婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです   作:品☆美

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第34章 悪女の本質

 王侯貴族の存在を肯定する物は『力』である。

 腕力、知力、魔力、経済力、政治力、生産力等々。

 極端な話として特定個人の才能によりその一族が繁栄するならそれは貴族の萌芽と言える。

 その地位が世襲されるのは天才の親から子に才能が受け継がれる可能性が高いというだけの極めて単純な話だ。

 

 故に貴族は常に平民より優れた存在であると示し続けなければならない。

 例え才能を受け継がなくとも努力し民を統治するに足ると認められる必要がある。

 だが悲しいかな、そのように切磋琢磨する貴族の令息令嬢は悲しいほど少ない。

 優れた先祖を己と同一視する、与えられた地位と権力を自ら勝ち得た物と勘違いする、幼少期に施された教育や装備によって平民とは違う優等種だと思い込む。

 貴族としての矜持を持たず義務を果たす事も無く、教育を施されなかった平民よりも常識や知識に欠け権力を盾に欲望のまま行動する獣。

 

 私が学園に通っていた頃に見かけた王国貴族の令息や令嬢は大なり小なりそんな輩ばかりだった事実が王国の腐敗を端的に表していた。

 そしてオフリー家伯爵令嬢ステファニーはその極めて悪質な王国貴族の典型例の一人だった。

 

「オフリー家は空賊と結託した罪をオリヴィア達に暴かれ爵位を剥奪、領地と財産は没収された後に当主と嫡子は処刑、他の一族は王国からの追放処分を受けたとは聞き及んでいる」

 

 私が彼女について知っている情報はその程度だ。

 元々近づきたくもない人物だった上に件の空賊騒動は私が婚約破棄で学園を去った後に起こった。

 当時の公爵家としては敵対していたフランプトン侯爵の派閥に所属していた腐敗貴族が自滅した程度の扱いで興味すら起きなかった。

 

「貴族の地位を失った我儘な令嬢が平民ばかりの世俗で生きていけると思いますか?」

「私は故郷の人達が冷たくならなきゃ余裕だったんだけど」

「マリエさんは普通の令嬢じゃないからあてにならないと思うぞ」

「二人共黙って。オリヴィア様を平民だからと毛嫌いしていた方が身分を失って追放されるって皮肉ですよね。私もあの頃は寄親だったオフリー家に従ってオリヴィア様をイジメてたから同罪なんですけど」

「カーラさん、私はもう許してるから」

 

 私はオリヴィアに対し諫言する程度に留めていたが、ステファニーは陰湿で凄惨な方法でオリヴィアを苦しめていたとは聞いている。

 私が婚約破棄される原因となった悪業の一部はステファニーの行動を誰かさんが盛って私の所業だったとしたからだ。

 あれがフランプトン侯爵の指示だったなら自分の配下にやらせた悪業を殿下の婚約者だった私に擦り付けた後に、王家と公爵家の婚約を破綻させてオリヴィアの後援者を装い王国内で権勢を欲しいままにしただろう。

 まぁ、フランプトン侯爵本人はもとより一族全員が処刑台の露に消えたのは因果応報としか言いようがないが。

 

「それで、せっかく助かった命をむざむざと捨てる馬鹿がどうしたというんだ?」

 

 実際に見た印象と与えられた情報を統合すればステファニーがそれ程までに重要な立ち位置とは思えない。

 あれを教育が行き届いていない貴族の子供扱いするのは年齢故に無知な子供の方にとっていい迷惑だ。

 

「そんな馬鹿が貴族の誘拐なんて大それた真似をすると思いますか」

「馬鹿は理屈が通らない事を平気でやれるから馬鹿なんだぞ。そんな馬鹿が生まれた家柄だけで偉そうにふんぞり返ってるなんてよくあった。あいつら自分の無能を部下に押し付けるから手に負えねぇ」

 

 吐き捨てるように呟くリオンの言葉は実感が籠っていた。

 先の戦争では常識では考えつかない行いをする貴族が大量に存在したと聞き及んでいる。

 そうした馬鹿が降爵や奪爵で相応の地位になったのは王国にとっては喜ばしい事実だ。

 

「つまり馬鹿を唆した黒幕が居ると?」

「確実に存在します。そもそも貴族の誘拐は途中まで成功していました。欲をかかずに要求を一つに限定すれば確実に目的を達成できた筈です」

「頭の悪い貴族の嬢ちゃんにしちゃ少しばかし手が込み過ぎているな。計画犯と実行犯が別々なんだろ。計画した奴はかなり賢いだろうし、実行犯は裏稼業に手馴れている。そもそも何でステファニーって女が絡んでるんだ?」

「元々オフリー家、いえ元商人だった先代当主の頃から悪事に手を染めていたそうです。違法な品々を密輸して得た莫大な利益をばら撒き貴族として確固たる地位を築きました。私達が討伐した空賊もその関係者です」

「もし俺が空賊なら貴族様を敵に回したりしないな。狙うなら治安が悪くて手が届き難い地方を狙う。わざわざ王都の貴族を狙うなんて捕まりに行くようなもんだ」

「はい、捕らえられたステファニーさんの取り調べに私やカーラさんも証人として呼ばれました。こうした元貴族の女性の関わっている事件が今回の戦争が終わった後から急速に増えているんです」

「その女達の共通点は?」

「ファンオース公国との戦争でホルファート王国を裏切った、或いは逃亡して家を取り潰された人達です。それ以外にも以前から不正に手を染めていた方々もたくさんいました」

「なるほど、自らの行いを省みず逆恨みするような奴らばかりか」

「一応フランプトン侯爵の派閥というだけで巻き添えになった人達もいますから」

 

 先の戦争に於いて一時的な物とはいえ王国の主流派となったフランプトン侯爵が裏で公国と繋がっていた事実は王国貴族に衝撃を齎した。

 国の政を担う筈の重臣が敵国と内通し公爵家の力を削いだのだから当然と言えよう。

 必然的に戦中戦後に於いて関係者への追及は過激な物となる。

 フランプトン侯爵と血縁がある者は弁明すら許されず処刑又は重罰が科された。

 侯爵家と繋がりがあったというだけで家族に見捨てられ、或いは咎人として上層部に差し出された者もいる。

 大抵は当主や嫡子が処断され女子供は身分の剥奪や財産の没収で済まされるのだが、生き残った者の中には王国を恨む者も多いだろう。

 あの頃の王家と公爵家は裏切り者や腐敗した貴族の粛清に血眼になっていた。

 何せこの国の支配者と最も力ある貴族を罠に嵌めようとした結果、疑わしきは罰せよという認識の下に関係者への追及は苛烈を極めた。

 あまりの苛烈さを知り諫言した貴族が逆に侯爵家との関係を疑われ更迭される事態すらあった程だ。

 過剰にやり過ぎた反動が王国内の貴族から反発を招きかねないので族滅から当主と嫡子の処罰へと方向転換こそしたが、その時点までに失われた命も数多い。

 王国に対して不満を持つ者が集め唆せば事件や暴動の一つや二つなど簡単に起こせる。

 なまじ縦と横の繋がりが強く関係各所の情報を持っている貴族だけに下手な他国の工作員より始末が悪い。

 そんな輩が他国の走狗となり王国内の治安を乱せば父上がホルファート王家から王位を簒奪した所でまともな治世が行われるとは言い難い。

 

「面会した時のステファニーは正気が殆ど残っていませんでした。取り巻きだった私が誰かも分からないみたいで気味の悪い言葉を呟くだけ。ただ自分の他にもそんな人達がいる、王国はもうお終いだと繰り返し言ってました」

「口が軽いなぁ、そのステファニーって女。だから使い捨ての駒にされたんだろうけど」

「つまりこう言いたい訳か?他国に介入されている可能性が高い状況で王位を簒奪してもレッドグレイブ家が統治するには情勢が不安定すぎる。王家と公爵家の諍いを煽られてる可能性すらあると」

「アンジェリカ様の仰る通りです。最悪の場合、内乱に乗じて他国が戦争を仕掛けてもおかしくありません」

 

 オリヴィアの考えは筋が通っている。

 仮にローランド陛下が父上に王位を禅譲してもそれを不服に思う貴族は存在する。

 ホルファート王家派はもとより、静観している中立派の貴族でも自分達が何らかの損を被ると分かれば一斉に王家へ味方しかねない。

 私の隣に座ったリオンの顔に刻まれた決して消える事の無い傷痕を見る。

 もし国を二つに割る内乱に発展した場合、公爵家の娘を娶ったリオンは率先して戦いの場へ赴かなくてはならない。

 逆に王家派に与した所で私という妻がいるせで内通を疑われるか腫物扱いされ遠ざけられ適当な理由で粛清されかねない。

 こんな状況下で近隣諸国の介入を受ければ間違いなくホルファート王国は亡びる。

 如何に王国の兵が精強と言われていてもそれは国が一つに纏まった場合に於いてだ。

 王国の貴族同士で争わせ弱りきった時に攻め込まれたらひとたまりもない。

 アルゼル共和国は聖樹から産出される魔石のおかげで最低限の国体を維持できたが、ホルファート王国はそのまま他国に吸収されるだろう。

 

「では王家と公爵家の争いを止め他国からの介入を阻む手段は?」

「私達が持っている情報を王家と公爵家に提供し和解を促すつもりです。同時に王国への来訪者数を一時的に規制して治安維持を強化します。終戦から治安が悪化しているのは王国内の貴族の皆さんも悩んでいるので賛同してくれる可能性は低くないかと」

「財源は?」

「公国からの賠償金の一部を用いる予定です。流石に戦争で困窮して恩賞も滞りがちなのに費用を貴族にばかり負担してもらうのは不満が噴出すると思うので」

「……これを考えたのはお前一人だけではないな。誰に手を貸してもらった?」

「情報はアルゼル共和国で聖樹関係の方々とホルファート王国の資料編纂室の方に提供してもらいました。あとはこの三人が頑張って情報の精査を。ユリウス殿下とジルクさんに政策について助言もしていただいています」

 

 あまり良い思い出が無い二人の名前を出されて顔を顰める。

 リオンは疑わしい視線をオリヴィアに向けた。

 まぁ、嘗てと比べれば少なくとも他人を罠に嵌めて自分の提案をごり押しするような悪徳貴族その物な真似はしていないらしい。

 随分と毒気が抜けたらしいが、私は用意周到に追い詰められた挙句に婚約破棄された事も金銭でリオンを公爵家から引き離そうとしたのもまだ許してはいない。

 正直あの二人が関わっているなら無条件に反対したいのだが、感情のままに行動して大局を見誤るのだけは避けたかった。

 さて、一体どうしたものか。

 

「リオンはどうしたい?」

「俺か?」

 

 意外そうな顔をして間の抜けた返答をするリオンが道化のようだった。

 

「何で俺の判断を仰ぐんだよ」

「バルトファルト領の領主はお前だ」

「アンジェが判断した方が間違いないだろ」

「駄目だ、私はあくまでバルトファルト領の統治者であるリオンの妻に過ぎない。リオンがどんな判断を下しても私は従うつもりだ」

「公爵家と争う事になっても?」

「……そうだ、実家のレッドグレイブ家よりも嫁ぎ先のバルトファルト家の方が優先されるべきだ」

 

 本心はレッドグレイブ家も大事だ。

 だが今の私にとって優先すべきはリオンと子供達、そしてバルトファルト領である。

 私の一存で多くの領民を巻き込みリオンが咎められるのは避けたい。

 何よりも私の我儘でリオンを死に追いやるような選択を出来そうになかった。

 これ以上の争乱にリオンが巻き込まれず穏やかに生を全うしてくれるのが私の願い。

 

「もし公爵(おやじさん)が上手くやって王様になったら俺ってどうなるの?」

「レッドグレイブ王朝が建立した場合なら最低でも侯爵位、私を妻にした事を加味すれば公爵位に叙爵される可能性も大いにありえる。いずれにせよ王の娘婿として広大な領地を下賜されそれに見合った権力を持たされる」

「子供達は?」

「ライオネルは王の孫、或いは王の甥として間違いなく公爵位に叙される。アリエルは有力貴族か他国に嫁ぐだろうな。私達の子は高位貴族となり王位継承権を有しレッドグレイブ王家の一員となる」

「アンジェや俺の子供はそっちの方が幸せかな」

「それは分からない。ただ私個人としてはリオンの幸福をなるべく優先したい」

「俺の幸福は家族みんなの幸せだよ。不相応な地位もアンジェが隣にいるなら何とか頑張れるし。アンジェは父親が王様になるのは反対か?」

「王位の簒奪で国が栄えるのなら私に父上を止める理由はない。問題はその過程で流される血がどの程度の量かによる。流される血にリオンが含まれない事が必須条件だ」

「家族の為ならいくらでも俺は戦うぞ」

「私は嫌だ、リオンにはずっと私の隣に居て欲しい」

「ならアンジェが決めてくれ。他の奴が選ぶならムカつくけどアンジェが選ぶならそれが一番良い」

「もう少し自分で何とかしようと努力しろ」

 

 何やら感嘆の声が上がった気もするが敢えて無視する。

 お前達がこんな問題を持ち込まなければ穏やかな日々を家族水入らずで過ごせたのに。

 私達が惚気る光景を見る程度は我慢しろ。

 いずれにしても時間が足りない。

 こんな問題はもっと熟慮を重ねて判断するべきだ。

 僅かな時間で交渉しなければならないのが悩ましい。

 冷徹な計算を続ける私と激情を抱えた私を制御しつつ思考を続ける。

 だがいくら考えても最善の答えなど見つからない。

 情勢は絶え間なく変化し、今の最善が未来の最前とは限らない。

 それでも溜め息を吐きながら私は最善(こたえ)を探し続けた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……協力するにあたって幾つか条件がある。それを了承できるなら力を貸そう」

 

 悩んだ末に口から紡がれた声は微かに震えていた。

 そっと隣に座るリオンの手を握る。

 これから行う私の判断は父上を裏切る事になるかもしれない。

 リオンを死に追いやるかもしれない。

 そう思うと自分がどれだけ危険な橋を渡ろうとしているかをあらためて実感する。

 

「まず、私達が協力した所で父上を止められる可能性は限りなく低い。寧ろ関わる人員が増えて情報が洩れる危険が上がる」

「成功率は具体的にどれくらいなんですか」

「一割も無い、私達が協力しても然程上がらないだろう」

「そんなに低いのか」

 

 リオンが驚いて口を開いたが一割に達すれば良い方だ。

 あまりに分の悪い賭けなので正直関わり合いになりたくないのが私の本音である。

 

「次に私達はあくまで公爵派という事実を忘れるな。王家と公爵家のどちらかを選べと言われたら公爵家を選ぶ」

「なのにどうして協力してくれるんですか?」

「あくまで国内が二つに割れ争乱が起きるのを避けたいからだ。逆に言えばホルファート王家からレッドグレイブ家へ平和的に王位が禅譲されるなら特に父上を止める理由は無い」

「味方ではなく協力者という訳ですね」

「その通り。だが、私達はあくまでバルトファルト家の人間だ。完全にレッドグレイブ家の寄子という訳ではない」

「ええと、つまり味方になってくれる場合もあると?」

「私達を味方にしたいのならバルトファルト家に公爵家を上回る利益を用意しろ。そうすれば自ずとお前達の側になる」

 

 我ながら詭弁だと思う。

 もし企てが発覚して公爵家に追及されても内乱を止めたかったと申し開きが出来るように先手を打つ。

 父上は娘の私と公爵家のどちらかを選べと問われたら間違いなく公爵家を選ぶ。

 私も父上とバルトファルト家のどちらかを選ぶならバルトファルト家を選択する。

 いや、バルトファルト家は関係ないか。

 父親と夫のどちらを選べと言われて夫を選んでいるに過ぎない。

 どうやら私は自分が思っている以上に愛多き女らしい。

 

「最後に失敗した場合の覚悟を問おう。正直この謀が成功する確率は途轍もなく低い。寧ろ公爵家へ積極的に与した方が楽により良い条件を提示できる」

 

 父上が兄上とオリヴィアの婚姻を画策しているのは単に神殿の力と聖女の権威を利用したいだけだ。

 オリヴィア個人には大して期待していない、むしろ私と殿下の婚約が破棄される原因となった彼女を嫌っている公算が高いだろう。

 ならば早々に公爵家と通じた方がオリヴィア本人は安全だろう。

 

「それで人々これ以上の流血は防げますか?」

「分からん、逆に流れる血が増えるかもしれない。或いは神殿にすら見捨てられたと王家が降参するかもしれん」

「他国の干渉が考えられるこの状況で上手くいくでしょうか?」

「可能性は低いだろうな」

 

 近隣諸国の目論見は王家と公爵家が争いホルファート王国が更なる弱体化する事だ。

 ただでさえ二度に渡る戦争で人心は荒れ国内は乱れている。

 枯野に火を放つように戦火は瞬く間に王国全土を飲み込むだろう。

 

「だったら私は争いを食い止める為に戦います。お飾りの聖女かもしれませんが出来る限り抗います」

「……分かった、私が問えるのは其処までだ。バルトファルト家が亡びない範囲で協力はしよう。リオンはそれで良いか?」

「良いけどさ、アンジェは納得してるのか?」

「私としても国が乱れるのは勘弁願いたい。子育てと領地経営は平和な世でやりたいだけだ」

 

 今の私にとって御大層なお題目よりも夫と子供達の方が大切だ。

 この安定志向もリオンと結婚した影響だろうか?

 

「とりあえず先程の方針で幾つかの問題点を見つけた。その部分について助言しよう」

「お願いします」

「まず王家の公爵家の和解についてだが初手からの話し合いの場を設けるのは避けるべきだ」

「出来る限り早めに話し合った方が良いと思うんですけど」

「和解と考えず交渉と考えろ。ある程度の実績を出さん事には父上は話し合いの席に着いてくれんぞ」

「公国との戦いの実績じゃダメですか?」

「戦の功と政の功を一緒にするな。腕っぷしが強いだけで解決方法が戦の一択になってしまう」

「きちんと説明すれば公爵様もご理解してくれると思います」

「理路整然と説明して争いが起きないなら歴史に戦争は記されない。むしろ言い包めようとしてると相手に思われた時点で交渉が不可能になる」

 

 そもそも王家と公爵家の不和の切っ掛けは殿下が一時の感情に動かされて一方的に婚約破棄したのが原因である。

 自分が感情のまま行動したくせに追い詰められたら道理を説くなど相手に対する侮辱以外の何物でもない。

 話し合いは双方がお互いを尊重して初めて成り立つ。

 

「情報の提示は制限した方が良い。公爵家の力が及ばない第三者の意見があるなら尚良い」

「現状の把握に情報は不可欠です」

「だからこそだ。王家が弱体化しているから父上はここまで強硬な姿勢を取っている。此処で更に不利な情報を手渡せば力尽くで王位を簒奪しかねないぞ。敢えて手札を見せない事が抑止力にもなる。相手の力が分からない内は警戒するのが政治の肝だ」

「国内の事情は公爵もある程度ご存知の筈では?」

「それを盾にホルファート王家に国を治める資格は無いと言い出しかねん。国が窮してる事実を知れば王家派や中立派の貴族が挙って公爵派に寝返る可能性もあるぞ」

 

 それで争いが起きないのなら寧ろ情報を流した方が良いと心の中で嘯く。

 私が優先するのはバルトファルト領の平穏だ。

 オリヴィア達を裏切る事になるだろうが国の弱体化を避けられるのなら私は平気で汚い手段を取るだろう。

 リオンが良い顔をしないから普段は見せていないだけだ。

 私の発言を咀嚼しているオリヴィアは何処から見ても善人でこうした権謀術数には向いていない。

 人を疑わず純真無垢な聖女に比べたら確かに私は可愛げの無い悪女だった。

 

「そして先程の解決方法だが、まぁ悪くはないな」

「それでしたら」

悪くはない(・・・・・)と言っただけだ。良いとは言っていない」

「……何処がいけないんでしょうか?」

 

 思わず意地が悪い言い方になってしまった。

 どうにもオリヴィアが絡むと調子が狂ってしまう。

 隣にリオンが居るせいだ。

 食い入るように私とオリヴィアの話を真剣に聞いてるが、私よりオリヴィアに視線を向けているように感じている。

 リオン、お前の妻は私だろう?

 どうして余所の女に気を取られる必要がある。

 

「方針としては至極真っ当だ、このまま行っても何ら問題は無い。それとは別に餌が必要だ」

「餌?」

「先程の注意点と同じだ。この問題を解決するのは別にホルファート王家でなくても良い。国の危機に立ち上がったレッドグレイブ家が解決して何ら問題は無い。わざわざホルファート王家に与する理由が貴族には無い」

「じゃあどうすれば?」

「これ以外に政策が必要だ。王家についた方が得と思わせるような政策だ」

「つまりお金ですか」

「資金はあくまで方法の一つだ。安全、土地、責務、人口。貴族に対し何らかの優遇措置が必要になる。只でさえ戦争で国内は疲弊して恩賞も滞りがちだ。貴族全体が王家に対し不信感を抱いている」

 

 戦争の爪痕から王国が回復にするには数年を要する。

 国力が戻る為にはどうしても人材が必要となるが、その人材が国の為に働こうとする環境を整える必要があった。

 

「オリヴィア、お前は現在の国家予算がどの程度か知っているか?」

「いいえ」

「殿下はご存知なのか?」

「ユリウス様は宮廷の中心から外されていますし、財務は国家機密なので私が知るのはほぼ無理です」

「私が知ってるホルファート王国の情報は五年以上前な上に戦争でどれだけ損失したかも把握してないから当てにならん。把握していそうなのは……」

「ミレーヌ様です」

「お前からミレーヌ様に直接お伺い出来ないか?」

「無理だと思います」

 

 悲し気にオリヴィアは首を横に振る。

 ミレーヌ様にとってオリヴィアはユリウス殿下の婚約破棄や王位継承権を引き下げる原因となった女だ。

 前にオリヴィアがミレーヌ様と同行できたのはあくまで利害の一致に過ぎない。

 

「だろうな。そもそも聖女が王家に干渉するのは神殿が国政に口出しすると同意義だ。あの腐敗した聖職者共がさらに肥え太る切っ掛けになりかねん」

「私はそんな大層な人物じゃありませんよ」

「お前が自分をどう思っていようが護国の聖女で民からの求心力があるのは事実だ。少しは自覚しないといいように利用されるだけだぞ」

 

 オリヴィアを利用しているのが他ならぬ神殿であり公爵家もそれに準じている。

 ただの平民であればここまで翻弄される事も無かっただろう。

 彼女の精神性に最もそぐわない立場こそ聖女かもしれない。

 

「それじゃあどんな政策をすれば良いんでしょうか」

「分からん」

「……」

「別に嫌がらせしている訳ではない。本当にどうすればいいか私にも分からんのだ」

 

 とにかく情報が足りない。

 私が持っている情報は少ない上に嘗ての王妃教育で施された知識も公爵家で与えられた情報も年月の経過と共に劣化している。

 バルトファルト領に流れる時間は穏やかだが、その間に王都では目まぐるしく情勢が変化している。

 今の私に有効な献策が出来るとはとても思えない。

 

「王都に戻った後、ミレーヌ様に接触できそうか?」

「無理ですね」

 

 横からマリエが口を挟んで来た。

 

「王宮にも神殿にも目を光らせてオリヴィア様を監視してる輩が居ます。今日だって同行した神殿騎士の中には監視目的で来た奴が確実に紛れ込んでます」

「私を呼び出した時のようにはいかないか?」

「あれは現地で集合する為にスケジュール調整に凄く苦労しました。抜け出すのだって監視の目が緩む隙を見つけるのが大変でしたよ」

 

 疲れた口ぶりで話すマリエからどれだけ苦労したかが伺える。

 

「……お前達の立てた策を私からミレーヌ様に伝えてもいい」

「え?」

 

 部屋中の視線が私に向けられた。

 

「王妃と聖女が会う事は不可能でも田舎に来訪した王妃が旧知の者を訪ねるのはそれほど怪しまれない筈だ。私とミレーヌ様はある程度の伝手がある。私からミレーヌ様に献策するのは可能だろう」

 

 口ではオリヴィア達を労う言葉をかけつつ、私はミレーヌ様から王都の情報を得る算段を立てていた。

 父上はこの件に関して私に何も知らせていない。

 私を巻き込みたいくないという親心ではなく、後に引けない状況になってから私を理由にリオンを協力させる腹づもりだろう。

 ならば私もリオンや子供達を護る為にあらゆる対策をしなくてはならない。

その為なら王妃だろうが聖女だろうが利用してやる。

 

「どうする?決めるのはオリヴィア、お前だ。私を信用できないなら別に情報を渡さなくて構わん。どうせ私が関わっても成功する可能性は大して変わらん」

 

 心の奥底に暗い感情が宿る。

 我ながら随分と卑怯な物言いをしていると自覚している。

 それでも私は私の大事な者を護りたい。

 地獄に堕ちたとしても夫と子供達を護りたい。

 その為ならどれだけ嘘に塗れようとも、どれほど大切な者以外の血が流されようとも構わない。

 

「分かりました。お願いしますアンジェリカ様」

 

 オリヴィアが深々と頭を下げた。

 重苦しい沈黙が部屋を部屋に満ちていく。

 

「いいのか?私はこの情報を公爵家に渡すかもしれん」

「裏切られたら裏切られたで仕方ありません。アンジェリカ様が私を嫌っているのは知っています」

「だったら尚更止めた方が良いだろう」

「この情報を提供してくれた方が仰っていました。『やれる事は全部やり尽くしたい』って。だから私もやれる事を全てやります」

 

 照れくさそうにはにかむオリヴィアは正しく聖女なのだろう。

 その姿を見た私の心に仄暗い何かが蠢く。

 私はオリヴィアのように正しく真っ直ぐに生きられない。

 己が手を穢しても自分の大切な者を護る。

 そんな心をひた隠し、差し出されたオリヴィアの手を握り返す自分がひどく穢れているように思えた。




アンジェとオリヴィア、一時的に共闘。
原作本編のオリヴィアは聖女にならずリオンやアンジェに対して感情豊かですが、今作の聖女オリヴィアは浮世離れした部分が多めです。
その対になるアンジェは自分の大事な者の為なら手段を選ばないという、ある意味で悪役令嬢っぽさを出しました。
原作のアンジェは決闘騒動でリオンが護ってくれましたが、今作のアンジェは原作一巻の頃のドロドロとした負の感情がまだ少し残ってます。

追記:依頼主様のご依頼でfreedomexvss様とちーぞー様にイラスト化して頂きました。ありがとうございます。
freedomexvss様 https://www.pixiv.net/artworks/112497843
ちーぞー様 https://skeb.jp/@chizodazou/works/6

ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。
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