなぁ。おかけで母さんに苦労かけずに助かったし」

「私も家から放逐されて娼婦になる道しか残ってなかったのに神殿に入れてもらえました。オフリー家の寄子としてあんなにひどいイジメをしたのに」

「私も餓死しかけてたのを救われたわ。此処でオリヴィア様のご厚意に報いなきゃ私達は恩知らずの無能ね」

 

 聖女様はとことんお人好しの善人なのだ。

 相手が罪人であれ自分を虐げた悪人であれ反省する気があるのなら許してしまう。

 それがどうにも危なっかしいから少しでも助けてあげたくて私達はこうして動いている。

 

「それじゃあボチボチ始めますか」

 

 資料が収められた書庫へ向かう。

 時間はあまり残されていないが、それでも抗うのを止める理由にはならなかった。

 私達はあの聖女様に恩があって好きだから。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 奇妙な三人組が私の個室に滞在するようになって数日が経った。

 最初は見慣れない来訪者が書庫と閲覧室に長時間滞在しているのを訝しむ職員が居たが、数日もすれば部屋に置かれた観葉植物のように気にも留めなくなったようだ。

 元々他人への興味が少ない偏屈な者か与えられた仕事を必死に熟すしか能が無い連中だ。

 気にし過ぎただけで私に対して興味が薄いのかもしれない、それはそれで屈辱だが。

 私の個室を占領した三人は一人が資料を集め残りの二人が何やら作業をしてるらしい。

 

 彼らが部屋を訪れて二日目、大量の筆記用具が部屋に置かれる。

 

 彼らが部屋を訪れて三日目、カップやスプーンといった食器が持ち込まれる。

 

 彼らが部屋を訪れて五日目、衣服やタオルを運び込まれる。

 

 彼らが部屋を訪れて七日目、ついには毛布やら枕などの寝具を携えて来た。

 ここまでされて怒らない方がどうかしている。

 むしろ個室を好き勝手にされて怒らない私の寛容さは讃えられるべきだ。

 我慢しきれなくなった九日目の朝早く、個室を訪れると小さな女が床に布を敷き頭から毛布を被って寝ていた。

 そういえば七日目から他の二人は見かけていない。

 飽きたのか、それとも何らかの用事があったのか。

 寝息を立てている女性を思わず蹴りたくなる衝動に駆られるが必死に抑える。

 

「いつまで寝ている、起きたまえ」

 

 小さな体を揺すって声をかける。

 あまり大きな声ではないが眠りを妨げる声は思いの外部屋に響く。

 漸く体を起こした彼女は周囲を見渡し大きく欠伸をする。

 据え置きの時計で時刻を確認すると私を睨み再び体を横たえる。

 

「起きろ、二度寝するんじゃない」

「あと少ししたらカーラさんとカイル君が来ます。それまで寝かせてください」

「そもそもここは私に宛がわれた個室だ。宿ではない」

「どうせろくに使っていないでしょう、資源を有効活用しているんです」

「遠慮という物を知りたまえ!」

 

 力づくで毛布を引き剥がすと小さな体が部屋の床を転がった。

 ゆっくり体を起こし体を伸ばす様は野良猫のようだ。

 はだけた服からチラッと首元や太腿が見えたが、私は起伏に乏しい肢体に興奮する小児性愛ではない。

 彼女は備え付けの椅子に腰掛けてポットからカップへ中身を注ごうとしているが何かが数滴落ちただけだった。

 

「お湯入れてください」

 

 そう言って私にポット手渡された。

 厚かましさも此処までくれば怒りより先に呆れが来る。

 

「自分の世話ぐらい自分でするべきだろう」

「私がこの部屋で寝泊まりしてるってバレたか困るのは貴方でしょ?仕事場に女を連れ込んでるって噂が立てばただでさえ悪い評判がますますひどくなりますよ」

 

 なんて女だ。

 傲慢な物言いもそうだが私を見下してるという態度を隠そうともしない。

 怒りで近くの休憩所に向かう足取りが自然と荒くなった。

 腹立たしいから湯ではなく冷水をポットに入れて戻ると椅子に腰掛けたまま寝息を立てていたのでわざとらしく音を立てて机に置く。

 ポットに入っているのが冷水と分かれば動揺すると思いきや、カップに角砂糖を数個入れ水を注いでいく。

 乱暴にカップをスプーンでかき回し中の液体を飲み干した。

 

「…………水ですよ、お湯って言ったじゃないですか」

「全部飲むまで気付かんのか君は」

「白い砂糖は贅沢品です。お茶に入れるなんてもったいないでしょう」

「その考えは全く同意できない」

 

 オリヴィアはどうしてこんな訳の分からない女を傍に置くのだろうか?

 

「他の二人はもう来ないのか」

「オリヴィア様が所用に赴かれるので二人に同行してもらってます。目的地は国内ですから聖女を狙う不届き者もいないでしょうし、護衛はカイル君一人で大丈夫でしょう」

「護衛?君が」

 

 鼻で笑った瞬間、何かが頬を掠め背後で硬い音がした。

 振り返るとフォークが一本、ちょうど私の真後ろの床に転がっている。

 壁に当たって跳ね返ったのだろう。

 少しでも位置を間違えば私の顔に鋭い金属製の食器が突き刺さっていた筈だ。

 

「見かけや家柄で判断しない方が良いですよ。世の中には平民出身の聖女様がいれば殺しに長けた元貴族令嬢がいるんですから」

「……暗殺者か君は?」

「人を殺した経験はまだありません。モンスターなら数え切れないほど狩りました。モンスターの肉と革と臓物が私の稼ぎでしたから。殺人と売春以外の犯罪なら、まぁ大抵やってますね」

 

 片手で器用にスプーンを回しながら微笑む目の前の女が化け物に見える。

 今の私は帯剣を許可されていない身の上だ。

 下手をすればこの女に殺されかねない。

 

「そう警戒しないでくださいよ。今の私はオリヴィア様に仕える女官ですし」

「目の前の罪人を見て警戒を解くほど私は愚かではない。犯罪者は牢に繋がれるべきだ」

「へぇ、無実の罪で他人を陥れて悦に入る馬鹿なお坊ちゃまは罪人でないと?」

 

 その言葉を聞いて拳を握りしめた。

 何処まで私の過去を知っているんだこの女は。

 

「大体の事情はオリヴィア様から聞いてます。随分とまぁ、あくどい事をやって来たみたいですね。おかげでオリヴィア様があちこち駆け回って頭を下げなきゃいけない状況になってるのに、貴方は王子様と聖女様から引き離されて拗ねたままですか?」

「君に一体何が分かるというんだ!?」

 

 彼女の辛辣な物言いに耐え続けるのも限界だった。

 恥も外聞も捨てて目の前の女を睨むが私の怒気など意に介さないようにカップに水を注いでいた。

 気に食わない、何もかも気に食わない。

 

「私は幼き頃から殿下の御為に仕えてきた!いずれ国王となる殿下の障害になる者を排除し後顧の憂いを断つのは臣下として当然の務めだ!」

「それ為ならどんな不正やでっち上げをしても許されると思っているんですか?」

「ホルファート王国という大樹の為ならば剪定される枝葉にいちいち構っていては大業を成し遂げられない!」

「その大樹、ほとんど腐っている上に切り捨てた枝とか葉が多過ぎでまともに育ってないんですけど」

「言葉に気を付けろ!不敬罪に問われたいのか!?」

「その場合はどうして私が此処にいるか調べられて貴方の責任も問われますね。そうなったらオリヴィア様にも被害が及びます。それで良いならどうぞご勝手に」

 

 冷めた口調で返答されるほど私が滑稽な道化に見える。

 大多数の為に少数に犠牲になってもらう。

 国という政治機構の維持に末端を切り捨てる。

 宮廷は正しいかより誰の得になるかが重要視される世界だ。

 王族が白と主張するなら漆黒の黒さえ純白の白として扱われる。

 だからこそ陥れられないよう相手に先んじる必要があるのだ。

 

「貴方、自分が賢くて正しいと思っているみたいだけど考え無しの馬鹿でどうしようもない悪党ですよ」

「私を批難できる身の上なのか君は。さっき殺人と売春以外の犯罪はしたと言っていただろう」

「そうですね、とても世間に顔向け出来るような人生じゃありません。罪を償おうと被害者に頭を下げに行って手荒に追い払われたり水やゴミをかけられたなんてしょっちゅうありました」

 

 視線を天井に移した彼女だ何処か物憂げな表情で暫し黙った。

 己の所業を悔いているのか、過去の罪に苛まれているのかまでは判別できない。

 

「私は裏切り者の子爵家の娘で犯罪者、カーラさんは裏切り者や空賊と関わり合いがあった伯爵家の寄子だった準男爵家の娘でオリヴィア様のイジメに加担して学園や家から追放された罪人。カイル君はお母さんを護る為にいろんな貴族に仕えながら裏で不正を働いていた蔑まれるハーフエルフ。オリヴィア様の周りに居るには相応しくないと言われたらまぁ反論できませんね」

「だったら何故オリヴィアの近くに居る、彼女に相応しくないと思うなら消え失せたらどうだ」

「単純にオリヴィア様に救われたからですよ。あのどうしようもない位にお人好しで善人な聖女の力になりたいって思ってるんです」

 

 さっきまで物憂げな表情をしていたかと思えば今度はにかんで笑う。

 せわしなく感情が変わる女は小動物のようだ。

 或いはこの性格故にオリヴィアの側に置かれているのかもしれない。

 

「学園で一生懸命に勉強して、故郷の為に精一杯働いて、素敵な人と恋をして結婚するのが私の夢だったってオリヴィア様は語ってくれました。こんなちっぽけな夢を持ってる私が聖女なんておかしいよねとも仰っていました」

「オリヴィアの力は素晴らしい、彼女ならこの王国を建て直せるだろう」

「それはオリヴィア様の幸せですか?この国の為に身を粉にして働き続けさせられるのが本当にオリヴィア様が望んだ事と胸を張って言えますか?」

 

 答えられない、答えが出なかった。

 私の醜態に呆れてのか呆れたような視線を向けられた。

 

「知ってますか?オリヴィア様は今もアトリー家のご令嬢に謝罪の手紙を出し続けてるんですよ」

 

 初耳だった。

 嘗て婚約者だったクラリス・フィア・アトリーとは婚約破棄した後に会話はおろか顔を合わせていない。

 ファンオース公国との戦争が始まり学園が無期休校になった後、殿下やオリヴィア達と行動を共にするのに夢中で彼女の存在を今ままですっかり忘れ去っていた。

 

「アトリー家を訪ねて面会を拒否されてから今も数ヶ月に一度は手紙を出してます。婚約破棄したのは貴方ですけど、オリヴィア様は自分が原因だって思っています」

「……」

「先日は殿下の元婚約者のアンジェリカ様に会いに行きました。王家と公爵家の争いを止める為に頭を下げて協力をお願いしたんですよ。まぁ体よく追い払われたから私が後でバルトファルト家を訪ねて頼み込んだりしたんですけど」

 

 視線が徐々に冷たく鋭い物へと変わっていく。

 

「オリヴィア様を想うなら余計な仕事を増やさないでください。あの方は忙しいんです」

 

 吐き捨てるような言葉を聞いた直後、ドアをノックする音が響いた。

 振り返るといつもの二人が入室して来た。

 どうやら随分と話ていたようだ。

 

「お疲れ様マリエさん、何とか早めに切り上げられたよ」

「お待たせ、オリヴィア様からの指示を書き留めて持ってきました。あと、こっちがお弁当です。マリエさんの好きな物がたくさんありますよ」

「カーラさん好き♡結婚してください♡」

「アホな事言ってないでちゃっちゃと食っちゃいなよ」

「調査の進捗はどうですか?」

「いまいちかしら。オリヴィア様は政治に疎いし、私もそこまで頭が良くないから」

 

 答えながら返答する彼女、マリエとやらは恐ろしい勢いで手渡された弁当の中身を平らげてゆく。

 最終的に私の一日分の量を食べ終えると目に見えて元気になっていく。

 

「もう少し品良く食べられないのか?」

「貧しければ礼儀作法なんて意味を為しませんよ。貴方、ネズミを捕まえて食べた事があります?」

「やめろ、聞きたくない」

「ちなみに王都のネズミは辺境のネズミより肥えて脂っぽいんですよ。王都の残飯を食べてるせいでしょうか?雑草は育ちが悪くて味も良くないんですけど」

「聞きたくないと言っている!!」

 

 他の二人も顔を引き攣らせて困っているだろうが。

 もう出勤時刻も大分遅い。

 私の部屋の筈なのに、いつの間にかこの場の雰囲気は私を拒んでいる。

 その事実に目を背けるように部屋を出た。

 決して、マリエの言葉から逃げる訳ではないと心に言い聞かせながら。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 深夜、王都の一画に建てられた王宮勤務者用宿舎にある割り当てられた部屋で酒を呷る。

 酔いたくて仕方ないのにいくら酒を飲んでも意識は冴えたままだ。

 決してマリエの言葉に動揺した訳ではない。

 どれだけ心中を取り繕っても敗北感を拭いきれない。

 冷徹な私の頭脳がマリエの言い分の方が正しいと考えても精神がそれを否定する。

 自分が優れた人間だと思い込むプライドの高さを自覚しながらもそれを矯正できない。

 

 全ては殿下の為、延いては王国の繁栄の為。

 ずっとそう思ってきた。

 他者の弱味を掴み、追い落とし、或いは味方に引き入れ権力を行使する側に到る。

 己の能力を高めるより如何にして相手を陥れるかに意味がある。

 そんな場所で幼年期を過ごした。

 私自身の能力の高さもあり大抵の企ては上手くいった。

 相手を破滅させる仄暗い快感に酔いしれた。

 

 転機はオリヴィアとの出会いだった。

 平民と蔑んだ少女は今まで出会った同年代の女の誰よりも賢く、誰よりも優しく、誰よりも強かった。

 彼女を手に入れたい、そんな邪な想いは彼女の人柄を知れば知るほど消え失せた。

 他者を貶めた所で自分が優れた存在の証明にはならない。

 己の醜さを糊塗した所で本質は変わらない。

 

 だからこそ殿下がオリヴィアに想いを寄せていると分かった時、全力で応援した。

 アンジェリカの醜聞を流布し、公爵家が抵抗できないようにフランプトン侯爵と手を組み、誰からも批難されないように聖女の地位へ押し上げる為に神殿と接触した。

 そうする事が殿下の幸せであり、オリヴィアの為だと信じて疑わなかった。

 大義名分さえあるのならどんな非常な手段も肯定されると楽な方法に流された。

 

 結果はご覧の有り様だ。

 婚約破棄されたアンジェリカは辺境で確固たる地位を築きつつあり、フランプトン侯爵は売国奴で後援を受けた私達も同類に見られ、公爵家は王国の主流派となり王家は追い詰められて、聖女となったオリヴィアは神殿で飼い殺し同然の扱いを受け、私は閑職に回された。

 行動の全てが無意味であり状況の悪化を加速しただけだ。

 権力を悪用し国益を損なう腐敗貴族を唾棄していた筈なのに、私の行動はその腐敗貴族と何ら変わらない。

 権力で平民の女を無理やり囲い者にしてサイズの合わない服や悪趣味な貴金属の装飾を贈りつける欲塗れな貴族と同類だ。

 

 それならば閑職に就いたのも納得できる。

 私とて地位とコネを盾に仕事の手を抜き同僚を蔑み不満を抱え込んだ若造を率先して採り立てようなどと思うものか。

 あのオリヴィアの部下三人組は確かに罪人だろう。

 だが、過去の自分から目を逸らさず罪を認め、真っ当であろうと努力しオリヴィアの為に働く心根を否定など出来ない、出来る筈もない。

 

 この期に及んで漸く、私は己の罪科を自覚した。

 急速に押し寄せる酔いと羞恥に心を灼かれながら、今後どうするべきか考える。

 まず与えられた仕事をきちんと熟す。

 身分や能力の上下で他人を見下す癖も直そう。

 休日にアトリー家を訪ね謝罪しなければ。

 今更何をしに来た、ただの自己満足と罵られようと受け入れよう。

 昔の愚かな自分に戻りたくなかった。

 殿下やオリヴィアの傍らに居られずとも構わない。

 ただホルファート王国の貴族として行動しなければ。

 こんな殊勝な気持ちになれたのは初めての経験だ。

 今宵、私は本当の意味で貴族に為る。

 そう思い立った瞬間、私は部屋を出て駆け出した。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「何やってんですか?」

 

 一日ぶりに資料編纂室の職員用個室を訪ねたら部屋の中が一変していた。

 オリヴィア様のお世話が午前中で終わり、午後からは交代で資料を漁る予定だったのに一昨日までとは同じ部屋とは思えないほど違う。

 資料は細かく分類され、地図やら組織図といった図面が壁に貼られている。

 何より違うのは机に陣取って資料を読んでいるジルク様だ。

 

「どうしてこの部屋で仕事してるんですか?今は私達が使っているので職員室に戻ってください」

「仕事は午前中に済ませた。午後は君達の手伝いをしよう」

「またどんな風の吹き回しで」

 

 皮肉に満ちた口調で返すが眉一つ動かさず手元の資料を読むのに没頭している。

 

『何か変わったかコイツ?』

 

 今までの隠しきれないプライドの高さと諦めに似た投げやりな態度が鳴りを潜めてる。

 カイル君とカーラさんは別の資料を調べ次々と机に置いていく。

 

「凡その事態は聞かせてもらった。私も君達に協力する」

「協力したからってオリヴィア様の好感度は変わらないと思いますよ」

「関係ない、これは私自身が決めた事だ。いや、ホルファート王国の臣下としての当然の責務と言うべきか」

「変な物食べました?ネズミはきちんと火を通さないと病気になりますよ、雑草は選別した後に天日干ししないとお腹を壊します」

「貧乏ネタはもういい」

 

 ちょっと揶揄ったけど態度を崩さない。

 あまりの変わりように少し気持ちが悪い。

 

「カーラさん、カイル君、何かあったんですか?」

「さぁ?」

「いきなり来て『私も協力する、いやさせてくれ』って。あと食べ物とか持って来てくれました」

 

 よく見るとそこそこ質の良い食べ物の袋が置かれている。

 湧き上がる唾を飲み込み置かれた資料を見る。

 どういう流れで持って来たのか分からない物が幾つか混じっていた。

 

「頼りになるんですか?」

「そりゃもう、私達三人がかりよりマーモリア様一人の方が作業が進んでいます」

「ムカつくけど有能だよ、本当にムカつくけど」

「喋らずに手を動かしたまえ」

 

 注意された二人はそそくさと作業に戻る。

 気になる資料を手にして相変わらず資料を読みふけるジルク様に近付く。

 

「どうしてこの資料が必要なんですか?関係ないと思うんですけど」

「それは君達が事象を点として見ているからだ」

 

 漸く私に視線を向けたジルク様はそんな事も分からんのかと呆れた顔をする。

 やっぱコイツ性格が悪い、顔は無駄に良いけど。

 

「世界のあらゆる物事は全て繋がっている。何処かで物資が不足しているのなら別の場所は物資が充足している。誰かが損をしたなら別の者が得をしている。単独で事象を見るのではなく複数の事象を同時に見て繋がりを探すんだ」

「そんな簡単に分かるんですか?」

「まぁ君達には無理だろうな。オリヴィアは学力優秀だが、こうした企てするには人が良過ぎる。適任なのは私だ」

「それには全面的に同意します。オリヴィア様の周りで貴方ほど性格が酷くて悪巧みが得意な人は居ませんし」

「何で捕まらないんでしょうねこの方?」

「死ねばいいのに」

 

 私達が思い思いに悪態をついてもジルク様は無視して作業を進める。

 これ以上は揶揄っても面白くなさそうなので私も仕事に参加しなくちゃ。

 

「それで、まず私は何をすればいいんですか?」

 

 働かざる者食うべからずだ。

 人一倍食べる私はたくさん働いてジルク様から食べ物を大量にせしめようと心に誓った。




ジルク回且つマリエ回。
腹黒のジルクを更生できそうなのは乙女ゲー主人公なオリヴィアと転生者のマリエの二人だけに見えたので聖女リビアと非転生者マリエの合わせ技。
ジルクのクラリスに対する謝罪はリオン達の影響が大きいから、婚約破棄した後は顔すら会わせずそのまま放置してそう。
アトリー家の面々もいずれ語られます。
次章で別キャラ視点の話をした後にアンジェ&リオン視点に戻ります。(長かった…

追記:依頼主様のおかげで柳(YOO)Tenchi様とぽんぬ様にイラスト・挿し絵を書いて頂きました。ありがとうございます。
柳(YOO)Tenchi様https://www.pixiv.net/artworks/111872776(アーマードコア6ネタ・声優ネタ注意
ぽんぬ様https://www.pixiv.net/artworks/111885767(肌色注意

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