婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第32章 Clown Crown

『ユリウス、為すべき事を為しなさい。貴方の失敗は生涯に渡って貴方を縛り続けるでしょう。それでも生きている限り何かを為せる筈です』

 

『返してよ!お姉様を返して!私の命なんかどうなってもいいから!お姉様を返しなさい!』

 

 突如として母上とヘルトラウダの声が頭に響く。

 何が起こったか分からず左右を見渡して漸く自分のいる場所が執務室だと認識した。

 安堵と同時に俺を叱責する母上の言葉と責苛むヘルトラウダの呪詛に体が震えた。

 朝から政務に明け暮れ少し休息を取るつもりがいつの間にか眠っていたらしい。

 既に太陽は大きく傾いてあと少しで地平線に沈む。

 窓から見える夕焼けに照らされた王宮は血に染まったように紅い。

 それがこの王宮が刻まれている血塗られた歴史、そしてこれから起ころうとしている政変を暗示しているようで薄気味悪かった。

 

 母上の叱責から二ヶ月が経とうとしている。

 もとから母子で会話する事も少なかったが、あの面会から母上と一度も顔を合わせていない。

 何を話したら良いか分からずどうしても気後れしてしまう。

 俺はファンオース公国との先の戦争以降に王宮での仕事を任されるようになった。

 任されると言っても大した仕事はしていない。

 王族が参加する催しの手配だったり貴族達に送る王室公文書の確認など本来は王族ではなく官僚や専属の宮廷貴族が請け負うような仕事ばかりだ。

 婚約破棄騒動によって廃嫡こそされなかったが俺の王位継承権は著しく下げられた。

 今では王と正室の子でありながら実子の中では最底辺に近い。

 こうした仕事を任されるのもそうした待遇の一環だが不服じゃない。

 

 そもそも俺には政治的な視野も能力も欠けている。

 思い返すと母上はそんな俺の将来を案じていたいのだろう。

 母上は俺が幼い頃から様々な手を講じてきた。

 公爵令嬢との婚約や名門貴族の令息達を傍に置くなど必死に俺が苦労しないように配慮していたと今なら分かる。

 

 その事に息苦しさを感じ反発していたがあれは母上の愛情だ。

 俺が王位に就いた時に公爵家の後援を受け頼れる側近と共に恙無く政務を執れる為の閣僚に至るまで手配されていた。

 そうして母上が必死で築き上げた物を破壊した者が存在する。

 護られていた筈の俺だった。

 公爵令嬢との婚約破棄、自分の側近やお気に入りに対する過剰な贔屓、他国と内通していた貴族の重用。

 どれを見ても国を亡ぼす暗君の所業で若さ故の暴走と見過ごせる範囲を超えている。

 

 そんな俺が廃嫡させられるのは当然の帰結だ。

 むしろまだ王位継承権を残されている事実に驚いている。

 廃嫡された時は目の前が開けたような解放感で体が震えたが、広がっていたのは先を見通せない闇で覆われた世界。

 何をするのも手探りで正しい答えなど存在しない。

 母上は俺に苦労をかけさせまいと必死で俺を護って来たのに、苦労知らずで生きて来た俺はこの国について何も分かっていなかった。

 

 漸く目が覚めかけてこの国の為に何かしたいと思った時には俺に何かを為せるだけの力は消えていた。

 幼い頃は自分が素晴らしい人間で万能だと信じていたが、今ではただ与えられた書類を確認して判を押すだけの自分が歯痒い。

 分かっている、これは俺の愚かさが招いた結果だ。

 潔く受け入れて腐らずに与えられた仕事を熟し地道に信用を回復するしか方法は無い。

 思い返してみると婚約していた頃のアンジェリカはずっと俺に忠告を続けていたな。

 口煩くと感じるまで繰り返しされた諫言を思い出せばその内容が正しかったと今なら分かる。

 あらゆる手段を使って俺を王にしたがった母上と俺の行動を諫め続けたアンジェリカの存在が煩わしかった。

 俺の自我を否定しただ生きているだけの存在に成り果てろと言われているようで反発した。

 

 その反動だったんだろうな、オリヴィアに惹かれたのは。

 平民でありながら特待生となり努力を怠らず学業優秀で崇高な理想を持っていたオリヴィアに憧れた。

 オリヴィアの理想に共感するまでは良かった、俺の取った行動が最悪なだけだ。

 如何に理想が崇高でも手段が愚劣ならそれはただの綺麗事に変わる。

 前に進んでいたと思ったが本当は後ろに下がっていた。

 良くなったと錯覚して実際は悪くなる一方だった。

 もう俺は何をすれば良いか半ば分からなくなっている。

 与えられた仕事を熟し信用を回復する、だがその後は?

 答えはいくら考えても出て来ない。

 

 アルゼル共和国から戻ったオリヴィアが何やら調べ物をしたいとの手紙が届いたので資料編纂室への便宜を図るだけしか出来ない俺自身が情けない。

 俺は王族に生まれながら聖女として活躍するオリヴィアを手助けするだけだ。

 鍛え上げた強さにしても受け継いだ血統と王室が施す教育の賜物に過ぎない。

 もし平民に生まれたら俺はどんな人間に育っていたのか。

 単なる労働者として生きる程度の凡人だと思える。

 俺は一時の衝動で自分に与えられていた愛情も金も人材も捨てた大馬鹿野郎。

 その思いがずっと俺の心を蝕んでいる。

 受け入れなければいけないのに心の痛みを紛らわすように仕事を再開する。

 為政者としての責務か、信用の回復か、現実逃避か。

 もう何の為に仕事を熟しているのか俺自身にも分からなかった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 全ての雑務を終えて外を見ると既に夜の帳が落ちている。

 集中したせいで明日に回す仕事にさえ手を付けてしまった。

 作業の効率を考えればひたすらに頭が悪いやり方だ。

 適度に力を抜きつつ肝心な部分は把握している母上と俺の差は歴然だ。

 部屋に戻るのも億劫だが、執務室に居座るのも面倒だ。

 そもそも休息もせずに働いたせいで腹が減っているのに今から食事など皆に迷惑がかかる。

 仕事終わりの充実と疲労を感じながらぼんやりとそんな事を考えていると扉が開いた。

 この部屋は王族専用だ。

 清掃を行う使用人も多いがこんな夜に行うなどまずありえない。

 

「誰だ?」

 

 語気を強めて相手を牽制する。

 単なる勘違いなら見過ごすが、不届きな考えを持つ輩なら手加減はしない。

 

「随分と物騒な物言いだなユリウス」

 

 返って来たのは気だるげな男の声。

 目の前の御方が此処に来たという事実に混乱する。

 もともと政治には対して興味を持ってないこの御方が何用で此処へ?

 

「いつからお前は俺と対等に話せる身分になった?」

 

 この御方と対等に会話できるのは母上だけだ、この御方を拒める場所はこの国には存在しない。

 たとえホルファート王国の力が衰えているとしても、当の本人にそのつもりが無くても形式上ではこの御方がこの国の頂点である事実に変わりはない。

 

「……何用ですか陛下?」

 

 国王ローランド・ラファ・ホルファートが其処に居た。

 とは言っても今の格好は随分と簡素な物で、街に行けば裕福な平民か下級貴族が着ていそうだ。

 顔を知らない者が王宮をうろつく父上を見たら不審者として捕まえても仕方がない。

 また王宮を抜け出して放蕩三昧していたのかと思うと溜め息が出た。

 俺が言えた義理じゃないが父上は奔放が過ぎる。

 外に愛人を作り政務を母上に押し付ける姿を俺は物心ついた時からずっと見てきた。

 母上が息子の俺に過剰なまでに行動を監視して婚約者や御付きを用意したのもその反動だったんだろう。

 

 俺はみんなのお陰で最後の一歩を踏み止まれたが父上は相変わらずだ。

 父上は母上よりも理解できない存在だった。

 何をする訳でもなくどうしても国王が必要な場合を除きどこで何をしているか分からない気味の悪さを感じていた。

 

「夜まで仕事とは随分と熱心な事だな」

「恐れ入ります」

「今更王位に欲が出て来たか?止めておけ、王などやりたい奴にやらせたらいい」

 

 言葉の内容を理解するまで少し時間がかかった。

 やりたい奴にやらせたらいい?

 俺が王の器じゃないのは事実だ。

 だけどホルファート王国の未来を考えたらやりたい奴を王に据えるのがいい筈ない。

 ジェイクを筆頭に異母弟達は俺が王位継承がほぼ不可能になってから活発に動き出した。

 せめて王子達の中でまともに政務を行える王子を嫡子に据えるべきだろう。

 

「意味が分からんのか、相変わらず頭の動きが鈍い。とてもあの年増が産んだとは思えん」

 

 母上が聞いたら怒り出しそうな暴言だが不思議な事に怒りは湧いてこない。

 口調が優し気なせいか?

 記憶をいくら辿ってもこうして父上と二人きりで話した事はなかった。

 父上が懐から金属製の水筒を取り出す。

 平民の労働者が酒を入れ懐やポケットに収納する類の品だが光沢から稀少金属が材料で王家の紋章が刻印されている。

 こうした洒脱な感覚だけは備えているのが父上の小憎らしい部分だ。

 水筒の蓋を開け酒を呷り始める父上に冷めた心と視線で見つめる。

 

「はい、仰る意味が分かりません。なにせ不出来な息子ですから」

 

 わざと嫌味に聞こえるように返答する、いや、嫌味だったんだろう。

 せっかく仕事を終えたのに父親に絡まれて訳の分からない会話をすれば誰だって腹が立つ。

 そもそも政務に興味が無く、我が子に対してもお気に入り以外は基本的に干渉しない父上が訪ねて来る方がおかしい、何をしに此処へ来たんだ?

 

「お前は王という存在の本質を見誤っている。王とは絶対的な支配者などではない」

 

 愉快気に肩を震わせ俺がさっきまで座っていた椅子に腰掛けると机に足を乗せる。

 父上にだけは、この人にだけは馬鹿にされたくなかった。

 幼い頃から言い争いをする両親の姿を俺は見てきた。

 政務にも子育てにも興味が無い父と反対に必死に政務に明け暮れ嫡子である俺を束縛する母。

 それが俺の知る夫婦の在り方だ。

 だからアンジェリカとの婚約に対して強い忌避感を抱いてしまった。

 俺に諫言するアンジェリカの姿が父上を叱る母上の姿と重なった。

 両親と同じような夫婦になると思った瞬間、政略結婚その物に嫌気が差した。

 そして政治と欲が絡みついた王家の血筋と不自由が無い王宮の暮らしが穢れに満ちた悍ましい物に見えた。

 

 いや、そう感じたのは俺の落ち度だ。

 俺は恵まれていた。

 愛され、見守られ、確かな未来を約束されていたのにそれが退屈で俺の意思を無視した物に感じた。

 子供じみた潔癖さだったと政務に関わるようになった今なら分かる。

 

「不出来な息子に質問してやろう、民が求める理想の王とはどんな存在だ」

「国と民を護る者です。公明正大で人々を飢えさせず臣下の言葉に耳を傾……」

「話にならんな」

 

 俺の口にした答えは最後まで聞かれる事なく真っ正面から否定された。

 無論、俺もそんな品行方正な者が理想の王だとは心の底では思っていない。

 国と民を護る為には己の手を汚す必要がある。

 時には民を見捨てる非情な判断を下さなくてはならない。

 二度に渡る戦争と政務に関わってきた経験からその程度は馬鹿な俺でも理解している。

 

「国と民を護る。そこまでは良い。護る力が無い奴は王に相応しくないからな。王権は武力という絶対的な裏付けが在ってこそだ。そいつの性格がどれだけ破綻していようと力を持っているクズの方が護る力を持たない聖人君子より数万倍マシだ」

「では父上が考える理想の王とはどんな存在ですか?」

「何もしない。臣下の為す事に一切口を挟まずただ其処に存在する都合が良い生贄、いや道化か?とにかく頭が空っぽで力の使い所すら分かっていない愚物。それが臣下が求める王の理想像だ」

 

 理解できない答えに困惑する。

 そもそも父上が語る理想像は皆が考えるローランド王の姿その物だ。

 どう考えても自己弁護としか思えない。

 父上は困惑してる俺の反応がおかしいのか愉快そうに肩を震わせ酒を飲んでいた。

 

「本気ですか?」

「本気に決まっているだろう。常に食い物と金を与え、自分達の代わりに余所者と戦い、不都合があったら責任を引き受け、虫の良い要望を素直に従ってくれる。愛すべき臣民が求めているのは統治する名君ではなく唯々諾々と願いを叶える奴隷だ」

「それは王ではありません」

「国にとって最も要らない存在が王だ。そんな者に為りたがるのは生粋の聖人が脳が足りない阿呆のどっちだろうな」

 

 父上は懐を探り始めると何かを俺の前に放り投げる。

 室内の灯りに照らされ鈍く光を反射しているのは父上が持っている物と同じ小型水筒だった。

 酒なんか正直飲みたくない、だけど飲まなくてはこの不愉快な父子の会話は終わる気配を見せそうにない。

 自棄になって蓋を開けて中の液体を一気に飲む。

 強い酒だったようで口から胃にかけて燃えるような熱が宿り思いっきり噎せた。

 

「王の力が絶対的な物として通用するのは国が小さく争いが絶えない時代だけだ。他国からの侵略を防ぐ、逆に領土を拡げる為には強者である王が速やかに直接指揮を執れる体制の方が上手くいくからな」

 

 気怠げな表情な表情をしながら瞳だけは爛々と輝き楽しげに語る父上は子供のように燥いでいる。

 父上にこんな一面があると知らなかった。

 

「国の版図が拡がると王と側近だけでは政が出来なくなる。それはそうだ。王がどれだけ優れていようが全能では無い。国の隅々まで目が届き、大事から些事に至るまで取り仕切ろうとすればあらゆる部分が滞り政が破綻する。部下の部下、部下の部下の部下。役割が細分化され効率よく機能し始め漸く国家の形が定まる。その頃には王という存在は絶対的な支配者ではなくなり単なる飾りに成り下がる」

「とても一国の王が口にするべき言葉とは思えません」

「どれだけ現実を否定しても事実だ。王族と貴族の数を単純に比較すればどちらが多いかなどガキでさえ分かる簡単な問題だ」

「ですが……、ですがどうしてそれが何もしない王が理想という結論に至るのか分かりません」

 

 確かに王族の総数より貴族の数が多い。

 そして王侯貴族よりも平民の数は更に多い。

 数の多寡が重要ならば王に存在価値があるのか。

 

「そんな数の差を埋める物が圧倒的な力だ。お前も戦を経験し政に関わったなら分かるだろう。貴族共は俺達に勝てないから上っ面だけで従っているふりをしているにすぎん。貴族の追随を許さぬ力の裏付けがあるからこその王だ」

「……」

「そして次に求められる王の役割は天秤だ。領主貴族共の調停、宮廷貴族共の尻拭い。どちらが主でどちらが従者か分からないな」

 

 体を震わせて笑い始める目の前の父を見て何も言えなかった。

 父上は俺より王になる才能を備えている。

 それでも王家の立場を変えられなかったのか。

 

「正しいからと言って一方に肩入れすればもう一方に恨まれる。恨んだ奴らが徒党を組めば王家を揺るがす原因になりかねん。それなら最初から手を出さず貴族共を咬み合わせ双方が疲れきった所で介入し妥協させれば良い。これが一番楽な方法だ。少なくても先王の頃までの王家の役割はそうだった」

「だから何もしないと仰るのですか?」

「形骸化しても確実に血脈を遺す方法を選ぶのが王族や貴族という動物だ。何人かの王は国祖の頃に時代を戻そうと足掻いたらしいのだがな。王家に力を集める為に動けば動くほどこの国の歴史が腐りきっている成り立ちだと気付く。真っ当な王ほど心が折れるぞ」

 

 水筒が空になったのだろう、父上は再び懐を探り始めたがどうやら品切れらしい。

 仕方ないから渡された水筒を返す。

 とても酒を飲みながら聞き続けられる話じゃなかった。

 

「国祖の頃は手柄を立てた仲間をでっち上げた罪で追放しても咎められない程に王家は強かった。その行いを咎めた初代聖女が逆に神殿から詳しい記録を抹消される程に。正しさも優しさも持ち合わせていない、我欲のみが行動原理な非道を繰り返す略奪者が俺達の祖先だ。今の王家の状況はその報いだな」

「王家の船を沈めてしまったのは間違いでしたか?」

「そうしなければ戦争は逆の結末を迎えた。力の使い所としては正しい。目端の利いた奴らが弱体し死にかけた王家に牙を剥くのがこれ程早いのは王家に与する貴族にとっても想定外だ」

「だからレッドグレイブ家に王位を奪われても仕方ないと?」

「なんだ、ヴィンスの奴が裏で何やら企んでいるのを知ってたか」

「……母上からお聞きしました」

「年増も無駄な足掻きをする、わざわざ苦労を背負い込む必要など何処にある」

 

 軽口を叩く父上の姿がたまらなく不快でムカムカしてくる。

 俺は確かに道を誤った、報いを受けても仕方ない身の上だと思っている。

 政務に勤しむのは母上に問われ自分なりに考えた末に選んだ償い方だ。

 だがホルファート王家が破滅するかもしれない瀬戸際で他人事のように振る舞い酒と女に耽溺する軽薄な男を自分の父だと認めたくない。

 最低限の責務すら放棄している父上が国王の座に就いてる事実その物がこの国が追い込まれてる象徴に見えた、見えてしまった。

 

「父上はホルファート王国がどうなろうと知った事ではないと仰るのですか?」

 

 強く問い詰める口調になってしまった。

 こんな事をすれば普通なら息子といえども咎められそうだがこの場には俺と父上しか居ない。

 これは王と王子の会話ではなく単なる父と息子の会話だ。

 

「俺は王になる予定ではなかった。叔父御が王位を引き継ぐのが一番マシな道だった。あの爺は何を考えて俺に面倒を押し付けやがったのやら」

 

 先程までとは打って変わって憎々しげな表情を浮かべ舌打ちする父上。

 ルーカス・ラファ・ホルファート。

 先王の弟であり、父にとっては叔父にあたる王族。

 品行方正で次期王に相応しいと謳われたと聞き及んでいる。

 思い返すと学園に通っていた頃でさえ大叔父と会話すら俺はしていない。

 本当にどうしようもない過去の俺を思い切りぶん殴りたくなる。

 

「若く評判の悪い俺が王位を引き継いだ時は滑稽だったぞ。まだ王家に忠誠心があった奴らは溜め息をついて落胆した。私腹を肥やす腐った豚共はこれで思うまま国を好き放題に出来ると喜んだ。どう足掻こうと結末は目に見えている。下手に足掻くより破滅を受け入れ好き放題に生きる方が賢明だと分からんか」

「……それでも、足掻くべきだったのではないでしょうか?」

「最初の一年目は俺なりに政務に勤しんだ。二年目に無力感に打ちのめされた。三年目で貴族共に失敗を王の責任だと押し付けられた。五年目になって漸く無駄な徒労を重ねたと気付いた。これがホルファート王国の最高権力者と言われる王の真の姿だ。例え俺にどれだけ力が備わっていても改革など出来ようか」

「国を正そうとする貴族は協力してくれると思います」

「そんな連中ほど俺を毛嫌いして叔父御を慕っていたぞ。ヴィンスがその筆頭だ。連中と腐った奴らの争いに介入しようとした時に何と言われたと思う?」

「いったい何と?」

「答えはこうだ、『何もしないでいただきたい』。俺の助けなど無価値だと。国は自分達が立て直すからお前は大人しく遊んでいろ。その時に理解した。この国は俺を必要としていない」

 

 握った拳が机を叩く音が室内に鳴り響く。

 確かに父上は放蕩が過ぎてはいたのだろう、この国を正す為の力量が足りてなかったのかもしれない。

 ただ、目の前に座っているのは孤独に苛まれ酔いで悲しみを誤魔化そうとする弱った父の姿だった。

 

「俺は、英雄になりたかった」

「英雄?」

 

 吐き出すように父上の口から洩れた言葉を理解できずそのまま返す。

 

「神話や物語で語られる英雄だ。怪物や欲深い貴族を倒し美しい姫を助け国を救う英雄。正しく強く美しい彼の者の前に敵は尽く打倒され、救い出された姫君と恋に落ち、最後は王となり国を治める。そんな絵空事にしか存在しない空想の産物。それなのに俺の存在は放蕩の限りを尽くし英雄に討たれる愚王。笑えるな、まるで三流喜劇に登場する滑稽な道化だ」

 

 そんな存在を俺は一人知っている。

 戦争の最中に幾度も俺達を助けてくれた仮面の騎士、挫けそうになったオリヴィアや俺達を励まし救ってくれた謎の男。

 その正体は俺だけが知っている。

 子供の頃にこっそりと父上の隠し部屋に何度も入った。

 派手な仮面と衣装が安置され子供が目を輝かせて読むような英雄譚が何冊も置かれていた。

 子供の頃は純粋に格好いい英雄と憧れた、成長して子供じみた一面を持つ父に呆れた。

 誰もが成長して捨て去った夢を捨てられず、変えようがない国の現実に打ちのめされ、酒と女と空想で傷付いた心を誤魔化して来たのがこの人の本当の姿なのか。

 

 父上がまた懐を探り始め何かを俺の前に置く。

 それは一冊の手帳だった。

 表面の摩耗具合から見て比較的最近に作られた物だろう。

 視線を父上の向けると見ろと急かすように顎をしゃくられる。

 開いた手帳の中には複数の人名が事細かに書かれていた。

 年齢、性別、住所、家柄、若い女性と子供が交互に記されている。

 そして一番前のページには母上と俺と妹の名が在った。

 猛烈に、猛烈に嫌な予感がする。

 

「……これは何でしょうか?」

「俺の妻と愛人とその子供が記されている。一夜限りで懐妊した者が居なければそれで全員だ」

 

 前言撤回、やっぱ糞親父だこの人。

 少しでも父子の情で絆されかけた俺が間抜け極まる。

 殴りたい、父上を思いっきり殴っても不敬として扱われないだろこれ。

 猛烈に怒りが湧いている俺を尻目に父上はズボンのポケットから今度は小さな布袋を取り出した。

 

「次は何ですか?」

「玉璽だ、これもお前に預ける」

 

 その発言で一気に肝が冷えた。

 玉璽は王が法令の施行などを認めたという証明として使われる。

 故にその存在は王権の象徴であり、偽造を行えば一族全員が処刑されても文句を言えない代物だ。

 

「そう身構えるな、これは俺個人の資産や命令に使える程度の代物だ。重要案件用の玉璽はミレーヌの奴が厳重に保管している」

 

 そうは言ってもこれを使って文書を書いたらそれは王の命令に等しい。

 遺言書を作り判を押せば正式に認められる可能性が高い。

 悪用すれば王座を争う切っ掛けとなり内乱を招きかねなかった。

 

「俺亡き後は俺個人の資産を売り払い下級貴族や平民の愛人と子供に金を渡せ。俺の子と追及されるようなら逃がす準備を整えろ。側室達は高位貴族の家柄が多い。ヴィンスも貴族達の反感を買ってまで処罰はしまい」

 

 俺亡き後?

 一体何を仰っているんだ?

 

「ミレーヌとエリカはレパルト連合王国に逃がせ。俺達の結婚は外交だ。罪を問えばレパルトに付け入る隙を与える。政を執り仕切っていた年増が消えればヴィンスの野郎も狼狽するだろう。嫌がらせとしては最上だな」

「聞きたいのはそっちじゃありません、父上は何をするつもりですか?」

「俺の命と引き換えに王家の連中の助命を乞う、首を差し出せばヴィンスも黙るしかなかろう」

 

 失政の責任を己が命で贖う。

 王侯貴族なら当然と幼い頃から叩き込まれる教えだが、それを実行できる者は少ない。

 大半は身分や資産を奪われ放逐されるか、身代わりを立てるか、逃げ出す。

 貴族の多くが失政で死ぬなど思ってはいない。

 それなのに父上はあっさりと自分の命を差し出している。

 訳が分からない。

 

「生まれ方は変えられんが死に方は選べる。ままならない人生と終わりとしては上等だ。みすみす処刑されるより妻子を為に命を差し出す方が格好がつく。史書に愚王と記されても最期さえ真っ当ならホルファート王朝最後の王としてはそれほど悪くはない」

「お待ち下さい、母上が必死にそうならないように動いています。早まった真似はお控えください」

「いい加減ミレーヌを俺から解放してやれ、あいつは充分に働いた。俺の最後に付き合わせる必要はない」

 

 いつも父上が母上を語る時は苛立ちと卑屈な態度が口調に表れていた。

 それが今は感じられない。

 

「憐れな女だ。俺とは逆に才能に溢れているせいで誰も頼れず頭でっかちな小娘のままだ。レパルトに居れば才能を発揮できた筈が外交で無理やり俺に嫁がされた。それなのに腐りきったこの国を立て直すと息巻いてついには貴族の信用を勝ち獲った。人としての器が俺と違い過ぎる」

 

 水筒を上に向けて最後の一滴まで酒を飲み干す姿はひどく頼りない。

 母上の優秀さが逆に父上を苦しめていた。

 アンジェリカと婚約していた頃の俺も同じだった。

 まるでアンジェリカが母上の映し身に見えて仕方がなく邪険に扱った。

 父上は俺以上の期間、ずっと劣等感に苛まれてきたのか。

 

「婚姻した直後に王家の船へ案内した。あの時も装置は愛情の低さを示した。落ち込むミレーヌに声をかけられなかった。慰める言葉が出ず慌てる俺を見て何と言ったと思う?」

「分かりません、俺とオリヴィアも単独では動かせなかったので」

「あいつは『私が至らないばかりに申し訳ありません。いつか陛下のご寵愛を賜れるように精進します』と謝った。俺の方はミレーヌが気味の悪い女に見えて仕方がなかった。王に相応しくない俺と愛情の無い政略結婚をさせられたのに不満すら口にせず逆に慰められた。必ず数値を上げる、一緒に王家の船で空の旅をしよう。そんな嘘しか口に出来なかった」

「……」

 

 その嘘は愛情ではないのか?

 確かに船は動かなかった。

 だからと言ってそれは夫婦として不適格とは言い切れないのでは。

 全ての子供が夫婦の愛から生を受けるとは言えない事ぐらいは俺でも分かる。

 自分が単なる政略と性欲の産物と思いたくなかっただけかもしれない。

 ただ父上と母上の間に信頼や愛情も何も無いとは思いたくなかった。

 

「お前とエリカが産まれた後にそれとなく離縁の話をしてみたら怒り狂って暴れたぞ。俺がどれだけ側室や愛人を持ち愚行を繰り返そうが小言や嫌味を口にしても離縁だけは決して口にしない。あいつは王族としての責任感を恋と思い込み勘違いしたまま成長した馬鹿な小娘のままだ」

「だから自分が死んで母上を解放しようと?」

「ミレーヌ関してはそうだ、他にも事情があるがな」

「俺に父の後始末をさせようとするのは正直かなりムカつきます」

「多少はマシになったから信用してやっている。昔のままならお前などを頼ろうと思わんぞ」

 

 辛辣な言葉だが生まれて初めて父上に認められた気がした。

 いや、そもそも父上とこうして話した事さえ無かったかもしれない。

 

「俺に未来が見通せるだけの賢さが在れば変わったのかもしれん。二度の戦でミレーヌやヴィンスをあれだけ妨害していたクズ貴族共は一掃された。こんな状況になるのを知ったなら少しはマシな未来にしようと足掻いたのかもしれんな。いや、結局俺は何もしないまま終わるか。風通しが良くなったこの国に俺は必要ない。俺が死んだらミレーヌに伝えておけ。好きに生きよと」

 

 そう告げて父上は立ち上がるとゆっくり部屋から出ようと歩き始める。

 これは父上との最後の会話になるかもしれない。

何か言わなくては、父上を引き留める言葉を。

 

「お待ち下さい」

 

 言葉を吐くだけでかなりの力が必要だった。

 立ち止まる父上にかける言葉を頭の中で必死に探る。

 何か、何か無いのか。

 

「どうか一度、一度だけで良いから母上と話し合ってください」

「……それは王子としての上申か?」

「いいえ、息子としての願いです」

 

 父上に何かを強請った事は一度も無い。

 ろくに会話をしてこなかったし、欲しい物は母上に強請るのが常だった。

 息子からの初めての願いに思う事があったのか、父上は少しだけ考え込む。

 

「……今さらあいつに何と声をかければいい。詫びの言葉でも吐けばいいのか」

「いいえ、ただ父上の本心を母上にお伝えください。それだけで母上は満足なさいます」

「手遅れだ、これから夫婦水入らずで仲良くなれる筈もあるまい」

 

 ひどく疲れた様子で扉に向かう父上を止められなかった。

 装飾が施されたノブを回し部屋を出る瞬間、動きを止めた父上が振り返り俺を見た。

 

「バルトファルト。ヴィンスを止めるつもりならバルトファルトを引き入れろ。それが公爵家の弱味になる」

「え?」

 

 バルトファルト?

 どうして奴の名前が出て来る。

 確かに奴は戦功を立て王国内の貴族では期待されている若手だ。

 そしてバルトファルトの妻は嘗て俺の婚約者だったアンジェリカだ。

 だが、どうして奴の存在が公爵家の弱味になる?

 考え込んでしまった隙に父上は姿を消していた。

 扉の外を窺うが灯りに照らされた王宮の廊下は夜の闇と静寂に満ちている。

 先程まで父上が座っていた椅子に腰掛け時計を見た。

 既に深夜と言っていい時間だった。

 明日の仕事にまで手を付けたのだから休んでも文句は言われないだろう。

 久々に休日を過ごしても罰は当たらない筈だ。

 

 部屋の中で脱力しながら話された両親について考える。

 幼い頃から仲の悪い夫婦だと思っていた。

 だけど俺が知らない所で二人の心は繋がっていたのかもしれない。

 もしも、外交や政に関わらなければ仲の良い夫婦になれたのかもしれない。

 それなら俺とアンジェリカの婚約もマシだったのか?

 

 そこまで考えて頭を左右に振る。

 過去を悔やむよりも目の前の問題を解決しなければならない。

 机に置かれた手帳と玉璽が入れられた袋を見る。

 仕事が増えた、どうやら休めそうにない。

 やっぱり父上を全力で殴るべきだった。

 荒れた気持ちを鎮めて俺は手帳に記された名も顔も知らない異母弟と異母妹を確認する作業を始める。

 

「糞親父」

 

 この場に居ない父上を呪いながら全員の情報に目を通し終えた頃に太陽が地平線から昇る光景を見た瞬間、俺の意識が途絶えた。




ユリウス視点ですが内容はローランド&ミレーヌが中心です。
原作の国王夫妻は夫婦仲は破綻してそうですが、知人としてなら上手く付き合えそうな雰囲気がありそうなので。
原作本編よりもマリエルートに近いローランドです。
末期のホルファート王国は転生者リオンが居なきゃ滅んでいたぐらい腐敗した政治体制でしたからローランドが自棄になっても仕方ないイメージを先行させました。
糞親父成分も付与しましたが、ドツキ漫才をするツッコミ(転生者リオン)が居ないのでそこまで多くありません。
原作キャラ視点は今章で終わり、次章からはアンジェやリオンが中心になります。

追記:依頼主様のおかげで阿洛様、KiiKo様、はまお様にイラスト・挿し絵を書いて頂きました。ありがとうございます。
阿洛様https://www.pixiv.net/artworks/112112863(成人向け注意
KiiKo様https://skeb.jp/@Kiiko_clip/works/1781
はまお様https://www.pixiv.net/users/21994283

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